υπηρχεω【完】   作:トラロック

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05 英雄再誕

 人間(ヒューマン)のベル・クラネルとエルフの冒険者リュー・リオンは謎の抹殺の使徒との生死を賭けた激闘もアステルという不可思議な異端児(ゼノス)モドキにかかれば――文字通り――赤子の手をひねる程度で終了してしまった。

 ――気高き森の妖精(エルフ)【疾風】リューも彼女の手にかかり(とうと)い命が失われてしまった。その死に様を間近で見たベルは何とも言えない()()(たた)える。

 

「……酷い。とにかく、酷い」

(……こんな姿、仲間には見せられないな。彼女の名誉と人権にかかわる)

 

 せめて()()だけは整えないとと思い、だらしない格好の彼女の手足を動かす。――女性の身体に触れるのは気恥ずかしいがやむを得ない、と自分に言い聞かせて。

 服を脱がそう、という気持ちは無い。疚しい気持ちも無い。

 アステルはバラバラにしたモンスターの動向を見張っていて手伝うどころではないそうだ。最後まで気を抜かない所は見習わなければならないけれど。

 

「同情などするものではないよ。どんな理由があったにせよ。こいつらは弱かった。己の無力を理由にして復讐に走った馬鹿どもだ」

「………」

 

 ひたすらに厳しい。慰めの言葉など一欠片も入っていない。

 深層域に潜る冒険者というのはそこまでの心境に陥るのか、と。

 実際、そうなのかもしれない。優しいエルフが激情に駆られる程、ダンジョンというのは油断ならない場所だ。近くにある死体を見て、全員の生存を達成する事がいかに困難であるのか――

 

(……仲間を失う目に遭えば冒険を諦める可能性がある。……アイズさんに憧れてきた気持ちも喪失感に勝てるとは思えない。……大切なものを引き換えになんて……)

 

 彼女(アイズ)の【ファミリア】は今でこそ大手と言われるが色んなものを失ってきたはずだ。それでも前に進み続けている。

 失ってなお前に進むには理由が居る。単なる名声だけではない筈だ。

 それこそが全ての冒険者に課せられた命題『三大冒険者依頼(クエスト)』の達成。

 今のベルには実感が湧かないけれど、いずれは参加することになり達成しなければならなくなる。

 

「先の戦いで怖気づいたか? 深層はもっと過酷だぞ? それに大型モンスターがたくさん居る。……今の規模では難しいが少しずつ経験を積め。冒険を諦めない心が今もあるというのならば証明し続けろ」

「……はい」

 

 よろしい、と言って仲間を連れて来ることをアステルは許可した。

 そういえば、とベルは二匹目の『ラムトン』について尋ねた。

 大きな蛇のモンスターと言うと――

 

「……ああ、そんなのが出て来たな。階層移動しか取り柄のない雑魚だった。今頃、ドロップアイテムの取り合いになっているだろうよ」

 

 想像通りの事態になっていたようでベルは苦笑した。

 未知の存在たるアステルは得体が知れない。けれども、どことなく信じられる気がした。

 厳しく優しい佇まいはどことなく誰かを想起させる。その誰かは――思い出せない。冒険者ではない、誰かとしか。

 

          

 

 ベルは現場をアステルに任せて仲間を呼びに向かった。あの手のモンスターが複数出てくることはない、と思いながら。

 リューとモンスターと死体が転がる広間(ルーム)にて。

 モンスターの肉片を握り潰しながら考察し、()()()()()()エルフに顔を向ける。

 

(……仲間を大切に思うがあまり冒険を忘れるとは……。ここは悪意の塊だ。正義など何の足しにもならん。生き足掻いてこそ冒険者だ。……そう教わらなかったのか、お前の主神アストレアに……。私はヘラからそう教わり修羅の道を突き進んだ。幾許かの寿命と引き換えにして)

 

 そして、前人未到の末に出会った『隻眼の黒竜』と相まみえ全滅の憂き目にあった。

 圧倒的だった、と告げたがあれはそういう次元ではない。つまり――そういう存在である。

 絶対に勝てない。

 最後の英雄、とはいってみれば生贄だ。それを甘い言葉で誤魔化しているに過ぎない戯言と同義。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 と、()()()()()()()()()()小娘を最初に見つけた時、【ヘラ・ファミリア】は扱いに困った。次に見かけた時は【ロキ・ファミリア】の冒険者になっていた。

 邪神が召喚したモンスターと戦う彼女を見た時、これこそが自分達が待ち望んでいた英雄の姿であると確信を持った。

 ――正直、あんな小さな娘に頼らなければならない大人など、みっともないにもほどがある。だが、やるしかない。何を犠牲にしてでも。

 

(更に七年……。だいぶ大きくなっている頃か……。そういえば少年の歳を聞いていなかったな。……思いのほか『終末の刻限』が迫っている気もするが……)

 

 物思いに耽っているとベル達がやってきた。

 そこで彼らに散らばるモンスターの欠片を潰すように指示した。

 おそらく全て潰さない限り活動し続ける、と予想して。

 

「持って帰ってもロクなことにならん。これ以上の犠牲を望まないならしっかりと潰せ。そうしないとそこで肉片と化している悪党のようになるぞ」

「……うわぁ」

 

 小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデと赤毛の鍛冶師ヴェルフ・クロッゾが道具を持ち寄って作業を始めた。

 今まで何の役にも立たなかった狐人(ルナール)の春姫も金槌を持って頑張ろうとしたが、狙いが上手く付けられない。

 

「寄生の特性があるかもしれない。出来ないなら離れて見守っていろ」

「は、はい」

(本当に油断しない人だ)

 

 素手で触るな、など細かな指示が飛ぶ。

 魔法を反射する特性があるので、それだけ取り出せないかと尋ねてみた。

 モンスターがまとう『殻』が身体から離れるとボロボロになるので無理そうだと告げられた。

 ドロップアイテムを落とさないかもしれない、とも。

 

「抹殺の使徒と呼んでいたくらいだ。ロクなモンスターじゃない。諦めろ」

 

 それに【アストレア・ファミリア】を全滅させた。利用しようという気持ちなどアステルでも湧かない。

 手足の殆どが灰になっている中、残っているのは頭部のみ。それでも未だにモンスターの戦意の火が消えていない。

 冒険者を鏖殺するまで戦い続ける、そんな特性が備わっているとみて間違いない。

 アステルの記憶にも無いものだが――出てくる階層によって強さが変わる場合、五〇階層以降なら楽に倒せない事も充分にあり得る。

 ()()下層域だからこそ楽に勝てた。この程度の犠牲で済んでいる、ともいえる。

 

(出現条件がダンジョンの大破壊というのは早々出来かねる。これもまた隠された緊急事態(イレギュラー)という奴なのだろう)

 

 考察を終えた後、最後の頭部を滅多打ちにて灰にした。

 何の未練も残さずに。徹底的に。跡形もなく。

 

          

 

 たった一人のエルフを殺す為に色々と画策していた調教師(テイマー)ジュラ・ハルマーの遺体をまとめて袋に詰め、彼が所持していたアイテムをベル達に託した。

 気絶したリューもアステルが運ぶことになった。万が一、目が覚めた時、取り乱す彼女を取り押さえられるのはベルとアステルくらいだ。

 団長ベルは女性の扱いが下手なので必然的に適任者が決まる。

 

「ダンジョンの中で埋葬したら私のように蘇ってまた悪さをするかもしれない。こいつは地上で処分させろ」

「そうですね。【ガネーシャ・ファミリア】の人達に会ったらそう言っておきます」

 

 さて、と小さく呟き――地上へ凱旋だ、とアステルはたくさんの荷物を抱えて上層を目指す。

 生き残ったジュラの仲間達は方々に散った。またいずれ相対するかもしれないがアステルには追う理由が無かった。自分の正体を吹聴されようと――協力者たる神は既に送還済みだ。今更闇派閥(イヴィルス)に戻る気も無い。

 そもそも闇派閥(イヴィルス)自体に興味を覚えていない。

 

「……よくよく考えたら、どうして私がこんな粗大ゴミ(ジュラとかいう)を持たなければならないんだ?」

「ボールスさんたちは非協力的ですし、別の悪者に何かされるかもしれません」

 

 一般的に冒険者の遺体が新鮮なまま、というのは珍しい。

 持って帰れない冒険者がギルドに依頼し、専属の回収班が向かう頃には大抵白骨化している。

 本当ならジュラの遺体はそこらに打ち捨てたままにするところ。これは単に目障りだから、の一言に尽きる。

 

「……それにしても俺が作った防具がもうボロボロかよ。どんだけ強かったんだ、あのモンスター」

 

 記憶に間違いが無ければ『強制任務(ミッション)』の為に用意した新品だ。それが見るも無残な姿と化している。

 それだけモンスターの斬撃が鋭すぎて役に立たなかった事を意味する。

 さすがに今以上の硬度を得るにはそれなりの素材が必要だ。

 

(……一応、混ぜ物とはいえ超硬金属(アダマンタイト)なんだけどな。火炎石をたんまり頂いたから気にするのはやめるか)

 

 それに――あのようなモンスターは早々出てこない筈だ。全てに対応できるほどヴェルフも技術に自信があるわけではない。

 もっと精進しようと誓うのみ。

 

          

 

