カツーンカツーン、という誰かの階段を降りる音で目が覚める。
ベットの横に置いてある充電が刺さったままのスマホを取り寄せるとそこには12:01と表示されていた。
正直早く起きた方で遅いときは15時とか余裕で超える、朝昼晩何かの賭け事をしているのだから当然だ。
借りているアパートのこの一室も眠りにくる物置といった有様で片付いていないし日用品の買い替えも全くしない。そもそも使わないからだ。
寝ている間に送られてきたメッセージを確認していく。といっても大半はパチンコ屋の新台入れ替えや今日は○○の日!といった設定が入ってる台の示唆らしいよくわからないピエロやカエルの画像で友人からのメッセージは皆無だった。
ポイとスマホをベットに投げつけて起き上がる。
ぐわんぐわんする頭で着替え財布の入ったカバンにスマホを詰めて外に出る。気分は完全にパチンコの気分で頭の中では大当たり時の曲が流れている。
アパートのすぐ下にはコンビニがあって俺がこのアパートを気に入ってる理由でもある。最近の若者らしく自炊なんて全くしないでほとんどコンビニ飯かカジノで食っている、カジノは遊戯客へのサービスで飲食何かが無料であることが多くカジノにいるときは絶対にそこで食べているので以外にも俺が食事に使っている金はあまりない。
このコンビニは撤去が進む中でもいまだに灰皿を残しておりそのすぐ横に見慣れたおっさんが居た。
「よお、遅いお目覚めだな」
おっさんは吸っていたタバコを灰皿に押し付けて残った手を振ってこちらを見る。
「ういっす、前原さん」
このおっさんは前原さんといって酒と女とギャンブルが好きなオーソドックスな昭和おじさんだ、見ていると何故だか懐かしくなる。あとタバコを吸っている姿が非常に様になる人。
「若いなぁ~俺も昔はいっくらでも寝れたけど年取ってからは朝に目が覚めちまってな。結局自分がつらいから夜更かしできんわ」
うーん、こういう時どういう反応すればいいのか分からんぞ。
結局俺は、あははは、と曖昧に笑った。
前原さんは胸ポケットにしまってある箱から二本目のタバコを取り出しパチンコ店の名前が書かれたライターで火をつけた。
「どっか出かけんの?」
「パチンコっすね」
言いながら俺は右手でハンドルを捻るふりをした。
「ふぅー。それならさ、いい店知ってるんだけど行かない?」
「はぁ、」
「そこはいい台置いてるんだよ」
まあ正直どこでもいいし連れてってもらうか。連れ打ちも楽しいしな。
「いいっすよ。どこですか」
「これ吸うまでちょっと待ってて」
そう言って前原さんは指で挟んだタバコの灰を落とすのだった。
俺と前原さんはよく一緒に賭け事をしに行く、俺は競馬とパチンコと麻雀は前原さんから教えてもらった。前原さんは一度熱が入ったら止まらない人間で、いや、賭け事が好きな人間など大体そうなのだが、スロットで明らかに低設定のまったく出てなくてグラフが右肩下がりの台でも途中でやめることをしないので負けるときは大負けする人間なのだ。
そんな前原さんと一緒にいって空気が悪くならなのかというと、驚くことにならない。
このおっさんは負けても腐らないという勝負をする人間にとって一緒にいて楽しい稀有なおっさんなのだった。やられた~と言いながらにこにこと笑う前原さんのことを俺は尊敬とともに畏怖している。
閑話休題。
前原さんに連れられてやって来たのはどこにでもあるような雑居ビルで看板が出ているがパチンコやスロット店とは書かれておらず「カシオペア」という何の店なのか分からない看板だった。
「ここだ、ここ」
前原さんはなんの気負いもなくビルの階段を上っていき、辿り着いた階段の先には厚く窓ガラスの一つもなく外から中を覗くことが出来ないようになっていた。またも前原さんはなんのためらいもなくドアノブを捻るのだった。
クーラーの涼しい空気が吹き抜けてくるそこにはスロット台がズラッと並んでいた。
「どうだ?いい台置いてあるだろ?」
そういって俺の方に振り向いた前原さんの後ろに並べられたスロット台はどれも歴史を感じる今ではパチンコ屋では見ることのない台ばかりが並べられていた。
つまり旧基準機、4号機が。
闇スロ。
闇スロットの略称で表にあるパチンコ屋とは違い営業許可が出ていない店のことだ。たいていの闇スロでは高レートで4号機のような短時間で大勝できるギャンブル性の高い台を扱っている。
正規のパチンコ屋が守る正規の基準(最新で6号機)なんてクソくらえとばかりに並べられた4号機たちはちかちかとその小さなモニターを点滅させている。
「前原さん、あんたって人は……」
普通知り合いを闇スロに連れてくるか? 勿論闇スロは犯罪なので警察に見つかれば店員は逮捕されるし現行犯なら客だって御用になる。だけど、
「カカカカっ、月城くん。こういうとこ好きだろ?」
「あんたってひとは最高だよ」
だから前原さんと居ると楽しいんだよな、同年代の友達は誰もこんなことを教えてくれないからなぁ。
「せっかくだから二人でノリ打ちにしません?」
「お、いいねぇ。やろやろ」
ノリ打ちとはグループで勝ちも負けも分け合うという事で、例えば俺が5万円勝って前原さんが3万円勝った場合は合計の8万を二人で4万円ずつ分け合う。俺が10万円勝って前原さんが4万円負けても5万円ずつ分け合うので俺が5万で前原さんが1万円勝ったことになる。
要するにどちらかが負けても両方が勝てる可能性がある打ち方だ。
勿論勝っている方が負けている側をカバーするのは勝ち分が減って正直嫌だけど、そこも込みで最初に決めているのだからしょうがない。
それにノリ打ちが楽しいということを俺は最近知った。
「月城くんはこのシリーズ好きだったよね」
