インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十六話

▼▼▼

 

 

「あーあー。きれいな白式の装甲を丸焦げにしちゃってさ」

 

 水中メガネの奥の目は、羅列されるいくつもの情報を行き来していた。ベンチであぐらをかくのは、特の字が粗雑に縫い付けられた白衣を着る篝火。

 

 眼下で繰り広げられたバトルには、実のところあまり目を向けていなかったのだが、提示されるデータで推移は読み取れた。

 

「ISの装甲にこれほどまで影響を与えられるなんて、彼女のナノマシン技術、やっぱりオカーサマからの流入があるんかナー。ナノマシンをISでイミテート、だけでなくプラズマライクまで作ってしまうなんて、面白いこと考えるモンだぁね。ビーム状粒子とは明らかに違うし。気体(ガス)ライクは現状の技術でもできているけれど、あの副会長さんその内、液体(リキッド)ライクまで作りだしてしまいそうだにゃー」

 

 メガネの中にある広いVR空間の中で、白式以外に三機の機体が姿を現した。

 

「それでもま、この会長さんの機体に比べりゃ、正統な技術の進化ってのを感じられるか」

 

 黒一色の機体に目が止まる。そこで背後の物音に気付いた。メガネをぱつんと外す。

 

「お。おかえりー、モブちゃん」

 

 猫背の女性が、透き通るタブレットを抱えて立っていた。

 

「モ、モモモモブ??」

「うん、モブ。いまの私の周囲に現れる者はモブでいいのだ」

「そそんな、同じ、同じと、特課なのに、ひど」

 

 同僚は斜め四五度に縫われた特の字を、欠けた爪で引っ掻く。

 

「それで? そっちはどんな塩梅?」

「んーん。も、もう一課がば買収して、た」

 

 彼女は首を横に振る。

 

「一課だって? 次期主力にも名乗り上げていないよくわからん機体データを作成してるくせに、あんなものに更に手を付ける気かい。更識だけに」

「んふ」

 

「いくらか聞けた?」

「に、にゃ二〇〇億」

「わーお」

 

「をこ、今年と来年で二回。計、四〇〇おく」

「どひー」

「んふふ」

 

「あの会長さん、もう働く必要ないじゃん」

「ででもほとんどこ国、連へのきょすつ、拠出扱い」

「それでも数億は開発者に残るでしょ。並の生涯賃金越えてるよ。どうせコアごと引き取って、その分はどうせ日本で精製するコアから補填するよね。バレて協定違反と批判されても、データのやり取りのみだと弁明するつもり。リスクがあっても、あのコアを解析できるなら安い買い物だわ」

 

 水中に潜らない水中メガネが再び装着される。特殊なブラウザを立ち上げ、いくつかのタブと、いくつものセキュリティをパスしていく。

 

「あーだめだ。もうアラスカのデータベースにアクセスできない。あの映像すごかったのに」

「くつ、くつ、わぎ理事の手、はやいから」

「夫婦揃って敏腕。あーあー、私にも素敵な男の子が現れないかナー」

「んふふふ」

「そこ笑うとこじゃないわ」

 

 欠けた爪で髪を撫でた同僚は、フィールドに横たわる白に目を向けた。

 

「そっちはど、どうだ、た?」

「そーだねー。白式データを別のコアにコピーしてみたんだけれど、一晩かけても起動できなかった。ということがわかった」

「大事な、発見」

 

 彼女の言葉に頷きを返す。

 

 昨日、篠ノ之束出没事件後、わざわざ轡木(くつわぎ)司令に取り次いでもらってまで学園に乗り込み、白式に接触したには当然理由があった。

 

 IS生みの親である篠ノ之束が手掛けた機体が目の前にある。開発者オリジナルモデルは、彼女が失踪した状況においては恐ろしく貴重だ。学園の庇護下にあるとはいっても、気分を変えた篠ノ之束が再び白式へ接触を図り、且つ取り戻そうとする可能性は考えられた。

 

 その前に、まずは解析のために機体(モデル)データを確保したのだ。そして、同じデータを別のコアで起動できるかを試した。一晩中モニターと粒子光とでピカピカと刺激を浴びた目には疲労感が残る。

 

「すふ、ソフトウェ、エアは?」

 

 特課移籍以前、ISのソフトウェアを中心に研究していた篝火は、首を振る。

 

「そもそも待機形態にすら至らなかったわ。データ上はコアに正しくインストールできていたけれど、オリジナルと同様に機能するかはまだ不明かにゃ」

「ざんね、ん。それに、あの雪片に、にがた? きゅう、旧型とはちが、う」

 

