υπηρχεω【完】   作:トラロック

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10 贖罪

 大木に寄り掛かる赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)は大人しくしていた。

 モンスターであれば冒険者に敵意をむき出しにして襲い掛かるのが一般的な行動なのに。

 白髪の少年冒険者ベル・クラネルは『異端児(ゼノス)』との出会いが無ければ間違いなく警戒し、恐れ、武器を持って相対する。

 なにせモンスターは冒険者の敵であり、人類の敵だ。それが当たり前だった。

 偶然か、奇跡か。竜女(ヴィーヴル)の少女ウィーネと出会い、今までの常識が瓦解してしまった。

 自分達と同じ言葉を話すモンスター。人々と仲良くしようとするモンスター。そんな存在と出会ってしまった。

 彼の深紅(ルベライト)の瞳に映るのは凶暴な敵ではなく、苦しみ悶えつつも周りの事を気にする一体の人蜘蛛(アラクネ)が居る。

 

(……アイズさんは武器を持たず、このモンスターを気遣っている)

 

 モンスターと見れば容赦なく切り捨ててきた【剣姫】の『二つ名』を持つ金髪金眼の少女アイズ・ヴァレンシュタインが、だ。

 額に巻いたバンダナを気にしつつ、彼女は濡らしたタオルで人蜘蛛(アラクネ)の身体を洗っている。

 少し前までは信じられない事である。

 

「……貴女は……本当に……アリーゼ、なの?」

 

 恐る恐ると言った(てい)でアイズが尋ねた。

 今まで眠っていたので聞きそびれていた。それと聞くのが怖かった事もある。

 先ほどの声を聴いている内に聞き覚えがある、と断言はできないが懐かしく思ったのは事実だ。

 アイズの言葉にベルは僅かに驚く。アリーゼという名前は知り合いのエルフからも度々聞いた事があったからだ。

 同じ名前の別人かもしれないので今しばらく黙っていた方がいいのかな、と迷った。

 

「……さあ、どうだろう。自分ではそう思っているけれど……。なにせ、ほら……。モンスターだから。証明しようがないのよね。……あなたこそどうしたらモンスターが無害だと信じてくれるわけ?」

「……分からない」

(……アリーゼだと本人が言ったとして……、私はそれを信じる? 証拠と言われても……。おそらく背中に【ステイタス】は刻まれていない。もし、それがあれば信じるかもしれない)

 

 冒険者がモンスターに変貌した例――【静寂】のアルフィア・ストラディを除く――をアイズは知らない。だから、どうすればいいのかも分からない。

 単なる声の印象だけでは弱い。見た目が変わり過ぎて全く当てにならない。

 本人だと認められなくても敵意が無いのは理解した。

 唸りつつアイズは様々な方法を浮かべては挫折していく。

 

          

 

 アリーゼという名前について小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデもアルフィアの調べ物のついでに調査していた。

 【アストレア・ファミリア】の団長にしてレベル4の女性冒険者。

 それが【静寂】同様にモンスター化した。

 例外を知らなければ疑っていたし、本人だと言われても信じる事は()()()()()()()()()

 ――もし、情報通りのアリーゼという冒険者であるならばエルフのリュー・リオンの仲間である筈だ。

 

(……原因がどうあれ、目の前に居るのは確かに人語を介するモンスターです。重要なのはリリ達の敵か味方か、というところですが……。正義を司る【ファミリア】であるならば脅威度が下がるのですが……)

 

 リリルカも暗黒期を過ごした経験があるので迷宮都市オラリオにおける闇派閥(イヴィルス)と冒険者の戦いについて僅かばかり知っている。

 大勢の犠牲者が出たこと。いくつかの【ファミリア】が壊滅したこと。

 ゼウスとヘラを欠いたオラリオを守ったのが【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】――それと【アストレア・ファミリア】であったこと。

 おそらく【剣姫】もその当時活躍していたのかもしれない。

 かつての仲間、または知り合いがモンスターとして蘇る。リリルカの立場であれば非常に長く混乱した事だろう。

 今はアイズがどうすべきか悩んでいる。それはもう頭から湯気が出るくらいに。

 

「……アイズさん。団長から回復薬(ポーション)を使ってもいいと言われてきました」

 

 下位の団員から高等回復薬(ハイ・ポーション)を差し出された。

 団長フィン・ディムナが使っていい、と言ったという事はアイズが思う通りにすればいいという意味だと理解した。

 もし、相手が自害を求めているのであれば容赦なく剣を振るう。そうではなく生きる事を求めていた場合――ベル達が守っていたモンスターのように――一度は見逃すと宣言した自分はどうするのだろうか。

 アイズはベルに顔を向ける。彼ならば助けを求める者がモンスターでも手を伸ばす。それが自分には出来ない。モンスターが憎い(かたき)だからだ。

 だが、アリーゼは仇ではない。他派閥だが共闘できる存在だ。

 

「アイズさん。助けてあげましょう」

「……黙ってて」

(……君は迷いなくそう言うんだね。分かってたけど。……でも、私はそんなに簡単に割り切れない)

 

 思い悩むアイズにベルは親切心から声をかけてみたら即座に叱られ、他の団員からも小さな声で黙れ、と言われてしまった。

 リリルカはその様子に呆れはしたが声をかけた勇気に関して褒めてもいいと思った。

 事態を変えるには()()()()が必要だから。

 

          

 

 葛藤するアイズ達の様子を離れた位置で見守る者が居た。

 人間(ヒューマン)の平均的な身長の半分ほどの背丈しかない小柄な存在――

 上層域に現れる小鬼(ゴブリン)の上位種で赤い頭巾を被る赤帽子(レッドキャップ)というモンスターだった。

 主に下層域に生息しており、討伐規定はレベル3から。

 一般的な情報ではそうなっている。しかし、この場に居るのは純然たるモンスターではない。姿は確かにモンスターだが。

 

(……横の坊主は何なんだ? アリーゼに臆さないとは)

 

 アイズを見かけた時から疑問だった。

 モンスターを見たらまず武器を向ける。それは元【アストレア・ファミリア】の団員だったライラですら知っている常識だ。

 ほぼ非常識の塊と言える団長のアリーゼですら可愛い見た目だけで近寄ろうとはしない。

 モンスターは人類の敵で滅ぼす対象だ。

 それなのに人語を介するからといって対話しようだなんて()()()()()()

 経験則があるにしても受け入れるのに時間がかかる筈だ。少なくとも五年前には無かった概念だ。それがほんの数年で変わるとも思えない。だが――

 変わる()()()()がオラリオに起きた。

 それがアイズなのか白髪の少年なのか。

 

(それに【剣姫】が葛藤してんのに、あの坊主は平然としてやがる。……あいつか? それとも近くに居る同胞(パルゥム)か?)

 

 もう少し近づけばベルとリリルカの表情の差がはっきりと分かる筈、と赤帽子(レッドキャップ)となったライラは少し苛立った。

 気を抜いてうっかり熟睡し、つい今しがた目覚めた。

 思い切り眠ったお陰で――短時間だけだったが――気分がいい。差し出された飯も美味い。久しぶりにまともな食事にありつけた。

 雑草と塩だけのスープも今ならご馳走に思えるくらい感謝の気持ちが湧いて出た。

 

勇者(フィン・ディムナ)様の求婚を待ち過ぎてモンスターになったから責任取れ、なんて言ったせいか。アタシだけ食事量がいきなり減ったように……。いや、今はそれはどうでもいいか)

 

 つい余計な事を口走って白くて柔らかなパンを自分だけ出してもらえなかった。

 ああ、と未練がましく呟いたら少し硬めのパンを貰えたので素直に謝った。

 底意地の悪い性格が変わってなくて改めて惚れそうだと言いそうになったがやめた。側に居た女戦士(アマゾネス)の極寒に似た睨みを受けてしまったので。

 たった五年で【ロキ・ファミリア】にあんな化け物が住み着いているとは思わなかった。

 

(……そう、五年だ。……改めて聞かれると結構ショックだ)

 

 そして、納得もした。

 自分達は確かに死んだ、という事に。

 地上の様子を見ない事には判断もつかないが、時代が経過した事をどこかで知らなければならない。

 末っ子であるリュー・リオンとの邂逅も――

 感傷に耽りつつも触れれば切れる【剣姫】が人として悩んでいる姿を眺める。

 大きくなればさぞかし凄腕の剣士に育つだろうと思っていたのに、人間(ヒューマン)と大差のない振る舞いをしている。

 もちろん――誉め言葉だ。

 

          

 

 モンスターは殺さなければならない。だが、異端児(ゼノス)は生きたまま捕らえるように言われた。

 団長であるフィン・ディムナはギルドからそう命令を受けている。であれば団員であるアイズはそれを尊重しなければならない。

 それを踏まえて貴重な情報源であるアリーゼと思われる人蜘蛛(アラクネ)を死なせるわけにはいかない。

 幹部として。

 団員達に見守られながらアイズはモンスター――異端児(ゼノス)らしき存在――を助けることにした。決してベルのように同情からではない。

 

「………」

 

 未だ出血が続く頭部に高等回復薬(ハイ・ポーション)の液体を振りかける。

 火傷を負わせるような煙が出てきたが回復薬(ポーション)による回復する時の作用だ。より強力なものになると欠損した肉体が再生する。

 この回復薬(ポーション)は未知の強力な毒を解毒することは出来ない。

 傷跡のように裂けた部分は修復されなかったが出血は止まった。

 複眼という新たな器官が出来てしまったので、万能薬(エリクサー)でも治す事は出来ないと予想する。

 

