υπηρχεω【完】   作:トラロック

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13 妖精女王の撃墜

 突如、宿場街(リヴィラ)に現れた『破壊者(ジャガーノート)』の討伐数が一〇〇体を超えた。それでも敵は倒される度に壁から生まれる。

 気絶していた白髪の竜女(ヴィーヴル)メーテリア・ストラディが目を覚まし、唐突にアナキティ・オータムに殴られたベル・クラネルも意識を回復した。

 死傷者も僅かに出てしまい、現場に居る冒険者達の精神状態の悪化が懸念される。

 汗や血にまみれたものを手早く洗うのは魔法部隊の者達だ。

 第一級冒険者の負担が甚大だが逃げる事も出来ない。このまま全滅するまで戦い続けなければならなかった場合、フィンはなりふり構わず敗走を選択しようと心に決めた。

 不本意だが打開策が見い出せない。

 

(上層のキラーアントの比じゃない。あそこも無限に近いくらい出て来るけれど放置しても問題が無いからこそ移動できる。だが、深層域よりも執拗なモンスターの相手は戦いたくないな)

 

 下位の冒険者にとって貴重な【経験値(エクセリア)】なのだが、敵の攻撃が死と隣り合わせなので突っ込めと命令できない。

 相手が死んだかどうかは次の出現まで分からない、というのも問題だ。

 徹底的に潰しても灰にならない所から魔石を持たないモンスターと結論付ける。

 

「あらあら。凄いことになったわね」

 

 死屍累々としている戦場にあって場違いなほど朗らかな声を出すのは白髪の竜女(ヴィーヴル)であるメーテリアだ。

 精神力(マインド)の殆どを使い果たした彼女は軽い頭痛を覚えつつ戦況を分析する。

 今も縦横無尽に飛び回っているモンスターを確認し、打倒する冒険者達を眺めた。

 現場の状況を手早く把握した後、ベルの姿を探す。

 

「お兄ちゃん、どこ~?」

 

 そう声をかけると顔に包帯を巻いた白髪の少年が慌てて駆け寄ってきた。

 彼女が既に目覚めているとは思わなかったので。

 ベルが側にやってくるとメーテリアは花が咲いたように微笑んだ。

 

「起きてて大丈夫ですか?」

「魔法は使えそうにないけど、大丈夫よ。……あのモンスター達はどうなったのかしら? 人蜘蛛(アラクネ)とか……」

「えっと、無事に正気を取り戻したようです」

 

 ベルが戦闘に参加している赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)を指さす。

 現在、アリーゼ・ローヴェルは身体を燃え上がらせてジャガーノートの一体と切り結んでいた。

 大きな怪我も無く数分で(くだん)のモンスターの手足と尻尾を斬り飛ばし、残りの胴体を仲間に処理させていた。

 無理に打倒しきらず、役割分担する事で疲労度を調節しているようだ。

 

「『アーン』」

 

 状況を踏まえた上でメーテリアは『スキル(エコー)』を使用した。

 自分を中心とした音の反響。当然、それらはこの階層に居るあらゆる存在に届く。飛び回るジャガーノートにも。

 空間内に飛散した彼女の声は木霊(こだま)となって静かに霧散していく。

 

(……なるほど、なるほど。……それよりスキルを使っても身体に痛みが無いっていいわね。歌ったら怒られそう)

 

 確認が取れた後、彼女は現場に指揮を飛ばしているフィン・ディムナの下に向かった。

 彼との()()()()()()面識は無いが見たことはある。

 走り回る冒険者を避けつつ散歩のように歩く彼女の後姿はベルから見て、とても危ういものがあった。

 【ロキ・ファミリア】は既に異端児(ゼノス)に対して敵対行為を見せる事が無い。――多少警戒される程度だ。

 

「貴方がフィン・ディムナね」

 

 微笑みながらフィンにそう声をかける。ティオネが現場に居たら修羅場と化すが、彼女は少し離れた現場でモンスターと相対していた。

 名前を呼ばれたフィンは苦笑気味に白髪の竜女(ヴィーヴル)を見上げる。

 小人族(パルゥム)の彼から見てメーテリアの背丈はリヴェリア並みだった。

 

「僕に何か用かな?」

「散っている冒険者を集めた方がいいわ」

 

 【ファミリア】の団長に対して意見を述べる。それは下位の冒険者から見れば喧嘩を売っているのと同義だ。

 そんなことを知ってか知らずか、メーテリアは微笑みながら言った。

 

(……確かメーテリアと言ったか……。情報が少ない冒険者だったと思うけれど……。追い返すのは得策ではない? ……このまま戦いを続けるのも不毛だ)

「どこに集めればいいのかな?」

「このテントの周りでいいと思う。街の方に居る人達も可能であれば連れてきてもらいたいの。あの人達、私の声でも言う事聞かなそうだから」

 

 宿場街(リヴィラ)についてはフィンも頭を悩ませていた。今はまだ実害が無いだけでいずれ大きな被害が発生する予想はしていた。

 唐突な意見だが、それをすんなりと受け入れることは難しい。まず根拠が無い。信憑性も無い。――そして、それらの詳細を聞いている暇が無い。

 

(主導権を握られるのは癪だけど……。打開策が無いのは僕も一緒か……)

 

 近くに居る団員を呼び止め、メーテリアの言葉を伝える。

 人を集めるだけでいいのか尋ねると彼女は黙って頷いた。

 軽く息をついてから戦闘に参加する第一級冒険を除く者達の招集をかける。

 

          

 

 程なく方々に散っていた冒険者や宿場街(リヴィラ)に滞在していた者達も幾分か集まってきた。

 ケガ人や疲労によって倒れそうなものを優先的に休ませ、可能な限り食事を摂らせる。

 異端児(ゼノス)の姿については黙認してもらうしかない。この戦闘に限り協力体制を持ってもらう、と強めの口調で言い放つ。

 

(……【ガネーシャ・ファミリア】に引き渡すって名目があったっけ。僕も結構疲れて来たのかな)

「余計な犠牲を出すわけにはいかない。ボールス、そっちの犠牲はどれだけ出た?」

「三人くらいか」

 

 眼帯を付けた宿場街(リヴィラ)の取りまとめ役の男ボールス・エルダーは武器を持ったモンスター(異端児)に威嚇されながら素直に答えた。

 混乱を避けるために無駄口を禁止した為だ。

 乱暴な手法を取りたくはないが緊急事態の為に止むを得ず――

 来なかった者の安全は保障しないと告げた後でメーテリアに顔を向ける。要望に応えた後をどうするのか、と無言で促した。

 

「モンスターは三体ずつ現れている。でも、それは見せかけだけ。実際は地面や壁に数百体も控えが存在しているようよ」

(……新規に生み出しているわけじゃない? ……ああ、なるほど。時間稼ぎか。でも、それだといつ本隊が来るんだ?)

