υπηρχεω【完】   作:トラロック

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18 剣乙女の惨華

 【ヘスティア・ファミリア】に預けられたアナキティ・オータムはヤマト・(みこと)たち女性陣によって手厚い看病を受けていた。

 部屋数が多い本拠(ホーム)『竈火の館』の一室を急遽用意し、そこで面倒を見る事になった。

 尻尾部分に僅かな突起が出来ていたので仰向けでも寝られるように手拭いを厚めに当てた。

 

「この方の事の考えるのはやめましょう。【ロキ・ファミリア】も無理に取り返そうとは思っていないようですし」

 

 人助けとして首を突っ込むには相手が悪い過ぎる、と小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデが見舞いに来た団員に強めに警告する。

 様子見は交代で見るとして【ヘスティア・ファミリア】として今後の活動を考えなければならない。その筈だったのだが――

 

(大きな騒動が終わったばかりだというのに)

 

 見舞金を納めた後、ギルドから通達は来ていない。

 【フレイヤ・ファミリア】からも。

 現状、休暇とほぼ変わらない。

 『迷宮都市(オラリオ)』では毎日のように騒動が起きて死闘が繰り広げられるような場所ではない、断じて。とリリルカは付けたかった。

 アナキティを残して団員達は大広間に移動した。

 

「……ベル様。我々はどう行動すればいいですか?」

 

 単刀直入に聞いてみた。

 白髪の人間(ヒューマン)の少年ベル・クラネルは突然舞い込んできた難題に窮する以外に出来なかった。

 どの道、数日後には王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴが金髪金眼の少女アイズ・ヴァレンシュタインを伴ってやってくることになっている。そこで事情を聞いてみようと思う、と告げた。

 強引な手法に従う義理は無いし、アイズのお願いだとしても納得したわけではない。

 

「僕らが気にしても解決できるとは思えないから今は待つしかないかな。次の『強制任務(ミッション)』に向けて増強を図ったり……」

 

 看病する者を残してダンジョンに向かう方が精神的にも安定する。そうベルは思い、仲間達に普段通りに過ごすように告げた。

 【ヘスティア・ファミリア】の団長として少しずつ前に進む姿にヘスティアも目頭が熱くなるというものだ。

 彼が冒険者になって半年を超える。僅かな期間ではあるが随分と成長したな、と感慨深げに何度か頷いた。

 

          

 

 鍛冶師(スミス)で赤髪のヴェルフ・クロッゾは仲間達の武具の整備や新作の魔剣の制作を始め、残りは荷物の整理と買い物に明け暮れる。

 ダンジョンに臨む時はしっかりとした下準備をするのが彼らの日常である。

 乗りと勢いだけで向かう無謀な冒険者は【ヘスティア・ファミリア】には居ない。居ない筈だ。

 様々な騒動で忘れられていたがベルを除く仲間達の【ステイタス】を更新する。

 

(サポーター君が【ランクアップ】出来そうだけど春姫君はもう少しかな。……ベル君は相変わらず訳が分からない)

 

 異常な速度で成長するベルは今も変わらずとんでもない数値を叩き出していた。次の週にはレベル(ファイブ)になっていてもおかしくないほどに。

 先日まではリリルカ以外はダンジョンに潜っていないので残りのメンバーの上昇幅は微増である。それが本来は正しい在り方なのだが――

 神であるヘスティアすら最早扱いに困るほど、ベル・クラネルという少年は先を行き過ぎていた。

 見た目にはのんびりとした少年にしか見えない。

 仲間達が置いていかれている状況は好ましくないので、心を鬼にしてダンジョンアタックを指示する。――ベル以外。

 指導役が居ればいいのだがベルがダンジョンに向かうと『異常事態(イレギュラー)』ばかり起こるので彼を抜いたメンバーで頑張ってもらうしかない。

 

「よくよく考えればベル君以外は移籍組だよね」

「そうですね」

 

 『迷宮都市(オラリオ)』に来たばかりのヘスティアもよく理解していないが本来冒険者は世界の各地で有能な人材をスカウトしてからダンジョンに臨むらしい。

 唐突にオラリオに来てから冒険者を募るのは稀だとか。

 ここは冒険者がダンジョンに臨む街である。冒険者になりたい者がオラリオに来る事自体が間違っている。

 オラリオで冒険者になるのではなく、冒険者がオラリオにやってきて腰を据えるところだ。

 ヘスティアも軽い気持ちでオラリオに来たばっかりに苦労している。しかし、他の神々からすれば当たり前の事だった。

 ほぼ運だけでのし上がっているといっても過言ではない。そのやり方は本来、忌避されるべきもの。人類の悲願を達成するものとしては受け入れがたい甘さである。

 

(他の神に何と言われようとボクの【ファミリア】は止まらない。このまま行かせてもらおうか!)

 

 青い紐に支えられた大きな胸を張り、黒髪の女神ヘスティアは気合を入れた。

 次の日、休暇を得たというので竜人(ドラゴニュート)のアルフィア・ストラディが『竈火の館(ホーム)』にやってきた。

 身体を隠すような外套を纏っていたが中身は冒険者には似つかわしくない豪華なドレスだった。一応、戦闘衣(バトル・クロス)の一種である。

 

うち(フレイヤ・ファミリア)の下位の冒険者共と一緒に鍛錬に付き合わせてやろう、と思ってな」

 

 ベルは買い物に出掛けていたので対応したのは(みこと)だった。

 探索範囲は十階層ほど。充分開けたところで鍛錬する予定だと言った。ちなみに妹のメーテリアは本拠(ホーム)で留守番している。

 彼女の要望に団長の許可が要るといって一旦はお帰り願った。後から合流しても良い、とのことだったのでアルフィアは素直に帰っていった。

 

「【フレイヤ・ファミリア】の鍛錬はリリ達が死ぬような目に遭う予感しかしません」

「【ランクアップ】は確実に出来そうですね」

 

 狐人(ルナール)の少女サンジョウノ・春姫が苦笑しながら言った。

 戦闘職ではないにしても【ステイタス】を伸ばさないといけないことは理解していた。

 今後の探索はより過酷になる。辛いからやめる、という選択肢は選べない。

 ヘスティアとしてはベルを除いたメンバーが鍛錬する事に賛成ではある。ベルが参加すると彼の【ステイタス】は確実に爆上がりし、リリルカ達をより引き離してしまう。

 

猫人(キャットピープル)君の面倒の事もあるし、二人ずつ行けばいいんじゃないかな。ボクは反対しないぜ」

 

 ヘスティアはリリルカ達の帰りを持つ以外に出来るとすればアルバイトくらいだ。

 探索系の【ファミリア】の主神は根回し以外は自堕落な暮らしをする。それなりに忙しいのかもしれないがヘスティアには伺い知れない。

 生産系でも治安維持でもない。神自身が率先してできる事などたかが知れる。

 

(タケやミアハの子供(眷族)達に留守番を任せるのも気が引けるし)

 

 たまに【ヘファイストス・ファミリア】の団長である椿(つばき)・コルブランドが武器を作りに態々(わざわざ)来ることがある。本来、人様の鍛冶場を勝手に利用しないようだが彼女は大らかで気にしないらしく、来るたびにヴェルフと揉める。

 元々(ヴェルフ)は【ヘファイストス・ファミリア】の眷族――その前は【フォボス・ファミリア】――だった。

 リリルカの元鞘は【ソーマ・ファミリア】でごくたまに神ソーマが彼女の様子を窺いに――こっそり――来る。はた目には不審者にしか見えない。

 春姫は今は無き【イシュタル・ファミリア】で命は【タケミカヅチ・ファミリア】だった。こちらの主神(タケミカヅチ)は割りと頻繁に訪れて組手などの相手をしていく。

 なんだかんだで元の眷族を心配する神が居て、ヘスティアは彼らが愛されている事に胸が熱くなる。――女神イシュタルは送還済み。

 

          

 

 リリルカと春姫が地獄に落ちている間、ベルはダンジョン探索をせずにリュー・リオンとアイズ・ヴァレンシュタインの様子を窺った。

 特にアイズはオラリオの外周にある防壁の上で鍛錬しているのだが鬼気迫る顔つきで身体を動かしていた。

 唐突に自分の仲間を連れて来たと思えば鍛錬に勤しむ。彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。手合わせしてもらったことはあるが頻繁に会話する程の仲でもない。

 汗に濡れている彼女はとても色っぽいが今回は少しでも会話を引き出すためにやってきた。

 

(……そういえば剣を持っていない)

 

 右腕は無く、切断箇所は厳重な封印処理を施されたかのように特別な包帯に包まれていた。

 左手にはガントレットが装備されていた。彼女の愛剣(デスペレート)の姿はどこにも無い。

 早朝の訓練を見終わった後、挨拶すると普通に返事を返してくれた。毛嫌いされているわけではない事が分かり、まずは一安心する。

 ここに彼女を慕うエルフのレフィーヤ・ウィリディスが居れば絶対に近づけないところだ。

 

(……どうしよう。会話が進まない)

 

 憧れはあるものの当人(アイズ)を前にすると言葉が出なくなる。

 今日来たのは早く腕を治してもらいたいのとアナキティを連れて来た理由を聞く為だ。

 元々怖いところがある人だったが今回は異常だと分かるほど荒れていた。

 だが、いざ覚悟を決めても躊躇してしまう。レベル4なのに。

 

「……どうしたの?」

 

 無感情な(てい)で声をかけられた。

 表情が豊かな人ではないと分かっていても臆してしまう。

 改めて彼女を見つめると鼻の辺りに大きな傷跡が見えた。普段は綺麗な顔なので思わず息が詰まる。

 

「……腕、早く治さないと……」

「……今は、いい。……これでいい」

 

 分かっているのであればベルも二の句が告げない。

 本人が決めた事に部外者があれこれ言う権利はないし、ベルが言われても同じ対応をしたかもしれない。

 口数の少ない女性ではあるが言葉が通じない相手ではない。しかし、今の調子ではアナキティの事を尋ねても似たような返答が返ってきそうだ。

 本当なら一緒に鍛錬したい所だが今のアイズは鬼気迫る気配を漂わせている。己に重責を課した彼女の隣には立てない。

 一礼した後、リューの下に向かう。直接会う事はまだ難しいらしいので人伝で対話を試みる事にした。

 言葉に不自由していたと聞いていたが幾分か快方に向かい、運動も支障なくこなしているそうだ。

 冒険者にありがちの【ステイタス】にものを言わせた身体能力の成せる業かもしれないが常人であれば数か月は安静にしなければならないところだ。

 

