東方Exproject   作:もずもず

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 チルノをシバいた後。魔理沙を追って霧の湖まで駆けつけた霊夢がそこで目にしたのは壮絶な光景だった。

 霧の湖上空に差し掛かった辺りから視界に赤く大きな館が、見えていた。その館を囲む塀と門が半壊。その先に見える館は天井の一部が崩壊していて、明らかに何者かが無理矢理侵入した痕跡があった。そしてその侵入者というのが誰なのかは考えるまでもなく察する事ができる。

 

「魔理沙のヤツ……ハァ~」

 

 犯人の名前をこぼしながら深い溜め息をつく。魔理沙がしでかす出来事は大体が良くない方向へ進む。途端に苦い思い出がフラッシュバックするが、考えないようにして、半壊した門の前に降り立つ。

 酷い荒れようで、鉄の門が数メートル先に飛び散っている。

 

「……ん?」

 

 よく見ると、飛び散った鉄塊の先に、人が一人倒れ込んでいる。チャイナ服を着たスタイルの良い女性。きっと魔理沙の被害者だろうと駆け寄る。

 

「……息は、してるみたいね」

 

 外傷もなく、これといって瀕死でも重体でもなさそうだった。

 しかし、いくら肩を揺らしても、身体を浮かせても、蹴っ飛ばしても起きる気配が無い。どうしたものかと思った。いくら死んでないとはいえ、このままここに置き去りにしてしまえば妖怪や妖精に襲われるかもしれない。そうとなれば無闇矢鱈に放置など出来ないし、もし館の関係者なら彼女を助けたことによってこの異変の平和的解決も可能かと考えた。チャイナ服の女性の腕を肩に回して支える。

 

 だがそもそも、霧が流れてきた方向にやって来ただけで、霧の発生源が今目の前にそびえる館だとは言い切れない。

 

「言い切れ――」

 

 視線を上に、赤い館のてっぺんから霧が放出され続けているのを確認出来た。

 

「まぁ、そうね。魔理沙が突撃した館だものね……さて、どうしましょうか……」

 

 重い足取りで、荒れた庭園を抜け、館の扉に手をかける。

 

 重く鈍い音が鳴り響いて、エントランスに足を踏み入れる。エントランスは荒れ果てた外観とは打って変わって綺麗だった。本当なら、外の庭園も美しい花々で飾られていたのだろうが、魔理沙のせいで……もしかしたら、平和的解決出来るラインは既に超えてしまっているかも知れない。

 

「ごめんくださーい!」

 

 取り敢えず、館に居るか居ないか不明の住人に声をかけてみる。数秒待っても返答が無いので、誰もいない可能性を考慮しつつ、足を一歩踏み出した時――

 

「――ッ!?」

 

 霊夢の眼前に、白銀のナイフが現れた。

 飛んできたでもなく、そこにあったわけでもない。

 どこからともなく、音もなく風もなく、気配すらなく突如としてそこに現れた。

 

「あ、っぶない……」

 

 眉間目掛けて放たれたそのナイフを霊夢は驚異的な反射神経掴み取った。間一髪。身体能力が人間離れしている霊夢だからこそ受け止められたナイフだった。

 霊夢の命を狙った一投から敵の攻撃だと確信し、追撃に気を張る。 

 空気の振動を感じ、エントランス中央に構えられた階段の先に目をやると、また何もない所からメイド服に身を包んだ少女が現れた。

 それに、霊夢の肩に腕を回して眠っていたはずの少女すらも、メイド服の少女の傍らにいた。

 

 チャイナ服の少女は慌てふためき、メイド服の少女の方に向けて何かを訴えかけていた。

 

「いやいや! 私は寝てませんよ!? 気絶はしていましたけれど!」

 

 全く目を覚ます気配が無かった少女が、目を覚まして一瞬の内に移動していた。そんな不思議な光景にただ目を奪われる霊夢を見て、メイド服の少女は隣の少女に鋭い目を向けて。

 

「あまり貴女に期待はしていないし、今はそれどころでは無いの。美鈴」

 

 霊夢をナイフで指すメイド服の少女、次いで美鈴と呼ばれたチャイナ服の少女も霊夢を見る。

 

