υπηρχεω【完】   作:トラロック

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04 崩落

 一瞬の出来事であった。

 大勢の冒険者がたった一つの魔法によって昏倒されられ、辺りに散らばっている。その中にベル・クラネルの仲間達の姿もあるが――こちらは割合軽傷のようだった。

 (まさ)に圧倒的。

 揺れる視界に苦慮しつつ、何が起きたのか理解する。

 

(アステルさんの魔法……。でも、誰も殺していない)

 

 彼女がその気になれば皆殺しであったかもしれない。その可能性に戦慄しつつ、強者に驚き、羨望の眼差しを向ける。

 この場においてアステルこそが絶対者である、と。

 憧憬の中に出てくる金髪金眼の美貌の女剣士を髣髴(ほうふつ)とさせた。

 

「こうも人が多いと話しもろくに出来ん」

「……皆を巻き込むべきではなかったのでは?」

 

 そうベルは言うがエルフのリュー・リオンは別の考えだった。

 ボールスが連れて来た冒険者の全て――【ヘスティア・ファミリア】以外――が敵に見えた。そう考えると納得するものがある。

 【ルドラ・ファミリア】の生き残りである猫人(キャットピープル)のジュラ・ハルマーが被害者を装いながら何かを企んでいた。仲間達もそれに賛同し、リューを追い詰めていた。

 ベル達には逆に彼女がジュラを狙っているように誘導し、自分達があたかも被害者である事を正当化して場を支配しようとした。

 

(こいつらはジュラが手引きした者達で構成されている。以前、宿場街(リヴィラ)に来た時には見かけなかった連中ばかりだ)

 

 リューの予想では殆どが闇派閥(イヴィルス)の口車に乗った悪党だ。復讐相手ではないが無視も出来ない。

 下位も含めてかの組織の人員は膨大であった。【ファミリア】に所属していない者も居るし、おこぼれに預かろうと企む無所属の悪党も混じっていた事を思い出す。

 

「悪党には違いありません。それよりジュラです。あいつだけは逃がすわけにはいかない」

 

 だが、アステルを無視して駆け出す事も出来ない。

 正体を看破した今、リューにとって最も強大な壁だ。武器を構えて睨みつける。

 二人が対峙している間、ヴェルフ達が起き上がってきた。非戦闘員である狐人(ルナール)のサンジョウノ・春姫も目立った怪我が無く、ベルはほっと一安心した。

 復帰したのはベル達の仲間とボールス。それと何人かの冒険者のみ。それ以外は未だ頭痛と耳鳴りによって呻いていた。

 

          

 

 広間(ルーム)内の惨状を一瞥し、ベル達が無事であった事にアステルは安心した。

 どうにも彼に何かあるのは不味そうだ、と。

 もし、何かあれば――とんでもない災厄が降りかかりそうな、そんな気がした。具体的には憤怒に彩られた(メーテリア)の制裁の様な――

 アステルにとって最も恐れる者でもある。

 

(……やはり妹の姿がチラつく。程よい抑止力が一つくらいあった方が私にとってよいのかもしれん)

 

 軽く嘆息した後、リューに顔を向ける。

 多少の雑事があったものの顔見知りに会う、という目的は達せられた。しかし、悠長に話し合う雰囲気ではないのがもどかしい。

 強引にでも捕まえるべきか、と思案する。

 

「呑気に世間話しと行きたいところだが……。そう簡単にはいかないか」

(アステルさんが闇派閥(イヴィルス)の幹部っていうのは……。それよりもリューさんを止めないと)

 

 決断しなければならない選択肢にベルは追われた。どれを優先するのが一番なのか。

 普通に考えればリューだ。なら、それを選べばいい。元より一択だ、と即決する。

 まず話し合いましょう、と声をかけてみた。

 

「それはジュラを捕まえてからにしてください。こうしている間も奴は何かを企んでいる」

 

 彼女の決めつけるような発言を素直に信じることは出来ない。だが、確信があって言っている、とは感じた。

 単なる復讐であれば止めなければならない。だが、もし、それよりも優先すべきことがあったら、どうすればいい。

 ベルはまだ冒険者としての経験が浅い。対人戦における駆け引きは始まったばかりだ。

 個々人の事情にも精通していない。だからこそ言い分が理解できない。

 アステルが闇派閥(イヴィルス)だと言われてもピンとこないように。

 

(……仲間が居るなら誰かが囮になる。……もし、小娘の言い分を信用するなら冒険者が一塊になる事こそが奴らにとっての好機)

 

 現場に留まるのは都合が悪そうだとアステルが判断し、移動するぞ、と静かに告げる。

 当然のようにベルが疑問を呈する。これが罠だったらお前はそれでも留まるのか、と言うと黙ってしまった。

 まだまだ経験を積まないと駄目らしい、とアステルは判断した。

 

「倒れている人を助けないと」

「全員悪党だ。どうなろうと知った事ではない。……それとも全員助けないと気が済まない性質か? そうしている間に仲間が危険に晒されて後悔するのは……お前だぞ」

「それでも、です。僕は甘いのかもしれません。だけど、後悔するような生き方だけはしたくありません」

(いやいや、それこそが後悔の元ではないのか? ……全く少年の親の顔が見てみたくなった。どこの莫迦だ、こういう風に育てたのは。……きっとロクでもない親なんだろうな)

 

 あるいは教育上よろしくない『育ての親』という線もある、と。

 アステルはベルを見ながら不満気味に唇を尖らせる。

 

          

 

 一口に助けると言っても時間が経てば起き上がる。それにどこに運ぶというのだ、と文句を言いながら倒れた冒険者を壁際に寄せるアステル。

 仮に天井が落ちてきても軽傷で済む。モンスターが現れた場合はベルが責任を持って討伐する。

 当初武器を構えていたリューも戦意を消失したのか、救助を手伝うようになった。

 

「……クラネルさんは凄いですね」

「えっ?」

 

 未熟な冒険者ではあるが大物を動かした。それはリューには出来ない偉業に匹敵する。だからこそ凄いと自然に言葉が出た。

 もし、彼が居なければ殺伐とした結果しか生まなかった。

 

「……先ほど逃げられたジュラ……。ジュラ・ハルマーの罠に()まり私達の【ファミリア】は生き埋めにされました。……幸い全員無事でしたが……。奴は爆薬を使います。今も持っていると思いますが何をしでかすか分からない」

 

 冒険者を移動させながらリューは語った。

 かつての相対していた状況を。

 闇派閥(イヴィルス)の一員であったジュラ達と戦い、そこで強大なモンスターに出会ってしまった、と。

 どうやって生まれたのかはリューにも分からない。けれども、それは現れジュラ達の仲間とリューの仲間があっという間に殺されてしまった。

 第二級冒険者で構成された【アストレア・ファミリア】がなすすべなくあっさりと――

 

「仲間達のお陰で生き残った。ジュラも死んだふりなどで生き延びたのでしょう。仲間の死に私は絶望し、正義をかなぐり捨てて復讐を選びました」

 

 仲間の仇を取る為に。またはそうしなければ自分を保てなかった。様々な理由で今まで生き足掻いてきた、と。

 ベル達は何も言えなかった。

 壮絶な人生があったんだろうな、くらいしか感想が出てこない。

 

「も、モンスターはどうなったのですか?」

「倒しました。仲間達の犠牲と引き換えに……」

 

 復讐相手が居なくなった。なら新しい人生を歩めばいい、と簡単に言えるような雰囲気ではない、というのはベルにも分かった。

 どういう言葉を掛ければいいのか、正直分からない。先ほどまでは復讐なんかやめてください、と言えばいいと思っていたほどだ。

 そんな薄っぺらい説得では何の意味も無いと理解した。

 

「仲間を犠牲にして何食わぬ顔で生きる事など私には出来ない。悪を殲滅する。それだけを生き甲斐にしてきました。復讐などと言いますが……。単なる私怨にすぎない事は理解しています。でも……、どうすることもできない。そんなに……簡単に……割り切るなんて……」

 

 壁を殴り慟哭する気高きエルフ。

 そんな彼女にかける言葉が無い事にベルは悔しさを感じた。

 いつも優しく接してくれる酒場の給仕程度の認識しかしてこなかった。強いから頼れる存在としか見てなかった。

 胸の内に抱える憎悪の炎を理解してやれなかった。

 

(……そもそも他人を理解しようというのが烏滸(おこ)がましい。僕は無力な冒険者だ)

 

 こうして何も事情を理解せずに誰かを助けようとしている。

 この人達はリューの敵なのに、と。

 自分の自己満足の為に無用の救済を振りまいている。だからこそ仲間が犠牲になると理解していないと叱られてしまう。

 

          

 

 エルフの独り言の様な話しを聞いていたアステルは小さな失望を募らせる。――リューに対してではない。

 仲間の死は身近である。どのような形であれ心が満たされる事は無い。それでも突き動かされる憎悪の炎を嗤うことは出来ない。――しようとも思わなかった。

 弱者と蔑むことはあっても彼らを笑い飛ばす事はしない。そんな価値もない。

 

「……そのジュラを殺せばお前は満たされるのか?」

「積年の恨みは晴れる。だが、それで終わりだとは思っていない」

 

 アステルの言葉に淀みなく応えるリュー。

 一度悪の道に進んでしまったら引き返せない、という思いがある。もし、叶うなら別の正義に止めてほしいと願っていた。おそらく、それがベル・クラネルではないかと予想している。

 白髪(はくはつ)の少年は強くなった。万が一の時は彼が正義を代行してくれるかもしれない。

 

「しかし、不思議なものだ」

「何がだ?」

 

 アステルの漏らした言葉にリューが相槌を打つ。

 そういえばアステルは何故、ここに居るのか聞いていなかった。ベル達と共に居るのも驚いたけれど。

 

「今の私は空虚な存在となっている。……積もり積もった失望を晴らそうとか、激しい憎しみなども感じない。……自分の全てを出し切り、満足したと言えるのか……。それすらも分からない」

 

 いや、満足して()ったからこそリューに特別な憎悪を感じない。

 失望するかどうかなどと言っていたが実のところどうでも良くなっていた。

 何故、モンスターの身として復活したのか。その疑問の前では些事のようだ。正直、新しい発見に気持ちが傾いている。

 

(胸の内が空虚というわけではない。現にベル・クラネルを気にしているし、ゼノスとかいう新しい単語に興味が湧いている)

 

 そもそもどうして彼らと一緒になって作業をしているのか理解できない。

 疑問を感じつつも数十分程度で移動が終わると満足している自分に気が付く。

 もし、一人であれば何も感じなかったかもしれない。少年が側に居るからとしか言いようがない。

 

 ベル・クラネルとは何者だ?

