インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第五話

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「ほんとにあの子たちはもう、やる事なす事止められないのよね」

 

 海江田家に帰り、食事を済ませ、一夏と箒は梓の淹れてくれた紅茶を飲む。

 

 学園での生活を話した後、梓が語るのは昔話であった。一夏と箒がまだ小さかった頃の、千冬、束、栄榎の三人組の自由気ままでやんちゃな素行についてだ。

 

「束ちゃんが始めたことを栄榎が焚き付けて、千冬ちゃんが止めようとするんだけど、あれよあれよという間に結局巻き込まれてね」

 

 二〇二〇年に一夏と箒が産まれた時、三人組は九歳で小学三年生だった。七月七日に箒が、九月二七日に一夏が産まれ、初めて新しい家族ができた束と千冬は舞い上がっていた。感染症が猖獗(しょうけつ)を極める中、一生に一度の機会に病院に入ることのできなかった二人は、栄榎を巻き込みとあるパフォーマンスを画策することとなる。

 

 それは平易なプロジェクションマッピングによる誕生祝い。織斑家にあった、祖父のものであった性能の良いパソコンや、海江田家にあったプロジェクターなどを使い、簡易なプロジェクションマッピングを作製した。

 

 誕生したばかりの赤ちゃんに向けて、三人組は自信満々に己の作品を披露したのである。作品自体は、家の壁を利用した巨大な投影映像ではあるものの、赤や青と単色の背景に明朝体のでかでかとした文字が流れていく、簡易なものであった。

 

 しかし三家の親は、小学三年生の娘たちがこんなものを独学で創り出したことにたまげた。とりわけ、今後ほとんどの所業において発起人となる束については、破天荒さに頭を悩ませつつ、舌を巻かされ続けた。

 

「確かにあの映像もすごかったけれど、あの日からなのよね。束ちゃんをすごいと思い始めたのは、ね」

 

 コンピュータ・システムの知識をどんどん身に付けていった束の非凡なる才は、一夏と箒が一歳の誕生日に、町内全域の耳目を驚かすこととなる。

 

 始まりはいつも通りだった。発案が束、栄榎が計画進行、千冬は周囲に悟られないよう計画の秘匿を行う。

 

 二〇二一年九月二七日、一夏一歳の誕生日の夜。少し離れた農場で使われていた農業用ドローンを電波ジャックし、合計十数台の巨大なドローンを束が操った。そのドローンに栄榎と千冬がライトを設置し、夜空に放つ。

 

 高度五〇メートル程度の上空で、いくつもの光点が連なっては離れ、様々な図を描いていく。瞬きする猫、口を開く犬、咲く花びら、翼を広げる棒人間――。

 

 ドローンの羽音によって外へ導かれた周囲の人々がその光景を目にし、何事かと町内の大きな事件となった。

 

 しかし犯人はすぐに見つからなかった。これまでの行いから三人組が疑われたが、それも一瞬。いくらなんでもセキュリティがかけられたドローンの電波をどうにかするなんて、一〇歳の子どもにできるとは誰も想像できなかった。

 

 加えて夜空のパフォーマンスの日、三人組は幼い一夏と箒のそばにおり、近くには親もいた。三人組の手元に電子機器は無く、家族全員で動き回る光点を見上げた。

 

 それもその筈で、用意されたプログラムに沿って運用していたのだから、束がリアルタイムにドローンたちを操る必要はなかった。終わった後、証拠隠滅のためにライトを回収した程度で、三人組はスマートに夜空にロウソクを並べてみせたのだった。

 

 当然ながら、電波ジャックの原因をドローンの通信記録から追えば、元になったパソコンを割り出せたであろう。通信記録のケアまでは当時の束はできていなかったので、犯人は即日判明したはず。特に害は無かったために、農業用ドローンの所持者も、以前より厳重に片付けるようにした程度で、電波から犯人を追うことはしなかった。

 

 ではなぜ真犯人が判明したかというと、ばらしたのは千冬だった。

 

 当時は、ドローン宅配試験などがたびたびニュースにあがり、路上を走行するドローンが試験運用されていった時代だった。そのニュースを見た時、千冬がぽろりと『束ならば余裕であろう』と漏らす。