「……ああ、痛みが引いていく……」

「充血まで治ったかは分からないけれど……。痛みが治まったのなら……」

 

 仲間に水桶とタオルを持ってくるように言いつける。

 見守っていたベル達も手伝うと言ってきたのでアイズは素直に彼らの言葉に甘えることにした。

 それから少ない会話であったものの大きな図体のモンスターを皆で甲斐甲斐しく世話した。

 落ち着いた頃を見図り、リリルカは自分達のテントに戻る事にした。

 呻いていたアリーゼが顔に巻いた布を取り、目蓋を開けてみる。だが、瞳は全て真っ赤なまま。視界もまだ利かないと答えた。

 

「……複眼が出来たのね。……鏡見るの怖いわ」

「具合はどうなんですか?」

「……もう頭痛が引いたから平気よ。後は目薬で治るかしら?」

 

 今までの瞳と額に出来た新たな瞳の動作を確認する。

 感覚的に動かせそうだが視界については変化なし。今が無理なら仕方ない、と人蜘蛛(アラクネ)はあっさりと結論付ける。

 団員に手渡されたタオルで顔を拭きつつ、改めて暴走した事を謝罪した。

 

「いくら私が超絶美少女だったとしてもモンスターとして復活するなんて驚きよ。これまで人に恥じない生き方をしてきた筈なのに……。あれかしら? 仲間(リオン)に派手にやっちゃって、みたいなことを指示したから?」

 

 身振り手振りで語り出すが早口に似た口調にベルは思わずたじろいだ。

 今まで出会った異端児(ゼノス)達よりも流暢で饒舌だったから。その上、楽天的とでも言うのか。

 周りを冒険者に囲まれていると分かっている筈なのに一切動じない胆力に驚いた。

 

「可憐な美少女を蜘蛛にするなんて、人類の宝を半分ほど失ったに等しい所業よ」

「……それだけ喋れれば大丈夫……」

 

 小さな声でアイズは言った。

 最初に見た時は完全に虫の息だった。それが見違えるように変わったのは充分な睡眠と高等回復薬(ハイ・ポーション)のお陰か、と。

 彼女が言い終わるとどちらともなくお腹が鳴り、誰が犯人か互いに顔を見合わせる。

 テントに戻る前に――アイズはアリーゼに顔を向ける。相手は目が見えない状態だという事を忘れつつ。

 

「下から来た貴女達の目的は何?」

「そうねー。末っ子の顔を見る事かな?」

「……末っ子?」

「覆面してた子が居たでしょう? リオンよ、リオン。あの子は生き残った筈よ」

 

 【アストレア・ファミリア】の団員でリオンというのはエルフのリュー・リオンただ一人。そして、アイズにも覚えがある人物だ。

 だが、一部の団員は小首を傾げた。

 全員が知っているわけではない。特に下位の団員は――

 

「仲間が全滅してしまって……。あの子一人だけになったと思うんだけど……。まだ冒険しているのか気になってね。……それで【剣姫】ちゃん。リオンは今、どうしているか知らない?」

「……酒場で働いています」

「冒険者としては働いていないんだ……」

「……いえ、今でも冒険者を続けているみたいです」

「……たった一人で?」

「……そこまで詳しくありませんが……、仲間は居るみたいです」

 

 (つたな)いアイズの答えに一喜一憂する人蜘蛛(アラクネ)

 目的の人物の情報を聞くたびに嬉しがったり不安がったり、とてもモンスターとは思えない豊かな感情表現にアイズと他の団員達は驚いた。そして、側に居るベルも何か言わなければ、と思ったが不思議と会話に口が挟めない。

 それに彼女達の邪魔をしてはいけない。今、古い友人と歓談しているのだから。

 

          

 

 穏やかな会話に見えるが片方はレベル6の第一級冒険者。もう片方は人語を介するモンスター。

 オラリオに住む者からすれば異常ともいえる光景だ。つい先日起こった事件に対する恐れの眼差しを彼が忘れるわけがない。現にこの場に立ち会っている他の団員は武器に手をかけたまま警戒態勢を崩していない。――そんな彼らの態度こそが当たり前だった。

 モンスターが例え知り合いだとしてもすぐに割り切れる者など――

 だが、のんびりと会話をいつまでも出来る訳が無く、穏やかな空気は一つのきっかけによって霧散する。

 【フレイヤ・ファミリア】の団長オッタルの来訪によって。

 本来はダンジョンで(オッタル)を見掛ける事は稀だと言われている。【ロキ・ファミリア】の下位の団員達はその事に――モンスターの出現に匹敵するくらい――恐れ(おのの)いた。

 次いでアイズが警戒の為に武器に手を――かけようとしたが無手である事を思い出し、小さく舌打ちする。

 人蜘蛛(アラクネ)も【猛者(おうじゃ)】オッタルの名前が耳に入ったが恐れよりも先に軽く苦笑した。

 

(どうして【猛者(おうじゃ)】が!?)

 

 そう疑問を抱くと不安を覚えて慌てる彼らにベルが説明する。

 今回、オッタル達と共に下層に行く事になったことを。ただし、アルフィアの魔石については言わなかった。正直、そこまで説明しなければならないとも思えなかったので。

 明確な目標が決まっているのは到達階層くらい。それ以外の事について他派閥に言う必要性が無いと判断した。

 

「きっと僕がいつまでも帰ってこないから心配したのかも知れません」

「……そうなの? でも……」

「報酬についての交渉が完了していないので、このモンスターはアイズさん達【ロキ・ファミリア】の預かり……。僕らはそれに干渉しない、という立場を示せばいいと思います」

 

 エルフのヘディンはともかくオッタルならば金額交渉を持ち出せば素直に引き下がってくれる気がした。

 彼は他派閥の問題に首を突っ込むようなお人好しではない、ということも希望的観測にすぎないけれど。

 そして、ベル達が話している内に武人オッタルがアイズ達の現場に姿を見せる。

 威風堂々とした佇まいに下位の冒険者達が呻きつつ彼に道を譲る。

 戦っても勝てない。いや、余計な怪我を増やすだけで遠征に支障を生んではいけないと判断したのかもしれない。

 オッタルは軽く現場を見回し、隠しようがないモンスターの姿を見て、軽く息をつく。

 

(……冒険者が死した後、何らかの事情でモンスターとなる、か……。他人事のように考えてはいけないようだ)

 

 普段はモンスターと見れば倒すものとオッタルも信じて疑わなかった。だが、異端児(ゼノス)の存在が今までのオラリオの常識を一変させた。

 敵味方の判断は別問題だが、こういう結果が存在すると思い知らされた今、武器を向ける相手についても改めて考えなければならない事に気付かされた。

 女神フレイヤはアルフィアを利用しようとした。今はそれだけしか分からない。

 

「……こんなところで油を売らず、さっさと休め」

「す、すみません」

 

 目的の前に異常事態すらも眼中にない。そんな気配を振り撒く【猛者(おうじゃ)】オッタルにアイズは何かを言いかけて――何も言葉が出てこなかった。

 見逃された、という気はしないが彼ら(フレイヤ・ファミリア)にとってモンスターは倒すべき敵ではなく、単なる障害物でしかないのか、と。

 実際そうなのだろう。最終目的こそアイズ達と同じだとしても、それ以外の全ても同じとは限らない。

 ベルの安否を確認したオッタルはその後、(きびす)を返してテントに戻っていき、ベルもアイズ達に頭を下げて立ち去った。

 二人の姿が見えなくなってから――まず、下位の団員達が大きく息を吐く。ついでアイズが額から流れる汗に気付いてタオルで拭う。

 恐怖にも似た緊張感が場を支配した。そして、それは少し離れた位置に潜んでいた赤帽子(レッドキャップ)のライラも同様だった。

 

(……相変わらず迫力だけはスゲーな。っていうか白髪の坊主は【ロキ・ファミリア】じゃなかったのか)

 

 見た感じたと【フレイヤ・ファミリア】の団員とも思えない。あんな物腰が柔らかそうな人物にライラは心当たりがない。

 自分達が居ない間に世界が変わったように冒険者の顔ぶれにも変化があった、というのは理解した。

 場の雰囲気が落ち着いたようなのでライラはテントに戻り、もうひと眠りする事に決めて現場から立ち去る。

 

          

 

 団員達に運ばれる形でテントに戻ってきた人蜘蛛(アラクネ)は【ロキ・ファミリア】の団員達に謝罪した。視力は未だに戻らないものの感情面の変化は人間(ヒューマン)の時と大差なく、一時(いっとき)の苦痛が(もたら)した事故だと言い訳する。

 この言葉に団長フィンはテントの物損以外の被害が無かったのでお咎めは無し、と伝えて来た。それよりも彼はアリーゼの額に出来た複眼が気になった。

 魔石を取り込んでいる話しは別のモンスターから聞いていたので強化種としての特性が働いたと予想する。

 一般的なモンスターであればより強く、より凶暴になる。

 

(……冒険者としての特性が邪魔をしてモンスターの特性が上手く発揮できていない。感情面もそうだが……、生存本能にとって障害となっているのは意外だ)

 

 貴重な異端児(ゼノス)の考察をいつまでもしたいところだが、【ロキ・ファミリア】は地上ではなく、より深い階層に挑戦する為に来ている。

 急に現れたモンスターを野放しにする事も出来ないし、遠征を急遽中止にする事も出来ない。――断腸の思いで決断できないわけではないけれど。

 

