υπηρχεω【完】   作:トラロック

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superesse
17 女神の黄金


 【ロキ・ファミリア】が遠征途中でダンジョンの使徒『破壊者(ジャガーノート)』の集団と戦闘に陥り、少なくない犠牲を強いて勝利したものの帰還を余儀なくされた。

 帰り際の団員達はいつも以上に疲れを見せ、屋台骨足る王族(ハイエルフ)の喪失も相まって悲壮感さえ漂わせる。

 数の少ない階層主との戦いであれば――と言い訳をすればきりがない。

 幾度となく危機を乗り越えてきた経験を持つ団長や幹部の一人ガレス・ランドロックも掛ける言葉が見つからない。

 煮え切らないまま地上に戻ってきても災難は続いた。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが大怪我を負った。そけだけならば治療院に連れて行けばいいだけだ。

 問題は戦闘結果だ。

 一足先に本拠(ホーム)に戻った団長フィン・ディムナは監視にあたっていた団員から報告を受けていた。

 

(モンスター化したとはいえ葛藤くらいはあるだろう。対人戦はあまり教育に良くないが避けて通れるものでもない)

 

 戦闘に際し、利き腕を失い、その後どういうわけか怒り狂い落された腕を叩きつけて損壊させた。

 粉々にはなっていないので早めに回収すれば最悪は避けられる。

 問題は腕ではなく心の問題だ。

 失血によって意識を失ったアイズを回収しようとした。その時、別の現場から治癒魔法が飛んできたため酷い状態だった腕は立ちどころに回復を始めた。ただ、アイズの怪我は即座にとはいかなかった。

 

(暴走したアイズの力が治癒の魔法円(マジックサークル)を拒絶してしまったか)

 

 現場を見ていないので推測の域を出ないがアイズ本体の怪我が治らなかった事だけは確実だ。

 監視要員の報告を信じるなら治癒魔法の使い手も予想していなかったに違いない。

 命に別状は無さそうだし、後は意識を回復するのを待つだけ。

 それから数日後、事件のあらましをアイズ本人に聞かせた後、酷く気落ちしてしまった。この時、フィンは事務処理に忙しく個々の団員に気を配る余裕が無かった。細かな修正をしてくれる王族(ハイエルフ)の存在が失ったのはかなり大きい。

 リヴェリア・リヨス・アールヴはアイズにとって母親のような存在でもある。

 

「……で、アイズは何を気にしているんだ?」

 

 幹部候補なっているアイズの問題をさすがに無視できなかったので仕事をいったん棚上げにした。それはガレスも納得する事だった。

 事情を聴けば――暴走時に飛ばしてしまった剣が別の場所で戦っていたエルフに刺さって致命傷を与えた事を知り、酷く衝撃を受けた。

 自分の事ならば自己責任で納得するアイズも人様を傷つけた事はさすがに(こた)えたらしい。

 

「背後から心臓を一突き。……意図していなかったとはいえ……不運だったとしか……」

 

 不運の一言で片づけられればいいのだが、敵と断じていない相手を死に追いやるほどアイズは冷酷ではない。

 自分の責任を痛感し、荒れ気味に陥っているという。

 

(……いや、別の現場の様子を考えれば無理も無いか)

 

 戦闘状態とはいえ赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)として復活したアリーゼ・ローヴェルの目の前でエルフのリュー・リオンが致命傷を負った。それもアイズの不注意で。

 実際に見ていないがアリーゼはおそらくリューに殺されようとしていた。もちろん、結果論に過ぎないが彼女の性格からすればありえない選択肢だ。

 半ばモンスターに主導権を握られている事を知っていたのであれば分からない事も無い。

 まだ意識が残っていた状態で目撃してしまった、とするならば後半の茫然自失は理解できる。その時、彼女は――アリーゼ・ローヴェルは心が死んでしまった。

 最悪の結果を伴い、不本意な結末を目撃してしまった。

 

(報告の正確性も考慮すれば、だいたいこんなところなんだけれど……。結果だけ見れば勝手に【疾風】の止めを刺して勝負に水を差した事になる。しかもアリーゼごと)

 

 もし、アリーゼにまだ人間(ヒューマン)の意識が残っていたら――

 

 【剣姫】ちゃん、なにしてくれてんの。

 

 くらいは言うだろう。

 いや、そんな余裕は無いか。フィンは頭を押さえた。

 偶発事故ではあるがアイズにとっては一大事に匹敵する。

 ついうっかりで【疾風】を殺す事になってしまったのだから。本当にこんなことが起り得るのか、というか起こってしまった。

 

          

 

 報告を聞く限り【疾風】の死は確実だ。だが、そこに偶然か必然か【フレイヤ・ファミリア】の治癒師(ヒーラー)で有名な『ヘイズ・ベルベット』が現われ、立ちどころに復活させてしまった。

 見ていた団員も蘇生魔法かと驚いた。

 現状、死者蘇生の魔法の情報は無い。それは神も認めるところ。ただ、無い、とは言い切れない事をフィンは様々な情報筋から得ている。

 

(アリーゼは治癒魔法を受けたのに消滅した。これは推測通りだと思うが……。【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】の実力はさらに磨きがかかっているようだ)

 

 まずはアイズに【疾風】の無事を伝えるように指示した。

 午後になって話題に出た【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】ヘイズ・ベルベットが単身でフィンに会いに来た。

 薄紅色の長い髪。栗色の瞳。白の上衣(ピアフォナ)と赤の看護衣(ナース・ワンピース)の上に軽装鎧をまとい、金の装飾が施された長杖(ロッド)を持つ人間(ヒューマン)の少女。

 【フレイヤ・ファミリア】とは敵対しているが戦闘行為は禁じられている。世間話程度であれば何も問題はない。

 丁重に執務室に案内させた彼女(ヘイズ)をフィンは温かく迎えた。

 

「ようこそ。今日はどのようなご用命なのかな?」

「フレイヤ様のお使いで【剣姫】の様子を見に……。引き抜きに来たわけではなく、無事かどうか、というところです」

「……無事?」

「意図しない攻撃で心が壊れかけているのであれば癒すようにと……。相当心配されておいででしたので。……それとも杞憂でした? でしたら確認だけさせてもらえればすぐに御暇します」

 

 飄々と(のた)人間(ヒューマン)の少女。

 アイズに対して執着するのは神フレイヤ。そのお使いの意図は単なる気遣いかもしれない。ヘイズ自身に何かある、という話しは聞いた事が無い。

 その女神がとても心配しているから彼女を遣わせたのだろう。であれば攻撃の意志が無いのも頷ける。

 要望通りアイズを連れて来るように団員に指示した。

 件の【剣姫】は荒れ模様だと聞いていたが執務室には大人しく来た。満身創痍ともいえるような痛々しい雰囲気を醸し出していたけれど。

 

「お久しぶりです。私の事、覚えていますか? ヘイズです」

「……うん、知ってる」

 

 素っ気無い態度。言葉だけ聞けばいつも通りだ。

 刺々しい態度でもない。ただ単に返事しただけに聞こえる。

 軽い挨拶の後にお互い椅子に座る。

 アイズは顔と利き腕に包帯を巻いていたが傷自体は完治しているとのことだった。

 

「じゃあ早速本題から……。【疾風】は酷い状態でしたが一命を取り留めました。嘘だと思うなら直接見に行ってもらっても構いません」

「………」

「確かに心臓を一突きされてましたが、あれって迂闊に引き抜くとかえって出血量が多くなって危ないんですよ。だから、魔法を使う時、誰にも邪魔されなかったのが幸運でしたね。……多少の障害が残ってしまうのは仕方ありませんが」

 

 心臓の下りでアイズは両手の拳を強く握りしめた。自分の責任だ、と強く意識してしまった。だが、ヘイズは【剣姫】に咎を求めているわけではなかった。

 ありのままの報告を伝えるのに終始した。

 おそらく女神の意向でそういう説明をするように言われているのだと聞き手側のフィンは思った。

 

「で、蜘蛛のモンスター、アリーゼさんと言いましたか。あれも回復したはずなんですが……、どうしてか死んでしまったらしいですね。自害した、とも思えませんし」

「どうしてそう思うんだい?」

 

 アイズが何も言えないようなのでフィンが代わりに尋ねた。

 ヘイズが見た限りアリーゼは動く気配を感じなかった。生きる気力も無く、ただそこに存在だけしているような――

 そこで自分が邪魔される事を防ぐために昏倒させたと話した。

 

「もし、力加減をミスしていれば即座に塵になっていたでしょう。【ガネーシャ・ファミリア】に任せるまでは確かに形は保っていたのでお疑いならば尋ねて下さい。団長であるシャクティさんも来ていたので」

「わかった」

「こうして説明しても不可解な点が残ってしまう。……結果論として私の昏倒させる攻撃が止めになった、というのはどうでしょう? どうせ、誰も証明できない。【剣姫】のせいで、というのは無理がありますし」

 

 言い返そうとアイズは椅子から立ち上がると言葉が続かない。

 殺したと思ったのは【疾風】のエルフであってアリーゼに関しては全く関知していない。だけれど、自分のせいで死なせてしまった、と思い込んでいた。

 状況を聞く限り、誰のせいでもない気がするし、どの道討伐される運命にあった。そう考えられれば気が楽になれる。

 ヘイズは自分に責任があるからアイズは無罪放免だと言っているようにしか聞こえない。それがフレイヤの意志であるならば苦情程度しか言えないのもまた事実。

 アイズとしては昏倒攻撃が事実で、それが原因でアリーゼが死んだのであれば確かに自分のせいではない。直接見ていないので証明しようがないのが口惜しい。

 

「そうですね。どの道助からなかった。【剣姫】にはその方法すらなかった。であれば……、何をしても無駄でしょう。既に過去となってしまったし」

「……はい」

「私も自分の魔法には自信がありますが万能でもない事を知っています。出来ない事もあります。努力しても過去は変えられません。神でも無理なんでしょう。失敗を無かった事にするなんて」

(出来るとすれば記憶を改竄して無かった、という事実を埋め込むくらい。起きてしまった事象まで変えられるなら敗北の歴史を無かった事に出来た筈です)

「それで、どうします?」

 

 ヘイズはアイズに尋ねた。あまりの抽象的な問いに思わず息をのむ。

 何を聞かれているのか分からない。現実は変わらない。事実も曲げられない。その上で何が言えて何を堪えられるのか。

 

「つまりあのモンスターを殺したのが私か貴女か。どちらが都合がいいかって事です。私としては止めを刺した覚えはありませんが結果的に死なせたから私のせいでしょうね。それで構いませんが」

「アイズ。君に責任を押し付ける気は無いが、気負い過ぎも良くない。直接手を下したわけではないのは明らかだ。目撃者も居る」

「そうそう」

 

 フィンの言葉にヘイズが相槌を打つ。それは紛れもない事実だ。だから、否定しなかった。

 綺麗ごとを並べられているようにしかアイズには聞こえない。けれども、それはとても甘い言葉なのは理解した。

 アリーゼは死んだ。それも酷い死に方だ。

 直接見てはいないが心がとても痛い。今も胸が締め付けられている。だから――

 

「……罰、が欲しい」

「無罪に罰を与える事を世間では冤罪っていうんですよ」

「構わない」

「じゃあデスペレートをください」

 

 そう言われて即座にいいよ、と言いそうになって息が詰まった。

 騙されなかった事にヘイズは小さく舌打ちした。実際、武器を貰う気は無く、精々互いの武器の交換か貸与くらいだ。

 貸し借りなら別に構わなかったので提案してみただけでフレイヤの意向は入っていない。

 

「罰が欲しいって言いましたよね?」

「……う。……これはダメ」

 

 駄目な理由は大事な武器である他に修繕費が高すぎるし、これ以外の武器はよく壊れるし、お金をたくさん掛けたので勿体ない気持ちもあったから。

 貸し借りならアイズも渋々ではあるが了承しないわけではない。

 

          

 

 我がまま娘と化した【剣姫】の様子を見る限りヘイズの役目は終了したと見て良い思った。

 細身の剣(デスペレート)はもちろん冗談だ。

 

(……そういえば)

「アリーゼに対して引け目があってゴジョウノ・輝夜はどうなんでしょう? こちらは貴女が殺したんですよね?」

「引け目なんて無い。モンスターだから戦った。……エルフの人はモンスターじゃなかった」

 

 世間一般の常識だと差別って言葉があるのですが、と言いそうになったが飲み込んだ。

 外見の問題で議論しても虚しくなるだけ。それをアイズは理解しているが納得していない。

 単なる腕試しではなく殺し合いだった。手を抜けば死ぬ。殺気を振り撒く相手に油断を見せる事は出来ない。

 一歩深く踏み込んでいたら自分が死んでいた。

 

「……だから、殺した。殺した。私が殺した!

