インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第六話

▼▼▼

 

 

「どうかな?」

 

 一息吐いた委員長に、如月更紗は練習の具合を尋ねられた。

 

「いいじゃん、かっこいーぜ」

 素直な言葉を伝えた。

 

 実際、背筋をぴんと立て胸を張って語る彼女は格好良く見えた。台本無しでよどみなく諳んじるが、本番はどうなるかわからない。このIS学園に男の代わりはいないのだ。別の男子を目の前に練習なんてできず、教卓の真ん前に座るクラスメイトが、一夏の写真の載った雑誌を掲げていた。

 

 ただし本番がどうなるかなんてその時次第だ、と思うし、別に堅苦しく執り行う必要もないと感じていた。だから、褒めた理由はそれだけじゃない。ひとつ区切りを付けたかったのだ。

 

 如月は振り返り、クラスメイト全員の表情をざっと伺った。

 

 委員長が練習している間、幾人かは見守り、あるいは一言挨拶を考えたり、教科書を眺めたり、本を読んでいたり。

 しかし大半はこうだ。

 

 俯いてんなぁ……。

 

 出会ってまだひと月も経っていない、全員の名前と顔が一致してきたところで、“いつもの顔”なんてものはよく知らない。しかし、緊張の気配というのはどことなく漏れ出していた。俯く理由はその通り緊張から、だと如月は考える。奇跡の男に会えることだけではない。今日は初のISを装着しての授業であるからだ。

 

 学園入学者は、その時点で一度だけISを装着した経験を持つ。入試での起動試験だ。駐機状態のISに触れ、装着できるかどうか、手足を動かせるかどうか、武装できるかどうか、そして仮想目標への攻撃を躊躇わずにできるか、これが試験の内容であり提示された評価項目だ。もちろん如月は攻撃までした、それ故に一組にいるのだと自負する。

 

 いじわるだと感じたのは、最終項目の仮想目標が射的の的のような物でなく、担任の山田先生、つまり同じISを装着した人であったのだ。なまくらでない刀一本、実弾の装填された小銃を手渡され、人を切れ撃てと機械的に言われ、実行できた受験生がどれほどいたろうか。

 

 まぁ、あたしは撃ったけど。

 

 そうだ、如月は撃った。そして少なくともこの場にいる一九人は全員撃ったのだ。

 

 したらばどうだ、先生は避けたのだ。転けたが。

 

 二射目、撃てますか。

 

 オープン・チャネル、だっけか。

 

 脳内に直接響くように聞こえる声が、淡々としたその問いが、今も明確に思い出せる。

 

 如月は撃った。他の一八人も撃ったのかもしれない。

 

 先生はさらに避けた、今度は転けなかった。次に起きたのは反撃だった。

 

 驚きはした。驚いて、しかし体は動き、突然の三連射を躱した。先生がした回避の見様見真似であった。

 

 試験はそこで終了だった。

 

 その時、自分が元々立っていた場所と、避けた先との距離を見れば一〇メートルは離れていた。初速の乗った銃弾が命中するまでの間、途端に地面を蹴って避けただけで、それほどの動きをISは実現させたのだ。初めて向けられる銃口と銃声、しかしそれらをものともせずに容易く回避を実現させたISに、溢れた興奮はどうしても冷めなかった。

 

 人間の体では決してできない動き。だから皆は緊張しているのだと、如月は感じた。

 

 果たして自分にISを御し切れるのかどうか、自分に適正が本当に備わっているのかどうか。不安だ、皆、ISのためにこの学園へ来たというのに、たった一〇分程度の実機試験で適性を測られ、死ぬまでISに携わることになるかもしれないのだ。

 

 もし今日、墜落でもしたら……、それが自分だけであったならば……。

 

「なぁ皆! 奇跡の男の歓迎会、どうしようか?」

 

 

▼▼▼

 

 

 自分の小麦色の肌と、目の前で垂れるおさげの隙間からのぞいた白いうなじを見比べていた高城ランは、突然の如月の声に顔を上げた。

 

「ええ!? どうしたのいきなり?」

 

 練習を反芻していたであろう委員長が驚いている。自分もそうだ。だが、如月ならば言いかねないことだな、と納得した。

 

「いやぁよ、一度みんなでパーティでもしないか、ってよ! 今日は初めてISの授業だし、奇跡の男がやってくるし、けっこー特別な感じするだろ? だから、ほら、パーティだ!」

 

 なるほど、と高城はまたも納得した。

 

 皆から漂っていた緊張の空気を、如月は解きに来たのだ。目の前のクラスメイトは、驚き過ぎてスクブを落としている。画面に映っていたのは、IS起動書。起動から簡単な挙動の基本などがまとめられたちっぽけな容量の資料だ。

 

 今日、私たちは試験日以来久し振りにISを、必ず起動できなければならない。でなければ、何のためにここに座っているかわからなくなる。

 

