ToLOVEる~もしもデビルーク家の長兄がチャーム人の性質を強く受け継いでいたら~   作:カイナ

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前編

「クッソオオオォォォォ油断したあああぁぁぁぁっ!!!」

 

「お兄様ぁ~!!!」

 

 どこかの王宮のような豪華絢爛な廊下。そこを埃が立つ程の勢い──ものの例えであり、掃除がきちんと行き届いているのか実際に埃が立つことはない──で疾走して悲鳴を上げる青年と、その相手を兄と呼び追いかける少女。

 青年は口元を除いて顔全体を隠す仮面をつけてやや黒みがかったピンク色の短髪をなびかせながら逃げ回り、彼を追いかける少女は彼よりも明るいピンク色の短髪をなびかせて満面の笑顔で追いかけ回す。その追いかける軌跡にハートマークが浮かんでは消えていた。

 

「しまっ」

 

 床に敷いた絨毯に足を取られて青年が転び、僅かに動きが止まる。その一瞬を見逃さずに少女が彼に馬乗りになった。青年も咄嗟に抵抗できないうつ伏せから抵抗可能な仰向けになったものの完全にマウントポジションを取られている。

 

「お兄様、お兄様、お兄様、突然倒れ込むなんて、これはもうモモを誘っていると考えてもいいのでは? ええ、そうですわ、そうに決まっています……」

 

「モモ! 落ち着け! お前は魅了(チャーム)を受けてるだけだ正気に戻れ!!」

 

「正気? なんのことでしょう? ああ、そういえばお兄様は先ほどお転びになられた……妹、いえ、未来の妻としてお兄様の綺麗な肌に傷がついていないか確認しなければ……大丈夫です。掠り傷がついていようともモモが治して差し上げますから……」

 

 ハァハァとした荒い息に淡い赤色に上気した頬、とろりと蕩けた瞳の奥にはハートマークが見える。モモと呼ばれた少女は年齢離れした色気を漂わせており、一瞬青年も色気に怯むもモモがこっちに手を伸ばしてくるのを見ると正気に戻って両手でモモの腕を掴み阻止する。

 

「いた! こっちだザスティン! 無事か兄上!?」

 

「ナナ様、万が一のためこれ以上近づかれないよう! 後はお任せください!」

 

 そこに聞こえてきた少女と男性の声、助けが来たとキラが判断したと同時、モモの身体が何者かに持ち上げられた。

 

「ああ、お兄様! お兄様! ザスティン何をするのです!? 私はこれからお兄様に愛を捧げて──」

「うおおおお正気に戻れモモー!」

「──な、何よナナいたたたたた往復ビンタはやめてー!?」

 

 モモを羽交い絞めにして持ち上げたザスティンと呼ばれた男性の元にもう一人、こっちはピンク髪をツインテールにした少女が駆け寄り、モモに往復ビンタを開始。パパパパパンッという連続した音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

「ご迷惑をおかけいたしました……」

 

 モモが綺麗な土下座を仮面の青年に向ける。その瞳にハートマークはないが両頬は赤く腫れあがっており、先ほどの往復ビンタの痛みで無理矢理正気を引き戻させられたことが伺える。

 

「いや、こっちも武術の鍛錬後、油断して仮面を外して汗を拭いてたからな……モモは気を利かせて飲み物を持ってきてくれただけだ。正気に戻ったんならこれ以上怒るつもりはない」

 

「お兄様……」

 

 仮面の青年もモモは悪くないとなだめ始め、それを聞いたモモが顔を上げるとその瞳の色が僅かに変わり、頬が淡い赤色に染まる。

 

「モモ様」

 

「はっ! あ、危ない危ない。相変わらず魅了から解けたばっかりの時は危険だわ……」

 

 それに気づいたザスティンが釘を刺すよう静かに呼びかけるとモモも再び正気に戻ったように声を漏らして正気を維持しろと自分に言い聞かせるように目を瞑ってペチペチと両手で両頬を叩いた。

 

「クソ、いちいち会話も出来やしないのか……ホントめんどくさいなこの体質……」

 

「わ、私も頑張りますから……」

「あ、あたしもさ……」

 

 仮面の青年のぼやきにモモとナナが苦笑を交えながら、しかし仮面越しとはいえ顔を正面から見るのは危険な気がしているらしく目を逸らしながら青年に答える。

 仮面の青年ことデビルーク星第一王子──キラ・ゼパル・デビルーク。銀河を統一したギド・ルシオン・デビルークの実子でありデビルークの正統なる後継者といえる彼には一つの特徴があった。

 