 

 次第に大きくなっていく疑問と興味。それに今、アステルは夢中になっていた。

 一息つくとリューはまた武器を構え始める。

 目の前に闇派閥(イヴィルス)の幹部が居るのだから警戒するのは当たり前だ。勝てないと分かっていても――

 

(このまま彼女と戦うのは不毛だ。……だが、見逃す事も出来ない)

 

 しばらくアステルを見つめ、僅かな逡巡の後に心が決論を出したので武器を下ろす。

 最優先目標はジュラだ。唐突に現れたアステルではない。それに何だか不毛に感じた。

 激情にかられ目的を見失っては本末転倒である、と自分に言い聞かせる。

 

          

 

 戦闘が中断したことに喜ぶのはベルだけだ。それ以外は警戒を解かない。

 他にも敵の仲間が潜んでいるかもしれないので。その上で彼は自分に出来ることはないかとリュー達に尋ねた。

 復讐の手伝いなどする気は毛頭ないが悪の企みは阻止しなければならない。

 

「ならばやはりジュラを捕まえるしかないでしょう。奴はダンジョンのあちこちに爆薬を仕掛けています。逃走しながら私を生き埋めにでもするつもりだったのか……」

恩恵(ファルナ)持ちならば……」

 

 と、命がスキルを使用する。現場には無数のけが人が居たが他の場所は数点のみ。

 このスキルは他の階層に行かれると反応が途切れてしまう。探索範囲もそれほど広くすることは出来ない。

 二〇階層以下に来ている冒険者の数はかなり少ないので発見は容易い。

 

「まずは彼らの避難を。ボールスさん、もう宿場街(リヴィラ)に戻ってください」

「賞金首が目の前に居るんだぜ。おめおめと戻れるかよ」

 

 この期に及んでまだ金目当てでリューを狙うか、と聞いている仲間達が呆れた。彼らしいと言えば笑い話しになるのだが――今の時点では都合が悪い。

 場合によれば全員今一度気絶してもらって無理矢理追い払うしかないかもしれない。

 

「……お前達は金と命の重みの違いが理解できていないようだな。次は加減を解くか」

 

 アステルの玲瓏たる宣言にボールスは一気に顔を青ざめさせ一礼した後、仲間達を連れて上層に逃げ帰る。その速度はベルに匹敵するほど。

 苦笑しながら彼らの様子を眺めていたベルはヴェルフ達にも逃走の準備だけ指示した。

 何が起きるか分からない。警戒しておくように、と。

 

(敵は爆薬を使うにしても直接攻撃をしてこなかった。……何かを破壊する目的が……。階層を落とすには生半可な量では無理だと分かっている筈……)

 

 現在位置は二七階層。ほぼ階層主が現れる一歩手前のところに居る。

 あまり長居するのは得策ではないとリューが上を目指すように、とベルに言う。

 移動しながら現れるモンスターを蹴散らすと先ほど上に向かっていた冒険者達と遭遇した。彼らもモンスターとの戦いに巻き込まれて苦戦を強いられているようだった。主にアステルの攻撃からまだ立ち直っていない者が。

 悪党だとしても戦い慣れた者達だ。すぐに調子を取り戻して撃破していく。

 次の二六階層に到着するとあちこちで爆発音が鳴り響く。ベル達の居るところから離れているので実害はない。

 

(音が遠い。誰かが戦っているのか?)

(ジュラの手の者が隠れているようだ。……いくら広範囲で爆薬を使おうとも……)

 

 そもそも階層で破壊行為すること自体不毛である。だが、それを意図的に(おこな)う計画を立てていればどうだろうか。

 一度は生き埋めにされたリューの経験則からも天井の崩落程度しか思いつかない。今、聞こえているのは周りからだ。壁でも倒す気か、と。

 階層を落とす、という発想をしないのは厚みが凄まじいからだ。それを成すほどの爆薬の量を用意するのも難しい。

 

(……もし、それを用意できたのだとしたら……)

 

 ジュラを追い回す過程でいくらかの爆薬は確認した。狭い広間(ルーム)を潰す程度なら可能だ。

 そう考えている間も爆発音が続く。

 間断なく、けれども決して激しいものでもない。

 

          

 

 モンスターを撃退しながらボールス達の仲間と共に二五階層に到着し、次の階層への階段を発見する。

 爆発音に驚いた冒険者達が我先にと逃げ惑う。

 ベル達は慌てないでください、と言いながら彼らの避難を優先させた。

 この階層でもやはり爆発音が聞こえる。どうやら敵は複数の階層で爆破作業を続けているようだ、とリューは感じた。

 一歩間違えば自分達の逃走経路を塞ぐ事になる。そのような真似をしている事に疑問を覚える。

 命のスキルでも離れた場所に何人かの冒険者が居るのは確認できた。すぐに向かいたいところだが避難民が残っている。

 ――ベル達の足止めの為に残された敵の罠という線もある。

 階段で呻きながら道を塞ぐような(やから)が何人か居たので。

 

「リリ達を足止めするようですね」

「強制排除いたしますか?」

 

 強引な手に出れば騒ぎが大きくなるばかり。彼らが本当に闇派閥(イヴィルス)なのか単なる金で雇われた悪党なのか、ベルには判断できなかった。

 出来る事なら平和的に済ませたい。しかし、今は緊急時である事も忘れてはいけない。

 

(……おそらく手を出せば仲間達に襲われる。そうすると対処に手間取ってしまう)

 

 なら、緊急事態が起きるまで待った方がいいのか、というと悪い事態になりそうとも思えて判断に迷うところだ。

 今のベルには仲間が居る。彼らを無視した行動は出来ない。

 

「……今、私を呼びましたか?」

 

 横長のエルフ耳を僅かに動かしながらリューはベル達に尋ねた。全員が首を横に振る。

 周りを警戒していたアステルが下層でお前の名前を呼んでいるようだぞ、と告げる。

 相当遠くなので正確な文言は聞こえないが拾えた単語から判断した。

 

「……アホですね。いつまでも同一階に居ると思っていたとは……」

「自分の墓標を作ろうとしているのだろう。無視してみたらどうだ? そこの極東の人間(ヒューマン)のスキルからも他に冒険者は居ないのだろう?」

 

 突然の名指しに命は驚いたが逃走の関係から確認を取ってみた。

 ボールス達が連れて来た者の殆どは上を目指している、と。

 現場に残るのはほぼジュラの手の者とみて間違いない。

 

「爆薬が切れた頃に捜索した方が良さそうですね。クラネルさんの【ファミリア】が全員無事であれば私も無理に突貫しなくて良いので」

「……確かにそうかもしれませんが……」

(あの人が本当に悪党だと確定したわけじゃないんだけど……。でも、雰囲気から悪党としか言えない事も……)

 

 手の届かない相手を救うことは出来ない。それはベルにも分かっている。

 仲間を犠牲にする価値があるのか、と言われれば過去の出来事から難しいとしか答えられない。

 もし、英雄と呼ばれる者ならば善と悪の区別なく救おうとするはずだ。ならば――

 と、上層とは逆の方向に振り返る彼の防具をアステルは掴む。

 

「自己犠牲と英雄は等しくないぞ、少年。……お前が選択するのは愚行か? 冒険者の目的をはき違えるなよ」

「……それでも、自分の目と耳で確認しないと気が済みません。どうか、行かせてください」

 

 少年の決意に対してリリルカ・アーデやリューであれば仕方がないと言うところだ。だが、アステルは違う。

 既に結論が出ている結果に無策で突入しようとするベルを止めるのが最良。ゆえに引き倒す。

 無謀な選択によって犠牲になるのはお前だけではない、と強い語気で告げた。

 

「それこそが相手の思う壺だ。上級冒険者の殆どが相手の策に自ら飛び込もうとはすまい」

「……ベル様。囮って分かりますか? 時には()()()()()()()()んですよ」

 

 リューを罠にかける相手だ。それと今も続く爆発音が単なる破壊行動なわけがない。それをリリルカは説明する。

 ベルも頭が悪いわけではない。お人好しなだけだ。技と駆け引きも学んでいる。

 だが、実際の現場に立つと予習が吹き飛ぶ傾向にある。

 リューから見れば美徳なのだがリリルカから見れば非常に危うい。そして、それによって【ファミリア】は何度も窮地に立たされてきた。

 

          

 

 それでも、と抗う姿勢のベルに対し、ヴェルフ・クロッゾは行かせてやればいいと言った。

 【ファミリア】を犠牲にするだけの価値があるなら、と付け加えて。

 今のベルには仲間が居る。それらを無視して自分の価値観だけで行動していいわけがない。必ず仲間との合意が必要だ。

 いくら団長だとしても信頼が崩れれば身動きが取れないのは何処の【ファミリア】も一緒である。

 

(信念と仲間を天秤にかけた場合、私はどちらを選ぶべきか……。どちらも最悪の結果ならば覚悟だけはしておくものだ)

 

 どちらを選ぼうともベルの勝手だ。それによって仲間の屍が転がる事になっても彼が決めた結果でしかない。

 正しい結果など本当にあるのか、と疑問を抱け。それが未知を探究する冒険者の務めだ。――などと親切に解説しなければ分からない者は長生きしない。

 

(迷い考えろ、少年)

 

 アステルはベルから離れ、階段で立ち往生している冒険者達を一人ずつ上層階に投げつけていく。

 他にも通路はあるだろうけれど別の仲間が塞いでいる可能性がある。であれば無駄に移動せず、邪魔者を片付けた方が示威行為の一環になって手っ取り早い。

 無駄死にしたければかかってこい、という意味で。

 自由になったベルはアステルに頭を下げ、爆発音の根源であるジュラの下に向かう事にした。それについて行くのはリリルカ達、【ヘスティア・ファミリア】の面々だ。

 口では色々と言ったが団長が決定したことに従う。そう決めていた。

 彼らが姿を消した後、アステルはリューと相対する。

 

「お前は行かないのか?」

「貴女をここに置く方が危険だと判断しただけです。……まさか蘇ってくるとは……」

 

 驚きはしたものの心の内では安心もした。

 どのような形であれ(いのち)を奪う結果となった事に少なからず責任を感じていた。

 弱い冒険者に失望していた彼女に自分達の無力さを見せつけられ、なすすべもなく蹴散らされた。

 最終的には勝たせてもらったようなものだ。実質、たった一人の強敵に【アストレア・ファミリア】が苦戦を強いられた。

 

