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「ねぇねぇ、今朝、見た?」
伊香保の農場に隣接されたレストランにて、ハンバーガーをほおばる深井、如月、高城の三人。小さな口をいっぱいに開けて、一生懸命バンズに食いつく如月を気にせず、深井が話を振る。
「カップル先輩がいたんだよ」
「でかいハンバーガーはこれだからよお……。カップル先輩って?」
「
長広舌の二年一組委員長刷来スミレと、柔和な物腰の副委員長萬壽リカのペアは、どうやら学内でも有名なカップルであるらしい。一緒にいる時間が多く、どんな行事でも二人で参加している姿が見られる。公言はしていないものの、ただならぬ間柄であることを隠しておらず、生徒の間で時折話題にはあがる程度のいわゆる公然の秘密であった。
日本の同性婚は二〇二〇年代半ばには認められたものの不徹底なまま放置され、法整備が本格的に行われたのは二〇三〇年代に入ってからであった。ISにより女性の立場が大きく躍進し、オールド・ボーイズ・ネットワークが粉みじんにされた現状においては、二〇二〇年代以前と比べれば、SOGIに対し世間はいくらか受容的になったといえる(当然ではあるが、男女の尊卑逆転と同性愛は同列の問題ではなかった)。
IS学園に目を移してみれば、女性のみであった学園で、これまで同性愛者が現れなかったわけではない。破局せず婚姻まで果たした卒業生が増えているので、特別大きく噂話が取り沙汰されなくなってきた。むしろ、学外に異性の交際相手がいた場合の方が、うら若き生徒たちにとっては見逃せない大ニュースである。
故に深井の『見た?』は奇異の目ではなく、愛し合う者への興味であった。
「大きなキャリーケースを引いていたな。どこか、二人で旅行に出かけるのであろう」
如月がようやく半分まで食べ進めた頃には、すでに高城はまるっと平らげた後。
「恋愛か~。できるかな」
「考えたことねえな。期待はできねえだろ」
「そうかな」
「まさか同性か? あたしは勘弁してくれよお」
「その予定はありませ~ん~」
「この前の自主訓練でも、如月、二年一組副委員長に撫で回されていたな」
指であごを撫でられる感覚を思い出し、如月が震える。
「ありゃ正直なとこ、きつい」
「なるほど、大変な人に気に入られたというわけか」
「でも、更紗ちゃんが副委員長さんと知り合ってくれたおかげで、私たちが先輩と合同自主訓練できるようになったんだよ」
如月が残り四分の一まで食べたところで、次は深井が食べきった。
「単純な射撃の授業もスムーズにやっちまって、テストも難なく終わったしな」
連休直前、射撃・斬撃テストが行われた。テストはカリキュラム上必須とされているものであったので当然実施されたが、射撃テストは一人を除いて全員合格。その一人は他でもない織斑一夏であるが、白式に射撃武装が備わっていないのでテストは免除となる。代わりに動く的役をさせられていた。
射撃テストは四段階。単射・連射で、静的目標・動的目標への命中だった。ISの銃火器はフルオートでも加熱を無視でき、強力な腕部反動制御の恩恵で、回避されない限りは無駄撃ちが発生しにくいことから連射が前提とされたものが多い。そのためバースト射撃が備わる銃は少ない。また、狙撃や散弾等、単射で威力を振るう銃火器もあるので、単射訓練も重要であった。
テスト中、二〇人から狙われる一夏は、ひたすら空を飛び回っていた。
「びっくりだよな。一人ずつかと思ったら三人ずつでよ。オリムーも大変そうだったぜ」
「そうそう。誰の弾丸がおりむーくんに命中したかはモニターされてるから、全員で一斉に撃ったっていいって織斑先生言ってたね」
「その方が的役も必死で逃げるだろう、とな。あの時のおりむー氏の顔といったらない。反面、斬撃テストでは活き活きとしていたな」
斬撃テストも四段階。地上・空中で、静的目標・動的目標への命中である。これにはARが使われた。静的目標はただ棒立ちではなく、ガード行為をする。ガード判定のある剣や
「あたしは単射が一番うまい、って言われたなぁ。次点は地上目標への斬撃か。動的目標への連射が下手っぴだってよ」
「私は全部平均的だって。なんだか悔しい」
「万事そつが無いという意味ではないか。戦いの場においては貴重なスキルだろう」