衝立(ついたて)の向こうに居るのに随分と離れてしまった感じがする)

 

 距離的には数(メドル)も離れていない。こちらの声も聞こえている筈だ。エルフ特有の潔癖というわけでもない。

 口が上手く回らない姿を見せたくないし、聞かせたくない。という理由らしい。

 ここまで会話を拒むのは普段のリューを知るベルからすれば初めての経験だ。

 冒険に出る時は助けてもらったり助言をいつも貰っていたので。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんに恨みはなく、腕を治してもらっても構いません、と(おお)せです」

 

 世話係の人が伝言を伝えてきた。

 切断された腕は【ディアンケヒト・ファミリア】に預けてあるので頼めば対処してくれるはずだとも。

 リューからすれば突発的な事故なのは理解した。ゴジョウノ・輝夜の性格から考えれば決闘も止む無し。アリーゼに関しては嫌いなモンスターとなってしまった彼女を献身的に世話した事を鑑みれば恨む理由にはなり得ない、と。

 直接自分の口から言えない事が心残りである事も伝えてきた。

 

「分かりました」

 

 顔を見せないのは酷い怪我をしているわけではなく、みっともない自分を見せたくないだけである、と。

 筆談と伝令役を交えた対話だがリューは意外にも長く付き合ってくれた。

 入院してまだ日が浅い事もあり、来月辺りには顔を見せに行けるよう頑張ります、と締めくくられた。

 

          

 

 気掛かりだった二人の様子を見た後、アナキティの様子を聞いたり自己鍛錬に励んだりするうちにリヴェリア・リヨス・アールヴとの約束の日がやってきた。

 正確な日時は伝えられていなかったが連絡役(ラクタ)が先行して伝えてきたので準備を整える余裕が生まれた。

 約束どおりというかリヴェリアはアイズを伴ってやってきた。少々、込み入った事情でもあったのかアイズの頭にタンコブが出来ており、顔には明らかに殴られた青痣があった。いや、リヴェリアの見えている方の顔にも打撃痕が――

 

(……何があったんだろう)

 

 『竈火の館』に来たのは彼女達だけではなく、荷物持ちと思われる者が数人と簡素な服装だが腰に細剣(デスペレート)()いた人間(ヒューマン)の少女。

 少し遅れて【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド・テアサナーレが居た。

 まずは彼女達を大広間に案内する。

 挨拶をそれぞれ交わした後、男性陣というかベルとヴェルフを除く女性陣は別室に向かった。

 居間に取り残されたベルはリヴェリアが連れて来た団員から事情を聞く事になった。

 

「すみません、慌ただしくて。それとお部屋を貸していただき感謝します」

 

 まずは団長のベルに頭を下げ、続いて主神ヘスティアに感謝の意を伝える。

 用件は二人の怪我を治すこと。アナキティはついで。

 【ロキ・ファミリア】でやらなかったのは喧嘩が始まったからだ。原因はここしばらく精神が不安定だったアイズだ。

 傍観を決め込んでいたリヴェリアはベル達とダンジョンに向かうにあたって我儘なお姫様にそろそろ現実と向き合ってもらおうと思って有無を言わさずいきなり殴りかかったらしい。

 普段はやり返さない――やり返せない――アイズもこの時ばかりはやり返した。

 

「些細な親子喧嘩のような物ですよ。アイズは片腕。リヴェリア様は両腕ですからすぐに勝敗が決しました」

 

 軽く言われたが二人は共にレベル6だ。単なる殴り合いと本人たちが思っても下位の冒険者から見れば物凄い戦闘だったのでは、とベルは油汗が出る思いだった。

 勝者の言う事を聞く理論で怪我を治させることにした。その為にアミッドと先ほどの少女ヘイズ・ベルベットを伴った。

 仮に無事に腕が接合されても数日は動かせないから隻腕と大して変わらない、と言われた。

 ヘイズの魔法は広範囲に怪我人を癒すのでアナキティの尻尾や怪我が諸々治る可能性があると小声で伝えられた。

 何人か連れて来たのはそれぞれの怪我を治療する為の人員だという。

 

「……それで、今回の事をロキは何か言ったのかい?」

「な~んも知らん、だそうです」

「……自分の子供(眷族)達の事だろうに。ロキがそういう態度ならボクも同じ態度になるしかないね」

 

 両腕を広げて肩をすくめて見せると連訳役の団員は深く頭を下げた。

 見返りについて言及するつもりはないよ、と小声でヘスティアは言った。本音はこれ以上のトラブルは御免だ、という事だ。

 話しが一段落すると大広間の床に魔法円(マジック・サークル)が現われた。これがヘイズの魔法らしい。

 

(これって遮蔽物関係無しなのかい? 凄い眷族()が居たもんだ)

 

 攻撃魔法ではない、という事なのでベルにも魔法円(マジック・サークル)の中に入るように言っておく。治してもらえるなら今にうち、と女神(ヘスティア)は判断した。

 ベル・クラネルは少なからず連続的に戦闘に巻き込まれてきた。安物の回復薬(ポーション)では癒し切れない怪我も。向こうがついで、と言うなら乗っかるしかない。

 (まばゆ)い光りが部屋を照らし、数刻と経たずに()んだ。

 ヘスティアがベルに顔を向けると身体のあちこちから煙のような光りが立ち上っていた。

 ここしばらく鍛錬や低階層でモンスターと戦ってきた彼は大きな怪我はなかったが細かな傷が出来ていた。それらが今の魔法で解消されたようだ。

 

          

 

 治療を終えたアミッド達が居間に戻るとアイズだけ右腕を布巾で吊るす格好になっていた。これは長期間切断されたままになった事で腕に腐敗菌が僅かばかり発生した弊害だという。

 切断間もなく接合していればすぐに動かせるのだが期間が空くと激痛に(さいな)まれる。いくらアイズがレベル6でも安静にしなければならないとアミッドから強く厳命された上で今の格好になった。

 とにかく、無事に腕が接合出来てベルは安心した。――喧嘩の時に作ったと思われるタンコブと顔の青痣も無くなっていた。

 

「処置をしても完治に最低でも一週間は必要です。しばらく痛みと痺れがあると思いますが、指が動いている内は食器くらいなら持っても大丈夫な筈です」

「腐らないための薬品を塗布したんですから。彼女なら三日くらいで元通りだと思いますよ。あと、食事と鍛錬は必須です。リヴェリア様も肉をたくさん食べて下さいね」

 

 顔面を抉られたと言っていたリヴェリアは未だに顔の半分を薄絹(ヴェール)で覆っていた。

 ベルの前で詳細を言うつもりは無いのか、アミッドとヘイズは揃って会話を打ち切った。

 アナキティの方は尻尾は繋がったが引き続きベル達に預ける事になった。当人もしばらく【ロキ・ファミリア】に戻りたくないとか。というよりアイズと一緒に居たくないのでは、と思ったが言葉に出さなかった。

 

(……こんな状況でベル君とダンジョンに向かうのか~)

(……色々あり過ぎて声をかけづらい。アイズさんもリヴェリアさんも不機嫌なままだし……)

 

 怪我が治ったからといって不満が即刻解消されるわけではない。

 【ロキ・ファミリア】の事情なので首を突っ込むわけにはいかない、と頭では理解している。親子喧嘩と言っていたし、部外者のベルに出来る事は――なんだろうか、と思考を巡らせても解答にたどり着けない。

 リヴェリアは何度か顎に手を当てつつ咳払いをした。それから拙いながらも言葉を発する。

 

「……予定、通りダンジョン、向かう」

 

 前より聞き取りやすい声にベルは安心した。

 普段の音程に当人の顔も幾分か和らいだように見えた。

 リヴェリアはアイズとサポーターの団員一名。ベルはリリルカを伴いたかったが現在動けそうなのはヴェルフと命。その命はアナキティ――リリルカと春姫――の世話がある為、ヴェルフ一人だけとなる。

 二名で構わないかと尋ねると頷かれた。

 それとアイズの腰に愛剣(デスペレート)があった。無事に返してもらえたようで安心した。普段の装備をしている方がベルとしてもアイズらしいと思えて自然と嬉しくなった。顔は不満そうだが。

 

「サポーター、どうした?」

「先日、物凄い特訓を受けて寝込んでいます」

 

 どんな特訓だったのか聞けるような状態ではなかった。生きた心地がしなかった、というよりは何度か死にました、とか言っていた。

 春姫は真っ白に燃え尽きていた。

 深層に連れて行ったわけではないそうだが、今後も連れて行く予定らしく帰り際に逃げるなよ、とアルフィアに低めの声で動けなくなったリリルカ達に言われてしまいベルは萎縮した。

 どうやらやるからには徹底的に鍛える所存らしい。

 

「……あ~、私が居ないから復活できないんですよね~」

 

 のんびりとした口調でヘイズは言った。

 その言葉にベルではなくリヴェリアが驚いた。

 ヘイズは隠す事でもないのか、特訓の内容を簡単にだが説明した。

 普段の【フレイヤ・ファミリア】では眷族同士が殺し合いのような戦いを繰り広げ、動けなくなったら治癒魔法を受けて再度戦場に向かう事を繰り返す。

 さすがにリリルカ達にいきなり殺し合いはさせられないが、死ぬような目に遭わせる事は確実だとか。

 全身骨折しても万能薬(エリクサー)で無理矢理復活させるとか。

 

「それでも【ランクアップ】には至りません。彼らは偉業を成していないので。酷い鍛錬だとしても【ステイタス】の上昇が見込めない事はよくあります」

 

 無駄とは言いませんが、と添えながら。

 リリルカ達の【ステイタス】があまり増えないとなると絶望しそうだとベルは気の毒に思えた。

 冒険者の【ステイタス】はそう簡単には増えない。何年もかけて【ランクアップ】するもの。だが、ベルは短期間で強くなっているので従来の感覚から逸脱気味だ。

 死ぬような目に遭った程度で冒険者が強くなれるのであれば第二級、第一級冒険者の数はもっと多くなければならない。

 

「強い冒険者を殺せば【ランクアップ】する、みたいなことを言われたご経験はありますか?」

 

 ヘイズの言葉にベルは頷いた。

 強大なモンスターを倒せば【ランクアップ】するのか、と言われればしそうだが実際はそんな事は無い。もし、それが事実なら階層主を乱獲すればいい。

 下位の冒険者であれば可能性が無くもない、という程度だ。

 

「手っ取り早く強くなるのであればそれでも構わない所があります。ただし、今後の【ランクアップ】に悪影響を受ける恐れがあります」

「今後? それと悪影響というのは?」

「発現する『スキル』ですかね。殺しを経験した者はマイナススキルみたいな力と引き換えに何かを失う……。そういうのが出易い傾向にあります。かといって清廉潔白な者が頑張っても早々に次の段階には至れない。世の中は上手くできている、と言わざるを得ません」

 

 分かりやすいところだと暴走でしょうか、とヘイズは小さく呟いた。

 序盤の内は戦闘に役立つ技能(もの)が発現し、より高みへ至ろうとすれば無理を押しがち。

 過度な望みは身を滅ぼす。

 

(強くなりたいと望めば何かを引き換えにするくらいの気構えが必要ってことか。……僕はちゃんと強くなれているのかな?)