「これは自分の意志ではない。だが、ダンジョンの意志とも思えん。……そして、七年か……」

「あの戦いから七年……。時間はかかっていますが次代の冒険者は育っています。我々は残念ながら途中で退場する羽目になってしまいましたが……。きっと貴女から見れば失望の塊でしょうね」

「……お前の【ファミリア】が壊滅した、というのがな……。それもモンスターに、だったか?」

「……はい。突如現れた新種のモンスター一体に……。一瞬の出来事でした。レベル4で構成されていた我々の【ファミリア】が……滅ぼされるなんて……」

(階層主以外でこいつらを滅せられるモンスターは深層域にでも行かなければ……。だが、新種か……。我々の【ファミリア】は『隻眼の黒竜』によって壊滅した。……同情はしないが失望は感じる)

 

 仲間を失って自暴自棄に陥った事は想像に難くない。けれども、意外だと思った。

 時と場合が違えば――自分(アステル)には何が出来ただろうか。

 やり場のない怒りに任せて復讐が関の山。もしくは自らの命を絶つ。リューは信念を捨てた。あれほどまで頑なに持ち続けていたのに、そうまで彼女を追い詰めたモンスターに興味を覚える。

 

          

 

 ベル達がモンスターの猛攻を蹴散らしながら二七階層に向かうとケガ人の猫人(キャットピープル)ジュラを発見する。

 最初に会った時はかなり怯えていたのに。今の彼はいやらしい笑みを浮かべる悪党そのもの。本性を現した、と言った方が正確か。

 ジュラはベル達を見て失望の色を滲ませた。

 一緒に来ると思っていたリューの姿が無かった為だ。

 

「あのエルフの糞女はどうした? 逃げたのか?」

「そんなことより貴方はどうして逃げないんですか?」

 

 疑問を疑問で返す。

 隻腕のジュラは面白くなさそうに何かを辺りにばらまいた。

 それは何らかの鉱石の欠片。リリルカの観察眼によれば鍛冶師が良く使う『火炎石』に見えた。

 この鉱石は僅かな熱を持っているがそのままでは何も起きない。しかし、火に投げ込むと爆発的な火力を生む。その利用方法の多くは火薬だ。

 ベルが魔法を一度でも発動しようものなら立ちどころに引火して辺りが吹き飛ぶこともありえる。

 

「そんなもん、決まってんだろう。囮だよ」

(あっさり白状しましたよ、この人)

(どうして演技しないのでしょうか?)

 

 挑戦的な顔つきでジュラはベル達を睥睨する。全ての準備が整い終わったから演技する必要がなくなった、と見るのが一般的か。

 ここで挑発してリューを誘き出すつもりでのんびりと語っているとみて間違いない。

 こうしている間も上層のあちこちで爆発音が響いてくる。

 

「どうしてって顔をしてるな。あの糞女(リュー・リオン)をぶっ殺す為だよ」

「……理由が分からない。貴方の理屈が僕には分からない」

「……ベル様。まともに取り合わないでください」

(……春姫はずっとお役に立てません……)

(あの者以外の気配はないですね。残りは上で待機しているのでしょう)

 

 ヴェルフは話しを聞くのは面倒だからさっさとのしてしまおう、と小声で提案してくる。先ほどから聞こえてくる爆発音も気になるし、のんびりと結果を待つ必要がそもそも無い。

 ベルは相手を殺さない程度に戦う許可を出そうとした。少し強引な手だが仲間の安全などを考慮すると時間をかけているこそが危険だ。

 

「常識人に悪党の理屈語ってどうすんだよ。俺には欲しいもんがある。だからこそ、こんな御大層な『儀式』をしているのさ。……【白兎の脚(ラビット・フット)】。死人が出るようなダンジョンに何故行くんだって言われてやめるのか? そんなことしねーよな、冒険者だから」

 

 そう言われると納得しそうになる。

 危険だと分かっている所に英雄になりたいから行く、と言えば常識を疑われる。

 日々、平和的に安全に暮らす事を何故しない。自殺願望でもあるのか、と。

 ベルからすれば憧れの一言に尽きる。けれども、その理屈も場合によればジュラのように変わってしまう。

 

「金欲しさに他人を欺いたり殺したりするようなもんだ。何度か言われたことはないか、どうしてモンスターを殺すんだって。生き物に違いはないだろうに」

 

 正論を言われてしまえば二の句が継げない。

 相手のみならずベルの言葉も時には暴論となる。

 それを知るジュラを説得する材料をベルは持ち得ていない。分かる事は彼が悪で自分はそれを止めなければならない。

 どうしてか、と言われれば多くの悲劇が起きてしまうからだ。それを阻止するためにここに居る。

 正義の為でもリューの為でもなく、仲間と共に困難を乗り越えるためだ。

 

          

 

 いくら待ってもリュー・リオンが現れない事に業を煮やしたジュラは計画を進めることにした。

 といっても上層階の様子から待つしかできないけれど、ベル達の足止めでとりあえず納得する事にする。

 【ルドラ・ファミリア】のジュラ・ハルマーは調教師(テイマー)である。

 モンスターを使役し、それを商売に使ってきた。主に非合法の分野で。

 腰に据え付けておいた赤い鞭を取り出し、静かに命令する。

 

「……出てこい、ラムトン」

 

 その一言で階層中央にある大瀑布の中から飛び出すものがあった。

 全長一〇(メドル)ほどもある大蛇のモンスター。先に戦闘した大水蛇(アクア・サーペント)に匹敵する大きさだった。

 ラムトンの正式な名前は『大蛇の井戸(ワーム・ウェール)』といい、深層域に生息するレアモンスターだ。

 

「来ないなら来るようにさせるまでだ」

 

 ジュラの言葉に警戒し、ベル達は武器を構える。

 初見のモンスターである事を悟り、逃走できるか戦えそうか思案し、覚悟を決めていく。

 広い空間と言っても大蛇の井戸(ワーム・ウェール)の存在が部屋を狭く感じさせる。

 大きな頭部を持ち上げ、突進する。その速度は速いが目で追えないほどではない。けれども、巨体による突進は小さな少年の身で躱し切るのが難しい。

 仲間達は武器で受け流そうとするが威力に負けて吹き飛ばされる。

 

「階層主の様な突進力があるんじゃねーか?」

「リリ達は避難して。思いのほか強い」

 

 牽制するにも魔剣は使えない。辺りに散らばる火炎石が障害となる。

 命とヴェルフがリリルカと春姫を護衛する形で上層の階段を目指す事にした。

 その間にベルは襲い来る大蛇の猛攻を躱し、攻撃する。

 見た目からは想像できない速度で飛び回る相手に苦戦を強いられる。

 

「そうだ、【白兎の脚(ラビット・フット)】。俺が連れて来たラムトンは二匹。今頃上に居る奴らも襲われているかもな。早くしないと犠牲者が増えるぞ」

 

 と、挑戦的な発言に対し、ベルは一瞬焦る。だが、アステルの姿を思い出し、何とかなりそうと思ってしまった。

 ここで手間取れば犠牲者が出るのは確かだ。――普通に考えれば。

 アステルが居なかった場合はベル一人と仲間達の二手で対処する事になる。それがおそらく正しい戦術だ。リューも参戦してくれる筈だし、と。

 

(……瞬殺かな?)

 

 結果が分からないけれど、心配無さそうな気がした。

 あの人は厳しく優しい人だと根拠はないがそう思えた。だから、何の気兼ねがあるものか。

 

          

 

 焦って仲間を二つに分けて対処するものと思っていたジュラは何の焦りも見せずに襲い来るモンスターに対処するベルに疑問を感じた。

 ここでもたもたすれば犠牲が出ると告げた。それなのに全く集中を切らしていない。

 上に居るリューを全面的に信用しているのか、と。

 相手にしている大蛇の井戸(ワーム・ウェール)は深層域のモンスターだ。この辺りに出てくるモンスターとは力の差が歴然である。いくらリューでも瞬殺とはいかないが苦戦は必至の筈――

 

(……みんな、辺りにある火炎石を拾っておいて)

(了解)

(……やっと出番が来ました)

 

 火炎石さえ無ければ遠慮する必要は無い。それと臨時収入の足しにもなる。

 リリルカではないけれどベルもジュラに『拾っておきましたよ』と言いながら素直に返す気が無かった。この鉱石でダンジョンを破壊するのは立派な迷惑行為である。見逃す理由は無い。

 それに自ら悪事を告白した以上、問答も必要なくなった。

 力業は苦手だが捕縛して【ガネーシャ・ファミリア】に引き渡す。それが現場において最善の回答だと思った。

 

「全然戦意を落としやがらねー。どうして戦える? ここで足止めを食っている間にも犠牲者が増えるってのに」

「そうかもしれません。でも、今は目の前の事でいっぱいなんです」

 

 迫りくる巨体を躱しつつ斬撃を見舞う。

 身体の強度に問題はない。気を付けるべきはモンスターの『敏捷』だ。

 リリルカ辺りに攻め込まれると大怪我は必至。出来るだけ自分(ベル)のところに来るように誘導する。

 

「命さん! 牽制、頼みます」

「承知(つかまつ)った」

 

 レベルは低いがヤマト・命も前衛で戦える女性だ。片刃の刀剣でモンスターの体表を切り裂く。

 残りは火炎石の回収に努める。これがある限り、魔剣を扱うヴェルフ・クロッゾは戦闘に参加できない。

 春姫の魔法は指示が無い限り使わないようにお願いされているからである。

 

【掛けまくも(かしこ)き、いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ】

 

 大蛇の井戸(ワーム・ウェール)の側面を切りつけながら命は詠唱を始めた。

 攻撃と同時に詠唱する事を『並行詠唱』という。

 二つの事を同時に(おこな)う為にはかなりの集中力が必要である。単に文言を間違えなければいい、というわけではない。

 何より詠唱に失敗すれば膨れ上がった魔力が暴走して自爆してしまうおそれがある。

 

(高い『敏捷(アビリティ)』持ちならば足を潰さなければ……)

 

 彼女の詠唱に合わせるようにベルも攻撃を仕掛ける。

 初見のモンスターではあるが目立った特殊攻撃を仕掛けてこない。何があってもいいように気を付けながら。

 今日まで増やした【ステイタス】の効果は確かに十全に発揮していた。

 

(……くっ、自分は付いていくだけで精いっぱいです。ここまで素早いのですか、このモンスターは)

 

 相手の身体が大きいためにそう感じるだけかと思っていたが、そうではない。

 身の(たけ)によらず、本当に俊敏で瞬く間に(みこと)の攻撃が届かなくなる。代わりにベルが相手の速度に合っているように見えるほど。

 

