IS×GUNDAM~シン・アスカ覚醒伝~   作:パクロス

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オーバーラップ文庫の公式サイト見たらISのスピンオフ漫画がウェブでやるらしいですって。それもシャルヒロインで!公式がシャルヒロインの漫画やるとは……これほど嬉しいことはない……!おまけに描く方がひつじたかこ先生と言う方で、私この人の描くシャルがめっちゃ好きなんですよ!ホントにこの人のシャル可愛いもんでしてね、正にシャルヒロインの漫画にはうってつけですよ。25日から始まるそうなんで皆さん是非見ましょう!
と言うわけで宣伝もそこそこに、お待たせしました!PHASE-16始めます!



PHASE-16:平穏なる一時、されど心のざわめきは嵐の如く

ーーああ、またこの夢かーー

 

 既に何度目か分からない眠りの中のこの光景にシンは内心辟易する。その身に纏うのはザフトの赤いパイロットスーツ、手に握るはザフト支給の拳銃。シンがいる場所、そこはシンの『戦場』だった。

 ゆっくりと、それでいて常に周囲を警戒しつつシンは壁に沿う形で足を進める。歩みを進めてどれだけ経ったか、壁が途中で切れる。緊張に体を僅かに強ばらせながらシンは壁の向こうを覗く。

 

「っ!? ザフトっ!!」

「っ!」

 

 シンの視線と相手の自然が合わさったのはほぼ同時だった。咄嗟に壁に顔を戻したシンの隣を遅れて銃弾が通り過ぎる。敵、パイロットスーツの色と形状から連合、シンの脳が視覚から得た情報を反射的にに処理する。それはC.E.の戦場で体に刻まれた戦士としての本能だった。

 直ぐ傍に敵がいる、そしてそれが自分に銃を撃った、その事実がシンの意識を切り替える。

 

「死ねっ!! コーディネイター! 宙の化けーー」

 

 壁から現れた連合の兵がシンに銃を向ける。両手に抱える様に持つライフルは引き金を引けばシンの体を穿ち皮膚の下に詰められている肉を辺り一面に撒き散らすだろう。しかしその銃口は恐怖で激しく揺れている。そしてこの距離でライフルは間違った選択だ。

 連合兵が引き金を引くその直前にシンは体をライフルの射線からずらす。そして向こうが引き金を引くと同時に、シンもまた拳銃の引き金を、引いた。フルメタルジャケット弾と拳銃弾が交錯した一瞬の出来事、次の瞬間ライフル弾は虚しく地面を抉るだけの結果に終わり、シンが放った銃弾は無慈悲に連合兵の頭を貫き、砕けた頭蓋から大量の脳漿をぶちまけた。

 

「……はぁ……」

 

 肺に詰めた息を吐き、シンは仰向けに倒れた連合の兵を見下ろす。その紅い瞳は冷たく、そして研ぎ澄まされていた。

 返り血が僅かに頬に散ったが、シンは拭おうとせず倒した連合兵の脇に跪くと、彼が持っていたライフル、弾倉、手榴弾他諸々を取り外していく。

 敵はまだいるのか。いるのなら銃声に気づき警戒するはずだ。仮に全滅したにしろ状況確認の為の増援がくるはずだ。何にしろ装備を整え備えなくては。

 淡々と思考を走らせながら敵の装備を奪うその姿はさながら屍肉を漁る禿鷹の如く醜悪なものであった。

 ライフルが正常に作動するかどうか機械的に確認するその手が、砂利の入った地面を何者かが歩く音に反応し動きを止める。確認もそこそこにシンは弾倉を装填、薬室にライフル弾を送りながら自身に近づく敵に照準を定める。

 

「動くな。手をゆっくり上げて膝をつけろ」

 

 不気味な程に冷静な声でシンは近づく敵に告げる。しかし敵はシンの言葉に従う様子も無く徐々に暗闇の中からその姿をはっきりとしたものにしていく。シンは目を細め、いつでも撃てる様に引き金にかける指に力を込める。

 やがて敵とシンの距離が十数mにまで迫った時、今まで影に隠れていた顔が露わになる。そしてその見覚えのある顔にシンは引き金にかける指の力が僅かに緩まるのを知覚した。

 輝く様な金色の髪、スミレ色の瞳、幼さの残る顔立ち、見覚えがあるという話ではない。かつてシンが守ると約束し、しかし果たすこと叶わず、ベルリンから離れた名も無き湖にこの手で弔った少女ーーステラであった。

 

「シン……」

「ステラ……」

 

 引き金にかける指が緩んだのは一瞬のこと、次の瞬間、シンは嘗て守ると誓った少女ーーステラに狙いを定める。そのライフルの先端からは少しの逡巡も感じられない。

 対するステラもまたシンが構えるライフルに恐れることなく、歩みを進める。

 

「動くなと言った。これ以上近づけばーー」

 

 

 

 

 

 

「敵だから……殺すの……?」

 

 

 

 

 

 

 シンの言葉はしかし、ステラのその言葉に遮られる。

 答えを出さないシンにステラは一歩、また一歩と歩みを進めながら再びシンに同じ言葉を投げかける。

 

 

 

 

 

 

「敵だから……ステラも……殺すの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ステラの問いかけ、それにシンは答えず、只冷酷に、そして躊躇いも無く引き金をひいた。刹那、シンの意志に従い放たれた銃弾が正確にステラの足を撃ち抜いた。耐えることなくその場に倒れるステラにシンはライフルを置くと先程殺した連合兵の腰に刺さったナイフを引き抜き、構えることなくステラに近づいていく。

 

「……シン……」

 

 足を撃たれたにも関わらず痛みに苦しむ様子も無く、ステラは冷え切ったその紅い瞳で見つめながらナイフの切っ先を向けるシンを怯える事なく、真っ直ぐに見つめる。その瞳はシン同様何の熱も、そしてあのディオキアの海でシンが見た、弾ける様な明るさも、何も無かった。

 分かっている、シンは心の内で呟く。

 俺は決めたんだ、守ると決めたんだ、君を……

 その先の言葉は、でも、という言葉にかき消される。シンは無表情にナイフの刃をステラの首筋に当てる。その刃がゆっくりと動く直前、シンはステラの耳元でそっと囁く。

 

「もう、戻れない……血の味を知った俺は、もうあの頃には、戻れない……」

 

 その瞬間、シンが握るナイフは正確にステラの頸動脈を切り裂き、その無垢なる命を、シンが守りたいと願ったその命を、刈り取った。際限の無いかの様にステラの身体から血が溢れ出る。地に崩れ落ちた少女の体内に留まっていた血が行き場を求め放射状に広がっていく。それをぼんやりと見つめながら、いつからだろう、とシンは思う。

 最初は守る、その為に闘ってきた。でも気がつけば戦うこと、それだけがシンの全てとなっていた。頭で否定する一方、身体は敵を求め、ジワジワと闘争本能という言葉に包まれた甘い毒に侵されていく。

 気がつけば一面に広がっている血の海をシンは見つめる。その水面に映る自分が血の臭いに愉悦の笑みを浮かべていた。

 その瞬間、自身の中で何かが音を立てながらその形を崩壊させていく。

 何かが壊れていく。

 でもその何かが何なのか、もう思い出せない。

 そう思いながら、シンは深い闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 最悪な気分で目を覚ましたシンの視界にシンの心情を嘲るかの様に真っ白な天井が映る。呼吸は荒く、身体は全身から吹き出した寝汗に不快感を訴える。

 

「はあ……はあ……くそっ……」

 

 カラカラに乾いた喉からひねり出せたのはその様な悪態だけである。

 ふとラウラのことが頭をよぎり、隣を見るが、幸か不幸か今日は忍び込んで来ていない様であった。ラウラがいなくて良かったとシンは思わず安堵する。表現は下手だが自分を慕ってくれる少女を心配させたくなかった。

 嫌、ラウラだけではない。鈴にも、一夏にも、他の誰にも、だ。平和な世界に生きる彼らに、こんな余りに血生臭い自身の葛藤を見せる訳にはいけない。

 シンはいつの間にか握り締めていた拳を解き、その掌を見つめる。相当強く握り締めていたのか白く鬱血した掌、しかしシンの目にはその手は血で汚れている様に見えるのだった。

 

「……どうしろって言うんだ、くそっ……」

 