 

 激高するアイズに対してヘイズは涼しい顔のまま両手を使って彼女を宥める。

 少し突くと爆発するところから精神状態は見た目よりも悪いと理解した。

 このまま放置するわけにもいかず、結果も変えられない。

 

「やっぱりデスペレートを渡してください。それが貴女にとって良い罰になると思います」

「……ん」

「譲渡というより貸与。数日程私に貸してください。もちろん、フレイヤ様に献上したりはしませんよ。個人的に使ってみたいと思っただけです。何なら私の長杖(ロッド)と交換しましょう。壊したら弁償してくださいね」

 

 朗らかににこやかにヘイズは提案した。側で聞き耳を立てていたフィンも声をかける機会を失っていたが悪い方に傾いているようには感じなかったし、親指からの警告も来ない。

 わざと怒らせたりしているようだが女神の意向で(おこな)っているのは明らかで、ヘイズはとても仕事に忠実であることは窺えた。

 追い詰めているというより誘導していると言った方が正確か。

 アイズに罪の意識を()()持たせるような文言を避けている。

 

「それと少しダンジョンで気晴らしでもしますか? お供しますよ。女同士二人きりでもいいし、お仲間を連れてもいい」

 

 両手を合わせて再度提案する。

 怒りに囚われた時、アイズは仲間の声が届かない事がある。だが、ヘイズの言葉はほぼすべて彼女に届いている。

 相手の感情をうまく操作しているかのように。

 

「二〇階層の虫でも倒しに行きましょうか? たくさんアリーゼを殺しに行きましょう」

「……うん。たくさん殺そう……」

「ちょっと待つんだ、君達」

 

 少し油断したせいかヘイズもアイズも目がグルグル回っている事に気付くのに遅れてしまった。

 話しの焦点がアリーゼ(イコール)虫になり、虫嫌いだから克服しようという話しにすり替わっている。

 

          

 

 鈴を鳴らすと女戦士(アマゾネス)のティオネ・ヒリュテが即座に現れ、飲み物を持ってくるように頼んだ。

 彼女(ティオネ)は室内の様子を軽く見回し、愛する団長に粉を掛ける敵が居ない事を確認すると大人しく引き下がった。

 一瞬だけ冷気が振り撒かれたせいか、フィンは軽く肌をすり合わせた。

 

(……あ、あれ~。私、どうして虫退治しようなんて……)

(虫嫌い。アリーゼ嫌い。……あれ、どうしてアリーゼが虫で嫌いなんだっけ?)

 

 頭を押さえる二人の様子を気遣いながら根本原因をすっかり失念している事にフィンは気が付いた。

 元々の話しでは自分のうっかりで【疾風】を瀕死に追いやった。それを引きずっているのが今回の原因である。その筈だ。

 【ロキ・ファミリア】からすれば『異端児(ゼノス)』の知識や付き合いは【ヘスティア・ファミリア】より少ないし経験値も足りない。

 喋るモンスターは普段から敵視している者達にとって少なからず影響が大きい事を目の当たりにした。もちろん、フィン自身も含まれる。

 

「……【剣姫】って虫が嫌いなんでしたっけ?」

「好きな部類ではない、と思う

「虫だろうとモンスターだろうと知り合いが転生すると混乱しますよね」

「……そうだね」

「その知り合いは意図的に敵対するんですか? それとも無意識? 後学の為に教えて貰えませんか?」

 

 喋るモンスターについてはギルドが詳しいと睨んでいるが情報は未だに秘匿されている。無理に聞こうとしても答えてくれないだろう、とフィンは小声で告げる。

 ヘイズは少しがっかりし、アイズは気持ち的に落ち着いてきたのか大人しかった。

 少し間を設けて飲み物を飲むことにした。ついでに軽い食事も頼むと顔は笑っていたが内心ではどんな気持ちが渦巻いているのか分からないティオネはまた大人しく退出していった。

 

「全てのモンスターが知性を得て喋り出したのならまだしも、ごく一部であれば今まで通り倒すなり保護するなりすればいい。うち(フレイヤ・ファミリア)だとみんな敵ですからね。きっと倒しにかかりますよ」

「そうだろうね、……としか言えない」

「……【剣姫】は割り切りたいのでしょう? 自分の気持ちを……。君は正しい、間違っていないよって言われたいんでしょう?」

 

 戦う事しか知らないアイズにとって小難しいことを理解するのは難しい。けれども一生懸命に学ぼうとする意思はある。今回の事もたくさん悩んだ。どうすればいいのか。

 彼女にとって不運なのは【ロキ・ファミリア】は老齢な考え方の冒険者が多かった事だ。

 厳しい意見が大半で柔軟性に乏しい。

 

「それとエルフの問題もありましたか。……なら、ここは素直に謝り行けばいいのでは? どんなにボコボコにされても私が治療してあげますよ。デスペレートを貸してくれるならタダにしてあげてもいい」

「……そんなにアイズの武器が欲しいのかい?」

「個人的なものですよ。私だって元々は前衛職でダンジョンに挑んできたんですから」

 

 能力的な問題で後衛職に甘んじているが戦い自体は嫌いではないし、長杖(ロッド)で物理攻撃も平然と(おこな)う。

 それに交渉次第では扱えるかもしれない。特に有名人の武器なら猶更。

 本音を言えばアイズから武器を取り上げたい。そうしないと彼女は自分で自分を傷つけてしまう。そうなると女神の意向に反してしまいそうな気がしたから。

 ただし、それはヘイズの優しさではなく女神フレイヤの為だ。そうでなければこんなところになど来ないし、勝手に自爆していろと唾を吐いている所だ。

 

(……混乱する事態を回避すれば【剣姫】の魂もおいそれと穢れまい。いつも話題に上る【白兎の脚(ラビット・フット)】にでも任せればいいものを……)

 

 元々アイズが一冒険者を殺した程度で魂が汚れるという話しになるのか懐疑的だった。

 実際に会ってみても酷く混乱する事はあっても兆候が掴めなかった。――その兆候があってからでは遅いのかもしれないが。

 少なくとも取り乱すほどの事態に陥ったのは理解した。――この女でも。

 

 罰を受けたいなどと世迷言まで(のたま)うとは滑稽だ。

 

 思わず笑みを浮かべそうになったヘイズだがすぐに仕事に意識を取り戻す。

 何にしてもアイズのやりたい様にやらせ、調子を取り戻してやれば女神の使命も達成される。もし、危険だと思ったら都度修正すればいい。

 団長(フィン)は油断できない相手ではあるが、今回に限って敵対行為とは無関係だ。滅私奉公の(てい)で仕事に臨んでいるし、と。

 (むし)ろ、王族(ハイエルフ)が不在だったのが幸運というか好都合というか。女性ならではの繊細さや機微といったもので心の奥底まで見抜かれてしまう可能性があり、今回の仕事も半ばで追い出されるおそれがあった。

 

(厄介な女が居ないだけで随分と楽に進めましたが、全く居ないわけではない)

 

 例えば扉の外に控えている第二級冒険者の二人(アナキティとアリシア)とか。

 ヘイズにとって最大の障壁はリヴェリア・リヨス・アールヴただ一人、の筈だが先ほどから睨みを利かせているティオネも意外と油断ならない。特に脳筋女戦士(アマゾネス)は扱いが難しい。――言葉が通じない所とか。

 

「そういえば……報告するのもどうかと思いましたが【疾風】はまだ本調子ではなくてですね。言葉に不自由しています。何しろ首がもげちゃいましたから。これは【剣姫】の……ほんの少し貴女のせいですが……お気になさらずに」

「……首。……ううっ」

「こういうのは変に隠すと面倒なので言ってしまいますが、もう過去です。なので取り戻す努力をするしかないです、はい」

 

 項垂れるアイズは小さく返事した。

 モンスターの時より素直になった。

 

「言葉に不自由しているエルフはただの案山子です。()るなら今、ですよ」

しない! そんなこと……」

 

 フィンとしてはヘイズの言う通りだ、と同意を示して苦笑したが言葉には出さなかった。――出そうになったけれど我慢した。

 ドア越しからも聞いているであろうアリシア・フォレストライトの殺気が強く伝わってくる。

 

          

 

 【疾風】への謝罪は一か月以上先にした方がいいと告げられ、その間気分転換にダンジョン向かうという案は悪い気がしなかった。

 遠征の準備も同様にかかるし、なにより主力を欠いているので他の団員達も今のうちに自由行動を許そうと思っていた。

 規定階層より下に行かない限り、各々の自由をティオネ経由で伝えさせた。それを聞く立場にあったヘイズは特に何の興味も示さなかった。

 所詮は他派閥の決定だ。【フレイヤ・ファミリア】の耳に入ったところで特段の行動に移る事も無い。お好きにどうぞ、という姿勢(ポーズ)を――一応――示した。

 

「……もし、一人で謝罪するのが難しいなら私も付き添ってあげますよ」

「それは女神フレイヤの命令に含まれているのかい?」

 

 フィンの探るような問いにヘイズはもちろんです、と普通に答えた。

 壊れそうな魂の修復は一朝一夕では出来ない。長期戦はもとより想定済み。

 今回ヘイズに与えられた期間は一年ではなく、一か月程度。――最悪命令不履行となるようならこの身をもって女神フレイヤに謝罪する所存である、と強い意志をもって臨んだ。

 もちろん、アイズの為ではなくフレイヤ一択だ。

 

「【白兎の脚(ラビット・フット)】がいいと言ってもいいですが確認はさせてもらいます。これも仕事なので。……お前が不甲斐ないからこちとら苦労してるんだ。さっさと気持ちを切り替えろ、と言いたい気持ちを呑んで下手に出ている。……おほん。今のは嫉妬です。私も前衛で頑張りたかったもので……」

 

 途中で鬼気迫る形相になったが別段、それも隠す気が無く淡々と説明した。

 アイズとは同年代だが一人の小娘程度の認識しか思っていない。例え第一級冒険者で自分より強かろうと――

 ヘイズは己の力量の限界を知り絶望した。だから嫉妬を覚えた、という言葉はそれほど嘘ではない。

 有象無象の回復ばかりしてきたのでたまには前に出て活躍したい、そんな気持ちも無くはない。レベル4の【ステイタス】を持っているけれど所詮は第二級冒険者。

 

「うん、話しても不毛だ。【剣姫】、ダンジョンに行こう。貴女を癒せるのはダンジョンだけだ。モンスターとの戦いで癒えるような魂とも思えないが……。きっかけ程度にはなるでしょう」

「……そうなのかな」

「他に思いつくとしたら……【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)することと好物のジャガ丸くん断ちでしょうか?」

 

 アイズは顔を青ざめさせた。時に後者の方で。

 改宗(コンバージョン)はさすがに主神共々認められない選択ではあるが一時的な貸与ならばありえなくない。

 一か月くらいジャガ丸くんを食べてはいけない、というのはフィンからしても立派に罰になりそうと思った。――最悪一週間でもげっそりと痩せこける気がした。

 

「あくまで気晴らしですから深層には行きません。珍しいドロップ品でも探しに行きましょう」

「……私はそれで構わない」

 

 と、鼻息荒くやる気を見せる。

 見た感じでは女神フレイヤの命令はここで終了してもいいのでは、と思わないでもない。

 ダンジョンに行くのは打算ありきだが、【剣姫】と同様とまでは言わないまでも自分も気晴らしが必要なのかな、今日は少し強く思った。

 

(いやいや、そんな甘えた考えでは駄目だ。……そうだ。絶望を忘れるな。屈辱を忘れるな。こんな私を拾い上げてくれた神を裏切るな)

 

 傾きかける気持ちを知自己陶酔にて即座に修正する。

 アイズの意志が固まったところで本来の目的を再確認する。実際のところダンジョンで彼女に対して制裁したり闇討ちしたりするわけではない。穢れそうな魂とやらを癒すのが目的だ。それは変わらない。だが、ヘイズの目的は別にある。

 

          

 

 アイズはフィンに一応許可を取った。すぐそばで聞いていた彼は一も二も無く(こころよ)く了承した。

 二人っきりの方が都合がいいとヘイズは()()言ってみた。敵対派閥なのですんなりと行くとは思っていない。勝手に怪しんでもらっても問題ない。

 荷物持ち(サポーター)要員としてレフィーヤ・ウィリディスとアナキティ・オータムの二人を同行させる事が条件だと言われた。

 

(【千の妖精(サウザンド・エルフ)】と【貴猫(アルシャー)】か……。特に問題は無いでしょう)

 

 都合の観点からいえば否定する所だがヘイズはほぼ即答で了承した。

 はなからダンジョンに潜る予定だったので既に必要な荷物を持参していた。大量のドロップ品を手に入れるわけではないし、見た目は身軽な格好だ。

 リュー・リオンの生首を観察していた時にあれこれと物思いに耽って色々と調べ回ってきた。その過程で()()()()()()()の制作依頼も既に済ませている。

 アイズほどではないが自分(ヘイズ)も頭を整理、または冷静にさせる為に【ファミリア】を出る許可を得た。用は都合のいい方便が欲しかったからに他ならない。

 

(私は治療師(ヒーラー)だ。誰よりも冷静で居なければならない)

 

 神は嘘を見抜く。既に醜い思想を読まれているかもしれないがそれ自体は構わない。

 主神を心の底から崇拝するヘイズにとって何より優先されるのはフレイヤだけ。もちろん、自分の我欲が無いわけではない。

 了承を得られたもののすぐに向かうのか、それとも時間を空けるのか尋ねてみた。

 アイズは今すぐでも構わないと言った。念のためにヘイズに準備などの都合を聞くが、こちらも今すぐで構わないと回答する。

 

(……食料は途中で買うので足りない物は……何かありましたかね?)

