υπηρχεω【完】   作:トラロック

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11 魔王の旋律

 暗黒期以前から迷宮都市オラリオで冒険者として活動している者は誰でも【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の二大派閥について知っていた。

 次点で【オシリス・ファミリア】が居たようだが、ダンジョン攻略や数々の武勇で言えばゼウスとヘラが最有力候補に挙がる。

 今から一五年ほど昔――【フレイヤ・ファミリア】に入りたての少年であったオッタルは女神フレイヤのお眼鏡に適う冒険者になる為、死闘に近い戦いを繰り広げてきた。

 それ以外に何もない。何も出来なかった少年時代。

 ただひたすらに最強を目指し、強き者に挑み続けた。

 後にレベル(シックス)に至るまでの彼は敗北の連続だった。

 今でこそ都市最強の武人と(たた)えられているが、最初は非力なレベル(ワン)の駆け出しだ。

 強くなるには強い存在(もの)と戦う事。馬鹿の一つ覚えのように二大派閥に挑み続け、結局のところ満足な勝ち筋は得られなかった。

 【ランクアップ】しても勝てず、それでも諦めない若き猪人(ボアズ)

 ある日、自分より年下の少女に挑み、返り討ちにされて地面に這いつくばっていると別の少女が近づいてきた。

 白雪の様な白い髪にとても冒険者とは思えない優しい笑顔が印象的だった。この者は先ごろ彼を手刀のみで打倒した少女の双子の妹である。

 

「……また姉さんに挑んで負けちゃったのね」

「………」

 

 ボロボロの少年を見て苦笑を滲ませながら心配してくれる白い少女。

 年下の彼女は見た目とは裏腹に少年オッタルよりも強い、というのがとても信じられなかった。

 姉と違い、才能に恵まれてはいないがレベル(フォー)に至っていると聞く。

 病気がちで滅多に外に出ない筈の彼女がどうやって【ランクアップ】したのか。

 

「私は優しいから坊やに暴力を振るわないけれど……。自分を大切にしない子はめっ、だからね」

 

 何が『めっ』なのか、当時は理解できなかった。

 倒れ伏すオッタルに話しかけ、抱き起こすわけでもなく、ひたすらに話し続ける。

 口数の少ないオッタルからすれば相手が何を求めているのか、聞く立場なのに何も言えなかった。

 完全に聞き手に回り、気が付けば痛みが消えていた。

 ――ついでに長時間オッタルの側に居た事で病状が――僅かばかり――悪化して気絶する少女。

 突然の事に慌てた彼は先ほどまでの痛みを忘れて立ち上がり、彼女を抱き上げて【ヘラ・ファミリア】の本拠(ホーム)に運び込む。そんな日常が結構続いた。

 

          

 

 冒険者にはとても見えない優し気で幼い少女――少女達はれっきとした【ヘラ・ファミリア】の団員である。特に姉は若くして幹部候補。

 (よわい)を一〇と少し越えた灰色の髪の少女は『才能の権化』や『才禍の怪物』という異名を持っている。

 神々から賜れた二つ名は【静寂】、名をアルフィア・ストラディ。この時、既にレベル(ファイブ)に至っていた。

 (たぐい)まれなる才能を発揮する魔法職にして前衛も務められる期待の冒険者だ。

 彼女の妹は姉の陰に隠れて目立たないがレベルは既に4で二つ名も貰っていた。

 白い髪の少女は【静聴】のメーテリア・ストラディ。魔法職だが完全に後方支援型であった。

 姉妹揃って有望視された冒険者だったが二人は生まれた時から逃れられない病に侵されていた。

 当時の医療従事者から不治の病を宣告され、長く生きられないと言われている。

 薄命に絶望するかに見えたがアルフィアは一縷の望みにかける決心をした。――全ては妹の為に。

 短命の運命に抗う為に選んだのは冒険者になる事だ。ダンジョン産のアイテムや【ランクアップ】時に得られる『スキル』での延命に望みをかけた。

 特に姉のアルフィアは自身も病弱の身の上であるにもかかわらず、執念を燃やし続けた。妹を救うために。心の支えでもある彼女が居たからこそ――

 

「姉さん、あの坊やに少し当たりが強すぎませんか?」

「強さを求めている奴には丁度いい筈だ。殺してないぞ」

 

 自室にてベッドに横たわる妹の話しを聞きながらアルフィアは悪びれずに言い放った。

 格上としての風格と立ち居振る舞いを取らなければ嘗められる。

 自分の意見を通したければ力で証明する。この当時の冒険者界隈では一般常識となっている方法論だ。

 【ヘラ・ファミリア】の団員として過ごす彼女達もそういう教育を受けていたが妹は威張る事を良しとしなかった。

 

「……あいつを坊やと言っているが奴はお前より年上だぞ?」

「あらら、つい……。毎回姉さん達に()される姿が可愛らしくて……」

 

 好きで相手をしているわけではない。小僧(オッタル)が勝手に挑んでくるのだ、というのがお決まりの台詞(せりふ)となってきた。

 彼はアルフィアとだけ戦っているわけではなく、他派閥の強豪には大体挑んでいる。

 現在、彼が打倒の目標と掲げているのはアルフィアの他には【ゼウス・ファミリア】に居る【暴喰】のザルドという男性だ。彼もまたレベル5であり、立ち塞がる壁の一枚だった。

 先日、そのザルドが何かの拍子にアルフィアの魔法か攻撃を喰らい、空を飛ぶという珍事が起きた。

 

「ヘラのお使いに行った時の事だな。それがどうした?」

「……あの人は姉さんのお陰で強くなっている気がするわ。何というか、見た感じからして打たれ強そうに……」

「……確かに頑丈ではあるな。魔法の(まと)によくなってくれるから助かっている」

 

 妹を喜ばせる為か、破天荒な行動が多いアルフィアの話題は確かにメーテリアの心の支えになっていた。

 自分よりも気弱で病弱な妹の行く末は決して明るくないというのに。

 そんな事情も若きオッタルは承知していた。その上で定期的に強者たるアルフィアに挑み、倒される度にメーテリアに癒された。

 強者揃いの【ヘラ・ファミリア】において唯一戦わなかった相手が居るとすればメーテリアくらいだ。――妹の分を補う意味でアルフィアは彼に挑まれれば――彼が――死なない程度に受けて立った。

 

          

 

 ほんの僅かな郷愁のような感傷の様なものがオッタルの身体を駆け巡る。

 姿形こそ竜女(ヴィーヴル)であるが印象がまさに【静聴】のメーテリアだった。他人の空似とかいう感じではない。ほぼ確信ともいえる。

 次いで芽生えたのは幾たびも癒された悔しさ、ではなく懐かしさだ。彼女はオッタルだけを甘やかしていたわけではないし、傷つきながらも多くの者達に救いの手を差し伸べてきた。それが例え敵対派閥だとしても。

 

「せいちょうの……メーテリア?」

 

 【猛者(おうじゃ)】の言葉を反芻するようにベルは口にした。

 つい先日聞いたばかりの【静寂】のアルフィアによく似た名称だ。――似ていると言っていいのか、明らかに関係者のような気がしてならない。

 リリルカもアルフィアの調査でいくつかの団員の情報は得ている。その中の一人にそんな名前があった筈だと。

 

「……正確にはメーテリア・ストラディ。アルフィア様の双子の妹ですね。どういう方かは存じませんが……」

 

 ギルドの資料にも各団員の詳細が記されているわけではなく、名前だけという事も珍しくない。

 他派閥に能力を秘匿する上で、ベル・クラネルも似たような事になっている。

 壁から生まれ出でた美しきモンスターは周りを確認し、己の身体を確認し、改めてベル達に顔を向けて一息ついた。

 冒険者を見て急に凶暴になる事も無く。

 

(……本当にダンジョンのようですね。天界で姉さんと楽しく食事していた筈なのに……。魂だけなのに味覚があるというのもおかしな気分でしたが……)

 

 彼女の感覚で言うならば天上の世界で平和的に過ごしていたら足元に穴が開き、真っ逆さまに叩き落され、気が付いたらダンジョンの中に居た。

 落下中に気絶していたらしく、地中にどうやって潜ったのか思い出せない。痛みは先ほど打ち付けた額くらい。

 

「……ごきげんよう」

「あ、あー、はい。こんちには」

 

 竜女(ヴィーヴル)が軽く頭を倒しながら挨拶してきたので反射的にベルも返礼した。

 見た感じの印象ではとても優しそうなモンスターだった。それと顔つきがアルフィアに似ていなくもない、という感じだ。

 曖昧なのはしっかりと認識していたわけではないから。それにアルフィアは太くて長い尻尾があった。

 僅かな差異で全く違うモンスターだと錯覚してしまい、何とも言えない気分に陥ってしまった。

 

 アルフィアと同一のモンスターには到底見えない。

 

 それと口調だろうか、と。

 少しゆったり気味で耳に心地よい。

 

「……ベル様。見入っている場合ではありませんよ」

 

 リリルカの肘鉄を膝に喰らい、ベルの意識は現実に戻った。

 突如現れた竜女(ヴィーヴル)をどうするか、考えなければならない。

 順当であれば異端児(ゼノス)の隠れ里に案内した方がいいのだが、新しい拠点の場所が分からない。

 

「……んー。モンスターである私はこれからどうすれば良いのでしょうか?」

「……どうすればいいんだろう」

 

 ウィーネの時は密売人から守る為に止む無く地上まで連れて行った。

 アルフィアは自分の足で。

 大人しい彼女の場合は見つけたからって地上に連れて行くわけにはいかない。かといってモンスターとして処理すればいいのか。

 共通語(コイネー)を使うところから保護対象に入るのだが――

 

          

 

 助けを求められれば救う。ベルはそうして一人の少女の為に全てをなげうった。

 では、そうではない相手だった場合は――

 共通語(コイネー)を使う異端児(ゼノス)だから助ける理由になるのか。今はまだ地上に彼らの居場所が無いのに。

 かといってこんなところに置き去りにする事も出来ない。

 

(……おや? モンスターを前に迷っていらっしゃる。私の様なモンスターと出会った経験があるのね)

 

 彼女もモンスターは冒険者の敵であるという認識を持っている。その敵に自分が変貌しても対処に変わりがない――そう、思っていた。なのに待てども彼らは武器を構えない。

 分かるのは戸惑い。

 こういう時の対処方法を自分も知らないけれど、いつまでも見つめ合っているわけにもいかない事くらいは分かる。

 

「……ベル様。闇雲に助けてばかりいたからこういう時の対処方法が浮かばないのでは?」

 

 リリルカの指摘に思わず呻く白髪の少年。

 後先考えない行動の弊害に言い訳のしようもない。ベルはただただ苦笑した。

 悩むベルをよそに武人オッタルは竜女(ヴィーヴル)に一歩近づいた。

 偉丈夫である彼の行動に全く怯まない竜女(ヴィーヴル)

 

(……もし、これがフレイヤ様の神意というのならば……、連れて行くのが正しいのか)

 