 帰りの道中、闇討ちの様な襲撃も無く順調な行軍だった。

 特にリリルカは収穫物がいくらになるのか楽しみで仕方が無い。ヴェルフも貴重な火炎石に表情が少し緩み気味だ。

 ヤマト・命とサンジョウノ・春姫は互いの無事に安堵していた。

 団長ベル・クラネルは――地上に上がったアステルの案内のほかに彼女が何を目的としているのか気になっていた。

 背負うリュー・リオンも復讐を終えた今、どうするのか、も。

 

(他人の事ばかり考えている。僕はもっと冒険の事を考えた方がいいよね。……その為にはもっと強くならなきゃ。ただ強いだけじゃなくて生存率を上げる戦い方とか……)

 

 そうしている内に多くの冒険者が行き交う上層にたどり着いた。この辺りになると人通りも多く、地下街の様な様相を呈していた。

 特にミノタウロスとの戦闘が無い階層は賑やかだと言ってもいい。

 時間的には翌朝か、朝を少し過ぎた頃。

 ほぼ強行軍。幾度もの危機に瀕し、大勢の犠牲者が出た。

 彼らが宿場街(リヴィラ)に向かえば様々な情報を得て騒ぎ始める事は想像に(かた)くない。

 身体の大部分を隠している服装だからか、アステルをチラチラと窺うものの引き留めようとする者は居ない。時折、ベルの二つ名を呟く者とすれ違う。

 これから地上でどんな騒ぎになるのか、今から緊張が高まって気が気ではない。そして、それは仲間達も同様だ。

 怪しい人物が側に居て、悠々と人ごみの中を突き進んでいるのだから。

 服から爬虫類の様な尻尾がこぼれ出ないかリリルカも春姫も心配していた。

 

(……まるで王者の貫禄の様な)

(アステル様に何かできる冒険者が居るとは思えませんが……。出来れば穏便に済ませて頂きたい。後、【ヘスティア・ファミリア】とは無関係だと宣伝してくれれば……、っていうのは無理ですよね。ベル様が案内役なのですから)

 

 彼らの心配をよそに円筒形の階段を上り始める。

 ここから更に人口密度が高くなり、アステルが担ぐ物に不審な目を向ける。

 一つは確実に死体だ。その腐敗臭で何事かを察知して道を開ける。

 先に登ったであろうドワーフのドルムル達の後になるので引継ぎだと思った者が何人か居るようだ。

 よく帰ってきた、と小さく声を掛けられる。

 多くの冒険者の遺体は基本的に放置されがちだ。それと捜索に赴ける冒険者もそれほど多くない。必然的に依頼料が法外になる事も(しばしば)

 そして、竜女(ヴィーヴル)アステルは何の障害も無く地上に登り詰めた。

 七年振り――彼女の中では数日振りの地上だ。それほど郷愁は感じない。だが、雰囲気の違いは何となく分かった。

 埃臭い地下とは違う新鮮な空気をしばし堪能し、ダンジョンの蓋と化している天に(そび)える『摩天楼(バベル)』から出た。

 

          

 

 朝日を浴び、モンスターの身が焼ける事もなく、大気を取り込んでも苦痛を感じる事は無かった。

 だが――かつて自分は、自分達は迷宮都市オラリオを徹底的に破壊した。襲撃に加担した、という意味で。

 そんな存在が何食わぬ顔で舞い戻った。そのことについて少なからず思うところはある。

 

(……その前に邪魔な死体を任せるか)

 

 ジュラの死体はリリルカが。リューは命が運ぶことになった。ベルが断ったのは女性でエルフを担ぐことに難色を示したので。主に羞恥から。

 ギルドへの報告などで忙しくなる彼らに対し、中央広場で待つと告げて歩き出した。

 それぞれが散る中、アステルは悠々と歩いた。疚しい気持ちなど無く。信念と覚悟を持った悪として――

 全ては次代の英雄の為に。その為ならば命など惜しいものか、と。その気持ちは今も少なからずある。それほど――感覚的なものだが――日も経っていない。

 多くの人が行き交う『中央広場(セントラルパーク)』にある噴水広場。

 倒壊した建物が多くあったはずなのに痕跡が見当たらない。

 

(……やはり。……この平和はどうにも落ち着かん。こんな気持ちになるのは心が老いたせいか)

 

 迷宮都市オラリオに存在する数多(あまた)の冒険者は深層域に挑戦するような面構えではない。七年経っても成長が見込めない、というのは少しのんびりし過ぎではないのか。

 彼女にとって出来る方法は彼らにとって脅威的な存在である敵となること。それしか浮かばず、それしかできなかった。

 勝手に滅びればいい、と無責任な事も言おうと思えば言える。

 

(……私に出来る事など何もないぞ、オラリオ……。そして、冒険者)

 

 悪も正義も潰えてしまえば残るのは永劫の恐怖。

 それもまた一つの時代の幕開けだ。そこから這い上がるか、そのまま朽ちるか。

 何もかもを失ったアステルにとって今に拘りがあるわけではない。

 ――いや、あるとしても一つだけ。

 

 あの子が幸せであれば何も要らない。

 

 それこそが唯一の哀愁であり、思い残した未練の正体。

 そう思いたいだけかもしれない。――と、アステルが思っていると周りの静けさに気付く。

 

(……全く。……いやな静けさだ)

 

 弱者が群れを成して怯えている音のようで――

 閉じた(まなこ)でも分かる気配は無数。

 

「……二度ある事は三度ある……。そんな言葉を思い出したよ」

 

 そう言いながらアステルに近づくのは子供の背丈程の人物。

 金髪碧眼の小人族(パルゥム)にして【勇者(ブレイバー)】の『二つ名』を持つ冒険者。

 【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナは愛用の槍を肩に担いで悠々と歩いてきた。

 

「……直接赴くとはお前らしくないな、小人族(パルゥム)

「なーに、『遠征』の下準備をしていたら珍しい客人が居ると……、うちの()()()が大慌てで報告に来たものだから様子見に、ね」

 

 大手【ファミリア】の頭脳担当であるフィンにかかれば誤魔化しは無駄。であれば素直に相対する方が手間がかからない。

 多くの冒険者が一八階層から引き揚げた。その中に彼の手の者が混じっていてもおかしくない。

 

「……見ない顔も居るようだな」

「期待の新人さ。……といっても君から見れば、だけど」

 

 フィンの少し後ろには第二級、第一級の冒険者がそれなりの数待機していた。

 彼が言った通り、本当なら『遠征』に向かう筈だった。その予定を少しだけずらして今に至る。それゆえに彼らが武装しているのは全くの偶然であった。

 

          

 

 アステルを取り囲む数は(おおよ)そ一〇〇。その全てが【ロキ・ファミリア】の構成員。ただし、レベルはバラバラ。

 討伐隊ではないことは確かなようだ、とアステルは認識した。

 もし、これが偶然でなければ少数精鋭で来ていてもおかしくない。

 自分の事をよく知るフィンに小細工は通じないし、攻略方法も熟知している。だが、だからどうしたというのだ。

 

「……少し付き合ってやろう。待ち人が来るまでな」

「そうかい? 随分としおらしいじゃないか。君にとって雑音でしかない筈なのに……」

「……既に事後だ、小人族(パルゥム)。……いや、【勇者(ブレイバー)】。それよりあれから七年経ったそうだが……、どれほど上を目指せた?」

「ご期待にそえるほどには……。何せ大所帯を取り仕切るのでいっぱいいっぱいだったからさ」

 

 肩を(すく)めてため息をつく。

 それに対してアステルはそうか、と一言呟くのみ。

 失望した、と言われると思っていたフィンとって少しだけ意外だと思った。雰囲気的にも生前と違う事は理解していたが、彼女と相対した【ファミリア】が勝利した事が少なからず影響しているのではないかと予想する。

 

(団長と平気で話している人、誰なんですか?)

(……誰だろう。幹部たちは知っているみたいだけど)

 

 と、小声で詮索する下位の冒険者達が騒ぎ出した。

 彼らはフィンの命令でアステルを囲むように言われているだけで、どうしてなのかは聞かされていない。何らかの敵だとは思っているようだが――

 

「そういえば、あの小娘はどうした? 今も生きているのか?」

「アイズのことかい?」

「そうだ。ダンジョンで私に楯突いた赤毛の小娘たちが全滅したと聞いてな。少し心配になった」

「……ああ、そうだったね。僕も惜しい人材を失ったと嘆いたよ。アイズは先ごろレベル6へと至った。もう少しで君に届くんじゃないかな?」

「……時間的には順調だが……、まあいい。もう私には関係のない事だ。……それで最初の犠牲者を誰にするか決まったのか? それなりに手加減してやる。……約束を破るのは本意ではないから、それは許せよ」

 

 約束と聞いて思わずフィンは驚き、失笑した。

 嗤うな、と小さく抗議するアステル。その二人のやり取りに怒りを覚える者が一人居た。そして、それは本能の赴くまま突撃してくる。

 レベル6に至ったアマゾネスの少女『ティオネ・ヒリュテ』だった。

 

「気安く団長と喋ってんじゃねえよ!」

「……意気良いや()し。敵を前にして怖気づく阿呆は要らん」

 

 健康的な褐色肌に長い黒髪。大きな胸を揺らしつつ顔は憤怒に彩られている。

 かなりの脚力をもって攻め込むティオネに対し、冷静沈着に佇む異形のアステル。

 無謀な突進に対し、フィンは黙って事の成り行きを窺う。

 

          

 

 【ロキ・ファミリア】の団員であるティオネはフィンの事になると性格が豹変し、彼女を知る者は大抵畏怖する。

 戦闘民族たるアマゾネスの中でも苛烈であるがフィンに対しては真逆の反応になる事も有名だった。

 愛する雄の為ならば火中の栗も躊躇(ためら)いなく鷲掴みできるほど。

 得物は一対の湾短刀(ククリナイフ)。だが、基本的には肉弾戦だ。

 雄叫びを上げつつ身体をひねり、強烈な蹴りを放つ。

 

(今までの冒険者よりも速い……。これは受けるべきではない?)

