八幡に天の鎖もどき持たせて、シンフォギアに放り込んでみた 作:シャルルヤ·ハプティズム
皆神山の事件の数少ない生存者、
事件から2週間。八幡と翼は、彼女のお見舞いに行くことになっていた。
「······お見舞いって言っても、私、会ったことないよ?」
「それは、俺の親戚とか言っとけって話じゃなかったか。実際間違っちゃいないし。ですよね? 緒川さん」
八幡は、ハンドルを握る緒川慎次に問いかけた。
「······司令さんによればね」
緒川の手に少し力が入る。八幡は、妙に緒川が緊張していることが気になった。八幡は知らないが、辛うじて立ち直ったばかりの翼を生存者に会わせることに、緒川は強い抵抗があった。それでも翼を連れて来たのは、弦十郎の命令だったからだ。
2日前。特異災害対策機動部二課は、天羽奏が目を覚ましたという報せを受けた。彼女は、検査によってシンフォギアへの適正があることが明らかになっている。
要するに、3人で勧誘してこい。弦十郎の命令を翻訳するとそういうことになる。シンフォギアを強引に可決させたせいで国会がゴタゴタしている内に、囲い込んでこい、そういう話だ。弦十郎にも強い圧力がかかっているというのを、緒川は調査部の上司から耳にしている。
「父さんには話が行ってんのか······?」
八幡は、自分と妹のために必死に働く父を思い浮かべた。八幡は、天羽奏との面識はあれど詳しいことは報告された書面でしか知らない。八幡だってコミュニケーションに秀でているわけでもないのに、勧誘しろと言われても自信を持てるワケもなく。
父に、彼女のことを聞く時間を作ってもらうべきだったと顔に出さないよう後悔した。
あぁ、勧誘は失敗だな。天羽奏の病室に入った瞬間、八幡はそう感じた。彼女を見るまでもなく八幡は理解した。
「何の用だよ、あんたら」
右腕にギプスを嵌め、左足もギプスを着けられて天井から吊り下げられた彼女は、鋭い眼光をめいっぱい使って来訪者を迎えた。
「······ど、どうも」
こんなにキツい雰囲気の女だっただろうかと八幡は困惑した。と、奏は八幡の後ろにいた緒川と翼を睨んだ。
「あぁ。お前、比企谷さんちの。八幡くん、だっけ。後ろの2人は初対面だよな」
八幡は彼女が自分の顔を覚えていたことに驚いたが、天羽奏の警戒心がほんの少しなりだけ潜めたのを見て安堵した。
「あ、か、風鳴翼です」
「初めまして。緒川慎次といいます」
「あ、この2人は俺の親戚で······」
「······あっそ」
奏はそれだけ言って、八幡から視線を外した。関心を無くされたわけではないが、警戒心は強かった。そのムードの中、なんとか当たり障りのないことを2つ3つ話題に挙げたが、すぐに話のネタは尽きた。
見舞いという名の勧誘に来たわけだが、八幡自身が歓迎されているわけではない。なんて切り出せばいいかてんで分からない。そんな時、緒川が八幡の肩を叩いた。
「八幡くん、天羽さんも疲れているんだろうから、今日はこの辺で」
緒川が奏に聞こえないよう囁くと、八幡は、渋々頷いた。下手に何か言うと、彼女の機嫌を損ねる。話術にも長けた緒川が言うのだから、と八幡は判断した。
「あ······じゃあ、今日は俺達、行くね。思ったより元気そうで良かった」
翼と緒川が会釈して出るのに続いて、八幡も後を追った。最後にちらりと見ると、奏は、ぼんやりと外を眺めていた。奏が何を考えているか感じることは出来なかった。
「すいません、何か、あんま上手く会話出来なくて」
フロアの休憩室で、ジュースで一服して八幡は謝った。
「天羽さんも妹さんが亡くなったと聞かされたばかりで、辛い心境のはず。本来なら、こんな早期に勧誘に来なければいけないのもおかしいのだけどね」
既に、奏の妹があの黒い塵に変えられていたことは、判明していた。遺族にも当然話は言っているはずだ。奏の両親が行方不明な以上、最初に話に行くのは目を覚ましたばかりの奏である。八幡に仲介させようという意図も緒川には好ましくなかった。
唯一良かったところは、弦十郎が猶予をもぎ取っていたことだ。天羽奏が精神的にある程度の落ち着きが得られてからでも勧誘は遅くない。子ども2人には言わなかったが、緒川はそう判断して八幡に引き延ばさせずに引き上げた。