「……【尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を】

「リリ! 頭を狙って」

【救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣(れいおう)

(あと少し……)

 

 ベルの言葉に応えるようにリリルカは腕に装着した弩弓(バリスタ)をモンスターに向ける。

 レベル1の彼女にとって深層のモンスターは素早くて狙いにくい相手だがベル達が足止めをしているので迷いなく放つ。そして、すぐに現場から離脱する。

 身体が大きいためにベル達は決定打が与えられず、戦闘が長引いている事に少なからず焦りを覚える。

 

「次っ! 大剣を」

「了解しました」

【今ここに、我が名において招来する。天より(いた)り、地を統べよ。神武闘征(しんぶとうせい)……【フツノミタマ】

 

 ベルがリリルカから剣を受け取るのと命の詠唱が終わるのがほぼ同時。

 半径二〇(メドル)の魔法陣がモンスターの真下に広がり、次に直上から巨大な光る剣が現れて狙い違わず大蛇の井戸(ワーム・ウェール)の胴体に突き刺さる。

 この魔法は重力結界。命の意志で押し潰す事も出来るが相手が強い場合は僅かな足止めにしかならない。だが、それでも仕事は完遂した。

 結界範囲は不可視ではないのでベルにも回避できる。――その結界から出ている大蛇の井戸(ワーム・ウェール)の頭部に斬りかかる。

 

          

 

 召喚したモンスターの行動を眺めていたジュラは命令する都合で戦闘に参加していない。彼自身の強さは大したことが無く、事態を見守るしか実質出来なかった。

 深層域のモンスターだと思って安心して見ているつもりだったが形勢が不利になるのは少し面白くなかった。けれども、彼の()()()()()は既に達成している。

 もうすぐ倒されそうなモンスターの様子を眺めながら、それでもなお勝ち誇る調教師(テイマー)ジュラ。

 

「思ったよりやるじゃねーか、【白兎の脚(ラビット・フット)】」

 

 言い終わる頃にモンスターの頭頂部が大剣によって深く刺し貫かれ、程なく大蛇の井戸(ワーム・ウェール)は沈黙した。

 モンスターの絶命と同時に大きな魔石と様々なドロップアイテムが転がり出た。

 ベルは引き続き、アイテムの回収を命じながらジュラと相対する。

 

「大人しく投降してください」

「……おいおい、この期に及んではいそうですかと従うわけねーだろ」

(ですよねー)

 

 囮だと言っていたので大蛇の井戸(ワーム・ウェール)が本命かと思っていた。だが、モンスターを倒されても余裕を見せている所から()()()()あるとみて間違いない。

 悪党と相まみえる機会は少ないが説得が上手くいかないのは心苦しい。どうしてそんなことをすのか、その考え方というか精神構造が全く理解できなくて――悲しさを覚える。

 見れば彼はケガ人だ。冒険者としてやっていくには難しいほどの。

 それでもなお悪党として立ち塞がる胆力に驚き、恐れ、感心する。決して見習ってはいけないのだが見惚れてしまうものがある。

 

(……ベル殿。この近くに他の冒険者は居ないようです)

 

 命はスキルによって現場付近に潜んでいる仲間が居ない事を告げ、ベルは小さく頷く。

 ジュラはたった一人で囮役をしている。本命は頭上か、と。

 そもそも何をしようとしているのかベル達は全く理解できなかった。

 彼らが疑問を抱いている時、上層から大きな爆発音が鳴った。いや、轟いた。

 

「……ああ、予定とは違うが生贄には充分だな」

 

 虎の子のモンスターを倒されてなお、調教師(テイマー)ジュラは余裕の表情を見せていた。

 それに振動が()()()()()()

 本来はリューを前にし、高説を垂れ、絶望に堕とす計画だった。――話している間に襲われては意味が無いけれど。

 時間は充分に稼げた。必要な爆砕作業も滞りなく、そして――階層を連続で叩き落す音が合図となって聞こえた。

 ジュラ達が居る直上では生き埋めになる。かといって冒険者を他の場所に向かわせるわけにはいかない。どうしても足止めが必要だからだ。

 

 都合三階層分の崩落をもって召喚する為に。

 

 ジュラがばら撒いた火炎石は特に意味が無い。牽制程度になればいい程度だ。

 戦闘の継続も必要なくなった。後は安全な場所に避難するだけ。ギリギリまでベル達を足止めする事も忘れない。それこそが――相手を絶望に堕とす策の完成形。

 

          

 

 階層を落とすといっても全ての床では下に居る自分達が危うい。

 この計画を実行するためにジュラは数年の時を費やした。そして、今が結実の時だ。

 ダンジョンは一定以上の破壊行為が(おこな)われると自浄作用を発揮する。それを見つけた時のジュラの喜びようは狂気に満ちていた。

 二五階層の大部分の床が落ち、二六階層も事前に破損していた箇所がひび割れて亀裂を広げる。

 その破壊音は時間と共に大きくなり、振動も比例して強くなる。

 

(上から何かが……。避難しないと……)

 

 見えない場所からの攻撃に対し、選択を迫られるベル達。

 ジュラの様子から彼の近くに居る方がいい気がした。罠の可能性もあるけれど、他に選んでいる時間が無い。

 素早く全員に突撃の命令を下す。

 何処から何が堕ちて来るか予想できないが――運に頼る事を選んだ。

 

(……僕の『幸運(発展アビリティ)』がどこまで通用するか分からないけれど、ここで賭けるしかない)

 

 身体に感じる振動が大きくなる。彼ら(ジュラ)はダンジョンに何をした、と無言の抗議を上げながら駆け出す。

 足の遅い春姫は命が担いだ。

 そして、ベル達が居た場所の正反対の通路が大音響を響かせて崩落していく。それは崖崩れにしては規模の大きいものだ。一瞬、上層に戻る方法をどうすべきかと焦る。

 あまりの振動と音響で立っていられなくなり、会話も不可能になった。ジュラも片耳だけの獣耳に手を当てて蹲る。

 戦闘行為が中断し、音が止むのに数分――とても長い沈黙だった。

 衝撃音が途中から聞こえなくなったのは耳鳴りが原因だった。ずっと聞いていたい音ではないので助かったともいえる。それらは数分で治ったものの振動はまだ続いていた。

 崩落から離れているとはいえ自分達が居る広間(ルーム)の天井もひび割れ、瓦礫が降ってきた。そのまま居ると大怪我をしそうだったので移動する事を敢行。

 

(……全員無事?)

(リリは無事です)

(俺も無事)

(自分と春姫殿も無事です)

(はい)

 

 固まって伏せていたので小声でも伝わった。

 振動が()んだ事を確認してからすぐに移動します、と伝える。

 屈んだ状態で歩き始めるが身体に感じたことのない振動だったからか、全員の足腰が震えていて移動に時間がかかった。

 リリルカに盾を出してもらい、落下物に気を付けながら中心地を目指す。

 

          

 

 複数の階層を巻き込んだ崩落はすぐに治まった。後はいくつかの瓦礫が落ちるだけで注意していれば問題がない。

 ベル達にとっては未知の探索階層なのでどのあたりが崩落したのか見当がつかない。

 音の感じから反対側の広間(ルーム)だと思われるが被害の規模が大きくて現場に居るのが怖くなってきた。

 

「下に冒険者が居たらひとたまりもないぞ」

「リリの記憶でも階層を落とすほどの破壊行為は知りません。かの【九魔姫(ナイン・ヘル)】の魔法でも壁の破壊程度でしょうし」

 

 ベルの記憶や知識でもダンジョンでよく壊されるのは壁だ。床や階層ではない。

 上層に居た時は考えたことが無かったが下の階層に進むたびに床の厚みが増している筈だ。

 ざっと見た感じでは三〇から五〇ないし七〇(メドル)

 

「あの火炎石ってそこまで強力な火薬になるの?」

「単に爆破させるだけなら無理だな。要所要所に亀裂を作って連続的に使いでもしねーと。それと……、当たり前だがそれだけのことを成すには相当量の火炎石が必要になる。この火薬はそんなに安い代物じゃねーぞ」

 

 火炎石は深層域に居る『フレイムロック』というモンスターが落とすドロップアイテムだ。市場価格もそれなりに高い。

 階層を破壊するのに使うには数千万ヴァリスかかっても不思議は無いとヴェルフは言い切った。

 ジュラはエルフのリュー一人を罠にかける為に用意したらしい。その執念に思わず嫌悪を抱く。

 

「いったいどのくらいの崩落を起こしたんだ? 下手すりゃあ階層主の部屋も……」

「い、一応既知のモンスターの気配はありません」

 

 開けた場所で落下物に気を付けつつ互いの無事を確認し合う。

 今はまだ上層に向かえない。ベルは広がる惨状に驚きと興奮を覚えた。

 ダンジョンをここまで破壊する存在が居る事にも。そして、ベル達以外に深層攻略している――かもしれない――冒険者の命をまるで顧みないジュラに怒りを募らせる。

 普段、優しい少年のベルは両手に力を込めた。けれども、単なる怒りで相対しては敵の思う壺。

 まずは事態の鎮静化を待ってから行動する事にした。

 リュー達はおそらく無事な筈だ。足元に爆弾でも仕掛けられていなければ。

 

(崩落巻き込まれた冒険者の身体とか見当たらない。……さすがにそういう失敗はしないか)

 

 大がかりな仕掛けだが、対象が居なければ全くの無意味な行為。それをどうしてジュラは(おこな)ったのか。

 居ようが居まいが関係ないのか、と疑問を抱く。

 

          

 

 体感した事のない大破壊。落ち着きを取り戻して見てみれば自分達の常識が音を立てて崩れていく。そんな比喩に相応しい光景が美しかった『巨蒼の滝(グレート・フォール)』を瓦礫へと変えた。

 大瀑布は濁流と化し、あちこちに飛び散り水浸しにしていく。

 細かな通路の殆どが崩落し、しばらく戻れそうにない。しかし、上層に多くの冒険者が居るし、ベル達が下に居る事を知る人物も居るので、それほど悲観はしていない。

 

「ベルと一緒に潜ると退屈しなくて済むな」

 

 ヴェルフの軽口にベルは苦笑する。

 泣き出す仲間が居ないだけ安心できた。

 リリルカは命達と共に背負った大きなバックパックの確認を(おこな)う。

 

(さっきの人を捕まえておいた方がいいかな?)