 

 最高でレベル4まで。感覚の差に驚きつつもすぐに意識を修正していく。

 複数人であればレベルが低くてもアステルと互角以上に戦える。ただし、連携の練度が高くなければ成立しない。

 ティオネの蹴りを避け、次の攻撃に対処しようとすると別方向から呑気な声と共に大きな武器を持ったアマゾネスが襲い掛かってきた。

 彼女(ティオネ)の双子の妹ティオナ・ヒリュテ。

 第一等級武装『大双刃(ウルガ)』を大上段から振り下ろしてきた。が、それも回避する。

 

(大振りな攻撃……。周りへの被害を無視。……これが新人とは)

 

 分析しているところにもう一つの影が近づく。

 先のアマゾネスと違い、速度に乗せた蹴りを放ってきた。

 灰色のボサボサな髪に獣耳が特徴の少年狼人(ウェアウルフ)ベート・ローガ。

 獰猛な肉食獣を思わせる敵意に満ちた顔をアステルに向ける。

 

「……そこそこ素早いな、こいつ」

「あっ、ベート。邪魔ー」

 

 アステルにとって初見となる冒険者達だが見た感じから、それほど弱くはないと判断した。

 例えるなら【アストレア・ファミリア】の小娘共よりも強く、期待が持てると確信できる程に。

 だが、荒々しいだけでは駄目だ、と評価を下す。

 

「……魔法職に対して肉弾戦とは……。何の嫌がらせだ?」

「君の言う周りへの被害を考えると……、どうしてもこうなる」

 

 アステルの愚痴にフィンは苦笑しながら言った。

 理屈は理解できるが納得がいかない。少しハンデが欲しいと言いたくなる。こちらは手加減を提示したはずなのに、と。

 魔法合戦がお望みとあれば、とフィンの合図で近くに控えていたエルフ達が詠唱を始めた。

 

(……分かってて命令したな? ……これも教育の一環か)

 

 幹部であるフィンを含めて王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴとドワーフのガレス・ランドロックは様子見に徹して何もしてこない。

 手の内を見せない、というより純然たる観察のようだと判断する。それにあまり彼らは危機感を抱いていない。

 苦笑している間もアマゾネス姉妹の攻撃が飛んでくる。

 その他大勢の団員達にはあまり見えていないがレベル4以上の冒険達には戦闘の内容が見えていた。そして、その凄まじさも。

 アステルが愚痴を述べつつも決定打を受けずに避けたり捌いたりしている技術力の高さに驚く者が増えてきた。

 【ロキ・ファミリア】の期待の新人とフィンが言っていたが、団員達からすればそんな扱いをしていい冒険者ではない。

 押しも押されぬ【ファミリア】の顔だ。その猛攻を今も回避している存在は更に化け物と呼ぶに相応しい。

 

「……中々手出しせんな」

「……彼女にも都合があるんだろう。この辺りを壊すようなことをすると不味い事が……」

「それだと我々の方が悪者になるのではないか?」

 

 呑気に会話するフィン達に団員達は慌てて抗議する。

 このまま見ていていいんですか、と。

 良い訳がないけれど見極めが必要だから見ているしかない、と応える。

 それと――ティオネ達にはいい教材なのは確かだ。

 オラリオ最強と謳われる【猛者(おうじゃ)】オッタルのような冒険者と早々手合わせなど出来ないので。

 

「……おい、【勇者(ブレイバー)】」

 

 猛攻を受けながらアステルは言った。

 少々不機嫌気味な言葉にフィンは苦笑しがら応じる。

 

「なんだい?」

「聞きそびれていたが……、手を出していいんだな? 少々、煩わしくなってきた」

「死なない程度に加減してくれると助かるよ。これから『遠征』なんだ」

 

 加減という単語にティオネ達三人が反応し、一人(ティオネ)は驚愕し、一人(ティオナ)は頬を膨らませ、一人(ベート)はより怒った。

 何なんだそれは、と怒鳴るベート。

 それではまるで――

 

 俺達が弱いみたいじゃねーか。

 

 そう言おうとした彼の顔面にめり込むアステルの拳。

 全く見えず、全く反応できなかった彼は無様に吹き飛ばされる。

 一瞬の出来事に呆けたティオナの横っ面を蹴り飛ばす。

 

「……戦いの最中によそ見とは随分と余裕だな、ガキ共」

「あまり怒らないでやってくれ。君の様な強者との戦闘経験が少ないんだ」

 

 団長として詫びるようにフィンは言った。

 リヴェリアとガレスも同意するように頷いている。それがまた他の団員を驚かせる。

 

「……それよりガントレットを貸せ。肉弾戦ばかりで手が痛い。ダンジョンで硬い物を処理してきたばかりだ。……後、回復薬(ポーション)もくれたら、もう少し優遇してやるぞ」

「……アキ。彼女が要求したものを……」

「いいんですか?」

 

 猫人(キャットピープル)のアナキティ・オータムは訝しみながら聞き返した。

 七年前の騒乱時に彼女も参戦していたので少なからず事情を知っている。その上で()に塩を送る様な真似にどんな意味があるのか、と。

 それに対するフィンの回答は簡潔だった。

 警告が来ていないから大丈夫だ、という一言。

 最初はフィンも様々な疑問と不安を覚えた。けれども、(親指)は逆の反応だった。

 いや、無反応といってもいい。だからこそ、様子見に徹している。

 

          

 

 女の細腕から繰り出される拳の一撃で吹き飛んだベートは即座に体勢を立て直し、威嚇する。

 今まで感じたことのない衝撃に驚いたが、それだけだと切り捨てる。

 同じくティオナも既にアステルを見据えていた。

 

(……あー、こんなに頭がジンジンする相手……。久しぶりだなー)

(吸い込まれるように打ち込まれた。まともに食らったのは久方ぶりだ)

 

 残っているティオネはフィンの命令で停止せざるを得なかった。

 周りが騒然とする中、アナキティから色々とアイテムを受け取り、一息つくアステル。

 戦闘続きで気が休まる暇が無い、と思いつつ懐かしさも覚えていた。

 

(……ああ、そうだ。その敵意こそがかつてのオラリオにはたくさんあった。……次代の英雄候補はちゃんと育っているようで安心した)

 

 当初こそフィン達がそう(次代の英雄)だと思っていた。

 【アストレア・ファミリア】が壊滅し、失望と喪失を覚えてしまったけれど――ベート達の様子を見て気持ちが和らいだ。

 生きのいい冒険者は大好物だ。自然と表情が緩んでしまう。

 

「……チっ。姑息な小人族(パルゥム)め」

 

 舌打ちと共に漏れ出る本音。近くで聞いていたアナキティが思わず怯む。

 相手の気配が団長より少しばかり怖く感じた。

 

「気に障るような事をした覚えは無いんだが……」

「……気に障って当然だ。これほどの冒険者を前にしているのだから」

「彼らは『改宗(コンバージョン)』してうちの【ファミリア】に来た者達だ。それと最近になって高みに登ったばかりでもある」

 

 彼の言葉にそうか、と短く言いおいて装備の具合を確かめる。

 受け取った回復薬(ポーション)で両手の痛みを消し、改めてベート達を見据える。

 未だに戦意を保ち、アステルの様子を窺う瞳は憎悪というより強敵と戦える喜びに満ちていた。

 今までであれば絶対的である強者を前にした冒険者の多くが怯えを見せていた。しかし、ベート達にはそれが無い。

 何も知らないからそうなのか、知っていて尚その態度なのか。

 それを確かめるには――やはり戦うのが一番早くて分かりやすい。ただ、アイズが居ないのが少しだけ物足りなかったけれど。

 

「……猫人(キャットピープル)の娘」

「……ん。なんですか?」

 

 知らない相手から種族名で呼ばれたアナキティは不機嫌な態度で応答する。

 名前を聞いていた筈なのに何故、と疑問に思ったけれど――

 それにしてもアステルという人物は近くで見ると異様でしかなかった。素手を見た時にも異端児(ゼノス)としか言いようがない。

 

「敵を目の前にして何もできないのは悔しかろう。【勇者(ブレイバー)】の命があったとしても……」

「……いえ、貴女程度を相手にする気が無かっただけです」

(……団長の命令を無視するのが怖かっただけよ。貴女なんか全然怖くないんだから!)