(……しかし、ベル・クラネルが【フレイヤ・ファミリア】と一緒というのも作為的というか運命を感じる。……彼らが関わっているとつい勘ぐってしまうようになった。親指からの警告が無い以上、偶然なのかもしれない。だが、そんな事が連続して起こるだろうか)

 

 もし、全てが作為的なら――どんな理由が考えられるのか。

 という事を考えたいところだが、まずはアイズ達が無事に戻ってきたことに安心しておく。

 いつもモンスターを見かけたら殺戮人形のように倒し尽くす彼女が自制したのだから。

 知り合いだから、という理由で剣が鈍ったのかは分からない。だが、葛藤した事はなんとなく理解した。そうでなければ人間(ヒューマン)らしい苦悩など見せたりしない。

 深層域に挑戦する上で【ロキ・ファミリア】は他の冒険者の邪魔にならないようにいくつかの班分けを(おこな)う。

 全員で一気に走破できるほどダンジョンは甘くなく、昔から今に至るまで慎重を喫してきた。そして、冒険者は疲労し、食事を摂ったり休息しなければならない。そんな彼らに与える援助物資の確保も考えなければならない。

 遠征に赴く場合、それらの食事などの補給や武具の調達などで多額の金額がどうしてもかかる。途中で珍しい鉱石やモンスターからのドロップアイテムを集めて地上で換金しても元が取れない場合もある。

 大手以外は確実な儲け以外、深くダンジョンに潜らない――冒険しない事の方が多い。

 迷宮都市が出来て今日(こんにち)まで冒険者というのは人類に平和をもたらす職業ではなくなった。だが、脅威が無くなったわけではない事も知られている。

 

(……テントの物損くらいの損失で済んで良かったと見るべきか。団員の負傷も皆無……)

 

 テント内に用意した事務机で書類の確認をする小人族(パルゥム)のフィン。

 いつもは他の派閥が起こす問題だったものが今回は当事者になった。それによる損失の計算をしていたが軽微であったことに一先ず安堵した。

 先のアルフィアとの戦闘ではダンジョンに向かう前に赤字になるという事態が起きたので。特にベートの治療費が思いのほか痛手だった。

 

「……それで、君の事はライラと呼べばいいのかな?」

 

 机を挟んだ位置に椅子があり、そこに腰かけるのは赤帽子(レッドキャップ)というモンスターだ。

 赤い頭巾が無ければ小鬼(ゴブリン)と大差が無い姿をしている。

 

「好きなように。目が冴えちまったから【勇者(ブレイバー)】の仕事ぶりを観察させてもらっているだけ」

「……御覧の通り地味な仕事さ」

 

 武器を持って戦うのが一般的な冒険者の姿だ。

 団長となったフィンは団員をまとめる為に多くの時間を机の上で過ごすようになった。それもこれも【ファミリア】の安全度を高めるためだ。決して使い捨てにしようとは思っていない。

 団員の支持を集めるには安全を保障するのがいいと判断した。ただそれだけを考えて今に至る。もちろん、最悪を想定し、危急の時は武器を取る。

 

「君達はダンジョンから生まれ()でた……。で、間違いないんだね?」

「そうだぜ。壁からポロっと出ちまった」

「……その前は? 何らかの意思を受け取ったりはしなかったのかい?」

「意志? 特になかったと思うぜ。……長い眠りから覚めた……。ただし、暗いダンジョンの中だった」

 

 気楽に答えつつもフィンが聞きたいことはすぐに分かった。

 モンスターとして生まれ出たのならダンジョンの意志が関わっている筈だと推測し、それを(フィン)は知りたくて質問した。

 一八階層に上がるまで何のために復活したのか、というのをライラも考えなかったわけではない。考えても――結局のところ分からなかった。

 アリーゼの暴走を見た後ではいずれ自分にも何かしらの凶暴性が現れるかもしれない、という危惧こそ出来るが――それ以外に関しては全くの未知と言わざるを得ない。

 

「隠しているわけじゃあないんだが……。生まれる時に何かしらの意志を受けったっていう気はしない。なんていうか……消えた筈の自分の意志がさっき言ったみたいにポっと目が覚めた時のように覚醒した」

(【静寂】のアルフィアはその辺りの事を示唆すらしていなかったが……。彼女達も突然排出されたって感じなのか)

 

 嘘かどうかは判断できないが敵意が無いのは分かった。もし、敵意を秘めて居れば勘や親指が疼く筈だ。

 だが、とフィンは疑問に思う。

 【アストレア・ファミリア】の団員が一つ所に――ほぼ同時に出現した、というのが。

 それこそがダンジョンの意志ではないかと。しかし、その理由までは分からない。

 

          

 

 短時間だったが睡眠をとっていた何人――何匹かのモンスターが目覚めて【ロキ・ファミリア】の団員から食事を受け取る。

 味覚は人間時代と遜色なく、生前と同じように味わえていた。

 全身が真っ黒い影のような姿のゴジョウノ・輝夜も淡々と食物を摂取出来ていた。

 

「……戦影(ウォーシャドウ)も食べるんですね」

 

 興味深く観察していた下位の団員の言葉に輝夜は軽く苦笑する。――表情の変化は分からないものの雰囲気は伝わったようだ。

 腕が翼になっている団員達は顔を皿に埋めるような体勢を取っていた。背に腹は代えられないとでも考えたのか、人目を気にしない事にしたらしい。

 正義を司る【ファミリア】といえど負けないため、死なない為に泥臭い世渡りを続けていた。多少の不作法を気にする者は【アストレア・ファミリア】に一人しか居ない。

 

「あの【超凡夫(ハイ・ノービス)】がレベル4かよ。出世したな~」

 

 頭部が完全に狼となったネーゼが豪快に笑った。

 食事と排泄以外では両手両足を拘束する約束を結ばされている。それは下位の団員に向けて、というより宿場街(リヴィラ)に居る冒険者に向けてのアピールだ。それは輝夜達も理解を示して受け入れた。

 彼女達の目的は地上に出て末っ子に会う。――可能ならば主神にも会いたい、というもの。

 それさえ叶えば後は周りに委ねよう、というところまで話しが進んだ。

 

「……私らが死んでいる間にリオンがお尋ね者とは……。そこまで堕ちちゃったか、あの子は……」

 

 【アストレア・ファミリア】の団員達が聞いた中で一番の衝撃がそれだった。

 殺された、と聞かされても同様に驚くが――生真面目が覆面を付けて歩いていると言われていた団員の心情は死んだ者には理解できない。

 生き残った彼女がどれほどの絶望を味わい、激情にかられて荒ぶったのか。

 

「他の団員から聞いた話しっすけど、ここで殺しを(おこな)ったらしくて大騒ぎに……」

「……それって最近の事か?」

 

 彼女達と面識のある【超凡夫(ハイ・ノービス)】の二つ名を持つ男性団員ラウル・ノールドが気さくに受け答えしていた。

 彼とて最初は戸惑った。主に見た目で。

 同僚の猫人(キャットピープル)であるアナキティ・オータムと共にモンスターの世話を仰せつかってから少しずつ打ち解け始めた。

 記録にある【アストレア・ファミリア】の団員のレベルは最高で4まで。同じ強さを持つラウルとアナキティならば同数の足止めは可能だと判断した。

 

「数日前の事っすね。まだ経過報告が済んでいないんすけど、大きな動きがあった、というところまでしか……」

 

 一見すると単なる世間話しだが、モンスターと一定の距離を離して(おこな)われている。

 彼らのやり取りを黙って見つめるのは厳しい顔つきの女戦士(アマゾネス)――ティオネ・ヒリュテとベート・ローガの二人だった。

 ティオネの妹ティオナは団長が執務している別のテントの警護を担当していた。彼女(ティオネ)がここに居るのは妹と交代したから。

 

(……五年経ってリオンが暴れた。それが下層にあった崩落と関係するのかしら? ……関係しそうね)

(ジュラが今でも懲りずに策を練ってたってこと? ヤダー、なんか気持ち悪い……)

「この下、階層を跨いだ大崩落になってたけど、お前ら降りる時、修復に巻き込まれるなよ」

「……まだ修復してないんだ」

「……まだ、というより事件経過がごく最近なら……、今月は無理じゃないかな」

「降りようと思えば降りられるよ。……私らも【ルドラ・ファミリア】の罠で生き埋めにされたっけ……」

 

 下から来た、というネーゼ達の意見といつしか情報の交換に変化していき、現場がとても和やかな雰囲気になりつつあった。

 ただ、魔石を取り込んだことで急な暴走に陥らないか、という事だけは双方とも警戒していた。

 このまま穏便に一日を過ごすのか、それとも自制の利かないモンスターに変ずるのか。不安そのものは少しずつ大きくなっているように感じられた。

 

          

 

 遠征に赴く予定だった【ロキ・ファミリア】は急な異常事態(イレギュラー)の発生によって足止めを喰らう事になった。だが、全体としての被害はとても軽微であるのは幸運といえる。

 僅かな延長期間を設け、地上への連絡や物資の搬入を担当する者と現場の維持に務める者。それと崩落があったという階層の調査を担当する者を選定していく。

 

「修復を待つ気は無いが、どの程度の崩落なのか見てきてもらいたい」

 

 そうフィンが言いおいて選ぶのは魔法特化のリヴェリア・リヨス・アールヴと御付きとしてエルフのレフィーヤ・ウィリディス。ヒリュテ姉妹とベート・ローガ。

 現場の維持はガレス・ランドロックとアイズ・ヴァレンシュタイン。それとラウル達下位の団員。

 物資の搬入はまだ余裕があるのでレベル4相当の団員に主神ロキへ連絡に行かせることにした。

 