 

 何となく予想していた事だが一〇〇体の討伐でも本気を見せなかった。であれば()()なのか、が脳裏に引っかかっていた。

 フィン達が相手にするのは他派閥の冒険者でも神でもなくダンジョンのモンスターだ。

 どんなきっかけを生めばいいのか、フィンをもってしても考え着かなかった。

 

「手っ取り早い方法は私を一人残して皆で逃げちゃう」

(……うん。極論の一つとしてはありだ)

 

 フィンは思わず苦笑した。

 原因である彼女を生贄に捧げれば万事解決する。理屈としても正しい。

 問題は残ったモンスターの処理だ。

 

「もう一つはこの階層を丸々吹き飛ばす攻撃を敢行する。そうすれば一網打尽よ」

「こんなことが本当に可能なら苦労は無いね。……それで、誰がやるんだい?」

「……お兄ちゃんはそういう攻撃できない?」

 

 甘えたような声色でメーテリアはベルに尋ねた。当然彼はすぐさま両手を激しく振りながら出来ませんと言った。

 彼に出来るのは直線的な攻撃のみ。範囲攻撃は全く試したことが無い。――おそらく出来ない。

 即効魔法である『ファイアボルト』と最近身に着けた『畜力(チャージ)』による【英雄願望(アルゴノゥト)】の効果をもってしても階層の全ては対応できない。

 

「なら、アルフィアを連れて来るしかあるまい。あやつの魔法(必殺)なら可能だろう」

 

 首から下を包帯で包んだドワーフのガレス・ランドロックが言い、王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴも頷いた。

 当の本人(アルフィア)は時間的にも一〇層くらいまで登っているかもしれない。リリルカ・アーデを伴っているとはいえ第一級揃いである彼らの踏破速度は尋常ではなく早い。

 今から追いかけても地上で合流する事になる可能性が高い。

 

「一か所に集中させるなら第一級冒険者を総動員すれば可能だと思う。それで全滅させられるのかは分からないけれど」

 

 もし、魔法が使えればリヴェリアの魔法でも充分だ。

 アルフィア・ストラディの必殺も魔法なのでガレスの意見は見当違いだ。

 

「何を弱気な事を。私だって戦えるんですから。【剣姫】ちゃんと一緒なら無理じゃないわ。フフーン」

 

 胸を張って言い切るのは赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)

 一休みの為にテント内に顔を出していた。

 混迷極まる現場において決して諦めを見せないのはかつて存在していた【アストレア・ファミリア】の再来と言われても過言ではない。

 フィンもアリーゼ達の実力を知っているので、任せてもいいとは思う。だが、作戦の成功率を少しでも上げたい彼はまだ首を縦に振らない。

 

「可能性の話しばかりで疲れて来たよ。はっきり聞こう。……あのモンスターをどれだけ倒せばいいと君は予想している?」

「……んー、五〇〇体くらいかな。小出しにしているから大変なんであって、いっぺんに出て貰えばあのモンスターも自由が利かなくなるはずよ」

(……五倍か。……五倍程度か。面白いな、本当に……)

 

 フィンが苦笑し、今まで大人しくしていたティオネ・ヒリュテは怒りの形相で地面を踏みしめる。

 彼女はメーテリアに対して何だこの女は、という印象しか受けていない。

 へらへらしやがって、とかそんな感情ばかりだった。それもこれも戦闘による疲労で精神的に苛立っていた為だ。

 

「ああ、そうか。……ああ、まだ試していなかった方法があったな」

(……ん?)

 

 顔を押さえてフィンは苦笑から忌々し気な気持ちを隠そうともせずに嗤う。

 団員の安否ばかり気にして考え着かなかった。――考え着かなかった事に疑問を覚えた。もちろんモンスターを打倒する事も大事なことだが――

 滅多に感情を(あらわ)にしないフィン・ディムナが怒りで地面を踏みつけた。それだけでひび割れ、震動が周りの冒険者に伝播する。

 多くの団員は畏怖するがメーテリアは珍しいものを見るような顔で微笑み続けた。

 今の(フィン)の行動をモンスターに対するもの(怒り)と勘違いしたものが大半で長い付き合いのあるガレスとリヴェリアも気付かなかった。――というより気付けなかった。

 

「リヴェリア。『レア・ラーヴァテイン』を指示(オーダー)する」

「何?」

「魔法が反射された場合、ベートは問題ないとして残り二つ以上の相殺が出来る者は居るか?」

 

 リヴェリアの疑問を無視してフィンは言葉を続けた。するとベルが手を上げた。

 ヘスティア・ナイフであれば一度だけ魔法を『収束』することが出来る。無理でも切り払って見せると。

 残り一人はアリーゼだ。炎属性なら無効化は出来なくともかなり抵抗(レジスト)出来ると言った。

 ここまで聞けばガレスとリヴェリアもフィンのやりたいことが予想できる。

 ただ、単純な火力で言えばリヴェリア一人だけの魔法では()()()()()()。ここでレフィーヤ・ウィリディスを含めた魔法職にも総動員してもらう旨を話した。――リュー・リオンも参加の意志を示す。

 

(当然宿場街(リヴィラ)は壊滅するな。そうしなければ打開出来ない程僕達は追い詰められてしまった)

 

 ボールス達に軽く作戦を伝えた後、荷物を持ってくるように伝えた。どの道、実行するまでに時間がかかる。余裕をもって安全を心掛ける。

 そして、全力で敵を迎え撃つ。

 これは既に【ロキ・ファミリア】だけの問題ではない。

 冒険者とダンジョンとの生き残りをかけた戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。

 

          

 

 狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガ。人間(ヒューマン)のアイズ・ヴァレンシュタイン。アマゾネスのティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテには引き続き抹殺の使徒であるジャガーノートの相手をしてもらう。ただし、無理な撃破はせず、無効化だけで良いと【ロキ・ファミリア】の団長にして小人族(パルゥム)のフィン・ディムナは改めて命令を下した。

 敵は無力化されただけだと追加の補充をしてこない。かといってそのまま放置する事も出来ないと親指からの警告がある。

 作戦は難しくない。結果が分からないだけだ。

 確実な勝利という条件が全く見えない中での戦闘になる。

 

「彼らが頑張っている間に魔法部隊には所定の位置についてもらう。これが無理なら僕としてもお手上げだ。大人しく敗走するとしよう」

 

 最後の方でフィンは肩をすくめて苦笑を滲ませた。

 モンスターを放置して逃走を選ぶと後々の攻略に支障が出る。だが、延々と足踏みしているわけにはいなかい。

 持ち込んだ物資の中から精神力(マインド)を回復させるものを多めに各魔導士に配る。

 懸念があるとすれば地面への対応だ。

 

「ただ砕くだけなら儂がやろう」

 

 そう発言したのはドワーフの【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックだ。だが地面への対応は無視する事にしたので彼の言い分は即座に却下した。

 理由として元々地面から出てくる分は少ないと予想していたし、逃げ場が無くなるからだ。メーテリアもこの懸念に同意を示した。

 他に零れた(撃ち漏らしの)モンスターの対処はアリーゼ達のような異端児(ゼノス)や他の冒険者でも事足りる。

 この終わりのない戦いに終止符を打てるかはやってみなければ分からない。(まさ)に未知との戦いだ。

 

「最後に……。犬死だけはするな。下級冒険者の皆は速やかに地上に戻ってもいい。命まで賭けろとは言わない。それでも僕達についてきてくれる者は歓迎する」

 

 そうフィンは冒険者達に言った。

 最後にうま味のない戦いの為に大赤字である事を付け加えて。

 各自散開と伝え、戦いに臨む。

 敵の総数は未知だが五〇〇体以上。だが、その情報が真実である保障は何処にもない。

 ――タイミングよく補充されるところが未だに気になる。

 (ダンジョン)がいつ本性を現すのか分からない所も不気味だ。

 

          

 

 充分な休息を取り、精神力(マインド)に問題ないと判断したリヴェリアは遠くにある壁に顔を向ける。そこは一番敵の数が多いと予想される壁面だ。

 法撃を加える目標地点だが距離的に遠い。

 手っ取り早いのはダンジョンをもっと怒らせることだ。そんなことを今までやったことが無いから何の確証も自信も無い。

 

(くだん)の『食人花』ならば魔力で(おび)き寄せられるが……。このモンスターは近くに居る冒険者を狙い、強い相手なら無理に突っ込まない。知恵の回るモンスターというのは戦いにくいものだ)

 

 それと音や声で反応するならメーテリアのスキルか魔法でも充分ではないか、と思い彼女に尋ねてみた。

 魔法は精神力(マインド)がまだ回復していないので無理。スキルについては既に色々と試しているが無反応だった、と答えた。

 性質は歌人鳥(セイレーン)の『反響定位(エコロケーション)』に似ていた。ただし、反響を利用した察知能力はかなり劣る、と当人は思い込んでいる。

 レベル6相当と言われているメーテリアの察知能力は実のところズバ抜けている筈だ。だが、当の本人が元来寝たきり生活者だったために戦闘経験が乏しく――本人の感覚では――優劣について自信を持てていなかった。