 うーん、このモブちゃん、特課で初めて知り合ったけど、なかなか鋭いじゃない。ISに関わる前は、確か量子情報科学が専門だったっけ。

 

 話題は雪片に移る。

 

 瞬時加速後に放ったあの高出力雪片。あれは六年前、暮桜と共に開発された雪片に導入された試験的技術。瞬間粒子抽出必要量が桁違いに多かったことに加え、実弾でない粗粒子、いわゆるビームを用いた中-遠距離技術の開発が進んだため、以降は一部の好事家が使うに留まる技術がこれだ。

 

 放射型兵装。

 

 言ってしまえば極極短距離射程しか持たない射出兵器。多量の粒子を短時間放出しダメージを与える技術であった。後に織斑千冬の手により瞬時加速へと発展したものの、結局実用性を見出せずロマン兵器とまで言われる始末となる。

 

 しかし当時、その攻撃能力は凄まじかった。高出力状態をたった一度起動するのみで様々な機能低下を機体に招いたが、光の激流を浴びせるだけでたちまちに相手を行動不能にさせられた。第一回モンド・グロッソで暮桜が優勝できたにはひとえに、一撃の瞬間を見極めるセンスがパイロットにあったからである。

 

 放射型兵装が廃れた理由の一つには、ISコアの解析や粒子抽出技術、シールド技術の発展により、かつて無類を誇ったはずの威力が通用しなくなってきたことが挙げられる。依然としてその威力は強力ではあるが、必要とする粒子量に見合わないとの考えがすっかり浸透した。

 

「違う、というより、まったく別物に見えるね」

 

 見た目こそ前雪片に似ているものの、二型はただの放射型兵装ではないことがあの一撃でわかった。

 

 眼下で起きた蒼光から得られたデータは、旧型のそれとは全く異なる数値を示している。粒子抽出量、エネルギー流路、放出方法、放出速度、放出後の粒子軌道、敵機への衝突後に起こる粒子群の反応、そして放ち穿たれた双方のエネルギーが行く先……全て。全てだ。

 

 旧型と異なる形で製作されている可能性は当然として考えられた。だが、似たような事象を二人は知っていた。

 

「ま、るでわ、わん、おふあぶ、びりてぃーの発、露まえ」

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

 ISが行う形態移行(フォームシフト)第一(ファースト)があるように、第二(セカンド)が存在する。開発者にとってISの醍醐味は、第二移行(セカンド・シフト)からと言ってもよい。機体と操縦者が同調し、互いの理想へと近付いた結果であるのだ。しかしながら全てのISに必ず起こるものではない。ひとりの女性とひとつのISが様々な経験を重ねた先にある、個体毎に異なる形態移行であった。

 

 第二に移行するとどうなるか。現在確認されている事象として知られているのは主に、エネルギー効率の劇的良化。自衛隊内では一部の戦闘研究に特化した部隊――教導隊など――が第二形態二式打鉄を使用している。スラスター出力増や拡張領域(バススロット)の改善等といった事象が存在し、基本的にはエネルギーに関わるものである。第一移行ほど外見(ハード)内部(ソフト)が大きく変わることがなく、開発時の想定から外れることはない。故に開発者は、個体で異なる第二移行を許容できるのである。むしろ、研究対象として貴重であるほどだ。

 

 だが稀に、第二移行においても形状や機能などを大幅に変えてしまう場合がある。そうして産まれる事象のひとつが、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

「でも、でも」

「そだね。単一仕様能力は第二移行後の発現しか記録されていない。今のところは」

 

 旧型雪片と瓜二つでありながら、しかし内実は異なる様相を見せる。まさか、第二形態暮桜と同じ単一仕様能力が現れる……なんてこと、ないかしら。

 

 初めて単一仕様能力が確認されてから六年、同じ能力が現れたことはない。

 

 あり得ない、と言えるほど我らはISを知らない。篝火は心が沸き立つのを感じた。

 

「あと、これを見てよ」

 

 指を振れば、ネイルに混ぜられた電子チップを通じ、メガネに映されたデータが同僚のタブレットに送られる。

 

「……ぇぇ?」

 

 そこには美少年が何度も何度も、高出力状態を起動しようとした形跡が残っている。

 

「どういう、ど? スイッチング、が?」

 

 ISは素直だ。量子コンピュータ以上とされるIS搭載コンピュータは、パイロットの思考を読み取り行動を起こす。つまりは脳を含めた全身の電気信号を一挙に把握している。思考速度と同期しているように見えるのは、信号の発端から目的の行動を予測している故である。旧来より研究されてきたエクソスケルトンを越える反応速度で、限りなく人間に近い反応速度でISは、素直に働く。