「見たところ、ただの人間のようだわ。さっきまで眠っていた失態は見逃してあげるから、貴女は貴女の仕事をしなさい」

 

 美鈴の本職はここ紅魔館の門番。この館への侵入を試みる者を排除する者。

 

「はいっ! さっきの失態の分はここでしっかり取り返してきますよ!」

 

 二階から階段を超えて一階へ飛び降り、構える。中国拳法にも似た独特の構え。

 

「じゃあ、私はパチュリー様の方へ向かうことにするわ。よろしく」

 

 美鈴と霊夢が向き合ったことを確認してから、メイド服の少女は背を向ける。

 

(パチュリー様の方の人間は少なからず魔力の気配がしていた……こちらよりは万が一がある)

 

 パチュリーの援護へ向かうため、図書館へ直通の扉を開いた。その刹那、背後から、地面を叩いた振動と破壊音が聞こえて来た。その轟音に人間相手にやりすぎではないかと少し感じたが、ここ紅魔館への侵入者は生かしておけないとも思い。黙って歩みを進めていた。だが、

 

「待ちなさい――」

 

 聞こえてきた声に、驚き振り返る。

 

「……ここまで運んできてやった礼も無い。いきなりの訪問者に有無を言わさずナイフを投げる……どうなってんのよこの館の教育は!!」

 

 美鈴が地面に突き刺さっていた。そして人間のはずなのに、妖怪である美鈴を一撃で倒した霊夢が酷く怒っていた。

 今まで主に害をなそうとする者は数多くやって来た。それ故に、多少の危険な存在というものを見比べることが出来る。だが、今目の前に居る存在は、今まで見てきたどんな危険とも似ない。新たな外敵。何としてでもここで消さねばと思った。

 

「失礼。名前を聞いても?」

「博麗霊夢よ」

 

 その名前には聞き覚えがあった。ここ、幻想郷の治安維持に務める博麗の巫女の名。

 だが、今代の博麗の巫女は混じりっけなしのただの人間。能力はお粗末なものだと聞かされていた。人間が美鈴を倒せるはずもない。

 

 ならば、何か隠し玉があるのだと。思うのも無理はない。

 

「私は、十六夜咲夜と申します」

 

 メイド服の少女は咲夜と名乗った。

 

「本日は何のご用でしょうか」

 

 霊夢の目的を訊く。

 

「あの赤い霧を止めてほしくて来たの」

 

 霊夢の目的を聞き、眉をひそめる咲夜。

 

「申し訳ありませんが、それは出来かねます。我が主の命ですので」

 

 軽く頭を下げながら、否定する。

 

「主とやらに会わせてもらおうかしら」

 

 霊夢が埒が明かないと、咲夜との会話に出てきた主と話をしようと考えていると。

 

「それは、不可能だと」

「……なんで?」

 

 咲夜の瞳が変わる。

 

「貴女は、ここで――死ぬ運命だからですわ」

 

 用事を聞いていた時の接客状態から標的を排除する、戦闘状態の瞳へ。

 紅魔館全体の空気が淀んで、霊夢の目線の先から、ナイフが一本飛び出す。

 

「――同じ事ばっかで、芸がないわね!」

 

 飛んでくるナイフを避けて、柄の部分を掴み取る。

 

「武器、もらいっ」

 

 咲夜の持っていたナイフを手にした霊夢。

 咲夜はその場から動かず、ただ静観していた。

 ナイフなんて身体のどこにでも仕込める暗器。戦闘に一本しか持ち合わせていないとは考えづらい。攻撃のタイミングを狙っているはずなのに、そんな動作が一切見えない。ナイフを取り出すぐらいなら、動いてもいいはず――霊夢の長考が、痛みによってかき消される。

 

「痛っ――!!」

 

 霊夢の背中に、今手に持っているものと同じナイフが刺さっていた。

 いつの間にナイフを抜いて投げたのか、いやそれより、いつの間に霊夢の背後に回ったのか。謎が謎を呼ぶ。敵の能力を図りきれない情報不足の中、攻撃の一手を探す時間の経過に焦る霊夢。

