υπηρχεω【完】   作:トラロック

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silentium
01 アステル


 冒険者となり、様々な出会いと戦いを経て第二級冒険者(レベル4)となった白髪(はくはつ)の少年『ベル・クラネル』はギルドが課した『強制任務(ミッション)』を受けてダンジョン探索に向かう事になった。

 拒否権が無い任務とはいえ【ファミリア】にとっては絶対に不可能と思わせるようなものではなく、彼らはやる気に満ち溢れていた。

 ベルが加入している【ヘスティア・ファミリア】の団員は彼を含めてサポーターの小人族(パルゥム)『リリルカ・アーデ』、鍛冶師(スミス)の『ヴェルフ・クロッゾ』、剣士の『ヤマト・(みこと)』、妖術師の『サンジョウノ・春姫(はるひめ)』の五人からなる。

 一番の実力者が団長のベルである。

 様々な困難に見舞われたが彼以外は意外と【経験値(エクセリア)】が溜まらず、レベルは(ツー)以下。

 これから向かう中層では足を引っ張る可能性がある。

 

「リリは魔法が使えて戦闘も出来ますけど……。春姫さんはモンスターを倒していかないと駄目だと思います」

「……すみません」

 

 狐人(ルナール)の少女春姫が金色の体毛に覆われた獣耳を力なく伏せて謝る。

 彼女の魔法は仲間の力を底上げするものだが、それしかできない。

 『(アビリティ)』が低くて上層域のモンスターすらまともに倒せないし、なにより臆病である。

 これまでも何度か挑戦しているものの戦果は(かんば)しくなかった。

 戦闘に特化しているのはヴェルフと(みこと)の二人。リリルカも戦えないわけではないがサポーターらしく仲間のサポートが精々だ。

 パーティの中で群を抜いているのがベルだった。ほぼ彼一人だけでいいんじゃね、と言わしめるほど強い冒険者になっていた。なってしまった、が正しいかもしれない。

 

          

 

 数週間後、ベル達が特訓による増強と他の【ファミリア】からの協力者を募り、ダンジョン探索に赴く頃、誰も訪れない階層で異変が生じた。

 『異端児(ゼノス)』と呼ばれる人類と意思疎通のできる存在とベル達の邂逅から日が浅いとはいえ、ダンジョンは新たな異常事態(イレギュラー)を産み落とす。

 これはダンジョンの意志なのか、それとも全く予定外の出来事なのか。

 神すらも予想しえない『何か』が起きた事だけは確かである。

 ()()は唐突に壁面を破った。だが、自動修復速度が高いところだったためか、突き出た脚を残して亀裂が塞がる。

 薄暗い空間で分かりにくいが這い出ようともがく存在が居る事だけは確かだ。

 再度、足掻いて壁を壊すもののやはり修復速度に負けてしまう。

 

(……思いのほか力が出ない。……何とも間抜けな恰好であろうか)

 

 ()()は意志を持って思考した。

 壁に本体が埋まったまま身動きが取れない事に嘆く。

 唐突の覚醒によって慌てたものの時間と共に冷静さを取り戻す。そして、少しずつ理解する。

 死したはずの存在が生きている事に。いや、それは本当に正しいのかと疑問を抱く。

 

(……単なる気絶、なわけはない。胸の痛みは軽微……。おそらく壁の中に居る。……脚だけ外に出ている。ふむ、空間があるのは確かだ。……それがどの階層なのか、というのが問題なのだが……)

 

 自分の記憶が確かなら二〇階層より下の筈だ。それより上である場合は常識外の出来事が起きたことを意味する。ただでさえ信じられないが――

 それと――今まで苦しかった胸の痛みが軽微なのは完治したから。または抑制された、か。

 まさかな、と()()は思う。

 

(仮死状態が妥当か。……ならば病状が悪化してきてもおかしくない。……だが、やはり妙だ。身体から力を抜けば苦しかった状態が今はとても楽なものになっている。……身動きが取れない事を除けば何の問題も無いくらいに)

 

 岩肌に擦られる地肌は痛い。痛覚の有無など、当たり前のことを確認していく。

 胸への圧迫こそあれ修復による苦しみは止まっていた。おそらく身体に備わる『耐久力』が(まさ)っているからだと思われる。

 もし、深層域であれば圧死していてもおかしくない。――試したことが無いから正しいかは不明だが。

 

(……予想外に(つら)いものだな。おまけに……、身体にあまり力が入らない)

 

 足だけ動かせても意味が無い。

 ()()は自らの能力を確かめる為に休み休み考察しながら身じろぎした。

 (つちか)った『スキル』が健在であること。基礎的な【ステイタス】はおそらく壊滅的。

 ――一番の問題は自身の肉体の状況だ。

 どういうわけか体温が低い気がする。極端に低いというわけではないけれど、どうなっているのかが分からない。

 ――知りたくない気持ちが強いのかもしれない。

 

          

 

 今以上に押し潰される事が無いと分かったうえで一旦、休息した。

 空腹を感じるところから何も食べなくていい状態ではない事を知る。

 岩肌を強引に削り、痛みに耐えつつ通路を広げる。――以前であればそれほど時間のかからない作業が今では一時間以上も費やされた。

 相当な弱体化が起きたとみて間違いない。

 

(……あの小娘共に【経験値(エクセリア)】を奪われたか。……ならば、その結果をどうこうしようとは思わぬ。……きっと、それが最適解だ)

 

 自身を取り巻く空間を広げ、塞がる前になんとか這い出ると視界いっぱいに光りが溢れた。

 ()()は眩しさに耐えかねて目を瞑る。そして――それが災いしたのか、急に力が抜けてしまい、浮遊感と共に壁から滑り落ちてしまった。

 起き抜けの重労働だ。それと覚醒して間もない。

 自由落下に任せるまま。それからあちこちぶつかる痛み。

 だが、それでも()()はそれほど苦痛を感じなかった。

 肉体が意外と強固なお陰だ。それでも不快感までは消せない。

 