 

 リューに見つかると殺されそうだが、捉えておかないとまた何かの罠を起動させてしまうかもしれない。

 リリルカにロープを出すように指示する。

 ジュラの『(アビリティ)』が分からないから強引に抜け出してしまうかもしれない。犯罪の取り締まり経験が無いベルはどうしたらいいのか、悩んだ。

 

「相手は隻腕ですから、縛るのは難しそうです。拘束に適した魔道具(マジックアイテム)を用いないと駄目だと思います」

「……じゃあ、どうしたらいいかな?」

「手足の骨を折っておくとか? 少々残酷ですが、ここまでやった相手です。変に手心を加えてもロクなことになりません」

 

 穏便な方法を探るベルにとって犯罪者の扱いは全くの素人であった。

 聞いていくうちに自分がいかに甘いか再認識させられ、二の句が告げなくなる。かといって命を奪う事も出来ない。

 迷う団長に対し、とりあえず気絶させておこうぜ、とヴェルフが言った。

 

「何ならあの覆面エルフに殺さないように説得するの手伝ってやるよ」

「……そうだね」

「我々が証人ですからあの者は立派な黒と確定しました。これ以上は法の裁きに委ねるべきです」

 

 無用の殺生をする必要は無い。命の意見にヴェルフとリリルカが頷いた。

 今少し振動による恐怖で動きが鈍いが、全く動けないわけではない。

 ベルは武器を携えてジュラの下に向かう。すると彼は既に立ち直っており、大破壊に満足したのか、笑みを浮かべていた。

 

「早く逃げればいいものを……。だが、都合がいい。……あの糞エルフをぶっ殺す前哨戦として、生贄になってくれよ」

「……はっ?」

 

 さっきも聞いた単語だが彼は何を企んでいるのか、ベルのみならずリリルカ達にも理解できない。だが、ろくでもない事なのははっきりしている。

 訝しむ彼らの近くで異変が起こった。

 通常、ダンジョンは破壊行為に対して自浄作用を働かせて壊れた個所を修復する。

 深層域ではモンスター自ら階層などを破壊するので絶えず、その働きに追われる。けれども、それでも修復に支障が無い程度で収まる。

 もし、その支障が限界を超えるものであったなら――

 ジュラが起こした大破壊がダンジョンの自浄作用を超えるものであったなら、何が起きるのか。

 

          

 

 壊れたダンジョンを治すのはダンジョン自身だ。

 もし、その修復速度を超える事態が起きたら――そんなことを考える冒険者が果たしてどれだけ居るのか。

 警戒すべきはモンスターである。それが世の中の常識だった。

 かつてそのような非常事態が起きた事がある。リューが所属していた【アストレア・ファミリア】が壊滅する原因でもある。

 彼女は言った。その時に現れたモンスターによってあっさりと団員が殺された、と。

 それはいかなるモンスターだったのか。

 階層を貫く大破壊によって生じたダンジョンの痛み、または激痛ともいえる事態に何が起きるのか。

 

 このような事態を引き起こした原因を抹殺する。

 

 もし、ダンジョンに意思があればこのように判断するかもしれない。

 そう仮定した上でジュラが召喚しようとしているものは(まさ)にそういう存在だ。

 

「さあ、出てこい! 抹殺の使徒!」

 

 その言葉が聞こえたのかは定かではないが破壊の爪痕が残る瓦礫の中から()()()生み出された。

 最初に気が付いたのはベルだった。すぐに仲間達に避難を呼びかける。

 通常のモンスターも凶暴性はある程度あるが出てきてすぐに近くできるほどの悪意は感じない。

 いや、悪意というより殺意だ。それも身体に震えが来るほどの明確なものは。

 同じ殺意でも今感じている純粋なものは記憶に無い。

 

(……見え!?)

 

 予備動作が見えなかった。だが、感覚だけで避けようと努力した。

 鋭い刃物が頭上を通り過ぎる。とにかく、大きい。そんな端的な印象が次々と脳内を埋め尽くす。

 警戒しながら伏せるように言った。

 唐突な初撃を交わせたのは()()以外の何物でもない。

 

「な、なな……、何ですか今の……」

 

 場所が悪ければ春姫がやられていたかもしれない。それに遅れて気づく。そして、春姫は無事か、と食い違う感覚に驚いた。それだけ焦ってしまった。

 声をかけると(みこと)が無事です、と答えた。

 音が聞こえた時には春姫と共に地面に倒れ伏しました、と。

 仲間の無事を確認出来たことに安堵し、次はもし――と考え全身に悪寒が走る。

 もし、それ(無事)がそうではなかったら――考えたくないけれど、確実に取り乱していた事だろう、と。

 

(ど、何処から……。次の攻撃が来る!?)

 

 明確な殺意だけを察知したベルが敵がどこから来るのか、(おおよ)その見当をつけて回避を試みる。

 敵は素早い上に発見しにくい。常に動いている為だと思われる。

 微かながら移動音が耳に届いた。

 大破壊による耳鳴りが治まっていなければ危険だった、と今更ながら冷や汗をかく。

 

「……ヴェルフ。無事ならみんなと一緒に壁際へ」

「了解」

 

 体勢を低くし、リリルカ達と共に視界確保の為に壁を目指す。

 ベルは彼らの背後を守りながら警戒する。

 殺意は上。天井を徘徊しながら獲物を見定めているようだった。

 全貌がはっきりしない敵というのは戦いにくい、とベルは感想を抱く。

 

(さっき、盾で防ごうしたんだが……。切り裂かれちまった。……ああ、軽傷だ。心配ねー)

 

 と、小さな声でヴェルフが言ってきた。

 リリルカが念のために彼の様子を窺う。腕に赤い線が走っていたが回復薬(ポーション)で治せる程度と判断し、すぐにアイテムを使用した。

 切り裂かれたのは腕だけではなく盾もだ。すぐに投げ捨てた、と言ったので命が確認する。

 切り口が綺麗な盾の残骸が近くにあった。よく()()()()()()ものだと戦慄する。

 

(防御が意味を成しておりません。あの敵は危険です)

(……『敏捷(アビリティ)』が僕以上で斬撃に特化している? 長引いたら危ない相手……。未知のモンスターで間違いなさそう)

 

 上級冒険者であれば身に覚えのある人物が一人だけ出てくる。しかし、これほどの殺意を振り撒けるとは思えない。

 命が周りに火炎石が無い事を仲間に告げる。すぐにヴェルフが魔剣を振るった。

 部屋を少し明るく程度だが、ベルには充分だった。

 照らされたことで敵の正体が判明した。

 

          

 

 それを簡潔に述べるならば大高三(メドル)もの竜系の化石のような大型モンスターだ。

 肉は殆ど無く二本の腕と脚は細長く、腰から伸びる硬質な尾は四(メドル)ほど。

 不死者(アンデッド)モンスターなのかさえ怪しいが獣の頭部から見える目は血の様な赤い光りを湛えていた。

 六本の指に備わる深紫色の爪があらゆるものを切り裂く。

 

(……デケー)

(……禍々しい)

 

 未知のモンスターは獲物を物色するように静かに移動を始めた。

 天地関係なく移動する膂力から、あらゆるところに飛んでくることを予想させる。そして、それはベル達にとって戦いにくい相手でもある。

 たった一度の跳躍で二〇(メドル)もの距離を移動するモンスターだ。迎撃は容易ではない。

 

(あのジュラって奴の声がしねーな)

 

 小さな声なのはモンスターが反応する可能性を考慮してのものだ。

 命が辺りを窺うとさっきまでジュラが居た場所は真っ赤な血に染まっていた。

 どうして、という疑問が頭の中を満たし、次にあのモンスターによって殺されたことに気付いた。

 何の悲鳴も聞こえなかった。

 大破壊を敢行した悪党はあっさりと死んでしまった。

 

(……次は俺達ってわけか)

 

 警戒している間にもモンスターは何かを咀嚼しているようだった。

 おそらくジュラの肉体だ。見る見る血が地面に落ちていく。

 ベルは逃走は難しく、ここで迎撃しなければ全滅するのは確実だと悟った。勝てるかどうかは分からない。

 問題は仲間を守り切れる自信が無いこと。

 

(……油断すれば死ぬ。あのモンスターはそれほどの相手だ)

 

 上層で相対したミノタウロスとは次元が違う。

 強者に叩き潰されるのではなく、唐突な死を(もたら)す。

 戦い方が分からない。防御が通用するのかさえも。

 神様から貰った黒いナイフを構える。彼が持つ中で一番の強度を誇る武器はこれだけだ。

 

(……みんな、上に行って救援を。無理そうなら逃げて)

(……分かりました)

 

 一緒に戦えないのはリリルカ達も理解した。だから、残って戦おうとは言わない。

 切り札たる春姫は詠唱している間に殺されるかもしれないので、まずは安全圏まで離れる事を命に優先させた。

 それぞれ団長の指示に従い、移動する。

 

【ファイアボルト】!

 

 開戦の火蓋が切って落とされる――筈だった。

 ベルが牽制を兼ねて放った魔法がモンスターに着弾したかに見えた。しかし、次の瞬間には放った当人に当たっていた。

 思わず悲鳴を上げるベル。何が起きたのか理解できない。

 最後に逃走しようとしていた春姫には見えていた。

 彼の魔法がモンスターに向かい、何故か引き返してきたところを。

 

(……まさか、反射!?)