 

 口を尖らせつつ引き返していくアナキティにアステルは追い打ちをかけるような真似はしなかった。

 見た感じでは悔しさを滲ませているようで将来が楽しみだ、という感想を抱く。

 

          

 

 待たせて悪かったな、とベート達に告げて静かに戦闘が再開される。

 先ほど顔面に一撃を貰った彼は怒りを力に変えて突進した。その後をアマゾネス姉妹が追随する。

 ベートの基本攻撃は蹴り。ティオネは拳。ティオナは武器と蹴り。

 ほぼ接近戦主体だ。それに対して前衛も務められるアステルは魔法の使用を控えて接近戦で対応した。

 死闘であるならば制限なども受ける必要は無いが、そうする予定が無かったので手加減を選んでいる。

 

 今は観光客だ。

 

 気分的にはそうなのだが襲われている所が何とも納得のいかない部分である。

 最低限の抵抗を試みている、という言い訳で相手をしているようなものだ。

 

(こいつらは分かっているのか? 私程度に苦戦していることに)

 

 冒険者の本来の敵はもっと強大で邪悪で理不尽だ。

 単にレベルが高いだけのアステルに勝利したところで得られるものなど極わずか。だからこそ、合間にフィンに向けて不満の顔を向ける。

 煩わしい、という意味合いではない。もう少し歯ごたえのある冒険者を寄こせ、という要望である。

 

(……彼らはうちの【ファミリア】でもそれなりの実力者なんだけどな)

(……アイズを用意するしかないか)

(数で攻めても不毛じゃしのう)

「……威勢がいいのは結構だが、それに満足しているようでは……」

「うるせー、黙れ(ババア)!」

 

 離れて見守っていたリヴェリアが思わず顔を伏せる。

 アステル共々言われたくない言葉だった。そして、当然のように彼女(アステル)は不満を滲ませる。

 敵意の様な雰囲気を強くし、ベートに突進してきた。

 

(七年足せば三十路(みそじ)……。だが、気持ちはまだ二四だ。小生意気な狼人(ウェアウルフ)め)

 

 ある程度観察すれば大抵のことが出来る、と自負していたアステルも単なる肉弾戦はそれほど得意ではない。(ベート)の戦い方を模倣する事はせず、必要最低限の動きで受け流し、拳を打ち込む。

 レベル6である三人の冒険者達にも決定打を許さない動きは次第に周りを戦慄させる。

 

潜在能力(ポテンシャル)怪人(クリーチャー)レヴィスと同等か、それ以上……。直接相対したわけではないけれど、底が見えない相手は戦いにくい)

 

 と、フィンは分析する。

 単なる情報だけなら熟知している。

 アステルの基本【ステイタス】が今も同じであればベート達三人がかりでも充分に戦えるということを。

 だが、異端児(ゼノス)となった事でさらに強くなっているとも考えられる。

 この点に関して彼女の意志で異形になったわけではない、というのは信じられる気がした。少なくとも――生前の彼女(アルフィア)は自身の強さに拘りが無かった。完全に無い、とは言わないけれど。

 

(手応えからこの狼人(ウェアウルフ)も含めて大したダメージを与えられていない。それに……強いのは間違いなさそうだ。……三人共にレベル6。これでまだ上を目指そうとしているのならば……、何とも喜ばしい事だろうか。だが、それで満足されても困る)

 

 レベル6に至っているから感心した、と思うのは早計だ。(むし)ろ、まだそこまでか、と思ってもらわなければならない。

 ゼウスとヘラにはベート達の様な強者が一〇人以上も在籍していた。

 少し力を込めて、速度を上げて三人を打ち据える。

 既に相手の動きは理解した。元レベル(セブン)であった彼女にとってレベル6の冒険者は少し煩わしいだけの雑音にすぎない。

 それに――異端児(ゼノス)となった今の自分の真の力というものも気になっていた。

 色々と偶発的な事があって確認できなかったが、どれくらいの潜在能力を秘めているのかアステル自身知りたいと思っていた。

 

          

 

 先ほど(ババア)呼ばわりされたせいか、ベートを執拗に殴ってくるアステル。

 ティオネとティオナは軽くいなされる程度だった。

 一発一発の打撃が少しずつ重く響いてくる事にベートは焦りを覚える。そして、どうして避けられないのか、と。

 

「……【ステイタス】の伸びもいいようだな。……アマゾネスの二人もそうだったが……」

「ああ? 何が言いてえ」

「お前達はダンジョンに潜って今の強さを得たのか?」

「……んー、あたし達は他のアマゾネス達と戦って強くなったよ」

 

 アマゾネスはそうかもしれないな、と思いベートに顔を向ける。

 冒険者の中で種族によって強くなる方法が違う場合がある。大半はダンジョンに潜ってモンスターを倒して【経験値(エクセリア)】を得る。

 ティオネ達は殺し合いの様な対人戦で強くなってきた。そういう文化がアマゾネスにはある。

 

「次の段階に向かいたければ死地に赴け。それ以外に方法は無い。……いつの時代も死に物狂いの戦いが冒険者を強くする」

「……けれど、そういう場所に彼らを送りたくない。今の冒険者は一種の職業だ。……残念ながらね」

 

 アステルの言葉にフィンが応える。

 大量の死亡者を出すような戦い方をギルドは承認しない。けれども、都市の危機に対しては(なり)振り構わない所がある。

 この調整に多くの人々が頭を悩ませている。

 

(黒竜討伐が人類の悲願と言われていた時代であれば彼女の言い分も通っていた事だろう。だが、今の時代は優しすぎると言われてもおかしくないほど定型文化している。だからこそ、闇派閥(イヴィルス)のような組織に翻弄されてしまう)

(……クソ。三人で攻めているのにまるで勝てる気がしねえ。何なんだ、この女)

(見た目からは想像できない強さを秘めているようね。団長とも知り合いのようだし……。あー、ムカツクわねー)

 

 ティオネは煮え切らない戦いが続いて怒りが湧き、そして『スキル』の使用を検討する。

 攻撃の殆どがベートに向かっている為に業を煮やした彼女は慣れない悪口を連発。

 主に『(ババア)』を連呼。

 

(あー、『憤化招乱(バーサーク)』を使う気かい? ……あまり手の内を見せてほしくないんだけど)

 

 と、苦笑するフィンをよそに戦いの行方を見守る。

 戦闘時間はそれほど経っていない。上級冒険者特有の高速戦闘に入っている為だ。

 合間に交わされる会話が奇妙な時間差を生じさせている。

 

          

 

 あまりにあからさまな挑発にアステルは不審に思い、度々眉根を寄せる顔を見せるがベートに攻撃を集中させた。

 これには当然、フィンも呆れる。

 ティオネに頭を使え、とも言えない。無駄なので。

 

「……ティオネー。ババア言い過ぎじゃない? 無視されてんじゃん」

「……クソがぁー! こっち向けやコラー!」

 

 アステルはベートの胸を押す形で引き離し、ティオネに向き直る。目蓋を閉じたままの顔で。

 他人からは盲目のように見えるが彼女は目が見えないわけではない。

 

「あ、こっち向いてくれた」

「……馬鹿か貴様。いい加減喚くのはやめろ。体力の無駄遣いだ」

 

 彼女の意見にフィンも同意した。いや、リヴェリアとガレスも、だった。

 敵ではあるがアステルはベート達に稽古を付けているような形だ。本来であれば忠告など徒労にすぎない。それをあえて(おこな)うのは強者の特権である。

 その証拠に折角振り向いてくれたのにティナネは突撃出来なかった。言い知れない威圧を感じて――

 

「……うるせー。うるせー、うるせぇ! てめえのご高説なんざいらねえんだよ!

「……一応先輩冒険者の意見なんだから聞いてあげて」

「はい、団長ぉ!」

 

 フィンの一言で態度が急変するティオネ。

 アステルが彼に顔を向けると速攻で顔を背けられた。何も聞かないでくれ、と身体が語っていた。

 何があったのかは分からないがティオネという団員はフィンにとって大事な存在らしい、という事は理解した。

 彼女だけではないけれど――

 

「……【勇者(ブレイバー)】。呑気に見ていないで対策アイテムくらい持ってこさせろ」

「熱心な戦いだったからつい……。でもいいのかい?」

「……聞きたいのはこちらだ。野次馬連中がどうなってもいいんだな?」

 

 アステルの魔法は広範囲に及ぶ。その知識をフィン達は持っているが新人冒険者は知らない。その事を指摘してみたが加減してくれると思っているらしい。

 言葉尻からも被害を最小限にする()()()であったのは認める。

 よそ見しているティオネは隙ありだと思って突撃した。しかし、突き出した拳を(てのひら)で簡単に受け止められてしまった。

 

(……手加減していないのに)

(……あ、やっぱこの人、強そう)

(……痛い。レベル5以上あると私も早々油断できないようだ)

 

 ティオネの拳を掴み、軽くひねると彼女の身体が自然と回転し、そのまま吹き飛ばされる。

 多くの団員達が驚き、フィン達幹部は苦笑を滲ませる。

 

          

 

 フィンは念のために近くに居た団員に必要なアイテムの詳細を伝えて持ってくるように命令した。そうしないとアステルの機嫌が悪くなってどんな被害を(もたら)すか分かったものではない。

 その間も戦闘が続いた。

 レベル6が三人がかりで攻めているのにアステルは未だ余裕を見せている。それが――その光景が信じられないものだった。

 

(……全然隙を見せんのー。もしや『不治の病』が消えておるのか?)