翼が無言で飲み物に口を付けるだけの空間にいたたまれなくなり出した頃、緒川は立ち上がった。
「さ、帰ろうか。2人とも家まで送るよ」
「あ、今日は、比企谷さんの方にお邪魔するって、おじ様に···」
「分かった。僕の方から伝えておくね」
「あ、緒川さん悪いんですけどスーパー寄ってください。今日夕食の当番俺なの忘れてた」
「あれ、小町」
八幡は、家の前で小学校から帰ってきた妹、小町と鉢合わせた。自分の2つ下で、自分とは似ても似つかない可愛さの妹は、理解出来てるかどうかは別として、民間人ではあるが八幡の秘密を知っている一人だ。
「お兄ちゃんおかえり。意外と早かったんだね」
「おうただいま」
小学校帰りの小町は、買い物袋で両手が塞がった八幡の代わりに鍵を開けると、翼に飛びついた。
「翼ちゃんもおかえり! 緒川さんも! 上がって上がって!」
八幡にドアを開けさせて翼と緒川を家に押し込んだ小町は、八幡もついでとばかりに家に押し込んだ。
ストローを入れたオレンジジュースを吸いながら、小町は八幡を見た。
「お兄ちゃん、今日お仕事だったんでしょ? 中学サボったんだし。今日ノイズ出てないけどなんの?」
妹が意外と聡いことを思い出しながら、八幡は答えた。
「スカウトだよ。詳しいことは言えないけどな」
「スカウトぉ? 友達いない、話しは下手、なお兄ちゃんが?」
「うぐっ······」
小町の頭の中を、はてなマークが踊った。だが、八幡が緒川や翼と一緒に帰ってきたことから連想しても、これ以上の推理は出来ない。と、小町は諦めた。
「お兄ちゃんヒント」
「無茶言うな」
八幡がそう言うと、小町は、ちらりと緒川を盗み見た。八幡が妹に甘いのを緒川は知っている。知っていることを小町も知っている。
「ごめんごめん。小町翼ちゃんと上でゲームしてるね〜。翼ちゃん、行こ!」
「あ、待って小町!」
慌てる翼を引っ張って小町がリビングから出ていくと、緒川はキッチンで包丁を持つ八幡が見える場所まで移動した。
「緒川さんも飯食ってきます?」
「夜二課に呼ばれてるんだ。今日は遠慮しようかな」
「残念です」
緒川は、コップのお茶を飲み干すとじーじーと五月蝿い外を眺めた。日は高いが、あと一時間もすれば傾き出す。
「······八幡君は、天羽奏と会ったことがあるんだよね」
「まぁ······。でも、最後に会ったのは母さんの葬式ん時ですよ。母親同士は仲良かったらしいですけど······。ほら、俺と母さんがあんなんだったから、面識はある程度で。妹の方なんて話したこともなかったし」
八幡は、こちらを見ない。ただ、野菜を切る音が心なしか強くなったように聞こえた。
「······なるほど。報告はしない方がいいかい?」
それを見た緒川の気遣いに、八幡は首を横に振った。
「······いや。天羽さんの親族って、ウチだけ·······らしいんで、出来るんなら俺がやりたいです。母さんにも······申し訳ないし」
「了解。僕の方から何とかしておくよ」
「······ありがとうございます」
夜まで仕事の緒川に尊敬の念を覚えつつ、3人でカレーをがっついてゲームに興じれば、気付けば夜の10時だった。翼は小町の部屋で寝るため、八幡は一人で、自分の部屋のベッドに寝転がっていた。
「どうするかな······。緒川さんにはああ言ったけど、俺、天羽さんのこと知らねえしな······」
八幡は、口下手な自分を後悔した。切り込めそうなところがまるで分からない。スカウトの任務は、正直自信はなかった。向こうは、妹を亡くしたばかりで、慣れるまでに相応の時間が必要だ。仇を取れるとでも言えばいいのだろうか。
───2人目の俺が生まれるだけだな、そりゃ。
八幡は、赤くて空洞の、水晶のような形のペンダントを手の中で転がした。母の、遺品だ。ヒントかなにか教えてくれる気がして、引き出しから引っ張り出したが、うんともすんとも言ってくれない。
自分と距離を取っていた母は、科学者だった。妹への劣等感を抜きにしても、優秀な人だった。シンフォギアの開発にも参加していたような人だった。
「これが小町だったら、違ったのか?母さん······」
どれだけ考えても、ペンダントは答えてくれなかった。