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一年一組の教室では緊張した面持ちの深井が、終わりの一礼をしていた。
「ま、確かにあたし達もひと月前に会ったばっかだしな。改めてご挨拶というのはなんもおかしかねぇってな」
如月の言う通り、委員長が言い終えれば一夏を含めた全員の自己紹介が続く。とはいえ今は練習で、主賓はおらず、クラスメイトも一人欠けている。
「一人あたりの時間は少ないから、皆は簡単に一言ずつでお願いするね」
委員長の言葉に全員が答えた。
「流れとしては、委員長に続き織斑君がして、私たちが順番に話していく、という具合か。その後は先生が仕切ってくれるのだったか?」
小麦肌の高城が確認すると、頷いたのは深井よりも如月の方が早かった。
「っだな。その後はお待ちかねの……」
ご馳走を前にしたように手をこすり合わせる如月が、自分の机上に視線を移した。そこには、今日一日の時間割が映っている。
一限目こそ学園に入学して初となる、IS実機訓練となる。四月の間は常に座学で、ISは観察対象であった。大きさ、硬さ、重さ。関節がどのようになっているのか、ISを構成しているものが何か、どのように飛行しているのか。そういったものを客観的に観察し、学ぶ授業ばかりであった。
教室からは演習場が眺められる。ISを纏い、時には空を真っ直ぐに飛び、時には花びらの如く舞う、そんな先輩たちを遠見にしてきただけ。今日からようやく同じ場に立てるのだ。
如月は擦り合わせていた手を解き、興奮に共感してくれる左隣のクラスメイトと頷き合った。
例えばISの推進器を見た時。青く輝く粒子の渦が推力を生んでいると学んだ瞬間、興奮が突風の如く吹き付け、抜けて、しかし鎮まらなかった。この日は待ち望まれていた。
きっと今日は、あたしの人生にとって死ぬまで忘れられない日となるだろう。
思えば今日は特別な事が重なっている。世界初の男性IS乗りとも出会えるのだから。
男なんてしょうもない奴らばかりだと、世間での声は大きい。男の働き場である戦場の道具も、人の生活の場を作り上げる重機も、ISに比べれば何の役にも立たない。女だけがISを扱えるとなれば、それまでの男女関係は変わる。ISが人々に知れ渡れば知れ渡るほどに。
このクラスにも父親が専業主夫という家庭は多い。なんとも極端な話であるが、ISをどんな形であっても仕事に組み込められる企業が先に男を切り捨て始めたのだ。ISは今後一般免許となり、車両や携帯デバイスの代わりになっていくと、そんな流れに世間は変わり始めている。産業を維持するのはISであり、即ち女性が統べる未来が予見された。
だが、再び世界は変わった、奇跡の男の登場によって。
どんな男かしっかと目に焼き付けてやろうじゃねーか。如月はそう心に決め、ぎらぎらとした瞳を外へ向けた。
太陽はだいぶ昇った、良い天気だ。素敵な一日が始まる。
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空色棟は今年入学した学生が三年間過ごす寮である。その名の通り、空色の意匠が乳白の壁に明るく映える。他に黄色棟、緋色棟とあり二年生、三年生とそれぞれの色が各学年を示している。それらの色は首のカラーリボンと、制服の襟に差し入れるクリップタイプの校章に、メタリックに反映される。
寮は波打つ形になっており、背は二〇階建て。全長二〇〇メートルはある三棟は南北に斜線を引き、全室に設けられるバルコニーは千葉方面を、大量の玄関は学園を向いている。空色棟は最南端だ。
車は寮へ向かう道の途中の角で、木陰に隠れるようにして静かに停止した。立派なホテル風の建物を窓越しに見上げる一夏に、須藤が声を投げる。
「あーそうだ、一応でも言っとかなきゃならねぇ」
千冬が目を閉じ、山田の視線は不安げに二人の間を泳ぐ。
「さっきも言ったが、ここはつい昨日まで女しかいなかった場所だ。んで、いつまでもそうであるはずの場所だった」
「はい」