 

 骨の様なモンスターの身体はうっすらとした紫色の光りが灯っていた。それが魔法を反射させた能力なのだ、と。

 魔法が通用しなければ接近戦しかできない。次の問題は相手の強度だ。

 ベル以上の素早さを持つモンスターとの近接戦は自殺行為に等しい。けれども、やるしかない。容易に逃げられる相手だとベルも思っていない。

 焼ける身体に耐えつつ戦意を維持する彼の身体にリリルカは回復薬(ポーション)の液体を振りかける。

 見る見る火傷が癒えるが完全な治癒とはいかない。

 

          

 

 度重なる偶然――それはベルが持つ『幸運(発展アビリティ)』のお陰である。もし、それが無ければ死屍累々の場面が広がっていた。

 最初の一撃目で仲間の半数が死に、取り乱したベルは自分の魔法で自滅する。――そんな結果もあり得た。

 だが、現時点においてベル達は健在で未知の脅威と対峙している。誰も死んでいない。まだ諦めるには早いと言わんばかりだ。

 

(……リューさんがあの人を倒そうとした理由が目の前のモンスターなら……。僕は……場合によれば復讐者となっていたかもしれない)

 

 頼れるお姉さんエルフだったリュー・リオンが怒りに任せて私怨による制裁を繰り広げるなど想像出来なかった。

 今ならば理解できる、とは言わない。これは理解してはいけない気持ちだ。

 焦るな、相手を見ろ。自分はまだ生きている。

 かつてレベル1では討伐不可能と言われたミノタウロスと対峙し、撃破した事を思い出せ、と自分に言い聞かせる。

 あれを偶然の勝利にするな。神ヘスティアから授かった【ステイタス】を信じろ、と。

 骨のモンスターが跳んだ。意識を集中したベルは必死に動きを追う。見えないわけではない。自分より少し速いだけ。

 大きな身体ゆえに繰り出される攻撃は生半可ではない威力が上乗せされる。それをまともに受けるのは危険――

 何でも切り裂く爪の攻撃を避けつつナイフを一閃させる。どこかに当たればいい。ただそれだけの攻撃。

 

(……完全な骨というわけではない? いや、骨だけどそれほど硬くないって事か)

 

 モンスターの身体からパラパラと何かが落ちていく。それは身体を覆う『殻』であった。

 『力』と『敏捷』が異常に発達した弊害として『耐久』が著しく低い。そう判断した。

 攻撃を当てさえすれば勝機が見える。だが、それを易々と許す相手ではない筈だ。

 下層に降りれば降りるほどモンスターは狡猾になってくる。先の強化種(イレギュラー)との戦闘のように。

 

(動きに慣れたからといってもこのまま戦闘が続くわけがない。次に考えられるのは……)

 

 ベルより足が遅い仲間を狙う。至極単純な戦略にして最も効果的な方法だ。

 特に春姫が狙われれば気持ち的にも大打撃を受ける可能性がある。

 理由は単純だ。

 

 仲間が目の前で殺されたことが無いから。

 

 他人の死に対して淡白なところがあるのは認める。それはそういうものだと割り切れる。けれども、仲間は違う。

 様々な経験を積んで出会えた大切な存在だ。その喪失は計り知れない。

 リューが変貌する程の絶望を抱くかもしれないし、それを容易に想像する事も出来ない。

 

(……希望の灯を燃やせ。憧憬を抱き、勝利を掴め)

 

 (ヘスティア)より賜った『ヘスティア・ナイフ』は自分と共に成長する。

 逃走は不可。あるのは勝利のみ。

 これは単なる勝負事ではない。何度も経験してきた命のやり取りである。

 

          

 

 相手はモンスターだがバカではない。

 常に真正面から攻めたりしない。攻撃を受ければ次はそうならないように動きを変える。

 敵は自分の動きについてくる小さな存在。油断すれば鎧が無くなる。

 あれ以上、機敏に動かれては困る、と狡猾なモンスターは油断なく観察する。

 最初の初撃から()()()()()()

 どうして殺せなかったのか。自分の中にある命題はただ一つ――

 

 ダンジョンに危害を加える者の抹殺。

 

 ただそれだけの為に自分は生み出された。それなのに殺せない。――いや、一人だけ孤立していた(ジュラ)はあっさりと殺せた。ならばそれで満足すればいい。

 だが、一人だけ殺しただけだ。獲物はまだ居る。

 生きている限り、目につく生物は全て鏖殺する。そうすることが自分(抹殺の使徒)の役目である。

 天井から壁に移動し、ベル達を眺める。向こうから攻めてこないのは観察しているからだ、と予想する。

 相手からの魔法攻撃は自身の特性によって反射し、それは正常に機能した。特に異常はない。ゆえに戦闘を続行する。

 殺意を(みなぎ)らせるモンスターに対し、ベルは迎撃態勢に入る。だが、大きな身体を持つモンスターの突進はそのまま受けると身体が持たない。

 ギリギリの回避を要求されると予想する。そんな攻防を勝つまで続けるのは非常に難儀する。しかし、やらなければならない。

 

(少しずつ削り取る作戦は長続きしない筈だ。……出来れば魔石を狙えればいいけれど……。あの細い身体のどこにあるんだか……)

 

 予想では頭か胸だ。狙うには飛び込むしかないけれど。

 ――もし、狙いが外れれば衝突によるダメージ。回避の失敗によって斬撃を受ける事が考えられる。

 あのモンスターの斬撃を受けてはいけない。ヴェルフは軽傷で済んだが今の自分達の防具ではとてもではないが受け流したりできない気がする。

 完全回避一択。それはとても恐ろしい現実である。

 逡巡する暇もなくモンスターが跳び込んできた。狙いは仲間ごと。

 

「……ぐっ」

 

 攻撃に絶対の自信があるモンスターだ。多少のダメージを無視してもおかしくない。

 大ぶりな一撃だけでも脅威である。

 何せ、相手は受け止めきれずに切り裂かれる事になる。

 回避不可。防御不可。それを小さな人間(ヒューマン)であるベルにどう対処できるというのか。

 可能性があるとすればモンスターの攻撃に動じない――例えば『不壊属性(デュランダル)』――武器など。

 

(迎撃できるか? 仲間は守れる)

 

 咄嗟に脳裏に浮かぶのは半数の無事だけ。残りは無残な死体だ。

 犠牲を出したくない彼にとって一番選びたくない未来が提示された。だが、誰も守れないよりはいい。

 苦渋の選択に迫られたベルは――それでもモンスターの攻撃から仲間を守る為に突撃する。

 最良の選択を選べる機会は奇跡である。そして、そんな奇跡が何度も起こせるほどダンジョンは甘くない。現にジュラは死んだ。悪党ではあったが死んでほしいとは思っていない。

 一言で言えば守れなかった。優先順位を付けた結果で言えば仲間は守れたが全ては救えなかった。それが無情なる結果だ。

 もっと自分に力があれば、と思わずにはいられない。けれども、十全な能力など誰も持ち合わせていない。だから――皆苦労している。強くなろうとしている。

 誰もが平等に発展途上である。そして、それこそが冒険者だ。

 ベルは仲間の犠牲を覚悟しつつ迫りくる巨大な爪攻撃を迎撃する。だが、当てられたのは小さな範囲だ。攻撃事態はダメージに構わず襲い掛かってきた。

 

          

 

 捨て身の攻撃ほど怖いものは無い。そう思わせる一撃が命に向かって行った。多少、軌道が逸れた程度で仲間に向かう事は変えられなかった。

 高速戦闘における感覚の鋭敏化で見えたのは狙い違わず命に向かう攻撃に対し、ゆっとくりと追い縋ろうとする自分――だが、追いつけない。間に合わない。

 次の攻撃を繰り出す時間がとてもゆっくりと感じられた。

 命の武器は相手の攻撃を防げるものなのか。そうでなければ武器ごと切り裂かれてしまう。近くに転がるジュラのように。

 

「やらせるかー!」

 

 意識の外側から怒声と共に緑色の閃光が走った。

 命への攻撃は結局のところ失敗に終わる。しかし、相手にはもう片方の腕がある。そちらは感覚だけでベルが対処した。自然に身体が動いたといってもいいくらい無意識下での対処で自分でも驚いた。

 互いの攻撃は致命傷には至らず、痛み分けで終わった。

 モンスターは攻撃を防がれた事を知ると即座に引き下がった。強引な勝利を避けた分、かなり性格が悪いらしい。

 

「無事ですか、クラネルさん!」

「……な、なんとか。ありがとうございます」

 

 戦場に入ってきたのは頼れるエルフ、リューだった。

 上層で何があったのかは分からないが大きな怪我が無いところを見ると二匹目の大蛇の井戸(ワーム・ウェール)に然程苦戦しなかった模様。

 リューはベル達を気にしつつ敵を見据える。ある程度の予想をしていた為か、未知のモンスターの姿に驚いた様子は無い。だが、見る見るうちに脂汗が流れてくる。

 

「とうとう現れてしまった。……それで、ジュラ……は死にましたか……」

「すみません。何もできず……」

「……そうですか。悪党の事はいい。今はあれの対処が最優先です。他の皆さんは上を目指しなさい。かえって足手まといだ」

 

 敵を見据えたリューの言葉にリリルカ達も自覚していたのか、文句ひとつ言わずに引き下がろうとした。だが、モンスターはそれを許す気が無く、威嚇してきた。

 かつて【アストレア・ファミリア】を全滅させた因縁のモンスターとの邂逅――それはリューにとって一番辛い記憶でもある。そして今、大切な友人達が危機に立たされている。

 このモンスターの正式な名前をリューはギルドから聞かされた。だが、他言無用の制約を課せられてしまったので今まで誰にも教えていない。

 ギルドは詳細を把握した上で一般公開を固く禁じてしまった。

 現時点でこのモンスターの情報を知るのは先に死んだジュラとリュー、ギルドの上層部とダンジョンに祈祷を捧げている神ウラノスだけ。

 

「私達で倒します。覚悟してください」

「はい」

 

 一つ息をついてからリューは早口でまくし立てる。そうしないといつ襲ってくるか分からないからだ。

 モンスターの特性。攻撃方法。自分の知る限りの事を。しかし、リューとて多くを知っているわけではない。それが正しいともいえない。

 当時ですら仲間の犠牲の上で勝利を得た化け物だ。戦い方など()って無いようなもの。

 

「このモンスターに魔法は厳禁です。物理攻撃か付与魔法(エンチャント)……。あるいは自爆攻撃が有効です。とにかく、あの装甲を引き剥がさなければ仲間の支援すら無駄……」

「了解しました」

 

 言い終わると同時にモンスターが跳躍した。態々(わざわざ)待っていたかのように。それだけ自分に絶対的な自信があるのか、それとも偶々(たまたま)か。

 リューにとって遭遇経験は一回のみ。だが、その一度の経験が今に繋がっている。

 情報の重要性は生き残ってこそ発揮される。相打ちや無駄死にで消費されるものではない。

 例え、激情にかられていたとしても。

 モンスターの最大の武器は驚異的な跳躍から繰り出す爪の攻撃。時折尾を使う程度の一点突破型。

 もし、モンスターより『敏捷』が勝っていた場合、劣っている者に標的を変える。それだけでも充分に脅威である。尚且つ強引な勝利を狙わず、確実に冒険者を殺そうとする。

 例えばベルとリューをあっさりと無視してリリルカ達を狙ったり――

 とにかく、狡猾で油断できない。

 

(また貴様は弱い者から狙うのか!)