 自分に向けて問いかけたその言葉は、答えを連れてくる事無く静かな一室の中で霧散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 よく晴れた6月最後の休日、臨海学校前ということもあってかIS学園前のリニアとバス停前はショッピングに出掛ける一年生女子で溢れていた。

 その中という出で立ちのシンは正門に向かう女子とは反対方向ーー裏門に足を進めていた。此方側は政府関係者等の学園運営の役人が主に出入りする為の場所であり、校舎からは見えない様になっているが車が百台停車できる専用スペースとIS関連の特殊物資を搬入する為の設備が裏門を出て直ぐの所を広がっていた。

 ガランとしている駐車場、そこの隅から自分のバイクを引っ張り出したシンは軽いエンジンチェックをする。快調なエンジン音がシンの耳に心地良く響き、自然とシンは頬が緩む。特に問題がないことを認めたシンは颯爽とバイクに跨がると用意したヘルメットを頭に被ろうとする。しかしその直前、シンの後を追ってきたのだろう、良く知った少女のその黒いツインテールが門からはみ出ているのを視界の端に収めたシンは思わず凝視する。

 

「……何やってんだお前?」

「っ!? ……」

 

 どうやら上手く姿を隠せていると思っていたらしい、シンから声をかけられビクッとツインテールが不規則に揺れる。それから数秒逡巡する気配を見せた後、門の陰からツインテールの持ち主ーー鈴が現れる。

 

「おいおい、自分の頭の手綱ぐらいしっかり握っとけよ」

「う、うっさい! これのどこが手綱よ!」

 

 軽い冗談で言ったのだが、生憎向こうにその冗談は通じなかった様である。思わず鈴は顔を真っ赤にしながら怒鳴り返す。。そんな鈴に面倒くさい奴、と思いながらも口にせずジッと睨めつけてくる鈴の視線を反らす。

 どうしたものかと思わずにはいられないシンだが、ふと鈴から感じた視線が消えたのに気がついた。正確に言えば消えたのではなく別のものに視線が移ったと言うべきか。

 

「…………」

「…………」

 

 何となくシンは愛車のハンドルを回し出力を上げる。たちまちエンジンから低い唸りが伝わり内部機構のピストンの回転数が上昇するのを示した。チラリと鈴の方を見ると、最初は獰猛な唸りを上げたバイクにビクッと驚くも、少しすると興味津々、と言った様子でシンのバイクを見ていた。

 

「何だお前? コイツに乗りたいのか?」

「っ! な、何言ってんの!? べ、別にそんな……乗りたいとかそんなんじゃないし! ガキじゃないし!」

 

 慌てて言い繕いながら途端にそっぽを向く鈴。しかしそれでも気になるのか、チラチラとバイクの方に目が行ってしまっている。それを温かい目で見ていたシンだが、悪戯心がシンの口端を上に持ち上げさせた。

 

「あーそうなのかー! そいつは残念だなー! 折角メット一つ余ってるからタンデムさせてやろうかと思ったんだけどなー!」

「っ!!」

「でもそうかー、乗りたくないのかー! じゃしょうがない、そろそろ出発するかーー!」

 

 そこで一度鈴の方を見てみると、乗りたくないと言ってしまった手前言いづらいのとここ最近のシンへに取っていた態度

もう少しか、と思ったシンだが、それより先に鈴が折れた。

 

「~~~~! あぁもう! アタシが悪うございました! どうもすいませんでしたぁっ!! ……これで良いでしょ!?」

「勝手にふてくされてよく言うよ……」

「あ”っ!? 何か言った!?」

「いーえ、別に。何でも」

 

 適当に流しながらシンはシートの下の収納ケースから予備のヘルメットを引っ張り出し、それを鈴に投げる。空中でそれを掴んだ鈴はまだ何か言いたげな表情をしていた。

 

「何だよ? まだ何かあんのか?」

「何でも無いわよ!」

 

 思わずそう聞くシンに噛みつく様に言い返しながら、ヘルメットを被った鈴がタンデムシートに跨ぐ。背中越しに鈴の女子らしい柔らかい身体とどことなく甘い匂いが伝わりドキドキしてしまうが、そんな邪念を振り払いシンは乗客に告げる。

 

「飛ばすからな。振り落とされるなよ」

「分かってるわよ。……それよりアタシがくっついてるからって、変なことしないでよ」

「誰がするかよ」

 

 短く返しながらシンは自分のヘルメットを被る。そしてハンドルを握ろうと手を伸ばし、そこで思い出す。今朝見てしまったあの夢を。シンの視線は無意識に自身の掌に移る。

(忘れろ。あれは只の夢だ)

 そんなシンを怪訝に思ったらしい。鈴はシンに不思議そうに尋ねる。

 

「? どうかしたの?」

「っ! ……なんでもないっ!!」

 

 やや性急に返事を返し、行くぞ、と言いシンがバイクを走らせる。

(そうだ……忘れろ。皆が心配する。だから忘れろ)

 シンはそんな自分の迷いを振り払う様に、更に加速をかけていった。

 

 

 

 

 

 

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 上りと下り、両方のプラットホームから人が降りていく。休日ということもあってか普段より混み入った改札を一夏は通っていた。

 

「シャル、大丈夫か?」

「う、うん、何とか……それにしてもすごい人だかりだね」

「まあ、確かに電車でこんなに混むのなんて日本ぐらいだな」

 

 慣れない日本の交通事情に困惑気味なシャルロットに一夏は苦笑する。臨海学校前ということで他の一年生同様二人は必要なものを買いに大型ショッピングモール『レゾナンス』に足を運んだのである。電車やバス、タクシー等の交通網の中心という立地条件、更に周辺の地下街と繋がっているこのショッピングモールはピンからキリまであらゆる飲食店や衣料品店、他にも様々な専門店を内包している。『ここでなければ市内のどこにもない』という謳い文句に嘘は無い。

 

「中学の頃も良く弾や鈴と遊びに来てたけど、ここホントにデカいよなぁ」

「確かにそうかもしれないね。パリのデュノア社本社に呼ばれるまで僕田舎育ちだったからこんなに大きなショッピングモールは初めてーー」

「……? シャル?」

 

 唐突に途切れたシャルロットの声に疑問に思った一夏は隣を歩くシャルロットに目を向ける。見ると何か気になるものでも見つけたのか、シャルロットは目をキラキラ輝かせながらそれを見つめていた。その表情は普段の男らしく見せようとしているそれでは無く、シャルロット本来の、年相応の女の子の表情であった。

 

「……シャル?」

「うぇっ!? ご、ごめん、一夏! ちょっとボーッとしてちゃって……」

「何見てたんだ?」

 

 慌てふためくシャルロットを横目に、何を見ていたんだろう、と一夏はシャルロットが釘付けになっていたものに目をやり、そして納得する。

 女子向けの衣料品店、そこのショーウインドに飾られたこの夏一番とタグの書かれた衣装、どうやらそれにシャルロットは魅入っていた様だった。半袖のホワイトブラウスとその下のライトグレーのタンクトップ、それと同系色のティアードスカートという組み合わせはファッションに疎い一夏の目からしても可愛らしいと思えた。普段は男の格好だがそう言う所を見るとシャルロットも女の子なんだ、と一夏は思ってしまう。

 

「こういうのが好きなのか?」

「ふぇっ!? な、何を言ってるの一夏!? べ、別にそういう訳じゃないよ! 只何となく見てただけであって、その……」

 

 図星だったのか、一気に顔を赤くしたシャルロット必死に取り繕うとするが、それも段々と小さくなる。そして口元を手で覆いながら、ポツリとそれを口にする。

 

「……うん……好き……」

 

 未だ熱の残るその顔で言われたその言葉は一夏の中のナニカを思い切り揺さぶりまくったが、寸での所で暴れ出しそうなそれを理性で押し留める。

 

「そ、そうか。ちょっとこういうの着たシャル見てみたい……な」

「う、うん……まあ、今の僕は着れないけどね……」

 

 それを言ったシャルロットもその表情に一抹の寂しさを覗かせる。忘れてはいないが今のシャルロットは女であることを偽っている身だ。普段から男見せる為の専用ISスーツを身につけ、仕草や喋り方も男のそれに矯正されている程だ。誰が見ているかも分からない外でそんな格好をすること等論外だ。