「くれぐれも宿場街(リヴィラ)を巻き込まないように。モンスターの事を聞かれたら無視していい」

「了解しました」

「承知しました」

「それと何名か【ガネーシャ・ファミリア】に連絡を入れてくれ。彼女達には悪いが大手(おおで)を振って地上に出られては困るから」

「はっ」

 

 一通り通達を終えた後、それぞれ散開していく。

 無理にアリーゼを殺処分するより調教師(テイマー)を要する【ファミリア】に丸投げする方が気が休まると判断した。

 少なくとも【ヘスティア・ファミリア】への心象を悪くする事は避けられるはずだ。それが例え表向きであっても。

 もし、彼女達が凶暴なモンスターであったならば――名声を上げる機会に恵まれたと判断することが出来た、のかもしれない。

 

(……本当に僕は姑息な小人族(パルゥム)だ)

 

 そう思いつつ歳は取りたくないな、と小さく呟く。

 一通り指示を出した後、人蜘蛛(アラクネ)のアリーゼの事を考える。

 生き残るためとはいえ魔石を取り込み、先ほど暴走状態に陥った。もちろん、痛みから逃れる為で見境なく冒険者を襲ったわけではない。

 彼女ほどの者が痛みに耐えられないほど、というのが想像できなかった。――想像したくなかった、が正確か。

 

(聞いた話しが本当であればモンスターとしての特性を扱う事が出来ない。……その点については理解できなくもない。僕が猫人(キャットピープル)に急に変化した場合、獣耳と尻尾を自在に操れるのか、と聞かれるようなものだ)

 

 生まれつき備わっていない器官が急に出来た場合、まず混乱する。次に思いきり悩む。

 他人事として処理してばかりでは相手の考えを読むことを否定するようなもの。理解したくないと思っても戦略上思考せざるを得ない。

 今まで考えてこなかった事態が次々と起こっている。――考える事が増えると頭が痛くなる。こういう時は何も考えずに武器を持って下層に突入したくなる。フィン・ディムナも【ファミリア】の団長の前に一人の冒険者だ。

 

          

 

 アリーゼの血で赤く染まってしまった髪の毛を水浴びに使う泉でしっかりと洗い落とした後、リリルカ達の居るテントに戻ったベル・クラネルは先ほど出会った人蜘蛛(アラクネ)の姿を思い浮かべる。

 それは憧れの一人でもあるエルフのリュー・リオンから度々聞かされたアリーゼという名前だった。

 異端児(ゼノス)として再誕した事が事実なら当人である確率が高い。

 今すぐに地上に舞い戻り、リューに報告すればとても喜ばれるのではないか、と短絡的に思った。

 ――短絡的であるから地上の混乱を思い浮かべれば素直に喜べないのはすぐに思い至る。

 

(当人は喜ぶかもしれない。周りは()()怖がる)

 

 お互いが納得する形に収めるにはどうすればいいのか。余計なお世話である事を重々承知しながらも考えないわけにはいかない。

 リューに何度も助けられ、お世話になってきたのだから礼の一つもしたい。

 【ロキ・ファミリア】に今すぐ駆け込んで直談判しようとすれば団長のフィンはきっといい顔はしない。彼は温和そうな顔つきだが決断力があり、時には非情な手段に訴えてくる。

 苛烈なベート・ローガを除くとしても【剣姫】のアイズは対モンスターにおいて人が変わったように激情に走る。

 ――先ほどのアイズはモンスターを殺そうとはしなかった。武器を持っていなかったのは何某(なにがし)かの決断をしたためであると予想できる。

 

(……僕のせいだと思うけれど)

 

 アイズの本来の目的はダンジョンに生息するモンスターの討伐、または殲滅だ。

 憎い仇のように戦っている。それを自分(ベル)のせいで信条を覆された形になった。

 彼女にとってモンスターは地上に住む人々の敵だ。共通語(コイネー)を使うから害は無い、とは思わない。

 

「思い悩むのは結構ですが、リリ達の事を忘れないでくださいませ」

 

 これから休む為の準備を整えているリリルカが声をかけてきた。

 白髪の少年は気になる事があるとそればかり考えて周りが見えなくなる時がある。そういう時は大抵一人で突っ走りがちだ。

 仲間が居る事を忘れないで、とリリルカは小声で伝える。

 

「ご、ごめん。……さっきのモンスターの事が頭から離れなくて……」

 

 焚火の準備を整えていた猪人(ボアズ)のオッタルも赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)の姿を思い浮かべた。

 多少離れていたが、かのモンスターがアリーゼと呼ばれた事も耳に入れている。

 

「……先ほどの、というのは【剣姫】がアリーゼと呼んでいた奴か?」

「は、はい。そうです」

 

 本来の目的と合致するのかしないのか、予感的には合いそうだがオッタルは僅かばかり首を傾げつつ言葉を紡ぐ。

 気さくに会話を交わしたいわけではない。だが、自分の耳に聞こえてしまった単語が妙に印象に残った。

 暗黒期の時代に同じテーブルを囲んだ仲でしかないが――

 

「先ほど異端児(ゼノス)と思われるモンスターがアリーゼと呼ばれたので、少し気になってしまって……。僕に何かできる事があったんじゃないかって……」

「何でもかんでも首を突っ込む癖は頂けません。リリ達は弱小【ファミリア】なんですよ」

「……うん」

 

 ベルは女性とみると見境が無いような気がする、とリリルカは危惧する。

 オラリオ全体で見ればモンスターに限らず、誰かしら困っている者が居るものだ。その全てを救う事は一人では無理だし、実力的にもベルでは荷が重い。

 大勢の団員を引き連れている【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】でも困難なのに。

 一人の英雄として見るならば彼の小さな肩で世界を支えようとするのは当然の事かもしれない。仲間であるリリルカ達を差し置いて。

 

「リリ達はこれから下層に向かうんです。【ロキ・ファミリア】も遠征なので地上に戻るのは先の事になる筈です」

(……おそらくリュー様に連絡などをしたいのかもしれませんが。何かある度に探索を中断されるのは見過ごせません。……オッタル様の横にいらっしゃるヘディン様がとても恐ろしい形相で睨んでいますよ。気づいておられますか? 杖を取ろうとしてますよ~)

 

 今までベルが気に掛ける時は大抵大事(おおごと)になる。それが良いか悪いかで言えば――事態は悪い方へ。けれども結果は良い方へ傾く。

 竜女(ヴィーヴル)の少女ウィーネを巡る騒動と前回のアルフィアとリュー・リオンもその一例だ。

 だからといってまた今回も彼の好きにさせれば周りは確実に迷惑を(こうむ)る。今回は【フレイヤ・ファミリア】と一緒なのでより一層慎重にならざるを得ない。

 

          

 

 今回、ベル・クラネル達と共に深層に赴くにあたってオッタル達は寄り道をする気が無い。速やかに指定された場所に行く事が最優先事項となっている。

 いくらベルがお人好しでも好きにさせる気はオッタルもヘディンにも無い。

 アリーゼと呼ばれる人蜘蛛(アラクネ)の事を気にならないわけではないが、優先すべきは女神フレイヤの指示だ。

 買取金額の減額程度で目的を変更する理由にはならない。

 

(俺達だけで下層を目指す事も出来るが……。それでは約定を違えることになる)

(……あの駄兎(ベル・クラネル)は優柔不断で我慢ならん。フレイヤ様の命が無ければ一〇回ほど殺している所だ)

 

 雷撃の短文詠唱を得意とする【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランドにも我慢の限界がある。

 オッタルとは別にフレイヤから細かな指令書を受け取っており、それに従って一時間のズレも無く行軍を続けてきた。

 ここで余計な時間を費やすつもりであればオッタルの静止に関わらず、魔法を打ち込む所存だ。

 

(買取金額を(ぜろ)にしろ、と言えばあいつはその通りにしそうだ)

 

 金額が問題ではなく女神の指示が(くつがえ)る事が問題だ。

 事態に障害が発生するのであればアリーゼというモンスターを消し炭にするぞ、とエルフが低い音程で警告する。するとベルは悲鳴を上げるように縮み上がった。

 (ヘディン)にとって【アストレア・ファミリア】の団員だろうと女神(フレイヤ)の障害であれば敵でしかない。

 エルフの言い分にリリルカも賛同せざるを得ない。これは彼に恐れを抱いたからではなく、ウィーネの時と違い、最初に見つけたのが【ロキ・ファミリア】だからだ。

 獲物を奪うな、という言い分が今回は通用しないので奪還という選択は取れない。

 いくら気になるといっても相手が悪すぎるし、助けを求められてもいない。

 ――ベル・クラネルに異端児(ゼノス)の保護を主張できる権利も無い。

 リュー・リオンの知り合いかもしれない、という事が引っかかるベルとしてはどうしたらいいのか迷う所。

 自分達は下に向かって進む予定がある。ここから地上までどんなに急いでも二日はかかる。往復を許してくれる雰囲気も無い。更にモンスターを地上に上げる事と同義で結局のところ騒動を振り撒く結果しか生まない。

 それが例えかつての友との邂逅を果たせたとしてもリューが喜ぶ結果になるとは限らない。場合によれば最悪の結果が待ち受けているかもしれない。

 アルフィアが唐突に死んだように。

 自分の気が治まればいい、というのは自己満足であり、周りの迷惑を顧みない愚か者のする所業だ。今回はさすがに我儘を通すべきではない、とベルは思う事にした。

 