(……なんと無様。『才禍の怪物』と言われた私がダンジョン内で転がっている)

 

 縋りたくとも身体が思うように動いてくれない。

 呆れつつも数分後にはどこかの平地で止まったようだ。

 身体のあちこちが痛い。その痛みで生きている事を自覚する。

 

 ――ああ、私は死に損なったのだな。

 

 ()()はそう思った。しかし、納得はまだ出来なかった。

 本当の意味で死に損なったのか、それとも何らかの方法で生き延びてしまったのか。あるいはどちらでもない()()――

 痛む身体に鞭打って閉じていた目蓋を開ける。

 周りの匂いから水が近くにある事は分かっていた。(おおよ)その見当で現在地は二〇階層以下で間違いない。

 想定よりも深くは落ちなかったようだ。それから(ようや)()()は自分の手を見た。

 鱗がびっしりと張り付いた青白い腕が見える。とても自分のものではない。次いで、足も――

 衣服らしいものは身に着けておらず、全裸のままダンジョン内に(たたず)んでいる現状を理解するのに時間はかからなかった。

 

「………」

 

 自分の身に起こったことを即座に理解し、受け入れられる冒険者は多くない。いや、居ないと断言できるほど。

 だが、それでも目の前の事実が変えられない事を()()はすぐに理解した。

 そうか、と小さく呟く。

 

(……代償としては真っ当な部類なのか。それともダンジョンの気紛れなのか)

 

 かつて人間(ヒューマン)であった()()は現在、モンスターと化していることを理解し自覚し呆れ果てた。

 乾いた(わら)い声を漏らした後、不意に腹が鳴った。

 喫緊の問題ではないとしても腹が空くのは生物的で納得できる。食べ物は見つからないが水はたくさんある。

 当面は現状の理解から。周りに冒険者の姿も無い。

 

(……モンスターといっても何のモンスターだ? 鱗から察するに『竜女(ヴィーヴル)』か『竜人(ドラゴニュート)』のどちらだろうか。……額に宝石は無し。尻尾在り)

 

 完全にモンスターだな、と嘆息する。

 元々の肉体が変質したのか、全く新しい肉体として復活したのか。

 『スキル』があるようだから変質を選びたいが感覚的というか勘からは新造されたものと見るのが正解のような気がする。

 一度肉体が滅び、新たなモンスターに魂が宿った。そう考えれば自然と納得できる。

 己の手を見るとモンスター特有の攻撃的に伸びた爪が見える。それは足も同様だ。

 

(これでは靴も履けないな)

 

 自身の記憶にある『魔法』にて綺麗に剪定する。

 まるで爪切りだ、と揶揄しつつため息をつく。

 

          

 

 本格的にモンスターであるためか、大人しくしているにもかかわらず周りの壁からモンスターが生まれない。つまりダンジョンに『敵』と認識されていない事を意味する。

 通常は冒険者を察知してから現れるようだが、それは(まこと)であった、と()()は思った。

 水を飲みつつ、味覚に異常が無いか尻尾はどの程度動かせるか。

 生まれ出てしまったからには現状を把握しておく必要がある。動けるうちは黙って死ぬつもりはない、と()()は常々思っていた。

 生きている限り足掻くのが冒険者というもの。

 

(……今の私が冒険者を語れるとは思えないが……。何らかの事情でこの世に舞い戻ったのならば……行けるところまで行くのが冒険者の責務……。これは単に私の我儘だ)

 

 衣服が無くて困るかと思ったが全身を覆う鱗が丁度いい具合だった。しかし、それでも女性としての恥じらいがあるのでどこかで服を調達しなければ、と。

 姿鏡があれば己の姿を確認できるのだが、単なる水溜まりだけで鏡の代用が出来るのか――

 そんなことを考えながらゆっくりと歩み出す。

 目指すは地上――と言いたいところだが、まずは一八階層。安全階層(セーフティポイント)と呼ばれる『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』へ。

 それと身体の調子の確認だ。

 以前の肉体ならば理解しやすいが、どう考えても異質である。それなのに()()を使用することが出来た。

 まさかと思いつつ【ステイタス】も引き継がれているのであれば自分はまさに危険なモンスターそのものだ。

 

(果たしてそんなことがあり得るのか。……声、発声に問題はない。……多少、喉の調子が悪いくらいだ。……後はどの程度『能力値(アビリティ)』があるのか、か……)

 

 『力』を見るなら手っ取り早くモンスターと戦えばいい。しかし、そのモンスターが近くに居ない。

 あるのは()()()()()()()()くらいだ。

 それと――

 戦友ともいうべき存在もどこかで生まれ直している可能性がある。希望的観測にすぎないかもしれないがあり得ないと言い切れない。

 特にもう片方の存在の最期を見ていないので未練次第では騒動の発端となってしまう。だが、なったからとて止める気は()()には無い。

 

          

 

 モンスターと戦わず、壁などを殴りながらダンジョンを移動する事になった一匹のモンスター。

 ここに冒険者が居れば希少(レア)モンスターを発見したとして襲い掛かってくるところだ。当然、迎え撃つ気でいるけれど。

 普段と違った進行に()()は驚く。大きな驚きではなかったが――未知の感覚という意味では小さくないものであった。

 

(『魔力』も充分。()()の【ステイタス】と遜色が無いらしい。こんな階層で私の様なモンスターと出くわす冒険者が居たら間違いなく運が悪い。……いや、逆か……)

 

 怪物だの化け物と呼ばれていた存在が()()になっただけだ。

 どういう意図があって蘇ることが出来たのか、それは未だに分からない。

 分かる事は前に進める、というだけ。何らかの意志が流れ込んできたわけではない。

 