 確かに『木霊反響(エコー)』は何となくわかる程度――本人の感覚では――の能力だ。本来の使い道は声を伝えるだけ。相手に伝わったかどうかは使用者の感覚頼り。

 小さな声で先ほどから悪口や罵倒を放っていたが、それは彼女が試行錯誤していたものだった。――実はその影響が()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。

 

さっきの魔法(慈母揺籃)の効果は生物が内に秘める黒い感情を浄化するようなもの。人間(ヒューマン)の言葉だと『宿痾』のようなものを取り除くのかな? ……病気が治る訳じゃあないんだけど……」

 

 戦闘続きの現場を見回しながら秘密の暴露を(おこな)う。

 冒険者の情報はそれだけで金になる。他派閥においそれと漏らさないのが暗黙の規則(ルール)だ。

 リヴェリアは小さな声でそれとなく指摘してみた。するとメーテリアは苦笑しながら迷惑料として受け取って、と言った。

 

「ダンジョンは様々な悪意を取り込み、それをモンスターという形として生み出す。だから……、私の魔法を食らったダンジョンはとても怒った筈よ。使い方によってはモンスターが現れなくなるんだから。……その筈なんだけど」

 

 とはいえ、生前この魔法を使ったことは無い。発現してから死ぬまでの期間が短すぎただけ。

 あの子の出産がこの魔法の元になったのは間違いない。

 この身に宿る筈だった宿痾の宿命をダンジョンが栄養として吸い取る。そう神キアンは予想していた。それに一縷の望みをかけてメーテリアは挑み、見事希望を勝ち取った。

 それと安全階層(セーフティポイント)で先の魔法は全くの無意味ではないか、と思われるがダンジョンにとってはどの階層だろうと関係ない。脅威と思わせたから今の惨状に繋がっている。――なら、その原因となったメーテリアの立ち位置とは。

 

「他のモンスターの様子から一時的に攻撃性を失わせるだけで倒すには至らない。戦闘面ではあまり役に立つとは思えないわ」

 

 それに――精神力(マインド)が一気に枯渇する。一日に一度使えればいいところだ。ただし、彼女の予想は全て生前のもので今の自分の状態としては考えられていない。おそらく把握しきれていない。

 

「出ているモンスターを無視して派手に辺りを破壊し尽くせばいいんじゃないかしら? もはやモンスターだけでは相手にならないってところをダンジョンに見せつける……」

「……実際、それ(大破壊)をやろうとしているのだが……。そうだな。もはや戦略など考えるだけ徒労か」

 

 敵は冒険者を狙う凶暴なモンスターだ。守るべき対象ではなく殲滅しなければならない敵だ。

 出現しているジャガーノートはほぼ無差別に攻撃を仕掛けている。本来ならメーテリア一人に殺到していてもおかしくないのに。

 

          

 

 交代しながら冒険者達は団長(フィン)の指示に従って移動する。

 【ロキ・ファミリア】の犠牲は一〇人ほどとなった。その全てが下級冒険者だ。僅か一〇人と見るか、一〇人もの未来ある冒険者の犠牲と見るか。

 宿場街(リヴィラ)ではその倍以上の死傷者が出ているが情報の伝達が難しく、それぞれ混乱の極みに陥っていた。

 僅か三体。第一級冒険者が相手をすれば比較的楽な戦闘になると思われがちだが、ジャガーノートは縦横無尽に駆けまわり、弱そうな相手を率先して狙う。たどり着く前に犠牲が出ても不思議ではない。

 迂闊にばらけているより固まっていた方が安全度が高まる。だが、戦闘の邪魔になる事も忘れてはいけない。

 石やモンスターの死体などを礫のように使い、様々なものが冒険者に襲い掛かる事もある。それが一つや二つであれば問題は無い。

 一〇〇近い回数の攻撃に第一級冒険者といえども防ぎきる事は難しい。

 

(……連携が取れてきている。被害も少なくできた。そろそろこちらから打って出る頃合いか)

 

 一八階層にはボールス達宿場街(リヴィラ)の住民以外にも探索目的で訪れる他派閥の冒険者がたくさん居る。それらをまとめて面倒見なければならないのが現在の状況だ。

 最初は非協力的だった彼らも無駄な犠牲を嫌い、止む無くフィンの言葉を聞くようになった。

 逃走を手助けしたいが他の階層にもジャガーノートが現れない確証が無い。可能な限り退出を促しているが、そういう所に一匹二匹と攻め込んでくる。

 階層から出れば安全だ、と言える者はこの場に居ない。

 

(最終的にはメーテリアを殺すしかない。……ベル・クラネルがそれを許すとは思えないけれど……。彼女はどうだろうか?)

 

 狙われていないけれど原因が今も生きている。なら、それを排除すれば無限の生産が止まるかもしれない。

 確証は無い。だからこそ安易な決断が下せない。いくら仲間を優先すると決めても。

 アリーゼを救う為に使った魔法が原因で余計な犠牲が生まれた。だが、それは結果論だ。あとから文句を言っても詮無いことなのは理解している。

 それと【ロキ・ファミリア】がここまで苦境に立たされる状況は中々経験が無い。

 先ごろ挑戦した五〇階層より下に比べればまだ優しい。だが、ここまでの犠牲は出なかった。

 

(……親指からの警告は未だに続いている。まだ何かあるということか。……敵の数が増える以外にあるとすれば……)

 

 ジャガーノートの強化種のような敵の出現だ。

 ありえないわけではない。階層主であるゴライアスも強化種として生産された。

 戦いに慣れた頃合いに更に驚異的な個体を投入し、混乱を広げる。

 フィンは現場を俯瞰しながら最悪を想定する。

 

          

 

 広い空間内を飛び回るジャガーノートに対し、ベートやアイズが疲労で動きが鈍ってきた。

 弱い相手に向かう、という性質のせいか、すぐに逃走する為、追いかけるだけで結構な体力を消耗する。

 確実に倒せてはいる。段々と討伐時間が長くなっていることに気が付いていた。

 仲間と連携しているアリーゼ達も疲労の色が濃くなり始めていた。

 

(……野放しに出来ないモンスターが次産間隔(インターバル)無しで出て来やがる)

(ダンジョンが本気を出すとこれほど厄介とは……)

「……魔石が無いから出来る芸当、なのか? 生まれてもいずれは消滅する。その()がアタシらにとって脅威であればいい。……なるほど悪辣に似つかわしい戦術だ」

「人を相手にしない分、何の気兼ねも無いけれど……。これはこれで辛いわね。体力的な意味で」

 

 大きく息をつく赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)

 元はと言えばモンスターの自我が表に出てしまったのが原因だ。それがアリーゼの弱さが招いた失態とは言わない。誰も予想できなかった事態だ。

 それでも原因を探るとすれば――モンスターとして生み出したダンジョンではないのか。

 

(……うん。私達は何も悪くない)

(こういうのを自作自演って言うんだよね)

(私達は賢いから騙されない)

 

 アスタ・ノックス、ノイン・ユニック、リャーナ・リーツが何かに納得し、頷いた。

 戦闘中だった狼頭人(ルー・ガルー)のネーゼ・ランケットと半人半蠍(パビルサグ)のマリュー・レアージュは仲間の様子を見て首を傾げた。

 前回は一瞬で蹴散らされた彼女達も恨みを晴らすかのような快進撃を続けていた。

 相手の情報さえあれば恐れるに(あた)わず。伊達に四〇階層以上も攻略してきたわけではない。

 

「折角モンスターなのに特有の能力が使えないのは勿体ないわよね」

 