 でも、と一夏は思い、周りを注視する。開店からまだそれほど時間が経っていないこともあって人影も少ない。何人かIS学園の制服を着た生徒がいるが、今の一夏とシャルロットは男子用の制服ではなく私服なので、遠目ではまず気づかれないだろう。

 とは言えそれが危険なことに変わりないのは一夏も理解している。だけど、と一夏はシャルロットをじっと見つめる。

 今の一夏にあるのは、それは目の前の少女のそんな寂しげな表情を見たくない、嬉しい顔が見たい、そして彼女の笑顔が見たい、只それだけだった。

 だからだろう、気がつけば頭にあった懸念を脇に追いやった一夏はシャルロットの手を力強く握る。

 

「え? い、一夏?」

「……試着ぐらいだったら別に大丈夫だろ?」

 

 戸惑うシャルロットに一夏は半ば自分に言い聞かせる様に言って、シャルロットの手を引きながら目の前の店に足を進めた。

 そうして店に入ってから十数分後、試着室のカーテンが開く音と「こっち見て」というシャルロットの声に一夏は宙に泳がせていた視線をそちらに向ける。

 そしてそれを見た瞬間、言葉を失った。

 

「い、一夏、これ、どう?」

 

 試着室から出てきたシャルロットはおずおずと一夏に尋ねる。その言葉に我に返った一夏は感想を述べようと言葉を探すが、ニヤケてしまいそうな顔を堪えるのに必死で正直な所感想を口する余裕は余り無かった。それほど今のシャルロットはーー綺麗だった。

 シャルロットの服選びのセンスが良いというのもあるし、それを着たシャルロットが綺麗というのもあるが、何よりシャルロットの女の子らしい姿を初めて見た一夏にとってその姿は、余りに鮮烈であった。

 

「ど、どう? 似合う? それとも変かな?」

「え、あぁ、そのーー」

 

 再度一夏に感想を求めるシャルロット、その顔は既に真っ赤でエメラルドの瞳は熱っぽい視線を一夏に送ってくる。要領を得ない声ばかり出してしまう一夏は自分の頬が熱を持ち始めていることを嫌でも知覚してしまう。多分今の状態でもシャルロットと同じ位赤いだろう。

 

「とてもお似合いですよお客様。彼氏さんがビックリする位」

「か、彼氏!?」

「ちょ!? 店員さん!?」

 

 先程一夏が声をかけた店員の気を利かせすぎな一言に一夏とシャルロットの二人は思わず顔を今以上に赤くしてしまう。そんな二人の反応に店員は品の良い笑みを浮かべごゆっくり、という言葉と共にその場から離れていく。

 それから数十秒程の静寂、最初に口を開いたのは一夏だった。

 

「……似合ってるぞ」

「え?」

 

 聞き間違いじゃないか、と言わんばかりの表情で見つめてくるシャルロットに一夏は改めてその言葉を繰り返す。

 

「似合ってる、ぞ。それ……」

 

 後は見る見る内に顔を真っ赤にし、一夏はぷいと顔を背ける。その様子を見たシャルロットも同じ様に顔を真っ赤にする。そしてポツリと一言。

 

「あり、がとう……」

「お、おう……」

 

 そのまま二人の間に言葉が途切れ、妙に静かになってしまう。

(や、ヤバい! 何かよく分からないけど、何かヤバい!)

(ど、どうしょう!? 一夏何も喋ってくれないよ! )

 それぞれが似た様なことを思いながらも、恥ずかしさやら何やら諸々の感情から沈黙が続いてしまう。

 

「お客様、折角の所申し訳ありませんが宜しいでしょうか?」

「うわぁっ!? す、すいません!!」

「え、えと!! 何かご用ですか!?」

 

 折角の所、というのが引っかかるが、慌てる一夏とシャルロットに対し軽く咳払いした店員は如何いたしますか、と切り出す。

 

「お気に召しましたらそのままお買い上げになられますか? タグはこちらで外させて頂きますので、着たままで結構ですよ」

「あ、いえ、買うつもりはーー」

 

 店員の提案に一夏は断ろうとするが、その直前どうしようかと迷ってしまう。シャルロットがこれだけ喜んでくれただけでもう十分な位だ。しかし一方でもっとこの姿のシャルロットを見ていたい、一緒にいたいという気持ちもあった。

 相反する二つにどうしようかと再び迷う一夏。何か良い手は無いかと店内を目で探す一夏に、あるものが目に映った。

 

「……あの、じゃあ、お願いします」

「い、一夏!? だ、ダメだよ! そんなーー」

 

 突然の一夏のその解答に思わずシャルロットは驚く。しかしそのシャルロットを余所に、女性店員は妙に目を輝かせながら失礼します、と言ってシャルロットの着ている服のタグを丁寧に切り離していく。

 

「一夏! こんな格好しているの他の人に見られたらーー」

「大丈夫だって、ほら」

 

 不安そうに一夏に言い寄るシャルロットに一夏は大丈夫と返し、ポフッと軽い何かをシャルロットの頭に被せた。何かと思い頭のそれを手に取る。

 一夏が被せたもの、それは帽子だった。店の商品にあったのだろう鍔が大きめに出来ているその帽子は、丁度シャルロットの顔を隠せる程だった。

 

「それなら顔を見られたりしないだろうし、皆シャルが男だと思ってるんだからまず気づかないって」

 

 確かにシャルロットがシャルル・デュプレという男子と思っているIS学園の生徒が今のシャルロットを見てもそれが自分達の知るシャルル・デュプレだとは気がつかないだろう。せいぜい『シャルル似の女子』としか思わないだろう。

 

「一夏……」

 

 それでも不安そうに見つめてくるシャルロットに、一夏はいつもと違う、どこか困った様な、弱々しげな、そんな笑みを向ける。

 

「俺、もっとシャルのことが知りたいんだ。IS学園にいる時のシャルだけじゃない、こんな風に女の子らしい格好したシャルとか、そう言うシャルが知りたいんだ」

 

 だからいいか、と何とも言えない表情で一夏は尋ねてくる。

 シャルロットはどう答えればいいか分からなかった。いつもそうだ。シャルロット自身気がつかぬ内に心の奥底に隠し、しまい込んだ本当の気持ち、願い、それらを目の前の少年はいつもいとも簡単に気づき、そしてそれを叶えてくれる。あの時、自分の正体を一夏が初めて知った時もそうだった。

 だから、シャルロットはそれに答えてしまう。駄目だと偽りの自分が止めようとも、本当の自分は止まりそうになかった。

 

「一夏……」

「ん?」

「……あり、がとう……」

 

 辛うじてそれだけが言えた。そのエメラルド色の瞳を熱っぽく潤ませながら見つめるシャルロットに、一夏は首筋まで赤くなっていくのを止められなかった。

 

「お客様、二人きりになられたいのでしたら特別試着室が御座いますよ」

「「っ!?」」

 

 しかしここで二人の間に割り込む様に先程の店員がにゅっと現れる。驚く一夏とシャルロットを余所に、は先程の人を喰った様な意味ありげな笑みを浮かべている。

 

「一応ご希望であればあーんなことやこーんなことも出来る様に色々ご用意出来ますが? ふふふ……」

「あ、あーんなことやこーんなこと……」

「け、結構です!! 結構ですから!! ああ! もう行こうシャル!!」

 

 気を利かせすぎて只のセクハラ発言化してる店員の爆弾発言に思わず一夏とシャルロットは顔をボッと赤くする。これ以上ここにいたら今度は何を言われるか分かったもんじゃない、一夏は慌てて財布から代金を押し付ける。そしてカウンターに乗ったシャルロットが着ていた男物の服の入った袋を掴むとシャルロットの手を引き慌てて店を出る。

 手を捕まれたことに驚くシャルロットだが、そこに不快な気持ちは無い。むしろ握られた手から男らしいがっしりとした硬さと力強さ、そして確かな温もりが心地よかった。

(こういう所とか、やっぱり男の子なんだな……)

 そんな取り留めのないことを思いながら、シャルロットは自分の手を引きながら前を走る一夏を見る。その大きい背にシャルロットは頬が緩まずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

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 猛スピードで柵を飛び越えたバイクが一台、レゾナンス脇の駐車場に鈍い音を立てて着地する。その勢いのまま見事なドリフトを行い、駐車スペースにピタリと足を止めた。エンジンを切り、バイクの持ち主であるシンはバイクから降りてヘルメットを脱ぐ。新鮮な空気がシンの顔に辺り心地よさを与えてくれる。