 

 三人組の繕いも虚しく、犯人として追い詰められた彼女たちは遂に観念して、あの日の秘密を明かしたのだった。

 

「大変だったのよー。ものすごく叱ったし、ものすごくたくさんのお家に謝りに行ってね。もし壊してたらと思うと、仕事に使うドローンって大きいし、高いでしょうから、ほんとうに肝が冷えたわ」

 

 一夏はこの日の夜を覚えていない。三人組の最初の所業として、昔から何度も聞かされてきた。当事者である千冬自身からはこの話を聞いていない……というよりも話したがらない。

 

 幼い時分の恥ずべき行いとして胸の内にしまっているのだと思うと、可愛らしいなと一夏は感じるのである。

 

「束ちゃんの暴走というか、突飛な発想は一夏くんと箒ちゃんが生まれた時から始まっていたけれど、このドローン大事件にはほとほと疲れ果てちゃって。でも、この子らは将来、どでかいことをしでかすんじゃないかと確信したのよ。その時は、親馬鹿すぎるかなーとは思ってたけどね」

 

 その日から七年後、一夏と千冬が小学二年生になり、千冬たちが高校二年のとある日。束はインフィニット・ストラトスを公表し、町内どころか世界を巻き込んだ大事件を起こして、翌年には姿を消した。

 

栄榎(えいか)さんは元気なんですか? 自衛隊を辞めてから世界中を飛び回ってるって聞きましたが」

 

 一夏の視界の端で、箒が手をぎゅっと握るのが見えた。姉の影響で学園にて奇異の目を向けられていたのだから、姉の話題に敏感になるのも無理はない。

 

 話題を変えた海江田栄榎については、高校卒業後すぐさま、創設されたばかりのIS自衛隊に入隊し、たった二年で除隊したまでしか知らない。足取りを聞いて、千冬と束にとって幼馴染みである栄榎が久しぶりに千冬に会ってくれると嬉しかった。

 

 一夏が箒と再会できたように、三人組揃うまではできなくとも、二人だけでも会えれば。

 

「栄榎……いまどこにいるのやら……」

 

 ところが、返答は不明瞭なものだった。

 

「ハワイにいるとか、シベリアにいるとか、南アフリカ共和国にいるとか、たった数日で地球の真反対にいったり、数ヶ月連絡なかったりで、いまいちぱっとしないのよね。元気ではいると思うし、連絡すると返してくれるから、無事だとは思うのよ。でも……」

 

 梓があごに手を当てる。考える、というよりは不審がる表情で。

 

「この前、自衛隊の人たちが来たのよ」

「ここにですか?」

 

「ええ。だいぶ遠回しだったけれど、栄榎の居場所を知りたいみたいだったの。おかしいわよね。IS自衛隊を辞めて、機密も知ってるでしょう栄榎のことなんて、自衛隊の方が知ってそうじゃない? 辞めてから四年は経ってるし、そんなこともないのかしらねぇ。ま、あの子も大きいし、自分でなんでもできる子だから、心配はあんまりしてないのよ」

 

 

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 足元に荷物を置いて待つ一夏たちの前に、集荷サービスドローンがやってくる。かまぼこに車輪が付いたような、軽トラックよりも小さく細長い電動の車両だ。軽い荷物であれば飛行型ドローンが集荷に来るのだが、一夏と千冬の私物だけで済むはずだったものが、海江田家にあれもこれもと渡され増えてしまっていた。

 

「箒は何を送るんだ?」

「ん? うむ……家に置き忘れた私物だ」

 

 更には箒の荷物も加わり、すっかり大荷物になってしまった。学園に送る荷物のために、目録を作成し先に提出しておく必要がある。荷造りしながら目録も作成し、ようやく送信を終え、ドローンを待っていた退屈から解放される。

 

「そうか。梓さんが持っていてくれたんだな。良かったよ」

「うむ……」

 

 傾いていく日に、箒の横顔が照らされる。なんだか落ち着かない様子で、自分の用意した箱であったり、実家のあった方であったり、視線が行き来している。そうしている内に、一夏と目が合った。