 我に返った途端に糸が出せなくなったアリーゼは戦闘の合間を窺いつつ挑戦していた。

 毒液に関しては吐き気に襲われそうなのでやりたくないな、と。

 

「先輩ゼノスに聞くしかないよ、こればっかりは」

「この戦いが終わったらモンスターとして生きていくのか……」

 

 死ぬために冒険者になったわけではないし、せっかく蘇ったのだから色々と人生を楽しみたい。それぞれ胸に思いを秘めて次の標的に向かう。

 白髪(はくはつ)の少年ベル・クラネルは下級冒険者の逃走を手助けしていた。彼らをこの階層に押し留めろ、とは言われていないので。

 本当なら一か所に集めたかったが大勢居ても邪魔なだけとフィンが判断し、ラウル・ノールドにベルの手助けを命令した。

 

「来たっす!」

「はい!」

 

 下層より動きが遅いとはいえ素早さは自分と同等か少し上。動きが見えていれば何とかなる、とベルは判断し、突貫する。

 狙う個所を絞れば一人でも相手に出来る。このジャガーノートは下層より脆い事も分かった。

 

(ナイフより切れ味が悪い武器でも斬撃を叩き込める。あまり接近戦を挑めないのは痛いな)

 

 身体の大きさは下層と同等。そんな相手の(ふところ)に不用意に飛び込んで捕まりでもしたら腕や脚を失ってしまうかもしれない。

 今は行動を制限されるような怪我を負うわけにはいかない。

 斧での攻撃を繰り出すが一度では切断に至らない。ベルの『力』でも五回以上はかかっている。

 そもそもヘスティア・ナイフ以外に切れ味のいい武器が無く、他派閥である彼にラウルは良い武器を用意できなかった。――出来る事なら貸し与えたいが団長の許可を得るのを忘れてしまった。

 

(必殺を何度も使えないし、いざとなればナイフだけで戦うしかない)

 

 いつもであれば強烈な一撃で事態を解決する。だが、今回は分散型の敵だ。まとめて一掃という手段が取れない。

 例え一体倒しても次がすぐに生まれてくる。

 当初、手足と尻尾を落としたままにする、という方法が考えられた。だが、誰かが見守り、新たに生まれるモンスターを同じように処理できる実力者がどれだけこの階層に滞在できるのか、という問題があった。

 いずれ打ち止めになると信じて一〇〇体も討伐したのに敵は未だに生まれ続けた。

 

          

 

 魔法職の準備が整う頃に変が生まれた。

 今まで三体だけしか現れなかったジャガーノートが倍に増えた。これにはフィンも想定していたとはいえ頭の痛い問題が起きたなと苦笑を滲ませる。しかし、強さ的には今まで何ら変わらないし、討伐出来ないわけではない。

 モンスターの見た目や攻撃方法も未だ従来のまま。――それはそれでとても恐ろしい事ではあるのだが。

 

(悪辣なダンジョンが僕達の行動に対応してきた。……だが、そうであるならばもっと苛烈に攻めてきても良さそうなものだが)

 

 戦況を俯瞰しながらフィンは疑問を覚える。

 冒険者を一掃したければもっと数を増やせばいいし、もっと強化された個体を輩出すればいい。それが出来ない理由があるとしても(いささ)か拍子抜けの感が否めない。

 これではまるで『この脅威を乗り越えさせるために調整している』と思われても仕方がない。

 今までの経験から言ってダンジョンが冒険者の為に殊勝な対応をしてくるとは到底思えないし、考えられない。

 攻撃しているモンスターも別に手加減しているわけではなく、動きに関して特に目立った変化はない。どう見ても冒険者を確殺する為に動いているようにしか見えない。

 

(……それと先ほどから身体に感じる振動……。思考誘導の気があるのは気付いているけれど……。これは無意識からか? だとすれば何の目的が……)

 

 指示を飛ばしつつ元凶の様子を見れば特に怪しい動きをしているようには見えないし、他の冒険者に危害を加えているわけではない。

 そう見えているだけでかなり深刻な事態が進んでいる気もするし、実際そうとしか思えない。だが、懸念も感じる。

 例え本人の無意識の行動だとしても攻撃には違いない。

 親指の警告をすり抜ける程度の弱いものだとしても。一度でも確信してしまうとそうそう簡単に頭から追い出す事も出来ない。

 

(役立たず。……おそらくそれが原因で戦闘に組み込まれなかったのか。そうしなければならない程だとすれば……、【ヘラ・ファミリア】の中でも無視できない存在と言えなくもない)

 

 実際に【ヘラ・ファミリア】との戦闘経験を持つフィンはメーテリアについて殆ど知らない。アルフィアの妹であることは薄っすら情報として持っている程度だ。それに故人でもある。

 こうして意識して相手を見据えれば何とも驚異的な存在であろうか、とフィンは軽く唸った。

 

 メーテリアは広範囲に『不協和音』を広げている。

 

 その性質は聴く者の判断力を僅かに鈍らせる程度のものだが、極限状態の戦闘において僅かな効果だとしても効果的に作用する事は無視できない脅威である。

 性質(たち)が悪いのは耳を塞いだ程度では防げず、身体全体に振動として伝えてくるところだ。

 心の弱い者は甘言に引っかかりやすい。

 これはなにも特別な事ではない。継続として囁かれれば洗脳と同義になる事もある。

 【静聴】という『二つ名』を持つメーテリアの言葉の内容は音による確認だけであり、言語による誘導はしていない。それでも気が散ったり苛々したりするのは耳障りの悪い音が絶え間なく――強制的に――聞かされている為だと思われる。

 

(意識してしまえば何ともない、とは言えないが……。強い洗脳作用はない。であれば気絶させた方がいいのか迷う所だね)

 

 それと戦闘民族たるアマゾネスの姉妹は攻撃力が上昇したかのように戦い続けている。全てがデメリットというわけでもないのが理解できた。

 今は怒るに怒れない状態といったところだ。

 戦闘には役立つが判断する時は疑心暗鬼になりやすい。

 頭脳担当にとっては頭の痛い能力という事は理解できた。

 

          

 

 メーテリアの性質を理解した上で戦闘に意識を向ければ大きな瓦解は確認できず、ジャガーノートの数が増えたからといって混乱することなく対処していた。これも戦闘経験がなせる業だ。

 もはや同時討伐に拘らない。出てこなくなるまで殲滅し続けるだけだ。

 フィンは念のために兎人(ヒュームバニー)のラクタにメーテリアを黙らせるように命じた。もし、この指示に従わない場合は()()()()黙らせる所存だ。

 団長の指示を受けたラクタがメーテリアの下に向かうと突然、走って逃げだした。そうとしか見えない行動だった。

 

「……はっ?」

 

 これには意識を僅かに外していたフィンも驚いて思わず舌打ちしそうになった。

 構わず追うように指示を飛ばす。

 こちらの懸念を気取られたのか、それとも近づかれたから単に逃げ出したのかは定かではないが優先すべきは彼女の『スキル』を止める事だ。現にメーテリアは逃げつつも悪口やら意味をなさない言葉を発し続けている。

 一見するとそれは応援にも聞こえるから周りも不審に思われにくい。だが、フィンは騙されない。

 逃走を始めたとはいえメーテリアは他の冒険者に攻撃を仕掛けているわけではない。冒険者の合間を縫って多少の邪魔をしてしまう以外は目立った物理的攻撃は(おこな)っていない。

 

(ダンジョンの使徒と化したと仮定して、もしそうであれば『スキル』の停止は都合が悪いと判断されたのかな? アリーゼの例もあるし、警戒は続けた方がいいか)

 

 他の団員にもメーテリアの対処を与え、フィンは本命に意識を傾ける事にした。場合によればベル・クラネルにも動いてもらう所存だ。

 リヴェリア達の準備もあと少しで整う。地面からモンスターが現われない限り、充分対処できるところまで来た。

 狙う個所の選定も終わっているし、万が一反射された場合の対処も想定済みだ。

 