 単にアルフィアの魔石を砕くだけならこんなところまで来る必要は無い。

 この竜女(ヴィーヴル)のような復活を望んでいたはずだ。――予想外の人物が出てきてしまったけれど。

 念のために捕獲し、改めて確保するか処分するか決めてもらう。

 

「俺達はこのモンスターを連れて行く。その後の事でお前達に口出しする権利はない。それをはっきりと言っておく」

 

 ベル達には魔石の使い道を教えるために連れて来た、とオッタルは強めの口調で言い放つ。

 彼の言い分に思わず反論しようとしたが、元々の約束では確かにそうなっている。横からかっさらうような真似は約束の反故にあたる。

 殺す為なら連れて帰らず、現場で始末する。そうしないのはフレイヤが何らかの利用を企んでいるからだと思った。

 

「それでも立ち塞がるというのなら力で証明しろ。俺を納得させてみろ」

「……はい」

 

 返事はしたものの【猛者(おうじゃ)】オッタルはアイズ・ヴァレンシュタインよりも強い。今の自分では勝てない。

 なら、彼女を連れて逃げ続ければいい。――そんなことを【フレイヤ・ファミリア】が許すとは思えない。

 逃走は可能性の一つだが――現実問題として竜女(ヴィーヴル)の意志を無視する事も出来ない。異端児(ゼノス)を救うのはまだベルの我がままだからだ。

 

「あら、地上に連れて行ってくれるの? いいのかしら、そんなことをして」

 

 緊張感のない調子で竜女(ヴィーヴル)(ほが)らかに言った。

 一触即発の雰囲気に全く気付いていない、または気付いていて尚その態度なのか。

 白い髪の美しきモンスターは微笑みを絶やさない。

 

「……連れて行く前に、坊や」

「……ん」

 

 久しく呼ばれていなかった敬称で戸惑ったが明らかに自分の事だとオッタルは思った。その竜女(ヴィーヴル)の呼び掛けに少し不機嫌気味で反応する。

 当時は本当に身体も小さく少年と呼ばれても仕方がない。だが、今は坊やと呼ばれるほど若い気分でもない。――フレイヤから子供呼ばわりされる以外では。

 

「私の勘だけどね。……警戒した方がいいわよ」

「何にだ? 新手の……」

 

 モンスターにか、と尋ねようとした時に急に全身に悪寒が走った。それは側に居るヘディン・セルランドとベル・クラネルに小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデも同様に。

 それは唐突に感じた強烈な危険信号であった。

 地の底から這い上がる悪意の塊のような――とにかくヤバイ何かが迫っている。

 

(……な、なんだ。俺が震えている? いや、俺だけじゃないな)

(きゅ、急におしっこしたくなっちゃいました。何ですか、この異様な悪寒は!?)

(……こ、これは何だ? 階層主とは比べ物にならない)

(……は、早く逃げないと……。この場に留まるのは不味い気が……。でも、逃げられるの、かな?)

 

 四人全員が今すぐ現場から移動しなければ後悔する、という気持ちを抱いた。だが、オッタルを含めて足が(すく)んだように動かない。

 最強を自負する【猛者(おうじゃ)】はそんな自分を叱咤し、強い意志で強引に束縛から脱した。

 動けるようになったものの額からたくさんの汗が流れている事に気づき驚愕する。

 ここしばらく自分を恐怖させる存在に覚えがないので忘れていた。

 かつて自分は常にそれらと戦い続け、何度も死を体感させられた。当然、恐怖も抱いたが乗り越えてきた。

 

 いずれ最強となる為に。

 

 自分を拾ってくれた女神フレイヤに恥じない存在となる為に戦い続けた。

 そう。これはまだ『頂天』に至れなかった時代に感じていた気持ちだ。

 

「……な、何かが来ます」

 

 階層そのものが震動するような。人知の及ばない何かが競り上がってくる気配を感じた。

 いわば明確な殺意、または攻撃衝動ともいえるもの。

 ベル・クラネルにとって牛頭人(ミノタウロス)階層主(ゴライアス)、アステリオスなどの強敵とまみえた時の気持ちに似ていると思った。

 唐突に現れた先日の化石のようなモンスターと相対した時も結構怖かったけれど、今回のはそれの何倍にも――

 

(……駄目だ。怖がってばかりじゃ……。三〇階層に階層主は現れない。レベル(セブン)のオッタルさんが側に居る。それでも怖いと思わせる者が居るとしたら……)

 

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 側に居る竜女(ヴィーヴル)に顔を向けると楽しそうに微笑んでいた。その顔を見た途端、つい驚愕した。

 こちら側が恐怖に慄いているのに彼女は平然としている。まさか気絶しているのでは、と勘ぐったが軽い動作を見せているので意識がはっきりしているのは確かだ。

 

          

 

 大きく息をついて低く唸るオッタルは身動きが取れない仲間三人を両腕で抱えて移動を始める。地面を砕くような強い踏み込みで。

 一度動ければ後は惰性に従うだけでいい。急に身軽になった事に気付いたオッタルは自分の無様さに怒りが湧いた。

 モンスターを放置してしまったが、今はそれどころではない。

 

(……俺は逃げているのか?)

 

 僅かに驚くが腕の中にはベル・クラネルとリリルカ・アーデという未だに弱い冒険者が居る。それらを守るのも彼の仕事だ。

 戦略的撤退という都合のいい言葉が浮かんだが、正直なところでは完全な敗走だ。

 レベル7が惨めに逃げ出す。何の冗談だ、と自分に言い聞かせながら。

 上層への通路が見えるころ、一層強い震動が発生した。敵はすぐ近くまで来ている事を肌身に感じた。

 走りながらヘディンの様子を見ると早く放せと無言の睨みを見せていた。

 三人を通路に置いて武器を取り出す。ヘディンはベル達と共に上を目指すことにした。

 言葉は無い。それぞれの役割は理解していた。

 

「!?」

 

 上の通路に登りつつベル達は取り残される形のオッタルに顔を向けた。そして、それを見てしまった。

 都市最強の男と評されるレベル7【猛者(おうじゃ)】オッタルが光線としか言いようがない攻撃を顔面に喰らった光景を。

 構えた武器は一瞬で砕け、成すすべなく攻撃を打ち込まれた彼の身体がゆっくりと浮いた。――ベルの目からそう見えただけで実際はもっと早い。

 何故か、周りの動きが遅く見えてしまっている。

 

(オッタルさん!?)

 

 手を伸ばそうとしても身体が重く、それどころか一歩の踏み出しも遅い。

 極度の集中力が見せる遅延の世界。思考が身体の動きを置き去りにした。

 オッタルの身体がある程度浮いたところで本来の時間に戻り、ものの一瞬でベルの視界から消えた。ついで聞こえたのは壁に激突する衝撃音だ。

 一体何があったのか、全く理解できなかった。

 

(なな、なんなんですか!? オッタル様が消えた!?)

「……何か来る」

 

 今の攻撃が止んだ瞬間に震動や恐怖などが霧散していた。そのことにヘディンはいち早く気づき、杖を構えつつベル達の前に出る。

 他派閥の護衛は不本意だが女神フレイヤの意向に逆らうわけにはいかない。あくまで仕事として(おこな)う。

 怖気づく彼に自分で何とかしろとは言わない。今言えるのは迂闊に前に出るな、だ。

 しばしの沈黙の後、通路の奥から何かが現れた。上から覗き込む都合で上半身が見えづらいが青白い脚がまず出てきた。靴は履いておらず人間(ヒューマン)に酷似した形の裸足だった。

 先ほどの竜女(ヴィーヴル)か、と思うと何かが違う気がする。状況からも気配が違っていた。

 白い髪の竜女(ヴィーヴル)はベルの印象ではとても温和で攻撃的なものを感じなかった。

 

「……降りてこい」

 

 通路の奥から低い声がベル達に投げかけられた。

 オッタルを打倒したのであれば他人のフリして逃げる事はおそらく出来ない。それと既に相手に察知されている気がした。

 降りなくても向こうはきっと襲ってくる。それに――共通語(コイネー)を使った。

 声は先ほどの竜女(ヴィーヴル)のものではなかった。そして、聞こえた声は()()()()聞いたものによく似ていた。

 閉鎖された空間に居る為か、重低音に似た震えを感じた。

 

(……この声。まさかあの人!?)

 

 もし、想像している人物であれば即座に殺される事は無い、筈だ。

 聞き訳もいい、と思う。

 非常に曖昧な予想ばかり出るが言う通りにしなければ全員がやられてしまう。オッタルを打倒した謎の能力で。

 相手の正体に見当がついた瞬間、【猛者(おうじゃ)】を襲った攻撃にも予想がついた。

 いつもお世話になっているエルフの冒険者【疾風】のリュー・リオンを一撃で昏倒させた凄まじい速度で打ち出される打撃だ。

 距離的に直接殴ったとは思えないが、何らかの魔法の力が関わっていると思われる。

 

(見えたのは閃光のようなもの。雷撃? 炎ではないし、氷でもない)

 

 疑問を感じつつヘディンを先頭に三〇階層の通路に戻る。そして、見た。

 腕を組んで直立した姿勢を保ち、長い尻尾を地面に叩きつける強面(こわもて)のモンスターを。

 それは額に宝石の無い竜女(ヴィーヴル)とも竜人(ドラゴニュート)ともいえるような、強者の風格を持っていた。

 ふとオッタルがどうなったのか視線をさ迷わせると近くの壁に頭を埋めたまま――壁に刺さって身体が宙ぶらりんに――身体を弛緩させたような姿を発見した。

 大柄な体格を持つ冒険者をどのような方法を用いればそんな現象に出来るのか。

 それを見た面々は一気に全身から汗が噴き出した。冷静なヘディンでさえも。

 

「……思わず怒りに任せてしまったが。溜飲は下がった。……そこの小人族(パルゥム)

「は、はいぃ!」

「五分くらい経ったら掘り出していい。それまでそのままにしておけ」

「……え、えーと。生きていらっしゃるのですよね?」

 

 馬鹿な事を聞いている、とリリルカは思った。だが、自然と言葉が出た事に驚き、そして――聞き覚えのある声に改めて相手の正体に気付いた。

 まさか、という思いがあるが現実問題として【猛者(おうじゃ)】をぶちのめせる可能性があるとすれば()()以外に誰が居ると言うのだ。

 孤高の女王にして迷宮都市オラリオに悠然と足を踏み入れた最強格の異端児(ゼノス)――

 

 【静寂】のアルフィア・ストラディ。

 

 以前と同じ姿でベル達の前に現れた彼女は長めのため息をついた後、口を歪めて不満を表す。

 背中に垂れる灰色の長い髪。(あおぐろ)い鱗があちこちに張り付いたような裸身。当然、モンスターなので服は無し。――彼女の股間部分を見たリリルカが思わずベルの視界を手で塞ぐ。

 ここで彼女(リリルカ)は荷物の事を思い出し、事前に用意してきた服を取り出す。

 物資の購入の多くはヘディンが(おこな)った。他に要る物が無いか、と聞かれて中身を確認した時、女性ものの下着がいくつか入っていた。当初はリリルカの為のものかと思った。