 

「あ……いや。き、気になったのだが、織斑先生の私服、あれを本当に着られるのか?」

「え? 無理かな? 別に太っちゃいないし――痛い痛い」

「馬鹿者」

 

 確かにプロポーションは抜群だが、昔からであるのは知っているし、高校生の頃の私服じゃなく、成人した頃に買って残してある私服を送るだけだ。

 

「そういう意味ではない。先生が着られるには、少しサイズが小さくはないか」

「いや、だから太ってない……痛いって」

「違うと言った! 肩幅もあり体を鍛えているあの姿から連想して、ここにあるサイズはやや小さくないかと言ったのだ!」

「ああ、そういうことか。千冬姉、スーツだってけっこう余分なくぴしっと体に合わせてるだろ? 余裕があるよりは、しっかり体にフィットしてくれる服が好きなんだよ。だから、昔からワンサイズ小さいんだ」

「そういうものか」

「でもきっちりした服ばかりじゃなくてさ。襟の開いたシャツだとか、意外とファッション気にするところあるんだぜ。まぁ、俺が一緒に選んだ服もあるけど」

 

 特にファッションを気にする素振りの無かった千冬に、これが似合うあれが似合うと言って、ほんの少し自身の見てくれに目を向けさせたのは一夏の成果であった。

 

 一緒に買い物に出かけた日を昨日のように思い返せる。

 

「それはつまり、お前の趣味というわけか」

「似合いそうな服を選んだだけだよ。それに、俺が選んであげたのも千冬姉が高校生の頃だしな。残してあったのは、そうだな、千冬姉が自分で買ったり、栄榎さんと買いにいったりした時のものがほとんどじゃないか」

「そうか」

 

 答えながら、箒は自分の小さなネクタイを少しばかり締めていた。箒もゆったりした服よりはきちんとしていた方が良いのだろうか。

 

「それじゃ、梓さん、俺たちもう行くよ」

 

 集荷ドローンが去るのを見届け、傾いていく太陽を背に、海江田夫妻と別れる。

 

「泊まっていってもいいのよ」

「箒が訓練訓練ってうるさいんだ」

「変わらないのねぇ」

「だ、大事なことですので……」

「休みになったらいつでもいらっしゃいね。あと千冬ちゃんともお話したいから、必ず来るように、って伝えといて! あとお墓参りもちゃんとしなさい、と、化粧覚えたの、と――」

「はいはい、話したくてたまらないって伝えとくぜ。それじゃ」

「失礼します」

 

 箒は何度か、ちらりと実家があった場所へと視線を送りながら、最初の角を曲がる。

 

「腹いっぱいに食わせてもらっちまったな」

「ああ」少し時間を置いて「懐かしい……味だった」

「梓さんの手料理は旨いもんなぁ。中学の友達の家が定食屋なんだけど、そこの大将も唸る味なんだぜ」

「プロのお墨付きか」

「元気にしてるかなぁ、あの兄妹」

 

 中学時代、よく食べた料理は海江田家の食事の他に、その定食屋で大量に格安で食べさせてもらっていた。この二つの大きなエネルギー源のおかげで、如月に「デカい」と言わしめるほど長身になった。

 

 同じ中学に通っていた友人と、その妹と、中国出身のもう一人の友達と合わせ、よく定食を食べに行ったし、休みの日にはたまにアルバイトとして働かせてもらっていたこともある。

 

「兄妹?」

「ああ。兄の方が俺と同級生で、一緒につるんでた。そいつの妹ともよく一緒に遊んでたよ」

「ほ、ほう? な、仲が良かったのだな」

 

「夜通しでよく遊んだな」

「よ、夜通し?」

 

「どっちかの家に泊まってさ、親にバレないように朝までしたよ」

「は、あさ?」

「学園じゃ男友達もできなさそうだから、もうそういう遊びもできないな。……ん、どうした、箒?」

 

 箒が頭を抱えている。

 

「いや、気にするな。危なかった……」

 

 抱える片方の手は、グーとパーを繰り返していた。

 

「さて、と。それじゃ、これからどうするかな」

「は?」

「用事は済ませたし」

 

