お兄様を無邪気にしてみた   作:不安全ピン

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プロローグ

 獅子王学園理事長室。学園内最高──いや、日本国内でも最高峰の権力者の私室は品の良い豪華なインテリアに彩られていた。

 

「いぃぃぃや!!やだやだやだぁ!!」

 

 そんな豪奢な空間に不釣り合いな、お菓子を買ってもらえない子供が駄々をこねるているような声がこだまする。

 

「ま、まぁまぁ紅蓮君。ちょっと落ち着いて、ね」

 

「嘘つき嘘つき嘘つきぃぃぃ!!!」

 

 駄々をこねる少年──裏世界最強プレイヤー砕城紅蓮を理事長──獅子王創芽が宥めようと試みるが、紅蓮は聞く耳を持たない。

 この二人のやり取りはかれこれ30分近くも続いていた。

 

「一先ず話をだネ──」

 

「うわぁぁぁああ!!ああああああ!」

 

 少年、といっても高校生の全力の地団駄。はっきり言って見苦しい。

 誰に対しても飄々として自分のペースを崩さない創芽も、さすがに冷や汗を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 更に10分後、与えられたお菓子によってようやく落ち着いた紅蓮と、疲労困憊の創芽はソファに腰掛け対面していた。

 

「だからネ? 紅蓮君。確かに我が校は遊戯者教育を理念に掲げてはいるけど、どうしても遊戯をしなくちゃ生活できないってわけじゃあないんだヨ。普通の学生として過ごすことだって可能なのさ」

 

 コクコクと頷きを返す紅蓮。

 しかしその意識は手元の菓子に全て注がれていた。

 現に筒状の10円スナック菓子をつまみながら小声で「焼肉味か……アリだな」と呟いていた。

 当然創芽には筒抜けであり、モノクルを掛けた年齢不詳の顔をピクピクと引き攣らせていた。

 

「……はぁ。とりあえず、納得してくれたみたいだからもう退出していいヨ。そろそろ寮に君の荷物も届いた頃合いだろうしネ」

 

「……」

 

「そんな物欲しそうな目で見なくても、そのお菓子は全部持って行って良いから……」

 

 紅蓮は「わーい、ありがとう」とにっこり笑って理事長室から出て行った。

 それを見届けた創芽はソファに深く身体を預けて、大きく息を吐いた。

 

「まったく、無邪気なものだネ。とても最強のプレイヤーとは思えない……いや最強だからこそ無邪気で、無警戒なのかもしれないネ」

 

 紅蓮を学園に迎えるにあたり、創芽は彼を()()()連れてきた。

 当然だが、一流の遊戯者ほど騙すことは難しい。

 彼らは喜怒哀楽を表に出すことはない。例え出したとしても、それは計算しつくされた演技でしかない。

 では、最強の遊戯者と呼ばれる砕城紅蓮はどうか。

 彼は喜怒哀楽を隠すことなく、人を警戒することもない。

 無邪気に笑い、子供のように泣き、不満があると怒りを露にする。

 

 それが意味するところ。

 つまり、必要がないのだ。

 彼にはポーカーフェイスも、演技も、警戒心も必要がない。

 そんな物がなくとも──5年間不敗、最強。

 それが砕城紅蓮なのである。

 今回の件も、獅子王学園の施設やシステム、他の学園への伝手がないこともあり、彼の納得が得られた。

 だがもし、心の底から気にらなかったなら──

 

「潰されていたかもネェ」

 

 久しく忘れていた、背筋に走る冷たい感覚を楽しみながら、獅子王創芽は笑う。

 無邪気な覇者がこれから巻き起こす波乱に、思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「こんのクソゲーがぁぁぁぁああ!!」

 

 入居したばかりの学生寮の一室。

 未だ使用者の趣味や特徴に染まる前の真っ新な部屋で、紅蓮は創芽理事長から受け取ったスマートタブレットをベッドに叩きつけていた。

 生徒手帳でもあり、遊戯のサポート、学内ランキングの確認など、その用途は多岐に渡る高性能デバイスである。

 まぁ、そんな説明など右から左で、インターネットに接続してソシャゲが出来る、ということしか聞いていなかったのだが。

 

「絶対嘘だね!! 排出率3%とか絶対、ぜぇったい嘘だねっ!!!」

 

 ……何に対して憤りを感じているかは察していただけるだろう。

 ぜぇはぁと肩で息をしていると、来客を告げるインターフォンの音が部屋に響き渡る。

 どうせ自分を連れ戻しに来た裏世界の人間だろうと判断し、居留守を決め込むことにした。

 

 ピンポーン

 

「……」

 

 ピンポーンピンポーン

 

「……」

 

 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピン

 

「うるせぇぇぇ!!一生インターフォン押せない身体にしてやろうかぁ!?」

 

 秒間16回に迫る高速連射に耐えられなくなった紅蓮は、玄関のスピーカーに繋がる受話器を手に取り怒鳴り散らかす。

 

「も、申し訳ありません……私ですけど、出直した方がよろしいでしょうか……?」

 

「……あら?」

 

 受話器から聞こえてきた聞き覚えのある声に、さっきまで感じていた怒りが消える。

 一言断って受話器を置き、玄関に行き扉を開けると──

 

「……大きくなったな、可憐」

 

「──はい!お久しぶりです、お兄様!!」

 

 そこには砕城可憐が──「最強」の妹が立っていた。

 

 

 

「しばらく見ない間に、可憐は変態さんになっちゃったんだなぁ……」

 

「あっ、着てます! エプロンの下に着てますからぁ! 距離を取らないでください!!」

 

 


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