 ダンジョンに向かう前であれば『まさか』と思いつつもアルフィアの再誕について予想しなかったわけではない。もし、的中すれば間違いなく裸の彼女が現れる。ベルの目に毒である。必要な服の大きさをお教えします、と提案して今に至る。

 途中で【ロキ・ファミリア】が新たな異端児(ゼノス)と遭遇したの知った時、うっかり忘れた。特に赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)を発見した時に。

 

          

 

 怒りを覚えていた、と彼女――アルフィア――は言ったが瞼を閉じた表情では分かりにくい。

 眉根を寄せているので不機嫌である事はなんとか分かる。

 凶悪な殺意の様なものも既に無く、緊張感は解消されていた。あれは彼女が発していたものだった、とは到底信じられないのだが、不思議と納得できた。

 リリルカはヘディンから荷物を受け取り、彼女の下に向かう。攻撃の意志はないようだが、警戒は怠らない。

 

「こ、攻撃しないでくださいませ」

「……ああ、約束しよう。……ところで()()何年か過ぎたのか?」

「いえ、数日です。もう五日になるでしょうか」

 

 リリルカの言葉を受けて彼女は素直に頷き、他の者も来ていいぞ、と指示する。それとヘディンにはオッタルを開放していい許可を与えた。

 ベルはまず大きく息を吐き、次に何を言えばいいのか考えた。

 唐突な別れになり、唐突な再会になったものだから挨拶の仕方が分からない。

 彼が戸惑う間、アルフィアは爪の手入れ用の(やすり)や下着を受け取る。改めて名乗るまでもなく、お前達の思う通りだ、と彼女は呟くように言った。

 肉体が崩壊したモンスターはそのまま再復活するわけではなく、魂の所在は一般的には考えられていない。

 他の異端児(ゼノス)達も突然自分の意識というものに目覚めて戸惑いを覚えたという。

 言葉に関しても誰かに教えられたわけではなく自然と話せるようになっていた、というのが彼らの言い分だった。

 

「……天界とやらで妹や昔の知り合いと共に楽しく食事を楽しんでいたところを叩き落された。遥か上空から地下深くまで落とされる気持ちがお前達に分かるか?」

 

 静かな口調だが段々と怒りが膨れ上がるのが分かり、ベルが委縮し始めた。

 不満のはけ口は主に【フレイヤ・ファミリア】のようだ。気絶したオッタルの側に居るヘディンに唸るような威嚇する態度を見せた。

 神々が住む天界は地上世界よりも華やかで就寝も食事も基本的に思うがまま。幸せな時を長く過ごす為だけの世界らしいが娯楽が無い、という愚痴をよく聞く。

 その為に神々はちょくちょく地上を覗き見ている。その中に見知った邪神(エレボス)の姿を見かけたので思わず力いっぱい殴ってしまったがすっきりした、と彼女は感想を述べた。

 

(……まさか、さっきの悲鳴はアルフィアさんの?)

 

 悲鳴というか天界から叩き落された恨みごとの様な絶叫。

 どのような方法かは知らないが、と彼女は状況を告げる。既に下着を穿いたのでベルは彼女の姿を見る事をリリルカから許された。

 改めて竜女(ヴィーヴル)の強化種の様な姿のアルフィアを見て、無事でよかったと思うべきか再誕おめでとうございます、と祝辞を述べるべきか迷う。

 以前と同じモンスターで復活してきたことも疑問に残るのだが、本人の資質か何かが関係しているのか。

 

(砕けて小さくなった魔石からでも元の姿を再現する……。ダンジョンの仕組みってよく分からない)

「私を現界させた主犯には改めて制裁を加えるとしよう。……それはそれとしてベル・クラネル。どうしてお前が【フレイヤ・ファミリア】と一緒に居る? こいつらに脅されでもしたのか?」

「い、いえ。僕からお願いしたんです。アルフィアさんの魔石をどうするのか……」

(……見ている内に復活してくるんじゃないかな、と思ったら……、本当に復活するとは思わなかった)

 

 僅かに眉根を寄せるアルフィアは死ぬ前の記憶を持っている事を理解した。それならば自分と会った時から別れまで改めて説明する必要は無さそうだと思い、軽く安心した。

 先ほどの殺意に似た気配を纏ったままであれば殺し合いも覚悟しなければならなかったが、今は幾分か話しやすくなっている。

 もし、未知の異端児(ゼノス)であればこんなに容易く会話などできなかった。

 

          

 

 ベルはアルフィアにダンジョンに潜った経緯などを分かる範囲で説明した。本来は主導する【フレイヤ・ファミリア】がすべきことだったが彼女(アルフィア)彼ら(フレイヤ・ファミリア)と話しをしようとしない。明らかに無視しているように感じられた。それとオッタルの顔が酷く腫れあがっていた。

 レベル7相当の『耐久』を持つ彼がこんな状態になるとは予想だにしなかった。しかも気絶している。

 ベルがオッタルの顔を見たので、アルフィアが手を軽く振る。

 

「……直接殴ればいくら私でも脱臼くらいはする。()()()()()()()()()()ならすぐに目が覚めるだろう」

(……あれでその程度ってどのくらいの破壊力なんですか!?)

 

 と、ベルとリリルカは同じ文言を思い浮かべて絶叫した。

 第一級冒険者の世界ともなると桁が違う話しがちらほらと聞こえてくる。それは一見するとまさかそんな、と思うほど非常識なものが多いが――おそらく事実が多分に含まれていると今しがた理解した。

 

「いつもは撫でる程度だったが……。今回ばかりは八つ当たりだ。主犯がはっきりしていたからお前達にまで当たろうとは思わん」

「そ、そうですか」

 

 落ち着いた頃合いに通路奥に置いてきてしまった白い髪の竜女(ヴィーヴル)を思い出した。

 その事をアルフィアに尋ねると手数だが連れてきてくれ、と頼んできた。自分で連れて来ると言わなかった事に少し違和感があった。

 ベルが急いで向かう間、アルフィアはリリルカにいつもの瞼を閉じた顔を向ける。

 

「私が唐突に死んだ時、あの子はどうしていた?」

「べ、ベル様ですか? かなり落ち込んでいました」

「……そうか」

 

 答えを聞いてから身体の力を抜き、大きく息をつく。

 彼女が物思いに耽るような仕草を見せただけで周りの張り詰めた緊張感が解けた。

 見た目は凶暴そうなモンスターだが、人間(ヒューマン)時代の記憶を持つ為か、不思議な印象を受ける。

 軽く調べた感じだと相当の実力者である事は勿論の事、最年少で【ヘラ・ファミリア】の幹部になったとか。

 最終的な実力はレベル7。それも病弱の身でありながら、というところが恐ろしい。

 

「健康体になったと思ったが、このモンスターの身体にも弱点があるようでな」

「……そんなこと言っていいんですか?」

「構わんさ。……そこに居る奴らが私を欲しているんだろう? 迂闊な事をすれば価値が下がる事を教えてやらねば。なあ、小僧共」

 

 そう言われてヘディンは口を堅く結んだまま彼女を睨みつけるだけで言い訳しなかった。

 オッタルを倒されたことで屈辱を受けた事に等しいがフレイヤの指示がある為に仕返しが出来ない。

 指示が上手くいったなら、丁重に扱うように、と。

 フレイヤには確信があった。そうとしか思えない。

 ただし、これは蘇生魔法ではないし、神の意志によって死者を復活させる方法などヘディンの記憶には無い。

 ――そんな方法があれば迷宮都市オラリオに墓所など作られたりしない。

 

(……しかし、五日ほどか。フレイヤが事を急がせたのか? それともダンジョンがそれを許容したというのか?)

 

 (ようや)くあらゆる(くびき)から解放され、妹と幸せな時間を送れると思っていたのに。

 体感的には仲睦まじい昼食の時間を堪能していた最中だった。その世界では思考力が衰え多幸感が支配する。

 そうして時が過ぎて何も考えられなくなり、自分達は新たな生命へと転生する為にまっさらな状態にされる。そういうものだと思っていた。

 多少の未練が残るものの死した者の末路など考えても詮無い事だ。

 

(同じモンスターとして復活したようだな。魔石のせいか? 手足の感じから顔の造形も前と一緒だと思うが……。醜いモンスターよりましと思っておこう)

 

 彼女が思索に耽って数分後に白髪の竜女(ヴィーヴル)を抱えたベルがやってきた。

 急いでいたが、他のモンスターに襲われている感じはない。

 ――ここに来る前に(くだん)竜女(ヴィーヴル)を見た彼女(アルフィア)は別の意味で驚いたが怒りを優先させ、気になる事を棚上げした。

 連れてこられた竜女(ヴィーヴル)にアルフィアは気恥ずさを感じながら顔を向けた。

 姿こそモンスターだが間違いなく妹のメーテリアだ。人間(ヒューマン)時代の顔つきに似た種族でなければ気付かなかったかもしれない。

 アルフィアとメーテリアはこの階層での邂逅が初めてではない。先にも述べたように天界で昼食を摂る時に会っている。今は互いにダンジョンに落とされ、モンスターとして限界したことに戸惑っているところだ。

 

「……困った事態になったな」

「私はとても面白いと感じておりますよ」

 

 困惑する姉をよそに妹は楽しそうにほほ笑んだ。

 常に病弱で作業のようにダンジョン攻略に連れ出される以外は面白みのない生活が続いた。

 最初の内は生き急ぐような戦いが続いたが後半はどうだっただろうか、と姉は思い返す。

 妹は最期まで幸せだったのだろうか、と。

 

「リア……。その子はベル・クラネルというそうだ」

 

 そう言われた妹は姉そっくりの(かんばせ)をベルに向ける。

 彼の頭から足元まで眺めるように顔を動かした。

 白い髪に深紅(ルベライト)の瞳。――かつて腕に抱いていた面影を残す『あの子』の事を。

 しばらく眺めた後、両手を合わせて一層輝く様な笑顔を見せる。

 

()()()()()。私、今日からメーテリア・クラネルと名乗る事に致しますわ。よろしくのほどを、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん!?」

「良かったな、ベル・クラネル。新しい妹が出来て」

 

 うんうんと納得顔のアルフィア。

 突然の事にベルは顔を真っ赤にして混乱した。

 彼の困惑振りに口元に手を当ててまたも微笑むメーテリア。ただ、内心では涙が出るほど嬉しがっていた。

 クラネル姓を名乗る白髪の少年など他に思い至る筈が無い。そして、姉がどうして彼を自分の下に寄こしたのかも理解することが出来た。

 

          

 

 活動的な姉と違い、妹は壁にもたれかかり地面に座り込んでいる。既に下着類は身に着けているのでベルが全身を眺めても問題ない。

 メーテリアが唐突に妹宣言したが彼女達の冗談だと受け止めた。多少、本気である事も否めないが――

 邂逅を喜んでいる間に気絶していた【猛者(おうじゃ)】の目も覚め、上階に向かう事になった。

 【フレイヤ・ファミリア】の目的はアルフィアを連れて帰ること。メーテリアについては全くの想定外だが共に連れて行く事になった。

 彼らに追随するだろう事を彼女(アルフィア)は勘づいていたのか、否定の言葉は出なかった。

 