 

 憧れだけでここまで来た。そこに無理はなかったかと言われれば否だ。決して平坦な道のりではなく、過酷な戦闘の連続であった。

 一般の冒険者はそこまで酷くない。酒場でも笑顔が多かったところから『異常事態(イレギュラー)』が頻発する事自体、おかしい。

 

          

 

 気さくなヘイズはその後、軽く頭を下げた後、帰っていった。

 ベルからすれば初対面の相手だ。残ってる団員に聞くと治療師(ヒーラー)だと教えてくれた。

 何者であれ、多くの怪我人を癒す存在に感謝と敬意を胸に秘める。

 アナキティの怪我が治ったとしても命はリリルカ達の面倒を見る為に留守番するのは変わらなく、男二人で行くことになった。

 

「そうだ、ヴァレン何某君」

「……はい?」

 

 自分の名前をぞんざいに扱われている事にアイズは特に気にしていないようだ。

 そういう愛称だと追い込んでいる、というか刷り込まれてしまったと言うべきか。

 

「戻って来たらジャガ丸くんを食べさせてあげるよ。どんな味がいい? ベル君の稼ぎ次第だけど……」

(……無料ではないんですね)

(抹茶クリーム味。ピリ辛甘ダレ味。焼き塩……)

 

 苦笑するベルをよそにアイズの脳内は様々なジャガ丸くんで満たされた。そのせいか棘のあった顔つきから年齢相応の可愛らしさに――

 ベルは甘いものが苦手だがアイズは甘党というより新味に興味津々だ。食が細そうな印象を受けるが大体のものは食べる。

 調理に関してヘスティアは店頭販売している事もあり、事前に材料を用意すれば本拠(ホーム)で作る事も可能で、割りと人気がある。

 アイズはいくつか要望し、ヘスティアは任せておけよ、と元気よく返答した。

 当初はベルの好きな相手という事で敵視していたが店の常連ということもあり、それほど悪い娘ではない事も理解している。ベルの事に関わらなければ――

 機嫌を直したアイズにリヴェリアは呆れたものの元気が出たのならそれでいいと割り切ることにした。

 ベル達の準備が終わり次第ダンジョンに赴くのだが、リヴェリアは待っている間手鏡で自分の顔を確認する。

 

(……顎はある程度治ったようだが、まだ違和感があるな。ヘイズをもってしても完治には至らぬか)

 

 アイズの腕とて接合できたものの戦闘に支障なく、という程には至っていない。

 しっかりと食事を摂ってから何度か治療を受けない限り元の顔には戻らないと分かり、軽く嘆息する。

 最初の酷い顔に比べれば幾分かは人に見せられる、程にはなった筈だ、と。

 冒険者となったからには大きな怪我からは逃げられない。王族(ハイエルフ)だからとて無傷で済むわけがない。

 

(アイナにはまだ見せられないな。……エイナにはそろそろ見せられるか? 悲鳴を上げられると思って避けてしまったが……)

 

 リヴェリアには守るべきものが存在する。その者の為にここに居る。

 当初は鳥籠のような生活に飽き飽きし、外の世界を見る為に無理をおして里を飛び出した。それから数十年が過ぎてしまったが里では味わえないような波乱万丈な冒険者生活はとても充実していた。後悔は無いとは言い切れないが概ね満足している。

 心残りがあるとすれば従者としてついてきてくれた無二の親友でありエイナ・チュールの母アイナの存在だ。彼女は肺の大病を患い綺麗な空気に満たされた診療所で生活している。

 

(たかが怪我だ。病気ではない。……私はまだ喪っていない)

 

 強がりを言って本当に顔を失ったらエルフ達による阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がってしまう。それを思うと踏み出す脚が重くなる。

 ただのエルフであれば手足を失った程度で、と言われるのだろうが王族(ハイエルフ)となるとそうはいかない。本当に本気で世界中のエルフが悲しみに包まる。

 対等に接してくれるのはエルフ以外の種族で、今はそれがとても(とうと)く思う。

 

          

 

 全員の準備が終わった頃にダンジョンにいざ向かう段階でリヴェリアは追加要因を団員に告げ、そのまま歩き出した。

 オラリオの中央に(そび)える『摩天楼(バベル)』の地下にダンジョンへの入り口である大穴があり、下に向かう為の階段があるのだが、その(ふち)では多くの冒険者が準備を整えたり情報の交換をしていた。

 行く者が居れば帰る者も居る。中には探索に失敗して帰らぬ者となる。

 全員が無事に済むわけはなく、ダンジョンは常に悪辣で冒険者にとっての最大の敵といえる。そして、千年以上も踏破された事が無い。

 ベルも冒険者となって幾度も挑戦してきたが不安が拭えたことは一度もない。

 改めて各自が荷物の点検をしていると追加要因が現われた。

 一人は何度か顔を見た事がある黒髪の人間(ヒューマン)の男性ラウル・ノールド。もう一人は会うと大体殺意を向けてくる山吹色の長い髪のエルフの少女レフィーヤ・ウィリディス。

 二人はサポーター用の背負い袋(バックパック)を背負っていた。

 

「………」

 

 顔を見た瞬間からレフィーヤの身体全体から闇のような不穏な気配が醸し出す。側にリヴェリアが居る為に何も言ってこないけれど、それはそれで不安を煽られる気分になる。

 二人とは違う団員の背負い袋(バックパック)からリヴェリアは今回のダンジョンアタック用の装備を取り出し、身に着けていく。

 アイズは特に追加装備は無く、黙って佇んでいた。そのアイズの腕が治っている事にレフィーヤは物凄く喜んだ。

 リヴェリアは魔導士から拳闘士のような格好に変貌した。手には武骨な手甲(ガントレット)。足は狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガが身に着ける様な金属靴(メタル・ブーツ)。服装は上下とも身体の線が目立つような深緑色の戦闘衣(バトル・クロス)になっていた。――外套に包まれていたので元々着ていたと思われる。

 スカートではなく足元まで覆うズボンのみ。

 翡翠色の長い髪の毛は団員の手によって一つにまとめられた。

 肌の露出を嫌うエルフの服装としてはかなり大胆なものとなっている。

 短いスカートに剥き出しの脚でないだけマシと言えるが。

 

(り、リヴェリア様……。その格好で行かれるんですか!?)

 

 思わずレフィーヤは顔を隠した。特に下半身の大胆さに。

 せめて長いスカートを穿いてもらいたかった。

 ベルは彼女(リヴェリア)の長い脚につい見惚れ、同行しているヴェルフも言葉を失っていた。こちらはエルフにしては大きさの分かる胸の形に。――アイズは平然としていた。

 異論が多分にありそうな雰囲気に満ちたが言葉に出せた者は居らず、準備が整った王族(ハイエルフ)が歩き出すとベル達も黙ってついていく形になった。

 悠然とした佇まい。歩幅は決して広くない筈なのに早歩きのような気分にさせられる。

 通りすがる冒険者はリヴェリアの姿に固唾を飲み、エルフ達はどうしてか片膝をついて見送る。

 アルフィアも孤高の女王としての風格はあったがリヴェリアは神聖さが伴い薄暗いダンジョンの中においてさえ輝いて見える。

 背が高く背筋も真っ直ぐに伸びているのでベル達から見ても畏敬の念を覚える。

 臣下を引き連れるように第一階層に降り立つと雰囲気は神聖なものから殺伐としたダンジョン由来の気配に変わる。

 さっそくモンスターが現われるが有無を言わさずリヴェリアは拳で撃滅する。そこに容赦はなく、零れ落ちた魔石は踏み砕く。

 

(魔法を使わないリヴェリア様の戦いって初めて見るような……)

 

 戦闘中のリヴェリアは小鬼(ゴブリン)より背が高い為に打ち下ろすような戦い方になっていた。子供に折檻するような微笑ましさは無く、戦姫のごとく敵モンスターを撲殺していく。

 アイズも接合したばかりの右腕で殴りつけるものの想像以上の激痛に涙目となった。これはモンスターが硬いのではなく腕自体から痛みが発生した。すぐに蹲る彼女(アイズ)にレフィーヤが治療魔法を施す。

 ベル達は手伝うことなく淡々と彼女(リヴェリア)の後を追う形となった。

 単独戦闘は最初だけで大量のキラーアント戦にはアイズもベルも参加した。

 

(……ああ。やはり身体を動かすと煩わしさから解放されるな)

 

 少し汗をかきつつリヴェリアは口元を(ほころ)ばせた。先ほどから『並行詠唱』を試みているがある程度のところで口が回らず失敗していた。

 魔法や強力な回復薬(ポーション)をもってしても速攻の完治は無理――いや、無謀だったと判断する。

 相手に聞き取れる声が出せるようになっただけでもマシか、と。

 

「……すまない。私、我儘の為に……」

 

 息を整えつつリヴェリアは折角付いてきてくれたベル達に謝罪の言葉を掛ける。

 鍛冶師(スミス)のヴェルフだけであれば文句の一つも出るところだ。ラウル達も何か言いたそうにしているが今のところ口出しは無い。代わりにアイズが頻繁に呻くようになった。

