インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第八話

▼▼▼

 

 

 一〇〇〇人が収まる校舎にいよいよ乗り込もうという時に、一夏の足は竦んでいた。

 

 計三四クラスが、眼前に鎮座する一棟に収まっている。寝そべる巨人のような低く長い校舎はまるで空港のターミナルのような趣。しかもそれが三学年分立ち並んでいる。縦に大きかった寮とはまた違った造りだ。

 

 学園の西側のほとんどを締める校舎の他には、グラウンドや競技場、これらを挟んだ南側に第一訓練場であるIS用アリーナがある。そして尖塔のある中央アリーナと校舎の間、つまり今一夏のいる背後にはこれまた巨大な、体育館兼IS整備研究場がある。

 

 巨体の群れの影に隠れていた不安が、泥濘みとなり足にまとわりつく。

 

「立ち止まるか」

 

 まったく唐突に、心を読んだかのような声が掛かる。振り返ってみれば翻る黒髪が。虚を突くように、声の主は一夏の振り向いた真逆を過ぎ行く。

 

 からかわれた。何故そんなことをするのか、一体誰に声を掛けられたのか、むっとして前に顔を戻せば、手が差し伸べられていた。

 

「やぁ。私はこの学園の生徒会長を務めている。待っていたよ君を」

 

 『生徒会』と豪快な筆字、と不釣り合いなストラップをぶら下げた扇子で、その人は口元を隠していた。

 

 生徒会長。カラーはメタリックな赤、三年生だ。彼らは一夏達新入生が将来会得する技術の全てを身に付け、卒業後にはIS自衛隊や各国の軍に入っているのだ。

 

「よ、よろしくお願いします」こちらを向く猛獣のようにぎらついた目と厳かなオーラに、自分の姉と似たものを感じ取りつつ手を握り返す。「俺は」と口を開いた。

「知っているよ。私が知りたいのは少年のもっと深い部分」

 

 急な切り返しにたじろぐ。

 

「何……口で語る必要は無く。まさか語れることでもあるまい。これから迎え入れる過ぎ行く時間で少年の……その深い部分を知っていくよ。ではな」

 

 微笑んだ、ように見えた。一切口元を見せぬまま、こちらに会話の糸口すら見せぬまま踵を返し、一年校舎入口に設けられた階段を降りていく。地下連絡路を使い三年校舎へ行くのだ。

 彼女と入れ替わるようにして、二人の生徒が一夏の目の前に現れる。

 

「あれ、玲ちゃんもう行っちゃうの?」

 

 短髪の先輩が生徒会長にそう声掛けた。応答はひらりと手を振るだけ。彼女の正面に人がいなくなったからか、扇子は閉じられていた。

 

 なんだか男らしい不思議な人だな。

 

「驚いた? 三影さんはいつもあんな調子だから、じきに慣れると思うよ」

 

 髪を頭の高い位置でまとめたオーバル型眼鏡の先輩が、去った生徒会長について教えてくれた。

 

「三影会長、ですか」

「名前は三影玲夜(みかげれいや)

 

 振る舞いが男らしければ名前も格好がよい。

 

「まったく、あの、人に有無を言わせない突き放すような話し方はやめろと言っているのだがな」

 

 後ろに控えていた千冬が去って行く三影を眺めた。そう言う千冬自身も似たようなものだと思った一夏は、少し笑ってしまった。

 

「お、可愛いね」

 

 短髪の生徒が頬を突いてくる。

 

「な、なんですか!」

「おねーさんの名前は更識楯無(さらしきたてなし)。副会長。はい、もう覚えたわね」

 

 黄色のカラーの二年生の名前は、全然分からない。どういう漢字なのかも判別不能な名前だ。三影会長の方がすっきりして覚えやすい。

 

「次期会長と言われてるんだから、しっかり、そう、しっっっかり覚えてね」

「は、はい」

「ふふ」

「つつかないで下さい!」

 

 更識の手はしつこかった。

 

「私は布仏虚(のほとけうつほ)。生徒会では会計をやっているから、あまり話すことはないかもしれないけれど、妹があなたのクラスメイトだから、どうぞよろしくね」

 

 同じく黄色カラーの眼鏡の先輩、布仏先輩が挨拶してくれる。まともで簡潔な挨拶に、心から安心する。

 

「よろしくお願いします」

「妹は本音というわ。奇跡の男と会えるのを楽しみにしていたから、仲良くしてあげてね」

 

 奇跡の男、そのあだ名はこの二ヶ月で嫌というほど聞かされた。ISを男で初めて起動できたのだから、奇跡呼ばわりも仕方ないと思うし、もし自分が外野であったら同じように呼称していたろう。ただ、渦中のまさに中心人物である身としてはもう聞き飽きたし、持ち上げられ疲れた。

 

「あー、そうですか……」

 

 気付けば、一夏が予想していたような好奇心の波は来ていない。無論、ドラマのようにマスコミに殺到される状況まで想像していたわけではなかったが。この学園で二度目の生徒との邂逅はスムーズに進行している。三影は言うだけ言って去った。布仏は淡々と語り、更識は……。

 

「つつかないで下さい!」

 彼女の手は思いの外しつこい手だった。好奇心なのか、これは?