かくいう高城は、深井のように平均的とすら言われず『問題ない』の一言で結果を付され、あまり考え過ぎるなと加えられた。なるほど、といつものように反芻した。
ようやく如月がポテトも含めて食べ終える。
「同性カップルといやあ、他の学園にもいるんかな」
「どうだろうね」
「意外に多いかもしれん。世が世だ。将来性に乏しい男よりも、同性を選ぶ人間は増えるだろう」
学園内では一夏に関心を寄せる生徒が圧倒的に多いので忘れがちだが、世間は女尊男卑。
ここでいう女尊男卑とは、それまでの男社会の中にあって挑まれてきた『女性のための仕組みを構築しようとする試み』、そのものが覆されていることをいう。つまり、女性の意見を聞いて女性のための補助が組まれたり、官民問わず女性の参画機会拡大を問われたりしてきた世界から、まったく逆転しようとしているのである。
例えば内閣総理大臣を含め大部分が女性の内閣が発足し、ISを役立てられる重工業やSI業界を中心に女性幹部が増加した。日本だけではなく、アメリカ海軍太平洋艦隊司令官に女性が就任する等、世界的にも著しい変化が見られる。こういった大きな役割を担ったことで、市井における男性の立場が崩されていったのだ。
『次世代社会で男性はどう生きるか』と題された書物まで現れた。題名だけ見れば男性向けの啓発本のようだが、男にとって屈辱的ともいえる前書きは、女性たちの間で束の間話題となった。『狩りの時代から、農耕・牧畜を経、社会を造成し、技術革新と戦争の一進一退を経験し、経済を発展させ現在に至るまで、男たちが旗手となり先駆けの時代を切り拓いた。しかしいまや、人類の新たなる発展の地として開拓されゆく宇宙においては、女たちが星々のごときISの光を纏い、新たな未来へ我々を導くのである。男たちはその星々のきらめきを、暗い大地で身を寄せ合い、ただ見上げたまま発展を享受する――』
その逆転と、同性婚の認知度増が同時期に発生したことで、女性同士の婚姻が国内で増加傾向にあることは、二〇三〇年以降の統計として認められる。近い内に同性婚ラッシュが起きる――ワイドショームービーでは時折そのような言葉が飛び出るが、実際に起きた後にこそ、同性愛者の立場がより強まることであろう。
「ISが出てきてからだもんね、そういうの」
深井が言う通り、この一連の流れそして今後の予見はすべて、ISの登場により引き起こされた事態である。
「あたしは勘弁してくれよお」
「だから、その予定はありません~!」
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浦安のテーマパーク沿いに並ぶホテルからはIS学園がよく見えた。ベランダからの眺めは贅沢である。右を見ればスカイツリーを、左を見ればIS学園のランドマークである頂上付近でとぐろを巻いた中央タワーを望む。
風に髪をなびかせて立つのは、二年一組の委員長刷来スミレと、副委員長の萬壽リカである。二人は腕を絡ませ、ひとつのタブレット端末の画面を注視している。画面には、ISが装備する武装情報が表示されていた。
「私たちの機体でどこまで立ち向かえるか、良いチャンスに巡り会えた。一組としての矜持が試されるね。いまの三年一組は去年、専用機と戦っても負けなかった。三影会長を筆頭に、ほぼ未改造の打鉄でどんな相手も圧倒していた。ISの操縦技術を高めることに長ける生徒で集められた、武闘派集団とも言えるよね。織斑先生の熱心な教育のたまものだと思う。
じゃあ、後輩の私たち二年一組はどうだろう。先輩のような操縦技術を養えているとは、残念ながら言いがたい。けれど、君を筆頭に新武装の開発能力に長けていると自負しているんだ、私はね。だからその分野で勝負すべきだと思うし、いろいろな新武装案を一年生の終わりから練ってきた。その中でもこれをピックアップしたのは、私たちの連携にぴったりだと確信したからなんだよ」
「そうね」
「AIに任せた実装シミュレーションも終えて、実際に生成しての稼働訓練も済ませた。あとは試合でどこまでこれらの武装を活かせるかが大事だね。相手が未発表だからなんともいえないけれど、どんなISが相手でも通用しなきゃ、武装を開発する意味はない。その点においては、例えテンペストと戦っても通用できる武器を作れたはず。でも、初戦は彼らと戦うことになるよね。例年、そうだし。