(どんな理由があったのか分からないけれど、稽古をつけてくれるのであればありがたい事だ。……異端児(ゼノス)をこのまま見逃すのは色々と不味いけれど、今回は相手が悪い)

 

 迷宮都市オラリオの平和を掛けた死闘であればフィンも参戦する所――そうであればまだ分かりやすかった。

 おそらくアステル本人も復活に疑問を覚えている。

 本格的に進撃されても困るが見ている分には微笑ましい光景だ。

 

(……しかし、ティオネ達を相手にしているのに勝ちの目が見えないとは……。彼女の戦いをこの目で見たわけではないから僕も()()()興味を覚えているよ。一冒険者としてあの中に飛び込みたいくらいだ)

 

 団長であるフィンの役割は頭脳戦だ。滅多に自分から参戦する事は無い。

 小柄な小人族(パルゥム)だから戦えない、というわけではない。戦闘経験だけなら今でも【ロキ・ファミリア】一だと自負する程に。

 

「……行ったら……駄目だよね?」

 

 そうリヴェリアに言うと深くため息をつかれ、苦笑された。ガレスは小さく笑いだした。

 気持ちはわかると、と。

 団長なので決定権はフィンが持っている。それでもリヴェリア達に尋ねたのは責任の所在だ。

 これから『遠征』に向かう予定なのに余計な怪我で延期、ないし団員達だけの危険な進軍による被害などを考えれば安易に許可など誰も出したがらない。それと対外的にも不味い。

 

「ちょっとだけ行ってくる。僕は退屈な事務仕事ばかりで【ステイタス】の伸びが悪いと常々疑問に思っていた」

 

 彼の得物は『フォルティア・スピア』という槍。予備に『スピア・ローラン』も持っているがサポーターに預けてある。

 静かに駆ける団長フィンの気配にアステルが反応し、彼の突きを避ける。――その頃に大急ぎで本拠(ホーム)から戻ってきた団員がアイテムを配り始めた。

 持ってきたのは対アルフィア用の耳飾り。これを装備しておけば万が一魔法を使用されても脳を揺らされる度合いが軽減される。

 完全に無効化されないが無いよりましな程度には役に立つ。

 

          

 

 レベル6が四人。それとリヴェリアの防護魔法により戦局が切り替わる。

 ただ、それでもなお超常の存在アステルは泰然とした佇まいを崩さない。

 軽く息を吐いてからフィンに顔を向ける。

 

「前々から君の強さに興味があった。今は弱点も克服しているようだし……」

「……大したものではないだろうよ。敗北は全てをかき消してしまう。……真の絶望と言ったが……、この私ですら自信が持てない」

 

 かつて最強と謳われた【ファミリア】が全滅した。その事実はもはや覆らない。

 後から来る冒険者達は向かう先に待ち受ける暴虐を知らない。理不尽を知らない。絶望を知らない。

 虚無感に満たされたアステル達に出来ることは自分達で全てを葬るか、踏み台になる事だけ。

 後進の為に全てを捨てる覚悟を決めたからこそ悪としてフィン達の前に立った。そして、彼らは勝利した。――扉の前に立ち塞がった悪に勝っただけで何の解決もしていない事を知らずに。

 

「この身はモンスター……。遠慮は無用。何の躊躇いも覚えまい」

「……そうもいかない事態があってね。皆少なからず困惑している。我々【ロキ・ファミリア】でさえも」

 

 武器を構えつつフィンは苦笑を浮かべながら言った。

 二人の会話に手持無沙汰だったティオナが興味深そうに顔を出してくる。大きな武器(ウルガ)は邪魔だから、という理由でサポーターに預けて来た。

 

「なんか難しい話しをしているけどさ。この人、敵でいいんだよね?」

「……うーん。前回同様に敵なんだけど、正確な区分は難しいかな。……鍛錬の延長と思っておいてくれ、今は……」

 

 そう言うと難しい言い回しだったらしく、ティオナは顔をしかめた。

 彼女は前回の騒動の時に自分の感性を信じて戦いから身を引いた。自分の意に沿わないと判断したら例えフィンの命令でも反故にする。

 今は戦う事が楽しいから付き合っているだけで嫌だと思えば引き下がる心積もりだった。

 

「あとさ。この人、結局のところ誰なの? 名前も聞いてないんだけど……」

「アステルと……、聞いたんじゃなかったのかい?」

「そうだっけ? 何かみんな別の名前で呼んでた気がする……」

 

 ダンジョンから戻った仲間からの情報では謎の存在アステルという者が尋常ではない実力を発揮して沢山の冒険者を畏怖させている。だから、地上に上がってきたら気を付けてください。そう伝えられた。

 確かに見た目が異質で世間を騒がせた『異端児(ゼノス)』のような印象を強く受けた。とても人間(ヒューマン)や獣人系の亜人(デミ・ヒューマン)には見えない。

 装備で隠されているが顔色が死人のような青白さを超えている。

 

「……アマゾネス。貴様の名前はなんと言う?」

「んっ? あたしはティオナ。あっちは双子の姉のティオネだよ」

 

 天真爛漫な笑顔で即答した。

 アステルに対する中では異質に近い。普段の態度では誰もが恐れ、怯えていた。

 子供は須らく――怖がるものだからアステルは子供が嫌いになった。なのに――ティオナと名乗るアマゾネスは恐れらずなのか、笑顔を絶やさない。

 それに意外と積極的で逆に驚いてしまう。

 

          

 

 唐突な出現で驚かせた事はあるが白髪(はくはつ)の少年はそれほど怖がらなかったな、と。

 戦闘意欲をかき消し、周りに顔を向ける。誰もが警戒態勢を解かない。それが当たり前だと思っていた。

 敵だと認識しているベート達を除けば概ね――自分は敵だ。そういうものだと受け入れていた。

 そういえば、どうして咄嗟の事とはいえ偽名など使ったのだろうか。

 別に疚しい気持ちなど無かったのに――

 

(……ああ、そうか。……あれは私なりの恥じらいであったか)

 

 自覚すると恥ずかしい、至極まともな解答に思わず頬が赤らむ。ただし、青白い異形の身体では目立ちにくいものであったけれど。

 妹の面影を僅かばかりでも感じさせる若者との邂逅。とうに失われてしまった筈の郷愁――

 しかし、それは刹那の感傷にすぎない。だが――もし、叶うのであれば――

 あの少年と共にしばらくオラリオの中を歩くのも悪いものではない気がする。その為には――

 目の前に群がる【ロキ・ファミリア】が至極邪魔である。

 

 ベル・クラネルと一日いっぱい観光するのに貴様らは邪魔だ。

 

 静かな憤怒が湧きおこり、フィンは突然の気配の変化に戸惑い飛び退り、ティオナは何が起きているのか全く理解できなかった。

 

「……私には予定がある。貴様らといつまでも遊んでいるわけにはいかなかった。……だが、ちゃんと名乗らないのも失礼か。初見の冒険者も居るようだし」

 

 息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 別に殺したいほど憎んでいる相手でもない。単に癪に障るだけだ。特に予定の邪魔になる手合いに。

 

「……だが、名乗るだけ無駄だ、という気持ちもある。それでもいいか、ティオナ?」

「えっ? あたしに責任を押し付ける気? 面倒なの嫌なんだけど」

 

 素直な気持ちを吐露する少女にアステルは苦笑を滲ませる。

 声をかけても怯えず、素直な気持ちを表現する。そんなことが出来たのは自分よりも上級の冒険者と神達だけだった。

 【ロキ・ファミリア】の幹部連中ですら未だに警戒を解かない。そして、それが普通の事だった。

 

「うん、いいよ。あたしは戦うのが好きなくらい友達を作るのも好きだから。それと冒険譚とか物語を読むのが好き」

 

 最後の言葉にアステルは眉根を寄せる。

 アステルも様々な書物を読む。だが、多くはいけ好かない神を思い出すので他人に語りたくない事情があった。

 ティオナの趣味にケチをつける気は無いが――聞きたくない事の一つであったのは事実だ。

 

「どうしてかモンスターとして生まれてしまったが……。かつては【ヘラ・ファミリア】に所属していた一冒険者だ。その記憶を持つモンスターだと思ってくれていい」

「へー」

 

 結構な告白に対して平凡な反応。

 思わず口ごもりつつなんだこの娘は、と疑問を抱く。フィンに顔を向けると苦笑していた。

 取り巻きの方は驚いたり、疑ったりしていた。様々な反応を見せる彼らの方がまともすぎて調子が狂う。

 いや、普段から他人に距離を置かれたせいで感性に狂いがあるのだと思った。

 

(下級は全て上級を(うやま)え……。そんな傲慢な気持ちが私にもあったのかもしれない。この娘の反応は……私が欲しかったものの一つのような気がする)

 

 死すまで手に入れる事の出来なかった宝物が目の前にある。それゆえに手を出す事が怖くなった。

 らしくない、と一言で言えばそういう表現になる。

 

 ――本当に、長く化け物をやっているからそうなるのだ。

 

 手を伸ばせば頭を撫でさせてもらえそう――

 そうしたいのに手が出せないのは呪い(カース)のようだ、と。

 

「……神ロキには勿体ない眷族だ」

「もしかして褒められてる?」

 

 ティオナの言葉に軽く頷くアステル。それだけで満面の笑みを浮かべられた。

 何と可愛らしい笑顔だろうか。そんな気持ちを抱いた。

 悪に堕ちた自分はこんな笑顔を持つ多くの人々を苦しめ、死なせてきたというのに。

 それを手に入れる資格などありはしないのに。

 けれども――やはり貴いと思い欲しがってしまう。

 