 

 荷物については【ロキ・ファミリア】に任せるので小さな鞄一つでも充分だった。

 対するアイズは剣一本。無補給でダンジョンに挑むには命知らずにも程があるのだが――戦えればそれでいいという姿勢は少し共感できる。だが、治療師(ヒーラー)としては許可できない。そこは不本意ながら心配するフィンと同意見だった。

 善は急げということで急な呼び出しにもかかわらず、(キャットピープル)のアナキティとエルフのレフィーヤは文句ひとつ言わずに執務にやってきた。

 アイズのお守りとしてダンジョン探索に同行せよ、という団長命令を姿勢正しく聞き入れ必要な荷物の準備を始めた。

 

「そんなに深い階層に行かないと思うから。二人共、よろしくね」

「はい」

「分かったわ」

 

 団員達の様子を離れた位置から見守っていたヘイズも自身の精神力(マインド)の回復度合いを確認した。

 戦闘以外では睡眠と精神統一のように静かに過ごす事で魔力が回復する。

 三人の様子が整うまで急かさず、話しかけず黙っていた。完了してから買い物を打診する。それとデスレペートを忘れないうちに貸与してもらう事にした。代わりに自身の長杖(ロッド)を貸し与えようとしたが、たぶん壊されるとレフィーヤ達に言われたので出し渋った。

 流石に武器を良く壊すとは思い至らなかったので驚いた。

 

          

 

 壊れにくい『超硬金属(アダマンタイト)』製の武具を見繕う為、近くの店に向かう。

 今回の探索は死地ではなく散歩や遠足の気分で向かう。装備も無難で充分だが備えは怠れない。

 店内には数千万ヴァリスの商品が並んでいたがヘイズは涼しい顔で【剣姫】に合ったガントレットを購入することにした。

 刀剣類は人気が高く、アイズが壊さない物となると特注品(オーダーメイド)になるだろうし、出来るまで呑気に滞在する時間はヘイズには無い。――時間を作れなくはないがアイズの為にそこまでする必要性が感じられなかった。

 

「代金はデスペレートの借り賃だと思ってください」

「……う、うん」

 

 武器を実際に装備して具合を確かめ、気に入ったものを購入する。次は防具の番だったが必要ないと言ったので了承した。アナキティ達は自前の武器で満足したので、こちらは何も買わなかった。

 その後、細々とした回復薬(ポーション)などのアイテムを買い揃え、ダンジョンに挑む。

 第一階層でさっそくヘイズはデスペレートを振り、現れたモンスターを攻撃した。

 

(扱いやすいけれど私にはもう少し重量感が欲しいかな)

 

 ガントレットによる接近戦を仕掛けるアイズはいつもと違う武器に動きがぎこちなかったが連戦していくうちに慣れてきた。

 まずは準備運動がてらの動作確認の後に一層ずつ降りていく。そして、一時間ほどで十層目に入った。

 四人パーティで特に苦戦する事も無く、次の階層を目指していると多くの冒険者とすれ違った。

 上層は特に冒険者の遭遇率が高い。一見するとすぐに飽和状態になりそうなものだが七階層以降になると一人では対処しきれないキラーアントの集団に出くわす事になる。

 それと上層で資金稼ぎをするのは難しい。鉱物資源の質やレアモンスターの遭遇率が悪いからだ。

 そして、最初に戦う事になる階層主は冒険者の致死率が結構高い。

 

「いや~順調順調。普段と違う武器の具合はどうですか?」

「うん。今のところ問題ない」

 

 【剣姫】を除けば全員レベル4。規定攻略難度から見ても問題はない。

 魔法職のレフィーヤも物理攻撃が出来るし、アナキティも淡々と仕事をこなしている。

 荷物持ち(サポーター)役の二人はダンジョンに入る前から疲れ切った顔をしていたが戦闘が始まる事には気持ちを切り替えたのか、ヘイズから見ても言う事なしだった。

 無駄口を叩かないので戦闘音以外は聞こえてこない。

 更に下層を目指し、ミノタウロスの集団に遭遇しても危なげなく撃破。その前に現れたアルミラージの集団でレフィーヤが親の仇を見る様な殺意のこもった目で魔法を乱射したこと以外は言う事が無い。

 元々接近戦が主体のアイズは始終無言。声を掛けない限り喋らない。それと武器を良く壊すと聞いていたのでガントレットが無事なのかヘイズは気になってちょくちょく見てしまう。

 

「刀身が砕けるだけで持ち手は意外と無事よ」

 

 と、あまりにも心配しているように見えた為か、猫人(キャットピープル)のアナキティが言った。

 彼女の得物は小剣とナイフ。アイズと同じく軽戦士(フェンサー)の立ち回りだった。

 軽い小話を交えつつ拾う魔石とドロップ品を回収する。この時、不要な魔石は砕いておく。そうしないとモンスターが喰らって強化種になるおそれがある。――ヘイズ達にとって現在の階層に現れる強化種であれば問題なく対処できるかもしれないが、油断しないように気を付けている。

 

          

 

 階層の探索をほぼせず下層への入り口まで真っ直ぐ進んでいる為に普段以上に早く『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に到着した。

 先日の騒動から階層の損傷は既に修復され、穴だらけになった壁も今は元通りになっていた。

 二五階層以降も既に修復され、多くのモンスター達が生み出されているという。

 

「久々にダンジョンに潜りましたが【フレイヤ・ファミリア】とは違った緊張感でしたね。まるで遠足ですよ」

「……それはそうでしょうね。毎日のように殺し合いしている場所に比べれば……」

 

 伸び伸びと満喫するヘイズに対し、アナキティは苦笑した。

 他派閥の団員とはいえ何の気兼ねも必要ない実力を見せられると安心感に囚われて油断しそうになる。闇討ちは無いとしても警戒を解いていい理由にはならない。

 一日で随分と深く潜ったわけだが、今のところ喋るモンスターとは出会わなかった。本来はそれが普通なのだが――

 

(……やっぱり【白兎の脚(ラビット・フット)】に何かがあるのか)

(アイズさんと一緒に居られるのは良いんですけど……。ヘイズ・ベルベットの目的が全く見えない。かといって飄々としていて隙を見せない。やっぱりベル・クラネルがおかしいんですよ、きっと)

 

 ヘイズは野営を提案し、さっさと場所取りを始めた。

 今のところ否定意見も出ず、淡々と過ごしてきたが何か言った方がいいのでは、という不安が募る。アイズは完全に肉弾戦の模索に忙しく、(むし)ろ彼女に(なら)った方がいいのではと思わせる。

 全身女子なので食事も就寝も気を張らずに済んでいる。なによりヘイズがたった一人にもかかわらず豪胆な態度で驚く。さすが【フレイヤ・ファミリア】の治療師(ヒーラー)だ、と。

 特に問題も無く充分な休息を取った後、二階層分降りる事となった。

 当初の目的階層でもある二〇階層に出ると様々なモンスターと出くわす。それも大量に。

 ヘイズは改めてこの階層に来た目的を告げる。アイズに大量のモンスターを討伐してもらう。それ以外は魔石とドロップ品の回収。――それだけ聞くと最初から変わっていない気がする。

 

「もっと下に行ってもいいんですが、【勇者(ブレイバー)】との約束なので」

「分かったわ」

「私も了解しました」

 

 現場から大きく離れない限り自由時間としてモンスターを討伐していく。魔石の回収も忘れずに。

 レベル4以上ともなると苦戦する場面が出てこなくなるが数をこなせばさすがに疲労する。特にレフィーヤは生粋の魔法職なので。

 小一時間ほど戦闘を続けた結果大量のアイテムが集まった。だが、これだけのものを換金したとしてもアイズの武器(ガントレット)代には遠く及ばない。少なくともあと五階層は下らなければ――

 ヘイズは淡々と魔石を選別し、片手間で破砕作業もこなす。

 

「私は食事代だけで結構です。残りは皆さんに差し上げます」

「いいんですか!?」

「はい」

 

 そう言いながらアイズから借りたデスペレートの刀身に薬液を振りかけ、丁寧に拭き始めた。砥石こそ使わないが軽い整備はヘイズも嗜んでいたので実に手馴れていた。

 使う一辺倒だったアイズも急いでガントレットを外し、様子を窺う。だが、自分で整備したことがないのでどうすればいいのか分からず戸惑った。普段は専門職に丸投げしていたので勝手が分からない。

 

          

 

 小休憩を挟み、アイズが良ければ『巨蒼の滝(グレート・フォール)』に行ってもいいと告げた。

 あまりにも深い階層を延々と下り続ける事は――さすがにヘイズとて承服仕兼ねる。

 今回のダンジョン探索はアイズの為のものではあるが自分にも仕事が山積している。無駄に長期間潜っていられない。

 二五階層には鉱石系のドロップがあるので、それを目当てに提案した。

 

「今回は散歩じゃなかった? さすがにそこまで行くのはちょっと……」

「私も予定がありますので、言ってみただけですよ」

 

 アイズは即答しかねているようだったのでゆっくり考えていて下さい、と言いおいて休憩を切り上げてモンスター討伐に向かった。

 普段は団員達の回復ばかりで率先して戦う機会がめっきり減ってしまった。それでも自分の力量は思ったほど出ていない気がする。才能の問題なのか、今以上に強くなる想像が出来ない弊害か。

 細身の剣(デスペレート)を振るっても満足する答えは得られなかった。

 

(……手頃な場所。モンスターの数も邪魔な冒険者も殆どいない)

 

 『宿場街(リヴィラ)』よりに向かうと冒険者の数も格段に少なくなる。モンスターの数も質も段違いに増えるので実力が伴わなければ深くは潜れない。

 場数を踏んでいるレフィーヤでさえ未だに単独踏破を躊躇う。

 一つ呼吸を整えてヘイズは武器を確かめる。

 

「……では、改めまして。幾分か身体も温まってきた事ですし、構えて下さい」

 

 剣を収めて腰をかがめた状態でアイズを見据える。

 疑問を抱くもヘイズから殺気を向けられた事で慌てて拳で防御態勢を取る。唐突な闇討ちではないようだが緊張が走った。

 

「私は()()が嫌いだ。制裁するわけにはいかない。フレイヤ様のご意向は貴様の精神の安定にある。それも最早どうでもいい。ただただ、私はお前が気に食わない。……といってもこの武器はちゃんと返すから安心しろ」

 

 気さくな雰囲気から眦を釣り上げ憤怒の形相を形作る。

 ヘイズの怒りは女神の寵愛を奪われた事、それだけだ。

 制裁とは言ったものの勘定を安易に爆発させたりはしない。だから、ただ愚痴として言っただけだ。

 

「戦闘馬鹿の貴様にとって言葉より戦いの方が分かりやすいだろう。怪我をしても癒してやる。例え四肢がもげようとな」

「……ん」

 

 前衛を諦め、苦渋を舐めて今の地位を甘んじて受け入れた。もっと強くなりたいと願った少女は未だに向上心を燻らせていた。

 【戦いの野(フォールクヴァング)】の『洗礼』をもってしても彼女の望みは未だ叶わず。

 己の限界が成長を疎外している事に抱くは怒りのみ。

 

「罰を与えてほしいのだろう? ならばくれてやる。我が私怨も伴うが文句は言わせない」

 

 格好は後衛の治療師(ヒーラー)だが迫力は既に前衛と遜色が無い。そんなヘイズが突進し、アイズに斬りかかる。

 レベル6のアイズにとって対処できない動きではないが気迫が伴い、思った以上に戦いにくいと思わせる。

 剣の才能はアイズより劣る。繰り出される剣を拳で的確に牽制する。

 相手の方が有利ではあるが守りを固めればどうということもない。ただ、ヘイズ側もそれを分かった上で突っ込んでくる。

 唐突に始まった戦闘で外野のアナキティとレフィーヤが静止の声を上げても二人は聞き耳を持たなかった。

 