 右腕が腫れ上がるような激痛に伴い発熱が確認された。顔を赤くし、苦悶する【剣姫】はそれでも戦闘を続けようと足掻く。

 腐敗菌を抑制したとはいえ無理な戦闘を続けていけば二度と剣が握れなくなる、とレフィーヤ達は警告したかったが言葉には出せなかった。自分達に出来るのは痛みを軽減させる事に務めるだけ。

 

          

 

 痛みに耐えるアイズに万能薬(エリクサー)を使わせて痛みを軽減しながら霧深い十階層までやってきた。

 戦闘の殆どはリヴェリアが担当し、討ち漏らしをベル達が担う形となった。

 たまに出るドロップアイテムはベル達に進呈される。

 上層域はベル達も手慣れたものだが手伝えることが無くて気まずかった。しかも刀剣類ではなく肉弾戦だ。それなりに戦えるようになったとはいえかける言葉が見つからない。

 

(……ベル・クラネルを供にすれば何かが起きるかと期待したが……。そう簡単にはいかないか)

 

 リヴェリアにはそれなりの打算があった。

 ダンジョン探索においてベルが高確率で『異常事態(イレギュラー)』を起こす。――故意にせよ、偶発にせよ。

 もどかしい日常に変化を付ける意味もあったが何も無ければそれはそれで構わないと思っていた。

 

(アイズはそろそろ限界か。さっさと怪我を治さないからそういうことに……)

 

 痛みをこらえる金髪金眼の少女の様子を眺めていると天然武器(ネイチャーウェポン)を持ったオークに思いきり頭を殴られる。しかし、それは()()()そうさせたものだ。

 助けが入らない距離でモンスターからの攻撃をあえて受ける。

 リヴェリアは常に誰かに守られてきた。今回は想定外の攻撃によって顔に大きな傷をつけられた。

 魔法を詠唱出来ない程の怪我をしたことが無かった王族(ハイエルフ)が無様な姿を晒す。それはそれでとても滑稽な事だと自虐的に思う。

 レベル6の『耐久(アビリティー)』を持つとはいえ無傷ではいられず、思いのほか衝撃が強くて片膝を地面に付き――いや、少し意識が飛んだ。

 

「うおぉ……」

 

 無理矢理自身を叱咤し、意識を保ちつつ唸りながら一歩強く前に出る。その勢いのまま渾身の力で拳を繰り出し、オークを殴り飛ばした。

 攻撃が当たった後、思わず吼えたのは気分が高揚した為だ。

 女性と言えど戦闘に携わる冒険者。その来歴は決して短いものではない。

 常に冷静沈着で物静かな王族(ハイエルフ)などではない。血生臭い世界に身をやつすリヴェリアという一人の冒険者である。

 多少の打撃をものともせず、相手の攻撃を受けから反撃する事を繰り返す。

 

「……はは」

 

 鼻血を吹きながらリヴェリアは嗤う。

 血の通った冒険者はこうでなくては、と。

 現れるモンスターを(ことごと)く撃滅。野蛮な行為が続くが意に返さず――

 気が付けばベル達が周りに集まっていた。どうやら粗方モンスターを倒し切ったらしい。戦いに夢中になっていて索敵が疎かになっていたようだ。

 心配するレフィーヤが治癒魔法をかけてきたが黙って受け入れた。

 顔に掛けてある薄絹(ヴェール)は血を吸って頬に張り付き視界不良に陥って意味をなさなくなっていた。

 

(……邪魔だな)

 

 モンスターの返り血なのか自分の血のものなのか、戦闘衣(バトル・クロス)の多くがどす黒く染まっていた。

 落ち着いてくると不快な匂いにも気が付く。だが、今はどうでもいいと彼女は判断した。

 痛みに耐えていたアイズも今は気力だけで動いているらしく、気迫のこもった顔つきになっていた。

 

(……痛い。痛い。……こんな腕なんて要らないって思うくらい痛い……)

 

 手当てを受けながら騙し騙し動かしていたが想像以上の激痛があった。腫れ上がってこそいないが内部が完全に腐っているのではないかと思えるほど。

 指は動く。だが、剣がもう握れない。それと腕から頭部にかけて熱い。炎で炙られているようだ。――アイズは熱に浮かされたように前に進む。

 治癒魔法で痛みを軽減出来てもすぐに再発してしまう。早めに診療所に向かって適切な処置をしてもらう方がいいとはレフィーヤ達も思っていた。リヴェリアも限界を感じたら帰っていいとは伝えていた。

 

(アイズにとって丁度いい極限状態だ。腕を犠牲にして前に進むか、未来を勝ち取るか。それらを決めるのもお前次第だ)

「……あっ」

 

 と、ここでベルが声を上げた。

 リヴェリアが彼に顔を向ける。レフィーヤ達も思わず同じように。

 アイズを除く全員の視線が集まって思わずベルは取り乱した。それから軽く咳払いして気持ちを落ち着ける。

 

「アイズさんの腕は接合したばかりで内部には()()()()()というのがあって、それが激痛の原因、なんですよね?」

「……ああ。治療師(ヒーラー)、言葉が正し、ければ。そうだな」

「腐る寸前の腕を無理矢理繋げたって意味っすね。切断した場合は出来る限り早い治療を受けるのが鉄則だとは俺も聞いたことがあるっす」

「大抵は傷口を焼きつぶして出血を押さえるからな。俺には接合についてよく分からねえ」

 

 周りを警戒しながらリヴェリアは腕組をして続きを促した。

 接合した後、長期間にわたって腐敗菌を除去する為に解毒の回復薬(ポーション)や専用の魔法でじっくり治す予定になっていた。何事も性急過ぎては身体に悪い、とはアミッドの見解である。

 

「つまりアイズさんの腕をまた切り落としてしまえば痛みが無くなる、とでも言うつもりですか?」

「ち、違いますよ。そう何度も出来る方法でもないでしょうし」

「当たり前です!」

 

 ムキになったレフィーヤに怒鳴られたが痛みの原因を除去する方法の一つとしてはありだと思ってしまった。

 帰りの事を考えると一旦切除する事も視野に入れるべきなのだろうけれど、ベルとしてはアイズを救いたい。いや、彼女(アイズ)だけではないけれど。

 ベルは神のナイフとは別の白い小刀を取り出し、それを見たヴェルフが思わず声を上げる。

 

 白幻(はくげん)

 

 刀身が三五(セルチ)ほどの輝白色のロングナイフ。素材は『ユニコーンの角』である。

 回復アイテムの素材になる貴重なものを武器として制作した。

 この武器の効果は刺した相手を解毒させる。ただし、痛みは与えるという用途不明の武器であった。――今までは。

 武器の説明を聞いてリヴェリアは眉根を寄せ、レフィーヤはこんな武器を作った鍛冶師(スミス)の常識を激しく疑った。ラウルは苦笑するのみ。

 散々な感想に対して制作者(ヴェルフ)はこめかみに怒りを滲ませるのみに抑えた。

 本人からすれば貴重なユニコーンの角で武器を作りたかっだけで、効果は二の次だった。それに切れ味は(すこぶ)る良いものだ。

 

「その武器でアイズさんを刺して解毒させようと……。バカなんですか?」

(……ですよね)

(早い内に解毒させねばならない事は分かっていたが……。何なんだ、その武器は)

「……言いたいことは分かるっすよ。……ん~」

 

 現場に唸り声が木霊(こだま)する。

 仮に刺して解毒できなかったら痛みを倍増させるだけに終わる。せめて実証実験くらいしてから提示してほしかったと誰もが思った。

 だが、ここに来てベルが意外なアイテムを持ち出した。これは偶然かとリヴェリアは戦慄する。――こんな『幸運』があるのか、と。

 期待が無かったわけではない。彼は()()を起こす要素を持ち合わせている。その正体までは看破できなかったが目の前にすると末恐ろしさを感じずにはいられない。

 

          

 

 効果について半信半疑の部分はあるが検証している余裕がアイズには無かった。

 熱に浮かされた彼女はベルから『白幻』を奪い取り、痛みの酷い部分に突き刺した。

 激痛の上に刺したものだから我慢できずに悲鳴を上げる。慌てたレフィーヤが彼女の腕の根元を布で強めに縛って大量出血を防ぐ。

 思わず男性陣も見つめてしまったがラウルがまず顔を逸らし、ヴェルフとベルもそれに(なら)った。

 リヴェリアの目から見て、傷口から白幻の刀身に毒素が移っていく様子が見えた。

 

(効果は発揮しているようだ。使い方は酷いが……)

 

 見た目に分かると言うのはありがたいと思い、最後まで見守った。

 刀身から毒素が移らなくなった事を確認した後、リヴェリアが白幻を引き抜いた。その後、手当てを指示する。

 刀身が吸い取った毒素はそのまま浄化された。

 

「どうだ? だいぶ、楽になったか?」

 

 試しに指を動かすと先ほどまでの激痛は治まっており、刺し傷の痛みは回復薬(ポーション)を受けている側から小さくなっていた。

 傷口が無くなった後は腕自体を動かしても気にならなくなった。

 応急処置だから包帯を念の為に巻かせ、戦闘は任意で参加するように通達する。それと男性陣にこっちを見ても良いと言っておいた。

 

「助か……。礼を言う」

 

 アイズに代わりリヴェリアはベルに頭を下げる。

 彼は恐縮したがアイズを救えたのなら満足ですと答えた。ただ、レフィーヤは納得できなかったようで、不満顔のまま謝意を述べる。助けてもらったのは事実だから。

 解毒できても熱までは収まらず、アイズは汗まみれとなり少し疲れを覚えているようだった。

 和やかな雰囲気になる暇もなく、次なるモンスターが現われる。

 少し気持ちが楽になったリヴェリアが率先して戦いに没入していく。

 前衛はほぼリヴェリア。ベル達はドロップアイテムやレアモンスターの捜索を優先させた。

 アイズは怪我から復帰したばかりで思うように動けなかったが無理しない範囲で付いていった。

 リヴェリアはモンスターの攻撃を受けながら戦っている為に十五階層に着た頃にはズタボロの姿に変わり果てた。

 アルミラージ達から多数の石斧(トマホーク)を受けたり、ヘルハウンドの炎を真っ向から浴びたり――

 レベル6の【ステイタス】でなければ何度死んでもおかしくない状態だった。

 