「こちらの要求を呑んでもらえれば素直に従ってやる」

 

 そう言われてオッタルとヘディンは身構えた。

 話しぶりから女神フレイヤを害そうとしていたので場合によればこの場で始末する事も覚悟する。

 彼女は一旦、リリルカに顔を向ける。

 相変わらず瞼を閉じた状態なので本当に周りが見えているのか疑問を覚えた。だが、ベルは目蓋を開いた顔を見たことがあるので全くの盲目であるとは思わなかった。ちなみにメーテリアも似たような顔つきだが、こちらは姉のような色違いではなく両方とも碧玉の瞳だった。

 

「予定外が起きて少年との観光が途中だ。……今回はメーテリアも居る。三人での観光を望む」

「まあ。それは楽しみですわ」

 

 喜ぶメーテリアに姉は苦笑を覗かせる。

 嬉しい事だけであればいいのだがな、と小さな声で妹に言っておいた。

 地上に上がった後、おそらく【フレイヤ・ファミリア】に使い潰される。予感というより確定事項だ。

 自分の知るフレイヤであればそれくらいやりかねない苛烈さがある。だからこそ【ヘラ・ファミリア】を壊滅させられた。

 あの女神は実に執念深い女だ、と。

 

「正味二日ほど貰いたいな。……どの道、我らはまともに街で暮らせない身だ」

「……今この場で判断することは出来ない」

「分かっているさ。だから……、言う事を利かせる抵抗くらいする、とフレイヤに伝えておけ」

 

 強豪【ファミリア】に対して剛毅な発言が出来るのもかつての最強と呼ばれた【ファミリア】の団員だった経験からか。

 リリルカから見ればとんでもない発言にしか聞こえないし、それを聞くオッタル達の苦渋に満ちた表情は見ているだけで生きた心地がしない。

 【猛者(おうじゃ)】が言っていた、文句があるなら力で証明しろ、を地でいく内容の数々――

 

「……で? 小人族(パルゥム)は何か言い分は無いのか?」

「えっ? ……えっと、リリはあまりの事に思考を放棄したくなりました」

「……そういうものか。お前も上を目指せば平気になってくるぞ。サポーターでもやりようによってはレベル6くらいになれる」

(……相当時間がかかりそうですね。ですが、確かにベル様と何度も死地を潜り抜けてきましたし、ここいらで【ランクアップ】でもしたいところですよ)

「……えーと、ベル様の貸与ですが……。ドロップアイテムの採取をしてくれればその条件を呑みます。……というより貴女方はベル様に対してどういう思いを抱いているのですか? 異性交遊は主神の都合で色々と問題があるのですが……」

 

 今を時めく冒険者にして()()()女性に人気がある。

 ここで釘を刺しておかないと後々酷い事になりそうな予感がした。妹発言もうやむやなまま。

 それと今思い出した、とリリルカはヘスティアの言葉を思い浮かべる。

 アルフィアはベルの家族だ、という発言について。

 

「一言で言えば愛している。この私がそう思うほどにな」

 

 何の遠慮もせずにアルフィアが言い切るとメーテリアは苦笑して姉の背中を叩き出す。

 見ているだけなら仲睦まじい姉妹なのだが――

 

「一目ぼれって奴ですか?」

「違う。……恋人関係とは違うのだが……。これ以上は日数の増加と引き換えだ」

 

 思わずクソと言いそうになった。だが、舌打ちまでは止められず、案の定アルフィアはリリルカの反応を見て口元を歪めてほくそ笑んだ。

 開き直って交渉を無かった事にする、とも言えない。もし言えばオラリオの騒動に対する責任を押し付けられる可能性が高まる。何より地上から地下へと打ち込まれた謎の光線による被害にベルとリリルカが――多少なりとも――関わっているのだから。

 

(……くぅ~。すっごい知りたいですぅ)

「あっ、そういえば、坊や。こちらへいらっしゃい」

 

 そうメーテリアが手招きする相手はベルではなくオッタルだった。

 リリルカは思わずベルを見たが方向的に違っていた。

 

「……俺はもう坊やではないのだが」

「女神の脛を齧る者は坊やで充分だ。そもそも貴様には自分の欲が無い」

「……姉さん。その話し、長くなりますの?」

 

 妹の指摘に軽く呻き、姉は口をつぐんだ。オッタルとアルフィアには浅からぬ関係があるようだがベル達が聞いていいものかどうか迷うところ。

 アルフィア一人だけなら上位者としての佇まいに恐れ(おのの)いていた事だろう。それなのに妹が側に居るだけで場の雰囲気が和らぐ。

 力関係で言えばメーテリアが最上位に居るような気がするし、実力ならアルフィアが一番なのかもしれない。

 不思議な関係性にベルとリリルカは戸惑いっ放しだ。

 

          

 

 メーテリアに呼ばれたオッタルは不満を滲ませつつも彼女の側に駆け寄り片膝をつく。

 かつてまだ最強だの頂天とも呼ばれていなかった()()()冒険者であった彼は傷つき倒れ伏すたびに彼女の癒しを受けていた。

 好いていたわけではないだろうけれど、病に苦しむ彼女に比べればまだ再起の可能性があり、未来ある若者に諦めてほしくなかったのかもしれない。

 自分の病は治せないが他者を癒すことが出来る。使える力は使ってこそ価値がある。そして、彼の傷を治しつつメーテリアは言った。

 こんな事でも僅かばかりの【経験値(エクセリア)】稼ぎになるらしいですよ、と。

 打算ありき、と当時は思っていた。他に考える余裕も無かった。

 だが、今は本当にそうだったのか、と疑問を覚える。

 

乙女の泉(カナートス)

 

 謳うように紡がれた長文詠唱と魔法名が辺りに響く。

 耳にとても心地よい旋律にベルは思わず茫然としてしまった。

 メーテリアの癒しの魔法は他の回復魔法に比べれば驚愕に値する程ではなく、単純な回復量で言えば王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴの方が(まさ)っている。

 各冒険者が身に着ける魔法は本人の望みに見合い、可能な限り叶える、というものが多い。

 それは良いものも悪いものも関係なく。

 

「全快とはいかないけれど、()()()()()()()見栄えの良い顔には出来たわ」

「……ありがとうございます」

 

 ほんの短時間で腫れが引いた後、()()()()()()()彼は礼を述べた。

 単なる切り傷や腫れくらいなら完治に近いくらい治せるが失った部位の再生までは出来ない。それと重い病気にも効果が無い。

 骨折に関してもヒビ程度なら直せるが粉砕骨折ともなると絶望的だ。

 ――この魔法の真の効果は実のところ別にある。

 

「……あら? いつもならすぐ不調になるのに……。平気のようだわ」

 

 ()()()()()()()魔法を使った後は身体のあちこちが痛む。程度の差こそあれ、全くの無痛というのはあり得なかった。

 今は全く何の痛痒も感じない。無理に探せば精神力(マインド)の消費による疲労くらいだ。

 

「んっ? ああ、モンスターになったからだな。だが、安心するのは早いぞ。体内の魔石が傷つけば終わりだ」

「あ、ああ……。そうよね。私達、モンスターだったわ」

 

 妹に対して温和な態度を見せるアルフィア。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインと戦っていた苛烈さなど微塵も感じさせない。ここに居るのはモンスターだが姉妹愛に溢れた二人だけ。

 胸や腹などを触り、痛いところが無いか確認し終えたメーテリアはベルの側に駆け寄ってきた。

 

「さっきみたいにだっこしてくれる? お兄ちゃん」

「……その呼び方で行くんですか?」

「……リア。ベル・クラネルにとって下層域はまだ難しいんだ。我儘は一八階層についてからにしろ」

 

 諦めたアルフィアがそう言ったが、彼女の言い分だと一八階層以降はだっこしてもいい事になる。

 年下を装っているが明らかに年上だ。しかも結構背丈もある。小柄な小人族(パルゥム)や子供のようには扱えない。

 

「……あのー、急な展開で聞きそびれていたのですが……。こちらのメーテリア様でしたか? この方も闇派閥(イヴィルス)の関係者、だったりします?」

「いいや。死ぬまで普通の冒険者だった。……リアはあまり苦しまずに死んだと聞いたのだが……。蘇ってしまったものな。……もし、怖かったら早めに言え。オラリオを粉砕してでも守り切ってやる」

 

 リリルカの疑問に答えた後、物騒な言葉が聞こえた。

 守ってやると言われたメーテリアは微笑みながら乱暴な方法は困ります、と答えた。

 

          

 

 ダンジョンの修復が終わり、通路からモンスターが現れる頃、上を目指し始めたベル達は下りてきた【ロキ・ファミリア】の斥候と出会う。

 【ヘスティア・ファミリア】だけならば舌打ちの一つでも鳴らして無視されるが側に居るのが【フレイヤ・ファミリア】だ。彼らは思わず武器を構えて警戒する。

 この時点で充分に不味いのだが、更に新たに怪しい人物が二人ほど居る。

 外套こそ身にまとっているけれど何か声でもかければいいのか、足元から見える尻尾は何なんだ、と尋ねた方がいいのか。

 現場はちょっとした混乱状態になった。

 ちなみにメーテリアは抱っこが許可されず普通に歩いている。牽引役はリリルカだ。何故か、ベルはアルフィアの手を引くことになった。

 上に行く前に彼女は言った。実力差から決めた、と。

 メーテリアならばレベル1のリリルカの手をうっかりで引き千切る事はないだろう、と。

 

(うっかりって何ですか!? そりゃあリリはレベル1ですけどね。全く持って反論の余地がありませんけれどね)

 

 憤慨しつつも【静寂】の意見に納得した。

 戸惑う【ロキ・ファミリア】の冒険者にそれから何人かすれ違ったが――

 二七階層に到着し、今だ瓦礫を晒している様子を見た後、メーテリアはリリルカを抱き上げ、文字通り跳躍した。ベルもアルフィアに抱えられて飛んだがすぐに拒否された。主に彼が恥ずかしさを覚えて。

 折角運んでやろうと思ったのに、と不満を見せられた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。素材の採取を忘れていますよ」

「そうだった。奴ら(冒険者)が邪魔で忘れていた」

 

 この辺りは下層を目指す冒険者の姿が多くなり、(じき)に【ロキ・ファミリア】の幹部も降りる筈だ。

 問題は【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナがアルフィア達をすんなりと通してくれるか、だ。

 対面を避けていた【フレイヤ・ファミリア】と出くわすことになると思うと不安を覚えて仕方がない。

 まず、手近な広間(ルーム)に向かい、壁などを叩いてみる。

 素手のアルフィアに金槌などを渡し、以前の探索でメモしていた内容を指示する。

 二五から二七はダンジョンの修復の為、モンスターが現れない。そのせいか、酷く静かな印象を受ける。

 二四階層からモンスターとの戦闘が始まるだろうけれど――

 

「……竜女(ヴィーヴル)の能力ってどう使うのかしら?」

「さあな。額の宝石は取るなよ。おそらく理性を失う」

 

 姉妹の様子を近場で見ながらベルも壁の掘削を(おこな)う。

 のんびりと話しが出来るのは一八階層についてから。それまでは現れるモンスターに警戒しなければならない。だから、色々と聞きたい気持ちを我慢している。

 特にアルフィアとの別れが唐突過ぎて、心配で仕方が無かった。――ただ、平然と拳で壁を砕く様を見てしまうと、何とも言えない気持ちになる。

 

          

 

 迷宮珊瑚(アンダー・コーラル)迷宮真珠(アンダー・パール)を採取しながら更に上を目指していく。時折現れるモンスターもきっちりと討伐して。

 高レベルの冒険者が四人もいる贅沢なパーティに危機感というか敗北の二文字が全く浮かばない。だが、彼らは全員他派閥の冒険者だ。

 ベルはもちろんリリルカも彼らの足手まといにならないように戦い方を目蓋に焼け付ける。

 メーテリアでさえ柔和な笑みを浮かべながら手刀で襲い来る虫型モンスターを叩き落している。

 見ている分だととても簡単そうにやってのけている。だが、ベル達からすると素早く読みにくい軌道を取るモンスターの動きにどうしてついていけるのか不思議でならない。

 擬音としてはペシ、ペシという気の抜けたようなものだ。

 

「……リア。ここいらのモンスターはベル・クラネル達にやらせろ。お前は病み上がりの様なものなのだから……」

「折角健康体なのですから少しは頑張りたいのです」

 

 腰に手を当てて鼻息を強めに出す妹。

 今までの苦悩を思えば自由に動けるというのはとても幸せな事だ。それでも姉としては心配だった。

 

(……姉さん。どうして他人行儀のように振舞うのですか?)