 しかし一向に攻撃に移らない咲夜にどこか違和感を抱いて、ある一つの仮説に辿り着く。咲夜は、霊夢が何か隠し玉を持っているのだと考えているんじゃないかと。

 実際、咲夜の初撃のナイフと二撃目は掴み取った。これは何でも無い霊夢自身の動体視力によるものだが、咲夜から見れば人間離れした行動。何か秘めた力を隠していても不思議じゃない。極めつけには美鈴の瞬殺。あれはそもそも霊夢を軽視していたことと、初めから霊夢の得意な近接戦闘だったので不意を尽き一瞬で沈めただけだった。

 それでも、ただの人間に出来る芸当では無い。天才的な戦闘のセンスを持ち得た霊夢だからこそ出来たこと。だがそれだけでも、咲夜の脳裏には様々な可能性が浮かび上がる。例えば、霊夢の能力が咲夜の主と同じような反則級の能力だったりするかも知れない。そう考え出してしまえば、もう咲夜は動けない。そんな予測が、霊夢の中で存在感を増していく。

 

 

 

 事実、その通りだった。

 咲夜は、自身の知識と目の前の現実を照合して、そのジェネレーションギャップに困惑していた。

 博麗の巫女は、代々受け継がれてきた圧倒的霊力でゴリ押しする大胆不敵な存在だと。調べた結果ではそう云われていた。だが今代の博麗の巫女はその霊力を受け継げなかったと聞いた。となれば単なる人間、ここ紅魔館に人間以下の存在は居ない。だからたとえ博霊の巫女が異変解決にやって来たとしても何も問題は無いと思っていた。

 だが、現実は全く正反対で、美鈴は一撃で屠られ。今、二度不意を付いて尚咲夜のナイフは届かず、ようやく届いた三本目も深く刺さらなかった。

 ただの人間だとタカを括っていたツケを今まさに払い戻されていた。困惑と迷いが生まれだしていた。しかし、三本目のナイフが刺さった事実に、気を取り戻す。

 考えれば分かること。霊夢の力の半分タネは割れている。人間が妖怪達と渡り合う手段は『程度の能力』が優れているからに過ぎない。咲夜もその部類。人間でありながら、超常的な能力を手に入れて妖怪達と同等の力を持つ者。

 奇しくも、二人の状況は似たようなものだった。今の二人が、目の前の相手に勝利するには、相手の『程度の能力』を暴くことが大前提であった。

 

「その程度?」

 

 霊夢は、自分が現段階では咲夜に強行されれば負けることは必定なので、あくまで上からのスタンスで戦うことを決める。能力の相性など意に介さない、圧倒的火力があることをアピールする。

 

「……まだまだ、これからですよ!」

 

 咲夜はもう一度、真正面からナイフを投げる。それは今までと同じように、霊夢の目前から現れる殺人ナイフ。

 しかし、簡単に払われる。焦っていた思考を取り戻しながら、咲夜は一つ予測を立てた、三本目の霊夢の背中に刺さったナイフから霊夢の能力は視界に捉えられたものに対して発動する能力なのだと。能力の詳細が分からずとも、背後からの攻撃は通るのだからその攻撃に尽力を賭すべきだと考えた。

 

 背後を狙う攻撃を続けていけば、いつかは能力の秘密も分かるだろうと一定以上の距離を保ちつつ、ナイフを一本正面から、背後からもう一本投げる。

 

「――二度、同じ手は喰わないわよ!」

 

 だが、正面から飛んでくるナイフを掴み取った霊夢は、素早く後ろに振り返り、背後に投げられたナイフも叩き落とした。

 ナイフが地面に落ちて、鋭い音を響かせる。しかし、背後の攻撃にも対応してくるだろうと、予測していた咲夜は霊夢が後ろに振り返った瞬間、もうすでにナイフを投げていた。先程と同じく三本目のナイフが霊夢をもう一度抉る――かと思われたが、霊夢がいきなり身を屈めると、そのまま扉の方へ全速力で走る。まるで、咲夜から逃げるように。

 

(……! そうか、壁を背に、弱点を無くそうと――)

 