「……ぐっ」

 

 ミノタウロスの大剣を手で()なそうとした時、当たり所が悪かったらしく手首をひねってしまった。音から骨が折れた可能性がある。

 慣れない肉弾戦を続けているのだから身体が悲鳴を上げてもおかしくない。

 痛みに怯んだところ、モンスターは容赦なくリヴェリアの顔面に大剣を叩き込んできた。

 

「!?」

 

 切れはしなかったものの薄絹(ヴェール)が吹き飛び、鮮血が舞った。

 高貴な王族(ハイエルフ)は無様に地面に転がったが闘志を絶やすことなく、立ち上がる。

 自分では見えないが頬から鼻にかけて大きな裂傷を生み、止め処なく血が流れ落ちる。

 

(……疲労の蓄積で要らぬ怪我を負ってしまった。こんなに痛い思いをするのも久しぶりだ。……いや、そうではないな)

 

 モンスター相手に肉弾戦を挑むことは滅多にないが、ここまで長い時間費やしたのは記憶に無いほど。

 お陰でいい運動になった、とは言わない。これは良い経験になった、が正しい。そうリヴェリアは思い苦笑を滲ませる。

 籠の中で大事に育てられたままであれば決して知ることのできなかった世界――痛み。

 誰しもが(こうべ)を垂れて当たり前であった。だが、ダンジョンにはそんなものは存在しない。王族(ハイエルフ)も冒険者として扱われ、等しく洗礼を受ける。

 

「……度し難い。だが、それも許そう」

 

 ミノタウロスの胸に拳を打ち付ける。王族(ハイエルフ)の華奢な細腕から繰り出されたとは思えない殴打音と共にモンスターの苦悶の吐息が漏れる。相手がよろけたところに長い脚を――ほぼ垂直――上げ、そのまま(かかと)を敵の頭に叩き落とした。

 一呼吸の後に後ろ回し蹴りにてもう一体のミノタウロスを吹き飛ばす。

 

「……アイズさん。対抗意識を燃やさなくていいんですよ」

「……ん」

 

 リヴェリアの真似をしようとして脚を上げようとした所をレフィーヤに止められた。理由は彼女(アイズ)の服装が原因だ。脚を上げると下着が見えてしまうので。

 深緑の風の如くリヴェリアは戦い続けた。それはベルの深紅(ルベライト)の瞳から見ても【疾風】リュー・リオンとは違った美しさだった。

 背の高いエルフの女性で脚も長く、長い髪を振り乱しても無様には決して見えない。ただ、あまり見つめてしまうと近くに居るレフィーヤに殺気をぶつけられてしまう。

 しかし、流麗とは言い難く反撃を受けると容易に体勢を崩してしまう。

 太腿に強烈な打撃を受け、リヴェリアが何度目かになる尻もちをついた時、ベルは助太刀する事にした。もちろん、一言断ってから。

 疲労困憊の王族(ハイエルフ)はさすがに苦言は言わなかった。

 程なくモンスターを殲滅し終わった後、回復魔法や回復薬(ポーション)にてリヴェリアの怪我を癒す。

 最後にラウルが万能薬(エリクサー)を彼女の頭に景気よく振りかけた。

 

「無理のし過ぎです」

「……ああ。迷惑をかける」

 

 意気消沈気味のリヴェリアの顔の大部分の怪我が消えていく。

 ガントレットを外し、折れた手首には念の為に包帯を巻いていく。それはレフィーヤが(おこな)い、他の者には触らせなかった。

 アイズはリヴェリアが脚を高く上げた事に驚き、見惚れて金色の瞳を輝かせた。

 王族(ハイエルフ)としての振る舞いからははしたない行為ではあるが、戦闘によって興奮していた為か、どうしてそんなことをしようと思ったのか自身でも理解していなかった。

 後の戦いで太腿を痛めたので同じことが出来るとは思えない、とアイズに言った。正直、股関節が痛くなって帰りが辛いかもしれない、と心配になってきた。

 

          

 

 モンスターとの戦いは十五階層までにする事を決め、リヴェリアが休んでいる間は男性陣が戦いに明け暮れた。

 女性陣が一休みを終えた後はベル達に休息を命じ、戦闘を再開する。

 二〇階層以降であれば十倍以上の数が襲ってくるが、彼女(リヴェリア)はそこまで過酷な戦いをしようとは思っていないようだ。

 

(……万能薬(エリクサー)を使っても疲労が回復するわけではない。先ほどより身体が重くなった気がする)

 

 無茶苦茶な戦い方のせいで戦闘衣(バトル・クロス)もボロボロになっており、取り換えが必要な状態になっていた。

 アイズの要望に応える為ではないが、何度か脚を上げようとした。すると股関節が痛むので体勢が崩れてしまう。

 歳を考えたくないがエルフとしてはまだ若いままでいたかった。

 顔の傷跡については街中であれば要らぬ不安を抱かせない為に隠すところだが、ダンジョンの中であればベル達に見られても今は気にならない。それよりも顎の調子に問題が無い事に安心した。

 

「……あのエルフというかハイエルフと呼べばいいのか分からねえが……」

「リヴェリア様です。名前で呼んであげてください」

 

 ヴェルフの呟きにレフィーヤがすかさず意見を述べた。

 様付けかよ、と文句を言いつつもリヴェリアの無茶な戦い方に対して武器を渡した方がいいのか、意見を述べてみた。

 普段は杖を装備しているが剣を持てないわけではないし、持ってはいけない決まりはない。レフィーヤも小剣を腰に()いている。

 

「接近戦がお望みなのでしょう。距離を取ろうとしませんし」

 

 それとモンスターの攻撃をあえて受けているのは理解した。

 まるで自分の未熟さに罰を与えているような――

 そもそも一人で戦う事自体、ありえない。魔法を詠唱出来なくなった時に抱いた不安を払拭しようと足掻いているようにも見える。

 

「……ふう」

(……身体が重い。こんなに動かしたのは記憶に無いな)

 

 レベル6の『耐久(アビリティ)』をもってしても攻撃を受けると痛い。大怪我をするかしないかの違いかもしれない、と。

 全身くまなく打ち据えられ、回復薬(ポーション)などを受けていなかったら青痣に包まれていてもおかしくない。

 当初は無能と化した自分に出来る事は下位の冒険者の盾になること。それを想定した戦い方で始めた。今は純粋に、というか無心で戦闘を続けている。

 小難しい戦略抜きで。ただの一人の冒険者として。

 

「……次から次へと。いい加減顔を見飽きてきたぞ」

 

 痛みのお陰か、割りと口が回るようになってきたことにリヴェリアは気付かなかった。

 適度に攻撃を受けた事でまた流血しても構わず。相手の懐に猛然と突っ込んで拳を振り抜く。

 アイズ達の援護など頭から無く、たった一人で戦い続けた。もちろん、ベル達も黙って見ていたわけではなく適度に援護に回っていたが意に返さない奮闘ぶりに驚いた。

 純粋な戦士であれば『力』と『耐久』の数値が高いのだがリヴェリアは元々魔導士だ。前衛は得意ではない。誇れるのは『魔力』のみ。

 

(魔法が使えぬ私はこうやって不器用に振舞うしか……)

 

 大振りを避けられミノタウロスの頭にある角が胸に刺さり、痛みに顔を顰めさせつつ乱暴に引き離そうとして肉をごっそりと抉られる事態となった。

 心臓こそ守れたが戦闘衣(バトル・クロス)が大きく裂けてあわや乳房が露出する所だった。

 怪我の大きさからそんなことを気にしている余裕はないが左手で怪我を庇いつつ胸を押さえながらモンスターに睨みを利かせる。

 

「……この、痴れ者がっ!

 

 唇から頬にかけて出来た傷跡が裂けたが構わず吼えた。

 怒りに顔を歪ませつつ真下からミノタウロスの顎目掛けて蹴り上げた。そのせいで更に戦闘衣(バトル・クロス)が裂けたが気にする余裕も無く、モンスターに飛び掛かる。

 怒れる王族(ハイエルフ)はその後、五体のミノタウロスを文字通り血祭りに上げた後、胸の痛みと出血により意識が朦朧となり、その場に前のめりに倒れた。

 ベル達は彼女が倒れるまで呆気に取られていたが、戦闘が終わった事で我に返り急いで駆け寄ろうとした。――気が付いたレフィーヤが立ちはだかり、リヴェリアに近づけない。

 助けたい気持ちは理解しているが相手は王族(ハイエルフ)なので緊急だとしても容易に多種族を受け入れる事はエルフの矜持からも許せるものではなかった。

 あと、アイズは紐が結べない、という弱点があり包帯を巻かせることが出来なかった。

 

「リヴェリア様。帰りましょう」

 

 レフィーヤの言葉に唸り声をあげたがすぐに静かになった。

 身体の力を抜いて手当てを受けたところ諦めたのか、レフィーヤの言うとおりだと認めたのか。荒い呼吸を繰り返しつつも意識を保ち、疲れたと小さく呟いた。

 

          

 

 早めの止血が効いたのか、手当てが済む頃にはリヴェリアも穏やかな表情に戻り、魔法の詠唱を始めた。

 口元が裂けてはいるが発音に支障はなく、久方ぶりの治療魔法によって自身を癒すことが出来た。ついでとばかりにベル達に防御魔法を施す。

 使い慣れた魔法は淀みなく、自分のもう一つの手足のように扱えたことに喜びを感じた。

 

(……ベル・クラネル。彼が居なければ私はまた惨めな姿を晒していた。……私一人であれば難なくこなせるなどと……)

「ぐぶっ!?」

 

 礼を言おうと起き上がったところで頭頂部に強烈な踵落としをアイズに決められ、リヴェリアは鼻血を吹きながらあえなく昏倒した。――アイズは出来た、と満足そうに呟いた。

 疲労困憊の所に止めを刺された形となり、白目を剥いてしまった。

 手当てをしていたレフィーヤも何が起きたのか分からず、アイズとリヴェリアに視線を移しながら言葉を探す事となった。

 

「えっ!?」

「……おい」

「?」

(……えっと、何が起こったっすか?)