(……私達はモンスターなのだ。その(つら)でものを言っても仕方ないだろう。……感動の対面というのはベル・クラネル自身が気付いてこそ映える)

(わ、分かりました。お兄ちゃん路線で行きます)

(そうしろそうしろ。その方が……可愛いぞ)

 

 小声でやり取りする姉妹。しかし、襲い来るモンスターの猛攻の中で、だ。

 共に行動しているオッタルとヘディンは完全に無言だ。ある意味では仕事が終わったから会話も同様だ、と言わんばかりである。

 一応、姉妹を無事に【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)に連れて行く仕事は忘れていない。

 

「鉱物関係は随分と溜まりましたね。モンスターからのドロップアイテムも充分に……。そういえばオッタル様達はこういった資源はどうされるのですか?」

「我々の仕事は奴らを連れて行く事だ。それ以外の物については関知しない。好きに持って行けばいい」

「深層域の攻略ではないから【フレイヤ・ファミリア】の損失は軽微だ」

 

 武器を一つ破壊されたはずなのに軽微と言い切る武人。

 分け前について少しだけ危惧、というか気になっていた。食事代くらいは――と思ったのでダメもとで彼らに物資の打診をしてみた。

 するとアルフィアが助太刀するように、小人族(パルゥム)はともかく、少年はしつこいぞ、と言った。

 

「かなりのお人好しだそうだからな。黙って受け取っておけば静かになる」

「……分かった」

(……僕、そこまでしつこいかな?)

(さすがです、アルフィア様。ベル様は欲が無くて困ります)

 

 ベルは自分の評価が実はとても低いのでは、と不安を覚えた。

 交渉ごとにおいてリリルカに任せきりだったけれど、それ以外の分野では確かに周りが迷惑を覚えるような事が多々あるかもしれない。

 誰の気が済むのか、という問題は判断が難しい。自己満足と言われてしまうと二の句が告げなくなる。

 

          

 

 報酬についての懸念が払拭され、一八階層にたどり着くと多く冒険者がせわしなく行き交う姿が最初に見えた。

 天井の水晶が激しく壊れており、辺りが少しだけ暗くなっていた。

 以前、この階層に階層主(ゴライアス)の強化種が落下してきた事があった。その時と状況が似ていたが大型モンスターの姿は確認できない。

 

(……まあ、普通に大混乱してますね)

 

 分かっていた事だが改めて見ると被害の甚大さに胸が押しつぶされそうだ。――ベルは全く悪くないのに。

 この壊れた水晶も時間が経てば修復される。

 地上の建築物と違い、自動的というところが神秘的というか不思議なところである。

 不審な動きを取り始めたベルにまずリリルカが軽くため息をつき、次いでアルフィアが鼻を鳴らす。

 対照的にオッタルとヘディンは全く悪びれず、というより自分に責があると全く思っていない態度で突き進んでいた。――メーテリアは除外するとして。

 案の定、誰にも邪魔されない場所でテントを張って一日休憩しようか、と無責任なヘディンが提案しているところに眉根を寄せた猫人(キャットピープル)の女性冒険者アナキティ・オータムとアマゾネスのティオネ・ヒリュテがやってきた。そして、開口一番にこう言った。

 

「団長が(つら)貸せって言ってるんだけど、もちろん来るわよね?」

 

 眉間にいくつかの青筋を立てていたのを見て、条件反射的にベルが襟首を掴まれた捨て猫の様に力なく『はい』と言ってしまった。ただし、他のメンバーは可能な限り無視した。

 リリルカは美しき戦闘民族出身の少女と目を合わせるのが怖かったのでベルの後ろに隠れていた。

 様子を窺っていたアナキティは首を傾げた。現場の惨状からどうしても主犯がベル・クラネルだとは思えない。それに――彼の側に居るのが尋常ではない冒険者達だったからだ。

 すぐに状況を察したが、これはどう扱えばいいのかと頭を押さえつつ。

 

(……いつも謝っているような態度だな。騒動にいつも巻き込まれている癖でもついているのか?)

 

 アルフィアは小さく縮こまる彼の様子に微かな苦笑を滲ませる。

 現場が混乱しているのは自らの復活の影響なのは理解した。ただし、責を負うべきなのはベルではなく【フレイヤ・ファミリア】の筈だ。そう考え、彼の身体を自分に引き寄せておく。メーテリアはこの時、周りで起こっている騒動を興味深く見物していた。

 

「……ベル・クラネルがはいと自供してしまったのだから無視は出来まい。彼の立場も少しは考えたらどうだ?」

 

 そうアルフィアがオッタル達に言うと彼女の声にアナキティの黒い毛並みに覆われた尻尾と頭頂部にある猫耳が緊張の為に真っ直ぐに伸びた。

 つい先日、聞いたばかりの声なので思わず武器に手をかけて身構えた。対するティオネはより一層怒気を膨らませる。

 

「……仕方がないですね」

 

 と、ため息を零しながら白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディン・セルランドはアナキティ達に向き直り、承知したと短く答えた。

 責任感の強いベルも彼の後を追おうとしたがアルフィアに襟首を掴まれ、メーテリアに押し付けられた。

 少年は妹と一緒にここで待っていろ、と。

 

          

 

 ヘディンとアルフィアの二人が罪人として連れて行かれるような様子を眺めつつ取り残されたベルは心配でたまらなくなった。

 気持ちは分かりますが、とリリルカは彼を宥める。

 実際の所はベルに何の落ち度もない。【フレイヤ・ファミリア】の動向を見守り、見届けただけだ。悪いのは全て【フレイヤ・ファミリア】――というか指示した主神フレイヤだ。

 

「ベル様は【フレイヤ・ファミリア】を監視していただけです。今回はそれによって不可解な現象が起きて大惨事になってしまった。全くの事故ですよ。意図的でもないのですし」

「……そ、そうかな……」

「秘密裏に異端児(ゼノス)を匿っていたとしても地上には()()出ていません」

 

 前回――ウィーネを巡る騒動の発端はモンスターの密売組織から守る為に起きたもの。決してベル・クラネルがモンスターを集める趣味を持っていた、などという馬鹿げた理由が原因ではない。

 彼の大義名分が迷宮都市オラリオの風土に合っていなかっただけ。

 

「……そうですね。例えるなら……火炎石を運ぶのを手伝ったら大爆発しちゃった、みたいな感じです。もちろん、意図的ではなく偶発的な事故です」

 

 リリルカが説明するのはベルが世の中の事を知らなすぎるからだ。彼は綺麗な部分ばかり見てきて育ったようなので。

 後ろ暗い世界の経験が豊富なリリルカがいつも泥をかぶる役だ。

 

「ベル様は自分が歩いている内に起こる全ての事象が自分に原因があるのではないかと思ってしまうくらいの厄介な病気を持っていらっしゃいます」

 

 一息に告げられる欠点に思わずベルは呻いた。そして、否定できない。

 そういえば、と思い返すと身に覚えのある場面が次々と思い出され、羞恥心で顔が赤くなる。

 

「それともベル様は採取の為に壁を削っただけで階層を大崩壊させた原因が自分にあるとお思いですか?」

「……時と場合によれば」

「……例えが悪過ぎましたね。んーと、ベル様がオラリオで冒険者になったせいで今日まで様々な事件が起きてしまった。とするならば毎日のように謝罪なさる、という事態ではどうでしょう?」

「それだと僕、みんなに謝る為にオラリオに来たみたいに……」

「実際、そういう日々になるかもしれません。罪の意識を感じるのはもう少し重い場合に……、これ(階層崩壊)も充分重いと思いますけれど」

 

 無視しろとは言わない。ただし、地上に出るまでは無視してもいい。全体の把握が出来ていないのだから。

 ここで一つずつ認めていると後々取り返しがつかなくなる。

 それと彼の謝罪で済む問題でもないくらい事態は想像以上に甚大である。

 関係があるのかはっきりしない弱小【ファミリア】が率先して罪を(かぶ)る必要など無い、とリリルカは主張したかった。

 

「私の【ファミリア】は大きな騒動が起きた時、力で黙らせてたみたいよ」

 

 と、呑気そうな声でメーテリアが言った。

 そうでしょうね、【ヘラ・ファミリア】ですもの、とリリルカは即座に納得してしまった。

 かつての最強派閥だった【ヘラ・ファミリア】はこれくらいの事は些事だと判断してもおかしくない。なにせ、彼らは千年もオラリオに君臨していた【ファミリア】だから。

 何人か死人が出たとしても――無視はしなかったと思うが――問題を収束させる自信はあった筈だ。

 

「謝ったら負け、とか言っていたかしら?」

「……噂に名高い女神さまの言い分ですか?」

「本当に謝らないといけない時は姉さんが神様の頭を鷲掴みにして地面に叩きつけるから」

 

 それが出来る立場だったのか、女神ヘラの姿を見たわけでもないのにある程度は想像出来た。

 時には謝罪も必要だ。だから、リリルカは何度も頷いた。

 

          

 

 オッタル一人で黙々とテントを設営し、ベル達はヘディン達の帰りを待つことになった。――何故か、【ロキ・ファミリア】の団員達に取り囲まれてしまったが。

 リリルカの(げん)によれば宿場街(リヴィラ)に居る冒険者が抗議に来ないようにするためでは、と。

 一応、【ヘスティア・ファミリア】は秘密裏にダンジョンに入っている。今回の騒動の主犯にされてはならない。

 ベル・クラネルは今とても目立つ立場だから悪評が広まっては居心地が()()悪くなってしまう。

 

(戦闘だと心強いのですが……。普段のベル様は保護欲を掻き立てられるくらい役立たずになってしまいます)