「詠唱開始!」

 

 団長の号令によりリヴェリアとレフィーヤ、他の魔法職達が範囲攻撃魔法の詠唱を開始した。

 今回の目標は点ではなく面。モンスターでもない。

 多少のしくじりは問題ない。あるとすればモンスターやダンジョンがどう対処しようとするか、だ。

 ジャガーノートの動きに変化はない。だが、フィンの親指は強い警告を放ってきた。

 

(敵は防衛態勢に入らない。魔法職も狙っていない。では、どう出るダンジョン)

 

 一応、メーテリアの動きも気に掛けたが詠唱地点からかなり離れていたので石や魔法を放ったところで届きはしない。

 懸念だったアリーゼも戦闘に集中しているし、仲間達がしっかり見張っている。

 額から脂汗が一滴垂れるころには超長文詠唱も終わりに差し掛かっていた。

 そして、いざ魔法を放つ段階に入った時、攻撃目標たる壁面に亀裂が大きく走った。

 

(壁の中で集結し、全ての魔法に対処する事も想定している。……だから、今更やめることは出来ない)

 

 反射されても構わない覚悟をもってフィンはただ見守った。

 そして――

 二人の極大破壊魔法が壁面に向けて放たれた。――懸念であった地面からの攻撃は無かった。

 幾条もの魔法の光弾が一八階層の壁面に着弾していく。その内のいくつかが反射されたが事前に待機していた前衛壁役(ウォール)達によって防がれる。

 事前に分かっていれば混乱なく対処できる。未知の攻撃も既知となってしえばどうということもない。

 

          

 

 味方の被害が軽微で済んだが問題は攻撃目標だ。

 手前に居るジャガーノートは相変わらず討伐される度に補充されるのは変わらないが――

 壁面の煙が晴れると魔法による穴が無数に確認でき、中に居たであろう他のジャガーノート達が零れ落ちてくる。ただ、こちらのモンスターは待機状態なのか丸まった状態のまま落下していた。

 

(休眠状態? 全てが覚醒しているわけではない?)

 

 壁内に存在するモンスターが全て覚醒状態なら次産間隔(インターバル)という概念がそもそも無為になってしまう。

 一定条件を満たさない限りにおいてモンスターは壁内で眠っているか、生産されていない筈だ。

 では、今回の場合は事前に生産自体は終了していて覚醒条件だけ満たされていない。それゆえに壁内に居たジャガーノート達は未覚醒のまま地面に叩きつけられる事になってしまった。そう考えれば納得である。ただし、果たしてそれが本当に正しいかは検証しなければならないが。

 

(覚醒しようがしまいが今は壁面の破壊が優先だ)

 

 フィンはすばやく気持ちを切り替え、次弾の詠唱を命令する。今はとにかく広範囲に破壊活動をするのが()()の目標であり目的だ。

 次の魔法による攻撃で更に大量の未覚醒体が零れ落ちてきた。それはまるで以前、遠征時に現れた芋虫型のモンスターを想起させる。

 何処から湧いてきたのか、その時も結局は分からずじまいだったが。

 ダンジョンの意志か、それとも謎の怪人(クリーチャー)の意志か。

 

「未覚醒のモンスターに魔法の着弾を確認っ!」

「反射確認できません」

「そうか。油断せず対処せよ」

 

 反射は覚醒状態時、または任意発動であり自動的ではないのか、と予想。しかし、それをすんなりと受け入れず事態の推移を観察する。

 未覚醒だからといっても数が多い。数十体仕留めても終わりが見えない程。

 それならば、迅速に討伐できる眷族を差し向け一体でも多く処分してもらう方が効率的か、と思いアイズに指示を送る。

 『敏捷』の高さではベルにも声をかけた方がいいのだが、あえてアイズ一人に向かわせることにした。

 レベル6のアイズによる斬撃はものの数分で五〇体の未覚醒を塵に還した。それだけ見れば何とも心強いのだが、それだけで終わるとも思えないので異変を感じたら何が何でも撤退するように言い含めておく。

 ポロポロ落ちてくるモンスターを討伐する様子ははた目から見ても楽そうだが覚醒している方を倒すと追加が現われるのは変わらない。

 アイズの様子を黙っているフィンではなく、第三射目、四射目と指示を出す。

 

          

 

 魔法攻撃が始まってから二時間ほどが経過し、未覚醒の討伐は――アイズの体感的には――二百を超えた。

 全体の半分以上を消化したことになるのだが、悪意は未だ止まない。

 戦闘に加わっている冒険者達も疲労が溜まっているし、休憩を与えたいところだ。それと逃げ回っていたメーテリアは既に捕えており猿轡を噛ませて縛り上げた。

 自称ではあるがレベル6のメーテリアはラクタ一人でもどうにかなるほどだったのが意外といえた。――それとも無理に抵抗しなかったか、だ。

 

「勇者様。怒涛の勢いで討伐したけどよ。アタシらの生贄が足りなくて攻撃が止まない条件ってことはないよな?」

 

 赤帽子(レッドキャップ)のライラが不安を滲ませつつフィンに意見を求めた。

 答えようがない問なのは重々承知している。それでも聞かずにはいられないからこその言葉だと理解する。

 確かに冒険者の生贄を求めている気がするが、それが果たしてどの程度なのかは答えようがない。もしくは事態を引き起こしたメーテリアを捧げれば解決するのかもしれない。

 今までの経験からそんなことはありないと思っていると()()破壊していない壁に大きな亀裂が走った。――天井ではない事は見て確認した。

 

(そういえば……。動いているモンスターは殆ど討伐したけれど、追加が現われていない?)

 

 単純作業の弊害か、意識が少し散漫になっていた。その事に気付いたものの失態と見るべきか迷う所。

 とりあえず、ガレスやベート達のところで休憩を入れる事を指示しつつ壁の様子を窺う。

 亀裂は地面から昇るように走っり、天井との中間地点のところで大きく広がっていた。

 下の階層からモンスターが湧き出て居ない事を祈りつつ親指の警告に意識を向ける。今のところ下層については特に問題が無さそうだが実際に見てみない事には安心できない。

 

「いや~、倒した倒した。ここまで来ると『ランクアップ』出来ないのが悔やまれるわね」

 

 そう赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)であるアリーゼ・ローヴェルは汗を拭いつつ言った。

 下位の冒険者を守りつつ、異端児(ゼノス)の面倒も見なければならない状況に置いてジャガーノート以外が大人しい事は幸いであった。

 ベル・クラネルも多くの擦過傷を作っていたが五体満足だった。

 エルフのリュー・リオンと半人半蠍(パビルサグ)のマリュー・レアージュは戦闘が止んだ頃合いを見計らい、ケガ人の治癒に当たっていた。

 

「反射能力がなければ魔法で一掃して終わりなのに……」

(楽な相手ばかりだったらダンジョン攻略で苦労はしないよ)

 

 そんな事より壁に出来た亀裂がフィンにとって最大の警戒対象だ。

 親指の感覚以上に冒険者としての感が危険だと警告している。それはガレス達も同様に感じていたらしく、自然と見る場所が一致していく。

 

          

 

 大量のジャガーノートの襲撃が一段落したと多くの冒険者達が思う頃、壁面内部では尋常ではない変化が生まれていた。

 メーテリアが予想していた五百体の内の半数は確かに討伐された。残りに関して追加で補充を生産される事は無く、()()()()()()放出した後は打ち止めになる。

 いくら悪辣なダンジョンであっても資源は有限だ。どこかで待機状態にならざるをえない。かといって今回は異常事態(イレギュラー)なので二度三度と続け様に起る事態でもないし、意図的に起こす事も難しい。

 それが今までのダンジョンであり、今回もその通例通りに事態が収束していく、その筈であった。――メーテリアが二度目の魔法を放たない限り、という条件が付くかもしれないが。

