接触   作:紫 李鳥

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 何かを覚悟しているような、(かたく)ななものを感じた。だが、樫山が電車にはねられた時刻に、田川は新宿駅のホームに居たと明言し、疑われて(しか)るべき発言をしている。これはどういうことだ。目撃者がいないことや防犯カメラに映っていないという、確固たる理由に基づくものなのだろうか……。寿子のことも訊こうと思ったが、それを訊けば用心して寿子と接触しなくなる。もう少し泳がせることにした。

 

 

 佳須美は父親に内緒で寿子の家を訪れた。捜査の進行状況を聞いていた佳須美は、田川との接点を探るため、本格的な潜入捜査を試みたのだ。

 

「佳須美ちゃんに教えてもらって、あれから、幾つか詠んでみたのよ」

 

「わぁ、ぜひ聴かせてください」

 

 ハーブティーを口に含むと、期待を込めた目を向けた。

 

「なんだか、恥ずかしいけど……。“(りん)とせし矢車菊や隅にをり”」

 

「……スゴい。私の句なんかより全然上手」

 

 佳須美が感心した。

 

「そんなこと……。でも俳句って、佳須美ちゃんがおっしゃるとおり、17文字の中にドラマがあるのね」

 

「でしょ?だって、寿子さんが詠んだ今の句にだって、ドラマを感じるもの。矢車菊を擬人化し、芯の強い女性を詠んだんでしょ?感服しちゃった」

 

「ありがとう。で、佳須美ちゃんの最近の句は?」

 

 ソファから背中を離して訊いた。

 

「駄目。最近全然イメージが湧かなくて……。わくわくするような恋をしてないからかな」

 

 佳須美が冴えない顔をした。

 

「あら、佳須美ちゃん可愛いからモテるでしょ?」

 

「全然。……好きな人にはすでに彼女がいるし、誘ってくれるのはタイプじゃない人ばかり」

 

「そんなものかも。相思相愛なんて滅多にないわ」

 

「寿子さんは?好きな人とかいます?」

 

「いえ、いないわ。亡くなった主人が最後の恋かも」

 

「勿体ない。そんなにきれいなのに」

 

「あら、ありがとう。佳須美ちゃんに若い男性を紹介してもらおうかしら」

 

「了解です。今度連れてきます」

 

「ふふふ。私の好みは難しいわよ」

 

「いえ、一人います。寿子さんのタイプが」

 

「え?ほんとに」

 

「私には目もくれないけど、寿子さんにならたぶん()かれるかも」

 

「あら、どんな人かしら」

 

「次回のお楽しみ。うふっ」

 

 

 

 樋口が田川を訪ねてから数日後に変化があった。田川が工事現場で働き始めたのだ。それからはスーパーの前で寿子と田川がすれ違うことはなくなった。だが、スーパーを出た寿子はいつものように、携帯で(しゃべ)っていた。

 

 樋口は、寿子と田川には必ず接点があると確信していた。

 

 ……直接、寿子から話を訊くか。

 

 

 ドアを開けた寿子は、見覚えのある樋口の顔を明確に思い出そうとしていた。

 

「――あー。警察で一度お会いした」

 

「ええ。ご主人が亡くなられた時に」

 

「その節はお世話になりました。さあ、どうぞ」

 

 そう言って、い草のスリッパを揃えた。

 

 

 

「ところで、新宿のMデパートには行かれますか?」

 

「ええ。最近は行ってませんが、以前はよく行きました」

 

 湯呑みに急須を傾けた。

 

「最後に行ったのはいつ?」

 

「いつだったかしら……。4月頃じゃないかしら」

 

 樋口の前に湯呑みを置いた。

 

「そこで、万引き犯に間違えられたとか、ゆすられたようなことはありませんでしたか」

 

「いいえ、ありませんわ」

 

 淡いピンクのグロスを塗った唇をティーカップに付けた。

 

「そうですか。……ところで、ご主人を亡くされて、お一人じゃ寂しいでしょ」

 

「ええ。主人を亡くしてからは、通いのお手伝いさんにも辞めていただいて。でも、大学生のお友達がいるんですよ」

 

「おっほん。ほう」

 

 樋口は咳払いとも(たん)の絡みとも区別がつかない返事をした。

 

「佳須美ちゃんていう、とてもチャーミングなお嬢さんなの」

 

「おっほん。ほう、そうですか」

 

(さて、田川の名前を出すべきか?)

 

 

 

 結局、田川の名前は出さず、単独で二人の接点を探ることにした。――だが、田川が働き始めてからは二人が接触することは一度もなかった。

 

 樋口の見解はこうだ。寿子がスーパーから出て、携帯で自宅に電話をするついでに、すれ違った田川に何か伝言をしていたのではないか。例えば、次に会う場所と時間とか、金の置き場所とか……。そうなると、店内の寿子も見張れば良かったと、後悔した。刑事が関わった以上、更に用心するだろう。二人が接触する可能性は皆無になった。

 

 それから間もなくして、「階段を駆け下りてきた若い男とぶつかって、その弾みで線路に落ちた」という目撃証言により、樫山は自殺でも他殺でもなく、事故死という結論に至った。

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