(……アイズさんを信じるしかないか)

 

 アリーゼというモンスターとも知り合いのようだし、何より自制してくれた。

 自分の知らない所で彼女も異端児(ゼノス)との向き合い方について色々と悩んだ、というか学んだというか――

 今すぐ悪い結果になるような事は――無いと信じたかった。

 

          

 

 葛藤しつつ体力を回復させるために休息に入る。ここできちんと休むことも冒険者にとって必要だと様々な伝手(つて)から言われてきた。

 【フレイヤ・ファミリア】でさえ一時の休息をとる。

 気になって眠れない、と思っていたが一八階層の明かりが暗くなった時、ベルはあっさりと眠りについた。

 安全階層(セーフティポイント)と呼ばれていてもいくつかのモンスターが徘徊する場所だ。一日いっぱい眠れるわけがない。

 寝ずの番を担う者と交代しながら朝を迎える。

 四人の中でリリルカだけ対応が出来ないので残りの三人が決められた時間に起きて警戒態勢を取る。これは離れたところにある【ロキ・ファミリア】でも(おこな)っている。

 周りが明るくなる頃、まだ少し眠気が残っているのはベルとリリルカ。オッタルとヘディンは水辺で顔を洗い、既に移動の準備を始めていた。

 ヘディンは身支度を整え、顔を洗ったら朝食の支度を整えろ、と命令し、自分の荷物を確認していく。

 

(……【フレイヤ・ファミリア】は何というか……、心構えからして違うな)

 

 単なる憧れしかなかったベルには到底なれそうもない境地が目の前にある。

 単なる英雄願望でもなく、綺麗な女人と出会う為でもない。

 命を捧げるに足る女神の為ならばこの程度、と思っている態度だ。かっこいいけれど息苦しい。余裕も無い。――仲間と楽しく冒険をしようとする自分達の世界とは相容れない雰囲気を感じた。

 戦うしか能がないと思われるオッタルも細々(こまごま)とした作業をしている。武器の手入れも人任せにしない。

 ベルは何でも自分でやろうとする悪い癖があるが、まともに出来た試しは少なく、失敗ばかりだ。

 道具もリリルカが居なければ満足に用意できないくらいに。

 

「腐っていないで顔を洗ってきたらどうですか?」

「……ごめん」

 

 日常生活において物凄く頼りないが、強敵との戦闘では有能である。

 庇護欲を掻き立てられる人間(ヒューマン)と評されるベルの特徴は良くも悪くも女殺しの領域だと認めている。そして、それを本人が自覚していないから尚性質(たち)が悪い。

 しかし、それが英雄の資質であるならは意外と悪い気がしないのも腹立たしい。

 

(あんなに気弱なのに【剣姫】様に懸想しているんだから、度胸があるのかないのか……。ヘタレの英雄はみんな()()なのですかね……)

 

 【猛者(おうじゃ)】オッタルに顔を向ける。彼の様な武人がどうして英雄と呼ばれないのか、不思議でならないし、何だか理不尽だな、と。

 【フレイヤ・ファミリア】の団長でとても強い。オラリオにおいて誰もがそう信じて疑わないほど。――でも、誰も彼を英雄とは思っていないし、そんな呼び方をしない。

 全く居ないとは言わないけれど――

 

「……?」

 

 じーっと見つめてくる小人族(パルゥム)のリリルカの視線に小首を傾げるオッタル。

 その表情は何だか憐れんでいるような、何かに納得していないような戸惑いに似たものに見えた。

 

「……オッタル様はレベル7へと至るような偉業を成し遂げた筈です」

「………」

「なのに……、どうして英雄と呼ばれないのですか? リリが知らないだけですか?」

 

 偉業。そう聞いて今まで考えてこなかった事にオッタルは気づいた。

 何度か思った事があるのかもしれない。しかし、己の人生の多くは女神フレイヤの為に強くあろうと努力する日々しかない。

 レベル6まで自分はゼウスとヘラの両【ファミリア】の背中を見て育ってきた。今は自分の前に誰も居ない。――何もない、とも言える。

 隻眼の黒竜とはいずれ相対するとしても強者の存在が居ないのは確かだ。

 

(単なる【ランクアップ】で英雄と呼ばれるならば誰でもなれる事になる。……【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が健在だった頃は俺にとっての英雄がたくさん居た)

 

 憧れた英雄が居なくなり、自分の目標も無くなってしまった。

 オッタルは英雄になりたいわけではなく、純粋に強くなりたいだけだった。

 かつての強敵を打倒し、レベル7へと至った瞬間――目の前に壁が無くなってしまった。ただそれだけだ。

 自分が英雄になった、などという気持ちなど微塵も感じなかったし、思わなかった。

 今の自分はフレイヤの為に力を振るうだけの存在だ。他の団員もおそらく同じ気持ちの筈だ。

 

「……単に俺が英雄と呼ばれる存在ではなかっただけだ」

「な、何故に!? レベル7なのにどうしてですか?」

 

 小さな存在(リリルカ)は酷く驚いた。それがオッタルには不可解だった。

 そもそも英雄とは何か、と聞かれても答えられない。何が英雄たらしめる要素なのか――

 街の噂で耳にするのは【白兎の脚(ラビット・フット)】の話題が多い。そして、彼が何かする度に英雄という単語が聞こえてくる。

 オラリオで活躍するようになってまだ数か月しか経っていないのに。

 人々は彼の何を見て英雄と呼ぶのか。

 

 街の奴らにそう(英雄)言われたら英雄なのさ。

 

 【ゼウス・ファミリア】団長にしてレベル8【英傑】マキシマにこっぴどく叩きのめされ、頭を踏みつけられた時に聞いた言葉が思い出された。

 当時は何のことだが分からなかった。

 当然だ。オッタルの目的は頂点を目指すこと。一番強くなる事であり、英雄になりたいなどと思った事など無い。

 彼が成りたいのは『最強』だけだ。

 

「……今よりレベル7が多かった時代に英雄と呼ばれる者は団長級が常だった。だから、何も不思議なことはない」

 

 両手を組んで祈るようにオッタルを見上げながらリリルカは何か言わなければ、と思ったが言葉が出てこない。

 都市最強と言われる男がどうして英雄になれないのか。昔はありふれていたのかもしれないが、今の時代では間違いなく彼は英雄に等しい存在だ。いずれベル・クラネルが追い越すかもしれなくとも。

 武人オッタルはオラリオの英雄であるべきだ。

 

(それは嘘です。リリの英雄はベル様ただお一人……。ただ、オッタル様が哀れだと思ってしまったから……。報われない都市最強に誰か一人でも……。今だけは……、リリだけでも【猛者(おうじゃ)】オッタルはオラリオの英雄なんだと思ってあげなくては……)

 

 女神フレイヤもオッタルを英雄と認めているのかも――いや、思わせぶりではっきりと明言せずにいるのかもしれない。

 よその【ファミリア】の事情だから、と他人事のように振舞う事も出来るのだが、何となく不憫だなとは思った。

 

          

 

 多少の異常事態(イレギュラー)があったものの当初の予定通り、ベル達は下層を目指す。

 アリーゼというモンスターも気になるが【ロキ・ファミリア】預かりになっている今、無計画に取り返すことは出来ない。

 後ろ髪惹かれる思いではあったけれど。

 装備と荷物の確認を終えてからベル達四人は一九階層への入り口に向かう。

 そして、入って早々にモンスター達が現れ、次々と襲い掛かってきた。だが、それらはオッタルが大剣の一振りで圧倒し、こぼれ出るドロップアイテムについては帰りまで回収しない事にした。

 まずは目的が先決ということで。

 

(下の方が価値も高くなりますし)

 

 リリルカも全てのアイテムを回収しようとは思わなかった。そんな彼女の横で命令書を懐から出して目を通す白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディンの姿があった。

 戦闘にも参加している彼だが、主に指示出しを中心に(おこな)っている。

 指示書の中身はベル達にも見せないが、(おおむ)ね予定通りという返答があった。

 二〇層を越えて、二四階層目で一旦立ち止まり、魔石を小さな袋に一杯になるまで回収し始めた。

 そして、崩落現場である二五階層。

 

(……中心近くが一番被害が大きい。それと修復が始まっているけれど、安全に通るにはまだ時間がかかりそう)

 

 崩壊した壁の修復は時間が巻き戻るように(おこな)われる。生物の様に無機質が泡立って塞いでいくわけではない。

 修復中の階層はモンスターが生まれにくいのも良く知られている。

 オッタルとヘディンはのんびりと観察する気はなく、足場になりそうな場所を見定めて降りていく。その後をベルとリリルカが追う。

 つい先日までここで未知のモンスターと死闘を繰り広げた。そんな喧騒は今は無く、修復する音と上から落ちる水の(したた)る音が静かに聞こえてきた。

 モンスターが居ない分、楽に降りられるが以前来た時は相当数のモンスターに襲われた。

 

(みこと)様が居ればモンスターや冒険者の索敵が出来ましたのに)

 

 居ない人の事を思っても詮無い事だ。

 ベル達と共に下るのは都市最強の【フレイヤ・ファミリア】である。気心の知れた相手ではないので緊張が全然解けない。

 ヘディンの唐突な指示出しを静かな空間で聞くといちいち驚いてしまう。

 足場に注意を払っていると上層の音が聞こえてきた。おそらく【ロキ・ファミリア】の斥候達だ。

 彼らも【フレイヤ・ファミリア】に次ぐ派閥で攻略速度も速い。そんな彼らが短時間で下に来るのも不思議ではない。

 ヘディンの指示で【ロキ・ファミリア】の邪魔にならないように注意しながら階層主の部屋を目指す事になった。

 二七階層の奥で待ち構えるのは尻尾にも頭がある双頭の蛇『アンフィス・バエナ』だ。

 青白い炎を吐く強敵で討伐推奨レベルは5。

 数十人規模の冒険者による戦闘を(おこな)うのが基本だ。

 