 

「ふう……おい、着いたぞ。大丈夫か?」

「そう言うなら少しはスピード緩めなさいよ! このバカ!」

 

 直後に涙目の鈴がかぶっていたヘルメットを思い切りシンの後頭部に叩きつける。硬質ヘルメットによる打撃を諸に喰らいシンは思わず頭を抑える。

 

「痛えぇぇえぇ……」

「こっちは痛いどころじゃないわよ!? 死ぬかと思ったわ!!」

「だから言っただろ。しっかり掴まっとけよってよ」

「それ以前の話でしょうが!! 良くそんなんで免許取れたわね!!」

 

 まだ言い足りないのかグチグチと鈴は言い続ける。しかしその全身はプルプルと震えている為どうにも決まりが悪いものである。

 流石にやりすぎたと反省したか、シンは額を手で抑える。そう言えば前に一夏を乗せた時も降りた際大層顔が青白かったなあ、と回想を始める。

 

「あー、悪かった。謝るから機嫌直してくれよ。悪い」

「……それだけ?」

「えーと、駅前のカフェでケーキ奢るよ」

「……駅前のなら一番高いパフェにしなさいよ」

 

 一瞬財布からハラハラと消え去っていく映像がが頭によぎるも、背に腹は変えられんと考えを改める。

 

「分かったよ。じゃあ行くぞ」

「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 足を前に出した途端鈴に止められ、シンが振り向くと、鈴はまだバイクにしがみついたままだった。見ると両脚がプルプル震えている。

 

「……大丈夫か?」

「どこが大丈夫そうに見えるのよバカ!」

「あー、分かった分かった。ほら」

 

 再び噛みつく鈴をシンは宥め、鈴にそっと手を差し出す。それを見て鈴は一瞬戸惑う様な反応を見せるもシンの腕にひっつかむ。。その様子に面倒な、と思いながらシンは鈴を支えながら前に進む。

 

「変なことしたらぶっ飛ばすからね、アンタ」

「だからやらねぇっての」

 

 そんなことを言われながら再度面倒な奴、と思うシン。しかしその頬は自然と優しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 手をつなぎながら駐車場から遠ざかるシンと鈴、その後方では奇妙な組み合わせの尾行者が二名、物陰に隠れていた。ラウラ、そしてセシリアである。

 

「おのれ、あの馬の手綱めが~! 私の……私の兄様を……っ!!」

「はあ……何でわたくしがこんなことを……」

 

 怒りと嫉妬に目を爛々と燃やすラウラ、それに思わずセシリアは溜め息をつかずにはいられなかった。

 こうなった経緯を説明すると、鈴がシンのバイクに相乗りしていたのをラウラは偶然目撃、タクシーに乗り込んでいたセシリアの姿を目ざとく見つけるなり半分強引に便乗し後を尾行、そして今に至ると言う訳である。

 

「あの~、ラウラさん? わたくしは別にいなくても宜しいのでは……?」

「ムギギギギギギ……兄様も何だ!? あんな女にデレデレして!」

「…………」

 

 なし崩しにラウラの尾行に付き合わされたセシリアがぼやくが、鈴をギリギリ睨めつけるラウラは聞いていない。流石にムッと来たのか、セシリアは意地悪くボソッと呟く。

 

「あんまりべったりし過ぎると逆に嫌われますわよ?」

「……」

「ら、ラウラさん?」

 

 急に静かになったラウラに嫌な予感がしたセシリアは恐る恐る横から俯いたラウラを覗いた。

 どうにも今のセシリアの一言が聞いた様で、ラウラは半ベソ状態になって今にも泣き出しそうな感じになってしまっていた。

 

「ら、ラウラさん!? だ、大丈夫ですか!?」

「へ、平気だもん! 兄様は私のこと嫌ったりなんかしないもん!」

「口調からしてもう平気じゃなさそうなのですが!?」

「うぅ……うわ~~~んっ!!!!」

「ちょ!? ラウラさん落ち着いて!!」

 

 セシリアが必死に宥めるも涙腺が決壊してしまった様で、声を上げてラウラは駄々っ子の様に泣き出してしまう。どうにもシンにべったりするようになってからラウラの精神年齢が幼くなってしまっているのは気のせいではない様だ。

 放り出す訳にもいかずオロオロするセシリア。何でわたくしがこんな目に、と思わずにはいられないセシリアだった。

 

 

 

 

 

 

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 リア充なんて死ねばいいのに、そう呪いの呪詛を延々と唱え続けながらヨウラン・ケントは道行くカップル達を怨めしげに見ていた。

 

「そんなことばっかしてるからモテないんじゃないの?」

「うるせー!! お前みたいに子供っぽいからって理由でお姉さん方にチヤホヤされている奴には分からねーよ!!」

「それより早くパーツ屋に行こうよ。今日イグリット社の小型サーボモーターが入荷したって聞いたからついて来たんだけど」

「いや、まだだ! まだ終わらんよ! お前が入ればゼッテーIS学園の女の子の一人や二人確実なんだからよぉ! 顔が駄目ならドライバーのデカさで勝負だ!!」

「そんなこと口に出してるから皆引いちゃうんでしょ」

 

 口を開くと残念、口を閉じても残念、そんな残念しかないヨウランの発言にヴィーノは冷たくあしらう。尚ドライバーのデカさについては何も触れないでおく。

 ヨウランとヴィーノ、二人が本日ここ『レゾナンス』に足を運んだのは他でも無い(ヴィーノは無理やりだが)、ナンパである。『難破志郎の追跡! ナンパポイント』という名前からしてかなりしょうもないブログで『もうすぐ臨海学校のIS学園!彼女達をナンパするなら『夏のオススメポイント! 大型ショッピングモールレゾナンス! 今ならIS学園の生徒がい放題!』という情報を仕入れたヨウランはヴィーノを引き連れて(実際は土下座までして頼んだのだが)ナンパに来たのであった。しかし悲しいことか、朝早く網を張っているにも関わらず現在一人も掛かっていない。何人かはヨウランではなくヴィーノに惹かれかけたが、その隣で荒い鼻息と無駄にギラギラした目つきで凝視するヨウランに引いてしまうのだった。

 

「大体ヨウランは外見も中身も下心丸出しなんだからさぁ、まず第一印象の時点で皆アウトだって。二週間前もそうやって女の子に蔑む様な目で見られたでしょ?」

「お前……さり気なく昔の古傷抉るの止めてくれない……」

「昔って二週間前じゃん。一ヶ月前は女子大生にルパンダイブして顔蹴られたでしょ。二ヶ月前は藍閲学園の生徒に「ねえねえ? お兄さんとイイとこ行かない? 行かない?」って言って警察呼ばれかけたでしょ。その三ヶ月前はーー」

「お、お願いだからもう止めて……何か泣きたくなってきたからさぁ……」

 

 次々と出てくるヴィーノの罵詈雑言によって見る見る内に。言われているのがこの変態(ヨウラン)でなければ「もう止めて!○○のライフはゼロよ!」と思わず庇いたくなる光景である。完膚無きまでに精神的に叩きのめされテーブルに突っ伏したヨウランを後に心無しか機嫌の良くなったヴィーノは店から出て行った。後に残されたのはプスプスと耳から煙を出したヨウランとちゃっかり残された伝票(内約 ヨウラン:コーヒー一杯 ヴィーノ:カフェオレ二杯、パフェ二個、ショートケーキ二個、マカロン四個)だった。

 テーブルに突っ伏して数分程経ったか、ヨウランは徐に顔を上げる。そして何を思ったか、ふっふっふっ、と急に不気味な笑いを始めた。突然のそれに周囲の客がドン引きなのに意も関さずヨウランは口を開く。

 

「……どいつもこいつもやれ『ねえこれ似合ってる?』『ああ、君にピッタリだよ』だの、やれ『ほっぺにご飯粒ついちゃった。取って』『しょうがないなあ、俺のプリンセスは』だのイチャイチャしやがってお前らあれか? そうやって『彼女いない歴=年齢』の奴にわざと見せつけてんのかよぉ……アッーー!! クソーっ!!」

 

 

 

 

 

 

「「リア充なんて皆爆発しろ!!」」

 