(捨て身の突進ばかり。でも、何のためらいも無いのが怖い)

 

 剣だけかと思いきや捨て身の覚悟の足技も繰り出してくる。それで何度かアイズの体勢が崩される。

 拳が顔に当たろうとも押し返す勢いにたじろぐ事あった。

 ヘイズの攻撃事態はまだ届いていない。実力差があるとしてもアイズは決して油断しなかった。

 

(私怨って言ってたけど、この人凄く冷静だ。自分の力量もきちんと把握している。……それに致命傷をどうしてか避けている)

 

 こちらから攻撃すれば勝てる相手だ。レベル差はどうしても戦闘に洗われてしまうし、剣技についても洗練されているとは言えない。

 相手の突きに合わせて最小の動作で避け、軽くヘイズの腕を下から叩く。それと同時に足払い。

 それだけで簡単に体勢が崩れた。

 『器用』と『敏捷』のみで圧倒できなくないが相手はまだまだ戦意を保っている。

 

「やっぱりアイズさんは強いです」

「【ステイタス】の差というより技量の差かしら。……けれど、同じレベルの筈なのに【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】は私達より強いかもしれない」

 

 戦っているのがアイズだから弱そうに感じてしまうが決してそうではないことはアナキティも感じ取っている。

 一介の治療師(ヒーラー)が白兵戦に長けているなど馬鹿げている。二〇階層に来るまである程度戦い方を見てきたからこそ分かる。ヘイズは回復魔法を使わずに戦闘を見事こなしていた。それなりの技量を持っている事は確かだ。

 

          

 

 十を超える打ち合いの末、互いの距離を開けて停止する。

 先に仕掛けたヘイズは所々打撃痕を作り、アイズはほぼ無傷だ。疲労度も同じく。

 結果は本人たちも分かっていたのか、それほど驚きもせずヘイズは淡々と回復を唱えた。

 

「剣が無くても強いですね、貴女は」

「……どうも」

 

 敵意むき出しのような始まり方だったがヘイズは素直な感想を口にした。

 凄い武器を持ったからと言って冒険者が強いわけではない。ましてヘイズは元々治療師(ヒーラー)だ。武器を選ばないとしても器用な立ち回りが出来ていたわけではない。

 

(【剣姫】の壁は団長(オッタル)より低い筈だが……、全然そんなことを感じさせないですね。正攻法ではやはり無理か……)

 

 割合無心で戦闘で来た事はそれほど嫌な気分ではなかった。それは本人も認めるところだ。

 細身の剣(デスペレート)を鞘に戻して怒りの形相でアイズを睨みつけると彼女は軽く呻いた。

 自分より年下に見える少女が見せるものにしては怖すぎた。

 【フレイヤ・ファミリア】における『洗礼』を毎日のように受けていた貫禄というか凄みというか。

 

「……ほんと、貴女は強くて羨ましい。才能に溢れているのか。この限界知らずが……」

「ご、ごめんなさい」

「ただの嫉妬です。大いに気にして下さい」

(……ええ~。ど、どう返したらいいの?)

 

 嫉妬は本心から。羨望もあるし、そこはどうしようもない。ヘイズとて厚い壁に何度もぶち当たりながら研鑽を積んできた。

 【剣姫】が恵まれた才能故に楽して強くなったとは言わないし思わない。そして、その才能も有無もまた運命のようなものだ。

 ヘイズは恵まれなかった。代わりに治療魔法の才能を開花させた。

 それと彼女の真の目的も今しがた果たされた。

 冒険者同士の私闘は基本的に禁じられている。――が、ダンジョンの中ではその限りではない。

 

 壁はやっぱり高かった。

 

 それを再認識したヘイズは少しだけ心が楽になった。――デスペレートについては憧れが勝り、アイズを弱体化させようだとか姑息な考えは無かった。元より【フレイヤ・ファミリア】としての矜持があるので女神に恥をかかせるような意識は持ち合わせていない。

 

「私の用事はここまでにして……。本来の目的である貴女の罰について話し合いましょうか?」

 

 一度収めた剣を再び抜く。

 治療師(ヒーラー)の気配が再度怪しさを含んだ。

 

          

 

 武器を向けられたアイズは思わず身構えた。それを冷静な声色でヘイズは嗜める。

 普通に八つ裂きにすればいいというものでもないし、アナキティ達がそれを容易に許すとも思えない。かといって外野を人質にする気も無い。

 

「前提として、私に対する謝罪ではなく貴女が殺す事になったエルフの方々へのものです」

「……はい」

「私が思いつく罰としては……四肢の切断でしょうか? 死刑では呆気なさすぎますし。このデスペレートを取り上げても同じものを作ってもらえばいいので意味がありません。かといってそこのエルフの両耳を削いだり猫人(キャットピープル)の尻尾を落とすのも本末転倒」

(……何気に酷いことを言うわね)

(あわわ、耳が無くなったら人間(ヒューマン)と大差が無くなるじゃないですか!)

 

 アナキティは思わず自身の尻尾を隠すようにし、レフィーヤは両手で耳を隠した。

 アイズはとんでもない罰の内容に戦慄し、顔を青褪めさせた。

 

「男性でしたら性器を抉り取ってしまえるんですが……」

「酷い罰ではあるけれど……。アイズに酷い罰を求めているわけ?」

「だって、この人のせいで首がもげて大切な仲間が死んだんですよ。復讐されても文句は言えないでしょう」

 

 反論できなかった為か、アイズはその場にしゃがみ込んだ。

 多少、殴られる事は覚悟していたが命を失ったことに対する者としては軽いと本人も気付いた為だ。

 謝って住む事ではないし、被害者は今も言葉に不自由しながら懸命に生きようと必死だと聞いている。

 

「……本当に首がもげたの?」

「現場に居合わせたので真実です。神を連れてきてもらってもいいですよ」

(相当な自信があるということは本当なのね)

「チンコうんぬんの話しが出ましたが……」

「……良く平気でそういう単語言えるわね」

 

 チンコではなく性器だったはずなのにどうして言い直したのか、と疑問を抱く。

 潔癖なエルフでお馴染みのレフィーヤは顔を赤くして反論しようとしたが何も言えなかった。

 絶えず人体の損壊風景を見てきたヘイズは歳若い見た目に関わらず精神がとても図太くなってしまった。それゆえに大抵の事では動じない。

 

「そうですね~。この剣で性器をぶっ刺して非処女になってみますか? 処女神の【ファミリア】に改宗(コンバージョン)したい人には辛い罰となりましょう」

「……うっ」

 

 聞いているアイズも十六のお年頃故に思わず下腹部に手を当てた。

 何にしても痛い思いをするのは確定のようで身体が震えてくる。しかし、ここで穏便に済ませるのは罰とは呼べないのもまた事実だ。

 

(……怪我は魔法で治るとしても酷い方法ね)

(やってみたい残酷な方法。……私の想像力ではこの辺りでしょうか?)

 

 大きなおっぱい限定で乳房を抉り取るのもあるがアイズの胸は大きすぎず小さすぎず、面白みに欠ける。と、ヘイズは少し残念な思いを抱く。

 拷問が好きなわけではない。どうせ治るのだからどこまで痛めつけられるか興味が無いわけではない。嗜虐の意味ではないけれど――他派閥が相手なら遠慮はいらない。といっても女神フレイヤに怒られない程度に治めなければならないけれど。

 軽く息を吐いてアイズに向かって一足の後、剣を振るう。身構えようとしする彼女に動くなと小声ではあったが強めに命令する。するとアイズは咄嗟に身体を急停止させた。

 剣を振り抜くまで僅か一瞬。頬をかすめつつ鼻を深く切り裂きながら顔を横断する。この時、眼球をあえて避けた。

 

「……んっ!?」

 

 呻くと痛みが強まり、鼻から大量に血が噴き出た。

 手を見るまでも無く大量の出血にアイズは混乱しつつ鼻を押さえた。

 致命傷を避けられた結果にヘイズは納得し、何度か頷いた。

 

「その綺麗な顔に一生の傷を残すのも罰になりますが……。世の中には便利なアイテムがあるから大した損害にはならないんですよね~」

 

 怪我の度合いとしては小さいが出血量が意外と多い。ヘイズも鼻血が中々止まらなくて困った時期があった。

 防具を血に染めつつ目に涙を浮かべるアイズを見て、軽く微笑したものの愉悦に浸るほどではない。あくまでヘイズを楽しませる為の罰ではない。

 はを全部折るという案も無くは無いが、後々報復されることを思うと迂闊に調子に乗れない。

 彼女達の主神ロキであれば人知れず眷族の一人や二人社会的に消す事も可能だろう。

 

「ほらほら手を退けて下さい~。痛いのは百も承知ですが、私も仕事として請け負う以上妥協できないんですよね~」

 

 泣きながら鼻から手を離したのを確認し、即座にまた剣を振るう。今度は鼻そのものを削ぎ落した。

 最初の痛みが酷すぎて何が起きたのか分からなかった。だが、目の前が少し広くなった事だけは分かった。

 地面に落ちた鼻をヘイズは拾い、声を失っているレフィーヤ達が見ている前で遠くに投げ捨てた。――実際はフリで鼻の代わりに小石を投げた。

 

「ぎゃああっ!」

「なんてことを!」

 

 アイズの代わり叫んだのは外野の二人だった。すぐに駆け出してどこに行ってしまった。

 鼻を失ったアイズは鏡が無くとも顔から血が噴き出る様子を見て意識が少し遠のきかけた。

 何か言おうとしても呻き声だけ。

 アイズだけが残り、ヘイズは掌に乗る鼻を眺めた。生物から切り取っただけあり、少し動いているように見えた。

 

治療師(ヒーラー)として私は色んなものを見て来ました。もうこれくらいでは動揺のか……。それとも感覚が麻痺しているのか)

 

 身体を震わせて朦朧としているアイズの姿が酷く無様で苛つかせる。

 美貌の剣士として持てはやされた【剣姫】の哀れな姿はとても英雄とは程遠い。しかし、それは無理からぬことだとヘイズも分かっている。

 どんな英雄も等しく良い面と悪い面があるものだ。

 自分が理想とする英雄はきっと痛みを知らない化け物に違いない。そう思いながらアイズの鼻の在った場所に剣を突き刺す。あまり深すぎると死ぬ可能性があるので僅かに剣先が沈む程度だ。

 痛い痛いと小さく呟くように言いづけ、段々と言葉が消えていく。

 やり過ぎなのは自覚している。だが、嫉妬はそう簡単には消せない。

 剣を引き抜き仰向けに倒し、鼻目掛けで何度も殴りつけた。朦朧としているので何の抵抗もしてこない。それゆえに虚しい攻撃になっていた。

 完全に意識を失ったのを見て、彼女の鼻を傷口に乗せて回復魔法を唱えた。

 貧血は想定内だが、その程度で彼女にとって罰になるかは分からない。

 【フレイヤ・ファミリア】では四肢の損壊は日常茶判事だ。自分達の眷族であれば鍛錬の一つとして処理されてしまう程度のもの。

 本当に命を捧げる事が罰に匹敵するのではないか、と。

 

          

 

 結局のところヘイズのやったことは自身の憂さ晴らしだ。それでは罰にならない。

 かといって被害者に対する謝罪にしてもエルフ側はせいぜい怒りに任せて殴るか、剣を突き刺すかしかしないだろう。許しは論外として。

 命にかかわる怪我に対して同じような怪我が等価と言える。

 

(失神している今ならあちこち刺せそう。本当に股間を突き刺してみようか。……さすがにフレイヤ様に叱られるか)

 

 丸坊主にしても魔法で治せたりするので却下。――見た目は面白いかもしれないけれど、後々自分も丸坊主にされそう。

 治療魔法によって顔が元に戻ったアイズを見ていると少し苛つきが戻ってきたような気がした。なので鼻は削がずに大きな傷跡を付ける事にした。意識が無い状態なので抵抗も叫び声も無かった。

 あまりに傷が深いと脳を傷つける恐れがある。そうなればいくら魔法でも完全に癒せず障害が残る可能が出てきてしまう。

 作った傷は低級の回復薬(ポーション)で癒しておく。そうすることで怪我だけ治り傷跡がしっかりと残った状態に出来る。

 

(【剣姫】を実験台にした私はきっと酷い死に方をしそうです。串刺しとか……性器破壊とか……下半身を喪失とか……)

 