女性だらけの生活空間の中に、たった一人男が放り込まれる。一夏にとって肩身の狭い思いを強いることになるだろう、と続けた。その時、連結されたバスが横を通り過ぎていった。
「通学バスです」と、バスを気にする一夏に山田が説明する。「寮からは距離があるのでシャトルバスが走っているんです。明日からはこれを使って登校してくださいね」
バスは電動らしく機械音だけ残して去り、地下へ続くトンネルの中へ消えていった。中には女生徒ばかりが座していた。
「疑問なんですが」
「なんでしょう」
「どうしてバス停や駐車場を地下にしなかったのですか? それなら雨とか雪を防げたんじゃ」
「構造上の問題です。ブロック式で敷き詰められ組み立てられた地下に、三千人以上の生徒を数十分で全員移動させるための大量のバスを止めるスペース、百人以上の教職員が利用する車の駐車場を設置することはできませんでした。先ほどのような連絡通路を挟む程度です。もし寮と校舎が付近ければバスを用意する必要も無かったでしょうが、ここにはISが十分に飛べるアリーナを複数確保する必要もありましたので。他国の学園はリニアを使っていたりともっと考慮されているのですが……ごめんなさい、不自由をお掛けすることになります」
山田がなぜか謝った。
「え、山田先生が謝らなくても……」
「へい、話を戻すぜ」
まず一階にはロビーがあり、無人の鍵預かり所があってここで通学や外出をしているかどうかが管理されている。生徒全員が所持する電子端末でロックを行うことも考案されたが、管理の観点から物理キーに変更された。階段とエレベーターがあるが、一番幅を取っているのは浴場。消灯時間二三時の三〇分前までは使用できる。
二階が食堂で、朝食と夕食、休日の昼食はここで取ることになり、一〇〇〇人が同時に食事を始めても問題ない広さがある。三階から二〇階までが部屋や会議室が詰まっている。交代制の掃除当番があり生徒達で清潔を保つ。屋上は庭園になっており申請が許可され次第解放され、よく学生の企画するパーティに使われる、と。
化粧室は一、二階は共同用に改装された。各階にあるサーバーコーナーは自由に使用して良い。
外泊は連休に限り受け付けており、原則実家だけが認められている。旅行等は、宿泊先が安全であることを職員が確認できた場所にのみ特別に許可され、スケジュールの提出が求められる上に、目立たないところでIS自衛隊の警護が付く。
「ま、大体こんなもんか。旅行に関しちゃ諦めろ。今最先端の日本のIS技術を学ぶ生徒を守るためさ、万が一悪いモンにさらわれりゃぁよ……」
どきりと、一夏の胸にとげが刺さった。
須藤は自分の言葉で千冬に睨まれたことに素早く気付き、「あーその、すまん」と一夏に謝った。
「う、気にしないで下さい、大丈夫ですから。ちふ――織斑先生も」
「ああ、わかっている」
言葉の後に千冬は再び須藤を睨み、外へ視線を外した。睨まれた側は苦笑いを返すしかなかった。
「ええとそれで、俺の部屋は?」
「ああ、空色棟の脇に別で建てたことは聞いているよな」
「はい、ありがとうございます」
女ばかりの部屋の一角に男一人を住まわせるよりも、男用の無い浴場などの問題から一夏のために部屋を新造する必要性があった。
問題はトイレだが、校舎に関しては必要と思われる部分を優先的に改築はしたものの十分でない状態。今後一夏自身の要望に沿い進めていくとのことだ。
それでも寮での生活において、安心できるよう一夏のための部屋を建ててくれたのだ。感謝して然るべきである。
「当然の措置、とはいえ、まだまだ不自由なところもあるだろうよ。きっとこの機会に女ばかりの学園も変わるべきなんだ。要望があったらどんどん言うように。じゃ、裏へ回ろうか」
須藤はステアリングを握る。
「ここから自動操縦は利かねぇ」
熱感知により、車が自動判断で自動操縦をオフにし、操縦権を運転手に譲った。
なんだか荒っぽい運転をしそうだな、と予感した一夏の予想と裏腹に、その発進と速度は慎ましやかであった。