 

 それに見た目が可愛い男の子だ。リリルカからすれば年下でもある。

 守ってあげたい。弟にしたい、などのランキングがあるらしく、ベルはオラリオの中でも結構上位に昇る人気があると噂で聞いた事があった。

 それも踏まえてベル・クラネルはとてもとっても目立つ。白い髪も相まって本当によく目立つ。

 

「慌てても仕方がありません。食事の用意をしましょう」

「そうだね。……えっと、水辺まで行ってもいいのかな?」

「この階層の中なら行き来の自由はあるでしょう」

 

 ベルとリリルカが遅めの昼食の用意を始めるとメーテリアはテントの床に座ったまま大人しくしていた。

 手伝ってくれないのかな、と思いつつベルは移動を始める。そんな彼の背中をリリルカが押していく。

 テントから出ていく彼らを見送った後、彼女(メーテリア)は軽く息をついて寝転がる。

 天界でののんびりとした日常から急に慌ただしくなってしまった事に混乱しなかったわけではない。その疲れが出たのか、身体がだるくなった。

 以前までの病気による痛みと苦しみは感じないが気持ちの切り替えにまだ少しかかるようだと思った。

 

(……素直に喜べないって辛いわね。でも、自己満足の観点で言えば充分なのだけど……。……()()()はどんな冒険をしてきたのかしら)

 

 両親が唐突に居なくなった後、どんな育ち方をするのか気にならないわけがない。

 姉の様子を見る限り、人の道に外れるような生き方をしていたわけではないようだ。

 一見すると非常に頼りないがモンスターとなったメーテリアを見ても全く怯まなかった。これが一般的な冒険者であれば恐れ(おのの)く。少なくとも自分の知るオラリオでは考えられない異常事態(イレギュラー)である。

 それなのに彼は普通の冒険者然とした佇まいを崩さなかった。

 素直に凄いと思った。

 【ヘラ・ファミリア】でも同じように出来る冒険者が何人居るか。確かめるすべは()()には無いけれど。

 

          

 

 復活したてで様々な事が起きた疲れからか、気が付けば眠ってしまった。だが、それも外から戻ってきた物音で瞬時に覚醒し、迎撃体制に移る。

 かつて冒険者として身に着けた行動を思い出したかのように。

 手刀を振りかざそうとする時、相手がベル達だと気づいて慌てて動きを止める。

 手荷物を持っていた彼らは驚いたけれど大事に至らなくて安心した様な顔を見せた。

 

「昔の癖が……。びっくりさせてごめんね」

「いいえ」

 

 モンスターとして挨拶しても全く怖がらない。だけど、他のモンスターを討伐する時は手を緩めていなかった。切り替えが早いのか、ちゃんと物事を分けて考えているのか。

 分かる事は思ったよりも度胸がある。単なるひ弱な男の子ではない。

 ここは一八階層だ。ここまで来れる冒険者は彼女の知る限り――大勢居た事には違いないが――どれも歴戦の猛者(もさ)達ばかりだった。

 頼り気のない顔を見ると――ベルと自分は似ているのかもしれない。良く足手まといと言われてきたし、自覚もある。

 

「そういえば、お兄ちゃんはどこの【ファミリア】なの?」

(……すっかりお兄ちゃん呼びが定着してる)

「【ヘスティア・ファミリア】です」

「……聞き覚えのない【ファミリア】ね」

 

 少なくとも生前には見た事も聞いた事も無い。

 これについてリリルカが今年あたりに興した弱小です、と教えてくれた。

 主神ヘラと()()()から聞いた覚えがあるような無いような、と思い出そうとして首を傾げる。

 

「改めて……。【ヘラ・ファミリア】に所属し、後に【キアン・ファミリア】となったメーテリアです。二つ名は【静聴】といいます。回復魔法が使えるくらいが取り柄です」

「ど、どうも。【白兎の脚(ラビット・フット)】という二つ名を貰ったベル・クラネルです。即効魔法が使えます」

 

 二人とも照れながら自己紹介した。

 双方とも白髪だが片方がモンスターなのでリリルカから見ると違和感がある。

 ウィーネの母親の様な見た目をしているところも。

 

(……凶暴なモンスターに全く見えません……)

「……【キアン・ファミリア】……? 聞いた事がありませんね」

「あら、そうなの? 医療関係の【ファミリア】だったのだけれど……。私が死んだ後で解散でもしたのかしら?」

 

 側に居るベル・クラネルを見ながら時の経過を思う。

 小さな赤子が一足飛びに成長したようで――現実感が無い。

 彼女の中ではまだ乳飲み子の赤子しか思い出せない。

 

          

 

 膝枕してお兄ちゃん、と甘えてみるとベルは苦笑しつつ正座し、どうぞと言った。

 大きな図体の竜女(ヴィーヴル)の頭が膝に乗る。以前は少女のウィーネにやってあげた。

 モンスターという印象がある以上、安心できないものだ。だが、ベルはそんな(わだかま)りに拘らず、素直さを表すことがある。

 冒険者としての常識が無いのか、それとも心構えが出来ていないのか。

 他人から見れば異常とみなされてもおかしくない。

 

(……どうしてベルは冒険者になったの? 君はもっと長生きする道が選べた筈でしょう)

 

 そう言ってやりたい気持ちになったが飲み込んだ。

 彼は既に選択した。今更変えることは出来ない。そうでなければ三〇階層まで降りる訳がない。

 どんな人生を送って、迷宮都市オラリオに居るのか。メーテリアには伺い知れない。

 もう自分は彼を置いて旅立ってしまった。それがある時舞い戻って文句を言うのは筋違いだ。

 

(……腕に抱えてあやす事も出来ないくらい……、大きくなったのね)

 

 白い髪に赤い瞳。他人の空似という線を抜きにしても印象が変わり過ぎた。だから――本当に一目見た時には誰だか分からなかった。

 薄暗いダンジョンの中で『あの子』とベル・クラネルが重なるなど思いもしない。だが、今は――

 

 英雄アルバートの名を(かた)()()()の面影がチラつく。

 

 あれは【ゼウス・ファミリア】の団員とお付き合いする事になってすぐの頃。

 深層攻略に向かっていた筈の(アル)が帰ってきて早々にダンジョンで娘が出来たと大はしゃぎした。――この時、メーテリアは思わず彼を殴った。

 日頃の(おこな)いはとても褒められたものではなかったが浮気だけはしない、と信じていたのに。

 姉は言わずもがな。メーテリアは頭に血が上った反動からか、数日程寝込んだ。――数日程度で済んで良かったと『改宗(コンバージョン)』前の時はそう思えた。

 そんな甲斐性無しも妊娠が発覚する頃には居なくなってしまうのだから人生はままならない。

 彼が娘と言った人物をついぞ目にする事は無かった。姉は知っていそうな素振りだったが何も言わなかった。心配事が増えると身体に(さわ)るとでも考えていたのかもしれない。

 

(植物の精霊アリア。千年前に存在した大精霊の一体……。記憶を受け継ぐ光の精霊。……または、()()()()()()()()、光の巫女)

 

 精霊は金髪金眼で人間(ヒューマン)に酷似した美人だと聞かされた。

 それならそちらに行けばいいじゃない、と不機嫌を(あらわ)にした。すると彼は薄幸の美人も捨てがたいと悪びれずに言い放った。

 ――当時はどうかしていた。薄命である事も関係すると思うが、精神的に追い詰められた人間が選んでいい選択ではなかった。

 今となっては詮無い事だ。それに『あの子』の親でもある。

 

          

 

 昔の事を思い出しながらメーテリアは精神的な疲れからか、眠ってしまった。

 寝息を立てている彼女の頭に枕を差し込み、ベルは静かに引き下がる。

 長時間正座していると脚が痺れる。解放された脚を揉み込みながら暗くなるテントの様子を眺めた後で外に出た。既に辺りは暗がりに支配されていた。

 夜間の一八階層は宿場街(リヴィラ)以外に明るい場所が無く、それ以外は野営している所くらいだった。

 少し離れたところにある【ロキ・ファミリア】の滞在地は松明が焚かれて結構明るい。

 遠征に臨む彼らは唐突に起きた異常事態(イレギュラー)の調査で右往左往している、とリリルカから聞いていた。

 

(地上はもっと混乱しているんだろうな)

 

 天井を覆う水晶も時間を巻き戻すように修復される。その光景が今(まさ)に起こっているが、一七階層からは様子を窺えないのだから不思議だ。

 モンスターの襲来でも起きない限り、聞こえる音は少ない。僅かばかり風によって揺れる木々の音や遠くにある水辺の音などが辛うじて聞こえるくらい。

 何も無ければほぼ耳鳴り以外、聞こえないくらい静かだ。

 つい先日受けた『強制任務(ミッション)』から日が経っていない筈なのに世界が物凄い速さで変わっていったような気がした。

 ベルがオラリオに来てからまだ半年しか経っていない。

 アルフィア・ストラディとの邂逅。

 リュー・リオンの恩讐。

 別れと邂逅――

 彼の元々の目的は単純に様々な出会いを求める事だ。迷宮都市の存亡にかかわるとは(つゆ)ほどにも思っていなかった。

 気が付けば様々な事件に巻き込まれ、大手の【ファミリア】と抗争することになった。

 

(【アポロン・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】が消えた)

 

 やむを得なかった事態とは言え【ファミリア】を潰すほどの事を成すとは思わなかった。所属団員達に少なからず申し訳ないと思う気持ちがある。

 抗争相手の中にリリルカ・アーデが所属していた【ソーマ・ファミリア】があるが、こちらは解散していない。

 思い返せば自分はとんでもないことをしてきたのだな、と。

 気の優しいベルは罪悪感に(さいな)まれ、冒険者としての身の振り方に今一度考えなければならない、と思った。

 

          

 

 翌朝、階層全体が明るくなる頃、目が覚めたベルは顔を洗うために冷たい水を求めて泉に向かった。

 泉は旅の疲れを癒すために男女問わず水浴びする。――泉は一つだけではなく女性用に木の葉で覆われた場所にもある。

 きちんと確認しないと女性達の怒りを買う事になる。

 一般的に男女共用で水浴びする時は薄絹やタオルを装着する。それと広い場所は大抵、女性が占拠する。

 現場に向かい、辺りを窺うと案の定先客が居た。それもモンスターの。

 囲いの様なものが無いので事前の予測が困難だ。

 冒険者と思われるのは金髪金眼の少女アイズ・ヴァレンシュタインだけ。彼女は膝丈まであるブーツを脱いで、各モンスターの身体を洗っているようだ。

 ベルはアイズを見つけて引き返そうとしたが物音を立ててしまい、気付かれてしまった。

 

「……ベル?」

「す、すみません。別の泉を探してきます」

「もうすぐ終わるから、待ってて」

 

 モンスターの殆どは乾燥待ちで、大きな蜘蛛型に取り掛かっていた。

 つい先日までモンスターと戦う事の多かった彼女がどういう心境の変化を経てモンスターの身体を洗う事になったのか。

 ベルからすれば凄い事であった。

 もし、そのモンスターが知り合いではなく、まして異端児(ゼノス)でもなければ保護などしようとは思わなかった筈だ。ベルでも手を差し伸べたりはしない、気がした。

 異端児(ゼノス)の中には人の言葉が話せない者も居る。

 

