インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第四話

▼▼▼

 

 

 門の間から見上げる受験の日以来の校舎の姿は、目に痛いほど白々としている。駐車場と校舎を区切る高い塀、そして一際目立つ、今は緑の桜の木。高く太い立派な大木……だがこれから一夏は、その枝葉を超えた場所へ行く。

 

 行けるはず。心臓が高鳴った。空はあの人が見ている世界と、きっと同じ世界。

 

「何を呆けている」

 

 そして届く声は、小さい頃からすぐそばにいてくれたあの人の声。しかし、ひどく懐かしい声。これからは毎日だって聞くことができるだろう。

 

 だから、もう二度といなくならないでくれ――。

 

「千冬姉」

 

 門で待つその人は、一夏の姉、織斑千冬だった。

 

 五年前、全世界のIS使用者の中から最強の一人を決める大会、モンド・グロッソが日本で開催された。第一回、その優勝者こそが彼女。彼女のIS戦闘技術は世界が欲し、それに応える形で、千冬は一夏から遠ざかっていった。

 

 ISを駆り世界中の空を行く彼女に追い付くことなど不可能だ、とずっと考えてきた。一夏は、少しでも千冬に近い場所にいたい、その一心でIS学園防衛科を志望した。防衛科は陸海空全自衛隊の要素を合わせ、ISとの共同活動と補佐的運用を主として学ぶ。採用人数は多いが、志望する受験生はそれ以上。ただ姉のためにと勉強を重ねた。

 

 彼女が居る空は、いつまでも見上げた天にあるはずだった。だのに今は、ISの飛行技術そのものを姉から教わろうとしている。

 

「本当に、ここで教師をしていたんだな」

 

 いったい何年ぶりに、唇を固く結んだその顔を見られたのか。第一回翌年の第二回モンド・グロッソの後、彼女は仕事だと言って去ってしまった。電話も無く、ただ時折メールが届くだけ。「多くの人にISを教えている。心配するな、しっかり生活費は送る」、と。

 

 不思議と、寂しくはなかったのだ。千冬は、一夏にとって唯一の血のつながった家族。家にはひとりぼっちだったのに、自ずと立ち上がれた。きっと、自分の胸にはもう一人の姉が妖精のように棲み着いていたのだ。

 

 もしそうなら、千冬姉の心にも俺がいてくれているのかな。

 

「学園に来たのは去年からだ。それまでは、世界中のIS軍を回っていた」

「そうなのか。なら、連絡付けられなくても仕方ないな」

 

 淡々と受け答えができる。まるで昨日まで一緒に暮らしてきたかのように。

 会わなかった四年という歳月は、壁にはならなかった。

 

「国連の連中が離さなくてな。日本に戻るのに、こんなにも時間がかかってしまった。戻ってきても今度は東京湾に張り付けだった」

「すごい優秀な人だって、話はずっと聞いてた」

 

 資料を挟んだバインダーを手に立つ千冬は、喜色憂色交々といった表情に一夏には見え、他人には結局真顔に見えてしまうその顔で、一言呟く。

 

「すまなかったな」

「俺は、……俺で楽しんでたし。その、千冬姉のおかげさ」

 

 そこで姉はようやく、誰の目にもわかるようなそうでないようなほどに、薄く薄く微笑んでくれる。

 

「織斑先生、そろそろ」

 別の声が千冬の後ろから届く。姉よりも身長が低く、ノーカラージャケットを羽織った眼鏡の女性教師がいた。一夏は今になってようやく気付いた。

 

 千冬は彼女を一瞥し、

「すまない、まず紹介する」一夏に向き直って――その顔は既にいつもの渋面に戻っていた――「同じくここで教師をしている、山田真耶先生だ。お前のクラスの担任だ。学園での教師歴は私よりも長い」

 

 山田は、伏し目がちに前へ歩み出る。

 

「あ、あの山田真耶です。一年一組の担任で、ISの総合訓練を任されています。これから……よ、よろしくお願いしますね、一夏くん」

 

 おずおずと挨拶され、深い一礼に、一夏もまたしっかり挨拶を返した。

 

「織斑くんの方がしっかりしてそうだなぁ」

 

