青空めざせ!   作:みのるん

9 / 10
幸せを祈る




第9話 福音

この地方はあまり雪が降らない。だから、街に大雪が積もって道路を塞ぐことはないし、毎日雪かきに追われる冬を過ごすことはない。

道路が凍って滑ることがあるのは、前世もおんなじだったなあ。わたしなんて、家が坂の上にあったから、学校に行く朝が憂鬱だったんだ。転ばないことがなかったから。

 

 

###

 

 

どんよりとした曇りだった。重々ししく流れる灰色の濁った雲は白い雪と、白い街に陽を届かせない。

街の東エリア、他の街と隣接してる山のすぐ近くに教会があって、墓があった。

均等に並べられた十字の墓にはそれぞれの名前があって、日々多くの人々が祈りに来る。

 

カイリは、先日新しくできた墓の前に居た。

そして、目をつぶって祈りを捧げている。その墓には、ウォルグの姓が彫られてあった。

 

 

 

カイリの母は先日、息を引き取った。

元々、カイリの母は病弱で、あまり外に出ることはない。風邪を引くと熱を出して寝込む程で、インフルエンザなんて掛かった日には入院しなければならない。いつも偏頭痛に悩まされているカイリの母親は、そんな自分の体を完璧に把握していて、絶対に無理なことはしなかった。

 

病気であるから、補助金が出るのである。働けない体だからこそ、カイリとその母親は生活費や教育費の援助を貰えていたことを母親はしっかりと理解していた。

 

しかし、母親は過労死と断定された。

謎の心臓麻痺での死だった。

 

 

 

長い黙祷の後、カイリは首から提げた母親の形見を握り締め、そして墓の前から去った。

 

 

###

 

 

カイリはこの頃、学校が終わった後はずっと山に籠るようになった。これは、カイリも自覚していることだ。ジャックが街を発ってから、また遊ぶようになった友人達とも、顔を合わせることがなくなっている。

ただただ、石を的に投げ続けたり、ゴムを使って硬い石を飛ばしたりもした。腕で構えた矢を放ち続けた。自分で買った刃物で木の幹を切り刻んだ。

 

そんな気力も湧かない時には、冷たい雪の上に寝転がって、体の上にこんもりと雪の山が積もるまで空を見上げたり、凍った池の上で釣竿を垂らしてみたりした。カイリは掌の上にコロコロと、母の形見、不思議な色をした石コロを転がす日々を送り続けた。

 

そんなカイリを見て、カイリの師匠を勤めるゴードンは何も言わなかった。でも、ある時、一回だけだったけれど、ゴードンはカイリの髪をグシャグシャ掻き回したことがあった。この時だって、ゴードンは何も言わなかった。カイリも何も言えなかった。

カイリは丸太のようなゴードンの腕が頭の上に乗ったとき、重くて苦しくて、胸が痛んだことを覚えている。喉元まで何かが込み上げる感触があった。

でも、ぼんやりとした頭に乗せられた大きな手が、少しだけカイリに安心をもたらしたことは事実だ。

 

 

 

 

そして、今日もカイリは山に居た。

的に向かって、いつものように石を投げる。最初の頃と比べて、ずっと飛距離が上がったようだ。

そして、いつものように、指先の感覚が消えるまで紐を振り回す。耳がキーンと鳴って、吐く息も白さを無くす。

 

「やあカイリくん!!!!こんにちは!!!!練習は捗っているか!?!?」

「捗ってまーす。」

 

そして、いつものように軽口を叩く。

基本的に、ゴードンはナイフ術以外のカイリの修行に口は出さないが、カイリに休憩を求める際には声を掛ける。それまでは、何処にいるかはカイリも知らないが。

カイリはゴードンをちらりと見て頷いた。

 

 

 

「ところでカイリくん!!君が持っているソレ……。

 

ソレ(・・)はなんだ!?」

 

大きめの、木の足元に転がっている石を椅子にしてカイリとゴードンは休憩を取っていた。

時刻は昼を回っており、カイリは手製のサンドウィッチを食べている。挟まれた野菜はベチャベチャとした水気を孕んでいる。下手くその味だった。

 

ソレ(・・)?ソレ……それ……、もしかしてこの石ですか?」

 

カイリがゴードンに見せたのは、カイリが首から提げるようになったペンダントだった。銀色の鎖でできており、鎖には不思議な色合いの()が繋がっている。

その石は、陽光を反射することで様々な輝きを見せている。角度によって見える色が違うのだ。今は、丁度夕焼けのような、暖炉の灯りとも呼べる炎の赤色をしている。

カイリの問にゴードンは頷いた。

 

 

「あー……。形見なんです。お母さんが持ってて、私にくれました。」

 

 

ゴードンは神妙な顔をしてカイリの言葉を聞いた。

そして、言いにくそうに、苦虫でも噛んだような渋い顔をカイリに見せた。

「………………カイリくん。最近、何か不審な……いや、困ったことはないか?」

「はあ?」

 

 

###

 

 

カイリは、ゴードンとの不思議な問答の後は、家に帰ることにした。

ゴードンからの質問で、カイリはやっと家に残された問題───葬儀代・火葬代の支払い、補助金の申請に生活費の工面など───の整理をしようと思い立った。今まで後回しにしてきたが、いつまでもそうするわけにはいかない。学校も通信制にしてバイトを増やそうと考えていた。

カイリはお金の問題には敏感だったのだ。

 

 

 

そうして昼も過ぎ、おおよそ家に居る人間がおやつを楽しんでいる時間に、カイリはトボトボと歩いて自宅に向かっていた。

───あっつい……。

 

雪は溶けていて、踏み締めるたびに不快な音を奏でいている。今日は、冬の割には気温が高い。

 

───流石に、耳当てはいらなかったかなあ。

 

カイリは、連日の寒さに負けて、耳当てをするようになったのだが、今日はいらなかったと思った。耳に熱が篭っている。

カイリは、耳当てを外した。

 

その時、カイリは車の音に気付いた。

 

「……?」

 

背後から聞こえ始めた車の音に、カイリが振り返ると、白いトラックが目の前に迫っていた。

 

「え。」

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

【福音】

 

 

 

 

かわいいなぁ、かわいいなあ。

 

真っ白い部屋の中で、‘わたし’は思った。

 

体が怠くて動けないのはいつものことで、‘わたし‘は目の前にいる‘あなた‘の涙を拭うこともできない。

 

‘わたし‘にそっくりの、黒くて青い不思議な髪が見える。濃藍って言うのかな。‘わたし‘も、おかあさんから遺伝したのよ。

 

ポロポロと、零れる涙がきらきら輝いている。‘わたし‘の碧眼だなあ。青くて、きれいで、海の色なんだよ。

 

かわいいなあ。かわいいなあ。‘わたし‘の###。

 

 

 

 

体が動かなくなる。指先から力が入らなくなる。瞼を持ち上げることも億劫になる。眠たくて、でも眠りたくない。胸が苦しくて堪らなくなる。次に目を覚ますことはないだろうと、私は知っているから。

ぼんやりとしてくる頭が恨めしい、怨めしい。ぬるま湯に浸かっているようで、そうではない。横たわるベッドの背後に亡者が迫る想像ができてしまう。私に伸ばされた手は、既に半身を引き摺り込もうとしている。

 

けれど、これでいい。###が生まれて10年を生きた。

 

 

次は###の番だ。

 

 




第9話 完

地獄への道は善意で舗装されているぞ。

主人公はだんだん夢見がちから醒めてくる。
なんとか完結には漕ぎ着けたい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。