 そもそもギド・ルシオン・デビルークの妻セフィ・ミカエラ・デビルークはデビルーク星人ではない。声を聞かせるだけで人の心を鎮め、顔を見せるだけで異性を虜にしてしまうと言われる少数民族チャーム人の最後の末裔。チャーム人の魅了能力はかつて銀河同士が争った銀河大戦の発端は一人のチャーム人をめぐった銀河同士のいざこざであるという説まで提唱されるほどのものである。

 ギドの三人の娘はデビルーク星人の身体能力と怪力を長女であるララは特に強く、さらに次女と三女であるナナとモモはチャーム能力が変化したのではないかとされるそれぞれ動物、植物との意思疎通の能力を、そして三人ともセフィ譲りの美貌を受け継いでいる。

 

 しかし次期デビルーク王、すなわち銀河を統べる力をもっとも必要とするべきキラは彼女らとは逆に、セフィの能力、魅了(チャーム)と呼ばれる異性を己の虜にしてしまう能力の方を強く受け継いでいた。

 顔もセフィ譲りの美丈夫であり、その顔を直に見なければ、特にデビルーク星人とのハーフであるというのが幸いしているのか顔を完全に隠さずとも口元を開き、目の部分も空いた仮面でもなんとかなっているものの。うっかり仮面を外した素顔を見せてしまえばたとえ血を分けた姉妹であろうとも魅了され正気を失ってしまう程の力を持っている。

 

「キラー、レン君が遊びに来たよー」

 

「ああ、サンキュララ()ぇ」

 

 声をかけてきたピンク髪ロングの美少女──キラの双子の姉であるララがキラへの来客を知らせに来る。

 レンことレン・エルシ・ジュエリア。メモルゼ星の王子でキラとは幼馴染であり、同年代で同じヒューマンタイプの宇宙人の男という数少ない相手であるためかお互いに友人と呼ぶ関係である。

 

「ん?……ああ、また魅了(チャーム)しちゃったの? キラも大変だねぇ」

 

「ララ姉ぇが魅了された時よりは楽だよ……」

 

 モモがキラに向けて正座しているという格好を見て今の状況を察したララの暢気な言葉にキラは大きなため息交じりにそう答える。

 一度ついうっかり風呂上がりにララと遭遇してしまい、もっともギドからデビルークのパワーを受け継いでいるララが魅了された時は、ララ自身に魅了といった概念がよく理解出来ていなかった事もあったのだろうかララ本人も困惑しながらもキラを押し倒して迫り始め、キラが必死で悲鳴を上げた事で駆け付けたザスティン達がララを取り押さえようとするも「よく分かんないけどキラから離れたくない」とララが駄々をこねるように大暴れ。

 仮にも護衛対象の一人であるララに対して本気でかかるわけにもいかず困惑するザスティン始めデビルーク親衛隊の一部に、それから彼らが数日業務をまともにこなせないくらいの被害を出しながらようやく沈静化したほどだ。

 そんなキラの皮肉にララも気まずそうに目を逸らしながら「あはは~」と苦笑いを零す。

 

「じゃ、じゃあ、伝えたからね!」

 

 そして脱兎のごとく逃げ出した。

 

「はぁ……じゃ、俺はレンのとこ行ってくる」

 

「じゃあな~兄上~」

「ではお兄様、また後で」

 

 ため息一つと共に諦めたキラはそう言って歩き出し、ナナとモモも苦笑交じりに手を振ってそれを見送った。

 

 それからキラは自分への来客が大体通される客室(部屋の至る所にアラームのスイッチがあり、もしも自分に来客が女性で誤って魅了されてしまった場合には即座に緊急事態のアラームを押して親衛隊を呼べるようになっている)へと向かい、男相手なら問題ないが仮面がずれていないかを確認。問題なしと判断してから部屋のドアを開けた。

 

「ダァ~リ~ン!」

 

 その瞬間部屋の中から何者か──声からして女性──がキラ目掛けて飛びつき、キラはそれを予想していたかのように右手を前に出して右手一つでその相手の顔面を掴む。所謂アイアンクローというものだ。

 

「おかしいなぁ、俺はララ姉ぇからレンが来たって聞いてたんだが……」

 

「あだだだだ! ダーリン! ダーリンの愛が! 愛が痛い!」

 

「レンの姿が見えないんだがこれはどういう事だろうか?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちょっとした出来心だったの!」

 

 右手に力を入れればメキメキという音が聞こえ、掴まれた女性がじたばたと暴れながら謝罪の声を出してくるため、力を緩めて右手を離すとその女性は「死ぬかと思った……」とぼやき、その姿を見てキラは軽くため息を漏らした。

 

「何やってんだよ、ルン」

 

「て、てへ♪」

 