 一夏の後ろに立っていた須藤が、千冬の隣に並んだ。

「では改めて。須藤莉瀬だ。基本は三年生の最終強化訓練を任されてんだが、毎年一年一組の訓練にも参加してる。今年は特に粒揃いと聞く。よろしく頼むな」

「はい!」

 

 自信ありと、姉がヒールを鳴らす。

 

「これから一年間、山田先生を中心に、須藤先生、私や他のIS専門教師が、お前のクラスの技術を磨いていく。卒業後に即戦力になれるよう抜かりなく鍛えていくぞ。しっかり着いてこい」

「ああ、わかったよ、千冬姉」

 

 空を切ったのはバインダー。

 

「学園では織斑先生と呼べ!」

 

 にわかに潮の混ざった風が吹く。舞い上がる風は、永遠にも等しく広がる大空へと視線を誘った。一夏はこれからあの場所へ行く。手を伸ばせば届きそうなあの空へ、本当に手を伸ばして。

 

 ――どこまで飛んで行けるのだろうか。

 

 

▼▼▼

 

 

 バインダーを避けようとして、果たして転けてしまった。無音の車が一台、背後に止まる。現れたのは、およそいつから陽を浴びていないかわからないほどに白い肌の、痩せた女性だった。少なくともISパイロットではない。

 

「あら。大丈夫、織斑一夏くん?」

 

 なびく長髪を耳元で押さえながら彼女は手を差し伸べた。自分を助けてくれる女性に、一夏はどこか見覚えがあった。

 

 手を借りて立ち上がってから、「ありがとうございます」と前置きして、「すみません、どこかで……」

 

 その答えを千冬が放った。

 

「この方はお前が今日から装着するISの、開発主任だ」

 

 合点がいった。自衛隊基地で一度、何人かの自衛隊員と一緒にいたのを見た記憶がある。隊員からは、一夏に合わせたISに調整するために、一夏のIS適正を計る技術者だと聞いていた。

 

 本来、自衛隊で使用されるISもこの学園が所有するISも共用だ。しかし、たった一人のために特別に用意されるISがある。つまり専用機である。

 

 更に、専用ISの中でも新技術を盛り込み在学三年間を通して試験運用される特別な機体がある。これを操るために選ばれた者が、代表生。毎年、IS学園入学者中でも優秀な者から一人に決定され、以降、ISの将来のために粉骨砕身する者である。一夏は今期の代表生であり、専用機が与えられる権利を持っていた。

 

「防衛装備庁粒子性強化服部門技術研究所第七課、先進技術実証機開発官の」と長い役職名を言って「倉持クロエと申します。私は一夏くんの専用機を、真の意味であなただけの物にするために参りました」

 

 ただ、引っかかる点が一つあった。代表生に選ばれるには、候補の中で特にIS適正が高く、上昇志向があり、IS並びにそれに関わる全ての人々に貢献する意識を持ち、何より卓越した操縦技術を併せ持った者が選ばれるものだと思っていたし、学園から渡されたパンフレットの案内も遠からず意味は等しかった。しかも、五年前に学園中等部ができてからは、基本そこに在籍していた人間が選ばれる筈らしい。既に訓練を経ているのだから、そこから選ぶのが妥当というところだ。

 

 だのに、何故織斑一夏なのか。理由は明白だった。世界で初めて、もしくは唯一無二の男性IS操縦者であるからだ。

 

 広告塔、プロパガンダに利用されている、と言えば気持ちの良いものではない。しかし目の前の女性からは、そんな邪な感情は一切含まれていないように感じた。他の誰もが一夏に向ける期待の眼差しとも違う、言い表せない何か。

 

「倉持さん、今日一日、宜しくお願い致します!」

 

 澄み切った大空の瞳に見つめられ、内心動揺を感じつつ、挨拶を返した。

 

「ええ、こちらこそ」

「やっぱり織斑くんしっかりしてるなぁ」

 

 と須藤が、千冬を見つつ口を挟んだ。次に一夏に視線を向け続ける。

 

「倉持主任はこれから織斑の機体の事前調整に入るんだ。それが終わり次第、実際に乗ってもらってからの最終調整へと移行する。ま、クラスメイトにでも挨拶して待っていてくれよ。一限、実機訓練だし」