「……全く、ダンジョンというものはいつの時代も我々を驚かせてくれる」

 

 それから上層階を目指しながら探索を始めた。

 普段であればモンスターの猛攻があるものだが今のところ何の障害も発生していない。

 全く居ないわけではなく、見かける全てが大人しい。まるで――敵だと認識されていないかのようだ。

 ダンジョン内に現れるモンスターは確かに冒険者に襲いかかる習性がある。だからといって仲間意識があるわけではない。

 種族が違えば互いに襲い合い、知恵を付けたモンスターは魔石を喰らって『強化種』に至る。下層に居るモンスターならば、より顕著であると言える。

 

「……(なん)にしても」

(情報を集めねば)

 

 迷宮都市オラリオが自分の死後にどうなったのか。冒険者の質やどれだけの時間が経過したのか。

 生き残っている『闇派閥(イヴィルス)』についても同様だ。彼らがどうなろうと知った事ではないが今も存在し、オラリオを苦しめているとしても今の自分には関係ない。

 彼ら(闇派閥)に後れを取るようであれば失望が増すだけ。

 

 ――もし、今も抗う気持ちを絶やさない冒険者が居るならば――

 

 仮に居たとしてもだからどうしたというのだ、と()()は思う。

 既に敗退した過去の遺物、亡霊にすぎない自分が今更――

 

(ならばもう一度立ち塞がるか? ……勝者に道を譲ったのだ。もう少し様子を見よう、か……。何だか……過去の(しがらみ)に縋りつく弱者になった気分だ)

 

 そうだ。自分は負けて敗者となった。

 『才禍の怪物』がただの負け犬だ。実に滑稽で、実に愉快ではないか。

 ()()は歩きながら思う。

 未知の発見は実に素晴らしい、と。

 

          

 

 上層を目指しながら歩き続けているが、その歩みはとてもゆっくりしていた。急ぐ理由が無いのとモンスターとなった自分の様子を把握したり考察する事に時間を割いていたので。

 興味が無いわけではなかった。それゆえに()()の速度を緩める結果となった。

 途中、身体を洗ったりしながら髪の毛を確認する。

 生前に近い灰色の長いもの。角と翼は無く、いったいどんなモンスターとなったのか記憶を探るが出てこない。それだけレアモンスターということか、と。

 

「観察すれば大抵のことが出来る、と豪語していたが……。さすがにモンスターの真似事は一筋縄ではいかんな」

 

 口から炎を吐けるわけでもなく、針を飛ばす事も出来ず。

 思えば人より強い以外は他の冒険者と大差が無いのではないか、と思い始めた。

 このダンジョンの中にあって初めて分かる無力感とでもいうのか。

 

(本当の化け物なら私など歯牙にもかけぬ。……それでも立ち向かわなければならないのが世知辛(せちがら)い冒険者稼業というもの)

 

 ため息とも嘆息ともつかぬ息を吐きつつ歩き続けた。

 途中で出くわすモンスターの種類から階層を特定し、冒険者の死体や新手の気配などを探る。

 ずっと全裸でいるので服が欲しくなった。贅沢は言わないがせめて外套の一つでも、と。

 いざ探すとなると中々見つからない。見えるのは大瀑布と細かな迷路。それと周りを照らす鉱物類。

 『水の迷都(みやこ)』を抜けて『巨蒼の滝(グレート・フォール)』に入り、もうすぐ『大樹の迷宮』へと差し掛かる。『下層』から『中層』へ。

 煩わしい戦闘をせずに踏破するのは初めてではないかと思っていたが完全に無し、とはいかないようだと思い知る。

 上に進むごとにモンスターが目立つ。おそらく冒険者が近くに居る。

 ダンジョンの深層域を攻略する冒険者は非常に限られてくる。浅ければ浅いほど人口が多くなるのは必然と言えた。

 ()()の知識にある一般的な冒険者も『大樹の迷宮』辺りが一つの分岐点となっていた。

 

(……音から察するに『巨大蜂(デッドリー・ホーネット)』との戦闘か。この辺りは昆虫型が多いから数で押され……)

 

 と、つい考察しそうになり、思考を止める。

 今の自分には関係ない、と思ったが別に考える事に無意味さは感じなくていい事に気付く。

 無意味だとか無駄だとか今の自分にそれらがどれだけ当てはまるというのか。

 敗者となった自分はただ見守るのみ。後進に道を譲ったのではないのか、と。

 

「行きます! 【ファイアボルト】!」

 

 上層の戦闘の最中(さなか)に聞こえた魔法詠唱。

 思考の海に埋没しそうになった()()(魔法詠唱)を拾い、顔を見上げて探してしまった。

 

          

 

 ギルドから通達された『強制任務(ミッション)』の遂行に多くの仲間達の助力を得て中層攻略を始めた。

 レベル(フォー)になってから訪れる未知の領域。当然、危険も増えてくる。

 何度か訪れている一八階層の『宿場街(リヴィラ)』を拠点とし、覚悟を決めて下層を目指して降りてきた。

 上層から薄暗い無機質な空間だったものから様相が変わり、煌びやかな鉱石と初見モンスター、そして現在植物に覆われた空間に入っていた。

 ベル・クラネルにとって初見でも既に多くの冒険者に攻略されていてギルドでもある程度の情報が伝わっている。

 気を付けるべきことを学んでから彼らはここまでやってきた。だが、実際の戦闘は想像以上に苛烈であった。

 

「次から次へと蜂がやってきやがる」

 