「つまりそれは、今日、歓迎会を開くということか?」

 だから、高城はそう疑問した。

 

「あたぼうよ!」

 

 初めて会った時から続く高いテンションで返答はあった。

 放課後に楽しみを用意することで、授業への不安を払拭しようというのだな、と三度納得を重ねる。

 

 彼女の勢いに釣られてか、所々から賛同の声が上がる。

 さて、納得こそできるものの、ふと疑問が湧く。

 

「どこで?」

 と言って、しまったと我に返る。賛同の声は止まり空気が冷えた。如月もそこまでは考えていなかったのだろう、苦い顔をしている。湧いたものをそのまま吐き出してどうする。

 

 ただ、パーティに最適な寮の屋上は前日までに申請が必要だし、食堂に隣接するコンビニではパーティ用品なんて洒落たものは売っていない。多少の娯楽品の売っているパークは授業が無い日に開場、できるとしたら公園や会議室にでも集まって話をするくらい。

 

 現実的なのは、今週しっかり計画を立てて連休に盛大に執り行うことだ。

 

 それでいいのでは、と提案した。だが、如月は納得はできない様子であった。

 

「そうだ! 奇跡の男専用部屋が作られてたろ? あそこに押し入るってのはどうよ」

「それはパーティか? イベントの一つとしては面白いとは思うが……」

 

 悩む。否定だけではいけない、パーティ自体には高城も賛成なのだ。

 

 クラスメイトの内、剛胆というか剛毅というか、今日の緊張を感じさせずに挨拶の練習を眺めていた者もいる。が、逆に目の前のクラスメイトのように、教科書に食いついたりと緊張が見て取れる方が多い。

 

 予習のしようが無いのだ。ISに乗った感覚、それは受験の日にたった一度だけ訳もわからぬまま経験したに過ぎない。二ヶ月前の刹那的体験をどうやって体に呼び起こせようか。

 

 高城は、今更不安に感じる意味はないと思っていた。ISを起動するためにはどうしたらよいのか、それを文字でいくら反芻したところで、実感は得られない。

 

 自分たちはすでにISを起動させ、装着し、立ち上がり、四肢を動かし、武器を持ち、行動した事実がある。何を不安に思うところがあるのだろうか。

 

 もしかすると、不安から来る緊張ではなく、楽しみを待つ緊張なのだろうか。クリスマスを控えた子どものような、そわそわとむず痒い緊張。皆ISに乗るために入学したはずである、むしろそう考えるのが妥当では。

 

 ……であったならば、皆もっと上機嫌だったろうな。

 

 例えば、あそこで唸っている如月のように。

 

 如月は今日をこう形容した、特別な日だ、と。その通りだ、クリスマスとは比べものにならない、人生においてたった一度と断言できる特別な日となるであろう。

 

 何せ、自分たちがようやく小学校に慣れた低学年の頃に、電撃的に発表され、今や世界の有り様を変えんとするISの世界に、ISのいる空の世界に飛び込む日である。

 

 何せ、発表されてからこの方、女性しか扱えなかった筈のISをなぜか男が起動し、世界初のあるいは唯一無二の男が自分たちのクラスメイトとなる日である。

 

 不安を感じている暇が、果たしてあるだろうか。そんなことより、今日は特別なのだ。

 

「急にあれこれ企画するのはやはり無理だな」

 ならば。

「皆で何かをとにかく楽しんでみる、というのは、どうだ?」

 

 

▼▼▼

 

 

 皆で楽しむ、かぁ。ボードゲームとかあればなぁ。

 

 教卓に肘を突いたままの深井ゆかりは、高城の呟きにも似た声を聞き、ぼんやりとそう考えた。考えて、ふいに溜息が漏れた。

 

 皆が悩んでいたのは、パーティ開催に相応しい場所を、今日中に用意することが不可能であるからである。ならもう、部屋でゲームでもして遊ぼうじゃないか。レクリエーションとして、一時間くらい適当に楽しめばそれでいいのではないか。

 

 深井としてはそれで十分だと思った。けれども、目の前で唸っている如月はそんな小さくわいわいするだけでは物足らなそうであった。

 

 しかし、実際頭に挙げた楽しみ方以外に方法はなかった。ただ、それをはっきりと口にしてしまっては、折角の如月のやる気を削ぐことになる。彼女が頭に描いているパーティは、クラスメイト全員が一堂に会し、食堂からオードブルを調達して、わいわいしながらビンゴをしていたりするのだろう。

 

 食堂かぁ。

 

 各校舎の中央にある食堂は、学生が集うために広大だ。予めタブの食堂メニューアプリから食べたい料理を選んでおき、アルファベットで記号付けされた特定の窓口に提供される。

 