 

 篝火に言わせれば、従来兵器で一切傷つけられないエネルギー体よりも、これまでのあらゆるヒューマン・インターフェースを軽々と乗り越える処理能力の方が驚異だ。最新のカーボンナノチューブ製造技術とダイヤモンド半導体製造技術を合わせても到底追い付けられない、粒子同士の伝達技術が実現するシステムが。

 

 ただそれほどの反応速度と対応能力がありながら、()()()()()()()()()()()()()()()、というのはどういうことか。そして、最後に起動できたにはどんな理由があるのか。

 

「ましゃ、まさか」

「そう。イメージ・インターフェースが採用されている可能性があるにゃん」

「脳、波や電気し信号を超えて、思考とい、たいかする? でも、それ、そそれって」

「まだまだ実験段階だね、私たちの側では。しかもそれだけじゃない。翼部にはエナジーウィングが使われているようだし、たった二基のスラスターであれだけの瞬時加速ができた上にあの減速性能の理由も不透明……こちらでは実験段階の代物がオーヴァーに詰め込まれているようだよ」

 

 ぱちりと水中メガネを額に移動する。

 

「はー、そうこなくっちゃ。たのしくなってきたね」

 

 皮肉ではない。心からそう感じる。

 

 階上からぞろぞろと白衣の集団がやってきた。全員、白衣のどこかに特の字を縫い付けている。

 

「おわったぜ」

 

 眠たげな同僚が、スカートのポケットに古いスマホをしまう。

 

「観覧室のコピーと残存粒子の採取がなんとか。行こか」

「うい」

 

 篝火は集団に混ざる。

 

「あ、ちょっと職員室に寄っていいかな」

 

 

▼▼▼

 

 

「織斑先生! 今期代表生の資料できました?」

 

 放課後のIS科目職員室は騒がしい。二枚のモニターと一枚のタブレットと複数枚のペーパーディスプレイを目まぐるしく往復させていた千冬に、そう声が掛かる。できるだけ平静を保ってマグカップを置く。

 

「本日中に作る」

 

 もう八時間以上働いているが本日とやらはまだ終わらせてもらえない。

 

「なるはやでお願いします!」

 

 催促されたそれは国連に送る資料だ。時間優先で適当に仕上げるわけにはいかない。例え各代表生の参考データが今日揃ったばかりだとしてもだ! ただでさえ白式が一日ずれたというのに何故フランスがこんなにも遅れた!?

 

「織斑先生! アラスカ学園からお電話です!」

 

 返答を待たず子機に回ってきた。

 

「はい、IS学園、織斑です。ああ、エミュレール騎士団長、またあなたか。山田はいま不在だ。は? 中等部の参加? 国連から既に返答を受けているだろうがそれは認められていない。ルクーゼンブルクの立場も私は理解しているが、これを曲げる権限は学園にはない。……縋られても無理だ。同行のみ可で……そうだ。ああ、また。おやすみなさい」

 

 アラスカにある学園――と便宜上呼んでいるが実際には大規模な国連IS関連施設――はIS学園とは国連内での所轄が違うから厄介である。

 

 と、そんなことを考えている場合ではなかった。代表生資料は予め予測データを元に草案を組んである。横やりさえ入らなければすぐに、きっとすぐに終わるはずだ。

 

「織斑先生、赤壁代表生からレポートが届いています。百里基地司令と技研のチェックは通過済み、いつものフォルダに入れてありますので確認お願いします」

「承知した」

 

 別に、自分にばかり呼びかけが届いているのではない。この場の誰もが仕事に追われている。

 

 週末から予定されている連休には、教員の連休も含まれる。誰も、休みに仕事をしたくないがためのこの騒ぎである。

 

 休日がどれだけありがたくも儚いかを、社会人になって思い知っている。それでも他所の教職員よりはマシかもしれない。一〇年以上前の感染症流行以降、労働環境の見直しが進められているが凝り固まった体質はそう簡単に溶かせるものではない。

 

 反面、IS学園を管理している国連部署は資金もあるし、一校における職員も多い。労働環境は悪くなく休日の取得は難しくない。とはいえ朝から晩まで働き通しでは、例え自衛隊経験者であっても辛いものは辛いであろうし、一日休んですぐ回復と単純でもない。

 

「織斑先生! IS幕僚監部(あいばく)に提出する資料ですが、整備研究科(せいけん)の榊原先生からまだ返答ありません。そろそろ催促しますか?」

「急がせるように。紙面はもうできている」

「りょーかいでーす! 見合い行かされてる場合ちゃうぞって念押しときやーす!」

 