 愚痴を言うのは赤髪の鍛冶師ヴェルフ。

 小人族(パルゥム)のリリルカは戦闘の邪魔にならない位置で指示出しに務めている。

 【タケミカヅチ・ファミリア】からカシマ・桜花とヒタチ・千草。

 【ミアハ・ファミリア】からカサンドラ・イリオンとダフネ・ラウロス。

 【ヘルメス・ファミリア】からアマゾネスのアイシャ・ベルカ。

 以上の『派閥連合』をもって進軍中である。

 これだけのメンバーを揃えても攻略がすんなりと進まない。それだけ迫りくるモンスターの猛攻が激しいからだ。加えて二〇層以下から(トラップ)も出てくるという。

 油断していると毒にかかり、撤退を余儀なくされる。

 ベル達の目的は中層域の開拓のほかに素材採取がある。だが、モンスターとの戦闘に手間取っていて遅々として進まない。

 目の前に目的の物があるのに手が出せない、といった状況が続く。

 

「鉱物はまだマシですが、モンスターのドロップアイテムは難しいですね。やたらと強いですし」

「……あと硬い」

 

 充分に準備してきたはずなのに対応が追い付かない。だが、モンスターは倒せている。階層主ほどの厄介さは無いとしても数を捌くのに手間取り過ぎていた。

 特にレベルの低い者は焦りと疲労を感じてくる。

 ベル達のパーティにはレベル(ワン)が二人居る。彼女達を守りながら戦う事になっているので手間というか負担が時間を追うごとにのしかかってくる。

 ――そのレベル(ワン)の冒険者であるリリルカと春姫は当然、足手まといになる事を覚悟している。

 

「やはり元凶を叩くしかない。白兎の脚(ラビット・フット)】! 畜力(チャージ)はまだ!?

 

 ダフネの怒声が響く。

 多くの巨大蜂(デッドリー・ホーネット)を生み出し続けるモンスター型の要塞『ブラッディーハイヴ』が戦闘激化の大元であった。

 姿は黒紫色の松毬(まつかさ)型。七(メドル)もの大きさの蜂の巣であり希少種(レアモンスター)でもある。

 動かない(トラップ)型のモンスターだが取り巻きの蜂が邪魔で攻略しにくく、粘度の高い液を飛ばして冒険者の脚を潰す。

 既に攻撃態勢に入っているベルの――彼の『スキル』である【英雄願望(アルゴノゥト)】によって――右腕が発光し、小さな鐘の音が鳴っていた。

 次の攻撃に対し畜力(チャージ)の時間が長いほど威力が高まる。だが、レベルに応じた限界時間が存在し、現行では最長四分まで。

 たった一分だとしても迫りくるモンスターの猛攻に比べれると長すぎるほどのデメリットだ。

 高速戦闘は上級冒険者にとって既に必須の技術となっている。僅か一分、一秒と侮る事はもうできない。

 

(……二〇秒分。……それでもやはりモンスターの攻撃が早くて激しい)

「行きます! 【ファイアボルト】!」

 

 蜂の巣(ブラッディーハイヴ)に照準を合わせ、少年の右腕から大炎雷が(ほとばし)る。

 通常の魔法は長い詠唱文が必要だがベルは詠唱を必要としない即効魔法である。

 魔法名を意志を持って叫ぶだけで発動できる。その威力も【ステイタス】と共に大きくなってきた。

 更には威力を落とした速射もある程度出来るようになっているとか。

 

          

 

 蜂の巣の進路上に居た多くの巨大蜂(デッドリー・ホーネット)を巻き込み、見事に一撃でブラッディーハイヴを破壊した。

 法撃を免れた蜂達は仲間達が殲滅していく。

 厄介なモンスターが居なくなれば一息付けるほどの余裕が生まれる。しかし、中層より下はいつでも休息が出来るほど甘くない、と多くの冒険者が言っている。

 

「ご苦労様です」

「坊やの魔法の威力はどんどん上がっているじゃないか」

 

 (ねぎら)われたり褒められたり、ベルは対応に苦慮しつつモンスターから零れ落ちた魔石やドロップアイテムを回収するリリルカ達の様子を眺める。

 戦闘一辺倒なベル達にとってサポーターは既に無くてはならない存在だ。適切な指示も出してくれるリリルカに深く感謝する。

 

「ギルドの依頼にある素材はまだ足りない?」

「……ええ。全然足りません。一匹一匹の討伐に時間がかかりすぎてますからね。この辺りは外装の硬いモンスターが多いですし」

 

 なので、と言いつつ一八階層と往復しながら数日かける必要があると提言する。

 元より一日で全部終わるとは誰も思っていない。

 遠征とは腰を据えて攻略するものである。それが探索系大手と言われる【ロキ・ファミリア】であっても同じこと。

 

(僕にとって初めての遠征……。()()()なし崩し的なものではなく自分達の意志で潜っている)

 

 ここまで来るのに期間的には早い方だと言われているし、実際そうなのだろうとベルも思う。

 通常の冒険者がレベル4に至るには数年を要する。僅か数か月で一気に【ランクアップ】する者など前代未聞とまで言われる。

 これは才能なのか、特殊な『スキル』のお陰なのか分からないけれど()がいい事だけは理解した。それに甘えず実力を付けなければ大勢の冒険者を侮辱する事にする。

 ベルと同じように恵まれた能力(スキル)があるわけではなく、実力で勝ち取っている。彼らの方が余程英雄に相応しいと思えるほどだ。

 ――だが、自分もここまで来た。後に引けない。

 

(……ん?)