 そう言った直後、自分の声が他の声と被っていたことにヨウランは気付く。それのこの上無い程のシンクロ具合。思わず声を主を探すヨウランは、同じ様にヨウランを探す同年代の少年ーー赤毛にバンダナという特徴的な少年に気づいた。それは向こうも同様で二人共互いをじっと見据える。

 暫くそうしていると、ヨウランが最初に口を開く。

 

「女の子の一番エロいと思える仕草は?」

「お尻に喰い込んだ水着を直す瞬間! ……パンストはスルリと脱がすのがエロいと思う派? ムリヤリ破り捨てるのが興奮する派?」

「脱がす派!」

 

 交互に問いかける質疑応答、その内容は端から見ると気持ち悪いことこの上無いが、どうやらそれで何か通じ合った様である。次の瞬間、ガサガサ! とゴキブリの様な気持ち悪い動きで迫った二人はお互い手を取り合い、思わず叫んだ。

 

「「おお友よ! 君と会い見えるこの時を待っていた!!」」

 

 これがヨウラン・ケントと赤毛の五反田弾の、この世で最も気持ち悪い二人の出会いだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「へ~、本音ちゃんってIS学園に通ってるんだ。随分メカに詳しいけど将来は整備士とか研究者目指すの?」

「ん~、将来とかまだかな~。でもヴィーヴィーもすごいね~。もうISの整備のお仕事やってるなんて~」

「んー、っていってもまだ見習いだけどねー」

「でもいいな~。今度遊びに行ってもいい~?」

「あ、いいよー! じゃあ電話番号教えてー。都合がついたら電話かけるからー」

「は~い~!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 それを見たとき、シンは怪訝そうに眉をひそめた。

 鈴とレゾナンスを回り始めて三時間、臨海学校に必要なものをある程度買い揃えた所で時間的にもそろそろ昼食をとろうという話になった。そして飲食店街を歩いていた所でその二人を見つけたのであった。

 

「ん? あれ、ヨウランか? 何してんだ、こんな所で」

「知り合いなの? あの色黒」

「ああ。俺の機体(デスティニー)のメカニックなんだけど……ってありゃ? 弾までいるぞ」

「あ、ホントだ。何やってんのよアイツ」

「アイツら知り合いだったのか? まあ、キャラが似てるっちゃ似てるが……」

 

 折角なので声を掛けようかと思ったシンだったが、直後に聞こえてきた二人のろくでもない会話に思わず足を止める。

 

「そう! その通り! 今まで血の繋がったと思っていた妹が実は義理の妹でそれに迫られるというあのシチュエーション! 最高だぜ!」

「本当だよ! あれだけでもう三杯は余裕だよ全く!」

「ほっほう~? 三杯とは一体何のことだね弾君?」

「嫌だな~! 俺らの間にそれ聞くかい? ヨウラン君?」

「そう言えばそうだな! ゲハハハハハッ!!!!」

「全くだよ! ぐふぇふぇふぇふぇふぇふぇっ!!!!」

 

 ゲス度測定器があるなら確実にゲス度MAXは越えてるだろうその会話。よく見ると二人の周りの席には誰も座っていない。

 

「ねえ、あれって一体ーー」

「何も言うな。あれは只の幻だ。多分少し早い夏バテだ。そうに違いない」

「ああ、夏バテね。それならしょうがないわね。じゃあどっかのカフェで冷たいものでも飲みましょか? あそこのカフェ以外で」

「そうだな。そうしよう。あそこのカフェ以外で」

 

 シンと鈴、二人は目の前のクソ気持ち悪い光景をそう結論づけて揃って回れ右をする。間違っても今のあの二人と知り合いだと思われたくない。

 しかしながらそんなシンと鈴の心情を裏切るかの様に、ヨウランと弾はシンと鈴の姿を視界に収めるなり、わざとらしいぐらいデカい声を出す。

 

「おお! そこにいるのは現在IS学園でハーレム生活満喫中のシン・アスカ君じゃないか? 女の子連れてナニをしてるんだろね?」

「おお、本当だ! しかも一緒にいるのは中国代表候補生の凰鈴音君じゃないか? 男引っ掛けてナニしてるんだね?」

「「……」」

 

 ヨウランと弾、二人の変態の声にシンと鈴は応じず、回れ右するなり急ぎ足でその場から離れようとする。しかし向こうも見逃すつもりは全く無いようだ。

 

「何だよイー! つれないじゃないかイー! 俺達友達じゃないかイー!」

「その通りだイー! 俺達友達イー! 仲間イー!」

「イー!」

「イー!」

「あ”ーーっ!! うっさいわね!! アンタ達何なのよ!!」

「イーイーイーイー何だよ!! お前らシ○ッカー戦闘員か!!」

「違う! 俺達は断じてショッ○ーではない!!」

「俺達は結成20分目のチンユニット『謎の変態ユニットHEN☆TAI』だ!!」

「結成20分目ってさっきかい!」

「そのユニット名やめろ!! 何か馬鹿にされたみたいで腹立つからやめろ!!!!」

 

 クソ気持ち悪い上に鬱陶しいことこの上ない。一番面倒な連中に捕まっちまったな、とシンは自身の運の悪さに嘆きたくなってしまう。

 

「つかお前ら何してんだよ? 気持ち悪いからさっさと消えてほしいんだが」

「ふ、知れたことよーー」

「我ら『HEN☆TAI』の恒例行事さ」

「結成20分目が何ほざいてんだよ?」

 

 シンに冷たくあしらわれるものの、二人にめげる様子は全く無い。そのしぶとさ、ゴキブリよりタチが悪いな、とシンは思わずゴキブリに失礼なこと(念のため言うがヨウランと弾に失礼な、ではない)を思ったりする。

 

「俺らがここに訪れた理由ーー」

「それは勿論ーー」

「「NA☆N☆PAだ!!」」

「どうせしょうもない理由だろうなぁ、って思ったらやっぱりそうかよ……」

「只でさえ気持ち悪いアンタらにナンパとか無理に決まってるでしょ。さっさと諦めなさいよ。どうせ一人も捕まえてないんでしょ?」

「無論そうだが考えて見たまえ!」

「あの突き放す冷たく鋭い言葉のナイフ!」

「そしてゴミを見下ろす様な蔑む目線!」

「「あぁ……! ゾクゾクしちゃう……! 気持ちいい!(ビクンビクン!)」」

 

 シンと鈴の両方から冷たい言葉を喰らっているにも関わらず、へこたれる所か、逆に変態度がグレードアップするヨウランと弾に対し、シンと鈴は同じことを思ってしまう。

((だ、駄目だコイツら……! 早く何とかしないと……!))

 思わず戦慄するシンと鈴を余所に、弾が辺りをキョロキョロする。

 

「所で今日一夏はいないのか? あの可能性の(ケダモノ)どこだよ?」

「可能性の(ケダモノ)って言い方やめろ! そのゲス回路焼き切るぞ!」

 

 午前中の疲れが数倍強く感じてしまうシン。理由は間違い無く目の前の馬鹿二名によるものである。思わず溜め息をつくシンだが、なんとなしに送った目線の先にいた二人にギョッとしてしまう。

(ん? 一夏と……っておいっ!? シャルル!?)

 何故シンがそう思ったのか、それは二人の姿に他ならない。

 一夏は特に問題ない。問題はその隣を歩く人物であった。その長い金髪からシャルロットだと推測出来るが、何故か女の格好をしているのだ。

(あの馬鹿! 何やってんだよ!)