 

 ヴェルフを除いて大きく目蓋を開いて驚いた。

 戦闘が終わった筈なのにアイズはどうしてリヴェリアを攻撃したのか。ベルでなくても答えが知りたかった。

 下手人であるアイズは不敵な笑みを浮かべており、さすがにベルも今の彼女の様子はおかしいと思ったし、とても怖いと感じた。

 

「リヴェリアばっかりずるい。私も戦いたかった」

 

 口を尖らせて我儘を言う【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 不安定な精神状態であることは【ロキ・ファミリア】の中では知られていたがベルも何となくではあるが感じていた。今のアイズは近寄りがたい雰囲気を醸し出している、と。

 アナキティ・オータムのように追い打ちをかける事はないようだが、ダンジョンから帰還後の彼女はいつもと様子が違っていた。

 周りに視線を巡らせた後、アイズはモンスターを探しに行ってしまった。

 

(アイズさんも気になりますが、今はリヴェリア様の手当てが先決ですね)

 

 目立つ怪我を優先的に手当てしていくと全身の殆どが包帯に包まれる事態となった。

 レベルから考えればたかがミノタウロスなのだが、攻撃を受け過ぎている為に弱体化したかのような状態になっていた。

 ラウル達にリヴェリアを先に帰還させることを提言すればすぐに頷かれた。

 気絶している王族(ハイエルフ)を背負い、レフィーヤは気に食わない相手であるベル達に一応の例として頭を下げた後、地上に向かった。

 彼女達を見送った後、手持無沙汰になったラウルとベル達は互いに苦笑を交えながら今後の事を話し合う。

 

「アイズを一人残すわけには行かないっすから。気の済むまで付き合うしかないっすね」

「【九魔姫(ナイン・ヘル)】や【剣姫】といい。【ロキ・ファミリア】は大変だな」

(俺達も人様の事は言えねえけど……)

 

 僅かな一休みを挟み、新たに生み出されたモンスターと相対する。

 リヴェリアが居ない今、残っている理由は無く淡々と作業のようにモンスターを倒して魔石を回収する。

 ただ、ベルはダンジョンの様子がいつもと違う気がした。いつも色々な事が起きるので確証は無いのだが。

 

(数が多い? 強さは変わらないようだけど)

 

 疑問に思っている間、アイズは喜び勇んでモンスターを撃滅していた。

 見学時間が多いかったせいか、伸び伸びとしているようにしか見えない。先ほどまでリヴェリアが率先して戦っていたので不満があったのだろう。

 ベルより少し年上の少女は腰の剣を使わず、ガントレットの拳のみでしばらく戦い、討伐数が二〇を超えたあたりで細身の剣(デスペレート)を使い始めた。

 本来の戦い方に切り替えた瞬間に身体の速度が上がった。

 

吹き荒れろ(テンペスト)

(腕の痛みもだいぶ治まった。……ベルに感謝しなくちゃ。……)

 

 完治したわけではないし、痛みも無くなったわけではないが当初よりは動かしやすくなっている。

 安心する彼女の顔は少し上気していたが本人は全く気付いていない。実際は高熱に浮かされている状態なのだと――

 

          

 

 怒涛の勢いでモンスターを倒していると腕の痛みが再発してきた。

 アイズはモンスターこそ倒すが魔石やドロップアイテムにはあまり頓着せず、荷物持ち(サポーター)にほぼ丸投げする。これは【ロキ・ファミリア】では役割分担として認められている。

 時には自分でも回収する事もあるので全くできないわけではない。

 ある程度殲滅した後、地面に転がる魔石を回収しなければ、と思ったところでラウルとベル達の姿が見えない事に気付く。

 

(あれ? いつまに……。下に行った? それとも地上に戻った?)

 

 下の階層に挑む時も帰還する時も仲間に声をかけるのが鉄則である。ラウル達が何の連絡もしないという事は考えられない。

 つまり先行し過ぎてはぐれてしまった、となる。

 元来た場所を目指して()()()()階層内を歩き続ける。その間も右腕の痛みが少しずつ強くなる。それに伴い頭も痛くなってきた。

 腕に巻いた包帯に顔を向けると血が滲んていた。

 

(荷物はラウルが持っていたはず。……でも、そんなに離れていたなんて……)

 

 焦る気持ちをお殺し、仲間を探すも現れるのはモンスばかり。

 無駄な戦闘を避けたいところだが魔石の取りこぼしは『強化種』を生む原因となるので無視できない。

 余計な体力と使い痛みを感じつつ走り続けるもベル達の姿はおろか冒険者の一人とも出会わない。完全に迷子になったかもしれないと思い始めた。

 こういう場合は仲間を見捨てて下層、または上層を目指した方がいいと言われている。

 【剣姫】が迷子で右往左往しているとは思われないし、第一級冒険者として自己判断していると想定すれば地上を目指していると判断してくれるかもしれない。それに長い時間滞在する予定でもない。

 

(……なら、上に行こう)

 

 荷物が無い以上、十八階層に向かうのはあまり意味が無い。

 もし、仲間が一緒だったならば下層に向かうところだ。第一級と第二級では判断基準が違う。

 言い方は悪いが足手まといが居るのと居ないのとでは方向性に違いが出ても仕方が無い。

 すぐさま駆け出し、階段を探すが見つからない。――下層への階段も。

 通い慣れた階層の筈なのにいつもと構造が違うと気が付いたのは更に時間が経ってからだ。どうやら痛みで判断力が鈍っていたらしい。

 頭は高熱に(うな)され、少し景色がぼやけてきた。右腕の包帯は真っ赤になり、もはや戦闘に使えない。

 

(……あるだけ邪魔になってきた。一旦、斬った方が楽になるかも……)

 

 回復薬(ポーション)も治療魔法も無いので安易な手段が取れず、アイズは見つけた広い部屋の中で痛みに耐えた。

 充分な休息期間を設けなかったのが原因かもしれないが、リヴェリアに無理矢理参加するように言われて少し頭に来た。(つたな)い喋り方だったのが気に障ったのかもしれないが、機嫌が悪かった自分にも原因があると今は反省している。

 このところ、意味も無く苛々していた。命令されるのが嫌になった。

 どうして自分はこんなに怒っているのか。それとも痛みのせいで感情がおかしいのか、気持ちを落ち着けていると色々と気付いたり、苛立ったり、反省したり、感情が目まぐるしく変わっていく。

 

(……痛い、痛い。また一段と痛み出した)

「……はぁ」

 

 壁際に座り込み、意味も無く小石を蹴った。

 自分は何に苛立っているのか、咄嗟に出た舌打ちは何なのか。考えても分からない。

 顔や背中は汗でびっしょりと濡れている。見えないが下着も濡れている気がした。

 早く本拠(ホーム)に戻って風呂に入り、服を着替えたいと思った。

 

 ダメですよ、アイズさん。止血をしっかりしないと。

 

 レフィーヤの言葉が蘇る。

 包帯を巻いた部分が痒くなった時、解こうとして言われた事だ。

 大きな怪我の時は痒くても解いてはいけない。傷口が閉じ切っていないとまた血が流れて意識障害に陥るからだ、と。

 

「……駄目だ」

 

 安静にしなければならないと分かっていても痛みの為に眠れない。

 ダンジョンの中は危険がいっぱいだ。壁を大きく傷つけてからでなければ休息(レスト)する余裕が生まれないのは冒険者としての常識だ。

 それなのに今の自分は楽な方に思考が傾いている。もうこの腕は要らない、と。

 後で繋がるならば、楽になって眠りたい。

 

(二度も斬り落とされた。なら、三度目も大丈夫)

 

 熱に浮かされ正常な判断が出来ない為に本来ならば選ばない選択をアイズは容易に選んでしまった。

 それだけ激痛が尋常ではなく、少女の金色の目が血走っていた。

 左腕で細剣(デスペレート)を握り、叩きつけるように右腕の付け根付近を何度も斬り込む。思うように力が入らなかったので苦悶の嗚咽を漏らし、痛みによって涙が出ようとも構わず続けた。

 都合、一〇回と少しで厄介な右腕は地面に転がった。何度も切断された為か、出血はそれほど無く、自然と血が止まった。――それをアイズは別段、おかしいとは思わなかった。

 

(……痛みが引いた? でも、やっぱり痛い)

 

 全体的な痛みは引いたが傷口の痛みは残っている。それでも幾分かは楽になった事は確かだ。

 何度か呼吸を整えていると肩口の痛みも治まり、眠気がやってくる。

 こんなところで眠ってはいけないと分かっていても抗えない。そんな時にベルの声が聞こえた。自分を探している。けれども音が反響しているせいか、発生源が特定できず気配が読めない。

 こちらから声を出そうとしたが(かす)れた音しか出なかった。

 

          

 

 自分を呼ぶ声に向かって進もうと一歩足を前に出す。それだけで身体全体に痛みが走る。どうしてかと我が身を振り返ればたくさんの傷が見えた。

 いつの間に、と小さく呟くも夢中でモンスターの大軍に突っ込んだのだから当たり前だ、という結論に至る。

 しかし、ここは十五階層。ここに出てくるモンスターに後れを取るとは思えないし、風の付与魔法(エンチャント)を纏っている限り、攻撃が通る事はない筈だった。

 

(痛みをこらえる為に自分で付けたの?)

 

 ありえそうで怖い、と思いつつ前進を再開する。

 ある程度歩いたところで壁際に斬り落とした腕を置きっ放しにしてきた事を思い出し、振り返ると先ほどまで居た筈の部屋が無くなっていた。

 驚く間もなくミノタウロスが壁から現れる。

 それらを殲滅し、辺りを見回すが通路の構造自体が見覚えのないものに変わっているとしか思えなくなった。

 

「……えっ?」

(私の……腕はどこ?)