 

 ベルの感覚に引っかかる違和感が生じた。それは即座に悪寒となって全身を駆け巡る。

 思わず立ち上がり、皆に警戒するように言おうとした――その時、アイシャの顔色が悪い方に変化するのに気が付く。

 レベルの低い春姫達は気づいていないようだ。

 

「……おいおいおい。なんかヤベーのが下に……」

 

 アイシャの声が震えている所からベルも自分が感じているモノが気のせいではないと確信する。

 下方に危険な存在が居る。それはじっとしているが明らかにそこから視線を感じる。

 声を潜めたベルは仲間達に警戒するように通達する。場合によれば荷物を捨てる事になる事も。

 カサンドラとダフネは首を傾げていた。危機意識において彼女達もそれなりの修羅場をくぐっているので分からない筈がない。だが――分からなかったようだ。

 

(レベル3以下は感じないのか。ヴェルフも首を傾げているし)

 

 とにかく、と言いおいて上層への逃走経路の確認を静かに(おこな)わせる。逃げ切れるかは未知数だが戦闘は避けた方がいい気がした。

 彼らが散らばる素材アイテムを放置し、即座の撤退を決め込む頃、下方の存在はゆっくりと動き始めた。

 意識した為か、気配だけで何となく分かってしまう。特にベルは他人の視線に対して()()()敏感であった。

 

          

 

 逃走を選んでも事態が解決するわけではない。

 ベルは仲間達を引き連れて一八階層を目指しながら思った。このまま逃げても敵はいずれ追い付いてくる。例え自分達が目的ではないとしても『宿場街(リヴィラ)』に被害をもたらすのは間違いない。

 上級冒険者が危険だと感じる相手だ。並みの敵ではない。

 

(迎え撃つにしても……。広い場所がいいのか。……そうじゃない。勝てるかどうかわからない相手に挑むのは危険だ)

 

 勇気を出して突貫しても玉砕しては意味がない。これが自分一人であれば構わない。

 仲間達が居る現状では――可能な限り――無謀な戦闘を避けるのが正しい道筋である。だが――

 ベルは迷った。

 逃げても挑んでも犠牲が出てしまうおそれに。

 悪い結果しかないのであれば――どの道、大勢の者達や仲間を犠牲にするような選択は選べない。仮に抗うにしても仲間達に無謀な戦闘を()いる事になる。

 

(……なんて考えていそうだね、この坊やは。……だが、確かに戦闘に入るのは得策じゃない。逃げつつ考えなきゃ生き残れない)

(……もし、相手が意思疎通のできる存在であれば……。って考えるのは甘いよね)

「……坊や。……冒険者に必要なことは何だい?」

 

 警戒しながらアイシャが尋ねて来た。

 生き残る事、と言いそうだが違うと思った。

 集団で行動する冒険者の仕事は『情報を持ち帰る』事だ。それも出来れば生きて帰るのが望ましい。

 犠牲を少なくするのは当たり前だが避けられない犠牲というのはどうしても出てしまう。

 ベルの手の届かない危機などだ。

 

「……上に行きましょう」

 

 ダフネは文句を言おうとしたが事情を察したリリルカはため息を付きつつ団長(ベル)の意見を尊重する事にした。

 脂汗を流しつつ真剣な深紅(ルベライト)の瞳で訴えかける少年の決意を無駄にしてはいけない。

 結論が出た以上、無駄な議論は命取り、と言いながら歩みを進める。

 

 少しは(さか)しいところもあるのだな。

 

 そんな声がベルの耳に届いた。

 それだけで今まで以上の悪寒が走り、思わず駆け出す。だがすぐにアイシャが彼の身体を掴んで止める。

 一気に殺意の様なものが膨らんだのは彼女(アイシャ)も感じた。だが、取り乱しては相手の思うつぼ。

 

(……今のはなんだ? 誰かが喋ったのか? リリ達は気づいていないような感じだけど……)

「……少し脅かし過ぎたかな」

「!?」

 

 今度はすぐ近くから声が聞こえた。

 ベルは反射的に女神から貰った黒いナイフを敵意の元凶に振るった。しかし――

 斬撃は途中で止まる。モンスターの指に挟まれる形となっているのが見えた。

 唐突な停止に思わずベルの体勢が崩れるほど。

 

「……ふん。だが、反応が早く対処も……まあまあといったところか」

 

 落ち着いた口調で述べるのは全く未知の存在。

 全身が青白く、肌の多くが鱗状のものに覆われた――いわばモンスターそのもの。

 

「も、モンスターが喋った!?」

 

 最初に気付いたアイシャが言った。次いで最後尾に居るベルが相対している存在にリリルカ達の視線が集まる。

 つい先刻まで最後尾を守っていた少年の背後には誰も居ない筈だった。それがつい今しがた気配を生んだ。

 等級の低い冒険者達が次々と悲鳴に似た喘ぎを漏らす。

 

「……こいつは……噂の竜女(ヴィーヴル)かい?」

「額に宝石がありません。……が、亜種か強化種という可能性も……」

 

 彼のナイフを指で挟んだままリリルカ達を眺めるモンスターは特に行動を示さなかった。先ほどまでの殺気も既に霧散している。

 ベルは武器を引っ込めようとしているが万力で挟まれているかの如くビクともしない事に驚いていた。

 レベル4の『(アビリティ)』を持ってしても相対距離を離せない。

 

(僕たちの言葉(共用語)を喋った、ということは異端児(ゼノス)の可能性が……)

 

 今回連れて来た仲間達には異端児(ゼノス)の事は知られているし、ベルとの関係性も同様である。――カサンドラとダフネは今一度の説明が必要かもしれないが、今回に限って言えば無視した方がいいと判断した。

 ベル以外の者達も武器を構えて警戒するがアイシャが武器を仕舞え、と命令する。迂闊に戦闘になれば全滅するのはどちらなのか、と。

 

「お前達の目から見ても竜女(ヴィーヴル)に見えるのか? 誰か鏡を見せてくれないか? それとも……一度全滅させてから荷物を漁った方がモンスターらしくていいか?」

 

 女性型のモンスターが静かに告げる。

 表情としては無表情。怒りは無く、ベルの目から見ても何を考えているのか読み取るのが難しいほど。

 

(……こいつら(冒険者達)の中に見知った顔は無いな。……会話するだけ徒労だったか。……こいつの持っているナイフは……それなりの業物のようだが……私に対して有効打があるわけでもなさそうだ)