昨年、三影会長と戦ったあの赤髪の生徒さんは、今年もやっぱり参加してくると思う。個人的にはブラジルやタイの子と戦ってみたいかな。接近戦……というより肉弾戦が得意そうな機体を開発していたから。
どんな戦いができるだろう。去年の代表生みんなに自慢できる戦いにしたい。良い機体を作るんだ、次世代につながる技術を産むんだって、別れ際に約束したんだ。最低限の瞬間粒子抽出量で、最大限の攻撃能力を得る弾丸と、それを運用できる銃だ。うん……どきどきするね。とっても楽しみだ」
「ええ、そうね」
やはり萬壽はそれだけを返す。
「全学園交流戦『エンジェルズ・オブ・ザ・ラウンド・テーブル』。
十ヶ国の学園から、選りすぐりの生徒が集まって勝敗を競う場。そして、私たち生徒のこの一年間の努力を発揮する場。去年はわけもわからず観戦席に座って、あの熱狂に当てられて、自分たちはとんでもない熱意の真っ只中にいるんだと、そりゃもう強く実感したよね。
今年のプログラムを確認したけれど、去年と変わりなかったよ。
第一部、二対二の『コンビネーション・オフェンシブ』。
第二部、五対五の集団戦『スキャッタード・フェザー』。
第三部、高速度域戦闘の『キャノンボール・ファスト』。
第四部、一対一の『ラプターズ・オポジション・ワン』。
第五部、最後。参加者たちが望むカードでの一対一を実現する『ラプターズ・オポジション・ツー』。
待ち遠しいだけじゃない、心地よい緊張も一緒さ。二年に上がって最初に参加する大規模イベントなんだから、当然だよね。かつ、他の国の生徒たちと戦う貴重な機会でもある。前年度は代表生たちと半年過ごしたのだけれど、それとは異なる学園が持つ熱そのものを、感じさせてくれると思うよ」
「そうよね」
再三、似た返答を返す萬壽。ここでようやく、彼女は別の言葉を紡ぐ。
タブレット端末を握る刷来の手に、自身の手をそっと重ねた。
「不安?」
聞いた刷来は、それが刷来への問いであったことに、数度瞬きをしてから気付く。
「んーと、つまり?」
「一年一組のみんなよ」
図星とばかりに、刷来は目を見開く。
「そうだね。君の言う通りだ。うん」大きく頷くふりをして、胸の内に渦巻く想いを飲み込む。
「今年の一年一組は、三年一組と似ている気がしていたんだよ。先輩方と同じように、戦闘面に期待できる子たちを集めている気がする。三年一組担任の織斑先生が、一年一組の授業にも出ているのが証拠だよ。もちろん、私たちの実技も指導してくれているけれど、まさか、初っぱなから参加するだなんてね。
織斑先生は世界中の学園や軍が、教官として来て欲しいと望んでいる。第一回モンド・グロッソ優勝者ってだけじゃない。実際に全保有国で教鞭を執った実績があるからなんだよ。そんな織斑先生の授業を一年生の間から受けられるんだ。でも織斑先生だけじゃないよ。
須藤先生だって、IS担当教員の中でもトップの技能を持ってるって話さ。真偽はわからないけれど、IS自衛隊にいた頃は、刀一本の旧式打鉄でフル装備の新型打鉄数機と渡り合う猛者だった、って噂。それを聞けば、接近戦授業にこだわりが見えるのも納得だよね。
山田先生については自衛隊時代の噂は一切聞かないけれど、織斑先生が操縦技術を認めているぐらいだし、本気を出したらすごいんだと思う。実際、私たちが束になって攻撃しても悠々と避けられてしまったし。去年の代表生たちにも不思議がられていたよね。ぜったい本気を隠してる、って。それを山田先生に言うと否定されちゃうんだけれど。
この三人が集中してる。一年のあの子たちを徹底的に育てたい学園の意志がこれでもかと見える布陣なんだ」
「ふふ、いいえ」
「え?」
唐突な萬壽の否定に、刷来はいよいよ素直な疑問の声を漏らした。
「そうじゃない、でしょ?」
萬壽は、タブレットに重ねていた手で、画面をいくらか操作する。そして、暗証番号のあるファイルを開いてしまう。
「あ、それはだめだよ」
制止は言葉のみ。
ファイルの中には、いくつかのコンピュータ・プログラムが入っている。ISコア・ISAD・インストーラ、学園IS用多用途OS、粒子抽出量インジケータ、コア・ネットワーク・ブロッキング・フォー・テスター、粒子運動モニター、モジュール・コンパチブル・チェッカー、コーパスキュラー・エレクトロニック・ブレイン・フォーシング等々。これらのソフトウェアはすべて、専用機を作製する際に必要となるものであった。