 

 痛みの原因である腕が見つかったとしても今は繋げる気はしない。だが、無ければ困る気持ちはある。

 眠気と戦いながら辺りを見回すが見つからない。それに代わりベルの声が大きく聞こえてくる。

 助けを呼ぼうにも声はほぼ出ない。

 痛みを我慢しながら一時間以上は歩いただろうか。未だにベル達の姿が見えず、けれども声だけは見に届いているのがおかしいと思い始めた。

 何かがおかしい。けれども原因が分からない。

 思考が混乱し始めた金髪金目の【剣姫】の視界に見覚えのある白い髪の少年の姿が見えた。急いで向かおうとした時、壁から新たなモンスターが生まれる。

 それは金髪の人蜘蛛(アラクネ)で振り返った容貌はアイズ・ヴァレンシュタインに非常に似ていた。

 いつも鏡で見る不愛想で少し眠たそうな顔に身体全体が寒気に襲われる。

 ここまで自分に似ている存在を見た事が無かった。

 言い知れない恐れを感じ、左手で握っている細剣(デスペレート)を構える。すると少年の方にもモンスターが現われた。そちらは赤い髪の人蜘蛛(アラクネ)だった。

 

(アリーゼ!?)

 

 少し遠いので容貌までは見えないが、何故かそうとしか思えなかった。

 二体の人蜘蛛(アラクネ)はそれぞれ風と炎の付与魔法(エンチャント)を纏い、襲い掛かってきた。

 武器こそ持っていないが強烈な体当たりと腕による殴打は第二級冒険者を吹き飛ばすほど。

 身体の各所から糸を飛ばし、動きを封じてくる特殊能力を持つ。

 

【ファイアボルト】!」

 

 炎に対して少年は炎雷の速攻魔法を放つ。

 アリーゼ・ローヴェルは炎に対して強力な耐性を持つ。レベルこそ彼と拮抗している筈だが無策では意味のない攻撃となる。

 アイズも彼に構っている余裕はなく、自分よりも素早い敵に翻弄されて早くも苦境に立たされていた。

 満身創痍の状態での戦闘は身体に(こた)える。

 利き腕でないからか、斬撃を叩き込んでも大して効果が見込めない。モンスターの肉体がそれだけ強固なのかもしれないが決定打が無い事は理解した。

 

(先にアリーゼを倒してベルと一緒に……)

 

 助太刀しようとしてもアイズ型の人蜘蛛(アラクネ)に妨害される。

 自分もモンスターとして生まれ変わったら、きっとこんな状態なんだろうな、という悪夢が目の前に居る。否定するのも面倒なので偽物という別個体として扱う事にした。

 ダンジョン内で会う人蜘蛛(アラクネ)の肌は青白いが目の前に居る個体は内部(ダンジョン)魔力光(明かり)の都合もあるだろうが人肌と遜色が無い。

 無表情のまま通路を縦横無尽に駆け回り攻撃を繰り出す。

 

「どぉけぇ~!」

 

 彼の怒号が聞こえた。

 最初会った時の初々しさは無くなり、敵を前にしても怯まなくなった。いや、数々の冒険で彼は成長し、いい面構えになってきた。

 アイズが思う理想のベル・クラネルだ。

 黒いナイフを繰り出し、アリーゼ型人蜘蛛(アラクネ)に強襲する。

 人語を介する『武装したモンスター』の一体の筈だが襲い来る敵と認定すれば彼とて戦うようで安心した。

 

(……そうだ。彼は戦っている。私は何をやっているの)

 

 声は出ずとも武器は振える。

 自分に活を入れて壁を駆け上がる。迎え撃つ人蜘蛛(アラクネ)も素手とはいえ器用に対応してくる。

 飛ばしてくる糸は全て切り裂き、モンスターの腹に飛び蹴りを見舞う。

 表情に変化は無いがダメージを受けて少し後退した。

 地上に降りてすぐに飛び掛かり、振り上げた脚による踵落としをモンスターに見舞う。脚に硬い物を打ち付けた衝撃が伝わるが相手も動きが止まった。

 怯んでいるところに剣で胸部の中心――魔石があると思われる部位――を刺そうとしたがギリギリのところで躱された。

 

(弱点以外は頓着していない? 周りを切り崩していけば……)

 

 下半身の蜘蛛型が大きいために巨体に見えるが上半身はアイズと同じくらい。対人戦の要領で対応できる筈なのだが変幻自在の動きに思考が混乱する。

 ベルの方も実力が拮抗している為か、まだ勝敗がついていない。時間がかかるという事は『強化種』の可能性がある。

 ――後は二体共、上半身が裸だった。

 変幻自在に動くという事は胸も慣性に従って動くということ。

 戦闘中は気にしないようにしていたがベルが居るので早く決着を付けたくて焦ってしまう。今のところベルの相手はアリーゼ――もはやその呼称で固定されてしまった――だが、おそらく向こうも自在に動く胸に翻弄されているのでは、と。

 

「しっかりなさい!」

 

 どこからともなく聞き覚えのある声が轟いた。

 ここには居ない筈のエルフのアリシア・フォレストライト。彼女の声で視野が少し明るくなった。

 姿は無いがどこかで見ているのか、はたまた幻聴か。

 雑念を振り払い、敵を見据える。

 通常のモンスターとは隔絶した実力を持っているとはいえ無手た。果敢に攻めれば勝機が見えるはず、と。

 一気呵成に責め立てるも声が出ないというのは大きな負担(デメリット)だった。

 体術を交え、不慣れな斬撃を繰り出す。力が乗らない為に剣戟だけでは通じそうにない。

 

「……んふぅ~」

 

 鼻息を荒く吹き、飛び蹴りを敢行。避けられたらすぐに体勢を変えて飛び上がる。

 アリーゼの下に行こうとすると妨害するはずだから、と見当をつけて攻め続ける。

 敵性体は空中で無理矢理体勢を変えてアイズの眼前に現れる。それを見越して相手の顎目掛けて蹴り上げを見舞う。

 頭部への一撃に頭を仰け反らせ、体勢が崩れたところに剣を繰り出すが見えていない筈なのに体勢を変えようと動き出した。

 

(上半身でものを見ていない? 何なのこのモンスター)

 

 通常ではありえない動きにアイズは戸惑うも攻撃を今更止められない。

 ベルは炎を纏う人蜘蛛(アラクネ)と一進一退の攻防を続けていた。彼の速度はどんどん速くなり、アリーゼを圧倒していく。

 それを一瞥しつつもう一度アイズは魔石を狙う。やはり見えていないのに避けようとする。気配を察知しているのか、別の視界が存在するのか。

 それらが仮に存在していたとしても()()()()()()()()を繰り出せばいい。

 一度、避けさせて空中に飛び出したアイズはそのまま踵落としを敢行する。体術だけは何故か当てられる。

 頭部に一撃を見舞ったまま首筋を狙う、が剣を避けようとした。だが、それが狙いだった。

 

(……それでいい。避けられたらまた同じことを繰り返せばいい)

 

 魔石狙いの一撃はやはりどうしても避けられるが代わりに張り出した乳房を一つ斬り飛ばした。

 飛んでいったそれ(おっぱい)はベルの後頭部に当たり、思わず『なんで!?』と口には出さず、胸の内で叫んだ。

 どうして都合よく彼の下に行くのか、アイズは不可解な現象に驚いた。明らかに彼の動きが不自然というか胸の飛ぶ軌道が不自然というか。とにかく()()()()事だけは見ていて分かった。――彼の下に行った乳房はそれが何なのか分からないまま踏み潰された。

 自分(アイズ)のものではないが自然と胸が痛んだ、気がして悲しくなった。

 

(……ゆるさない)

 

 金色の瞳に炎を宿し、アイズは唸り声をあげて責め立て、斬撃が通じない相手を蹴撃し続けた。

 何度か頭部を蹴りつけ、朦朧としかけたところを細剣(デスペレート)で首を撥ね飛ばした。斬撃が全く通じないわけではない事が分かり、下半身の処理を始める。

 このモンスターは首が無くても動き続けるようだ。

 いつもより不自由な動きを()いられているが勝てない相手ではない。

 

「……?」

(……この音は……ベルの?)

 

 戦場に(チャイム)の音が鳴り響く。

 僅かに視線を向ければ彼の腕に光の粒子が集まっている様子が見えた。

 あらゆる苦境から逆転する一手。少年が持つ希望の一撃。

 アイズは決着が近い事を悟る。であれば自分も目の前に敵に備える。

 通常のモンスターよりも明らかに、不自然なまでに強い。それを打倒できるのはレベル6の【剣姫】をおいて他に無し。

 斬撃が通じないからとて防御が厚いわけではない。現に肉弾戦は通じている。それも不自然な事だが。

 打撃だけで打倒はできない。元々、そういう戦い方に特化していないし、利き腕も無い。

 

(……決定打を失うとここまで苦戦する。……私はまだまだ弱いまま……)

 

 自分に呆れていると大きな鐘の音が聞こえた。それを聞くだけで勇気を貰ったような気持になる。

 弱音を吐いている暇はない。あと少しで倒せる。新しいモンスターが現われるかもしれないが、今は目の前の敵の事だけ考える。

 両脚に力を込めて、飛び掛かろうとし時――耳元で魔法の詠唱が聞こえた。

 それはこの場には居ない筈の人物の声。それと不可解なのが()()()()気配が生まれた事だ。それも唐突に。

 驚きに振り返る暇も余裕もなく、アイズは首無しの人蜘蛛(アラクネ)を見据えたまま混乱した。

 

【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)。ディオ・テュルソス】

「……あがっ!」

 

 アイズの胸から(いかずち)(ほとばし)る。

 背骨を砕き、心臓を撃ち抜き、胸を守る防具が吹き飛び、飛び散る細かな血と肉片は即座に焼け焦げて塵と化す。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 目の前が光りで満たされる。延長線上に居た人蜘蛛(アラクネ)はアイズの背後から放たれた魔法によって撃ち抜かれ、塵と化すのが僅かな時間の中で見えた。

 声の主はレフィーヤ。同胞の魔法を再現し、彼女ごとモンスターを撃ち抜いた。

 胸に大きな穴が開いたアイズは魔法による影響からか、勢いにつられるように数歩前に歩いた。そして、大鐘楼(グランド・ベル)が鳴り響く。

 

聖火の英断(アルゴ・ウェスタ)!」

 

 今一度、閃光が迸る。

 ベルから放たれたのは【英雄願望(アルゴノゥト)】の技能(スキル)の特性である集束を利用したもの。

 神のナイフに先ほど胸を貫いていった【ディオ・テュルソス】の雷撃を蓄力(チャージ)させ、斬撃と共に放つ強力無比な力業。

 最大蓄力(チャージ)によって放たれた一撃は白光の大炎雷を伴って敵に襲い掛かる。

 まずアリーゼは成すすべもなく木っ端微塵。そのまま延長線上に居たアイズにも――

 身体の自由が利かず、成すがままベルの一撃を受けて――背中にかかるほどの金髪が焼け落ち――首から下が消失した。

 