 

 冷静に分析するモンスターをよそにリリルカは生き残る確率を上げる為、素直な冒険者を演出する事にし、仲間達にもそれを強要させる。

 文句は受け付けないと小声で言い切った。

 

「は、はい。鏡でございます」

「……うむ」

 

 (うやうや)しく提示された手鏡を受け取り、角度を変えながら見える範囲を確認していく。

 ――そして、モンスターは(ようや)く自分の姿に確信を得る。

 記憶にあるモンスターの中で竜女(ヴィーヴル)に姿が一番近いと思った。だが、かのモンスターの特徴である額にある筈の宝石が無いのが疑問だ。

 別種か近親種であるようだ、と判断する。

 

(頭に角や背中に翼でもあれば竜人(ドラゴニュート)だが……。えらく中途半端なモンスターとなってしまった。まあ、そういうこともあるか、と納得しておこうか)

 

 指で挟んでいたベルのナイフを放してからリリルカに鏡を返す。

 自分(女性型モンスター)の現在の状況は色々と不可解であるが理解した。後は顔見知りを探し出し、世間の情報を聞き出すだけだ。そうモンスターは判断する。

 今更改めて迷宮都市オラリオを滅ぼそうとかは考えていないが、あまりにも(てい)たらくのままであればこのまま進撃する事も想定に入れておこうと思った。

 どのみち一度失った命だ。改めて使っても構わないだろう、と。

 

          

 

 謎の女性型モンスターは自分の姿に落胆したのか、酷く落ち込んでいるようにベル達の目から見えた。

 しばし物思いに耽った彼女は顔を上げてベル達を見据える。その眼差しはレベル3以上であっても心胆(しんたん)寒からしめるだけの迫力が込められた。

 

「……冒険者ならばモンスターを前にした時、武器を構えるものだ」

 

 そう言いつつも彼らは何処か()()()()()であることに違和感を覚える。

 モンスターに、ではなく人と同じ言葉を話す、という点において――

 今の自分と似た境遇の存在に出会わなければかなり取り乱している所だ。それが無いということは何らかの事情を知っている事になる。

 

(……私がここに居るということは()()()も現れる可能性がある。……絶対かどうかは分からないが……)

「……い、いえ。僕達はあなたのような喋るモンスターと会った事があるので……」

(……私の記憶ではそのような情報は無いな)

 

 疑問に思いつつ目の前に居る白髪(はくはつ)の少年に顔を向ける。

 パーティの中では一番の強者のようだが頼りない外見のせいで色々と損をしている気がすると評価した。

 それと(ベル)深紅(ルベライト)の瞳にしばし見入った。

 何処かで見たような気がするし、他人の空似でもあるような――非常にぼんやりしたものを感じた。

 ベル達と相対しているモンスターは非常に落ち着いており、受け答えは少ないが淀みなく対応している。

 彼の知る中では一番の知恵者のように感じた。それと――かなり強いのは間違いない、と。

 

「……単刀直入に聞きます。あなたは……異端児(ゼノス)なんですか?」

「? 知らない言葉だ。……私のような喋るモンスターの事を指すのか?」

 

 首を傾げるモンスターにベルは素直に説明を始めた。

 戦闘に発展しない限りにおいて情報は宝ではあるが生存率を高めるならば彼は躊躇いなく放り捨てられる。

 リリルカ達も教え過ぎではないかと心配するものの、半ば諦めていた。どのみち、団長が決断したのだ。それを尊重するのが団員の務めである。

 

(……知らぬ間に世間では色々な事が起きていたようだな。おちおち死んでいられないではないか。……全く次代の若者は何をしでかすか分かったものではないな)

 

 ある程度聞き終えた彼女は軽く嘆息する。

 それから自分が異端児(ゼノス)とやらの仲間ではないが枠組みに入る事を認める。否定する材料が無いのも理由の一つだ。

 ついでに、とばかりにサポーターに向けて外套を所望した。理由は単純明快――素っ裸のままベル達と対峙していたからだ。

 ここでリリルカは頭脳を働かせた。何か言いかけた仲間の口を即座に塞ぎながら。

 

「で、では、謝礼としてこの辺りの素材採集を手伝ってはもらえませんか? リリ達は遠征で色々とお金を稼がなければならない身の上なのです」

「……遠征。……ギルドの『強制任務(ミッション)』の途中だったか」

(……何故、ギルドの事を? このモンスター、相当にヤバイ気がします)

 

 リリルカの知る異端児(ゼノス)達の殆どは地上の事に(うと)い。

 仮に知っていても冒険者から聞き出したものが精々だ。

 だが――目の前に居る竜女(ヴィーヴル)モドキは言葉尻からも相当な知性を携えている。それに出し抜ける気が全くしない。

 

(深層攻略にしては人数が少ないと思っていたが……。数ある任務の一つを遂行中だったのか。……貴重な情報料としてそれなりに対価も必要だな)

 

 無理に制圧する事も出来るが意欲が湧かない。

 既に自分は敗者である、と認めているからかもしれない。

 それに――生前の自分を知る者が居ないと確認できた。もし、一人でも居ればもっと簡単に物事が進んでいた。

 

「ど、どうでしょうか?」

「……私の目的は地上にある。それでも構わないのであれば引き受けよう。別にお前達と共に出ようとは思わないが……」

 

 モンスターの地上進出、という事を聞いたベル達は――カサンドラとダフネを除く――一斉に緊張した。

 つい先日、そのことでオラリオ中を混乱させたばかりだ。もう一度同じ事が起きるのは避けたい、と。

 

(でも、ウィーネと違って一人で出る場合はどうなんだろう? そのまま通した方がいいのかな?)