 重要な任務のひとつであった、千冬姉の私物回収。私服に加え、いくつか彼女が愛用していた生活用品も一緒に送った。

 

 母が使っていた黒檀の箸――母の死後は千冬が愛用していた。栄榎が半分冗談でプレゼントした料理本――これには焦げ、油染み、幾度もチャレンジした形跡があった。束に押し付けられるようにして渡されていたウサギ柄のネックピロー――千冬の元へ帰るのを待っていたとばかりに椅子に置かれていた。

 

 そういえば、俺が昔贈ったマグカップを忘れたな。どこに置いていたっけ、覚えてないな。

 

 考えて、また来ればいいや、と歩を進める。

 

「……ート」

「ん?」

 

 後ろで箒が、口元を手で覆って何やら話しかけてきた。

「プランがあったのではないのか?」

「プランは終えた」

「は?」

「千冬姉の生活必需品は確保できたからな。うーん、そうだな」

 

 学園に申請した帰宅時間までは余裕がある。羽田空港行きの電車は連休に入ったばかりで混雑すると予想し、遅い時間で申請していた。

 

「箒」

「な、なんだ。どうしようというのだ」

「あそこ行こうぜ。駅向こうのデパート」

 

 

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「くしゅ」

「おいおい織斑先生、寒いんじゃねぇのか?」

 

 銀座七丁目にある酒屋を前に、千冬はくしゃみをひとつ。ショート丈のタイトニットの上にスプリングコートを羽織っていたが、地下鉄を移動している間にコートを脱いでしまっていた。店内は洋酒やワインが多く並び、冷房がよく効いている。

 

「コート着とけ」

「そうしよう」

 

 羽織っている間に、須藤はずらりと並ぶウイスキーを順に見ていく。

 

「ちょっと試飲していこうぜ」

「え。こんな時間からですか? わ、私は遠慮しときますね……」

 

 あまり見る機会のない酒屋の雰囲気に圧倒される山田が、ぎょっとして千冬の背に隠れる。

 

「私も飲まない。今日は帰って、三年の資料を少しまとめねばならん」

「そりゃ大変だ、一杯ぐらい奢ってやろうかと思ったんだけどな。――あ、店員さーん、あのレジ裏のグレンスコシア、試飲したいんですが」

「ならば私はこれを」

「ずいぶん濃い色のベン・ネヴィスだなぁ、良いチョイスだ。先生、目が肥えてきたんじゃねぇか」

 

 須藤の言葉に一杯だけ甘えていると、そばにいた山田がコートの袖を引っ張ってくる。

 

「よかったんですか?」

「何がだ」

「ご実家に帰らなくて……一夏くんは帰ったみたいですよ」

 

 山田は度々、日本に戻ってから一度も帰省しない千冬を心配して、こうして声をかけてくれる。昨年春、世界中のIS軍への教練参画から日本に帰還し、学園教師として赴任して以来、例え連休があろうと帰省は考えなかった。いまの三年一組を受け持ち、軍で行うのと同等のハイレベルな授業にも食らい付く彼女たちを相手に、熱が入っていたのだ。加えて、国連職員としての職務も覚えていかねばならなかった。

 

「実家といっても、文字通り家しかない。去年であれば一夏もいたから帰る意味はあったかもしれんが、いまとなっては、な。それに……海江田栄榎の両親と会うのは、気が引ける」

 

 ため息を吐こうとして、濃厚なシェリーカスクを由来とするラズベリーにも似た香りが、口腔内に充満した。アルコール度数が六〇度に迫る、カスクストレングスの奥深い味わいは千冬にはすこし刺激的で甘美。成分を多分に含んだ空気でさえ、飲み込むのに少し時間を要した。

 

 一口含めば、壁となって立ちはだかる高濃度のアルコール度数の向こうに、ベリー、黒蜜、わずかな土っぽさ、ペッパー。甘みも、苦みも綯い交ぜになった複雑な味わいが重くのしかかる。

 

「そうですか……」

 

 いまさら、親がいないことに気を回される理由はないが、山田はその返答で袖から手を離した。

 