(ギルドの情報によればあと数日で現れる筈です。四人で討伐なんて無茶もいいところ)

 

 一度出現したアンフィス・バエナは三つの階層を移動しながら戦う事になる。

 大手【ファミリア】も経験する壁の一つだ。

 負傷したドルムル達を救出する為に先行した時は運よく無人だった。今回もそうなっているといいな、とベルとリリルカは祈った。

 二人は今回只の付き添いだ。満足な用意もしてきていない。あるのはヘディンが事前に用意したものだ。

 

「……階層主が居ないのであればこのまま進む」

「はい」

(……後からくる【ロキ・ファミリア】の皆さん、頑張ってください)

 

 いずれ訪れる彼らを労いつつ未踏の二八階層に到達した。

 ここからまた風景が変わる。

 植物の多い階層。水辺の階層と続いて次は岩肌の多い階層となっていた。

 出てくるモンスターは爬虫類系。蜥蜴人(リザードマン)などだ。

 あちこちにある鉱石を拾い、天然武器(ネイチャーウェポン)に変えて襲い掛かってくる。

 瞳を赤くした凶暴なモンスター達にオッタルとヘディンは淡々と相対し、ベル達は共通語(コイネー)を扱う個体が居ないか手探りで戦闘を始める。

 もし、人語を介するモンスターが居た場合は安全なところに避難してもらう以外に出来ることが無い。

 多少の葛藤を感じつつも黒いナイフで襲い来るモンスターを迎撃する。

 黙っていれば殺される。異端児(ゼノス)だとしても敵であれば戦うしかない。

 

          

 

 モンスターを迎撃し、合間に魔石を回収しながら目的の階層である三〇階層目にたどり着いた。だが、別に安全な場所ではない。キリがいいだけだ。

 到着して早々、休めそうな空間を探し、簡易的なテントを設営する。

 テントが出来るとリリルカをまず休ませた。

 ほぼ非戦闘員の彼女に戦いは荷が重い。ましてレベル1だ。

 敵の迎撃はベルとオッタルの二人だけ。ヘディンもテントに入り、指令書の再確認を(おこな)い始めた。

 【ヘスティア・ファミリア】にとって未到達階層。ほぼ【フレイヤ・ファミリア】のお陰だ。ただし、これを公式記録にしない方がいいとベルは思っていたし、リリルカも肯定した。

 

(……僕はこの階層のモンスターを倒せているけれど、他の皆はどうなんだろう)

 

 それと階層主であるアンフィス・バエナとも戦っていない。

 きちんと戦闘経験を積まないとギルドの要請を達成したとは見做(みな)されないおそれがある。

 会話が無いままリリルカはヘディンの様子を窺う。彼は他派閥となれ合う気が無い事は理解したが、待っている側からすると酷く居心地が悪い。

 法外な金額を提示されたはずなのに減額しようと言う気が全く感じられない。ある意味、弱みを維持でも見せないとでもいうような有様(ありさま)だ。

 他の派閥ならいざ知らず、都市最強と謳っているだけあり、難敵だと認めざるを得ない。

 リリルカが見守る中、別に見るなとも睨みつけたりして顔を逸らそうともせず、彼は必要な道具を用意していく。

 それと階層主の部屋以降、時間を気にするようになった。

 手伝えることはありますか、とダメもとで尋ねれば周りに気を付けているだけでいいと素っ気無い返答があった。そして、見物するのは自由だが邪魔だけはするな、と厳命された。

 

(……こういう人と一緒に生活したくないですね……。何でしょう、社交的から激しく遠ざかっているというか……。フレイヤ様はこういう人達に囲まれているのでしょう? 優雅な暮らしをしている筈ですが……。全く賑やかな生活を想像出来ません)

 

 彼らに比べて【ヘスティア・ファミリア】は主神が明るく社交的で誰彼構わず愛想を振り撒く。そして、とても庶民的だ。

 外見の破廉恥さを抜きにしても心が温かくなる。前に所属していた【ソーマ・ファミリア】とは真逆の印象だった。

 

          

 

 多くの手荷物を抱えたヘディンはテントから出て行き、リリルカも後を追う。

 そして、迫りくる蜥蜴人(リザードマン)達を打倒しながら広めの空間にたどり着いた。

 一休みできる空間がある以外は特徴的な物のない小部屋にしか見えない。その部屋の奥にヘディンは向かい、持ってきた荷物を地面に下ろす。

 杭と金槌を持って壁に穴をあけていく。

 彼は説明をしないがオッタルも事情を把握していない。彼の使命は【ヘスティア・ファミリア】からアルフィアの魔石を譲り受け、可能であれば護衛を務める。

 後者はヘディンから伝えられたものだ。その白妖精(ホワイト・エルフ)は指定された時間内に目的の階層にたどり着き、誰にも邪魔されない場所の壁に穴を空けるように、と指示を受けている。

 ベル達の立ち合いについても予想されていたのか、彼らの要望には出来る限り応えてあげて頂戴、と言われた。

 

(……あのお方(フレイヤ様)が指定された時間まで幾分か余裕があるが……。どうやってお伝えすればいいのか……。それとも時間さえ守られれば……)

 

 仕事については完了次第、現場から離れておくように、とは言われている。

 おそらくフレイヤ自身もどうなるのかは分かっていない。

 雑念を払拭しつつ横穴をあける。

 まず、大雑把に四角く。奥行きを持たせ、中に放り込む物が落ちないように気を付けつつ。

 そうして短時間で開けた穴にアルフィアの魔石を奥まで入れ込み、ここに来る途中で手に入れた魔石も入れる。順番の指定が無かったので適当だが――

 全ての魔石が入ったら現場から離れる。

 

「何が起こるのか分からないが……。テントに戻るぞ」

「……はい」

 

 作業を終えたヘディンはテントに戻る途中でフレイヤから託された眼鏡の存在を思い出した。

 モンスターに気を付けつつオッタルを含めて掛けるように指示する。

 ガラスが黒い以外は普通の眼鏡にしか見えない。

 

(……これは強烈な閃光から目を守る眼鏡ですね。あそこで何かが起きるかもしれない、と……)

 

 事情を察したリリルカは早速眼鏡をかけ、ベルにも一応かけて下さいとお願いした。

 最後にオッタルもよく理解しないまま眼鏡をかける。

 多少、視界が暗くなったが戦闘には支障がない。そうして時間が過ぎていく。

 数分から数十分。モンスターを現れる側から打倒して時を待つ。

 後からやってくる【ロキ・ファミリア】を気にしながら。そして、その時が来た、らしい。

 まず、穴の修復が始まった。遠めで視辛いが閉じようとしていた。

 

(修復されれば穴の中の魔石は潰れてしまいます。……それで、どうなるんでしょうか?)

 

 五千万ヴァリスで買い取った魔石をいたずらに消費する危険性(リスク)を冒して何も起きませんでした、で済むのか。もしくは済ますのか。

 言い知れない恐れを抱くがヘディンは真面目な顔のまま事態を注視している。オッタルはずっと憮然としたままなので何を考えているのか、正直分からない。

 穴が閉じ、魔石が一気に押し潰される音が聞こえてきた。そして、壁の穴が修復され、人為的に穴が穿たれた痕跡が無くなる。

 ものの数分で五千万ヴァリスの魔石が呆気なく砕け散った。

 もし、リリルカの立場なら悲鳴を上げて目から血を流し、失神して数か月は寝込む自信がある。

 買い取り役を仰せつかったオッタルも実のところ何も起きない事に額から汗が幾筋か垂らしていた。彼とて何かが起こる筈だと見守っていた。これで何も起きなければフレイヤにどんな顔で会えばいいのか、と内心ではかなりの動揺を見せていた。

 それぞれの危惧をあざ笑うような結果にヘディンも心臓の鼓動の早まりを感じつつ焦り始めた。

 フレイヤの指示通りに(おこな)った。何も起こらない筈が無い、と。

 ベルだけは興味津々で待ち続けている。

 彼以外の三人が悪い方向に焦っていると、その時が来た。

 

          

 

 壁が大きくひび割れる、そんな予想をしていた。しかし、壁が割れるような兆候は結局のところ起きずに数十分も経過した。

 ベル以外が諦めや絶望を感じていた矢先、青天の霹靂ともいえる事態が発生する。

 例えるならば――盛大な呪詛、だろうか。

 

 エェェェイィィィヤァァァ!

 

 遥か上方からの大絶叫のような――

 あるいはダンジョンの悲鳴だ。

 あまりの轟音にベル達は耳を塞いで(うずくま)る。ついでオッタル達も耳に手を当てたが視線は壁に向いたまま。

 天から強大な魔法を打ち込まれでもしたかのような破壊音が遅れてやってきて、そのすぐ後に閃光が降り注いだ。

 先ほどまでヘディン達が居た壁を飲み込む形で。

 もし、眼鏡をかけていなければ目を焼かれていたかもしれない。

 

(……視界が真っ白に……。眼鏡をかけても何も見えませんね)

(……うわー。眼鏡をかけてて良かった……)

(……良かった。定刻に間違いは無かった)

 

 視界が白で埋め尽くされている間に強風が吹き荒れ、盛大な破壊音が聞こえてきた。

 足元の地面も結構揺れた。

 あまり現場に居るのは危険と判断し、ヘディン達はテントに戻るに事にした。

 大音響のせいで互いに声をかける事も難しく、相手の服を引っ張る形で合図を出し合った。

 閃光から感じる振動は少なくとも一つではなかった。そして、退避しながら部屋が崩壊していくのが分かった。

 光りと音が止むまでテントの中に居座り続けること数十分――耳鳴りが治まるのと同時期に白かった視界も薄まっていった。

 

(……あ、上から来ている【ロキ・ファミリア】の人達、どうなったんでしょうか?)