「……アルフィア。【静寂】という『二つ名』を付けられた過去の遺物だ。だから、遠慮は要らんぞ。オラリオの冒険者共」

「ありがとう。じゃあ、改めて……。あたしはティオナ・ヒリュテだよ。よろしくね」

 

 そう言って一歩――彼女(ティオナ)の中ではそうだが――跳び退った。そして、微笑んだまま戦闘態勢に入る。

 腐っても冒険者。その気配は確かに偽物ではないらしい、と。

 偽名のアステルを捨て――アルフィア・ストラディとして改めて【ロキ・ファミリア】に相対する。

 楽しい時間はとても短い。彼らとの邂逅もまた例に漏れず。

 

(メーテリア。中々面白い子供が居るぞ。お前好みの快活だ。この手合いならあの子の友達として合格を与えても……。ダメなら蹴散らせ。我らには弱者を蹂躙する権利がある。異論は受け付けぬ。それが……【ヘラ・ファミリア】の気風である)

 

 呼吸を整え、背筋を伸ばす。

 魔法職であるアステルもといアルフィアは静かに。そして、激しく加速する。

 『(アビリティ)』は異形の身でも大して強くないのは実証済みだ。ただし、素手であれば、の話しだが。

 強さの度合いは(もっぱ)ら冒険者時代が基準なので下級冒険者からしてみれば理不尽に変わりない。

 レベル6に至っているティオナの視力をもってしても正確に捉えるのが難しい彼女の速度が白い髪の少年の姿と重なった。

 

(アルゴノゥト君!? いや、それよりも断然速いんだけど……、なんであの子の姿が出てきたの?)

 

 驚いている暇もなく強烈な一撃がお腹に突き刺さった。

 全く避けられなかった。普段、姉のティオネから受ける一撃よりも重い。だが、意識は保てている。

 想像以上に強いことが分かり、驚いた。そして、不敵な笑みを浮かべる。

 こんなに強い冒険者が居て、自分達が戦える事に。

 

          

 

 一撃で昏倒しなかった丈夫さにアルフィアは感心し、次の標的を探す。既にベート達は動いていた。

 確実な撃滅を目的としていないのでティオナをこのまま痛めつける気は無く、向かって来るまで待つつもりだった。

 この戦闘はそもそも鍛錬の手合いだ。殺し合いをする気は毛頭ない。

 

 少年との約束があるので。

 

 それ(約束)が無ければ無駄な肉弾戦などしない。エルフ達の魔法も許可している。

 こちら(アルフィア)だけ制限のある戦いだ。若輩達に花を持たせるのも先輩冒険者の務めである。

 槍を持っているのに拳で攻撃するフィンの手を最小限の動きでいなし、受け流す。

 彼が宙に舞っている間、憤怒に彩られたティオネが猛攻を仕掛けてくる。

 

「……そういえば、貴様。何かを仕掛けようとしていたな?」

「ああ? うるせえ、黙って沈め」

 

 口汚い手合いをたくさん相手にしてきたが会話するだけ徒労と思わせる者とは――やはり口を利きたくない。

 眉根を寄せつつ相手の突進力を利用して放り投げた。

 我流であればあるほど技術力が犠牲になる。特に力に自信がある者は特に顕著だ。

 頭を使うフィンと違って切り返しが下手だ、と感想を抱く。

 

「どりゃあ!」

 

 怒声を張り上げてベートが蹴りを放ってきた。これも同じものか、と呆れたがすぐに思い直す。脚に装備している防具に何らかの魔力が宿っているのが分かった。

 武具の中には魔法的効果を付与させるものがある。それの一種だと判断。

 だが、何の魔法であれ――呪い(カース)でもないかぎり――アルフィアに痛痒を与える事は難しい。

 だが、あえて確認の意味で受けることにした。

 

「……ん」

 

 彼の蹴りが腕に当たった時、通常の打撃の他に何らかの属性魔法が炸裂した。

 衝撃は自身がまとう付与魔法で相殺出来るが――まともに食らえば軽傷くらいになる。

 確実にダメージを受ける攻撃であるのは確認できた。

 

(……まるで組手だ。……そういえば、いつからだろう。こういう下級冒険者の面倒を見なくなったのは……)

 

 強大な魔法を行使するために発現したスキルの影響か。それとも失望感に囚われた時か。

 あるいは――大勢の仲間達が死に絶えてしまったから、か。

 大きくため息をつき、ベート達から距離を取る。

 戦闘中も全く本気を見せないアルフィアに対し、ベートは苛立ちを募らせた。

 何なんだこいつは、という思いと未だに余裕を見せている敵の姿に。

 雑魚は要らない。そう(うそぶ)いていた自分が全く相手にされていない気がした。

 

(おいおい、ふざけんなよ。レベル6に至った俺がまだ届かないってのか。あいつ……、レベル7でもないってのか?)

(……あー、すごーい。あたし達の攻撃が全然効いてない。深層にも何度か潜ってるのに……)

(……うん。想定が甘かったか。本人も良く理解していないと思うけれど、おそらくレベル(ナイン)……。レベル(セブン)ではありえない。かといってレベル(エイト)でもない。魔法職だから『力』が低くて誤解しそうだけど……)

 

 全ての上級冒険者が似たり寄ったりの【ステイタス】を持っているわけではない。

 それぞれの潜在能力に見合い、強弱がある。

 ベートが本気を出して行けばリヴェリアを単独で撃破できる。単純な力比べであれば不可能ではない。

 

(……忘れていた。彼女は不治の病(デメリット)が無ければ【ヘラ・ファミリア】最強の冒険者になれた、かもしれない相手だという事を)

 

 かの【ゼウス・ファミリア】の団員にしてレベル7のザルドという冒険者がアルフィアには勝てないと言っていたことも。

 相性の問題もある。それを加味してもアルフィアの潜在能力は底が知れない。

 

          

 

 当の本人はレベル7の感覚でベート達と付き合っていた。

 ふと郷愁に思考が沈む。生前の記憶という感覚がある為に度々懐かしさに翻弄されてしまう。それこそが今のアルフィアのデメリットかもしれない。

 戦闘意欲が減退したところに詠唱を終えた団員の魔法攻撃が飛んできた。

 

魂の平静(アタラクシア)

(魔法無効化は健在か。災禍の怪物……。本物になってどうする)

 

 それらを全く避けずに受け止める。というか当たっている側から霧散していく。

 リヴェリアが苛立ちで詠唱を始めようとしたところをガレスに止められた。中央広場(セントラルパーク)を粉々にする気か、と。

 下級冒険者ならばいざ知らず王族(ハイエルフ)の扱う魔法はどれも広範囲に被害を(もたら)してしまう。

 

(……私達の魔法が……)

「……そこの魔法担当。自分の精神力(マインド)を常に把握しておけ。こちらから反撃しないでやる。存分に放つが良い」

「はい! ありがとうございます!」

 

 アルフィアからの言葉に思わず礼を言う団員達。それにフィンは苦笑した。

 一応彼女は敵だからね、と小さな声で呟いておく。

 

「……ふむ。あの小娘達より素直な分、調子が狂うな」

 

 そんな言葉を出していると一際強い光線が頭に直撃する。が、即座に打ち消された。

 アルフィアが今の魔法を放った者に顔を向けると――リヴェリアの側に居る山吹色の髪を後ろでまとめたエルフの少女と目があった。

 彼女は期待の新人『レフィーヤ・ウィリディス』といい、ベートと同じく初見の冒険者だった。

 

(……そんな。【アルクス・レイ】が通じないなんて)

(無効化されたことに動揺する瞬間が一番の隙だ、小娘)

 

 彼女に向かって手を伸ばすも即座に引いた。

 外野に好きにさせると決めたのに攻撃しては()()()だ。

 アルフィアが同情した事にリヴェリアは怒りを覚え、団員達を叱りつける。

 魔法攻撃が再開され、その合間を掻い潜るのはベート達だ。多少のダメージを無視して――

 

(……以前であればその畳み掛けが通用しただろうが……。今の私は()()()健康体だぞ?)

 

 フィンの槍。ベートの蹴り。ヒリュテ姉妹の肉弾戦。援護魔法。

 その全てを顔色一つ変えずに受け流し、反撃まで(おこな)う。

 上級冒険者の隔絶した身体能力はアルフィアにも経験があるが理不尽の一言に尽きる。それを【ロキ・ファミリア】にぶつける。

 ただし、決定打を与えない。

 自分でも不思議な事だと自覚しながら――

 

(これではいかんな。こいつらの為にならん)

「くたばりやがれぇ!」

 

 ベートの猛攻に対し、受け流すと見せかけ、身体から力を抜き両腕を下げる。

 彼の蹴りを真っ向から受けることにした。それは何処でも構わぬ、という意思表示の表れ。そして、寸止めされる事なく顔面に激突する。

 打撃音が鳴った。だが、それだけだ。

 異形の化け物を――一歩たりとも――引かせる事に彼は失敗した。

 レベル6の多少の不信感から威力が減衰したとはいえ――構わずに押し通した蹴り技だ。並みの冒険者であれば吹き飛んでいてもおかしくない。

 

「この程度で満足するのか、狼人(ウェアウルフ)? そんなわけはないよな」

「……ぐっ」

 

 静かに移動し、ベートの脇腹に拳を打ち付ける。それだけで彼の身体が浮き上がった。

 重い一撃だった。誰もが聞いたことのない打撃音によって静寂が生まれた。

 女の細腕から繰り出されたものにしては強烈で激烈で苛烈。

 

(……骨と内臓が……今の一撃で潰された?)