 いや。そういえば、先日の篠ノ之束出現の際、同時に現れた栄榎に山田は反応していたのだった。となれば、そちらで何か思うものがあるのだろうか。

 

 海江田栄榎は千冬と並ぶほどのIS操縦技術があったが、特筆すべきはそれを戦術として発展させ、尚且つ自衛隊内に波及させたこと。自衛隊内においては、千冬よりも栄榎を伝説的パイロットとして見ている隊員も多い(千冬としては、モンド・グロッソ優勝者という一人歩きした印籠が通用せず、幾分過ごしやすかった)。

 

 彼女が率いたIS戦技教導群は、創設当時からIS自衛隊にてトップの実力を保持し続けている。IS自衛隊パイロットは巡回教練にて必然的に、彼女たちから指導を受ける。何かしらの関係性があったかもしれない。

 

 もちろん疑うという面では、山田が指導する側であった可能性も考えられる。確かに山田の操縦技術は目を見張るものの、そもそもIS自衛隊のパイロットは他国の人間と一線を画している。そんな中、教導群のパイロットは多い時でも一〇名程度。日本中に散った一〇〇〇人以上いるパイロットの中から、ほんの数名だけが選ばれるのである。

 

 恐ろしく狭き門である戦技教導群加入に足る実力が彼女にあるかと言われると、残念ながら首肯しかねる部分がある。

 

「このレーズン、美味しそうですね、買っていきますか? ――あ、こっちの棚はラムでした……。見てください、殻付きのくるみなんて売ってますよ。くるみ割り付きです。面白そうですねぇ。――あ、こっちの棚はワインでした……。これってフレーバー付きのチータラですよね。種類たくさんありますが、最近流行ってるんですかね、試してみましょうか」

 

 つまみ売り場周辺で右往左往する山田真耶。IS戦においても状況やプレッシャーに負けずに、もう少し思い切りよく決定打を打ち込める判断力があれば。

 

 あれこれ考えたところで、千冬は山田と真剣に勝負した経験は無いし、千冬を除き元自衛隊隊員である学園教師の過去については、詮索すべきでないというのが暗黙のルール。

 

「ム」

 

 テイスティンググラスを傾ければ、底に香りを沈めるのみであった。

 

 一口一口進める内にどんどん思索に耽ってしまうのが、ウイスキーの良い面でも悪い面でもある。うまいウイスキーを相手にすれば、特にだ。

 

 須藤の影響で、日本に戻ってからはウイスキーも飲むようになった千冬だが、元々はビールを好んだ。第二回モンド・グロッソの後、世界中のIS軍を渡り、現地のパイロットと共に様々なバーに赴きあらゆる酒を嗜んだ。最も気に入ったのは、ドイツにいたときに飲んだブラウンエールやスタウトだった。同席した技術士とは、一晩語り合うほど意気投合した。

 

 酒が飲める年を過ぎて早六年。

 

 束と合わせ三人で碌でもないことをした日々は遠く、懐かしい。

 

 一人の狂人が馬鹿を考え、次の一人が煽り立て、残る一人が巻き込まれる。

 

 嫌ではなかった――いや、正直に言えば、楽しんでいたとも。ただ、酌み交わしながらあの日々を偲ぶような、大人になった幼馴染み同士の懐旧談は、ついに叶わなかった。

 

 栄榎は酒に強そうだが、束はどうだろう。束が酒を飲んで酔っ払ったとしたら……破天荒さが爆発しそうで、だんだん想像したくなくなってきた。

 

「ふ、結局、三人で酒を飲む機会は無さそうだな」

 

「時間と空間を昇華させたドリンクなんか、束さんにはいらないよん。でもちーちゃんは、今の内に楽しんどいてね♪」

 

 なに?

 

「どうしました、織斑先生?」

 

 周りを見渡しても他の客ばかりで、あの陽気な顔は無い!

 外か!

 

「おいおいどこ行くんだよ、織斑先生!」

 

 道路に飛び出して、左右を探しても、飛び跳ねるように歩く狂人の背は見当たらない。空を見上げても、飛び去る背はない。

 

 はっきりと聞こえたぞ、お前の声が!