 未覚醒の残りに関して壁内で融合現象が起きていた。

 膨張や急な空白化の影響で壁に亀裂が走る事になった。

 現行のジャガーノートでは冒険者を討伐出来ない。であれば更なる驚異的な一撃を持って制裁しなければならない。ダンジョンの敵は排除されなければならない。

 その敵とは具体的に言えばメーテリアではあるのだが、冒険者達には伺い知ることのできない情報だ。

 そもそも彼女の存在はダンジョンにとっての異常事態(イレギュラー)であり、アルフィアとは比べ物にならない敵対者でもあった。

 残存戦力を敵性体であるメーテリア一人に絞り、一本の杭突(パイル)が生成されようとしていた。――いや、無数の破爪をより合わせているので場合によれば途中で拡散する散弾と化すかもしれない。

 壁の亀裂が大きくなる事に比例して凶悪なる一撃が生まれようとしている。そしてそれは間もなく放たれようとしていた。

 冒険者に出来る事は一目散に逃げ惑う事であり、決して防御したり迎撃しようと思ってはいけないものだ。

 ジャガーノートの破爪はレベル6の『耐久』を容易に貫通する。それゆえに現行の装備で破壊者の杭突(ジャガーノート・パイル)に対抗するすべは不壊属性(デュランダル)を付与したオリハルコンをもってしても防ぎ切るのは難しい。少なくとも無傷で済む事は無い筈だ。

 残り全てのジャガーノートを資源として消費し、一撃必殺の杭突(パイル)が完成すると同時に亀裂の入った壁が砕け散った。

 

(……何かが来る!)

 

 何らかの攻撃が来ると分かってもフィン達に迎撃手段は無く、身を隠すよりも逃走を選ぶ以外に選択肢は無い。

 そう、目標であるメーテリアの射線に入りさえしなければ他の冒険者が命を失う事態にはならない。だが、そうとは知らない冒険者が多数入り乱れており、運悪く射線上には魔法担当の冒険者が固まっていた。

 慌てふためく下位冒険者を叱咤激励するのは第一級冒険者達だ。

 破壊された壁から漆黒の殺戮兵器の姿が現われ、それを見た冒険者はすぐに退避や迎撃態勢を指示する。フィンは退避を。ガレスとリヴェリアは射線に入らないように。

 アリーゼ達とベルと元々射線から外れていたので黙って見つめてしまった。元より迎撃は――距離的にも――無理そうだとも。

 

 ドバンっ!

 

 大きな発射音と共に壁が吹き飛び、巨大な杭突(パイル)が打ち出される。

 音がした瞬間には既に冒険者達に向かって迫っていた。気休め程度に掲げていた無数の盾は一瞬で粉砕された。

 そんな中にあって、縛られていた筈のメーテリアは杭突(パイル)の到達目標を既に理解していたのか、驚異的な身体能力を発揮しながら退避していた。

 撃った後ならばいかようにも闘争が可能になる。相手は真っ直ぐにしか飛べない兵器だ。途中で軌道変更するような事態が起こらない限り。

 『力』がレベル4に劣るとしてもレベル6の『敏捷』は伊達ではない。それに今の彼女は竜女(ヴィーヴル)としての身体能力も備わっている。

 ベル・クラネルが居る階層において素直にやられるわけにはいかない、という無意識の衝動で驚異的な生存本能を発揮した。

 この階層に現れるジャガーノートは精々レベル4程度の脅威度だ。全てが寄り集まったとしてもレベル5の中ほど。メーテリアにとって充分に対処できる範囲であった。

 目標を失ったとしても攻撃は既に成された。射線の変更も自力では不可能。

 そんな状態において不運なのは杭突(パイル)の射線上に居た冒険者達だ。

 既に意識して逃げる時間は無く、無情なる殺戮兵器は冒険者に襲い掛かる。

 

(……レフィーヤが丁度いい位置に……)

 

 到達する射線に偶々(たまたま)逃げ遅れた冒険者が居た。それがエルフのレフィーヤである事を感覚的に察知したリヴェリアは無意識的に彼女を突き飛ばす。

 視界には黒くて長い凶悪な兵器の姿があり、武器で迎撃する余裕は無い。更に運が悪い事に突き飛ばし方が不味かった。

 強く弾き飛ばす為に自らの身体を使ってしまった事だ。それゆえにリヴェリアは体勢を崩す事になり――

 一秒後には意識を刈り取られていた。

 

          

 

 巨大な漆黒の杭突(パイル)が地面に着弾し、あらゆるものを吹き飛ばす。

 離れた位置に居た冒険者達が否応なく目撃する事になる。宙を飛ぶリヴェリアの姿を。

 現場近くの冒険者は言葉を失い、離れた位置に居たエルフ達は悲鳴を上げる。

 鮮血が撒き散らされているところから無傷ではない事は明らか。それどころか、怪我の具合が()()()()()()()()()

 王族(ハイエルフ)の身体が地面に叩きつけられる間の僅かな時間にもかかわらず――

 彼女の顔が大きく損傷していた事に。

 首が繋がっているのが不思議なくらいだと思った者も何人か居た。

 

「キィアァァ!」

「……り、リヴェリア様ぁ!」

 

 エルフのみならず【ロキ・ファミリア】の眷族達もすぐに現場に駆け寄る。

 地面に叩きつけられた後、何度か転がったが完全に意識を失っているらしく呻き声の様なものは無かった。

 

「早く回復薬(ポーション)を!」

「治癒魔法もお願いします!」

 

 男性眷族を弾き飛ばしつつリヴェリアを囲むのはエルフが大半で外周部は女性冒険者が固まるように待機した。

 ジャガーノートの事よりもリヴェリアが大事という有様を呈し、団長であるフィンもおいそれと近づけない。

 現場に一番近くに居るのは長年リヴェリアに仕えてきたアリシア・フォレストライト。その彼女から見ても酷い容態に見えた。

 

「エルフ以外は見るな!」

 

 それは血を吐かんばかりの強い命令だった。

 アリシアは変わり果てたリヴェリアを目撃し、涙を流しつつも出来る事を懸命に模索した。それでもどうしたらいいのか、考えがまとまらない。動かしていいのかさえ判断に迷う。

 結構な出血だが頭部全体が砕け散ったわけではないが、いくつか肉片が散らばっているのが痛々しさを物語っている。

 頬は完全に抉り取られ、美しく整った形をしていた長い耳は千切れていた。

 筋肉が断裂している為か、だらしなく口が開いており、舌が零れ出ていた。それと眼球が片方飛び出ているところから衝撃の凄まじさが窺える。

 

(一刻も早く治癒……。地上に連れて行って治療院に運び込まなければ……)

 

 万能薬(エリクサー)を要望しつつまだ懸念がある気がした。それは先ほど打ち込まれた杭突(パイル)だ。

 巨大な質量兵器たるそれは未だ塵に還っていない。アリシアは怒鳴るようにアイズに杭突(パイル)をどうにかするように乱暴な命令を下した。

 母親のように面倒を見てくれたリヴェリアが大怪我したことはアイズも目撃していたので即座に頷き、巨大な杭突(パイル)に突貫していった。

 

(耳は残念ですが頭部は……、脳は零れていませんね。……おいたわしやリヴェリア様……)

 

 リヴェリアに庇われたレフィーヤも号泣しつつ何度も謝罪の言葉を呟いていた。それに関して一部のエルフは睨んだが王族(ハイエルフ)の行動の結果を貶す事になると気づき、無理矢理自分達を納得させた。

 何人かのエルフの手により、顎を固定する為の包帯を巻いたり、飛び出た眼球を戻してみたり千切れた耳や念のために飛び散った肉片をかき集める。

 心臓は動いていたので即死を免れた事が分かり、それぞれ安心していく。

 言葉を掛けたいところだが集まったエルフ達は号泣したまま満足に言葉が出せない状態になっていた。その中でもアリシアは気丈に振る舞い、泣きながらも指示だけは出し続けた。