 念のために自動回復の魔法を自身に掛けておく。そうすることで戻ってきたアナキティ達の奇襲に対処しておく。

 軽く呼吸を整え、飛び出していったアナキティ達の帰りを待ちながら精神統一する。

 レベル6の【剣姫】を倒した。しかし、条件付けの勝利なので卑怯ともいえる。本来の目的は別にあるし無効で良いと判断する。――真っ当な勝負ならまず勝てない。それはヘイズ自身が一番理解していた。

 

(エルフへの謝罪は根気強くやってもらいましょうか。私なら許しません。その場でパンツくらい脱がせるかも……。ん~、日頃の疲れが出ているのでしょうか。発想が物騒なものしか出てこない)

 

 怪我をさせたらきちんと癒す。それは場合によってはやってはいけない時もあるだが身体が既に自動化されたように行動してしまう。治っていないと落ち着かないというか。

 だからどんなに残酷な状態にしようとも元に戻せる自身がある方法しか取れない。そこが自分の中では甘いと思われる部分だ。相手が憎くとも自分は治療師(ヒーラー)だと自覚させられてしまう。

 

(腐敗が始まった手遅れの状態でもない限り治してしまいそうなんですよね~)

 

 それにヘイズは自身が火炙りの刑に処されても完全復活する自信があった。さすがに衣服は対象外だが。

 喉を潰されるか、精神力(マインド)が枯渇した状態にされるかでもしないかぎり戦える。ただし、心臓を撃ち抜かれたことがないので、その時どうなるかは分からない。

 ある程度回復が見込めたところで意気消沈したアナキティ達が戻ってきた。大方、血の付いた小石を見つけられなかったか、騙されたことに気付いたか。

 猫人(キャットピープル)の嗅覚をもってすれば捜索はそれほど困難にならない筈だが慌てていて気付かなかった可能性も無くはない。

 

          

 

 アイズの鼻自体は元に戻っていたが顔に大きな傷跡が出来ていた事で喜んでいいのか悲しんでいいのか混乱の極みに陥ったアナキティ達をしばらく眺めた。

 傷が出来た程度で大騒ぎするなんて、と思うものの世間一般の常識言えば無理からぬことかもしれない。

 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】では日々の暮らし方がまるで違う。多少の常識の齟齬もあるかもしれない。

 

「ヘイズ・ベルベット。こんなことをするのが目的だったの?」

「条件が整っただけですよ。……拷問じみた事は謝っておきますが……。レベル6ともなると私も早々に手が出せませんからね」

 

 女性の鼻を削ぐという行為自体が彼女達にとって忌避される事なのは理解した。もちろん、ヘイズ自身も残酷な事は百も承知だ。あと、ちゃんと治した事も確認してほしかった。

 大量に血を失っているので栄養をしっかり摂らせるように言っておいた。アナキティ達は不満タラタラの様子だったが素直に聞き入ってくれた。

 

「フレイヤ様から【剣姫】を八つ裂きにしろとは言われていません。罰を与えろとも……。けれど、今のままでは【剣姫】は目に見えて衰弱するでしょう。それを危惧されたから私が派遣されたのです。方法は問わない、という条件で」

 

 正しくは方法は任せるわ、だ。

 ヘイズにとっては久しぶり休日気分で調子に乗っていたところもある。それでも仕事としての意識は忘れていない。

 神の視点で【剣姫】が危ういと判断されたのだから、それを是正するのが眷族の務め。

 滅私奉公の気持ちで臨んでいる。

 

「私が被害者なら鼻を削いだ程度じゃ許しませんけどね」

「……それにしても酷すぎますよ」

 

 意識のないアイズの顔に包帯を巻くレフィーヤがヘイズを睨みつける。

 手法は確かに褒められたものではない。かといって無傷の綺麗なままで相手に臨めるかと言えば否である。

 言葉による謝罪で殺人を許すほどお人好しの冒険者が居るなら見てみたいものだと言葉には出さずに思うだけにした。

 

(私のうっかりで友達を死なせてごめんねって言って許せるのか? 余程の悪党なら言いそうだが……)

 

 【剣姫】は優しい人物だ。甘えとも取れるが。

 そんな人物が今、魂が傷つくほど疲弊している。時が経つごとに傷は広がり、やがて戦えなくなる。本当に戦えなくなるかは分からないけれど。

 少なくともフレイヤはそれでは困ると思っている。

 

「……ああ、それと私の事を許す必要はありませんよ。元々敵対派閥の眷族同士ですし」

 

 そう言いながら剣を一閃させ、意識のないアイズの右肩から肘の中間地点を一太刀で斬断する。

 唐突な凶行にアナキティ達は悲鳴を上げるだけで何も出来なかった。

 すること全てが残酷極まりない。こんな眷族は『闇派閥(イヴィルス)』の団員以外に見た事が無い。

 驚きで身動きが取れない二人を他所に血が噴き出ている様子を全く気にせず落ちた腕を拾上げた。

 切断面に水筒の水を振りかけた後、【ディアンケヒト・ファミリア】に依頼していた薬液を振りかける。本体の方はレフィーヤに包帯で包むように指示した。

 

          

 

 右腕の方も薬液を振りかけた後、丁寧に包帯で包んでいく。切断さればかリだからか、少し動いていたがヘイズは特に悪戯せずに扱った。

 それから包帯はすぐに赤く染まったが止血し易い位置を狙ったのでしっかりと処置をすれば失血死を免れると淡々と説明した。

 

「この腕を持って相手に誠心誠意謝罪すればいいのではないかと」

 

 それ以上はアイズの意識が戻ってから話し合いを再開しましょう、と(ほが)らかに言った。

 どんな方法を取ろうと最後には無かった事になる。そうであればどこに誠心誠意があるというのか、とヘイズは疑問を覚える。

 方法があるからこそ言える愚痴だが。

 

「このままだと腐敗が始まるのでは?」

「必要な時まで【戦場の聖女(デア・セイント)】に預かってもらってください。私の名前を出せば察してくれますよ」

 

 レフィーヤが心配するのも理解できるが仕事として請け負った以上はきちんとこなす。相手がどんなに嫌いな存在だとしても。

 怒りを燻らせるアナキティはヘイズに対して殺意を抱くが冒険者として【ロキ・ファミリア】の団員として武器を持つ手を緩めなければならない事は頭では理解していた。それでも許せない事がある。だから――

 

 ヘイズ・ベルベットの顔面へ渾身の力で蹴りを見舞った。

 

 骨が折れる様な異音が側に居たレフィーヤの耳に聞こえた。

 唐突に攻撃されたヘイズは地面に何度か打ち付けられつつ転がっていき、自身に掛けた自動回復が発動したのか、攻撃を受けた個所に金色の魔法円(マジック・サークル)が現われる。

 彼女が持っていた手荷物は――運よく処置の為に地面に下ろされたまま――無事だった。

 自動回復の様子を見てアナキティは思わず舌打ちし、そのまま駆け出した。

 

(……厄介な魔法ね、全く。それでも痛みまでは無くせないでしょう)

 

 猛然と襲い来る猫人(キャツピープル)に対し、ただの人間(ヒューマン)の少女にはなすすべが無い。たとえ同じレベル4だとしても。

 【ステイタス】の細かな数値の上でヘイズが上回っていたとしても無防備を晒した瞬間を狙われてしまえば呆気なく終わってしまう。しかし、それでもヘイズはただ者ではなかった。

 【ファミリア】の『洗礼』に毎日揉まれていた彼女にとって不意打ち程度では気持ちは折れない。かといってダメージまで無効化は出来ないが。

 戦意を振る立て、首を強引に戻してアナキティを見据える。

 

(……脳震盪? 掛け値なしで蹴ってきたってことですね。……ちょっと目が霞んでますよ)

 

 回復が作用している筈なのに頭は酷く揺れていた。怪我は治っても衝撃はまだ治まっていないということになる。

 抵抗しようにも武器は地面に置きっ放し。確か荷物の近くに、という所まで制限時間が来てアナキティに対処する為に思考を切り替えざるを得なくなった。

 

「がああぁぁ!」

 

 獰猛な雄叫びと共にアナキティが突貫する。

 頭が揺れて迎撃体制に移れないヘイズは強烈な蹴りを脇腹に受け、吹き飛んでいく。更に追撃とばかりにしなやかに飛ぶ猫人(キャツピープル)

 自動回復できる相手だからと容赦ない猛攻に対し、ヘイズは呻く事しかできない。

 

(……後衛潰し共が……。調子に乗るなぁぁ!)

 

 胃の内容物と血をぶち撒けながら闘争心を燃やす。生きてさえいれば起死回生が出来るとはいえ呼吸が出来なければ意識を保てない。

 怒りに身を任せたアナキティは刀剣類を使わず肉弾戦のみで打撃していく。

 アイズの鼻を削いだところから容赦は必要なしと判断。だが、更に利き腕を落とした事で理性の(たが)が外れてしまった。

 大樹を背にする形で追い詰められたヘイズを殴りつけると後頭部がぶつかり、反動で戻るところを拳で追撃する。

 顔と腹を順番に殴打され、自動回復するとしても意識を何度も失いかける。

 反撃もろくに出来ない相手に対し、怒り心頭のアナキティはお構いなしに仕掛けていく。

 

「でぃやあぁぁ!」

「……うぐぅ……」

 

 鼻血を吹く彼女(ヘイズ)の鼻の穴に指を突っ込み、威勢よく()えたのちに真上に向かって腕を振り上げる。すると肉が裂ける嫌な音を奏でるのと同時に呻き声も聞こえてきた。

 手に肉片が絡みついたまま握り拳を作り、大きく振り被って強烈な一撃をヘイズの顔面に見舞う。

 

          

 

 茫然自失となって戦闘を見守っていたレフィーヤはアイズの右腕を荷物にしまい込んでから駆け出した。早く止めなければヘイズが死んでしまう。そんな予感がしたからこそ身体が勝手に動いた。だが――一歩遅かったとも思った。

 いかに自動的に回復できる能力を有していようと許容量を超えるダメージを受けてしまえば意味が無くなる。

 彼女達の下にたどり着いた時は全てが遅かった。

 魔法の効果時間は既に切れていたのか、血塗れになったヘイズの回復する兆しが一向に確認できない。

 『自動治癒(オート・ヒール)』とて時間制限がある。彼女がその魔法をかけてからアナキティ達と合流するまで結構な時間を消費していた。――だが、だからといってその程度で持続時間が切れるものだろうか。

 実際は意識が朦朧としたまま連続戦闘に入り、完全に気を失っただけでまだ間に合う、という事もある。ならば――

 

「アキさん! もうやめて下さい。死んでしまいます」

「フゥ~! フゥ~! フゥ~!」

 

 体毛を逆立て興奮状態のアナキティを羽交い絞めするように拘束するが止めきれない。

 真面目な仲間だと思っていた女性がここまで怒りを表すところをレフィーヤはあまり知らない。特に自制が効かないほどの怒りは記憶に無いほど。

 それと地面に座り込むように倒れているヘイズはもはや生きているとは思えない姿に変わり果てていた。

 様々な荒事を経験してきたレフィーヤですら目をそむけたくなる惨状とでも言えばいいのか。

 血塗れなのは遠くからでも分かっていた。

 片目が飛び出し、顔の中央から額にかけて皮を剥がれたような状態で今も血が噴き出ている。早く止血なり応急手当てをしなければ助からないのではないかと思わせる。

 意識が既に無いにも関わらず胸は動いており、手足も――微かにだが――動いていた。

 慌てて荷物を確認すると何も持っていない事に気付いて、元居た場所に戻ろうとしたがアナキティはまだ怒りに震えていた。

 

「ヘイズさんを殺してはいけません。この方は誰も殺していないのですから。お願いです。私の話しを……、声を聞いて下さい」

(……レフィーヤ・ウィリディスの……声が……。私が死ぬ? ……ああ、魔法の効果が強制的に……、急いで唱えなきゃ……。口が動かない?)