そういって前原さんが指さしたのは確かに俺の好きな機種だった、大当たりしたらランプが光るだけの単純な台、それなのに何故かハマってしまい、たまにこのランプが夢まで出る始末。
惹かれるようにその台の前に座る俺、その隣に前原さんは座った。
前原さんの座った台も分かりやすく、バトルに勝ったら大当たりというシンプルなモノだった。
いざ勝負と思い一万円札を投入しようとして手が止まる。
「1枚100円か」
べらぼうに高い、席のお店での最高額が1枚20円なのだからその5倍の値段になる、そして、スロットもパチンコも1000円ずつコインと交換するので百円なら10枚だが手数料で1枚とられるので1000円で9枚しか交換できないのだ。
スロットというのは1回転に3枚使うので3回転。
1,000円でたったの3回転しかしないと聞けばこのレートの高さが分かるだろう。
そんなちまちまとやってられないので俺は10,000円を投入してすぐにボタンを連打し全額一気に交換して90枚のメダルを作った。
メダルを入れてレバーを叩けばテッテロレンと軽快な電子音を立ててリールが回りだす。とりあえずセオリー通りにBARと呼ばれる黒い棒を目押しした。
はずれ。
リールには何もそろっておらず払い出しもない。
今俺が打っているこの台は一番高くて140分の1の確率で大当たりし低くても200分の1確率で当たる。台ごとにあるこの大当たり確率の違いを『設定』と呼び設定が高いほど大当たり以外にも子役確率が上がっていたりする。
BARを目押ししたにも関わらずリールにはベルが止まる、そのまま他のリールを止めるとベルが斜めにそろった。
ベベベベンという音とともに俺の持ちメダルに7枚が追加される。
子役というのは今そろったベルのような大当たり以外でコインが少し増えるマークのことを言う、ほかにも揃ったら次の回転はコインを使わずに回せるREPLAY(リプレイ)、レア子役と呼ばれる大当たり高確率の抽選や大当たりそのものを抽選している (チェリー)や (スイカ)などがある。
設定が一番高いとされる『設定6』はこれらの子役が当たる確率も高い。
俺は今自分が打っている台が『設定6』であることを願いながらひたすら回す。
6なら140回転に1回当たる確率だ、引けない数字じゃない。
高レートだから早い当たりが望ましい。当たるまではコインがないので現金でコインを借りるしかないのだ。
……結局10,000円では当たらず追加投資の時間になった。
そして10,000円使ってみて思ったのだがこの台、信じられないくらいに回らない。
通常のコイン50枚で30回転というボーダーをまず超えない、20回転、18回転といったボーダーを大きく下回る回転数を叩き出した。
10,000円使って回ったのは何とたったの38回転、これは20円レートのよく回る台の1000円で出す数値とあまり変わらない。
とてもじゃないがこんな台は打っていられない。
隣に座ってくれた前原さんには悪いが台替えをしようと投入しようとしていた10,000円札を財布に仕舞おうとした時だった。
ゾゾ……。
言葉にするならそんな気配を背中から感じたのだ。
ちらりと首を後ろに回すと、
そこには上から下まで真っ黒なやせ細った男が立っていた。
「うおっ!?」
そいつはいつからいたのだろうか、隣で打っていた前原さんも気づいていなかったらしく俺の声に反応して初めて男の存在に気づいたようで目を見開いていた。
そんな俺たちの反応には気もくれず男はイライラしたような口調で言った。
「辞めるんなら早く退いてもらっていいですか?」
「え、あ、はい。……はい?」
俺は一瞬この男が何を言っているのか分からなかった。
言葉が脳に辿り着いて意味を吸収してさらに俺は困惑することになる。
退いてください、という事はそのあとにこの男が座るという事だ。
規定のボーダーを大きく下回る金を吸うだけのこの台にだ。ほかにも空いてる台がある中で。
エナという言葉がある。
もとはハイエナから取った言葉で他人が打った良い台を取りに来る打ち方をする奴らのことだ。
この男もそういった立ち回りをするのだろう。だがだからこそこの台を狙う意味が分からないのだ。
さっきも言ったように俺にはこの男がいつから居たのかは分からない、もしかしたらついさっきかも知れない。だがそれでもカウンターに計数された38という数字を見てある程度の察しはつくはずだ。
闇スロにまで来ているような人間がそんなことも出来ないはずがない。
「え?え?」
困惑して動けない俺と早く退かない俺にイライラする男。
一応、クソ台だってこと教えてあげようかなぁと、優しさを出そうとしていると前原さんが口を開いた。
「退かねえよ」
それは前原さんにしては珍しく低い声だった。
「この台はまだ月城君が打つ」
俺は初めて前原さんが他人に冷たく対応しているところを見た。
そこにはいつもの朗らかに笑う昭和のおっさんは居なくて、前原誠(まえはらまこと)という人間が居た。
何故だろう、そこそこ長い付き合いの中で俺は初めて前原さんについて知った気がする。
「ってそんなことよりこんなのまだ打つんすか!?」
もしかしてノリ打ちだという事が頭から抜けているんじゃないだろうか。
「いいから」
そんな俺の心配をよそに前原さんは男の方を見つめたまま俺に継続することを促してくる。
「えぇ……」
とは言いつつもここで移動なんかしたら前原さんの面目が立たない、仕方なく俺は仕舞おうとしてまだ握っていた1万円札を投入するのだった。
男は万札がゆっくりと機械に飲み込まれていくのを見届けたてやっと諦めたようで、
「ちっ」
と舌打ちをして去っていった。
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