 深井が初めて利用した時に驚いたのは、料金を支払う必要がなかったことであった。メニューは主食からドリンク、デザートに至るまで豊富にあるが、その全てが無料である。

 

 しかも、タブのアプリには今までの食事が全て記録され、カロリーや摂取した栄養の割合などが細かく把握できるようになっている。

 

 入学直後、須藤先生に言われた言葉を思い出す。

 

 ――タダだからってたらふく食っていいわけじゃねぇ。デブにならねぇよう気をつけてもらうぞ。ただ、満足に食わないでISを動かせると思うな。それだけの食事は用意されてるし、管理もされてる。あ、あまり連続で残し過ぎるとペナルティで月末に請求が親元に行くからな。安心しな、身体検査結果を参考に適切なメシをアプリが選んでくれる機能もあるからよ。

 

 恐らく、全生徒の身体情報を頼りにぎりぎりのメニュー量を毎回用意しているのだろう。食堂のシステムは巨大である。巨大故に、三〇〇〇人の求めに応えられるのだ。

 

 一つ思いついた。

「今日一日、皆で一緒に食堂でご飯食べようよ」

 

 察した如月が「グッドアイデアじゃぁねーかー!」といきなり叫んで諸手を挙げた。

「ナイスだぜ深井! それ採用!」と親指を立てる。

 

「待つんだ如月。委員長、つまりどういうことだ?」

 

 クラスメイトの大半が呆けてる中、高城が深井の案の内訳を問うた。

 問われても、話した通りである。「えっと、皆でご飯食べよう、って……だけだよ?」

 

「そういうことだわかってんだろ高城!」と如月は立ち上がって「昼飯も! 夕飯も! 皆で食おうぜ!」

「パーティなのか、それは?」

「皆でわいわいするんだから、パーティだろ? 皆で食うの、楽しもうぜ」

 

 深井はこの一ヶ月を振り返る。入学してから、教室以外でクラスメイト全員が揃った機会は無かったと。

 

 

 

 低空を、高空を、雲の向こうを飛翔する桜色のISが出迎えた入学式当日。甲高い飛行音に圧倒され、足が竦んだ学園駅前。深井の鞄の中には、入学者代表者答辞の原稿があり、緊張は溢れんばかりで涙にも変わろうとしていた。尖塔の真下に広がる中央アリーナで青空入学式は行われた。扇子を持ち続ける不思議な生徒会長の熱い祝辞、どもらずに言えた答辞、そして深井自身も耳に入れていなかった、数十機のISが空を一文字に切った突然の展示飛行。誰もが空を見上げていた。

 

 席が奥のあの子、手前の子、如月や、高城。皆を見た後で、深井は空を仰いだ。

 

 ISは全力で飛行していたのか、既に機影は去っていて、飛行音だけが耳に残り、視界に広がるのは青空。ぽっかりと突き抜けた空を深井は見つめていて、司会に促されて慌てて壇上から降りた。

 

 その後で教室に集まり、担任の山田先生から挨拶があって、クラスメイトの自己紹介と続いた。緊張は晴れていなかった。教科書や施設の細かい説明、案内が終わって、結局一度もクラスメイトと自由に会話することなく、夕方に。最初の放課後を迎え、寮へと帰る――帰るという感覚もおぼろげで――頃合いになると、所々で小さく話し声が広がるのを感じたりそそくさと帰ってしまう生徒を視界の端に見送りながら、おもむろに一人帰る準備を自分は始めていた。そんな深井の肩を叩いたのは如月だった。

 

「さぁて、これからよろしく頼むぜ、あたしが副委員長如月更紗だ!」

 

 元気な子だなぁと思って、そういえば可愛らしい髪型で駅前を走っていたのは彼女だったと、見た記憶を呼び起こした。自信たっぷりのその顔に、やや羨ましさを感じて、自分と比較して、「うん、よろしく」と、小さな言葉を返した。

 

「答辞、かっこよかったぜ!」

 

 ありがとうとは、すぐに返せなかった。瞬間、私なんかよりよっぽどこの子の方が相応しいと感じた。何にと問われれば、たぶんきっと、クラスのまとめ役として。

 

 高城は如月と既に知り合っていた。理由を問えば「目標はたけぇ方がいいぜ!」と答えるが、よく分からない。

 

 気付けばその三人で動くようになっており、如月が別の友達に誘われた日は高城が付き添ってくれた。しかしながらクラスメイト全員が一緒にいる機会は、教室以外にできなかった。

 

 

 

 全員としっかり仲良くなりたかった深井にとって、委員長の役目が与えられながら自分からその機会を生み出せないことは悩みだった。

 

 皆で食事を楽しむ、素敵だ。今日来る男の子とも仲良くなれれば、恐怖は依然あるものの、尚良い。

 

 全員が仲良くなったら、どうしようか。もっと、色々を、未だ想像も付かない様々を楽しめるだろうか。

 

 

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