 資料だのレポートだのと、二〇三〇年代も折り返したというに未だこんな物に時間を奪われる。海外では必要な条件や資料さえ提示すれば、AIが勝手に組んでくれるようなソフトウェアが当たり前になっているというのに。

 

 三杯目のコーヒーを淹れに行く。カフェインと糖分は適度に摂るのがよい。

 

「あ、織斑先生。いま戻りました!」

 

 ドリッパーの粉末を蒸らす間も取らず湯を注いでいると、後ろを通りがかった山田に呼びかけられる。

 

「おり……一夏くんと篠ノ之さんが、更識さんと戦闘演習したみたいですよ。結果聞きました?」

「……いいや」

 

「更識さんの勝利ですよ。さすがに二対一でも負けませんね」

「そうか。まぁ、そうだろうな。見えている結果だ。本人たちがこの経験を糧に明日からどう訓練に励むかが大事だ。更識のあの機体は素晴らしいが、造りの甘い部分も多い。経験を重ねればそれが見えてくるだろう。問題はあいつが調子に乗らないか、だが――」

 

「織斑先生?」

「なんだ」

「それ、塩入れてません?」

 

 ぴたりと手を止める。

 

「どうぞ」

「へ? もう三杯くらい入ってますけど……」

「どうぞ」

「チョコ添えられても困りますっ」

 

 強烈塩コーヒーを山田に押し付け新たに淹れる。

 

 そうか、更識と一戦交えたか。

 

 早いとは思わない。むしろ良いタイミングであったとさえ言える。複雑な立場に追い込まれるであろう白式に、いまの内から触れてもらうのはありがたい。

 

 IS学園内は国連管轄であるが故に治外法権であると、そんなものがどこまで通用するかわからない。白式はパイロットを含め自衛隊の所属である。技研が白式に接触することは、咎められることでないのだ。ただし、自国の人間だからといって野放しにすれば、白式に伸びる手はこの国だけに留まらなくなるだろう。

 

 あいつは……一夏はそんな渦中にいる事実に気付いておらず、ましてや気付くための知識も、それを受け止める覚悟も備わっていない。

 

 だからこそ、学園の人間がより白式に関わってくれるのはありがたいのだ。向こう三年間さらには学園を離れた未来、千冬の視界にいつまでも入れておくことが叶えば良いが、到底無理だ。

 

 学生の仲間ができたところでどこまで守れるか。期待できるのは物理的脅威からの保護よりも、白式の技術や経験が僅かでも流出してくれることにある。

 

 察しの良い生徒会メンバーならば、白式がこれまでの代表生専用機とは異なることにいち早く気付くだろう。そうなれば当然深く知ろうとするはずで、技術的価値を見出せば自然と、他国の手を払いのけるために手を尽くしてくれると思う。白式という機体を守るために……。

 

 そして次の理由は、もはや願望ではある。一夏に仲間ができることで、この先に待ち構えている脅威に立ち向かってくれるのではないかと考えている。各国が白式確保に実力を行使する可能性もあり得る。加え、最大の脅威である開発者篠ノ之束も存在する。いつ「私のものだしね」と取り上げに来るか……。

 

 その瞬間に私が傍にいてやれないとするなら。

 

 少しでも弟の力になってくれる者がいてくれるなら。

 

 湯気の立つコーヒーに口を付ける。

 

「ム」

 

 また塩を入れてしまった。

 

 こんなことではいけないな、と己の未熟さをその塩っ気で味わう。

 

「やぁやぁ、IS科目担当職員室はここかね?」

 

 突然入り込んできたのは篝火であった。

 

 シンクに腰を預けてコーヒーを喉に通していた千冬はむせてしまう。入室してきた白衣の女は篝火だけでなく、約一〇名ほどの行列であったのだ。

 

「おや、忙しそうじゃないか。いいね。仕事があるのはいい」

 

「どなたですか? 入校許可証は……」

 

「あーるよ。あるに決まってるじゃないか。轡木(くつわぎ)夫妻から承諾貰ってるよん」

 

 怪しげな風体の女からの返答に、教員に動揺が奔る。無理もない。

 

 IS自衛隊の総隊司令である轡木十糸子(としこ)司令は、元自衛隊隊員である教員にとっては頭の上がらない存在である。今日の精強な自衛隊を創り上げたのが海江田栄榎であるなら、その影で政治的組織的土台を創り上げ盤石なものにしたのが彼女であろう。

 

