【書籍化】逆行の英雄 ~無才の少年は、幼馴染の女勇者を今度こそ守り抜く~   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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閑話 剣聖の苦悩

 街全体を巻き込んだ戦いから数日後。

 リン達の必死の治療の末、兵士達が動けるようになり、街の復興が進む中。

 エルフの『大賢者』エルネスタ・ユグドラシルは、宿泊場所として提供されている街長の屋敷のとある一室に無断で侵入し、この部屋で寝泊まりしている人物の帰りを待ち伏せしていた。

 目的は、その人物のメンタルケアだ。

 一緒に酒でも飲んで愚痴を聞いてやるつもりでいる。

 

 今回の一件、特に心に大きな傷を負ったのは三人だ。

 

 一人はステラ。

 目の前で、弟のように可愛がっていたレストの死と獣王の蛮行を目撃し、悲しみと仇を取れない事への苦悩で板挟みになっている。

 だが、彼女に関してはアランがなんとかしたらしい。

 完全とは言えないまでも、今はそれなりに立ち直って、リンの愚痴を聞いている。

 相変わらず、あのカップルはとりあえずセットにしておけば上手くいくものだなとエルネスタは感心していた。

 同時に、はよくっつけと呆れてもいた。

 

 そして、もう一人はブレイド。

 こちらはステラよりも重症だろう。

 魔族に操られた弟を止めようと誰より先に駆け出したはいいものの。

 結果として、その弟に完膚なきまでに叩きのめされ、これでもかと心を抉る言葉を浴びせられまくり、弟が死んだ時も無様に地面に倒れている事しかできなかった。

 その精神的ダメージは計り知れない。

 最悪、目を覚ました時には心が折れて戦線離脱という可能性も考えていたのだが、その予想に反して、ブレイドは目覚めた後、一心不乱に剣を振り始めた。

 エルフの里でドラグバーンに敗れた時と同じように。

 

 これが良いとも悪いとも言えない。

 心が折れるよりはマシなのだろうが、焦燥に駆られるようにして剣を振り続けるブレイドには、余裕というものが一切なくなっている。

 下手に言葉をかける事すら躊躇われるような状態だ。

 できる事と言えば、ブレイドの望む通りにアランかステラが剣の修行に付き合ってやる事だけ。

 それも気をつけなければ、ブレイドは自分の体が壊れるまで修行を続けてしまう。

 修行の旅をしていた頃のアランのように、強くなる為に必要な事だと割り切って体を壊している訳ではない。

 あれでは、ただのオーバートレーニングだ。

 恐らく、体を動かしていなければ心が壊れてしまうのだろう。

 

 リンがなんとか宥めようと頑張ってくれてはいるが、ブレイドがあまり聞く耳を持たない事もあって中々上手くは行かず、ステラに弱音を吐いているのが現状だ。

 口惜しいが、これは少し時間をかけてなんとかするしかないとエルネスタは思っている。

 とはいえ、今は魔王軍との戦争中。

 そこまで悠長な事を言っている余裕はない。

 次の戦いまでにどうにもならず、仲間の足を引っ張るようであれば、戦線離脱も選択肢に入れざるを得ない。

 できれば、そうなる前に少しでも落ち着いてほしいものだが……。

 

 なんにせよ、ブレイドに関しては今すぐどうこうできる問題ではない。

 今はできる事からやるしかない。

 だからこそ、エルネスタは今ここに居る。

 特に心に傷を負った三人。

 その最後の一人を気遣ってやる為に。

 

 そして、エルネスタが部屋に侵入してしばらく経った頃、部屋の扉がノックされた。

 

「開いておるよ」

「では失礼、というのもおかしな話ですな。何せ、この部屋を使っているのは私なのですから」

 

 扉を開いて現れたのは、実直な鎧を着込んだ老騎士。

 老いた『剣聖』ルベルト・バルキリアス。

 エルネスタが気にかけている、心に大きな傷を負った最後の一人だ。

 ルベルトは先代魔王の時代を戦い抜いた強い男だが、それでも今回の件は相当に堪えているだろうとエルネスタは予測していた。

 

「どうじゃ、街の様子は? 復興させられそうか?」

 