 

 感覚で分かるダメージの程度にベートは驚きつつも体勢を立て直そうとした。だが、無様によろけて膝をつく。気持ち的にはそうしたくなかったのに。

 全身からの発汗に気付き、次に襲うのは言い知れない痛みの嵐だ。

 

「……私としたことが……。『遠征』前と聞いて手加減していたのに思わず……。これは貴様の責任だぞ、【勇者(ブレイバー)】」

 

 静かに告げる彼女の言葉にフィンは苦笑しながら謝罪する。

 黒髪の猫人(キャットピープル)であるアナキティがすぐにベートに駆け寄り万能薬(エリクサー)を渡す。

 沈黙しているベートの追撃をせず、次の標的として選ぶのは先ほどから喚いていたティオネ。

 既に憤怒の形相で矢鱈めったら殴りかかってくる彼女が煩わしくなってきていた。

 

「……クソが! 黙って当たりやがれ!」

「……頭の悪い小娘だ。私の知っている小人族(パルゥム)はしっかりと知恵を働かせたぞ。お前よりも低いレベルなのに」

 

 安っぽい挑発を仕掛けるとティオネはあっさりと引っかかり、より激情に引かれた。

 咆哮するアマゾネスに対し、アルフィアは常に冷静沈着で油断を見せない。

 もう一人のアマゾネスであるティオナは彼女(アルフィア)の戦い方に始終驚き、感心した。

 レベル6と【ロキ・ファミリア】の集中砲火に遭っているのに余裕を見せている事に。

 

          

 

 フィンも少しずつ本気を出しているが届かない。そう思わせてしまうほど彼女の力は隔絶していた。

 勝てない、という気持ちが何度も浮き沈みする。

 それでも親指の疼きが起きないのは心のどこかで鍛錬の延長という甘い考えに囚われているからかもしれない。

 

(……これが本物の殺し合いなら……。彼女もおそらくそう思っていたからこそ加減してくれた。モンスターとなっているのだから討伐対象として狙われる事を分かっている筈なのに)

 

 全てを理解してなお彼女は【ロキ・ファミリア】の前に立っている。

 言葉ではなく力で対話しろ、と。

 一つ息を整え、額に手を置く。

 

(……僕も冒険者だ。団長のまま腐る気はない。……それに同胞(リリルカ・アーデ)に笑われたくないからね)

「……ティオネ。君はレベル6になって浮かれていたのか? 恥ずかしくないのか? こんなに弱いアマゾネスで僕を振り向かせることなど烏滸(おこ)がましいと思わないのか?」

「!?」

……ぐぁあ! だ、団長に、団長に嫌われてしまった……。あ、ああ……。こいつのせいだ。こいつが立ち塞がるから私が弱く見えてしまっている)

(……後が怖いから焚きつけたくなかったけど、これも試練だ。頑張れば頑張っただけ【経験値(エクセリア)】が貰える。……そうなんだろう、ロキ。……じゃないとしばらく引きこもるよ)

 

 フィンの側から獣の唸り声がして、それが少しずつ大きくなっていく。

 精神的ダメージと相手(アルフィア)への怒り。それらが噴火寸前にまで高まっていく。

 この糞女は絶対に殺す。そして、団長に優しくされるんだ、と強い思いを抱く。

 口から火でも吹きそうな変化に(ティオナ)は怯えたが(アルフィア)は平然としていた。

 それもその筈、彼女の様な感情は当時隆盛を誇っていた時代には()()()()()

 (むし)ろ逆に彼女(ティオネ)のような気概を持つ冒険者が少なくてがっかりする程だ。

 

(……良い面構えだ。【カーリー・ファミリア】の小娘(アマゾネス)共とじゃれていた時代を思い出す)

「殺すっ!」

(……あ、相手嗤ってる……。他の団員を下げた方がいいかな? そろそろ()()も来るだろうし……)

 

 愛用の武器を取りに【ゴブニュ・ファミリア】に行っている金髪金眼の冒険者の姿をフィンは思い描く。そのすぐ後でティオネの爆走が始まった。が、一秒もかからず彼女はアルフィアの一撃を腹部に受けて悶絶した。

 速い、と思いながらフィンは魔法詠唱を始める。転がる団員に声をかける暇はもう無い。

 

【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】

 

 超短文詠唱を言い終わった時、彼の指先に紅色の魔力光が集まった。それは槍の穂先に似た形を取る。そして、それを額に当てて魔力光を体内に取り込む。

 

凶猛の魔槍(ヘル・フィネガス)

 

 そう呟いた後、碧眼だった瞳は血の様な赤に染まり、凶戦士の様な雄叫びを上げる。

 指揮を捨てたフィンが一人の戦士として相対する覚悟を決めた。

 この魔法は戦意高揚。効果は能力値(ステイタス)の大幅な上昇。

 代償として使用後は極度に判断力が落ちる。完全に理性まで無くすことはないが、戦い方からそう見られてしまう。

 

          

 

 小柄な体格の小人族(バルゥム)は他の種族より能力が劣っている為に【ステイタス】が伸びにくいと言われる。それでもフィン・ディムナは全ての小人族(バルゥム)の地位向上の為に努力し、今に至る。

 見た目は若いが四〇を超えている。

 

「……お前のその顔は久方ぶりに見るな。私の好きな戦士……、英雄の顔だ」

「褒めても何も出ないよ。……堅苦しい頭脳戦より僕はこっちの方が好みなんだけど……。若手を無視できない立場なんでね。……君たちに余計な手間を取らせてしまっている」

「……そうだ。……全く、隠居していた私を引きずり出して過分な手間を取らせた。……そして今、お前達はこの(てい)たらくのまま絶望に堕ちようとしている」

 

 ティオナは難しい話しに戸惑い。

 ティオネは未だに痛みで動けず。

 ベートはまだ回復できていない。

 【ロキ・ファミリア】が誇る冒険者がたった一人に撃滅されようとしている現状に他の団員達から動揺の気配が広がっていた。だが、それらをリヴェリア達は鎮めようとしない。しっかりと見ておけとでも言うように。

 

(……絶望って何?)

 

 アナキティは眉根を寄せつつ思った。

 アルフィアは何に怒っているのか、と。

 フィンの知り合いなのは理解した。しかし、その言動が良く理解できない。だが、団長達は理解している。その乖離の謎が解けずにいる自分が情けない、とも。

 

「お前達はようやくレベル6になったのかもしれない。……それで? この程度で強者のつもりか? ()めるなよ、オラリオの冒険者。お前達はまだ敗北に対して這い上がれる余裕がある。当たり前だ。手加減しているのだから。これから向かう深層域でもお前達は充分に戦えるだろう。だが、それで終わりではない」

 

 アルフィアは黙っているティオナを手招きした。

 何もしなくても殴られるんだろうな、と思いつつ諦めた彼女は素直に近づいた。

 嫌そうな顔のティオナの頬を軽く叩く。そして、頭を撫でる。

 

「先達の犠牲の上にお前達が居る。諦めず深層を目指す気概が残っている。……私は、私達は諦めてしまった。脱落した。私や最強と言われた【ファミリア】が……」

「多くは命を落とし全滅した。君もその中の一人だ、【静寂】のアルフィア」

 

 敗北者相手に【ロキ・ファミリア】が壊滅状態にされているその事実にベート達が驚愕する。なんて無様なんだろう、と。

 人生の敗北者に負ける事はとても、とっても不名誉だ。他人に顔見せできないほどに恥ずかしい。そして、怒りが湧く。

 

「強くなる簡単な方法がある。……強い冒険者を……殺せ。我々はそうやって多くの冒険者を屠って強くなってきた。他人の命を糧にして最強を手にした。……そして、全滅した」

「こ、殺して……。あれー、そんな話し、どっかで聞いたような……」

 

 ティオナが首を傾げたがティオネはすぐに理解した。

 それは自分達アマゾネスの故郷『闘国(テルスキュラ)』で日頃から(おこな)われていた殺戮劇と同義ではないか、と。

 フィンはその辺りについて知っているので不思議には思わなかった。だが、今の時代にはそぐわない。

 ギルドの規則に抵触する行為そのものだから。混沌とした昔の時代は既に無い。

 

「モンスターを倒すのではなく冒険者同士で殺し合えって言うんですか?」

「弱ければ死ぬ。英雄は一人居れば事足りる。これはただ……、それだけの話しだ。オラリオの最終目的が何なのか知らないわけではあるまい?」

 

 三大冒険者依頼(クエスト)の最後の一つ『黒竜』の討伐。

 それを成す為なら何をしてもいい、という理由にはならないが他に方法が無ければ【ファミリア】同士争って強くなる事態が起きてもおかしくない。

 現に【フレイヤ・ファミリア】はそれを狙っている節がある。

 

(痛え、痛え、痛え……。糞痛え……。たった一発喰らって動けなくなるなんて……。団長より強いな、この糞女……。ああ、でも、なんか納得できた。こいつが強いのは()()()()()()……。単純な事じゃねーか)

 