 その夫である轡木十蔵理事は、国連インフィニット・ストラトス機関(UNISO)における理事会に、日本国代表として務めている。UNISO(ユニソ)は、世界初のISに関わる条約であるインフィニット・ストラトス条約を始め、IS運用協定等複数の条約・協定を束ねた通称『アラスカ条約』によって発足した。本部はアラスカ、アンカレッジにあり、ジュネーヴ及び保有国全てに事務所を持つ。

 

 それだけの人物から入校の承諾を得ているとなると、誰も文句など言えまい。とはいえ。

 

「篝火技師。許可証があるからといって――」

 

 むやみに歩き回るな、と言いかけて白衣の一人が飛びついてくる。

 

「ほー! キミが噂の織斑千冬というわけ」

 

 千冬の周りをぐるぐると歩き始めた。品定めする視線が薄気味悪い。

 

「はえー、彼女が。話には聞いていたがね」

 

 更に増える。ISの仕事に就いていながらこの織斑千冬の存在が希薄とは、新鮮な感覚ではあるがその興味の示し方は気持ち悪い。このような不躾な人間、技研から出すな!

 

 ぱちぱちと、篝火が手を叩いて同僚を止める。

 

「さぁさモブちゃんたち。私の後ろに」

「モブ?」「誰がモブだって?」「ナノマシン解析器の都合付けてやったの忘れたか?」「お前のソフトウェア研究に何度徹夜させられたか覚えてるか? 二度だ!」「私は三度だ」「なら私は四度」「モブとはなんだ。ヘンテコなスリッパが好きなだけであなたもモブだ」「スススリッパはか、かわいい」「かわいいと感じる脳は取り替えろ」「かわいい」

 

 エスカレートする周囲の白衣。

「どーどー」

 

「話していいか。二日続けて入校とは、また一夏を見に来たのか」

 

 反応は、横に振られた首だ。一〇人分。タイミングがそれぞれズレていて気味悪い。

 

「確かに見に行ったけれど、わざわざ轡木夫妻の承諾頂戴してくるだけの理由ではないね。それもこれだけの研究員がさ」

「では」

「もちろん、災害跡地を見に来たのさ」

 

 観覧室か。

 

 あの二人が現れた観覧室は施錠され、許可がなければ入室ができない状態にある。内部は、昨晩自衛隊の調査が入って3Dデータが読み取られて以降も保存されている。何故かというと、空気中に残留するエネルギーが、出現した二機由来の可能性があるからだ。

 

 もし僅かであっても採取に成功すれば、粒子が保持するデータを読み取れる。プレオンやらなんやらの観測に等しいと言われるほど小さな粒子ひとつに、量子コンピュータの処理能力が必要なほどの情報量を蓄えられるとされている。世のISはその全てを使い切れていないが、あるいは篠ノ之束は異なるかもしれない。解析が叶うだけで、ISの技術は大きく彼女に近付くであろう。

 

 その為に派遣されたのが特課か。

 

「そうか。結果を問うつもりはない。終わったのなら帰れ」

「あーん、冷たいね。折角忠告してあげようと思ったのに」

「何?」

「皆聞いた? これが織斑千冬だよ。散れ散れって昔からこうなんだよ」

「黙れ」

「皆聞いた? これが織斑千冬だよ。黙れ黙れって昔からこうなんだよ」

「くどいぞ」

「気を付けた方がいいね」

 

 冷え切ったその言葉に鎮まる。

 

「なにをだ」

「なにをってそりゃ、ゴールデンウィーク明けの交流戦さ」

 

 息を飲む。

 

「来るんでしょう、いろーんなのが。目を光らせてないと美少年連れていかれちゃう、かもにゃ。ついでに白式もね。わかってるかい? 情報、早いよ」

「轡木夫妻からの忠告か」

 

 白式は他国に渡すわけにいかない。篠ノ之束作製のISを日本で解析するために、そして世界で唯一の男性パイロットを乗せる理由を見つけるためにも。

 

 守護として最も信用できるのは、パイロットの肉親である織斑千冬ただ一人。そう言いたいのだろう。

 

「あー、ん」

 

 篝火の視線が、わざとらしく一度左右に往復して。

 

「私の美少年に、ヘンな唾を付けられたくないからサ」

 

 言って、特課の技師たちは帰っていく。

 

 交流戦。入学以降の成果を競って各学園から二年三年の精鋭が、このIS学園に集ってくる。共に各国軍の幹部や技術者もまた入国する。それぞれの国がどのようなIS訓練を行っているかを調べ、自国が求める優秀な人材がいるか探りを入れに来るのだ。

 

 一夏、お前は誰にも渡さない。

 

 

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