 頼むから誰も気づくなよ、と言うシンの思いは残念ながら本日ヨウランと言う同類を得たせいか、やたらパワフルな弾にぶち壊されてしまう。

 

「ん? シン、どうしたんだ? 急に固まったりなんか……ってあぁっ!! あそこで女連れてるの一夏じゃーー」

「わぁーっ!! ライダーキーーック!!」

「イー!?」

 

 一夏とシャルロットを視界に入れ驚愕の声を上げかける弾に向けISのパワーアシストを用いてのライダーキック(という名の飛び蹴り)を叩き込むシン。上手い具合に首筋に入った様で、弾は泡を吹きながら白目を向いて倒れる。

 

「おあ!? どうした相棒!? 一体何がーー」

「どうぇーい!! ライダーマウントポジション!!」

「イ”ィっ!?」

 

 倒れた相方に思わずヨウランは弾が目を向けた方向に同じ様に目を向けようとするが、直後にシンがライダーマウントポジション(という名の寝技)に持ち込む。首を締められた挙げ句妙に生々しい音がヨウランの身体から鳴り響く。最後に脳天とコンクリートの地面が衝突したヨウランが弾と同じく白目を向いて倒れる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「ど、どうしたの? 一夏がどうとか聞こえたんだけどーー」

「おお! 鈴、何か向こうから美味そうな匂いがするぞ!! 行ってみようぜ!!」

「え、あ、ちょっと!?」

 

 状況が全く呑み込めていない鈴を引きずり、急いでその場から離れる。取り敢えず帰って一夏とシャルロットに会ったら一発ぶん殴ろうとどうでもいい決意をするシンだった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 疲れた、と椅子に体を沈ませ一夏はそう思わずにはいられなかった。疲れたと言っても肉体的な疲労ではない。精神的な方の疲労である。そしてその原因は目の前の少女によるものなのは間違いないだろう。

 

「ご、ゴメンね、一夏。こういう格好したの本当に久しぶりだったつい……」

「え……ああ! いや、別に良いよ! シャルが喜んでくれて何よりだし」

 

 どうやら疲れが顔に出てしまった様で、申し訳無さそうに言うシャルロットに一夏は逆に謝る。

 確かに疲れてはいるものの、それは別にシャルロットに振り回されたからではない。むしろそっちの疲れの方が良かったかもしれない。それ程今のシャルロットーー『女の子』としてのシャルロットが新鮮で、強烈だった。今もこうして不安そうに見つめてくるその仕草等が普段より『女の子』らしさが強調されている様であり、正直直視出来ない状態である。

 このままではマズい、何かがマズい、と思った一夏は取りあえず会話を変えることにした。

 

「そ、それにしても、シャルが編み物とかそういうの好きなのは知らなかったなあ」

「あ、そうだね。お母さんの真似をしてたら自然とね」

「裁縫とか得意だよな、シャルは。この間も俺の制服のボタン直してもらったしな」

「でもそれを言うなら一夏も得意じゃないの? 家事とか」

「う~ん、って言っても料理とか洗濯とかは得意なんだけど裁縫とか細かいのは苦手なんだよな。料理も家事も得意で裁縫とかも得意、シャルは良い奥さんになれるよなぁ」

「え!? お、奥さん!?」

「え!? ご、ごめん! 変なこと言って!」

 

 一瞬遅れて自分の言った気づくも既に遅く、シャルロットは顔を真っ赤にしてしまう。つられて一夏も頬を赤くし、二人の間に沈黙が訪れてしまう。

 

「ほ、ほらっ!! 飯も来たし早く食べようぜ!! 俺もう腹減ってさあ!」

「そ、そうだね!! ここのパスタ、すごく美味しいって評判だからね!! あ、でも一夏の分がまだ来てないし」

「あ、いや大丈夫だよ。俺に構わないでシャルは先に食べてくれよ」

「で、でもそう言う訳にはいかないよ! 今日はずっと僕のわがままに付き合ってくれたのに!」

「いや、いいからいいから先に食べててくれ」

 

 一夏にそう言われて大人しく麺をフォークに巻きつけるシャルロット。シャルロットの意識がパスタに移り、一夏は先程から荒ぶる自分の心が少しばかり落ち着くのを知覚する。しかしそれもパスタを絡めたフォークを差し出すシャルロットの、かなり予想外の行動に早くも打ち壊される。

 

「え、えと、シャル? これは……?」

「こ、これなら良いでしょ? 僕の半分一夏に上げるから。ね?」

 

 つまりはそう言うことーー俗に言うところの『はい、アーン』と言う奴である。まさかシャルロットがそんな提案をしてくるとは思いもしなかったからか、初めは意味が理解出来ずに一夏は戸惑う様な表情で目の前のパスタの絡まったフォークを見つめていた。しかし遅れてその意味を理解すると、途端に顔を何度目か分からないぐらい赤く染め上げていく。

 

「え!? あ、え!? それってシャルーー」

「だ、ダメかな? 今日のお礼、って訳じゃないけど……」

 

 一夏と同じくらい顔を赤くしたシャルロットが不安そうに一夏を見る。その仕草や表情がますます一夏から落ち着きを奪っていく。

(は、反則だろ、その顔は!)

 そんな顔をされて断る男はいるのだろうか。いや、いないだろう。回転の悪い頭で訳の分からないことを思いながら、一夏を意を決してフォークの先を口にくわえる。

 

「ど、どう? 美味しい?」

「お、おう……美味い、ぞ……」

 

 実際は味なんて分からない状態なのだが、取りあえず返事をする。その返事にシャルロットは思わずほっとした表情を見せる。

(あぁ! なんかもう……恥ずかしい! 色々恥ずかしい!)

 既に色々と限界を迎えている一夏だが、まだ終わりではなかった。

 

「えと、じゃあもう一口、いる?」

「え!? いや、でもそれ以上はーー」

 

 断ろうとする一夏だったが、途端に花の様な笑顔を萎ませてしまうシャルロットを見てしまったが為、断るという選択肢は泡のように消えてしまい、結局縦に首を振ってしまう。

 一夏の食事が運ばれるのにかかった時間は五分程だったが、その間に何度もシャルロットに食べさせて貰い、幸せと混乱がごちゃ混ぜになって色々な意味で腹一杯の一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに一夏とシャルロットが端から見ている方も恥ずかしくなるようなイチャイチャっぷりを見せていた時、店内ではブラックコーヒーの注文が殺到したのは余談である。またブラックコーヒーを注文した筈なのに飲んだらクソ甘くなっていたという苦情が殺到したのも余談である。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 両手に抱える大量の女物の水着を見ながら、何時になったら終わるんだろうな、とシンは呟かずにはいられなかった。

 

「ねえシン! これどう?」

 

 試着室のカーテンが勢い良く開き、鈴が姿を見せる。そのしなやかな肢体に纏っているのはワインレッドの布地の面積の少ないビキニであった。

 

「どう? シン、ドキドキしちゃう?」

「うーん……てかお前さあ、自分の体格考えて選びなーー」

「うっさい!! お世辞でも似合うの一言ぐらい言えないの!?」

「ほびぁっ!?」

 

 余計なことを言ったが為、鈴が振り下ろしたハンガーの一撃が諸に喰らうはめになってしまうシン。哀れだが半分自業自得と言わざるを得ない。

 

「あーもう!! さっきから何よ! そのやる気のないコメント!」

「んなこと言ったってなあ、もう二時間待たされてんだぞ。そろそろ決めろよ」

「じゃ分かったわよ! こっちとこっち、どっちが良い!? 二択なんだからはっきりしなさいよ!」

「む……」

 

 そう言って鈴はシンの目の前にズイ、と数着の水着を押し出す。こうされたらテコでも動かないだろう、潔く腹をくくりシンは慎重に水着を選ぶ。

 

「……左のがいいな」

「こっち?」

「まあ、そっちの方がお前らしくて良いと思うぞ」

「そ、そう? じゃあこれにするわ……」

 

 右のは多分着た後自分の豊満とは程遠い胸をさらけ出して後悔するだけだろうし、とは言わないでおく。

 取り敢えずシンが選んだ水着に満足したのか、手早く着替えを済ませて会計に向かう。それを認めてやれやれ、と思いながらシンは眉間に寄った皺を指先で解す。

(平和、だな……)

 そう思えるのは平和とは程遠い、戦乱の中にいたからだろうか。それ故にシンは、時折思ってしまう。この平和な世界に、自分という人殺しが居座ってしまっていいのだろうか。

(……よそう、こんなことを考えるのは)

 考えれば考える程ズブズブと深い泥沼の底に沈みそうな思考を止める。そして意識を切り替える為に深く息を吸い込むと丁度買い物を済ませた鈴がシンの元に駆け寄ってくる。

 

「お待たせ……ってどうしたの? そんな顔して?」

「いや、何でもない? それより何だよ? 水着買っただけで何でそんなデカい袋なんだよ?」

「う、うるさいわね! 女には男には知られたくない買い物ってもんがあるのよ!」

「あー、分かった分かった。分かったけどそんなデカいもん持って倒れるなよ?」

「アタシ代表候補生よ。こんぐらいでバランス崩したりなんかーーきゃっ!」

「あっ」

 

 そう言った直後に段差に躓き鈴が前に思い切り倒れる。寸での所でシンが抑え事なきを得るが、自然とシンの胸元に鈴が沈み込む形になってしまっている。

 