「クラスメイト……」

「須藤先生からも伝わっているだろうが、一組は入学試験成績優秀者ばかりのクラスだ。落ち零れるな」

 

 千冬からの厳しい一言に返事したのは倉持だった。気持ちを表すかのようにヒールを鳴らし、千冬に正対した。

 

()()機体であれば、落ち零れるのは簡単ではありません」

「良い機体だけではどうにもならないこともあります」

 

 おお、千冬姉が敬語を使ってる。と驚いている間に、一夏以外の両目が彼を射貫いた。その一つの倉持が柔和な笑顔で言う。

 

「では、一夏くんの成長に期待しましょう」

「はぁ……頑張ります」

「その頑張りを『頑張った』と認めるのが我々だ、織斑」千冬から名字で呼ばれる。ここは学校であり、自分は生徒で、彼女は教師。この関係は明確にしておかねばならない、というのだろう。

 

「精一杯挑んでみろ、それだけでいいのさ」と須藤。

「はい、分かりました」

 

 やり取りを見届けた山田が次に口を開いた。

 

「ではまず、織斑君の寮へ案内しましょう」

 

 ここで倉持とは別れる。無人の学内車両で別々の道を走った。

 

 

 

 道は地下にある。桟橋構造の中に通用路が備えられている。地上は学園生やISが行き来するため、地下なのだそうだ。

 

「今はどこを走っているんです?」

 

 一定間隔の照明、継ぎ目の見えない灰色の壁、天井、道路。自分の居場所の定まらない景色に一夏は尋ねた。

 

「ちょうど中央競技場の下辺りになりますね」

 

 と山田が答えた。山田がモニター操作をすると同時に、一夏の目の前のモニターが学園の全景を線画にし、青い明滅点で自車の位置を知らせた。真上は学園ランドマークの塔がそびえる。何棟かの長大な建物を東西の端に、西の建物は他にも巨大な建物に囲まれ、逆に東は広大な土地が開けている。

 

「寮は東端にあります」

「先生、どうしてこんなに離れているんです?」

 

 東西で車を使っても時間の掛かる距離。同じ土地にありながら気軽に通学できる距離ではない。

 

「生徒を校舎に束縛しないためです。そのために、中央アリーナだけでなく公園も挟んでいるんですよ」

 

 寮を囲んでいた土地は公園だった。公園は北辺沿いに駅方面まで広がり、ほぼ駐車場と隣接している。学園全体を見ても、かなりの割合を使っていた。

 

「なにせ、全生徒三千人近くが住んでいますからね。憩いの場は、狭さを感じさせないよう配慮されて作られています。寮の北辺り、円形の建物が見えますか? それは娯楽施設で、パークと呼ばれています。映画館、学校と同規模の図書館、プール、軽運動施設、無人ではありますが家具や衣類を売っているお店もありますし、郵便局やスクールブック……えっと、先に渡されてはいると思いますが学生用のスマートフォンみたいなものですね、……なんかの電子機器の修理店も収めています」

 

 意外に多機能で、どうやら休日は暇しないようだ。

 

「と、言っても割と最低限ですからね。休日は都内まで外出される生徒が多いですよ。欲しい物も、ご家族に送っていただいたり週一の通販申請で購入していたりするようですし」

 

 一応、の娯楽施設のようだ。軽く運動したり、トレーニングするには丁度良いのだろう。

 

 高速道路のジャンクションに似た枝分かれした道に沿って車は地上を目指す。トンネルを抜け、最初に視界に入ったのは豊かな緑だった。背の高い木とレンガに囲まれた花壇が公園を形作っていた。

 早朝の青白さが残る公園に人影は無い。

 

「あれが寮だ」

 

 と言う、隣に座る千冬に目を向ける。

 

 四年ぶりだ。自分が中学に上がる前に、千冬は家を世界によって連れ出された。左脚を上にして脚を、腕も組むその姿は、一夏が物心付いた頃から見慣れた姿であった。そうしてナイフの鋒のような目を、遠くへと鋭く向けているのだ。何も変わってはいない。きっと視線の先にあるものも。

 

 それは未来だ。

 

 

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