 

          

 

 今以上に怪我が広がらないように包帯で固定したリヴェリアを搬送しなければならないのだが、現状近くに居る多くのエルフは役立たずになっていた。それゆえにアリシアは苦渋の決断を下す事にした。

 全てはリヴェリアの為だ。

 『敏捷』の高さで言えばベート・ローガに頼むところだが彼は乱暴なところがあり、扱いも粗雑で信用が出来ない。ゆえに誠に遺憾ながらベル・クラネルに地上まで送り届けてもらう事にした。

 この決定に大多数のエルフは不満を表したが、こと速さに関してベルの信用度は高い。それと女性の扱いに関してもあまり悪い噂が無い。人間(ヒューマン)ではあるが性格も申し分が無い。今回限り、という条件でなら文句は無いと言い切れるほど。

 

「必要な治療費は全て【ロキ・ファミリア】に請求して下さい。リヴェリア様を治療院まで、可能であれば安全に運んで下さい。それと【ディアンケヒト・ファミリア】の助力も得て下さい」

 

 小難しい説明を抜きにベルに言った。追随する護衛用の眷族も整えさせた。

 ベルは元々【フレイヤ・ファミリア】の要望でダンジョンに潜っていた。しかし、目的は既に果たされ、メーテリアの処遇以外は問題が無いように思われた。

 それに関してアリシアは自分の責任をもって対処する事を約束した。どの道、このまま遠征を続ける事は難しいし、フィンもリヴェリア抜きのダンジョン攻略を良しとはしない筈だ。

 一刻も早く、という指定の下、ベルの意見を聞いている余裕もなくリヴェリアを背負わせ、早く行けと強い語気で命令した。

 

「は、はい!」

 

 彼の手荷物なども無視しての強行軍を敷きつつ護衛の眷族も走り出した。

 残ったエルフ達に出来る事は無事を祈る事だけ。ベルではなくリヴェリアの。

 ベルが地上に向けて走り出した後、杭突(パイル)を処分していたアイズが戻ってきた。

 

(……ベルは……リヴェリアを運んでいったんだね)

 

 新たな敵性体の出現も無く、静かな時間が流れていた。

 【ロキ・ファミリア】が御通夜状態に陥っている間、アリーゼ達は戦闘の疲れから休憩に入っていた。暴走の兆候も気配も薄れた、というか感じられない程になっていたので。

 幹部の一人であるリヴェリアの喪失は大きいが全体的に見れば勝利したと言える。問題は多くの損害に対する補填方法だ。

 いくつかの異常事態(イレギュラー)が起きたからと言って誰かに責任を押し付けるほど【ロキ・ファミリア】の度量は小さくない。

 

          

 

 新たなジャガーノートやモンスターの出現は確認出来ず、一先ず戦闘終了と見てフィン達は団員達を休ませていく。

 逃げていたメーテリアも壁際というか泉に入って(くつろ)いでいた。

 暴走が懸念されていたアリーゼ達も今のところ大人しく過ごしている。

 敵が居なくなった筈なのだがフィンは一向に不安が拭えていなかった。親指の警告こそ静まったが警戒を解くにはまだ早いと冒険者としての経験が言っている気がした。

 リヴェリアという大きな一柱を失った事は痛いのだが――

 

「今のうちに上層に避難すべきだね」

 

 残っている団員達に宿場街(リヴィラ)の住民共々避難するよう指示を出しておく。

 もはや遠征どころではなくなった。犠牲者も弔わなければならない。

 元【アストレア・ファミリア】の団員のうちアリーゼだけ拘束し、残りは全て【ガネーシャ・ファミリア】に任せる事にした。この事に関して当人達から異論は出なかった。

 

「リオンも地上に戻るのか?」

 

 ライラの言葉にリューは頷いた。

 元々ベルに弁当を届ける為だけにダンジョンに潜った。用件が済んだ今は酒場に戻って準備しなければならない。

 かつての仲間達と邂逅したからといって【アストレア・ファミリア】が復活したわけではないし、追放した神アストレアの意見を蔑ろにするわけにはいかない。

 

「ギルドも地上の人々も異端児(ゼノス)を受け入れる準備が整っていません。しばらくは不自由な生活を()いられる事でしょう」

「……折角復活できたのに世知辛いのかな……」

 

 リューは改めてかつての仲間達を見据える。

 見た目がかなり変わってしまったが、それでも彼女達には生きてほしいという思いがある。

 アルフィアの例からも胸の奥に魔石があり、それを失えば――モンスター達がそうだったように――塵と化すのだろう。

 アリーゼの暴走から見ても安易に安心も出来ない。素直に喜べないのが辛い。

 

(これではクラネルさんを責めることが出来ませんね)

 

 天井の水晶の明るさから考えてもうじき夕方になる頃合いだった。

 無理に帰還するより上層への出入り口付近で野営の準備に取り掛かる方が安全だと【ロキ・ファミリア】は判断した。

 このまま何も起こらなければいいのだが、ダンジョンの気紛れはフィンでも予想出来ない。

 それから少し経って先行していた団員が上層から戻り、様々な情報が伝えられる。

 数時間で一八階層に到達するからにはかなり無茶な行軍だっただろう。まずは団員を(ねぎら)って呼吸を整えさ、それから無理を承知で報告を聞く。

 まず浅層付近にジャガーノートらしきモンスターの存在は確認できず、次に【ガネーシャ・ファミリア】の団員が下層に向かっている。

 ベルに連れていかれたリヴェリアは無事に治療院に運ばれた。

 

「上は特段の異常は無かったんだね?」

「はい」

 

 自分達には問題が無かったけれど、と報告する団員が恐る恐るといった(てい)で言った。

 五階層付近に居たアルフィアが暴走状態に陥っていた、と。

 団員に実害は無かったけれど一緒に居たリリルカ・アーデがケガをした。その事にフィンは目に見えて慌てた。

 他派閥だが同族(パルゥム)として気に掛けていたので。

 

(……アリーゼのようにモンスターの意識に引っ張られて襲い掛かったのか。時期的にも合っている。……怪我はしたが命に別条がないのは【フレイヤ・ファミリア】が同行しているお陰だろう)

 

 いかに【猛者(おうじゃ)】や【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】が居ても荒ぶる【静寂】を沈めるのは簡単ではない筈だ。

 話しを聞くにアルフィアは現在、ベルの団員を傷つけてしまった事を気にして落ち込んでいるらしく、しばらく現場で待機する事になったのだとか。

 話しだけ聞くと笑い出しそうになる事態だが彼女もリリルカを大事にしている事が分かって、少しばかり安心した。

 だが、それ(報告)以上に重要な事があった。

 

 えっ? あの【静寂】が? なにそれ、超見たいっ!

 

 元気を失くしていじけているであろうアルフィアの様子を。

 フィンは童心に返ったような微笑みで夢想してしまった。

 リリルカの事は気になるけれど、それ以上に【静寂】のアルフィアの様子が勝った。もちろん、興味本位で観に行けば殺される可能性が大いにあるが、命を懸ける価値が――多分に――ありそうな予感がしたのは確かだ。

 七年前であれば適当な理由をでっちあげてでも現場をガレスなどに押し付けて駆け出している所だ。――本当にそうするかは分からないけれど。

 後できっとリヴェリア達に数時間に渡るお説教と自分達も誘えという恨み言を延々と呟かれる事になると予想する。

 

          

 

 フィンの期待に満ちた願望はものの数分で瓦解する事になった。

 『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』内にある別の場所の壁面に大きな亀裂が走ったからだ。親指からの警告は軽微。冒険者の勘としては危険なのかどうなのか判断に迷う曖昧なもの。

 だが、異常事態には変わらないので警戒態勢を敷くよう残っている団員達に命令する。

 

(……本当に気が休まらないところだ、ダンジョンは……)

 

 軽くため息をつきつつ気持ちを切り替える。

 避難誘導と同時進行で武器の点検を素早く済ませる。リヴェリアやベルが居ない今、本来の【ロキ・ファミリア】として事態に備える。

 壁も気になるところだが地面からの出現や他のモンスターの姿は今のところ確認できない。それらを脳裏に気にしつつ壁を見つめていたが嫌な予感自体は未だに無し。しかし、本来一八階層はモンスターが生まれない『安全階層(セーフティポイント)』だ。その概念が立て続けに破られる事は立派に異常事態(イレギュラー)である。

 アイズの姿を探すと既に臨戦態勢に入っていた。

 彼女は全身にたくさんの擦過傷を作っており、他の団員に巻かれた包帯がたくさん巻かれていた。

 多少の疲れが見えるが満身創痍には見えなかった。狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガも健在。多少戦力が減った程度だ、とフィンは苦笑を滲ませる。

 

(……さて、次は何が起こるんだ。何が現われる?)