(外套で身体を隠せば……、夜間なら容易いかもしれませんが……)

(また一波乱の予感がするぞ、これは……)

(……ど、どど、どうしましょう)

「ど、どうして地上に?」

「今のオラリオがどうなっているのか気になっただけだ。……それに顔見知りに会えるかもしれん。会えたら会えたで殺し合いになると思うがな」

 

 そう言いながらモンスターは苦笑する。

 平然と言っている所がまた怖い。彼女はベルの攻撃をものともしない手練だ。それが地上に出て猛威を振るう事になれば間違いなく大混乱が予想される。

 リリルカは地上に出るまで色々と約束を交わしておきたいと思い、策を練る。

 無力な小人族(パルゥム)に出来る事は頭を使う事だけだ。

 

          

 

 戦うにしても見逃すにしても【ヘスティア・ファミリア】としてはとても具合が悪い事は確かだ。

 連合を組んでくれた【ファミリア】にも当然のように迷惑がかかる。

 戦闘こそ起きていないが現行戦力で打ち破れるかと問われれば――

 

(何やら疑心暗鬼になっているな。モンスターを前にしているからか。それとも……似たような目に既に遭っているから? ……良い結果ではない事は確かなようだ)

 

 戦闘の意欲を見せているのは二人ほど。それ以外は混乱の極致といったところだとモンスターは判断した。

 戦う気のない者を甚振(いたぶ)る趣味は無いが失望次第では撃滅も辞さない。それは今も昔も変わらない。

 先ほどの少年の一撃は――それなりに評価してよい気がした。

 気配を消していたとはいえ、しっかりと迷わずにナイフを振るった。あの一撃はそれなりに価値がある。

 

「……何を採ってくればいい?」

「……え? あっ、はい。少々お待ちを」

 

 リリルカの素早い対応が従順な(しもべ)のようでヴェルフは呆れたが、他は彼女なりの処世術だと気づき拳に力を籠める。

 今の自分達に目の前のモンスターを打倒する力がどうやら無いらしい、と【ヘスティア・ファミリア】の頭脳担当が判断してしまった。それがとても悔しかった。

 彼女(リリルカ)の行動を侮辱できるのは同郷の団員くらいだ。

 資料を受け取りつつモンスターは告げた。

 現れるモンスターはお前たちを襲う。決して油断するな、と。

 

「ここまで来る間、襲われなかったのでな。おそらく仲間だと思われているか……、私を認識できていない。死にたくなければ抗え冒険者」

「……言われなくても」

「はい」

「御意」

 

 そう言いおいてモンスターは一瞬で姿をかき消した――かの如く移動し、壁などを素手で破壊していく。

 彼女の攻撃速度が目で追えない。

 【ファミリア】の中で一番高いと思われる『敏捷』を持つベルの目でも辛うじて、という具合だった。

 

(……ど、どういう肉体構造をしているんですか!)

 

 リリルカは思わず内心で怒鳴り散らした。しかし、それは彼女だけではなかった。

 アイシャも命も千草も口を大きく開けて驚いた。

 既に再出現を始めた巨大蜂(デッドリー・ホーネット)がなすすべも無く粉砕されている。明らかに女性モンスターの速度が圧倒的で巨大蜂(デッドリー・ホーネット)が動くより前に叩き落されているとしか言いようがない。

 迂闊に戦わなくて良かった、と安心する者が何人か居たのは仕方のない事だ。

 

          

 

 僅か半時――一時間もかかっていないのではないかと――で鉱石関係の素材が集まった。モンスターのドロップ品は再出現待ちとなるのでいくら彼女(モンスター)でも容易ではない。

 ドロップアイテムは確実に落ちてくるものではないからだ。

 魔石も提供されたので外套を渡す約束を交わす。本当はもっと下の階層に行きたいのだが、欲をかくのは危険だと身体が警告を発していた。

 ただでさえ常識外れの動きを見た後だ。何で機嫌を損ねるか分かったものではない。

 

(……『敏捷』はアイズさん以上かもしれない)

(ま、まあ素材はちゃんと集めてくれましたしー。……でも、もう少し下の階層を頼むべきでしたかね?)

 

 腹が空いた、と呟けばリリルカは食料の一部を提供する。

 静かに食べるモンスターの女性の様子を極東からオラリオにやってきた面々が興味深そうに観察する。

 

(……栄養面だけの携帯食か……。今となってはこれでも懐かしいな)

 

 地上に向かう、という目標を立てたのはいいが実のところ明確な目的が無い。

 既に表舞台から去ったはずの存在だ。今更改めて試練を与えようという気分にはなれない。いくつかの確認をしてみたいという気持ちはあくまで個人的な我儘(もの)だ。

 殺伐とした時間を過ごした後での復活――

 どんな意図があってこの世に生まれ堕ちたのか、それを一番知りたいのはモンスターの彼女自身だ。

 外套をまとい、上を目指そうとしたがベル達は下に行く予定がある。

 

「行けばよい。私は勝手に上を目指す」

「……そうしたいのは山々だが……、ここであんたを見逃すのは冒険者として無視できないんでね」

 

 と、アイシャは言う。

 正論だがリリルカからすれば無視した方が得策だと思った。

 ベルは――彼女が何を求めているのか知りたいと思った。このまま一人で帰すと良くない事が起きるかもしれないし、その原因になりたくもなかったけれど無視はできない。

 

「……かといってあんたの実力から察するに私達じゃあ到底敵わない。戦うだけ無駄死にするのは分かってる」

「……賢明な判断だ。だが……いや、そうだな……。強制任務(ミッション)の目的から外れてしまうな」

 

 仮に戦闘になった場合、多くの犠牲が出るだけで旨味が無い。

 戦いとは互いが全力を出せる立ち位置(舞台)が必要だ。だからこそ――派手で大仰な一芝居を打つ手間を呑んだ。

 それと(ベル)らと共に下層を目指すわけにはいかない。

 理由は単純に冒険者の為にならないからだ。

 

(……モンスターの事を殆ど知らないけれど、ここまで賢い奴はあり得るのか?)