 キラの軽いお叱りに対して、舌をぺろっと出してこつんと頭に手を当てるてへぺろポーズで誤魔化そうとするのは色素の薄いエメラルドの髪に赤みの強く入った瞳の、チャーム人の美貌を継ぐララ達を日頃見慣れているキラから見ても「美少女」という評価がつく少女。

 彼女はルン・エルシ・ジュエリア、メモルゼ星の王女でレンと同じくキラの幼馴染。

 そしてメモルゼ星人は厳しい環境を生き残るための独自進化として大人になるまで、男と女二つの精神を一つの肉体で過ごすという進化を遂げている。このルンと先ほどララが言っていたレンは同じ肉体を共有する一心同体ならぬ二心同体となっているわけだ。

 もっともこれも進化なのか男の人格が表に出る場合は肉体も男に、女の人格が表に出る場合は肉体も女になるのだが。

 

「ったく……まあ、時期的にレンが来るのはおかしいと思ってたんだけどな」

 

「さっすがダーリン! 私の事をそこまで分かってくれるなんて!」

 

 メモルゼ人は一定の周期で男女が変化する。もっともその体質はちょっとしたことで変化するため、どこぞの辺境の星ではくしゃみ一つで変化が起きるという可能性もあったりするのだが。

 キラはその周期から考えてこの時期に「レンが来る」のはおかしいと勘付いていたらしく、それを聞いたルンが再び嬉しそうに抱きつこうとするもキラに頭を押さえられてじたばたする。とはいえさっきのようにアイアンクローには繋げずただ抱きつこうとするのを止めているだけなのだが。

 そしてそのショートコントも終わって立ち話もなんだからと椅子につき、デビルークの従僕(もちろん男)が紅茶と茶菓子を用意して退室したのを見計らってからキラはルンに呆れたように細めた目を向ける。

 

「で、何の用事なんだ?」

 

「え~婚約者に向けてその態度は酷くない~?」

 

 呆れ交じりのため息をしながらの言葉にルンがぷくりと頬を膨らませる。

 婚約者、言葉通りの意味である。とはいえキラからすれば親同士が勝手に決めたものだしそもそも正確に言うなら婚約者“候補”。一応ルンはその候補の中でも筆頭に近い位置づけにあるものの、キラ自身は己の魅了体質もあってあまり婚約に乗り気ではないのが正直なところである。

 

「大体、婚約者っつったってただ次期デビルーク王候補筆頭のってだけだろ?」

 

「その“だけ”がどんだけヤバいのか理解してないのあんた?」

 

 思わずというように漏れた言葉を聞いたルンが頬杖をついてジト目&平坦な声でツッコミを入れる。

 無論キラも理解していないわけはない。デビルーク王というのはすなわちこの銀河を統一した王の称号。それを継ぐ者はその権力を継ぐも同義であり、その伴侶となればそこら辺の王と比べても上となる権力を手にするわけである。

 

「皮肉だ、理解しろ」

 

 しかしキラはフンと鼻を鳴らす。なにせ自分はこの体質、うっかり仮面を外れて周りの女性がいれば大惨事。それは数多くの人間を相手に政を行う王としては致命的な欠点になる。もっとも同じ体質の母セフィがそれで外交をやり遂げているのだから、自分に出来ないなどというのは甘えに過ぎないのだが。

 とはいえそれがある意味ハンディになっているのは事実。流石に正面切って言う馬鹿はいないが、キラではなく第一王女であるララを優秀な者と結婚させて、その者をデビルーク王に祀り上げるのはどうかという一派が水面下で活動しているのは周知の事実。そのためキラだけではなくララにまで婚約のためのお見合いの雨あられだ。

 キラは自分の体質やそれが原因で聞こえてくる風聞、噂を思いながらハァとため息をついた。

 

「もしもそうなった(俺が次期デビルーク王の座を失った)時、“俺”の婚約者になってくれる奴がいるかって話だ」

 

 なにしろ常に仮面をつけ、素顔は目の前のルン含め婚約者には見せた事がない。相手を魅了させないためにといえば聞こえはいいが、素顔さえ見せない相手を好いてくれる者がどこにいるのか。

 もしもララの婚約者が次期デビルーク王に決定したとしよう。その時に次期デビルーク王候補筆頭の座を失ったキラ・ゼパル・デビルーク個人と婚約者という関係を続けてくれる者がいるという保証はない。

 

「私はなるけど?」

 

「そりゃどーも」

 

 キラの言葉に即答で首を傾げながら返すルンに、冗談と受け取ったかキラは軽く返して紅茶を口にする。

 

「……冗談じゃないんだけどなぁ」

 

 その言葉を受けて、ルンはまたも頬を可愛らしく膨らませながら、ある昔の一日を思い出し始めた。

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