 

 軌道変更してきたモンスターに追い縋り、木刀――大聖樹の枝で作られた第二等級武装『アルヴス・ルミナ』――を長い尾に叩きつける。それを不快に思ったモンスターは腕を乱暴に振った。

 速度だけならレベル(ファイブ)に匹敵するモンスターの攻撃を辛うじて避ける。

 ベルもリューの負担を減らす為、反対側から攻めた。だが、射程が極端に短いナイフである為、相手からの反撃を受けやすい。

 斬撃ではなく殴打によって小さな少年は吹き飛ばされる。その威力は中々のものだったが耐えられないほどではない。だが、それもあと数回が限度といったところ。

 リューは走り続けた。

 駆け続ける事で攻撃力が増加する【疾風奮迅(エアロ・マナ)】のスキル効果。

 魔法を使用しない分、余計な雑念に囚われず攻撃に意識を向けられる。

 速度が乗ったリューはモンスターと同様に壁や天井も駆けていく。二つ名の【疾風】を体現するように。

 そんな彼女に追随するのは【白兎の脚(ラビット・フット)】である。リューに負けず劣らず、縦横無尽に駆ける。

 彼の速度の真価は『逃走』時に発揮されるが頭の中にその(逃走)文字は無い。撃滅だけだ。

 白と緑の軌跡を描きつつ二つのレベル4が脅威のモンスターに襲い掛かる。

 

(……話しに出たモンスターか。速度から()()()()()()()()瓦解もありえるな。奴なら仲間が一人でも犠牲になれば取り乱すのは容易か……。喪失を知らん冒険者がぶつかる壁でもある)

 

 二人の戦闘を軽く見た()()がそんな感想を抱き、下方に固まっている足手まとい(リリルカ達)を掬い上げていく。

 見捨てる事も出来るが()()がある為に――

 

          

 

 ベル達が戦闘に集中している間、広間(ルーム)お荷物(リリルカ達)が無くなった。それに気づいたのはリューだ。

 苦笑を浮かべつつ戦闘に意識を戻す。

 後顧の憂いさえ無ければ――これほど気持ちが高揚する事も無かった。だからこそ惜しい。恨めしい。そんな気持ちが湧いてくる。

 後悔先に立たず。過ぎ去った時は戻せない。

 目の前のモンスターはリューにとって未知ではなく既知。大切な友人であるベルだけは守らなければならない。

 かつて守り通せなかった仲間達の為にも。

 

「……クラネルさん、思いっきり戦ってください」

「え? わ、分かりました」

 

 速度を緩めずに果敢に攻め始めるリュー。

 仲間を気にしていたベルにとっては意外だった。だが、すぐに理解する。

 己の後方には何もない事を。だからこそ、歯噛みした。そんな事(確認)に余計な時間を使ってしまった事に。

 モンスターの速度は自分達より早い。けれども予測すれば避けられないほどではない。

 攻撃も通っている。装甲さえ剥がせれば魔法も通用するようになるかもしれない。だが、それは希望的観測だ。ベルにとってはまだ未知の存在だったから。

 数分の激闘。それでも体感的には一時間ほど。

 モンスターは一向に諦めない敵に驚いていた。ここまで抵抗するとは予想外であり、受けたダメージも大きい。

 倒せない敵が居るとは思わなかった。

 

「無理に攻めないでください。このまま削り倒します」

「了解」

「……魔石を無理に探そうとしないでください。それこそが油断の元です」

 

 魔石がどこだが分からなくとも徹底的に叩き潰せば同じこと。

 リューは執拗に殴打し続けた。少し私怨が混じっていたけれど。

 ベルも少しずつ装甲を削る。有効打を与えられるのはナイフだけ。攻撃できるだけマシだと思うようにした。

 攻撃と逃走を許さず、未知のモンスターを少しずつ追い詰める。

 ここで重要なのは勝利を確信してはいけないこと。ベルの脳裏に金髪金眼の剣士の言葉が思い出される。

 

 追い込まれた瞬間こそ一番の好機が見える。

 

 対人戦においてそう教わったけれど、賢いモンスターに通じないとはいえない。

 相手もベル達の様子を窺いながら警戒し始めた。自分の強さに(おご)っていない。あるいは予想外の抵抗に驚いているのかもしれない。

 未知のモンスターは強さだけならレベル5に相当すると予想。

 驚異的な斬撃。魔力反射(マジックリフレクション)

 初見殺しな存在も観察が済めば脅威度が下がる。恐れは既に無い。後は勝つだけだ。

 

          

 

 モンスターを翻弄し、少しずつ勝機が見えて来た、とベルは感じた。だが、そう見えているだけで逆に追い詰められている事もあり得る。

 巨体から繰り出される大きな腕からの一撃には速度と質量が上乗せされている。まともに受け止めればひとたまりもない。

 レベル4の『耐久』でも身体が軋む程。リリルカ達を退散させた今、回復は見込めない。ゆえにダメージを受けずに対処するほかない。

 

(武器が壊れるのが先か、相手の装甲が剥げるのが先か……)

(リューさんの攻撃でも少しずつしか通っていない。とにかく身体が大きすぎる)

 

 驚異的な跳躍により飛び回るモンスターを捉えるだけでも一苦労なのに決定打を与えるのは更に難易度が高かった。

 賢いという事は学習している、ということ。

 少しずつ優位性が失われていく。

 そして――モンスターが牽制を覚えた。急停止に瓦礫の散布。

 

「……ぐっ!」

 

 自由自在に動くのは本来であればベル達の専売特許だった。それをモンスターに使われればたたらを踏まざるを得ない。

 追い詰めていたと思ったら追い詰められていたのは自分達の方であった、というのはよくある事だ。

 細かな牽制は時間が経つごとに効果を発揮する。

 

(だが、我々はまだ生きている。あの大ぶりの斬撃さえ喰らわなければ……)

 

 既知だからこそ捌けている。それが出来なかった時の惨状は今も記憶に焼き付いている。

 冒険者の肉体をいともたやすく切り裂く。その脅威の攻撃に対抗しうる防具は無いに等しい。全くの無駄。そう思った方が早い。

 ベルの防具もあちこち裂傷が目立つ。ギリギリで躱せているといったところ。

 

「……クラネルさん。防具は邪魔です。捨てなさい」

「そんな暇は無さそうですよ」

「……愚問でした」

 

 モンスターの次の攻撃が飛んできた。

 このモンスターは身体が大きいけれど二手に分かれる相手に早々器用に立ち回れない。

 ()()()()助っ人が居れば、と思わないでもないが――戦闘中の救援それ自体が油断に繋がるおそれがある。

 リューは瓦礫の散弾に打たれて苦悶の呻きを漏らす。隙が出来たところに剛腕の一撃が襲ってきたが辛うじて避け切った。

 

(内臓をやられてしまいましたか)

 

 口から血の唾を吐きながら相手を見据える。

 今は顔を背けると死ぬ。そんな気配が充満していた。

 ベルに向かって跳ぶモンスター。すれ違いざまに切りつけるが、それを見越した上で尾の攻撃を見舞ってくる。それを避けるも肩口に当ててしまう。

 

「……ううっ」

 

 速度の乗った攻撃は僅かに掠っただけでもかなりの衝撃が伝わる。

 もし、直撃していれば骨ごと粉砕されていたかもしれない。

 モンスターの攻撃を一つでも受けずに攻撃を当てる、というのは無茶で無謀もいいところだ。

 時間経過と共に勝てる要素が無くなってきた。

 

(勝たなきゃ死ぬ。勝てるのか? 強い思いだけで攻略できる相手なのか。そうしなければみんな死ぬ)

(……最悪、自爆攻撃を敢行し……クラネルさんだけでも生きてもらわなければ……。かつてアリーゼが私を助けてくれたように。……彼はここで死ぬべき存在ではない)

 

 痛みと疲労がどんどん蓄積していく。先ほどから身体が重く感じてどうにも意識を保つのが辛い。

 二人とも満身創痍となりつつ戦意を維持してきた。

 特に厄介なのは視界いっぱいに広がる瓦礫の散弾だ。それ自体は耐えられるが少なくない痛みが身体を襲う。

 

(目を潰し、足を潰す戦法を取ってきた……。これでは速度を乗せるのが難しくなる)

 

 リューが持つ魔法は攻撃と回復のみ。防御に特化した魔法は持っていない。

 ベルも超短文詠唱――速攻魔法を一つだけ。

 対するモンスターの武器はダンジョンそのもの。物量的にも圧倒的な差がある。そして、有効と分かったら効果的に使ってくる。

 

【ファイアボルト】

 

 飛来する瓦礫にベルは魔法を放った。モンスター以外は反射されない。これで少しでもリューの助けになれば、と。

 それに感謝し、ベルに回復魔法をかける。

 

(多少のダメージがありますが、奴に比べれば大したことはありません。……だが、これではじり貧だ)

 

 牽制と大振りの斬撃。合間に跳躍し、長い尾の薙ぎ払い。

 単なる攻撃だけなら慣れてしまえば避けるのは容易い。だが、巨体が生み出す副次効果が攻略を難しくしている。

 モンスターが跳べば粉塵が舞う。瓦礫が多少なりとも飛んでくる。

 小さな冒険者の身体と比べると大きな弾丸だ。それが速度をもって大量に襲い掛かってくる。

 

(アイズさんの付与魔法(エアリエル)ならなんてことないんだろうけれど……)

 

 都合のいい能力を持っている冒険者が居るなら誰も苦労はしない。

 何も無いなら頭を使うしかない。今までもそうだったように――

 絶望的な状況を打破する為の方策を考えろ、と自分に言い聞かせる。

 

          

 

 戦闘が思いのほか長引いている。疲労も蓄積している、とベル達は不安を募らせる。対するモンスターはまだまだやる気充分といった様子だ。だが――

 細身の身体のあちこちはボロボロに崩れ始めている。自己再生能力が無いようだ。

 このまま戦闘を続けると共倒れだ。それこそが相手の目的であれば少なくとも仲間は助かる可能性がある。

 

(僕達の命を犠牲にして……。それでいいのか?)