植木に挟まれたその道は南北に並ぶ寮の西側に沿った道で、休日にバスが直接駅へ向かう際に使用される道だという。植木の向こうには、寮の入り口らしきエントランスも覗えた。
程なく、右手の植木に車一台分の裂け目があり、舗装路が続いていた。丁度、一年の空色棟と二年の黄色棟の間へ向かう形になる。この先に一夏が三年間過ごす場所がある。
少し緊張するが、どうも落ち着かせなければならないような緊張ではない。表すなら、わくわくしている、と言うべきだ。新生活への期待と不安の綯い交ぜの、不思議な感情。
この先、できる友達は女ばかりになる。うまく打ち解けられるだろうか、打ち解けたとして、どんな話をするだろうか。
中二の頃まで、よく一緒に遊んでいた中国出身の女友達がいた。いつだってテンションが高く、毎日のように引っ張り出されては街で遊び回った。そんな気の置けない友を見つけられるだろうか。
車はその裂け目へと滑り込んだ。すぐに一夏の家は見えた。多角形であること以外は普通の一軒家だが、一学生の宿舎にしてはかなり立派だ。屋根の一部が水色で、空色棟の一部であることの証拠。寮の間ではあるが、実際には日照の関係からか海側へずれている。
素朴な家だった。木目調の、過ごしやすそうな雰囲気を醸し出す壁と屋根。しかし、その水色の一筋が、雲間に覗く青空のように眩しく見えた。
「ま、こっち側から出入りすることは滅多にねぇだろうよ。明日からは寮を通って外に出て、バスに乗って通うんだ」
話している間に車は止められ、降りるぞ、と先にシートベルトを外した千冬に従う。
素朴な外観に似合う扉を見つめていると須藤が、「横は寮の浴場だぞ?」と一夏に耳打ちした。ただ空気を漏らすように「はぁ」と答えると彼女はつまらなそうに諸手を頭の後ろにやった。
「これだから世の男共は女に乗っ取られる。がっつりいかねぇと、がっつりやられるぞ?」
正直どういう意味なのかあまり判らなかったので、「そぅ、ですか」と答えた。
「あまり余計なことを言わないでもらいたい、須藤先生」
部屋のキーを内の胸ポケットから取り出した千冬が須藤を睨め付ける。
「はー、他の女にうつつを抜かすぐらいならあたしを見ろ、ってか」と逆に須藤はにやりと不敵に笑ってみせた。
「ええ!?」
千冬姉を覗くのはちょっとまずい、何をされるかわからない。いや、誰を覗いても駄目だが、姉だけはもっと駄目だ。翌日は保健室の世話になる。
須藤が少し引いた。
「おいおい姉には反応すんのかよ」
「入りますよ」
先に戸を開けて中に入る千冬に続こうとした山田が、騒ぐ二人を促した。
ここは裏口である。故に土間と呼ぶには狭いがちょっとした空間があり、そこで靴を脱いだ。
新居の香りがする。
中は見た目よりも広く感じる作りになっていた。海側にベッド、南側に寮連絡通路へ繋がる玄関、両脇にはクローゼットとキッチンが控えている。キッチンから続く西側には洗面台、トイレ、今居る裏口を挟んで風呂場と水場が続く。
ベッドの隣に机が備えられている。モニターが、机上にはめ込まれたものと正面にアームで固定されたものと二つある、コンピュータ一体型の勉強机だ。
一夏はそれらを順に目で追っていった。一つずつ受け止めていく彼を三人の教師が見守った。
しばらくしてから「どうだ、なかなか良い部屋だろう? 見た目は広く感じるが、他の部屋と大きさは大差ないんだ」と須藤が一夏の肩に手を置いた。円形で中央に空間がある分、広いように思える。「三年住むには、まぁ不自由はしねぇはずさ」
「じゃ、軽く荷解きするか。今日の分の教科書を出してもらわにゃ困る。荷物は玄関だ」
きっと、玄関の外には荷物が積まれている。今日の授業が終われば、その荷解きをせねばならない。そうして一応、自分の部屋の形を作ってから、まったくの新居に安心感を求めたかった。
だが今は教科書だ。積まれた段ボールにはすぐに取り出せるよう、白地に赤いラインの目印がある。
一目で分かるはずだ。
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