 

 現在位置は中心から結構離れている筈だが、被害が全くないとは言い切れない。

 眼鏡を外し、視覚と聴覚が利くようになってからオッタル達に上の様子を見た方がいいか尋ねてみた。

 ベルとヘディンは壁の様子を。

 リリルカとオッタルは上層への出入れ口の確認にそれぞれ向かった。

 まず、小部屋は部屋そのものが何かに穿たれたように消え失せていた。上に顔を向けると恐ろしく風通しの良い穴が見えた。

 想像したくない事だが地上まで開いたのではないかと。だが、それも数刻も経てば塞がる。

 

(神の送還に似ているな。もしや、それが逆になった現象か? それならばこのような結果になるのも頷ける)

 

 天より地に向けて何かが落とされた。その結果がこの大破壊である、とヘディンは予想した。

 ベルは凄い事が起こった、という結果だけで思考が混乱していた。そんな慌てている彼をよそに部屋の修復が始まった。

 アルフィアの魔石がどうなったのか、など問題にならないくらいの出来事に度肝を抜かれた形だ。

 

          

 

 修復が始まったので上層の被害状況が瞬く間に分からなくなった。見えた範囲で言えば一八階層まで。

 三〇階層から宿場街(リヴィラ)まで降っているのはほぼ【ロキ・ファミリア】だ。

 その更に上となると想像もつかない。

 分かる事は階層が丸ごと落ちるような事にはならなかった。

 広範囲の地形を落とすようなものではなく、局所的な穴を穿つ被害だけであったから軽微で済んだ、といえる。

 そうでなければリュー・リオンが危惧する魔法を反射するモンスターが現れても不思議ではない。

 音が止み、新たな衝撃も無く――ベルは辺りをくまなく観察した。

 小一時間経った頃、オッタルとリリルカが戻ってきた。

 

「途中で【ロキ・ファミリア】の方達に話しを聞いてきました」

 

 側に居るオッタルは黙って威圧していただけ、と役立たずぶりを愚痴る。

 軽く咳払いしてからリリルカは分かる範囲で説明を始めた。

 

「斥候達に被害はありません。待機している方達も唐突に起きた衝撃に驚いたけれど現場から離れていたので実害はないとのことです。……天井が幾分か砕けて、その落下物の対処で多少の混乱が起きた程度……」

 

 オッタルに抱えられて直接一八階層を見てきたが野営場所への被害は――目視では――無さそうに見えた。

 その上の階層の事まではさすがに帰り際に聞くしかないけれど、と。

 

「天を貫く穴が開いた。状況を見る限り、そうとしか言えません」

「……やっぱり」

 

 ダンジョンに穴が開くくらいで済むとは思えない。地上の被害も少なからずある筈だ。

 通行人の安否や出店でアルバイトをしている神ヘスティアが無事かどうか。

 神に何らかの異変があれば背中に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』が反応する。それが無ければ無事だという事だ。

 もし、地上から地下に向かっての攻撃であればとてもない規模の威力だ。何をどうすればそんなことが可能なのか、ベルには覚えがない。

 

「こっちは崩壊した部屋が治った以外は何も起きてないよ」

「そうですかー」

(……五千万ヴァリスの魔石が砕けちゃいましたし……。このまま何も起こらず、黙って帰っていいものですかね? 何も起きない事に越したことはないのですが……)

 

 何も起きず、このまま地上に帰り、ギルドに証文を提出すれば【フレイヤ・ファミリア】から正式に五千万ヴァリスが譲渡される。

 やはり納得がいかない、と文句を言っても正規の手続きを取った約定であれば取り消しや取り返しは――強引な方法で――しないはず。

 これからどうします、とリリルカはオッタルとヘディンに声をかけた。

 二人は事態が進展しない事に疑問を覚えつつも女神からの指令を(まっと)うした事を認めるしかない、と思った。他にすべきことは指示書には書かれていなかった。

 決断が出来ないまま立ち往生しても仕方が無いので、軽く食事を摂りましょう、と提案する。

 テントに戻った四人は物静かに軽食を口に入れた。

 オッタルとヘディンはいつも通りにしか見えないがベル達はとても気まずい思いだった。

 何か起きるだろう思っていたのに――いや、実際に何かが起きたのは確かだ。その後の経過が分からなくて困っているというだけ。

 物静かな食事。そんな沈黙を破ったのは敵意をむき出しにしていた白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディン・セルランドだ。

 見目麗しき男性だが口から出てくる言葉はどれも苛烈であった。

 

「当初の目的は達した。何も起こらなかった、とは私も言わない。もし、危険だと判断したのならば速やかに帰還する」

「……か、確認はされないんですか?」

 

 つい当たり前のことを尋ねてしまい、案の定ヘディンは不機嫌な顔で睨みつけてきた。――元々そういう顔だとすると別の意味があるのかもしれない。

 ベルに言われずともヘディンも状況が理解できなかった。可能であれば調べたい。しかし、女神に報告せずに独断専行していいものか、判断に迷っていた。

 

「貴様の目的は我々があの魔石をどう扱うかの確認だろう? その目的は達した。これ以上、ここに留まっていれば身の安全は保障できない」

(そこで減額の交渉ですよ、ベル様)

 

 と、リリルカが小さな声で助太刀する。

 本当は満額で欲しいところだが大きな額をそのまま受け取るのは後々首を絞める結果になりかねない。ここは【フレイヤ・ファミリア】への貢献度のようなものを上げるために下手に出来るべきだと判断した。

 武人オッタルは今のところ何の反応も見せていない。

 

「……いえ、このまま何もせずに地上に戻るのは非常に気まずいので……。可能な限り調査したいと思います」

「……何故、減額交渉をしない?」

「後悔しそうだと思ったからです」

 

 真っ向からヘディンを見据えてベルは答えた。

 良い顔をしたいとか姑息な考えなどない意志を秘めた深紅(ルベライト)の瞳を輝かせながら。

 確かに(ベル)の言う通りだ。調査を後回しにするのは色々と不味い気がした。

 元々はフレイヤの指示で(おこな)った。その結果で起こる事も【フレイヤ・ファミリア】の問題として処理するつもりで、ベル達に責任を押し付けるような卑しい選択はそもそも存在しない。

 

(……好きにしろ、と言いたいがこいつはあの方(フレイヤ様)が気にされる男だ。非常に癪だが無碍には出来ない)

「調子に乗るなよ、愚兎(ぐさぎ)。貴様の手を借りずとも我らだけで充分だ」

(……ベル様、リリ達はあくまで彼らの様子を見に来たのであってお手伝いに来たわけではありませんよ)

 

 そもそも【フレイヤ・ファミリア】の手助けが出来るほどの信頼関係も無い。

 リリルカの言葉にベルは唸りつつも悩み続けた。

 極秘任務の様な(てい)で下層域に居るのにあまり目立つことをするのは後々不味い事態が起きる、気がする。それに本拠(ホーム)で留守番している仲間の事も心配だった。

 【ヘスティア・ファミリア】は既にベル一人だった頃とは違う。守らなければならない仲間が居る。団長の独断で動き続ければ困るのはリリルカ達団員だ。

 

「……引き時を見誤れば取り返しがつかなくなる事もある。お前は少し後ろを見るべきだ」

 

 オッタルが重い口調で言った。

 今回は自分(ベル)達の荷物が殆ど無い。その上で未踏領域を調査しよう言い出してしまった。

 (はた)から見れば無謀としか言いようがない。かといって見なかった事にもできない。

 

「ここより下に行かなくとも上の様子は絶対に見ることになるのですから。危険なところはオッタル様達に任せましょう」

(……確かに。下層より上層の方が被害が大きそう)

 

 今のベル達にとって三〇階層は公式の記録に残せない領域だ。いくら正義感から調査を買ったとしても周りを心配させる原因になるのは確実だ。それにこうしている間にも地上部と【ロキ・ファミリア】や宿場街(リヴィラ)に滞在する冒険者達によって原因究明が始まっている筈だ。

 全く調査をしないで帰る事は無い、という結論を出したベルは荷物の確認をする。

 

          

 

 絶叫の様な大音響の事を考えつつ部屋の中を見回す。

 破壊個所の範囲が小さかったからか、大きな穴は半分以上も塞がりかけていた。さすがに即座に、とはいかないようだが。

 モンスターが生まれる前に上層を目指しつつ、被害個所を重点的に調査する事になった。下層については今回は諦める方向に舵を切る。

 【ヘスティア・ファミリア】を引き連れて調査する気が無かったからだ。

 

(……五〇階層まで被害が及んでいたら調査に行くのか、と言われれば難しいとしか言えない)

 

 今のベルの実力では一人で深層域の踏破など不可能である。それくらいは弁えている。

 仲間達の実力の底上げも無しに向かう事も出来ない。そして、あれだけの事があったにもかかわらず、リリルカや【ロキ・ファミリア】に被害が無い、というのが心に安心感を与えた。