(……たった半年で僕も随分と心境が変化したと思う。ウィーネに出会わなければ僕は今でもモンスターを見たら倒し続けていただろう)

 

 それと神であるヘスティアも保護を後押ししてくれた。子供の我がままだと切り捨てなかった。

 対するアイズ達の主神ロキはどうなのか、疑問に思う。

 ウィーネの騒動の後、かの神から難癖を付けられる事も無く、ギルドに抗議文も出していなかったようだ。それでも今までの常識を破る事態を起こしたベルに何も言う事は無かったのか。

 

「……こいつ【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の関係者じゃないよな?」

 

 水辺に足を突っ込んだ赤帽子(レッドキャップ)がアイズに尋ねた。

 作業の手を止めてベルに向き直るアイズ。そして、何か納得するように頷いた。

 彼の耳にも『ヴェンデッタ』という言葉が聞こえたが『二つ名』という予想以外は聞き覚えが無い。

 

「違うと思う。……ベル。オリヴァス・アクトって人、知ってる?」

「……いいえ」

(素直に答える保証もねーのに……)

(知人かどうか私らも分かりませんけど、急に聞かれて戸惑っているのは分かりました)

 

 白い髪の住民、または冒険者は珍しい部類に入る。それも老人ではなく若い世代からなら。

 かの人物は碧眼だがベルは深紅(ルベライト)。色だけで関係者と断ずるには材料が足りなさすぎる。

 

「……ベルっていうのね。私の勘だと……無関係よ。それに……何だか優しい印象を感じるわ」

 

 と、水浴びしていた盲目の人蜘蛛(アラクネ)が言った。

 彼女の言葉を受けて、そうかと言いながらモンスター達は納得の意を見せる。

 

          

 

 身体を洗い終えた人蜘蛛(アラクネ)の手を引き、泉から這い上がってくるアイズ。

 周りに居たモンスター達も彼女と共に見晴らしのいい場所で寛ぎ始める。

 少し前ではベルがそこの場所に居た。今は【剣姫】と謳われている少女が納まっていた。

 異端児(ゼノス)の隠れ里のような光景を思い出しつつ、泉の水を持ってきた手桶に入れていく。

 飲料に使うわけではなく、洗顔用だ。使用別に使い分けたりしないので水浴びに使っていたものだとしても構わず使う。

 ダンジョン内で水を得る手段が限られている。――一応、綺麗な場所を探して汲んだ。

 

「……あ、ベルなら覆面のエルフのこと、知ってると思うから」

「はっ? この小僧と知り合いなのか?」

「うん。私より知ってると思う」

 

 アイズの言葉を聞いたモンスターの面々が驚き、次々と彼に近づいていく。

 水浴びで解いていた胸当てはしっかりと巻き直して。

 人蜘蛛(アラクネ)以外に詰め寄られたベルは軽く悲鳴を上げつつ他の冒険者の迷惑にならない場所で話しましょう、と言った。

 責任転嫁したアイズは赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)を引き連れて移動しようとしたが、彼女(アラクネ)も話しが聞きたいと言ってアイズだけ野営場所に戻ることになった。見張り要員を別途向かわせる事を伝えて。

 ベル達は泉から離れて、木々に囲まれた場所にて彼女達と相対する事になった。

 

「……皆さん、同じ仲間というか【ファミリア】……という理解でいいんですか?」

 

 アリーゼやリオンという単語を聞いていたので、何らかの関係者である予想はしていた。

 ウィーネを受け入れてくれた異端児(ゼノス)達は元冒険者という者は無く、その手の話しも聞いた覚えが無い。

 ベルの言葉に恐らくは、と言いおいて全員が仲間だと誰ともなく言った。

 

「……その前に。お前、アタシらを見ても動じないよな? 他の奴らの反応からして違うし、どうしてだ?」

 

 赤帽子(レッドキャップ)の指摘にどうしてと、と口ごもりつつ異端児(ゼノス)と出会った顛末を語り始めた。

 探索している途中で出会った竜女(ヴィーヴル)の少女と出会ったのが全ての始まりだ、と。

 

「……道理で【ロキ・ファミリア】……というか【勇者(ブレイバー)】が平然としているわけだ。前例により騒動があったからなんだな」

「……可愛い女子(おなご)だから助けようとしたら大騒動になっただけではありませんの?」

「……男の子は女の子が大好きだからね」

「その子、きっと可愛い見た目なんでしょうね」

 

 否定しきれない指摘の数々にベルの顔が恥ずかしさで赤くなる。

 もし、人の言葉を話さず、ただ弱っているだけのモンスターであったら――ドロップアイテムの機会(チャンス)だ、と思って武器を振るっていたに違いない。

 そうしていればまた違った未来があったのかもしれない。

 

「それはもういいや。なんか面倒クセー事態になったってことは分かったからさ」

(それに……。ギルドに目を付けられていればこんなところを平然と歩いているわけが無いし、【剣姫】が放っておくわけもねえ。……オラリオを巻き込む騒動を起こしといて無罪放免なんかありねえな)

(……ここにいらっしゃるということは何らかの取引が成立した? ゼノスとやらを始末したわけではなさそうですけど……)

 

 予想を立てたところで自分達が知りたいことに繋がるとは思えない。それらは【ロキ・ファミリア】が考えればいい事だ、と早期に問題を棚上げした。

 本題はただ一つ。リュー・リオンについて。

 

「リューさんは僕が冒険者になってすぐの頃からお世話になっています。度々助けてもらったりして……。未だにお礼が出来なくて困っているくらいです」

人間(ヒューマン)の小僧にしか見えないんだけどな」

「詳しい事は分かりませんが……」

 

 仲間達がリューについていくつか質問するとベルは淀みなく答えた。それによればリュー・リオンは間違いなく自分達の知る人物で間違いが無い。

 懸念があるとすれば人間(ヒューマン)である少年ベル・クラネルを度々助けているところくらいだ。

 潔癖症に近いエルフの彼女が気にする相手はそう多くない。

 少なくとも人間(ヒューマン)で彼女の手を取れるのは団長のアリーゼ以外の他に知らない。

 

          

 

 懸念だった末っ子の情報を聞いて彼女達は素直に喜べない事態をそれぞれ思い浮かべた。

 全滅し、モンスターとして蘇った。どの(つら)でリューに会えというのか。

 生きていてくれた事を喜ぼうか、それともより一層悲嘆に暮れるか。

 仲間達は自然と団長アリーゼに顔を向ける。

 額が割れ、視力が未だに回復しない赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)となった彼女はどんな判断を下すのか。

 

「向こうが嫌だと言えば諦めましょう」

 

 竹を割ったようなあっさりとした結論をアリーゼは出した。

 元より死人だ。不死者(アンデッド)モンスターではないにしても姿が不味い。

 【ロキ・ファミリア】の団員の雰囲気からしても普通に地上に出られない事は理解した。

 

「諦めた後、私らはどうしますの? 黙って殺されるのも嫌ですけど」

「……えー。本拠(ホーム)は? アストレア様は?」

「リオンが既に処分したんだろ。地上に行っても何もねーよ、きっと……」

 

 ベルが聞いている情報は多くない。単なる世間話しの中でポロっと出てくる程度の事しか知らない。

 そもそも冒険者の過去を聞くのは御法度に近い。誰しも人に言えない過去の一つや二つあるものだ。――ベルの過去は農村での暮らししか無いので面白みが無いだけだが。

 

「ねーねー。リオンは今、何してるか分かる?」

 

 歌人鳥(セイレーン)のセルティが尋ねてきた。

 【アストレア・ファミリア】の名前しかベルは知らず、団員の名前で聞いた事があるのもリューを除けばアリーゼだけ。

 何と呼べばいいのか、迷いつつベルは軽く息をつく。

 

「ここで起きた騒動の後に怪我をしまして。今頃は回復していると思いますけど……」

「……リオンがケガするような事件?」

「怪我で済んで良かったじゃん」

「普段何してるかは分かる?」

「『豊穣の女主人』という酒場で女給(ウエイトレス)をしています」

「……あのでっけードワーフが居る酒場か……」

 

 それぞれ顔を見合わせて何がしか話し始めた。

 積もる話しがあるのかもしれないが一遍には対応できない。

 その後も細々とした質問が飛んできたがベルもそれほど詳しいわけではない。会った時の印象くらいしか――

 

「仕事の合間に冒険者として活動しているのですね」

「……つーかさ、お前の助太刀ばっかじゃねーか」

「……はい」

 

 半分ほど呆れ、もう半分は微笑ましいものを見る目をした。

 リューが特定の男子に拘り、助け続けるところが彼女達にとって一番の驚きだった。

 【ファミリア】が壊滅した後の事は当然、知り様が無い。それも数年も経過した後となれば尚更だ。

 元気でいる事を喜ぶべきなのか、そこに自分達が居ない事を嘆くのか。

 

(そういや、ベルと言ったか。本当に何者なんだ? リオンが助けたにしては騒動に巻き込まれ過ぎないか?)

 

 【ロキ・ファミリア】でもないし、【剣姫】の知り合いだし、と彼についての謎が多くなる。

 見た目は可愛らしい男の子である事はライラを含めて他の団員達も認める。――盲目のアリーゼだけ姿を見ることが出来なくて残念だが。

 

          

 

 歓談している時に水汲みに来たことを思い出し、話しの続きはまた後でと言いおいてベルは水を入れた桶を持ってテントに戻った。

 急に現れ、急に去った白髪の人間(ヒューマン)

 そんな彼が【剣姫】とリューの両方と付き合いがある。単なる知り合いか、と何匹かのモンスターは勘ぐった。

 

「多数決の結果、アリーゼ以外の全員が今の人間(ヒューマン)を可愛いと判断した」

「ええー!? どうして私は見えないのー。誰か目薬頂戴。リオンが気に掛ける男の子、私も見た~い」

「……その為には地上への繋ぎを付けなきゃな」

「いっそ、リオンの口からあのベルって子の事聞きましょうよ。どんな風に思っているのか興味が出てきたわ」

「正義の眷族とは思えない理由でまとまってきた!?」

 

 モンスター集団がアリーゼを押しながら【ロキ・ファミリア】の拠点に向かう時、威風堂々と歩く別のモンスターを見かけた。

 彼女達の記憶にも無い竜人(ドラゴニュート)のようなモンスターは先ごろ会うことになった【静寂】のアルフィア・ストラディ。

 かつて自分達が討伐した上級冒険者――の成れの果て。

 

「随分と賑やかだが、何かいい事でもあったか?」

 

 灰色の髪のモンスターは長年の付き合いがある友人に語り掛けるような態度で言った。

 彼女の言葉に対し、それぞれのモンスターは肩をすくめたりして少しね、と応えて立ち去ろうとする。

 ここで何匹かのモンスターはアルフィアもベルの事を知っているのか気になった。

 団員の話しぶりでは【フレイヤ・ファミリア】と一緒に行動していると聞いていたので。

 

「可愛い男の子に会っただけよ」

「……ほー。そいつは白い髪の男子ではなかったか?」

(……ベル君)

(ベル君ね)

(……ま、まさかアルフィアも狙っているんじゃあ?)