 

 スプリングコートの肩から、木屑にも似た光の残滓がさらりと滑り落ちて、胸のあたりで溶けるように消える。

 

 聞こえたんだ、お前の声が。

 

 何をしようというのだ、お前は。

 

 これも同じだというのか。

 

 いつまで明かさないつもりなんだ。

 

 私をいつ巻き込むのだ、束。

 

 

▼▼▼

 

 

 本格的なデートを期待したのではなかった。もちろん、この男がそれを把握して立案実行するなど、微塵も予想しなかった。しなかったとも。

 

 箒は駅近くのよくあるデパートを前に、一夏の背を睨む。

 

 この男……自分が何をしようというのか、わかっているのか?

 

「ここでいろいろ見てみよう」

 

 ただの時間つぶしである!

 

「はぁ。一体何をするのだ。デパートで揃う程度のものなど、学園用通販でも買えるぞ」

 

 寮に置ける小物や家具の制限は、学園用の通販が参考になる。そこで買えるものと似たものであれば、他で買っても持ち込みは認可される。判断に困るものは用務員が判断してくれる。

 

 学園通販は市販の物品を仲介しているに過ぎない。生徒の要望で新しい商品が掲載されることも多く、内容には困らない。女子が意見を上げるだけあって、デザイン重視、実用性重視、より取り見取りである。

 

「そうなのか、意外と充実してるんだな! 今度じっくり見てみるよ。お、あれ、うまそうじゃないか。デザートでも食べようぜ」

 

 結局食べ物にいってしまう流れに釈然としないものの、クレープを売るキッチンカーに向かう。

 

 クレープなぞ、どこも一緒だろうに……。それとも可愛らしいデザートに嬌声を上げ、無意味に何枚も写真を撮り、SNSに投稿する女だと思われているのだろうか。あいにくだがそのような趣味はない。

 

 枇杷フレーバーが気になるが売り切れてしまっている。ここはフランボワーズでいこう。

 

 写真映りを意識した店構え、動画で撮られてもいいように慣れた動きでクレープを彩るお姉さん、包装紙もしっかりしている上に撮影後の宣伝効果も兼ねたデザイン。

 

 これらを撮影し、いくつか加工して、SNSに投稿するのだな。

 

 いったいそれを誰に自慢するのだ。

 

 考えて、一夏との思い出になるじゃないか、と一瞬脳裏に言葉が浮かび、思わず息が詰まった。誰のためでもない、二人の思い出のために?

 

 一夏は抹茶クレープを選んでいた。次に箒の分が出てくる。

 

「はい、どうぞ! きれいな彼女さんには、フルーツ多めにしといたよ!」

「!?」

 

 言葉にならない電撃が脳内を駆け巡る。せっかくのクレープを握り潰しそうになった!

 

 か!

 

 か?

 

 か……。

 

 周囲からそのように見られている事実におののきながら、擲弾よろしくフランボワーズが弾け飛ばぬよう、己の左手を一生懸命なだめる。

 

 生クリームが服に付いては大変だ……この服は、いつか来るであろうこの日のために眠っていたのだ……すこし胸元がキツくなってしまっていたが……決して、決して汚してはならん……生クリームを腹に付けて帰るなど我が一生の汚点……。

 

「ラッキーだったな、俺にはなかった」

「そう言うと思って、生クリームちょっと足しといたよ!」

「おお! サンキュー!」

 

 この男、なにをぬけぬけと! 訓練を思い出せ! ペアで戦う場合は、パートナーの状態まで把握しつつ相手に挑まねばならんと言っただろうに! 副会長との戦闘では、初めてのタッグだったにも関わらず、私の瞬時加速と斬撃に着いてきたではないか! なぜそれを忘れてしまうのだ!

 

「やっぱり抹茶はいいな」

 

 しかもだ。この男、か……『か』から始まる単語に一切反応しなかった! 剣道のみならず、耳までも衰えたのではないだろうな! 私が誕生してから過ごしてきた十五年と少し、いつも創作物の中にあった、かの言葉がいまここに! なんとも空前絶後。いや、絶後では困る!

 

 わかっているのかこの男、『か』だぞ。

 

 か……。

 

 か?

 

 か!