 

 既存の知識は今のところ役に立っていない。未知との連続だ。

 既知の存在であれば『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』において【ロキ・ファミリア】が苦境に立たされる事態に落ちる事は非常に稀だ。それこそ前回の遠征時に現れた芋虫型のモンスターならば今は充分に対処できる。

 もちろん、慢心があってはいけないのだがあまりにも未知の頻度が早すぎる。後手の対応ばかりでは身が持たない。そう思うほどフィンは自分でも歳を取ったなと改めて苦笑する。

 それから間もなく壁の崩壊が始まると予想し、身が得ているところに別の団員から下の階層への出入り口から何体かのモンスターが現われたと緊急の報告が入った。

 

「数は少ないですがオラリオに現れた武装したモンスターだと思われます」

 

 戦闘を回避したのはアリーゼ達の存在があったからだ。戦っていいのか判断に迷ってしまったためと思われる。

 既に『異端児(ゼノス)』の存在は認知している。彼らが襲い掛かってくるのであれば戦闘を許可すると告げ、様子を見るように指示を出す。

 既知の存在であればそれほど迷わず行動できる。そんな楽な事ばかりだったら、と()()愚痴が零れそうになる。

 武装したモンスターも気になるが、今は壁の亀裂が優先される。果たしてどちらが自分達にとって脅威になるか、武器を持つ手に力が入る。

 それからすぐに事態は急転する。

 

 どりゃあああ!

 

 そんな掛け声とともに壁面が大きく吹き飛んだ。そして、大きな笑い声と共に姿を現したのはジャガーノートよりも大きく黒い竜種のモンスターだった。

 数は一体のようだが、フィンは呆れよりも恐れを感じた。いや、恐怖ではなく敬う方の畏れか。

 言い知れない感情とも言えばいいのか、身体が全く動かない。悪寒とも違う不可思議な気持ちに声も上手く出せない。

 

(……あれは……黒竜? いや、喋ったからあれは違うはずだ)

 

 他の団員達も現れた黒き竜のモンスターに言葉を失っているようだった。

 命令が出せず、怖気づいていると言われても仕方がない状態に陥っていると武装したモンスター達がやってきて叱咤激励してきた。

 フィンの下には空を飛ぶ歌人鳥(セイレーン)がやってきた。

 

「しっかり【ロキ・ファミリア】ノ皆さん。……こんな状態デスガ一体何ガあったのデスカ? あれも気にナリマスガ……。迷宮(マザー)ガ激しく怒ってイマシタ」

「……あ、ああ。……うん、少し待っててくれるかい? 動揺がまだ治まらないんだ。歳だから動悸、息切れ、眩暈なんてこともあるかもね」

 

 何とか呼吸を整える。(くだん)の大型モンスターは未だ壁面の穴に待機しており、攻撃態勢には入っていない。

 自身の年齢を茶化してみたものの事態が好転するわけもなく。だが、激しく動揺している事は紛れもない事実だ。

 地上に飛び去った『黒竜』ほどの恐ろしさは無いとしても。

 フィンをもってしても言葉にするのが難しく、先のジャガーノートとは違う意味で脅威だった。

 

          

 

 別の場所に居るアイズもまた黒き竜を目撃していた。こちらはいつでも攻め込める体勢を整えていたのだが――

 何故か、脚が動かない。それは恐怖というより困惑だ。

 敵である筈なのに怒りが湧かない。確かにモンスターは地上を睥睨こそすれ今のところ攻撃態勢には入っていない。というより――

 

(下に降りるのを怖がっている?)

 

 存在自体は驚異を覚えさせるものなのだが、目で見る限りどこか滑稽さがあった。そして、その感覚をアイズは――現場にいる多くの団員達は身に覚えがあった。

 いや、その謎の威圧感の正体に――感覚的に――気が付いたと言った方が正しいか。

 あの黒い竜のモンスターから感じる畏れは――

 

 超越存在(デウスデア)

 

 通常のモンスターも先ごろ発生した異常事態(イレギュラー)のモンスターとも違う。

 数年前、ここで死闘を繰り広げたモンスターとも違う。

 明確な殺意でも持っていれば今すぐにでも斬りかかるのだが、残念ながら対象は存在こそしているが特段の行動に移していない。

 通常のモンスターであれば誕生と共に冒険者に襲い掛かるものだ。それは昔から変わらない。

 であれば――答えは絞られる。

 あのモンスターは大型級だが『異端児(ゼノス)』と呼ばれる武装したモンスターに似ていると。それに女の子の様な声が聞こえた。

 

「下界の(わらべ)共っ! 出迎えご苦労である」

 

 流暢な共通語(コイネー)が唐突に黒い竜のモンスターから発せられた。その竜種のモンスターは人間的に腕を組んで仁王立ちの状態になった。

 多くの団員達が驚き困惑する中、誰も声を発する事が出来なかった。

 それは休憩しているアリーゼ達とメーテリアも。

 

「どうした皆の衆。妾の身体がモンスターである事に恐れを抱いているのか? それはあいすまんな。妾自身も戸惑っているものでな。……というか元に戻れるかも分からなくて困っている」

 

 静まる冒険者を無視して喋り続けるモンスター。

 やはり通常のモンスターとは違う。それだけは声を聞いた冒険者達の共通の印象だった。

 アイズやフィンがこのモンスターを観察すると胸部に大きな水晶の様な物体があり、その中に人型の生物が封入されているように見えた。

 中に居る人物ではなくモンスターが喋っているのか疑問だが。

 戸惑う冒険者を無視して勇気ある一人――いや、一匹のモンスターが(くだん)の黒きモンスターのところに向かった。

 空を駆ける歌人鳥(セイレーン)だ。

 【アストレア・ファミリア】のセルティ・スロアも歌人鳥(セイレーン)だが、こちらは他の冒険者同様に動揺している真っ最中だった。あと、彼女は飛べない。

 

「何者デス? 危害ヲ加えるならば……」

「おお、おお。自分以外にも喋るモンスターが()るとは……。下界はなんと面白きものよ。……威厳ある喋り方は疲れるな……。まあ、なんというか、何者と言われると答えにくい。なにせ、こっそりとダンジョンに潜ったから……」

「いいから、はっきりシナサイ! あと、私ハレイです、ヨロシクっ!」

 

 (つたな)共通語(コイネー)で怒鳴る歌人鳥(セイレーン)のレイ。彼女は少し前に地上で騒動を起こした武装したモンスターの一体だった。

 有翼のモンスター(レイ)に怒鳴られた竜のモンスターは軽くたじろぎ、ボソボソと文句を呟きつつ自分の名前を言った。

 声の大きさから聞こえたのは間近に居るレイだけだったようだ。

 相手の名前を聞いたレイはそれが特別な意味を持つ者ではなく、個人を特定する程度の認識にしか取らなかった。

 他の冒険者に身体を向けて発表しようとした時、下層への出入り口から人型の黒っぽい存在が姿を表した。

 

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