「………」

(……あ)

 

 痛みは無く、熱さも感じない。

 身体の消失は視点の都合でよく見えなかったが地面に落ちているな、という事は(かろ)うじて分かった。

 通路の先に居る筈のベルがどんな表情をしているのか、それを確認する事はついぞ出来なかった。

 地面に落下した後、少し転がるがアイズは気の抜けた感想を抱いていた。あっ、死んだ、と。

 

(……報いだ。きっとこれは……)

 

 【疾風】はきっとこんな気持ちで死んだ。――今は生きている事が分かっているけれど、死ぬ瞬間はこんな空虚な気持ちなんだろうな、と。

 身動きが取れないアイズはぼんやりと考え、死を待つ。

 物凄い眠気に襲われ、目蓋を閉じる。そして、すぐに死んだ()()()眠りについた。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがダンジョンにて死亡した、と後に『迷宮都市(オラリオ)』の各所で報告される事に――

 

          

 

 ベル・クラネルとリヴェリア・リヨス・アールヴ達がダンジョンから出て数日が経過した。一週間も経っていないが大きな騒動(トラブル)も無く、【ヘスティア・ファミリア】はいつもの日常を送っていた。違いがあるとすればリリルカ・アーデとサンジョウノ・春姫から表情が消えた事くらい。

 それと怪我から復帰した黒髪の猫人(キャットピープル)アナキティ・オータムが洗濯に勤しんでいた。

 接合した尻尾も問題なく動かせて腰の怪我もすっかり完治した。――これにはレベル4の【ステイタス】に感謝した。

 

「アナキティ殿。身体の調子はどうですか?」

「少し身体が(なま)ったな、くらいよ。そろそろダンジョンに行きたいわね」

 

 一緒に洗い物をしていたヤマト・(みこと)は無理は良くないと言いつつ一枚一枚手拭いやら下着類を干していく。

 『竈火の館』には特注の風呂場があり、アナキティも何度か入ったが(すこぶ)る気持ちよくて気に入った。

 温泉に拘る眷族によって身奇麗になり、不思議と怪我の治りも早まった気がするほど。

 主神であるヘスティアは厄介になっているアナキティに特段の命令はせず、好きなだけ居てもいいと言っていた。しかし、ずっと長居するわけには行かないのでまずは一週間ほど滞在する旨を伝えた。

 長期間の滞在を許せるのは護衛というか監視要員も厄介になっているからだ。一人増えようが五人になろうが一緒だからまとめて来ればいい、と。

 

「ここでは【ロキ・ファミリア】の情報が入ってこないのですが、心配ではありませんか?」

「……まあ、ね。リヴェリア様が重体というのは大きなニュースだったみたいだけど……」

 

 ダンジョンから連れ帰った王族(ハイエルフ)が見るも無残な状態だった、という噂が【ヘスティア・ファミリア】で留守にしていた彼女達の耳に届いた。

 ベル達と一緒にダンジョンに潜ってまだ日も浅い筈なのに、と一気に緊張感に包まれる。特にリヴェリアはエルフ達にとって心の寄りとごろ。

 本拠(ホーム)内に騒動(トラブル)は確かに無かった。外では殺意の籠った目で監視する多くのエルフ達が潜んでいた事を除けば平和そのものといっても過言ではない。

 命たちはベル・クラネルが生きて帰ってくるのか不安になったほど。

 

「ベル君が犯人だと決めつけられていたけれど、実際はそんなこと無かったわけだし」

 

 と、顔を見せるヘスティア。手には作り立てのジャガ丸くんを入れた器があった。

 いつもの(胸を紐で支える)薄着でうろつく女神は肩の荷が下りた、とばかりに嘆息する。

 ダンジョン内で無謀な超接近戦(ブル・ファイト)を繰り広げて力尽きた、と意識を取り戻した本人が心配で見舞いに来たエルフ達に言った。

 薄絹(ヴェール)は無くしたが顔は包帯に包まれていたので傷跡を見られる心配は無かった。それと全身の怪我は本人の想定以上に酷くて内容を聞いた彼女は顔色を青くした。

 アイズの踵落としがトドメ、というのは伏せられたようだ。本人も見ていなかったので気絶したのは単に力尽きただけだろう、と。

 後でバレるかもしれないけれどレフィーヤは黙して語らず。――アリシアの目を誤魔化せるとは到底思えない。

 

「……ベル殿は前科がたくさんありますれば」

「……否定できない所が地味に痛い」

(……ああ。【白兎の脚(ラビット・フット)】も犯罪者か)

 

 犯罪者云々の問題で言えば器物損壊や他派閥への迷惑行為があるだけで一概に無罪とは言えない。

 『異端児(ゼノス)』達を巡る騒動でギルドからも警告を受けている。今や彼は清廉潔白の少年冒険者ではない。――お尋ね者になった過去さえあるくらいだ。

 完全に黒だとしても地道に信用を勝ち取り、オラリオで生活する事を許されている事も忘れてはいけない。

 ヘスティアは持っていた物が冷めない内に、と庭に向かい白髪の少女の下に向かった。

 

「出来立てのジャガ丸くんだ。好きなだけお食べ。でも、慌ててはいけないよ」

「……ありがとうございます」

 

 質素な衣服に身を包む白髪の少女はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 今日はヘスティア手ずから用意したジャガ丸くんのフルコースをご相伴にあずかる為に『竈火の館』に遊びに来た。

 彼女が来た理由は単に食べる為ではない。白くなった髪の毛を元に戻す為に命が用意した温泉効能を試すためだ。

 ベル・クラネルの懸想する相手とはいえ、今回はさすがに気の毒に思ったヘスティアが断腸の思いで彼女を誘った。

 温泉と言えば神々の為の湯治場があるのだが、ロキの懇願はあえなく却下された。――その方が恨みが晴らせると思った男神と女神の妨害によって。

 ダンジョンから連れ帰った時、アイズの様子を見てどうしようとラウル達が悩んでいたところ、極東の温泉の効能を試してみましょう、と命が提案した。

 黙ってても数か月で元通りになるかもしれないが少しでも健康になってほしい、という想いもあった。

 

「ボクは責任が持てないから聞かないけれど、食事くらいならいつだって歓迎するよ。ロキんとこより貧相かもしれないけれど……」

「……いえ」

「憑き物が落ちた感じだ。今の君は……」

 

 そう言いながらアイズの目の前には鞘に納められた細剣(デスペレート)が墓標のように庭に刺さっていた。

 ここに来てから彼女は無気力のまま愛剣を眺めていた。

 ベルも事情が分からないようだし、本人以外に答えを持っていない。そんな気がしているのだが聞くに聞けない気配を感じていた。

 

「ここなら……」

 

 そう言いながらアイズの頭を自分の胸元に押し付け、優しく撫でた。

 【ロキ・ファミリア】だと気を張って言いたいことも言えないかもしれない。逆に言えるかもしれないがロキの性格からすると言えない雰囲気にされそうな気がした。

 ダンジョンでアイズが何と戦ったのか。何を見て、何を聞いたのかは分からない。

 真っ白になってしまった少女に出来る事は何もない。――というのはヘスティアの性格上、無責任この上ないので頭を撫でる事に決めた。

 戦い続けてきた少女にも休息は必要だ。それも精神的な。

 この世界ではあまり聞き馴染みがないかもしれないが長い時を生きる神々には意外と馴染みのある概念があった。

 それが精神的な病だ。アイズはどうしてか戦う理由を失った。武器を取ろうとしない。目的が無くなった冒険者はほぼ死人同然だ。他に希望があるならばまだしも――何も無くなった者というのはとても危うい。

 

(黒歴史に気付いて身悶えするようなものか。それにしても髪の毛サラサラだな)

 

 大人しくなった【剣姫】は食べて撫でられを繰り返し、満腹になった頃にあっさりと眠ってしまった。

 無理に戦いの場に送り出すよりマシかと思いつつ(みこと)に彼女を寝室まで運んでもらった。

 アイズが『竈火の館』で寝泊まりする事になり、ベルは心の内では喜んだ。だが、それを素直に受け取れない事も理解している。

 元気を出せ、とも言えないし事情を根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。少なくとも髪の毛の色が戻るまでは――

 なので命を応援する事にした。必要な材料は可能な限り集め、資金も稼ぐと約束した。

 

(サポーター君たちの【ステイタス】も順調の伸びているけれど反比例するように顔から表情が無くなったな……。どれだけボコボコにされているんだろうか。春姫君の『耐久』が余裕で三〇〇を超えているし)

 

 今日は三〇回死にました、と目が死んだまま嬉しそうに報告する姿がとても痛い。

 骨が折れる回数を数える余裕が出来れば御の字です、とリリルカもどこか狂気じみてきたが。――同行している【フレイヤ・ファミリア】の下位の団員達はもっと酷い事になっているとか。

 見た目には健康そのものだけど心が死んでいる。アイズとは違った意味で。

 彼女を特訓に出すと金色の瞳が真っ黒を超えて闇色になりそうなのでアルフィアには引き合わせない事にした。後、ヴェルフと(みこと)に命拾いしたね君達、と皮肉を混ぜて言っておいた。――見逃してくれるほど甘い相手かは分からないけれど。

 代わりに――翌日、様子を見に来たと思われた――アリシアに脅されて白状し(ゲロっ)たラウルから真相を聞いて――鬼の形相で包帯姿のリヴェリアによる流麗な脚線美が天空に向けて昇った。そして下界を踏み砕かんとする勢いで華麗なる踵落としがアイズの無防備な頭に振り下ろされた――耳を疑う打撃音――事で顔が地面に地面に打ち付けられ、少し浮いたところを勢いに()()()()――獣化時のような凶暴なる咆哮を上げながら飛び掛かる――アナキティによる後頭部の鷲掴みからの再度の顔面強打――何かが破壊される音――の後、止めの一撃として静かなる佇まいで臨むリューの大木刀による軽い打撃――ポコという擬音が聞こえそうな軽いもの――の見事な連続天罰を受けて血の海に沈んだ。

 

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