インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第三話

▼▼▼

 

 

 桜は既に散ってしまっていた。

 

 数週間前まで桃色で彩られていたであろう、深緑鮮やかに茂る並木は、海から現れる道路を挟むようにある。車は東京湾アクアライン川崎側入口から分岐した、学園連絡海底通路を走っている。トンネルを抜けると、IS学園北西から伸びる海上通路となる。本来ならば、陽光照り返す海波や、港と太平洋を往来する船舶が眺められるはずであるが、衝突を防ぐ背の高い防波堤のために叶わない。連絡道は高速道路であるが、学園関係者や学園から特別に許可をもらっている車両のみが通行可能である。

 

 IS学園は東京湾中央、風の塔の北東に位置する。台形を二等分した形で、斜辺を南に向けている。初めは、国土交通省から航空機や船舶通行の問題、東京湾の環境を懸念する声が多かったが、国連を始めとした多数の組織により解決へと動いたと、一夏はニュースで見たのを覚えている。東京湾に巨大な島を作ったのだ、想像を絶する政治戦があったに違いない。

 

 海上通路は学園に入る直前で検問所を通らねばならない。検問と言っても、学園発行の身分証明書を身につけていれば遮断機が勝手に上がる。一夏の場合は胸にある学生証だ。車はするりと学園内へ滑り込んだ。

 

 学園は桟橋構造で海上に半ば浮くように建てられており、その技術はかつて羽田空港にて使われたものの発展型であった。その広さは約一五〇〇ヘクタール、しかしこの広大な敷地に通う学生はたった三千名程度である。というのも、IS訓練のために設けられたドームが中央と南に並び、それだけで敷地の大半は埋まってしまっているためなのだ。無論、一人の学生にとってはそれでも広大。残りは校舎、寮、運動公園、そしてとぐろを巻くように高くそびえる塔である。高さはスカイツリーに届かない程度。立派なランドマークだ。

 

 海上を通る連絡道は学園の北西の角へ繋がっている。駅も同じ場所にあり、地下リニアは連絡道の真下に、羽田方面より合流する。速度を下げた車は、幅広の道路をなぞって敷地を進む。

 

 受験の日に見た早朝のIS学園駅の姿が、一夏の目に戻ってくる。あの日、ここには自分以外誰も居なかった。ガラス張りの天井の駅、白いタイルの地面と、開花を待つ木立。その寒々とした光景は、受験に挑む熱気に満ちた心を凛と整えてくれた。今も、開花を過ぎた木立以外はその時と同じであった。そんな中に、黄色を見つけた。

 

「先生、あそこのあれは……」

 

 一夏は須藤に尋ねる。

 

「ん? ああ、ありゃ用務員の作業用ISだよ。黄と黒で派手な色だろ?」

 

 道端に浮いていたのはISだった。彼女の言う通り、黄と黒のカラーリングが一部になされている。ISの大きな四肢が人間を包んでいる不思議な体躯は、頭身の狂った人物像のよう。が、それ以上に、巨大な掃除機を持って落葉を吸っている姿がどこか面白かった。

 

「ISってあんなこともするんですか?」

 

 体つきも不思議だが、あのISの行動が不思議に感じられた。

 

 ISは、現在はスポーツとしての活躍が中心だ。軍では兵器としても使用されているが、このパワードスーツの持つ尋常でない力を制限するために、条約によって軍としての運用は定められている。ISを動かせる領域は、この地球上において限定的であった。

 

 そのため活躍の場は人々の熱狂の中だ。銃や剣で派手に戦うことで観衆を楽しませる。シールドの恩恵により行えるエンターテインメント的活動が、人々の中ではいつしか当たり前になっていた。もちろん一夏にとっても。

 

 故に、彼の問いに須藤は思わずと吹きだした。

 

「ISは本来作業用だよ。人のままでは難しいことを軽々とやってのける魔法のスーツだ。あれだって、吸い取ったゴミをあの大きなバックパックの中で超圧縮してるんだぜ。なんなら燃焼することだって可能だ。まぁエネルギー転換が面倒だから排除したらしいけどな」

「はぁ」

 

 須藤は腕を組みつつ続ける。

「宇宙開発で有用、ってな。ほら、聞いたことないか? 宇宙ステーションで船外作業を成功させた、みたいなニュース」

 

 そういう話であれば、小さな頃から大好物であった。いつか空を突き抜けて宇宙を飛んでみたい、なんて考えていたのはうんと幼い頃だ。だが、その名残か、宇宙関係の話にはなんとなく耳を傾けてしまう癖があった。須藤が語ったようなニュースも、昔はあったと思う。

 

「でもな、マニピュレータ……あ」

 咳払い。

「入学が遅れている織斑君にちょっとした授業も兼ねようではないか」と前置き「辞書はちゃんとスクブにインストールしてあるか? マニピュレータは、実際に作業を行う機械の腕って意味で使え。肩や股関節の支点から先までを指す、機械工学での言語だ、覚えておくように」

「はい」

 

 返事はしっかりする。

 