 

 意識まだ残っていたが身体の自由が利かない。

 ヘイズは思い通りに行かない現状に苛つきを覚える。死ぬような目には何度も遭ってきた。その度に復活してきた。それが今回こそは終わりだとでもいうのか、と疑問を抱く。

 顔は熱を帯びたように熱い。視界は何故かきかない。頭が激しく痛い。思考が乱れる。

 フレイヤの(めい)を受けたのに不履行になるのは我慢できない。敬愛する女神の為ならば命すら捧げられるというのに――

 ヘイズの心の火は未だに消えていないのに身体は全く言う事を聞かない。それがまた腹立たしい。――背中に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】が焼けるように熱を発した。

 女神フレイヤが立ちなさいと命令しているかのように。

 なけなしの気力を総動員し、詠唱に意識を傾ける。

 

「……【アース・グルヴェイグ】

 

 最初の一撃目で意識が朦朧としなければ同じレベル帯に負ける要素は()()無い。

 身体中が発光し、治癒の効果が出始めたが殴られ過ぎたせいでまだ本調子になれない。立っているだけで意識がまた消えそうだった。そこに猛獣の拳が叩き込まれた。どうやらレフィーヤが荷物を取りに行った一瞬をついたものだった。

 そのお陰か、アナキティの拳に今も握り締められている鼻の残骸が近寄ったお陰で癒着しようと発光する。

 唐突に腕が引っ張られたことで少し混乱したアナキティの腕を手探りでヘイズは掴み、見えないながらもひねり上げる。

 

「……このクソ猫が……。傷ついた程度で逆上しやがって……」

「シャアァァ!」

 

 獣人種特有の『獣化』のような凶暴な一面を見せる。

 ヘイズの顔面の修復がある程度済んだところで視界が良くなってきた。それでも尋常ではない痛みのせいで涙が勝手に出てくる。飛び出した眼球が僅かに渇きを感じたせいかもしれない。

 怒りはヘイズも感じているがアナキティほどではない。思考はとても冷静だ。

 ()()()()()()()腹が立つ他派閥の団員の相手をさせられている事を再認識しただけ。

 

(帰っても役に立たない団長(オッタル)の尻ぬぐいが待っているというのに……。こんなところで寝ている暇は私には無い)

 

 という怒りもまたいつも感じている。

 仲間が傷ついた程度で理性が保てないなど片腹痛い思いだ。ヘイズはだいぶ回復してきた己の状態を冷静に分析しつつ反撃の機会を窺う。正直、黙ってやられるほど人間が出来ていない。

 さっと周りに顔を向けると慌てたレフィーヤが荷物を持って駆け寄ってくるところだった。

 

(……このクソ猫の尻穴に突っ込めるものは何かないかな~。こいつの尻尾かな? ウンコまみれにした後で口に捻じ込むのもいいな)

 

 覚醒したばかりのせいか、発想が下品なのは致し方ない。それだけヘイズも怒り心頭なのだ。彼女は無抵抗主義ではなく報復する時はする。

 暴れるアナキティの尻尾を見つけて乱暴に毟り取り、彼女が叫ぶ前に放り投げる。すると駆け寄ってきたレフィーヤは目の前に落下してきた黒い毛並みの尻尾を思い切り踏んでしまい、前のめりに倒れ込む。

 持っていた手荷物は放物線を描きヘイズの下に飛んできたので無事に受け止める。

 

「ギャアっ!」

「うわっ!?」

(ウンコ踏んで転ぶ子供みたい)

 

 上手くいった事に対してヘイズは僅かながら微笑んだ。――荷物は脇に置いた。

 対するアナキティは激痛と喪失感でのた打ち回っていた。その間、ヘイズは投げ捨てた尻尾を取り向かった。だが、どうにもまっすぐ歩けない。血を流し過ぎたせいか、とぼんやり思い――

 

          

 

 暖かな花畑の中でヘイズは目を覚まし、すぐに走馬灯かもしくは死後の世界かと思った。

 思考がぼんやりしているし、目に見える風景は現実離れてしている。意識を失った時にたまに見るものなのは理解した。

 ならば無理に歩き回っても仕方が無い。寝転んで目覚めの時を待つだけ。そうでなければ――手遅れになってしまった時だけだ。

 

「まだ逝くことを私は許していないわ」

 

 聞き覚えのある声。それは間違いなく主神フレイヤものもの。

 咄嗟に飛び起きたい衝動も一瞬で拡散し、身体は怠惰を求める。おそらく体力をかなり失ってしまった。

 怪我は治るが失った血は簡単には戻らない。仮に目覚めてもすぐに意識障害に陥る。

 何度も瀕死の重傷者を見てきた勘がそう言っていた。

 

(……あのクソ猫、しこたま殴りやがって……。どんだけ血が流れたんだ? 臨死体験みたい)

 

 異常な脱力感も身体が死に向かっている為だと思われる。

 ここから脱出するには自分を呼ぶ声などが必要だが怪我の度合いがよく分からない。顔を殴られていたところから頭の打ちどころが悪かったのだと推測できるが、逆上した猛獣の攻撃で死地に追いやられるとは想定外だった。

 慌てても仕方が無い。無理に足掻くと余計死に近づく恐れがある。今は大人しく体力回復に努める。

 

(……フレイヤ様の声はきっと幻聴だ。弱い私の作り出した妄想……)

「そう思うのも仕方ないわ。恐らくだけど、存在が希薄になった事で私の声が届く安くなったのではなくて? つまり早く目覚めないと本当に死んでしまうわ。少し無理をして声掛けしているんだから……」

(幻聴じゃない? ……本当に死にかけているんだ、私……)

「こういう時はどうすればいいのかしら? 土下座? 姿が見えないのよね? ……えと、じゃあ……戻ってきたら一日添い寝してあげるわ」

(はい! 何とか頑張ってみます!)

 

 元気よく思ったものの声は発せなかった。だが、生きる気力が生まれた、というか強まったお陰で景色に大きな(ひび)が入った。

 自分を鼓舞すると共に声だけのフレイヤからも応援の愛の手が聞こえてきた。

 必要としている女神の声があればヘイズは何度も立ち上がれる。

 たかが貧血。目覚めたらすぐに苦を食おうと強く強く思ったところで意識が暗転した。

 

          

 

 気が付いた時はどこかの施設の寝台に寝かされていた。

 うっすらと記憶の奥底から次に自分が何をしなければならないのか忘れないうちに声に出す。

 今の自分に必要なもの――

 

「肉を食べさせてください!」

 

 元気よく声を出した途端に意識が少し遠退きかけた。まだ身体の血は少ないままだった事を思い出す。

 過度な活動を控えつつ小声で回復魔法を唱えておく。

 声に気付いてやってきたのはエルフのレフィーヤ・ウィリディスだった。

 敵対派閥だったが構わず食べ物を要望しておく。戦いは後回しだ。

 まずは水を一杯飲んでから出された食事手を付ける。本当ならすぐにでも手を伸ばしたいところだが戻す可能性かあるので少しずつ口に入れる。慌てても身体に栄養が行き渡るわけではないので。

 少し落ち着いたところでレフィーヤから事情を聞くと昏倒してから三日以上も過ぎており、既にダンジョンからも脱出していた。そして、今は『摩天楼(バベル)』の診療所に入院中とのことだった。

 

「重体が三人、元気なのは私一人。その状態でダンジョンから出るの大変だったんですよ」

「四人中三人が重体ということはレフィーヤ・ウィリディスが三人も担いだということですか?」

「そんなわけないじゃないですか。アキさんが痛みをこらえて担いでくれたんですよ」

「……あのクソ猫が?」

「……治療師(ヒーラー)なのに口が悪いですね。丁寧に喋る方だと思ってたのに……」

「敵ならクソってつけるだけです。……それで……他の人達は別の病室ですか?」

 

 そう尋ねるとレフィーヤは苦笑を滲ませ、口ごもる。

 ヘイズは個室を与えられたようだが他の患者や担当医の声は聞こえてこない。偶々(たまたま)空いているのか、それとも防音設備が備わっているのか。

 答えにくい事なら、と別の事を尋ねた。主にアイズの右腕とアナキティの尻尾だ。

 そちらは既に【ディアンケヒト・ファミリア】に届けてあるという。それを聞いてヘイズは――自分の事は今は置いといて――忘れ物は無さそうだと思った。

 過酷な『洗礼』を受けていた時でも食事を摂っていた。それを三日も疎かにしていたせいか、身体にあまり力が入らない。その間の排泄はどうしていたのか今更になって気になってきた。

 貧血気味で頭がよく回っていないのか、思考が時々断裂したように続かなくなることがある。経緯や事情も大切だが今はとにかく食事だ。震える腕に気付いたのはその時だった。

 寝起き間もない身体は介護を必要としているらしい、と自分で判断し担当医に頭を下げておく。

 いくら【フレイヤ・ファミリア】だからといって全てに対して横柄で接するわけにはいかない。品位ある行動も取らなければ女神フレイヤの為にも【ファミリア(自分達)】の為にもならない。

 

          

 

 一日目は成すがままに暮らし、二日目は精神的にも肉体的にもだいぶ回復してきたので改めてレフィーヤからダンジョンからの帰還について尋ねた。

 彼女が見舞いに来るのは腕と尻尾の再生の為だというのは気づいていた。ご機嫌取りのつもりか、それとも放っておけないという単純な理由からか。

 アイズは早い内に意識を取り戻し、自身の腕が無い事に最初はかなり動揺していた。一度は接合された腕がどうしてまた、と。

 大泣きする彼女を宥めた後、アナキティの尻尾が無い事で更に大騒ぎする事になった。

 ひと騒動の後、ヘイズと殺し合いになったことを簡単にだが説明し、止めを刺すのか一応連れて帰るのかで話し合いが(おこな)われた。

 

(……普通に考えて他派閥の私をその場で処分した方が話しが早そうですね)

 

 自分ならそう考える。そして、大きな問題に発展していく。

 下位の団員同士の争いごとではあるが『迷宮都市(オラリオ)』にとっては【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の抗争勃発か、と騒ぎになる可能性が少なからずある。ヘイズにとってもそこまでの規模は望んでいない。

 アイズは取り乱していたもののヘイズ側に就いた。当初からその立ち位置が変わっていない事に少し安心した。

 (くだん)のアイズは早速、切断された腕を持って被害者である【疾風】に謝りに行っているという。その後の経過は分からないがすんなり許してくれるとは思っていない。――自分ならそうするからだ。

 

「……ヘイズさんはどうしてそんなに残酷なことが出来るんですか?」

 

 少し意識が飛びかけていたところに質問が来た。

 まだ本調子ではないためか、長く起きていられない。怪我は魔法で治せるとしても失ったもの()の再生は時間がかかるらしい。

 

「身命を賭して戦い続けられるか、道半ばで諦めるか。その線引きをしているだけですよ。私がやらなくてもダンジョンやモンスターは容赦なんかしません。こちらは()()()()()()で加減している……」

「……確かに。誰も死んではいませんが……」

(ヘイズさんは頭部の損傷に加えて心臓の負担が大きすぎて機能不全……。そのせいで浅い眠りを繰り返している。絶対安静が必要な人に質問攻めする私もどうかしている)

 

 ごく短時間なら会話してもいいと許可を得たが必要に駆られて問い詰めてしまう。

 アイズとアナキティの他にリヴェリア・リヨス・アールヴの治療も頼みたいのが彼女の本音だった。

 その為に団長フィン・ディムナからも見舞いの許可を得ている。

 【フレイヤ・ファミリア】からも長期入院の許可が出た。これは女神フレイヤの命令でもあるので無理に連れ帰る事は出来ない。その代わり、少しの距離なら移動してもいい、という条件でケガ人を広い場所に集め、魔法を数回程度なら使ってもいいと主治医の許可を得た。――そのせいで診療所近くに【フレイヤ・ファミリア】のけが人の姿を見かけるようになってしまった。

 医者の見立てではヘイズは最低でも全治一か月。本人も思ったが意外と重傷なことに驚いた。そして、アナキティへの殺意に似た怒りが湧き、その影響からか肉体が活性化され回復が早まった事で医者を驚かせたとか。

 

          

 

 ヘイズが長期入院している頃、利き腕を()()失ってしまったアイズ・ヴァレンシュタインは目の前に転がる己の右腕を眺めていた。

 適切な処置を施されたそれは長期的に腐敗を防いでくれると聞いている。それにとって被害者への謝罪も長期に臨めるということだ。

 片方の腕が無い。それだけで体幹が崩れ、動きがぎこちなくなる。その補正をするのも鍛錬の一部だと己に言い聞かせる。

 【疾風】ことリュー・リオンの下に向かって来たアイズが目の前に切断された腕を置いたので――それと同時に隻腕の姿になった【剣姫】にも――驚いた。

 まだ上手く喋れないエルフのリューは呻く事しか出来ない。精神的なものなのか、怪我自体は殆ど完治している、とは言われている。

 

「……私の不注意で、貴女を、アリーゼを死なせた。ごめんなさい。命以外で差し出せるものはこれしか、浮かばなかった」

(……私が死んだ……。あの時の攻撃は【剣姫】の武器が飛んできたから……。事情は聞いていましたが……、謝罪に来られるとは……。その為に腕を……)

 

 リューは喋れたとしても何を言えばいいのか分からないくらい混乱した。

 当日ならば怒ったかもしれない。今は精神的に落ち着いていて冷静な判断が出来るようになった。その上でアイズの謝罪を受けているわけだが、どうすればお互い納得するのか分からないし、良案が浮かばない。

 黙っているとアイズが両膝を屈し、より平身低頭の姿勢で謝罪してくる。本当に悪いと思って色々と謝り方を考えてきたのは理解した。

 