 まずは直近の話題を振って、場を温めにいく。

 ルベルトは不法侵入に文句を言う事もなく、エルネスタを追い出すつもりもないのか、静かに彼女が座っているテーブルの反対側に座った。

 そこに、持参した酒をグラスに注いで渡してやる。

 ちなみに、自分の分の酒はとっくの昔に用意していた。

 外見年齢12歳程のエルネスタが、齢70を越えるルベルトと共に飲酒する様は犯罪的だが、合法である事がわかり切っている為、互いに何も言わない。

 

「復興自体はそう難しくないでしょう。街並みが大破したのはヴォルフが暴れた一角だけ。それも街全体から見れば軽微な被害。今のままでも街の運営にそこまでの支障は出ないでしょうな。ただ……」

「住民の流出は確実に起こるか」

「その通りです」

 

 今回の一件、心に傷を負ったのは中心人物三人だけではない。

 なんの訓練も受けておらず、恐怖に対する耐性の低い一般人達に、魔族に操られた人々に襲われて自分も操られるという経験は重すぎる。

 死人こそ獣王がやらかした区画でしか出なかったが、怖くなってこの街から移住しようとする者は、間違いなくかなりの人数に上るだろう。

 そして、人がいなくなれば街は衰退する。

 最前線を支える街の一つであるここが衰退すれば、人類全体にとっても、そこそこの痛手となってしまう。

 

「まあ、半壊や壊滅に比べれば遥かにマシじゃがのう。今回の件はそうなっておっても全く不思議ではなかった。これもレス坊が必死に魔族の支配に抗ってくれたおかげじゃ。ついでに、獣王の小僧が街の全てを壊す前に接触できたお主のおかげでもある」

「レストのおかげというのは間違っていないでしょうが、私のおかげというのは間違っていますよ。奴は私の言う事など聞きはしなかった」

 

 ルベルトはぐいっと酒を呷る。

 エルネスタもそれを見て、ちびちびと酒に口をつけた。

 

「そうでもないと思うがのう。あやつはお主に釘を刺されたからこそ、あれ以上の大規模破壊をしなかったのじゃとワシは思っておる。なんだかんだ言って、奴も心の底では恐れておるのじゃよ。先代魔王を討ち取った勇者パーティーの一人、伝説の剣聖ルベルト・バルキリアスをな」

「伝説の剣聖などと……」

 

 ルベルトは空になったグラスに追加の酒を注ぐ。

 そしてまた、ぐいっと飲み干した。

 

「私はそんな大層な存在ではありませんよ。先代魔王は先代勇者様が命と引き換えに討伐した。私はそのサポートに徹していたに過ぎない。いや、先代勇者様は亡くなられたのだから、それすらも満足にできていたとは言い難い。伝説の剣聖と言うのであれば、我が息子達の方がよっぽど相応しいでしょう」

「シー坊とアスカか。確かに、あやつらは立派じゃった。心から尊敬できる程にのう」

 

 ルベルトの息子、『剣聖』シーベルト・バルキリアスと、その妻『剣聖』アスカ・バルキリアス。

 どちらも歴史に残る程の戦果を上げた大英雄だ。

 ただし、悲劇の英雄でもある。

 

「忘れもせんよ。12年前、当代魔王が勇者の不在を感じ取り、四天王の一人と共に自らが先陣を切って急襲して来た時。あれを止めてくれたシー坊とアスカの勇姿は」

 

 目を閉じれば思い出す。

 あの頃、エルネスタは既にエルフの族長の座を息子のエルトライトに譲り、遊撃戦力として最前線の各砦を転々としていた。

 フットワークが軽く、戦力の足りない場所へ直ちに駆けつけられる聖戦士として、それなりに役に立ったと自負している。

 だが、最強の聖戦士の一人と言われるエルネスタをしても、あの時の敵はどうにもならなかった。

 

 当代魔王自らが率い、腹心と思われる四天王の一人までもが参戦した魔族の大軍勢。

 魔界の門が開いて二年が経ち、一向に勇者が現れない事もあって、威力偵察の意味で仕掛けて来たのだろう大戦。

 勇者がいれば、その実力を確認しつつ撤退。

 勇者がいなければ、そのまま突き進んで人類を一気に滅ぼす。

 それができるだけの戦力が集められていた。

 実に、慎重な当代魔王らしい戦略だ。

 下手をすれば、あの時点で人類は終わっていた。

 