 

「その辺で、お嬢様」

 

 布仏の指すお嬢様というのは更識のことだろう。言われた彼女は目に見えて不満そうに頬を膨らませた。

 

「わー、そーいうところでおじょーさまってよんじゃうんだー」

「失礼しました。つい、クセで」

「わー、こころにもなーい」

 

 二人がどういう関係なのか見えてこない。それを察してか、山田が後ろから耳打ちしてくる。

 

「更識さんの」近すぎてこそばゆい。「お母様は防衛装備庁のIS技研創設の第一人者で、今も第一課を率いて日本のIS研究の最先端に立っているんです。そして布仏さんのお母様がその一課の一員で、ずっと更識さんの家を支えてきた間柄らしいんです」

 

 支える、というよりはもっと深く入り込んだ関係にも覗える。

 何度か訪ねたIS技術研究所。毎回護送状態だったので場所は覚えていないが、外観はかなり質素だったと記憶している。重要な研究施設は地下に広がっていた。深くはなく、横に広く、だ。

 

 歩いていると当然職員とすれ違う。ネームプレートには役職名と、一課や七課といった所属も併記されていた。ただし、一夏と関わりがあったのは七課のみだけで、しかも一つの課が一〇〇名以上で構成されている。かなり多くの職員と関わったと感じていた一夏自身、倉持のように見覚えがあるだけの人間がまだいると知った。

 

 それだけの規模を作り上げた母を持つ人が先輩にいる。そして今年の秋には、あの不思議な三影会長に代わり新たな会長として、全生徒を統括しようという。あるいはそう期待されているか。どちらにせよ、母が偉大なら子も同じ道を辿るのだろうか。そして、そんな人の傍に立つ人間として布仏先輩がいる。まるで小説の登場人物を目の前にしているようだ。

 

 自分も、男として初のISパイロットとして世界中に名前が知れ渡ってしまっている。が、こうして見ると、世間には知られていないだけで偉大なことを成し遂げた、また成し遂げるであろう人は多いのだと感じる。彼らを天才と呼んでいいのかは、一夏にとりまだわからない。

 

「ふふ」

 

 つつくのは止めてくれたが意味深く微笑んでいる。まるでおもちゃを見つけた猫だ。

 

 似た雰囲気の人間は研究所に多くいた。新しいものを見つければ知りたくなる。好奇の的としてはいい加減慣れてきたつもりだったが、しばらくは濃厚な矢に狙われるであろう。今この場で質問責めに遭っていないだけ遙かにマシというもの。

 

 唯一、その気が無いのは箒のはずだ。下着姿を見られた怒りで。

 

 初めて出逢った学園生でありながら今度は、この巨大な校舎、一〇〇〇人の中から箒を探し出して謝罪しなければならないという。気が重い。

 

「あ、女の子のこと考えてる顔だ。わーえっちだなー」

「ち、違いますよ!」

「じゃ、男の子のことか。やらしぃなーまだ朝だよ?」

「それも違います!」

 

 厄介な先輩に出遭ったと辟易する。

 

「更識、布仏。そろそろホームルームだ」

 

 千冬の言葉に二人は凛と返事をして、別れの挨拶を飛ばし、踵を返して会長と同じ道を去った。

 

「行くぞ。クラスメイトへの挨拶は考えてあるな」

 

 これから二九人のクラスメイトと顔を合わせる。初同級生との邂逅は波乱だったが、今度こそきっちりこなそう、と意気込む。紅白の襟を正し、校舎へと脚を伸ばす。

 

「んじゃああたしはここで!」

「そうでしたね。中央アリーナの準備、よろしくお願いします」

 

 須藤が別れようとし、山田が見送った。

 

「織斑君も後でなぁ!」と、スーツのまま手を振り、足も軽く駆けて行く。

「はい!」

 

 須藤が走って行くその先、IS学園の特徴である尖塔が陽光を照り返していた。空高くの薄雲を背景に、音も無くそびえている。「お前の未来を築く場所だ」と、須藤は言った。この静謐な大空を、自分のISで彩ることができる。

 

 一夏だけのISを駆り、あの尖塔の高さと同じ場所まで行けるのだ。鳥のよう、なんて簡単な例えでは済まない。戦闘機でも、ロケットでも、人工衛星でもない技術で、この頭上に果てなく広がる空へ。空が見ている世界に飛び込むのだ。

 

 ようやく足が動き出す。

 

 この胸のざわめきは特別だ。期待と不安が綯い交ぜになったこの気持ち。

 

 早く、この空に溶かしてやりたい。

 

 

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