(アリーゼの最期は……私の責任か……それとも剣を飛ばした【剣姫】のせいか。私がそうであったようにあの(破天荒な)アリーゼも目の前の惨状に平気でいられたわけがなかった……)

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団長シャクティ・ヴァルマからは心が死んだ、という表現を聞かされた。

 もし、自分だったら――そう考えると腑に落ちる。

 自らの意志は既に無く、止む無くの凶行だった筈だ。原因はどうであれ――アイズは深く反省している。最初に出会った頃と比べれば驚くべき進歩と言える。

 一日目は気が動転していたが二日目も同じように謝罪に訪れた。おそらく許しを得るまで続けるのだろうと。そうしないと【剣姫】という少女は儚く壊れてしまう。アリーゼ・ローヴェルのように。

 もし、喋れたら立ちなさい、と叱咤している所だ。相手からの返事が無い、というのは不安を募らせる。もちろん、こちらから何も言えないのもまた辛いのだが。

 それよりもエルフのリューは同族以外に触れられる相手が殆どいない。本当なら肩や頭に触れて慰めるところなのだが、それがどうしてもできなかった。

 相手がベル・クラネルであればおそらく触れられる。それを考えると【剣姫】に申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

          

 

 リューの舌は味覚を感じ取れるが麻痺したように上手く動かせない。それによって魔法を唱える事が出来なくなった。同じような理由で王族(ハイエルフ)のリヴェリアも診療所に通い、検査を受けているという情報を得ている。

 運動においてリヴェリアの方が(まさ)っているがレベル6にしてエルフの代表者の陥落は他人事とは思えなかった。

 呑気に入院生活をしている場合ではない、と頭では分かっているのに身体は思うように動いてくれない。それでもだいぶ改善してきた。

 言葉は発せないが筆談なら問題ない。何度か応援の文言を無礼と思いつつ送ったことがある。当のリヴェリアからも返事が来た。それだけで生きる気力が湧いてくるようでお互いの調子は僅かずつではあるが快方に向かっていた。

 その最中にアイズが謝罪に訪れた。片腕を失いながら。いや、自分で落としたのか、落とさせたのか。それはリューには分からないが尋常ではない覚悟をもってやってきたのは理解した。それと後で気付いたが顔に傷が出来ていた。

 

(普通に考えれば腕一本程度で許せとは随分と嘗められたものだ、とか言う場面か……。だが、あの【剣姫】が真摯に頭を下げている。……それを安易に許す事はアリーゼの死を冒涜する事になる、のか……)

 

 どの道、結果は変わらない。と、人は言うかもしれない。死を覚悟したからこそゴジョウノ・輝夜はアイズに討ち取られた。それに対する怒りは無い。

 リューがアリーゼの最期は酷く絶望していたような気がする。シャクティから聞いたように心が死んだ、としか思えないような状態に陥った。

 彼女の本来の最期はモンスターとして討ち取られる事だった筈だ。それをリューは素直に受け取れなかったが――

 

(……アリーゼ。天界に居るであろう貴女から見て何か良い案を出していただけませんか?)

 

 そう空に向かって問えばいつもの快活な彼女の声が聞こえそう。

 もし、仮にそれがあり得たならば、きっとこう即座に言ってのけるだろう。

 

 ムリね!

 

 と、憎たらしいほど溌剌とした笑顔で(のたま)う姿が容易に浮かぶ。

 偶然飛んでいった剣がリオンの心臓を見事に撃ち抜くとは【剣姫】ちゃんも想定していなかった筈よ、と補足も交えて。

 細かな説明を一言一句覚えているわけではないが、確かと過去の説明を思い出す。

 剣を握った利き腕を地面に叩きつけて魔法で吹き飛ばした、と。

 それだと剣だけを意図的に投擲した事にはならない。飛んできたのは剣だけなのは現場検証した【ガネーシャ・ファミリア】が把握している筈だから。

 偶発的な事故だとしてもアイズが悪い事は明らかだ。罪の意識をもって謝罪に来る姿勢も受け取らなければならない。だが、気持ちの中では怒りと悲しみが鬩ぎ合っていた。

 結果論から言えばアイズも悪いしリューも悪い。最善の結果が出せない自分達の無能さを恨めと【フレイヤ・ファミリア】辺りなら言われそうだ。

 リューは地面に置かれているアイズの利き腕を拾い上げた。普通に人に触れる事よりは忌避感が無い為か。それを自分が与えられている病室に持ち帰る事にした。

 何度も持ってこられても困るし、途中で投げ捨てられるかもしれない。であれば一時的にせよ預かった方が無難だ。

 アイズは何か言いたそうな様子だったが何も言わずに立ち去った。

 明日もまた来るだろうと見当をつけ、リューは彼女の姿が見えなくなるまで見送った。

 病室に持ち帰った腕を台に乗せて観察する。肌の露出が無いほど徹底的に包帯に包まれおり、身動き一つしない。

 念のために筆談にて担当医に【ディアンケヒト・ファミリア】の【戦場の聖女(デア・セイント)】を呼ぶように依頼した。おそらくただ包帯に(くる)んだわけではなく、かの【ファミリア】に処置を依頼したはずだ、と。

 

          

 

 二日目の謝罪に訪れたアイズは被害者(リュー)から何の言葉も貰えなかった。元より喋れない事は聞いていたので分かっていたが――何となく残念な気持ちになる。

 利き腕を失った事は悲しいが持ち去られるとは思わなかったし、返せとも言えなかった。

 全て自分が悪い。もう二度と戻らないと思うとダンジョンに潜る気力が減衰してくる。

 自分にはやらなければならない目的があった。それを諦める事など出来ないし、絶対にやり遂げなければならない。そう強い信念を持っていたのだが――

 目的の喪失。希望の喪失。今の自分の気持ちを言葉で表す事は難しいが大きな何かを失ったのは理解した。

 右側に傾きかける身体を修正しつつ本拠(ホーム)に戻る。

 通りすがる団員が近づくたびに驚いたり怖がったりする。その様子にアイズは少しだけ疑問を抱いた。

 怪我をしたのはすでに周知されている。ではなにがそんなに彼らを怖がらせるのか。

 談話室に向かうとレフィーヤを始めとした見慣れた団員達の姿に【ロキ・ファミリア】に帰ってきたという時間が持てる。残念ながらリヴェリアはまだ入院生活を続けている。

 

「……日に日に怖い顔になっているわよ。被害者とか言うエルフに何か言われたの?」

 

 いつも団長に付きまとっている女戦士(アマゾネス)のティオネ・ヒリュテが訝し気に尋ねてきた。

 鏡を見ていないので今、自分がどんな表情なのか分からないが皆が怖がる表情らしい。

 確かに顔の中央に目立った傷跡があるけれど、それ以外はいつも通りだと自分では思っていた。

 

「怒った顔というより表情が無くなった、が正しいかもね。人間味のある顔から遠ざかってきているわよ」

「……そう? ……よく分からない」

 

 空いている席に座り、特に何をするでもなく辺りを見渡す。

 謝罪に出かけることを決めてから元気をなくし続ける金髪金眼の少女剣士に団員達は扱いに困っていた。団長や幹部、幹部候補でもない者は近づく事を躊躇うほど。

 ずっと塞ぎ込んでいるよりマシではあるが今のままでは彼女の身体、というより心が持たない気がした。かといって何か出来る訳もなく。

 謝れば許される、そんな簡単な事ではない。フィンからも長期戦になるから温かく見守るように、と各団員に通達されている。

 そこにエルフのお姉さんと呼び声高い【純潔の園(エルリーフ)】アリシア・フォレストライトが近寄った。

 

「同胞の人は何か言ってた? ……あ、喋れないんだったわね」

「特に何も……。それと腕を持って行かれた」

「……それを素直に見ていたの?」

 

 アリシアの言葉にアイズは無感情に頷いた。

 顔から表情が消え、いずれ何も言わなくなるのでは、と誰もが危惧していた。それでも自分達に出来る事などたかが知れる。

 場合によっては同胞の人である【疾風】の下に行って取り返してきてあげる、と言うと今はいいと素っ気無く言われた。

 だいぶ心が疲弊している。それは誰の目にも明らかだ。

 

(アキは尻尾を失って部屋に引きこもっているし、アイズは段々白化しているように見えるし……。ヘイズ・ベルベットは半殺しに遭った後は大人しくしているという事だったけれど……。誰もが疲れ切っているわね)

 

 アナキティは絶対に部屋から出ないわけではなく元気をなくしているだけで食事時は――腰を押さえながら――きちんと姿を見せる。乱暴に尻尾を毟り取られた為に腰をかなり痛めており、更に人を一人背負ってダンジョンから帰還した後、医者からしばらく安静にするように通達を受けていた。

 腰に負担を掛けつつ移動する姿が延々と血尿を垂れ流しているように見えたらしく、事情を知らない冒険者から揶揄される一幕があったとか。

 獣人からすれば尻尾が無いというのは結構目立つ事らしい。エルフが耳を失うのと一緒だとか。

 素っ気無いアイズをアリシアは優しく声をかけ宥めた。

 リヴェリアからは事前にお前に任せる、とだけ伝えられていた。

 

          

 

 【ロキ・ファミリア】の中で元気なのは狼人(ウェアウルフ)の少年ベート・ローガと女戦士(アマゾネス)の少女ティオナ・ヒリュテと人間(ヒューマン)の少年ラウル・ノールドくらい。

 上位冒険者を除けばほぼお通夜のような有様(ありさま)だ。主神のロキも頭を悩ませている。

 そんな中、眷族達が晩御飯を食べ終え、それぞれ就寝するまで自分の時間を満喫し始めている頃、何を思ったのかアイズはアナキティの部屋に押し入り、無言無表情のままベッドに横になっていた彼女を見つめた。

 何の表情も表さないので見ようによっては睨みつけているとも取れる。

 

「何の用? まさかヘイズ・ベルベットを半殺しにした事?」

 

 腰骨を少し痛めているので動きが鈍いが下位の冒険者程度なら迎撃できる。さすがにアイズ相手にはもう叶わない。――だから、少しだけ覚悟した。

 雰囲気からも彼女は何かに怒っている。それが伝わってきた。

 

「……そう、なのかな? ……うん。私は怒ってる、みたい……」

「黙って怒られるのは気持ち悪いから説明してくれるとありがたいわ。……この通り尻尾が無くて激痛で満足に動けないのよ」

 

 正しくはそんな状態で二〇階層も流血しながら踏破した為に危険水域に突入した。もう少し帰りが遅ければ下半身不随もおかしくないと強めに叱られた。

 今は回復薬(ポーション)や何人かの治療師(ヒーラー)のお陰で最悪は脱している。

 仰向けで眠ることは出来ず、胸を圧迫するようなうつ伏せや横に傾けながら安眠を模索している。

 

「アキも罰を受けたいんだよね?」

「は? 罰なら絶賛受けている最中よ。……なに、ヘイズ・ベルベットに頭を下げに行けって?」

「ベル。……アキはベルにまだ謝ってない」

 

 ぶっきらぼうなアナキティの言葉にアイズは頭を左右に振る。

 ベルの名を聞いた時、彼女(アナキティ)は何のことか一瞬分からなかった。だが、少し経ってから理解した。

 ダンジョンで唐突に彼に殴りかかった事だ。確かに当初はそれに対する謝罪を考えていた。

 ヘイズ・ベルベットの所業の酷さですっかり頭から抜け落ちていた。

 

「今は無理よ。見てわかるでしょう? 腰を痛めているし、無理をすれば……」

「大丈夫。万能薬(エリクサー)を持ってきた」

(……この子怖いんだけど……)

 

 今のアイズは手段を選ばない危険な存在にしか見えない。

 たまに強引になる事はあるが今はより危険な方に舵を切っている気がする。その証拠にベッドに近づいてうつ伏せで寝ている彼女に近づいて布団を剥ぎ取り、寝間着のズボンをずり下ろそうとした。

 尻尾の部分は化膿防止の薬液をしみこませたシップを張り付け、その上で包帯が巻かれている。あまりに乱暴に毟り取られた為に傷跡が大きく、出血を押さえる為の処置に数時間を擁した。――つまり見ず知らずの相手に長時間尻を見せる事になった。

 そして今、尻を丸出しにされて顔を赤らめる。下半身がまだ痛いので逃げる事も困難を極めた。

 

ギャッ! 痛たたっ! ちょ、ちょっとアイズっ! やめなさい

 

 まず動きを止める為か、腰目掛けて踵落としを叩き込み、動きを制限してから包帯を剥ぎ取った。

 尻の上の方は赤い溶液を塗られた為か、血塗れのように見えるが血は垂れていなかった。――アイズが蹴りつけるまでは。

 穴のように見える尻尾の傷跡に万能薬(エリクサー)を注ぐ。

 

「ばっ! 傷口を塞いだら尻尾が……」

「付ける時にまた斬ればいい」

「斬られる私は困るのよ!」

 

 文句を言いつつも痛みが引いていくのが分かった。だが、液体を臀部に振りかけられているので傍目にはおしっこを漏らした状態に見えなくもない。

 自然乾燥で目立たなくなることを祈るばかりだ。

 治療院で万能薬(エリクサー)を使わなかった理由は傷口が完全に塞がってしまう事と在庫がそもそも無かった。急患用の備品に欠品が偶々(たまたま)あった為に。

 不運というのは続くものだ、とアナキティは半ば諦めの境地だった。

 濡れたズボンは下着と共に脱いでしまい、大きくため息をつきつつベッドに腰かける体勢になった。下半身に何も身に着けていない状態だが女同士という理由で放置した。

 年齢的にアイズより年上のアナキティは我儘な妹分にいつも振り回されてばかり。今回の事も大筋では自分に責任があるのだけれど――

 

「治ったから今から行けとか言うんじゃないでしょうね?」

「……早い方がいい。後悔してからじゃ遅い」

(随分強引ね。精神状態がそれだけ不安定って事かしら? ……ちょっと待って。謝罪じゃなくて罰を受けに行けってこと?)