(相打ち覚悟の相手とは戦いたくない)

 

 確実にベル達が死ねばそれでいい、と思っているならなんともいやらしいモンスターであろうか。

 ベルは無駄死にする為に冒険者になったわけではない。絶対に生き残る、と強く思った。

 生き汚くて結構だ。形振(なりふ)り構えるほど人間が出来ていない。

 憧れの人(アイズ)の隣に立つまでは死ねない。そう決意を込めて下層域に来た。

 

「……先に謝っておきます」

 

 唐突にベルが言った。それにリューは驚く。

 戦闘中に弱音を吐く場合は自己犠牲と相場が決まっている、とどこかの神が言っていた。

 

「……今回ばかりは【ランクアップ】を諦めます。……だから生きて帰りましょう」

「……クラネルさん」

 

 若き冒険者ベル・クラネルが弱音を吐く場面は早々記憶に無い。

 常に強くなろうと努力してきた彼が諦めると言った。それはモンスターの撃滅を優先しない、ということに他ならない。

 ここであのモンスターを倒さなければ多くの犠牲が出ると分かっている筈なのに。

 

(……私は私怨で向き合っている。だから、逃げる選択肢など存在しない。でも……、彼は違う。未来ある若者だ。まだ悪に堕ちる前の無垢なる冒険者……。かつて私が捨ててしまった在りし日の目標……)

 

 言葉は違うが正義を掲げていた冒険者達が居た。その中にはリューの姿もあった。

 どんな困難があろうとも決して諦めず、強敵と戦い続けてきた輝かしい冒険者の姿が――

 ベルは自身の強さより生き残りを。仲間やリューの生存を望んだ。

 モンスターを倒す、という目的を自ら捨てて選んだ選択肢だ。それを嗤う事も軽蔑する事も誰が出来るというのか。

 

 彼は優しく気高く尊敬できる冒険者(ヒューマン)だ。

 

 高潔で高慢なエルフよりも。今のベル・クラネルは清く正しく美しい。

 リューは思わず口元が緩んだ。

 

「……全く貴方らしくもない。獲物を前に逃走を選ぶとは……」

「このまま戦っていると失うものが多くなると思って……。情報こそが何よりの宝……。それが冒険なんでしょう?」

「……貴方も……少しは冒険者としての自覚を持ち始めたようですね。……全く、生き汚い人間(ヒューマン)の浅知恵はいつも私達エルフを困らせる」

 

 そんな生き汚い中にリューも居た。何度も挫折を味わった。全身を汚しながら戦い抜いた。

 仲間が今の自分(リュー)を見たら何て言うだろうか。

 ――思い出そうとすると口汚い言葉ばかり浮かぶ。おそらく一つも為になるものが無い。

 主神アストレアの言葉は逆に優しすぎる。特に今のリューには(とうと)くて使う気になれないと思わせるほどに。

 

「感心のあまりションベン(小便)を漏らしそうです」

「!?」

 

 美しい声色からとんでもない言葉が出て思わず驚くベル。

 リューは敵を見据えたまま顔を真っ赤に上気させる。恥ずかしい言葉なのは重々承知しているが他に浮かばなかった。それに――これは仲間(ライラ)の言葉だ。自分が考えたわけではない。

 

          

 

 恥は一時(いっとき)。すぐに目の前の事に集中する。

 逃走を選ぼうにも逃がしてくれるとは思えない。チラチラとベルに顔を向ける。

 何か策があっての発言だと思った。これで無策なら――それでも別に構わない。彼とならどこまでもついて行ける気がした。

 ベルは戦闘中にいくつか拾っておいた火炎石をモンスターに向かって投げつけ、すぐに魔法を放った。

 爆風により互いの相対距離が離れる。それを見越して逃走を図ろうとした。だが、モンスターはそんな策をものともせずに襲い掛かってきた。

 

(切り替え、判断力が早い!? ……いや、爆風のダメージを受けている。自身を顧みないモンスター……)

(順然たる殺意の権化……。確実に冒険者を抹殺しようとする、その執念は実に恐ろしい)

 

 敵と接触する、その瞬間に割って入る存在が居た。

 ()()は――無造作に拳をモンスターの頭部に打ち込んだ。ただそれだけで頭蓋がひび割れ、後方に吹き飛ぶ。

 

 私も充分に少年に感化された、ということか。

 

 自らの(おこな)いに呆れつつ眉根を寄せて失望する灰髪の女性アステル。

 二人が勝利するまで手を出さないつもりであった。だが、少年ベル・クラネルが諦めの言葉を口にした。そして、それがどういう意図か察したアステルはまず呆れた。次に呆れた。そして、三度目も――

 失望に次ぐ失望。かつても今も変わりない嘆きの気持ち。だが、過去と現在には明確な違いがあった。

 全てを捨てる諦めと次に繋げる敗走である。

 

(二度と立ち上がれない冒険者と次こそは、と思わせる冒険者……。彼は後者だ。そして、小娘もなんだかんだと吹き返してきている)

 

 託した思いが無駄にならないこと。それはとても大事なことだ。

 先達に出来ることは彼らの背を押す。未来を指し示す。

 ――ほんの少しのお節介も含まれる。

 

「……深層域のモンスターはこんな(ぬる)い相手ではなかったぞ。全く……貴様程度、最弱のサポーターでも倒し(おお)せるわ」

(……ゼウスとヘラのサポーターならば可能かもしれませんが……。最強と謳われた【ファミリア】の構成員は本当に強かったのですね)

 

 アステルはベルに顔を向け、いいんだなと尋ねた。彼は黙って頷いた。

 これ以上の戦闘は無意味、とは言わないがリューが危険に晒される。何より自分が頑張れば彼女も頑張ってしまう。生真面目なエルフであり、戦士である為に。

 無様でも引き下がらないと――大切な友人を失いそうで耐えられない。

 魔法を反射するモンスターであるがアステルには意味が無かった。それを証明するように――

 突如乱入してきた彼女に向かって大きな跳躍を試みるモンスター。その攻撃に対し、アステルは自然な動作で大きな身体を掻い潜り、長い尾を掴んで力を込めて引っ張った。至極容易く(おこな)われた動作だが、それだけで尾が千切れた。

 彼女の細腕がモンスターの突進力に負けることなく、空中で悲鳴を上げるモンスター。すぐに標的をアステルに切り替えて長い腕を振るう。だが、ベル達には勝っていた『敏捷(アビリティ)』も彼女には遠く及ばなかった。

 ベルとリューに対して圧倒的な位置に居たモンスターよりもアステルが圧倒的だった。これはただそれだけのことだ。

 

「攻撃に特化し過ぎて防御が紙だな、貴様。……下位レベルに対して調子に乗れるだけで大したことが無いではないか。それでもモンスターか。軟弱者め」

 

 モンスターよりも素早い手刀が腕の付け根に叩き込まれた。『耐久』が低いモンスターが彼女の攻撃に抗えるわけもなく――

 抹殺の使徒は図体が大きいはずなのにアステルの方が今は大きく見える。

 かつて【アストレア・ファミリア】を一方的な蹂躙で壊滅させたモンスターが――同じたった一人のモンスターによって無力化された。それも五分とかからずに。

 ベルは始終驚いていたがリューはよく理解していた。

 これが上級冒険者のあるべき姿なのだと。そして、自分達は彼らを越えなければならない命題を課されている。

 

          

 

 手足と尾をもがれたモンスターはそれでもまだ生きていた。頭部の損壊が激しいが生命力だけは見た目以上に備わっているらしい。

 念のためにと切り離した部位も細かく裁断し、相手の出方を窺う。その間、リューは過去に何があったか、話せるだけ喋る事を()()()()()

 アステルに慈悲も拒否権も無かった。

 

「……このモンスターについてギルドから箝口令が敷かれているのですが……」

「知るか。言え。エルフ耳を削ぐぞ」

「……今の貴女ならそれも止む無し、のような気がしますが……」

 

 足元に転がしたモンスターに顔を向けつつ命令を下すアステル。最後まで油断しない姿勢にベルは言い知れない恐怖を覚えた。

 いや、強者に対する畏怖の方が近い。

 リューは一つため息をついてから【アストレア・ファミリア】に起こった悲劇を語った。その元凶たるジュラの事も。

 アステルにとってはたかがモンスター一匹というレベルかもしれない。けれども、当時の自分達にはなすすべが無かった。

 

「それが五年前の事……。仲間を失った私は闇派閥(イヴィルス)を殲滅する狩人となった。そうしなければ……何もかもが無駄になると思って」

「一番純粋な貴様の心が折れれば悪に染まる。……悪神の思惑通りになったわけだ」

(正義ではアリーゼ達を救えない。……仇を見つけた途端に自制が利かなくなってしまった)

 

 そして、目の前に仲間の仇が見るも無残な姿を晒している。正直、(とど)めを刺したいと思わなかった。

 このモンスターは偶発的な事象によって生まれただけだ。ある意味では悪意の犠牲者ともいえる。

 もし、一人で対峙したならば相打ちか一方的に討ち死にしても良かった。だが、今回はすぐ近くに居てはならない大切な友人(ベル・クラネル)が居る。守らなければ悲しむ人が出てしまう。

 彼は尊敬する人間(ヒューマン)だ。手を取っても嫌悪を抱かない純粋な心を持っている。

 

「……おい、小娘」

「なんだ?」

 

 ベルからアステルに顔を向けた瞬間に意識が飛んだ。

 彼女(リュー)が最後に聞いたのは『ゴッ』という鈍くて痛そう――いや、物凄く痛そう――な打撃音。

 瓦礫と化した広間(ルーム)の中を十数(メドル)は飛んだのではないかとベルには見えた。何の抵抗も出来ずにゴロゴロと――いや、正しくはビュンビュンかもしれない。彼がこれまで見て来た転がり方ではないヤバイ動きとしか例えようが無かった――転がり、全身の骨が砕かれたような――あられもない――格好となってから止まる。

 彼女は白目を剥いた顔で完全に沈黙した。見た目には首が曲がってはいけない角度に――それと額から血が出て、口元を覆っていた覆面は鼻血によるものか、ドス黒く変色し始める。それと遠目で確証はないが耳からも血が出ているような。

 アステルがどのような方法でリューを吹き飛ばしたのか、彼の深紅(ルベライト)の目をもってしても認識できなかった。

 これこそが彼女の秘匿された必殺技『福音拳骨(ゴスペル・パンチ)』である。

 なんとこの技は即効魔法より早いと何度も喰らった経験のある(ゼウス)のお墨付き。

 彼女の理不尽とも言える暴力に抗える存在は――最愛の(メーテリア)を除けば――誰も居ないとまで言われる、とか。

 

「リュ、リューさん!?」

(……空中で回転しながら飛んで行ったように見えた)

「……少年。お尋ね者の【疾風】が死んだな。あれは確実に即死だ。そうだな? そうではない場合は確認の意味で全身を砕かなくてはならないが……、いいか? それとも……、念には念を入れて奴の耳を削いでおくか?」

 

 冷徹に無表情のまま言い募るアステルの言葉をしばし吟味し、何が言いたいのか理解した。そして、彼は全てを悟ったように何度も頷く。

 【疾風】は今しがた死にました。見事な死体となり果てました、とはっきりと宣言する。

 彼の言葉にアステルは微笑しながらよし、と言った。

 

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