「お、おい。大丈夫か……?」

「……」

「???? り、鈴?」

 

 反応の無い鈴に恐る恐るシンは声を掛ける。見ると初め何が起きたのか分からなかった鈴だが、見る見る内にその顔を赤くしていった。

 

「お、おい、鈴? 落ち着けーー」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

「ふぼっふ!?」

 

 直後見事な正拳突きが叩き込まれ、シンは思わずその場でうずくまる。

 

「わわわわわわわわぁ!!!!」

「お、落ち着けぇ!! 鈴!」

 

 一方恥ずかしさで混乱状態の鈴はそのままシンを置いてどこかへ逃げる様に走り去っていき、その鈴を止めるべく、シンは腹を抱えながら走るという無様な醜態を見せながらもヨロヨロとした動きで鈴を追いかけに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 そしてそのシンと鈴を、憤怒の形相で睨めつける黒ウサギが一匹いた。ラウラである。

 

「な、なにぃ!? あの女豹がぁっ!! 兄様に抱きついていいのは私だけだぞぉぉぉぉっ!! おのぉれぇぇぇっ!!」

「ちょっ!? ラウラさん落ち着いて下さい! シンさん達にバレますし、他の人に迷惑でしてよ!」

「離せぇ!! あの化けの皮をこの手で剥いで、私の部屋の絨毯にしてくれるわぁっ!!」

「言ってることが過激とかそういうの通り越してますわよ!?」

 

 思わずISを部分展開までし始めるラウラに、まだこのくだらない尾行に付き合わされているセシリアが必死に制止する。尚も離せ離せと尋常な無い力ーーさしずめ火事場の馬鹿力ならぬ義妹のアホ力だろうーーで暴れまくるラウラどうしたものかと嘆きたくなるセシリアの耳に店内に流れるラジオの音声が入ってくる。

 

『夏と言えばやっぱり水着だよね! 中村君!』

『そうですねぇ神谷君。おっ○いマイスターの僕らには溜まらん時期ですねー』

『そう言えばハンドルネーム『パイオニア』さんからこんなメール届いてますよ。『今度義理のお兄ちゃんと海に行くことになりましたが、水着はどうしたら良いでしょうか? 義理の妹という立場を生かして定番ネタのスクール水着で狙うべきでしょうか、はたまた無難に可愛い水着にすべきでしょうか』』

 

 やたらピンポイントな質問だがそれに反応してラウラはピタリと動きを止める。あれ、とラウラの反応に訝しげな顔をするセシリアの耳に更にラジオの音声が流れ込む。

 

『いや、それは二次元(アニメ)の話でしょうよ。三次元(現実)を見なさい。そこは友達か何かに頼んで可愛い水着にしなさい』

『そういうもんですか? 僕はそんなことされたら『え? え? 何? もしかしてあれ? あれか?』ってなりますね』

『神谷君、気持ち悪いです。それはともかくリアルだと逆に引いちゃう可能性がありますからね。まずはーー』

 

「「……」」

 

 何故こんな内容のラジオが流れているのかはさておき、セシリアは完全に固まっているラウラを見る。その顔色は真っ青で言うまでもなくスクール水着で済ますつもりだったのが明らかである。

 

「あのぉ……ラウラ、さんーー」

「ぶるぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「っ!? ど、どうしたのですか!? ラウラさーー」

 

 突然妙な奇声を発したラウラに思わず後ずさりするセシリア、しかしラウラは更にセシリアに迫り出す。

 

「セシリア!」

「は、はい!」

 

 そして後ろのセシリアに向き返ったラウラは、何を思ったのかいきなり土下座し始めた。

 

「後生だ! 私に可愛い水着を選んでくれ!」

「……えぇっ!? ラウラさん!?」

 

 突然のラウラからの懇願にセシリアが戸惑うが、ラウラはセシリアのロングスカートの裾を掴むと必死の様相でセシリアを見上げてくる。

 

「い、いきなりそんなこと言われましても……というか鈴さんはどうしたのですか!?」

「そんなもの後回しだ! 学園に戻ってから桂剥きにすれば良い話だ!」

「どの道鈴さん決定事項なのですか!?」

「それよりもだ! 水着で兄様に嫌われたり等されたら……私は……私はぁっ!!」

「ラウラさんお願いですから静かにーー」

「一生のお願いだ! 今この場で頼めるのはお前しかいないのだぁ!!」

「わ、分かりました! 分かりましたからしがみつかないで下さい! スカートが延びますわ!」

 

 必死に振り解こうとするも必死にしがみつくラウラにセシリアは何でこんなことをしているのだろう、と何度目かも分からない呟きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 時というのは人のその時の感情に反して長く感じることもあれば、驚く程早く流れてしまう。この時は後者であり、気がつけば夕時になっていたことに気がついた一夏は最後にレゾナンスの外れの広場に踏み入れていた。勿論その隣にはシャルロットの姿もあった。

 

「ふう……今日はどうだった? 楽しめたか?」

「うん。あ、でも大丈夫、一夏? 僕の荷物まで持って……重くない?」

「ああ、平気平気。女の子に重い荷物は持たせられないしな」

 

 そう言って一夏は手をブラブラ振る。実際は両手に二人分の荷物を抱えてかなり辛いのだが、そこは男の意地というべきか、なんでもない様に見せる。

 そんな一夏にシャルロットはありがとう、と告げ、優しく微笑む。その天使の微笑む、そして何よりオレンジに染まる夕日の光を浴びたシャルロットの、その幻想的な姿に一夏は心臓が跳ね上がる様な気持ちになる。

 

「? どうしたの、一夏?」

「っ!? い、嫌! 何でもない!」

 

 まさか見惚れていた、等と言える訳が無い。不思議そうに見つめるシャルロットに慌てて一夏は話を反らそうとする。

 

「そ、それで? シャル、俺に聞きたいことってなんだ?」

 

 一夏とシャルロットがこの広場を訪れたのはシャルロットが聞きたいことある、と言ったからだ。一夏の言葉にシャルロットはしかし、曖昧な返事で返してしまう。その表情は先程と打って変わって沈んだものに変わっていた。

 

「シャル?」

「あ、うん……」

 

 言いよどむシャルロットに一夏はどうしたのだろう、と思い声を掛ける。暫くして、シャルロットが口開く。

 

「……その、この間の教室のこと、なんだけど……」

「っ!!」

 

 シャルロットの聞きたいことを理解した一夏は自分の意志と関係なしに強ばっていく頬の筋肉を知覚せずにはいられなかった。その一夏にシャルロットは申し訳なさそうな表情をしながらも言葉を続ける。

 

「ゴメンね、嫌なことを思い出させて。でもどうしても聞きたかったんだ。何だか、あれから一夏が違って見えちゃって……」

「……」

 

 シャルロットのどこか寂しく、悲しげな響きの言葉に、一夏は只黙って空をゆっくりと見上げる。その行為は一夏にとってどういう意味があるのか、それは一夏自身にも分からない。言うならば、そうせずはいられない、としか他に言いようが無かった。シャルロットが触れた話ーーあの教室での出来事は、一夏にとって忘れることの出来ない古傷を抉ってしまったのだ。

 暫くして、一夏はゆっくりと、言葉を紡いでいく。

 

「どうして、なんだろう……? 俺にも分からない……でも、多分、俺は……怖いんだ」

「一、夏……?」

 

 怖いとは一体何のことなのか、シャルロットは思わず戸惑いの声を上げる。一夏は首を下げ、その瞳の先をオレンジ色に染まった空から、燃える太陽が沈もうとする地平線に映す。太古より変わらぬ自然が作り出すその景色、しかし一夏の瞳にそれは入らず、薄暗い、寒々しい光を灯していた。

 

「俺の両親の話、覚えてるよな?」

「うん……」

 

 一夏に聞かれ、シャルロットは思い出す。シャルロットの正体が明らかになった時、一夏が告白した話ーー一夏と千冬を捨てて蒸発した両親の話を。以前デュノア社で読んだ資料には研究者と書いてあったけど、と思考を走らせるシャルロットの耳に一夏の言葉が入ってくる。

 

「両親が俺の目の前からいなくなって、俺は分からなくなった。これまで信じていたものが、俺が愛し、愛してくれた、大事な人達がいなくなった時、人を愛すること、人に愛されることが何なのか、分からなくなった……」