「んで、宇宙服じゃあ精密な作業は苦手なんだ。だから成功させただけでニュースになったし、今では大部分をすっかり機械に任せちまってる。だがISなら違う。ISのマニピュレータは人体と同期していて、物体に触れた感覚は、肌で触れるのとほぼ同じに感じられる。そりゃ制限はあるけどよ。指先の形にもよるが、米粒をつまむことだってできるのさ。そしてマニピュレータの操作は、人体と同期つまり生身で手を握ったり開いたり、じゃんけんしたりするのとまったく同じで、ただ手を動かす要領でいい。動きにくい分厚い手袋でするのとはまったく違うし、機械の操縦桿やプラグラムに任せる必要もない」

 

 自身の手を握ったり開いたりしながらの須藤の説明に、一夏は頷いた。つまり人間の手で物に触ることと、ISを装着して物に触ることが同じ感覚で行える、ということだ。それだと極度に熱いものや、鋭利なものに触れた時はどんな感触なのだろうと問いたいが、それが制限の範疇なのか。

 

 一夏の反応に、須藤は満足した様子で頷き返す。

 

「ISは作業向きなのさ。滞空できるから作業場所の高さや位置も関係ねぇ。お、なんで滞空できるかまで教えた方がいいか?」

「あ、それは」

 

 と言いかけたところで車から、停車のアナウンスが発せられる。どうやらもうすぐ目的地らしい。気付けば、広い駐車場の中をかなり低速で走っていた。

 

「ま、ISの各機能についちゃ急いで学んだらいいさ。それに飛行関係は、お前が行くクラスでもまだまだこれからだぜ。ちなみに、飛べないとその時点でクラスの落ちこぼれ入りだが。あーまぁその点、織斑君は安心だな」

 

 須藤がにやりと笑う。

 

「落ちこぼれるって……どういうことですか?」

「お前が入る一年一組は、入学試験成績優秀者ばっかだからな」

 

 

▼▼▼

 

 

「おーい、そんな硬くなるなよ!」

「リラーックス、リラーックス」

「ああ、右手と右足が一緒に出てるぞ……」

「行き過ぎー、真ん中はここだよー」

 

 一年一組の教室内は騒がしかった。

 

 始業には早い時間ではあったが、四月からこの教室で学ぶ二〇名の生徒たちが、内一名を除き集まっていた。

 

 教室は白を基調にした内装だ。窓やカーテンの開閉は電動式で、黒板は電子タイプ。今は電源が入っていないからか白い壁と同調している。生徒が座り学ぶ机は四肢のない箱形でがっしりと大きく、天板の中央にモニターが埋め込まれている。映像や画像を手元で見やすくするためであり、電子メモを取るためのものでもあるPCだ。

 

 教壇、教卓も白を基調にしている。そしてそこに立つ一人の女生徒が、緊張を全身から露わにしている。彼女が口を開く。

 

「え、ええ、おほん。織斑一夏くん、ようこそいらっしゃいませ!」

「レストランではないぞ……」

 

 小麦肌の、座高も高く脚も長い生徒が呆れ顔で突っ込んだ。

 指摘を受け止めた女生徒が、顔を赤くして両手を振る。ストレートの黒髪が乱れる。

 

「ええっと、織斑一夏くん、はじめまして。わ、私は深井ゆかりと申します。あの、このクラスの委員長を務めることになってます、はい、すみません」

「本人がまだ来ていないというに、緊張し過ぎだ……」

 

 小麦肌の生徒が続けた。すぐさま深井が言い訳を口にする。

 

「だ、だってISを動かせる男の子だよ? ぜったい怖いよ」

「男が怖いのかよ。大丈夫さ、この副委員長如月更紗がいるぜ」

 

 髪の一部を頭の両サイドでまとめた如月が言う。歯を見せてにやりと笑む彼女は不敵だ。

「てっか、写真見てりゃ怖いやつには見えないけどよ。ごつくねえし、怖いはずねえよ」

「そうかなぁ。だといいなぁ」

 

 深井がため息を吐く。

 彼女が苦心して練習しているのは、これから同じ教室でISを学ぶ織斑一夏への挨拶だ。

 

 起立時はひざをぶつけた。壇上に上がる時は足を引っかけた。礼をすれば教卓に頭をぶつけた。そして口を開いた瞬間も、あらゆるタイミングにミスはあった。見守る他の生徒たちも、ヤジを飛ばしながら呆れを漂わせている。

 

「こんなのでも、実機試験結果は一年でトップレベルだったのだから、人とは計り知れないものだな……」

「ランちゃんが羨ましいな。堂々としてるし、大胆だし、身長あるし」

「身長は関係ない!」

 

 高身長小麦肌の高城ランは声を荒げた。

 

「トップレベルといやぁ、一年トップはどこに行ったんだ?」

「たぶん、シャワーじゃないかなぁ」

 

 言うと、全員が窓際最前列の空席に目を移す。午前中は陽の当たらない窓際、その席だけ穴が空いてしまったよう。こうしてクラスが一丸となって人を迎えようという時に、足並みが揃わない。如月が頭の後ろで手を組んで、口を尖らせた。

 

「あんの女、昨日までこの練習してた時、あたしぜんぜんまったくこれっぱかしも興味ありませんよー、みたいな面してたよな。ついに来なくなったか」

「誰も呼ばなかったのか……」

「一応、スクブに連絡はしておいたんだけれど。でも返信無かったんだ」

 

 肩を落とす深井に、「もう練習続けろよ」と如月が返す。

 

「奇跡の男に最初に話すのは、深井で決まってんだからよ」

 

 

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