「小さな【白髪鬼(ヴェンデッタ)】君かと思った子よ」

 

 そう半人半蛇(ラミア)のノイン・ユニックが言うと微笑んでいたアルフィアの顔が一瞬で険しいものに変わった。まるで一緒にするな、とでもいうように。

 眉根を寄せた彼女にすぐさまノインは小声で謝った。

 

「あんな狂信者と一緒にされては堪らん。……だが、ベルを可愛いというお前達の観察眼は確かだ。あの子は【剣姫】に惹かれているそうだぞ」

「えっ!? そうなの?」

 

 不機嫌から一瞬で機嫌が良くなったアルフィアに驚きつつ、【剣姫】が好きだと聞いて更に場が賑やかになった。

 一時は敵同士だった彼女も昨日の内で打ち解け、お互い過去の(しがらみ)で戦闘を(おこな)わないと小人族(パルゥム)のフィン・ディムナの前で制約させられた。

 ただし、互いに文句だけは言い合った。それが結構長く続き、階層崩壊の話しは女子連中を除いたメンバーで改めて(おこな)う事になってしまった。

 アルフィアが素直だったのは【ヘスティア・ファミリア】――というよりベル――が不利益を(こうむ)ると考えたからだ。そうでなければ多少なりとも戦闘行為に至っていた可能性がある。

 フィンが(ベル)を含めた内容に言及していれば決してありえない話しではない。ある意味では彼女(アルフィア)への脅迫材料とも取れる。

 

 大人しくしてくれればベル・クラネルを招聘しない。

 

 ニコニコ微笑む小人族(パルゥム)がそんな気配を匂わせれば大人しくする他ない。

 実のところフィンはアルフィアが何故、ベルを庇いだてるのか理解していない。守ろうとする気配を察知したので利用しようと思っただけだ。

 意外な結果に(フィン)自身も驚いていた。

 

「……よその女に惹かれてって。お前はどうして嬉しそうなんだよ」

「さてな」

 

 意味ありげな笑みを見せるアルフィアだが、両方の瞼は閉じたまま。

 お互いが腹を割って話せようになった時に尋ねてみた。すると目蓋を開けるのが億劫だから、と答えてきた。閉じた目蓋でも視界に問題が無いという。

 糸目の人物もいるので、そういう人種のようなものかとライラは納得することにした。深く考えても他人の性癖が理解できるとも思えないし、と早々に追及する事を諦めた。

 

          

 

 アリーゼ達に付き合っていたら朝食の支度に少しばかり遅れてしまった。心配したリリルカが彼の無事に安堵し、支度を整えて下さいと指示する。

 昨日の内にヘディンは【ロキ・ファミリア】への説明を済ませたようだが穏便に事が進んだかどうかは教えて貰えなかった。というより話す気が無さそうな硬い印象を受けた。

 水浴びをしていたというアルフィアもどんな事を話したのか、肩を(すく)めるだけで何も説明しなかった。

 

「説明も何も不可抗力だ。何しろ、神がする事に下界に住まう我々に説明など出来る訳が無い」

「……つまり詳細は神様達なら可能だと?」

「ここまでフレイヤを引っ張ってこれるなら、詳細が判明するだろうさ」

 

 そうアルフィアが言い、ヘディンは顔を逸らすのみ。

 元よりベル・クラネルを責め立てたところで彼に満足な説明は不可能だ。オッタルも戦闘以外の説明が得意だとは思えない。

 疑問は残るが納得するしかない。

 

「アルフィア様の復活に対して何かおっしゃっていましたか?」

「……苦笑していたぞ。私とて想定外の事だ。こればかりは神を恨めとしか言いようがない」

 

 それに、とアルフィアは今まで命を落としてきた多くの冒険者達を思い浮かべる。

 人として死した者達がモンスターとしてしか復活できなければ将来に不安が残る。

 倒すべき対象の存在として復活し、穏便に人生を歩めるとも思えない。ギルドの成り立ちや神と人が手を取り合って人の営みを支えてきた事を思えば、文化を壊しかねない事態である。

 相互理解がままならない内は争いの歴史が続く。

 人とモンスターは千年以上もの長き渡って戦い続けてきた。それをほんの数年で解消できるわけがない。

 

「……はーい」

 

 ここで今まで大人しくしていたメーテリアが手を上げた。

 アルフィアは訝しみ、ベルは苦笑した。

 彼はどうぞ、と告げる。

 

「難しい話しなのは分かったけど、ベルお兄ちゃんが考えなければならないものなの?」

「……異端児(ゼノス)を巡る騒動を起こした責任は感じています。無視も出来ないので……」

「今のところベル様お一人に責任を負わせる気はギルドには無いようです」

 

 リリルカの補足を聞いてメーテリアはもちろんアルフィアも胸に手を当てて安心したようだ。

 様々な騒動に首を突っ込むベルの事だからギルドから何かしらの罰則でも受けているのでは、と思ってしまった。

 確かに【ヘスティア・ファミリア】は立場が悪くなり、ギルドの指令を断れない状態になっている。自己責任を感じつつもベルは無視できなかった。

 後悔したくないという彼の決断を神ヘスティアは尊重した。

 

          

 

 冒険者という立場で言えば甘いと言われる。歯が浮くような正義感を振りかざし、周りに騒動を撒き散らす。

 そんな彼に一般の冒険者であれば付いていくはずがない。明らかにお荷物だ。――今でこそ見た目の可愛らしさで人気があるけれど、最初は誰も見向きもしなかった。

 金勘定でしか動かない冒険者が半年に満たない経験しかない白髪の少年に注目し始めた。

 

(……毎度の事ですが、ベル様は仲間を巻き込みたくないようですが本人の意志とは裏腹になっている事を自覚すべきですね)

 

 【ファミリア】の団員は単なる便利なお手伝いさんではない。一つの家族だ。

 昔のリリルカから見れば気恥ずかしいものがあるけれど、今は胸を張って冒険者を名乗れる。

 莫大な罰金の事を思うと腰が引けるが、ベルの性格上隠し通せるわけがない。

 

「神の気紛れにベルがどうして思い悩む?」

「どうしてでしょうね。リリもそれが知りたいです」

 

 アルフィアは『お前は馬鹿か?』とベルに対して言いたそうな顔をし、リリルカは『ベル様と共に居るのは色々と大変なんです』という疲れ気味の顔で彼女に答えた。

 そもそも今回の事件というか騒動の発端は神フレイヤの気紛れだ。

 もし、ベルだけであればアルフィアの魔石は売却しなったとしても本拠(ホーム)の床下とかに隠して話しが終わる。

 それに水を差したのは【フレイヤ・ファミリア】だ。少年には何の責も無い。

 

「もし、フィン様の前に行ったら共犯者と言われただけで全ての罪を(かぶ)ると思いますよ」

「……どこまで気弱なんだ、この子は……」

 

 そんな子に育てた親の顔が見てみたいな、と小声で言いながら佇むメーテリアに顔を向ける。

 素直で優しくて正直者のどこが悪いのですか、と微笑みの表情で言い返された。

 

(……程度があるだろ)

(……正直なところ教育を施したのは私ではありません。赤子の『あの子』しか知りませんから)

(……あの糞爺(ゼウス)にこんな可愛い子を育てられるとは思えないんだが……)

(素直な部分は案外キアン様のお陰かも……)

 

 姉妹が顔を突き合わせて言い合っている所に湯気が立ち上る野菜スープを出す。

 一八階層には様々な果物が成っており、材料が足りなければ現地調達するのが常だ。

 ここより下層はそういう素材の宝庫でもある。

 ダンジョン内での売買は値段が高額な事もあり、余程切羽詰まった状態でもなければ購入を控える。

 そんな場所で商売が成り立つのか、と言われると地上では捌けないレア商品や非合法な物も手に入るので顧客には困らない。それと持ち帰れないアイテムの処分にも重宝するので。

 

          

 

 想定外の騒動が起きたものの目的自体は完了した。後は地上に戻って報酬を正式に受け取ればベル達は解放される。元より自分から関わった案件だったけれど。

 問題があるとすればこれからの事だ。

 観光を抜きにしてもアルフィア達がどうなるのか。

 気にしても仕方がないと言われるかもしれない、とベルは思いつつ。

 テントを片付け、帰り支度を整えていると上層階への出入り口から緑色の冒険者が現れた。その存在にベル達はまだ気づかない。

 その者は顔に酷い怪我を負い、寝込んでいたエルフのリュー・リオン。

 彼女がここに来たのは同僚のシル・フローヴァからお使いを頼まれたからだ。

 酷い顔のままでは酒場の仕事に支障が出る、ということで急に出来た休日に戸惑っていたところをシルに依頼された。

 

 ベルさんにお弁当を届けてください。

 

 顔の腫れは回復薬(ポーション)や回復魔法で既に引いているが(あざ)が残っていた。それと連日の捜索と憎きモンスターとの邂逅が後を引き、愛想笑いですら作れなかった。――元より意識して笑顔になる事は苦手だったけれど。

 死人の如き衰弱した気持ちを払拭するには気晴らしにダンジョンに潜るのが一番だとリューは考え、シルの頼みを了承した。ついでにベルがダンジョンに潜っている事も教えて貰った。――彼が即座にダンジョンに潜ったのは何故なのか、疑問を抱くべきだったのかもしれない。

 そうしてベル達から遅れて、つい昨日――ダンジョン内にて壮絶な震動を感じた。

 運よく彼女は閃光を見る事は無かったが、あまりの事態に現場から動けなくなった。

 警戒しつつ階層主の部屋にたどり着けば、壁がひび割れた広間(ルーム)が視界に入り行き交う冒険者達が戸惑っていた。

 一旦戻ろうかと思ったが既に一五階層を越えていたのでベルの様子を見てから、という事にした。そして、現在――

 天井の修復が始まっているものの、半壊した安全階層(セーフティポイント)の光景に戦慄する。

 壁の亀裂の大きさから相当強烈な()()があった事は分かった。

 

(……二七階層の爆破規模よりも大きい。もしや、あのモンスターが()()どこかで生まれているのかも……)

 

 かつて【アストレア・ファミリア】を一瞬で壊滅させ、つい先日に自分達の前に現れたダンジョンが生み出した刺客。

 ギルドより箝口令を敷かれているものの暫定的に付けられた名前は聞かされていた。

 竜種の骨格を模しており、魔法を反射し、尋常ならざる敏捷性を持つ。

 かのモンスターは『ジャガーノート』と呼称される。

 不安を覚えたリューは宿場街(リヴィラ)を避けている野営地を探すことにした。既に【ロキ・ファミリア】が遠征に赴いている事は聞いていたので。

 後詰めの隊でも居れば情報が得られると思った。

 既にギルドの『要注意人物(ブラックリスト)』の名簿から削除されているものの、その事実を知らいな冒険者はまだ多数存在する。

 大切な友人の安否を思う彼女は多少の些事を無視して臆することなく走り続ける。

 

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