 

 幼い頃に失った、親からの愛情、成熟していない幼子が受けた心傷は心身共に成熟しても癒えず、それは一夏の中でトラウマとして残り続けていた。愛すること、愛されること、それを知らず育った目の前の少年にとって他者からの愛は過去の記憶を呼び戻し古傷を抉るナイフでしかなかった。

 

「だから……怖いんだ。誰かを愛して、愛されて、それでまた俺の前から消えてしまうのが、何より怖いんだ……」

「一夏……」

 

 その一夏の痛みに耐える様な表情にシャルロットは顔を歪ませる。過去の、辛い記憶を思い出し震える一夏の右手、それを包もうと、手を伸ばすも、それは無意識の内に振り払われた一夏の手の動きに阻まれる。

 

「あ……」

「……ごめん……」

 

 自分の意思と関係無く動いた右手を一夏は左手で押さえる。それは堪えきれず表に出た一夏の中の怖れの感情、それをひた隠しにする仮面の感情、そのようにシャルロットは思えてしまう。

 

「……変、だよな? 訳分かんないよな? 俺も分からないよ。お前を守りたい、そうお前に誓ったのに……」

 

 もう止めて、シャルロットはそう叫びたくなった。そんな辛そうな顔をしてまで言わなくて良い、シャルロットは一夏を止めたかった。しかしシャルロットの思いに関係なく、一夏の言葉は続く。否、それは言葉ではなく、只の感情であった。

 

「どうしたらいいのか、分からないんだ。誰かに愛されるのが怖くて、それでも誰かと繋がっていないと、孤独に押しつぶされそうで……

 

 

 

 

 

 

俺は……本当の俺は何が欲しいんだ……?」

 

 その言葉、そしてその表情ーー泣いている様で涙が流れない、いや、流せないその表情にシャルロットはそうか、と理解する。一夏もまた、シャルロットと同じなのだと理解する。シャルロット・デュノアがシャルル・デュプレという仮面と同じ様に、一夏もまた仮面を被っている。人を愛することを怖れる心と孤独を怖れる心、二つの二律背反した心に押しつぶされそうなのを誤魔化す為、仮面を被っている。

 それに気づいた時、シャルロットはどうしようもなく哀しくなってきた。本当はとてつもなく辛い筈なのに、それを人に見せることなく無理にでも笑い、自分自身ボロボロの癖に人に優しくし、それでいて人から寄せられる想いを過去の辛い経験から上辺だけで受け取ろうとしない、そんな彼のことがこの上なく哀しくなる。

 

「俺は……一体何なんだ? 誰も愛せない、空っぽで薄っぺらで、悲しいと思えても涙も流せない、そんな俺に何が守れるんだ……こんな俺に守る資格なんてーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、いいよ、一夏」

 

 

 

 

 

 

 何故そうしたのか、それはシャルロットには分からなかった。只気がつけばシャルロットは一夏を抱き締めていた。そっと包み込む様に優しく、それでいてしっかりと一夏の言葉は途切れる。

 

「シャ、ル……?」

 

 シャルロットに抱き締められているのだと理解できていないからか、戸惑う様な色の声が一夏の口から漏れる。シャルロットはそれに答えず、只先程より強く抱き締める。

 不思議と、恐怖を感じなかった。只、優しくて、懐かしい温もり、それがシャルロットの身体からトクトクと伝わってきた。

 

「それ以上は言わなくていいよ、一夏。言わなくても、伝わってくるよ、一夏の心が、思いが……」

 

 一夏にシャルロットの温もりが伝わる様に、シャルロットにも一夏の温もりが伝わってくる。温もりだけではない。悲しみ、苦しみ、憎悪、それらの感情が冷たさとして伝わってくる。

 でもシャルロットは知っている。この冷たさは彼の心の表面を覆っているだけなことを。その奥に隠されたものがどれだけ温かいかを、シャルロットは知っている。

 

「空っぽでも、薄っぺらでもないよ。だって一夏は、こんなに優しいんだから」

「……優しい? 俺、が?」

 

 正直一夏は自分が優しい人間だとは思えなかった。端から見れば一夏という少年は他人に優しい人間に見えるだろうが、一夏にとってその行為は、自分と他人を繋ぎ止める為の手段、孤独を恐れるが故の一つの自己防衛でしかない。そう一夏は、自分を決めつけていた。

 しかしシャルロットはその一夏の、心の否定の言葉を感じ取ったのか、一夏は優しいよ、と繰り返す。

 

「そうだよ。そうじゃなきゃ、僕ーーううん、私のことを守るなんて言わないよ。本当に優しいから、男の子だった僕は、女の子の私に戻れてたんだよ。私にかかっていた魔法を、一夏は解いてくれたんだよ」

 

 だから、とシャルロットはそっと、しっとりと、そして柔らかなその唇を一夏の耳元に寄せる。何故だろうか、身体が自分の意思に従わず、動こうとしない。しかしそれは過去と言う名の鎖がそうさせているのではなかった。

 

「今度は私の番。

 

あなたにかけられた魔法を私が解いてあげるよ……

 

一夏……

 

 

 

 

 

 

大好き……」

 

 

 

 

 

 

 その言葉と共に、シャルロットは一夏の頬に優しく、口づけを落とした。そっと触れるだけの口づけ、しかしそれは、一夏の中に一つの熱を与えた。

 

「シャル……」

 

 呆然とする一夏にシャルロットは、彼を抱き締めていた腕の力を緩める。そして静かに、祈りの言葉を、一夏に捧げる。

 

 

 

 

 

 

「何時になるか分からない……

 

だけどきっと

 

あなたの心からの笑顔を

 

 

 

 

 

 

私があげるから」

 

 それを最後に、じゃあ僕着替えてくるね、とシャルロット・デュノアではなくシャルル・デュプレになった少女が走り去っていく。

 後に残された一夏は一言も返すことが出来ず、只呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 その胸の内には、これまで感じたことのない温もりが残り続ける。

 

 それは絶えることなく一夏の、心の奥底に沈んでいた何かを呼び起こし

 今まで忘れていた何かを思い出させようとする。

 

 そして、一夏の心の中で何かが、変わろうとしていた。

 




どうも。パクロスです。最近ネーミング付けの素材集めで神話とか色々読んでるパクロスです。

長かった~。いつもの倍近い時間かかった~。それもこれも原作じゃ唐変木とか色々言われているアイツのせいですね。
今回の構成簡単に言いますと
ラブコメ:シリアス:ギャグ=5:4:1
ですね。
兎に角今回一夏とシャルにスポット当てた感じですね。ラブコメ面ではシャルが一夏に食べさせる所。描いてて途中で「うわぁ……何コイツら……」って気分になりましたね。もう、糖度100%ですね。原作じゃ一夏がシャルに食べさせる件をここじゃ省いちゃいましたからどっかで書こうと思っていれたこの様ですよ(笑)。まさかの一夏が食べさせてはもらうという……あぁっ!恥ずかしい!(おいおい)

で、ギャグの大元になっているヨウランと弾……これは結構前から練ってたネタなんですよね。この「覚醒伝」って基本ドシリアスな展開ばっかりですから気分のリセットには丁度良いかな、って思ってます。一応第四章と第五章、後第八章ぐらいでコイツらメインのギャグ回仕込む予定でござんす。

で、最後のシリアス……これの為に普段より時間かかったと言えますね。もうこれどう表現しようか悩みまくって、おまけ書いてる最中すげぇ気分がナーバス気味に……。
前回もありましたけど、一夏が唐変木なのって、やぽあり過去の出来事がトラウマになってるからじゃないかと私思いますね。親に捨てられたと言う事実が一夏に誰かを愛することへの……なんと言いますか、恐怖とかそう言った感情とかを抱かせてるんじゃないかと思います。何かこう、上手く言えないんですけど、友達としてなら接せられるけど、それに愛とか恋が絡むと駄目になる感じですね。この作品の一夏は。そんな一夏の心をシャルはどうやって癒やしていくのか乞うご期待下さい。

と言う感じで今回は以上です。正直ちゃんと矛盾なく書けたか微妙です。ああ、心理描写は書くのすげぇキツくて大変ですわ。でもそれがこれから何回もあるという鬼畜仕様(ガクガクブルブル)
何とかこれからも頑張って精進致しますので宜しくお願いします。
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