 霊夢の行動の意味を察する咲夜だったが、違った。

 霊夢はずっと咲夜に背中を向けて、扉を開こうとしている。既に、外から鍵を掛けて居ることにも気づかないで、必死に。

 ネズミのように逃げ道を漁る霊夢に、咲夜は全ての理論が崩れ、新たな確信を得た。

 

 やはり、博霊霊夢はただの人間だった。身体能力が人間離れしているだけの、ただの人間。ならば、どんなことをしても負けようはない。咲夜と同じかそれ以上の能力を持っているものだと錯覚させるような話し方にも惑わされた。パズルのピースが全て綺麗に嵌った快感に震え、咲夜はもう一度ナイフを構える。

 今度は確実に、ナイフを貫かせる。そのため、咲夜は一歩ずつ霊夢に近づいていった。身体能力が驚異的なのは事実なので、それなりの距離を開く。霊夢の全速力も先で見ているので、不意をついて走っても手が届かない程度の距離まで詰める。

 

「その扉には鍵を掛けてあります。逃げ道はありませんよ?」

 

 袋のネズミ、霊夢に声をかける。咲夜の言葉に放心したのか、扉を掴んだまま、動かない。

 

 

 

 

「逃げようなんて、思っちゃいないわよ」

 

「それならなぜ、そこから動こうとしないのですか? 負けを認めるんでしょうか。まあでも貴女が死ぬことに変わりはありませんが」

 

「いや、逆ね。勝ちを宣言させてもらうわ」

 

 咲夜の能力。それは『時間を操る程度の能力』時間を止めることを戦闘で活躍させている。時を止め、ナイフを投げて、時間停止を解除すれば、霊夢から見れば虚空からナイフを現れてきたかのように見える。しかも、時を止められている時間は無限。確かに調べたことはないが、その気になれば何時間だって止めていられる。

 しかし、咲夜のその完全無欠の能力にも制約がある。それは、咲夜が触れている間は触れているモノも時間停止の世界に一緒に来てしまうこと。咲夜の手に触れた状態で時間停止の世界に入ったモノは咲夜の手から離れた瞬間から五秒だけ動くことが出来るというルールがあった。

 だから、霊夢が動いた瞬間。否、動こうと筋肉が何らかの動きを見せた瞬間、時を止めてこの勝負を終わりにしようとしていたのに。

 

 霊夢は、何の予備動作も無しに身体を固めたまま、走るスピードより早く咲夜に体当たりする。

 

「私の能力、気になっていたでしょ? 教えてあげるわ『空を飛ぶ程度の能力』よ!」

 

 バランスを崩した咲夜の首に腕を回して、裸絞にかける。

 

 

 あの時、美鈴が霊夢の肩から引き剥がされたときに、既に咲夜の能力が時間停止であることには気づいていた。そして、その時止めは咲夜が触れたものも対象になると、推理していた。ならば次はどうにかして咲夜に近づかなければならない。それなら、と最初のナイフを回避したことをネタに如何にも強い能力を持っているかのように振る舞ってみせた。そして次の攻撃も、避けて一か八かだったがナイフを取ろうとした。結果取れたのは本当に奇跡だった。

 咲夜の警戒心と敵の能力が分からないというストレスが限界まで高まった状態で、霊夢は逃げ出す。何の策も無いフリで。そうなれば咲夜も今まで霊夢が防戦一方だった事実に気づく。そうなれば後はもう疑わない。カタルシスの解放に、霊夢の背中にしか目が行かない。

 そのスキをついて、今まで見せてこなかった霊夢の隠し玉。空を飛ぶ程度の能力で筋肉を一切動かすこと無く、咲夜の背後に回ることが出来た。

 

 霊夢の腕を外そうともがくが、そもそも近接戦闘があまり得意ではない咲夜とホームグラウンドの霊夢。力の差は歴然で――

 

「勝った! 第三部か――」

 

 咲夜が気絶する、ほんの二三秒前。霊夢が勝ち名乗りを上げたその瞬間だった。

 

「咲夜――一体これはどういう事だ?」

 

 絶対零度より冷えた声が、霊夢と咲夜の耳元で鳴る。







【あとがき】

咲夜さんはなかなか思慮深いですから、最初から霊夢が身体能力おばけじゃないかと疑ってます。疑いつつも、何か能力を隠していないかと疑ってもいました。

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