 

 謝るのは構わないけれど罰は何なのか。

 アイズのように命に係わるような事であれば理解も出来るがアナキティはベルに対して腕をもいだとか物騒な案件は無かった筈だ。彼の仲間を殺してもいないし。

 

          

 

 一人で悩んでも答えは出ない。

 アイズにそれとなく尋ねてみた。すると首を傾げられた。

 ――何も考えていないか、自分が罰を受けたから貴女もどうぞって意味なのか。

 これがヘイズであれば理解できなくはないが――

 全く表情に変化のないアイズはある意味怖い。容赦がないところから何で腹を立てるか分からない。利き腕が無い事でいきなり剣で斬りかかってくることが無いだけマシなのか、と。

 

「……ベルに対して確かに謝るだけで罰はそれほど必要ない……。うん、私と違う」

「分かってくれたのなら……」

 

 と、ほっと一安心するアナキティの横っ面をアイズの回し蹴りが強襲する。

 手加減抜きの一撃にベッドから飛んで壁に顔からぶち当たる。

 意識が飛びそうになりながら何が起きたのか。

 

「ベルを襲った事で団員が何人か死ぬことになった。……仕方が無い事かもしれないけれどアキがすべきは謝罪と罰を受けること。……違う。うん、違う。私から戦う理由を奪おうとした。許せない……」

 

 アイズの身体から魔力の波動が迸り、辺りに風が吹き荒れる。

 一人で悶々と失った腕を見つめている内に言い知れない怒りが溜まっていった。それを発散するすべが分からなくなった。それゆえに理由を見つけて発散する事になってしまった。

 本音ではベルも仲間もどうでもいい。アナキティが邪魔さえしなければ対象はヘイズになっていた。それを横取りした結果が現在の形だ。

 ロキが見たらこう表現するに違いない。

 

 情緒不安定。

 

 元々復讐心に駆られていた幼子だった。成長するにつれて穏やかな精神状態になってきたと思われていたのに今回の事で振出しに戻ってしまった。

 それでも仲間意識があるだけマシともいえる。

 

「謝れ」

 

 鼻血を吹いて身体を震わせるアナキティの後頭部を左手だけで掴み持ち上げる。

 レベル4のアナキティをレベル6のアイズが翻弄する。

 体格差は同程度だが『(アビリティ)』などの差は歴然としていた。

 もはや制裁と変わらない所業だが彼女(アイズ)の精神はとても落ち着いていた。それくらい静かな怒りをため込んでいると言っても過言ではない。

 大きな物音で団長にも報告が言っている最中だが、一際大きな音が【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に響き渡る。

 慌てて駆け付けた団員達が目撃したのは椅子を粉砕するように顔面を床に打ち付けた半裸の女性の姿と――僅かな月明かりに浮かぶ返り血を浴びた冷徹な【剣姫】の姿。

 

うぅおぅ! 何があったの、アイズ!? アキ、死んでる!?」

 

 ティオナが駆け付け、現場の惨状に大いに驚いた。

 問い掛けに答えず、黙って突っ立っているアイズを下位の団員達は恐ろしいものを見るような目で怯えた。

 後から狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガも来たが、こちらは野次馬と化す団員達を追い払う事を優先した。

 

          

 

 アナキティは気絶し、手当てを受ける事になり、アイズは反抗する事無く団長のいる執務室に連行された。

 事情はよく分からなかったフィンはアイズを見据えたまま数分ほど黙った。

 本当ならば母親代わりのリヴェリアが拳骨を落としたり説教をするのだが、今はここに居ない。代わりにティオネが凄みを利かせていたが何の効果も無かった。

 

(【疾風】の件がここまで響いていたのか。確かに罪を向き合おうとする気持ちは大事だが……、やり過ぎな事は否めない。利き腕が無い事で自制心が壊れかけて……、もう壊れてしまった後なのかもしれない)

 

 謝罪の気持ちが悪い方に作用し、周りに悪影響が出始めている。それを解決するには時間しかない、と思っていたのだが少々見積もりが甘かったかな、とフィンは苦悩する。

 叱りつけても効果があるとは思えないので何も言えないでいる。

 同じような現象を他の団員で探すとアナキティかレフィーヤになる。それ以外は多少の恐慌こそあれ、みんな理性的だ。

 

「……君はこれからも【ロキ・ファミリア】で居てくれるのか?」

「? たぶん」

「今回の事で君を追放すると言ってもか?」

 

 普段通りの眼差しでアイズに詰問する。声を荒げたいわけではない。アイズが非人間的に変わる事を嘆いているだけだ。

 もし、追放を受け入れるつもりなら、それはそれで仕方が無いと――表面的には思う。

 

「みんなに迷惑をかけた。……そういう事なら……仕方が無い。私が……悪い。反論、出来ない」

 

 平坦な物言い。けれど、どことなく身体が震えている。

 何がしたいのか分からなくて怯える小さな女の子。そうフィンには見えて仕方が無い。

 親として抱きしめるのが良いのか、それとも厳しい言葉による叱責が良いのか。

 黙って見守って事態の悪化に戦々恐々とするのか。

 親指からの警告は来ない。ゆえに現状維持以外にフィンには選ぶ道が無い。

 

(籠の中の小鳥ではない。一度、彼女の好きなようにさせるのもいいか。ダンジョンに潜る以外でなら……)

 

 常にモンスターとの戦闘を望んできたアイズが変わろうと必死に足掻いている。

 方法はとても褒められたものではないが、抑圧が生んだ弊害ともいえなくはないし、無闇矢鱈と八つ当たりをしているわけでもない。

 ヘイズに唆されたのだとしても当人はまだ入院中だ。あの魔女を今一度呼びつけたとしても飄々と受け流されてしまう事は火を見るより明らか。それに――

 

 アイズは誰も殺していない。

 

 それは変わらぬ事実であり、例外も含まれている。

 アリーゼは言わば事故。避けられぬ運命だ、と言葉では言えるかもしれないが。

 意図したわけではない。

 

(大事なことはゴジョウノ・輝夜との戦いが含まれていない事だ。アイズは彼女の事を気にしていないというか、何故か罰の対象に入れていない)

 

 モンスターだから、というわけではないと思う。

 いや、モンスターだからこそなのか、と疑問を抱く。

 試しに興味本位で聞くが、と輝夜の事に触れてみた。

 

「……殺さないでいたらこっちが殺されていた。それに……正々堂々とした戦いだった、と思う。あの時はそれが正しいとっ、思った! モンスターだからじゃ……ないっ……」

 

 直接戦いを見たわけではないがアイズは利き腕を落とされた後、猛烈な悔しさを表した。モンスターにやられたとかではない。剣技に後れを取って敗北したと自身が認めてしまったからだ。

 アイズとて無敗ではない。何度も負けている。その上で激しい怒りをもって悔しがる姿は久方ぶりだった。

 成長して落ち着い佇まいになってきた彼女は未だに戦士であるとフィン達は思い出されてしまったものだ。

 

(それに僕達は普段の戦いにおいてアイズに制限を設けている。それを任意で外すほどなのだから相当なものだ)

 

 事前にリヴェリアにアイズの事を尋ねてみたら見守ってやれ、の一言が返ってきた。

 おそらくこの場に居ても静観の構えは変わらないだろう、と予想している。

 アイズは十六歳。もう大人として見るべきで保護者面は卒業しなければならないとは思っている。

 主神ロキも気の利いた助言一つ出せないまま。(むし)ろ、改宗(コンバージョン)しないか不安を抱いているくらいだ。

 ベル・クラネルに懸想していると言われた方がまだ気が楽なほどに。――今のところ冒険者として好感を(いだ)き、立ち位置的には弟子らしい。

 どんどん強くなる彼の将来を楽しみにしている。それはフィン達から見れば姉のようなものだった。――実際、彼より年上だ。

 

          

 

 アイズの処遇は実に難しい。まず他派閥に渡す事は論外である。例外があるにはあるのだが。

 自ら【ロキ・ファミリア】を見限って出ていかれても困る。

 第一級冒険者としての地盤を固め、幹部候補とまで言われている。そんな彼女が一時の怒りや暴走で全てを台無しにするのは認められない。

 凄惨な事件があった筈なのにアイズに下せるのは保留か謹慎くらいだ。これで横柄な態度であればもっと楽だっただろうと思うほどに。

 アナキティについても同様だ。こちらは様子見と言ったところに落ち着ける予定にした。

 もし、音を上げる様な軟弱者であれば休暇をくれてやる、と。

 異論があるかもしれないが一旦団員達を解散させた。

 翌朝、早起きの団員達が身支度を整えたり、食事の用意や自己鍛錬に励む頃、アイズは意識不明のままでいるアナキティの部屋に押し入った。

 現場では夜通しアリシア・フォレストライトが看病していた。

 

「な、なんですか、いきなり」

「アキを連れて行く」

 

 昨日の変わらぬ冷徹な雰囲気を纏わせたアイズはそれだけ言ってベッドに歩み寄る。

 いつもの彼女であれば暴力的な事をしない大人しい少女だった。それが僅か数日で人が変わったように変貌していてエルフのアリシアはとても悲しくなった。

 よくよく見れば返り血がそのまま。風呂に入らず自室でも一睡もしていなかったことが窺えた。おそらく精神状態はより悪い方に傾いている。

 そんな彼女に近づけば何をするか分からない。特に下位の団員では取り押さえるのも悪手となると悲しげな顔でアリシアは思い、黙って見ているしかなかった。

 襟首を掴まれたまま引きずられ、途中で衣服がボロボロになるところから追跡班を用意する事にした。

 何処まで連れて行くのか分からないが、道すがら地面との摩擦で尻か尻尾の後が傷ついたのか血が出てきて赤い線を作り始めた。目的と思われる場所にたどり着くまでアナキティが目覚める事は無かった。

 アイズの目的地は【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)である『竈火の館』だった。

 片腕なのでいちいちアナキティを離しては扉を開けたり戸をノックしたりした。そして、応対に出てきた者にアナキティを預けて帰宅の途に就いた。――それらを茫然と追跡班は見つめ、アイズの姿が見えなくなったところで『竈火の館』に向かった。目的は衣服や回復薬(ポーション)を渡す為だ。

 

「……聞くのも怖いけど……、この猫人(キャットピープル)君を預かってもいいのかい?」

「……しばらくの間でいいんで。アイズが大人しくなるまで……」

 

 応対するヘスティアも尋常ではない雰囲気のアイズに言葉を失っていた。

 今の彼女に掛ける言葉は無いが、今すぐ解決するものではない事は理解した。

 それから、と言いおいてアナキティのもぎ取られた尻尾を入れた容器を渡す。

 

(……おおぅ。なんてものを渡してくるんだい)

 

 荷物を置いた後は何も言いたくない、とばかりに追跡班は撤収していった。

 押し付けられた気もするが、とりあえずアナキティの手当が先だと女性陣に指示を出した。――ベルもアイズの様子を見ていたが言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

 それからしばらくして医者を手配してアナキティの容態を見てもらったところ全治三か月と言い渡された。もちろん、万能薬(エリクサー)を使わなかった場合の算定だ。

 仮に怪我を治しても今の【剣姫】は『剣鬼』のような状態なのでまたボコボコにして送られてきそうな予感がした。

 しばらく預かる事には賛成するが【ロキ・ファミリア】で何が起きているのか、ベルを含めて不安が広がっていく。

 

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