 テントを畳み、上を目指すのだが――今回の目的には報酬が関わってくる。

 余計な荷物を持ったまま下りない為に我慢してきたが、帰りはダンジョンの資源を回収していく約束になっている。

 それをオッタルにそれとなくリリルカが言うと分かっている、と短く答えた。

 

「……もし、充分な量を確保出来たら一千万ヴァリスまで下げてもいいのでは?」

(元より吹っ掛け過ぎです)

「もし、許してくれるなら支援、というか義援金として拠出していただけませんか? 僕達はダンジョンのドロップアイテムだけでいいです」

「ならば名義はベル・クラネルだ。今回の事態に首を突っ込みたいのであればそれを受け入れろ」

 

 ヘディンの棘のある言葉にベルはありがとうございます、とお礼を述べた。

 金額についてはお任せします、と続けた。

 

「何を言っている。【フレイヤ・ファミリア】は(びた)一文出す気はない。貴様が数千万ヴァリスを市中に撒き散らすんだ。我々が些事に女神の財産を投じる事は無い」

「えっ!?」

(……名義がベル様ならヘディン様の言い分は別におかしくありませんよ。街の人達はベル様、というか【ヘスティア・ファミリア】の私財による義援金を受け取る事になりますから)

 

 金を出す相手の名前が【フレイヤ・ファミリア】かベルかの違いだけ。

 どちらにしても被害者に行き渡るなら誰の金でもいいわけだ。

 ベルが【フレイヤ・ファミリア】に金を出させる事と報酬として受け取った金をどう使おうと大差が無いのだから。

 

「……仮にオッタル様が義援金を拠出する、というのは無理ですか?」

「フレイヤ様の私財を俺の都合で放出する事など出来る訳が無い」

「……ごもっともです。今回の場合はフレイヤ様自身が私財を投じる形にならなければ意味がありません。ある意味、賠償金ですね」

 

 自分に責任があると認めれば賠償金になる。

 素直な神様であればそれもありうるが――

 以前、異端児(ゼノス)の最強格である『アステリオス』との戦闘でオラリオの街並みを結構破壊した。その賠償金がベルに請求された、という話しは聞かない。

 様々な騒動に巻き込まれた時も建物の修繕費用を求められたことはない。多くは相手側に非があったから免れていたのかもしれないけれど。

 

「ベル様。ここで今までの贖罪として報酬を放出するのも良いかもしれませんよ」

「……うん。……今までの贖罪というところが言い訳出来ない」

 

 ベルが反省を感じた頃、具体的な金額について考えなければならない。

 実際の所、どこまで出せるのか、オッタルに尋ねてみた。一応、希望額に沿えるよう努力します、と付け加えて。

 

「二千万だ」

 

 ヘディンが即答した。

 金額を聞いて思わずリリルカは呻いた。

 

「お前達が好きにしていい金額だ。それなら私も文句は言わない」

「……に、二千万でも結構良い金額ですよ」

「街に貢献できると思えば安いくらいだ。我らは興味が無いから関わり合いにならないだけだ」

 

 仲間の言葉にオッタルが呻いた。それでいいのか、と聞きたそうにしている。

 無駄な問答を避けようとしているのか、ヘディンは証文の修正を【猛者(おうじゃ)】に命令してきた。

 

          

 

 使い道について色々と決まり、ベルも納得した。そして、ようやく移動が始められたのは一時間後。

 その間も崩れた壁などが修復していた。そして、懸念だったモンスターの出現も気配も無い。特に強い殺意の様な悪寒は――

 かのモンスターとの邂逅から日が経っていないので――生命の危機を覚えるような――感覚はまだ覚えていた。

 ベルは念のために先ほどの部屋の様子を窺い、何もない事を確認して安堵する。

 荷物の準備が整った頃合いを見図り、上を目指すことにした。

 壁の修復が終わると次に問題になるのがモンスターだ。早めに移動しないと襲われてしまう。

 

(他の冒険者の姿が無い今の内に移動すれば……)

 

 そう思って四人が歩き出した時に近くの壁に亀裂が走る。

 想定より少し早い。けれども、迎撃には支障が無い。それらを確認しながらそれぞれ武器を構える。

 ダンジョンは下層に行けば行くほど余裕がなくなる。当然、強いモンスターがたくさん現れるからだ。

 今までの探索において命の危険を感じなかった機会など早々無い。

 ここは冒険者とモンスターが殺し合うダンジョンだ。

 

(亀裂は一つ。なら、迎撃か……)

 

 ダンジョンに現れるモンスターの多くは冒険者が通過しようとすると現れる傾向にあり、無視して逃げる事は基本的にしない。

 もし、他の冒険者が居た場合、他人に擦り付ける行為とみなされて叱責を受けてしまう。それを冒険者界隈では『怪物進呈(パス・パレード)』という。

 非戦闘員であるリリルカを除く三人がモンスターの出現に警戒して臨んだ。そして、壁から生まれたのは――

 薄暗い洞窟の様なダンジョンではあったが視認が困難なほどの暗さはなく、壁から魔石による発光のお陰で比較的周りの色合いが分かる程度には明るかった。

 そんな光量の中で見えた限りでは全体的に青白く、人型である。

 肌にいくつか鱗の様なものが張り付いている。つまり『竜女(ヴィーヴル)』に特徴が似ているモンスター。

 それが高い位置から落ち、顔を(したた)かに打ち付ける。

 

「……あっ」

 

 思わず声が出たベルは手を出しそうになる程、心配した。

 見掛けが人型だからか、通常のモンスターであれば壁から生まれてすぐに襲い掛かってくるものだった。そうではない場合の反応に苦慮する。

 ウィーネは少女だったが、今回の竜女(ヴィーヴル)は手足が長く大人のようだ。

 最大の特徴は腰に至るほどの長い――白銀とも白雪の様な白さ――髪。

 

「……いたた」

 

 そして、顔を打ち付けた時に出てきた声は紛れもなく共通語(コイネー)だ。

 手に黒いナイフを握り締めつつも声を聴いた瞬間には突進する心構えが崩れてしまった。

 側に控えているオッタル達とリリルカもそれぞれ驚きに満ちた顔になった。

 

(ウィーネより大きな体格……。でも、変身前の姿だよね)

 

 額を押さえつつ何とか上体を起こす白髪の竜女(ヴィーヴル)

 側に冒険者が居るのに警戒感がまるで無い。ついベルはオッタル達に顔を向ける。しかし、良い助言は貰えなかった。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。はい、大丈夫ですよ。それより鼻血とか出てませんか?」

 

 声を頼りに竜女(ヴィーヴル)がベルに顔を向ける。

 形のいい乳房に気が付いて思わず頬を赤らめたベルは顔を背ける。

 一瞬見えた彼女の顔は何処か見覚えがあるものだった。

 目蓋を閉じていたが優しそうな柔和な(かんばせ)。印象について、ごく最近見た記憶がある。

 

 ジャガ丸くんを食べていたアルフィアに似てはいないだろうか。

 

 彼女(アルフィア)竜女(ヴィーヴル)の亜種。または竜人(ドラゴニュート)のようなモンスターだった。だが、目の前に居るのは自分達の知識にもある竜女(ヴィーヴル)そのもの。額に赤い宝石がしっかりと付いている。

 ウィーネが成長した様な姿にも見える。

 

「……えーと、ここは……ダンジョンですか?」

「はい。ここは三〇階層です」

「あらあら。そんなところに……」

 

 一般的な冒険者であれば三〇階層と聞けば、それなりに身構えるものだ。

 レベル2までの冒険者は一八階層に(たむろ)するものだし、それより下に行く者は実力に自信が無ければ行かないほど。

 危険度の高いところに居る筈なのに彼女からはあまり危機感が伝わってこない。それとも実感が伴っていないだけなのか。

 

(……まあ、爪がこんなに伸びて……。服も無いわ。……それどころか……)

 

 竜女(ヴィーヴル)は周りをせわしなく見回し、自分の身体の様子や額に手を当てる。

 なにやら異常事態が起きたようだ、と彼女はすぐに気が付いた。それにダンジョンの三〇階層など……()()()()()()()

 手早く状況判断を済ませた後、改めて近くに居る白髪の男の子に顔を向ける。そして、軽く首を傾げて困ったわ、という仕草を見せる。

 

「……私、どうやらモンスターのようね」

「そうですね」

(……可愛い男の子……。こういう子になら命を捧げてもいいかしら。それにしても三〇階層とは……。この子、どうやって来たの、か、し……ら……?)

 

 そういえば、と彼の後ろにも人の気配がある。覗き込むように窺うと見覚えのある顔が見えた。

 身体の大きな猪人(ボアズ)の冒険者。色黒で厳めしくて、いつも誰かに泣かされていた鼻たれ小僧によく――

 それと同時に武人オッタルも竜女(ヴィーヴル)に対して同じ、または似たような感慨を味わっていた。例えるならば昔お世話になった人物と邂逅したような――

 

「もしかしてー、坊やなの?」

「……【静聴】のメーテリア……なのか?」

 

 彼女が質問した後で出たオッタルの言葉に花が咲いたように喜ぶ白髪の竜女(ヴィーヴル)

 その前にオッタルを坊やと呼んだことにベルとリリルカが驚愕し、いつも冷静沈着で何事にも動じないヘディンが僅かばかりに動揺を見せていた。

 名前を言われた当人(彼女)は薄く笑い始めた。知人に名を呼ばれた事がとても嬉しかったように。

 

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