その中のひとつ、一番最後に、他の名前と一風異なるデータがあった。
『殴って蹴る(5)(2).is3dd』
それを開いてみれば、付随するインフィニット・ストラトス・エイディド・デザインが起動する。最初に表示される統合されたドキュメント欄には『シールド座標』『外観』『カラー』『表層粒子流路』『装甲』『主要粒子流路』……と順に並び、本来最後にある筈の『絶対防御層』の次に、『白紙』とだけ書かれたドキュメントがあった。
萬壽はそれを展開する。
そこに図面はなく、ホワイトボードの落書きのように、メモ書きが散らばっていた。
『静止状態静止目標射撃訓練→静止状態動的目標射撃訓練→歩行中射撃訓練→低速飛行中射撃訓練→中速、高速、と』しかしこの文には大きなバツが重ねられており、緩やかに弧を描いた矢印が引かれ『ツーステップ上げて』。『連続する爆発や閃光によるショックから精神的に守る方法を伝授』これには二重線が引かれ『必要なし』。
他にもいくつもの箇条にバツや二重線がされ、矢印の先に補足が加えられていた。
「うーん、あはは」
刷来が恥ずかしげに肩をすくめる。
「去年、私たちの時は、だいぶ苦労した気がするんだけどね。まず、銃火器の射撃音や炸薬の爆発音に慣れなくってさ。軽度の戦闘ストレスで一人転校しちゃったぐらいだし、みんなへとへとになりながら、最初の半年間を過ごした気がするよ。一年一組は他のクラスよりも早くIS実機訓練に入って、夏頃に他のクラスが実機訓練に入る時に見本を見せたりしたけれど……その頃になってようやくだよね、私たちに自信がついてきたのって。
一組の授業に丁寧な教えなんてない、ってね。それでも落ちこぼれまいと先生たちに何度も聞きながら、先輩たちにしごかれながら、必死にISに慣れていったんだ。中等部からISに乗ってた更識や猪平たちには迷惑を掛けたと思うし、同時に、たとえ彼女たちより遅くたって、彼女たちと同じくらい強くなってやるんだって息巻いていたよね。
だけど今年の一年一組は吸収が早い。うん、強い。強くなる」
「怖いのね?」
重ねられた刷来の手が震える。
「でも君が、勇気をくれるんだよ。君が一緒にいるから大丈夫」
短く返す。
「ええ、そうね」
何度目かの同じ答えを萬壽は返した。
そのままタブレット端末をスリープさせ、学園のある方を見つめる。
直前、画面には数少ない訂正のない箇条書きが表示されていた。
『私たちの本気をしっかり見せる。先輩として、憧れを抱いてもらおう!』
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「見ろよ、オレの新しい制服」
「今度はタイトスカートッスか。連休明けからはそれ着るんスね」
「ああ。パンツはちょっと趣味じゃなかったな」
「パンツスーツというか、ほぼタイツだったッスよ」
「あれはおめーに合わせたんだが、息苦しかったんだぜ。ガーターならまだ楽だ」
「どっちにしろ寒そうッス。冬耐えられるんスか?」
「そん時にまた変えるさ」
「ころころ制服弄ってると、また叱られるッスよ」
「アイツにか? 無視だ無視。それよりも、旅行の準備しなきゃな」
「交流戦のこと『旅行』なんて言ったらキレられるッスね。なだめるのだるいんスから、目の前で言わないでくださいよ」
「口からポロッと出てこねぇように見張っといてくれよ」
「冷やして動かないようにするしか手はないッス」
「どうかな。オレの吐息はアツいぜ?」
「知ってるッスよ、見張ってたって無理ッス。塞ぐしかないッスもんね」
「なんだそれ、誘ってんのか」
「誘うならもっとうまく誘うッス」
「ほう。どうやって?」
「おしゃべりは十分。ほら、こっち来るッスよ」
「ハ、ハ、ハ。後輩のくせに調子ノリやがって」
「なにしてんスか? 私の胸に来るか来ないか、先輩なんだから即決するッス」
「てめー、覚悟しとけよ?」
「こっちはいつでもどうぞッス」
「……ったく、そうかよ」
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