 

「箒? もう食べたのか」

 

 瞬きをして我に返り、左手を見遣れば、空っぽになった包装が。

 

 まさか、そんな、爆発させてしまったのだろうか。手遅れだったのか?

 

「おーいっ」

 

 クレープ屋の女性がこちらを見て声を上げている。目が合うと、手招きされた。

 

「どうしたんだろうな、行ってみたらどうだ」

 

 一夏が促すので、散った亡骸を手のひらに、クレープ屋に戻る。

 

「どう、美味しかった? すごい勢いで食べてたけど」

 

 健闘虚しく暴発させてしまった事実を露呈すまいと、頷いて話を合わせてしまった。

 

「それは良かった。これ、もう店じまいなんだけれど、レモンティーが中途半端に余っちゃってて。少しだけどお二人に差し上げちゃう! 彼氏さんと飲んでね」

 

 か!

 

 

▼▼▼

 

 

 箒が我に返った時には、寮の自室で竹刀を何度か素振りした後だった。

 

 いつの間に帰ってきたのだ……。

 

 私服のままだったので、脱いで簡単に手入れをし、クローゼットにしまう。

 

 中には数少ない私服が並んでいる。どちらかというと空きの方が広い。ウォークインクローゼットとまではいかないが、四、五人入れるほどの大きなクローゼットだ。服が少なければ、無駄な領域が目立つ。

 

 あまり私服に興味のなかった箒は、中学時代にいくつか私服を購入した程度。というのも、その三年間で身体の成長に伴いサイズが毎年変化し、ワンシーズンしか着られないという無駄な買い物になったというのが、一番の理由である。

 

 毎年新しい服を買ったところで、どうしようというのだ。

 

『高等部に進学したら、おしゃれを見せてあげたくなる相手をつくりなさいな』

 

 熱いシャワーを頭頂から浴びながらふと思い出したのは、中等部の頃に聞いた更識副会長からの言葉だ。

 

 あの人の声かけに、箒が返事できるようになったのは、中等部で出会ってからだいぶ時間が経ってからだった。最初の頃はISの習熟に打ち込んでいた。他の何よりも優先して……。

 

 休日もISに乗り、遊びも服飾も打ち捨てていた箒に、いくつか服を見繕ってくれたのが更識副会長。そこに布仏書記も混じり、少ない予算であれやこれやと選んでくれた。

 

 それも一年後には着られなくなってしまったのだが。

 

 濡れる自身を抱き締める。織斑先生ほどではないが、自身の姉も高校生の頃には美しい身体を得ていたと思う。姉は服をわざわざ悩む事はあるまい。

 

『見つけられるといいわね。あなたの姉と比べる必要のない、あなただけのもの』

 

 それは布仏書記の言葉だ。あの人も、代表候補生として中等部でISを学んでいた。代表生になる気は初めからなく、更識副会長の付き人のようにいる人だった。しかし、副会長と同じように箒を気遣い、模擬戦では容赦が無かった。

 

 あの姉の妹であることを気にせずに最初に話しかけてくれたのは、布仏書記だったように思う。見て私の妹、ぜんぜん違うでしょ? と箒のクラスメイトだった彼女の妹を紹介された。

 

 いまも同じクラスである布仏本音は、代表候補生として中等部からの仲だが、すこしばかり苦手だ。研究開発科志望で代表候補生に選ばれる実力は無いが、爛漫に屈託なくISと接する姿は、まるで姉のようで……。

 

『竹刀を向ける相手とISの刀を向ける相手。その身に呼び覚ますといい。二年後か。再会を楽しみにしよう』

 

 その言葉を反芻した結果、IS一辺倒だった私は少しばかり考えを変え、再び竹刀を握った。昔から抽象的なことばかり勝手に喋っていく、三影会長の言葉である。

 

 あの人の強さは他を凌いだ。彼女が中等部を卒業する直前、一年間で学んだ全てをぶつけるつもりで一対一の模擬戦に挑んだ。結果は惨憺たるものだった。思い出したくもないほどに。

 