 それを命懸けで食い止めたのが、シーベルトとアスカの若き剣聖夫妻だ。

 魔王に唯一対抗できる武器、『聖剣』は勇者にしか扱えないと言われているが、実は一つだけ例外がある。

 勇者不在の際や、本当にどうしようもない時、聖剣は剣聖の前に現れ、その者を一時の仮の主として認めるのだ。

 勇者以外で唯一聖剣を扱える者、故に『剣聖』。

 

 しかし、真の力を発揮した聖剣の強大すぎる力は、勇者以外が使えば身を滅ぼす。

 剣聖が聖剣を振るうという事は、確実に命と引き換えにする覚悟がいるという事だ。

 それでも、彼らは迷わず聖剣を振るった。

 まだ幼い我が子達の為に。

 彼らが生きる未来の為に。

 その命を投げ出したのだ。

 

 そんな二人の必死の抵抗により、魔王の体に傷を付ける事に成功。

 真なる聖剣の力で刻まれた傷は、中々完治しない。

 深手ともなれば、数十年の時をかけても治らない程だ。

 それに脅威を覚えたのか、魔王は撤退した。

 あれ以降、魔王が自ら出陣した事はない。

 恐らく、傷の回復を待ちつつ、聖剣の使い手には四天王をぶつけて、真の力を出させずに倒す戦略に切り替えたのだろう。

 二人の剣聖の尊い犠牲により、人類は守られたのだ。

 

 だが、当然ながら、その二人の家族にとっては堪ったものではない。

 

「あやつらは立派な大英雄じゃった。じゃが、酷い親不幸者でもあったのう」

「全くです。あの時死ぬべきなのは息子達ではなく私の方だった。魔王が攻めて来たのが息子達の居る砦ではなく、私の居る砦であればと何度も思ったものですよ」

 

 基本、最前線の各砦に詰める聖戦士は二人か三人までだ。

 それ以上を動員すれば、他の砦の戦力が手薄になってしまう。

 あの時は遊撃戦力であるエルネスタと、近隣の砦の聖戦士が何人か駆けつけたが、ルベルトはすぐに駆けつけられる距離にはいなかった。

 仕方のない事とはいえ、ルベルトにとっては仕方がないで済まされる事ではないのだろう。

 家族が死んでいるのだから当たり前だ。

 

「……そして、私は息子達が命懸けで守った孫すらも守れなかった。何が伝説の剣聖か。私など、父親としても祖父としても失格の、ただのダメ人間だというのに」

 

 大分酒が回ってきたのか、ルベルトは素直に弱音を吐いた。

 エルネスタは黙って、更に酒を追加してやる。

 辛い時は飲む。

 それがエルネスタの持論だった。

 

「職務に没頭するあまり、家族に気を配ってやれなかった。今も最後に残ったブレイドに何もしてやれない。全くもって情けない限りです」

「今はそういう時代じゃ。お主が職務に励んでくれなければ多くの命が失われておったじゃろう。そう自分を責めるでない」

「ですが……! 息子達が死んで一番辛い時期に、私は家庭を完全に妻に任せ、その挙げ句に心労で死なせてしまっている。あいつには中々子供が出来ない事でも苦労をかけたのに。これでは、とても顔向けができない」

「いや、あやつは普通に寿命じゃろ。享年いくつじゃ?」

「70でした」

「寿命じゃ! むしろ、エルフでもドワーフでもないくせに、70越えてバリバリ現役のお主がおかしいんじゃからな?」

 

 そんな感じで、老人二人の宅飲みはルベルトが完全に潰れるまで続いた。

 そういえば、ステラとアランは朝まで語り合い、気づいたら同じベッドで寝ていたらしい。

 そこまでやっておいて、どうしてくっつかないのか疑問で仕方がないが、ここはそんな二人に習って、潰れたルベルトのベッドに潜り込んで朝チュンという寝起きドッキリを仕掛けてやろうかと思うエルネスタ。

 色々と衝撃的過ぎて悩みなんて吹っ飛ぶだろう。

 自分もそれなり以上に酒を飲み、完全に出来上がっていたエルネスタは、そんな下らない思いつきをさも名案のように思い込み、嬉々として実行に移した。

 

 翌朝。

 二日酔いの頭痛と共に目覚めたルベルトは、自分の隣で全裸で寝ている見た目幼女に「おはよう」と声をかけられた挙げ句、意味深に笑われ、らしくない悲鳴を上げたという。

 その後、しばらくは随分前に亡くなったエルネスタのロリコン旦那が毎晩夢に出てくるという悪夢に魘され、他の事を考える余裕が一切なくなったそうな。


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