 

 アイシャとダフネは同じことに疑問を抱く。

 通常のモンスターとは隔絶した()()を感じる。いくら強化種でもここまで開きを感じるのは深層域のモンスターでもない限りあり得ない筈だ、と。

 ベルも黙って相手の言葉を聞いていたが今まで出会ったどの異端児(ゼノス)達とも違う。

 例えるならば――いや、そうとしか考えられない。

 

 彼女は元々冒険者だった。

 

 それも第一級に引けを取らない最強格と呼べるほどの実力者。

 何らかの事情でモンスターとして生まれる事になってしまった。そう考えると納得できる。

 話しぶりからもそれが窺える。

 

          

 

 戦う事も逃がす事も共に地上を目指す事も難しい。特に今の【ヘスティア・ファミリア】は。

 最適解が全く浮かばない。であれば彼女が勝手に行動するのがいいのか、となってしまう。

 単独行動なら責任問題をベル達が受ける(いわれ)れはない。罪悪感がのしかかってくるだけだ。

 

(僕らが彼女を行かせたことで悲劇が生まれたら……。そう考えると怖いけれど、それだと一向に前に進めなくなる)

「……うん。僕らは強制任務(ミッション)を優先しよう。弱小【ファミリア】に出来る事なんて……、そんなに多くない」

 

 ベルの決定にヴェルフは口を尖らせたが団長が決めたことだから、と異見を述べるのをやめた。

 リリルカはほっと一安心した。

 残りの団員達はそれぞれ言い分があったようだが無駄な犠牲を生むのは得策ではないと判断し、ベルの意見に賛成する。

 

(向上心が無いわけではないようだな。……実力の分からないモンスターであれば大勢で囲めば何とかなる、と短絡的な事になるかと思っていたが……)

 

 モンスターはベルの言葉に嘆息しながら微笑した。

 目の前に脅威がありながら無謀な選択をしなかった。それもまた冒険者にとって大切な選択である。

 もし、当時の自分であれば力業で抑え込む。それくらい実力に自信を持っていた。

 

「地上人が騒ぐのは……、おさらく避けられない。……だが、お前達の勇気ある選択にこちらも敬意を示そう。……可能な限り、私は戦闘を(おこな)わない。ただし、私を失望させる相手には容赦しない」

「……はい。すみません」

 

 モンスターに頭を下げるベル。

 相手がモンスターなのに、と素直な姿勢を見せる彼に少し驚いた。

 彼の冒険は自分が思っているよりも多彩なようだ、と。それは聞かずともわかる冒険者特有の勘のようなもの。

 

(……本当に。髪が白いからか、それとも素直さからか……。つい妹の顔がちらつく)

 

 彼女の才能ごと吸い取った自分にとって唯一敵わない存在があるとすれば(メーテリア)だけだ。そうモンスターは苦笑を滲ませる。

 妹は才能に恵まれなかったが素直で突拍子もない事でいつも驚かせてくれる。

 白い髪の毛というのは別に珍しくもないのだが、どうしてだが――気になってしまった。

 ――それに彼の深紅(ルベライト)の瞳。見ているだけで心が安らぐ、と思った次の瞬間には思い出したくない(妹の夫とかいう害虫)の顔がちらつく。

 彼女とて取捨選択したい気持ちがあり、素直に喜べない事情があった。

 本音では『あの子(妹の子)の事だけ考えたい』だ。

 それとまだ名前を教えてもらっていない事も思い出してしまった。確か自分に連なるものを付けた、という感じだった。

 分かるのは外見的特徴と性別だけ。今から会いに行くとしても――モンスターとなってしまったので――

 これ以上悶々と思考しても不毛であると気付き、現実に戻ることにした。

 

「ここで別れよう。地上で会えるかは分からないが……。しばらく私はオラリオに滞在するつもりだ。今後の事も考えければならないからな。……なにせ我が身がモンスターだ。どう暮らしていけばいいのやら」

 

 ついつい口が滑ってしまった。気が付いた時は遅かったが仕方がない、と小さく呟くにとどめる。

 リリルカに馳走になった、と告げて地上に向けて歩き出す。

 

「あ、あの!」

 

 ベルは思わず相手の外套を掴んでしまった。

 まず自分の名前を言った。次いで相手の名前を尋ねた。

 この出会いも何かの縁、とか言いながら。

 

(……ベル、クラネル……。クラネル? 何処かで聞いた気がするが……。思い出せないところを見ると大した姓でもないんだろう。……ベルという名は良い響きだ。……私の妹が付けそうな名前だ。……いや、私でも付けそうな名だ)

「……相手の名前を聞いてどうする? モンスターの種族名で充分だろう」

異端児(ゼノス)のみんなもそれぞれ名前を持っていたので、つい……」

 

 下らない理由のようだと理解したがモンスターは少しだけ思索する。

 そのまま名乗れば騒ぎになるのは必至。妙な偽名だと彼らが余計に勘繰られる恐れがある。

 かといってすぐに思いつくものはなし。妹の名前は論外だ。

 

アステル()……と名乗っておこう。吹聴したところで無意味だがな」

「ありがとうございます」

「……ベル・クラネル。冒険者ならば上を目指せ。……いつまでも下で(くすぶ)っている事は許さん」

 

 モンスターアステルは他の冒険者達にも睨みを利かせたがそれぞれ三者三様の表情になった。

 深く追求気も無かったので、それだけ言いおいて彼ら(派閥連合)と別れた。

 追撃するのは自由だが、おそらく簡単に蹴散らされるのがオチだとアイシャが判断し、団長ベルも同意した。

 そして、ベル達は当初の目的通り下層を目指す事にした。

 

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