 中等部で学ぶ内容は基礎機動のみ。あとは同じ動作を繰り返し、連続稼働時間を重ねていく。ISの挙動に慣れ、考える間を置かず反射で動けるようにすることが主眼であったからだ。

 

 そのはずなのに、あの人はまるで何年も戦ってきたかのように、箒は満足に動くことすら叶わず組み伏された。その敗北から、三影会長は超えるべき巨大なハードルとなった。ISを熟知する姉に挑むならば、まず、彼女を倒せる実力がなければ話にならないのだと。

 

 身体を洗い、再び熱いシャワーを浴びる。

 

 他人と接する機会を得る度に、思い知らされる。

 

 力が必要なのだ。

 

 姉に挑むために。彼女が作ったISという土俵で戦うのだから、自分に必要なのは、相手の土俵にあっても通用する力だ。

 

 ただ、新しいISを作る能力においては、とこしえに姉には敵わぬ。土俵を作った人間に、土俵作りで挑むのはナンセンスだ。

 

「少し伸ばし過ぎただろうか」

 

 洗面台で髪の水気を吹き飛ばす。胸元には、一夏に贈られたリボンを寝かしている。

 

 敵わないなら、別の方法で挑むのみ。既存のISで――打鉄で挑むだけでは力不足とするなら、強力な助っ人が必要だ。

 

 故に、一夏を教育すると決めた。

 

 あの女と戦う実力を、二人で分け合うために。

 

 一夏なら任せられるのだ。一夏しかいないとすら言える。

 

 なぜ?

 

 どうして一夏である必要が? それこそ、現生徒会メンバーを説き伏せて、対姉戦線を構築するという手もあった。

 

 ……いや、現実的じゃない。私にそのような真似はできない。

 

 だから一夏なのか? 偶然目の前に現れた人間が旧知の仲であったから頼ろう、というだけか。私の独りよがりのために、か。

 

 風呂場を後にし、襦袢をゆるく羽織ったまま、ベッドに座る。

 

 熱い湯とドライヤーの熱気に当てられて、頭がぼうっとする。

 

 このまま寝てしまおうと倒れ込むと、無造作に放っていた学園生用端末(スクブ)が滑り込んできた。着信履歴、一件。

 

 誰だろうか。私の端末に連絡を寄越す人間なんて、生徒会か、もしくは――。

 

 一夏だ!

 

 何分も前だ。箒が風呂に入った頃に掛けてきている。なんと間の悪い。

 

 何の用だったのだろう。決まってる、今日のことだ。善意で帰省を提案してくれたというのに、実家がなくなっていたばかりに私は不機嫌になっていたかもしれない。そんなこと、とっくに予想できていたではないか。それとも墓参りか? 気の利いた言葉もかけてやることができなかった。昔話をするばかりだった。もしくは後半、あまり記憶がない時間のことか? なにやら衝撃的な出来事があって、ずっと上の空だったような感覚だ。つまらない思いをさせてしまったか。

 

 今さら折り返すのも悪い……いや折角だから折り返すべきだろうか、と端末のロックを解除すると、電話の後にメッセージが送られていた。

 

『疲れてないか? 今日はありがとうな、またどこか行こう』

 

 たったそれだけの文章を三度読み返した。『また』と言ってくれている。『また』……『また』があるのか。

 

 そう考えていいのだろうか。

 

『湯浴みをしてさっぱりした。行きたい場所があるならいつで』

 

 と記入して、消した。

 

『こちらこそありがとう。行きたい場所があ』

 

 うーむ、違う。消した。

 

『湯浴みをしてさっぱりした。遊ぶ前に訓練だ』

 

 うーむ、こうじゃないが、これがしっくりくる。

 

 私服もあまりないし、頻繁に出かけても似た格好ばかりで……。

 

 一夏を楽しませるようなことは何も、私には思い付かない……。

 

 ならISの訓練でも重ねているのが、真っ当な選択肢と言えよう……。

 

 送った。

 

 返事は早かった。

 

『俺にとっては、箒との訓練も、遊びに行くのも大事だよ。おやすみ』

 

 そうか。

 

『そうか』

 

 返信した。

 

 どうしてか、この日ほどぐっすり眠れた夜は、なかなか無い。

 

 

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