 ティオネは苦痛によって乱れていた思考が少しずつ冷静になっていくことを自覚する。

 内に秘めた怒りも力へと変換されていく。

 彼女の持つスキル『憤化招乱(バーサーク)』が発動した。だが、()()痛みが足りないと彼女は()()渇望する。

 妹のスキルも『狂化招乱(バーサーク)』といい、名前こそ同じだが姉は怒り続ける事で更に能力が上がる。

 それともう一つのスキルは瀕死時に効果を発揮するが今はまだその時ではなかった。

 ティオネの猛攻に合わせるようにフィンが槍を突き出す。

 力業を好まないアルフィアだが、出来ないわけではない。先ほどからそれを証明している。

 不気味なほど取り乱さない顔で相手の攻撃を掻い潜り、拳を打ち込む。

 手刀で刀剣と渡り合える彼女があえて拳にしているのは命を奪う気が無い証明だとリヴェリアは察する。だが、そんなことをいつまでも続けられる余裕があるのか疑問だった。

 いや、それこそが杞憂かもしれない。

 今のアルフィアはほぼ無敵の化け物だ。勝利する気が無いのであれば彼女にとってはやはり――この戦いは単なる鍛錬の一環という扱いに落ち着く。

 

(【アストレア・ファミリア】と戦っていた時より苛烈な筈なのに……。どこか楽しげだな)

 

 無表情のように見えるアルフィアの口元が少しばかり歪んでいるように見えたのは気のせいか、と思ったがそうではなかった。

 抵抗が激しければ激しいほど口角が上がっている。

 まるで戦闘狂のように。

 【静寂】には似合わない事だが、彼女もやはり冒険者だ、と思わせてしまう。

 

          

 

 戦いは次第に激しさを増し、何故かフィンに攻撃が集中するようになった。日頃の恨みを晴らすかのように。

 普段の彼は戦闘に参加せず、戦闘指揮ばかり取っていた。それが今回は自ら渦中に飛び込んでいる。

 彼を狙う者からすれば絶好の機会だ。

 

「……えーと、僕ばかり攻撃が激しくないかい?」

「貴様を殴れる機会は中々ないからな。……あのドワーフは飽きた。やはりいけ好かない顔のお前を殴るのが楽しい」

「……非常に嬉しくないな、それは……」

(……さっき好きな顔って言っていた気が……)

「……本命は糞爺(クソジジイ)だがな。あれでなかなかしぶとく私でも梃子摺(てこず)った相手だ。……あれは生ける害悪だ。早急に殺処分しないと気が休まらん」

 

 アルフィアを苛つかせる者の最上位に君臨する人物にフィンは心当たりがあったが黙っていることにした。

 混沌期の冒険者であれば誰もが知るところだが、今の時代では通用しない。ティオネ達も首を傾げる内容だ。

 

(あの人に狙われている糞爺(クソジジイ)って誰?)

(ガレスさん以外の老人は殆どいない筈……)

 

 老け顔と言われるドワーフ族だが、彼自身はそれほど歳を取っていない。だから、漏れ聞こえる内容に不満を募らせた。

 少し私情が入った事で調子が狂ったアルフィアは一度、フィンから離れた。

 彼の顔や身体は(おびただ)しい殴打痕でいっぱいになっていた。しかし、それでも顔が変形するほどの怪我は負っていなかった。

 代わりにティオネの顔が酷いことになっていた。

 

(……いつの間に……。凄い腫れあがってるよ、ティオネ……)

「ティオナ。回復薬(ポーション)をかけてやれ。さすがにお前達を殺そうとまでは思っていない。無理に戦闘に参加しなくていいぞ」

「ありがとう」

「何度でも立ち上がれ。お前達はまだ生きている」

「う、うるしぇー」

 

 口元が腫れていて上手く喋れないティオネの顔に治癒魔法が飛んできた。

 リヴェリア達の防護魔法を受けている筈なのに幹部達が手痛いダメージを受けている。その事実に(ようや)く気が付く者達が驚きの声を上げていく。

 攻撃自体は単調だが上級冒険者特有の高速戦闘の為にほんの僅かな時間にもかかわらず、膨大な打撃数が飛び交う。

 特にフィンの攻撃は速く、槍捌きが見えなかった。それを上回るのがアルフィアだ。

 複数人を相手取っているのに未だに呼吸を乱していない。

 しかし、一方的に勝っているか、というとそうでもない。ティオネ達の攻撃のいくつかはアルフィアに当たっている。驚異的な『耐久』で平気そうに見えるだけ。

 当人も少し苦しいな、という感想を持っていた。

 

(以前の彼女なら時間経過で【ステイタス】の能力値が下がってきた筈だけど、今は健康体だからか、衰えが確認できない)

 

 デメリットがあったからこそレベル3で構成された【アストレア・ファミリア】でも充分に渡り合えた。

 もし、今のアルフィアと戦ったら間違いなく勝ち目が無かった。それはもうフィンですら断言する程に。

 

          

 

 果敢に攻めるティオネに対し、アルフィアは冷静に拳を突き出す。

 レベル6なのに成すすべもなく殴打される光景は他の団員達に驚きを(もたら)した。

 既にスキルが発動し、かなりの能力値が向上している筈なのに。全く敵に通じていない。

 一撃一撃が重く、内臓や骨に響く。

 

(……うむ。自分でも驚く打撃力だ。手加減が難しくなったのか? それとも……ここに来て感覚が合ってきた? ゼノスというのはどれほど乖離しているんだ?)

 

 自分の力に驚きつつも一つずつ感触を確かめて致死に至らぬように調整する。

 ティオネは相手として丈夫で今も向かってきている。他の団員であればすぐに地面に沈んでいる。

 しぶとい冒険者は強者にとって脅威だ。

 

(……(ババア)って言った回数分顔を殴られているようにしか見えない。あたしも口には気を付けないと……)

(この(ババア)。執拗に顔ばかり攻撃しやがって……。団長に無様な姿を見せているじゃねーか、こん畜生が!)

(……うーん。狼人(ウェアウルフ)は当たり所が悪かったのか? ……それとも欺瞞か? ……欺瞞だな。レベル6の『耐久』がアマゾネスより低いとは思えん)

 

 心配をよそに蹲っているベートは怒りを糧に力を溜めていた。

 多くの聴衆の目が無様な自分を見ている、という想定で。

 否定はしない。弱いから負ける。実に分かりやすい論理だ。

 

「敵を前にして逃げる事も時には必要だ。殉教者になるなよ、狼人(ウェアウルフ)。お前はまだ立ち上がれるのだから」

「……るせえ。お前に言われるまでもねえ」

(こういう手合いは嫌いだが……、死なせるには惜しいな)

 

 万能薬(エリクサー)でも完治に時間がかかるなら早期撤退を選ぶのが最善だ。

 それが出来ないなら出来るようにすればいい。彼がそれを選ばなくても選べる奴が(おこな)えば問題は解決する。

 (すなわ)ち、現時点で強者であるアルフィアの決定こそがこの場の絶対的な法である。

 ベートの介護をしていた者を突き飛ばし、睥睨する絶対者。それに対し、彼は睨み返す事しかできなかった。

 当たりどころが悪く、出血も激しい。呼吸もままならない。そして、今は死を賭す場面ではない。

 ひたすらに悔しいが勝ち目がない事を悟った。だが、次は負けねえ、と。

 

「何度も挫け、立ち上がり、足掻き続けろ。それがお前の行く道だ。お前の底が浅いのであれば散れ。存在するだけで邪魔だ。早急に失せろ。目の前に立ち塞がる壁はこの程度ではないぞ」

「……グルル……」

 

 罵倒に近い言葉を掛けられ、獣のように唸る事しかできないベート。

 アルフィアは掌を彼に向けた。問答は終わった。後は彼自身の問題である。

 

「畜生の咆哮しか吐けん(くず)に用は無い。福音(ゴスペル)

 

 至近距離から超短文詠唱を受けたベートは全身から血を吹き出して意識を失う。

 音に敏感な獣人系の種族にとってアルフィアは天敵同然の存在であった。

 連れていけ、と近くに居る団員に声をかけるとすぐさま静かになったベートを回収していく。

 

「……ちとやり過ぎた。それと時間切れだな。楽しかったぞ、【勇者(ブレイバー)】」

「……予定があるんだったね。けれどこのまま引き下がるのも癪だな」

「別に逃げはせん。だが、今日一日は少年と観光すると約束している。その後で改めて協議しても良い」

(……少年ってベル・クラネルの事か。……まあ、そうだよね)

 

 仲間の報告から【ヘスティア・ファミリア】と同道している、と聞いていたので。

 深くため息をつき、魔法の効果を解除する。

 後の問題は今も果敢に攻め続けるティオネだけ。――いや、リヴェリアの命令で魔法詠唱を続けている者達も。

 

「……ティオネ。戦闘をやめろ」

「……ふぁい、団長……」

 

 素直に停止したことにフィンは驚き、次いで安心した。声が聞こえるくらいの意識を保ってくれて。

 ティオナは既に見守る役に徹していたので軽傷だ。

 リヴェリア達も魔法の詠唱を中止した。

 結果だけ見れば惨敗である。だが、死者は出なかった。多少、遠征に支障が出た程度だ。

 

          

 

 ベート達は決して弱くないし、安易に負けを認めるような若者ではない。だが、今回に限って言えば相手が悪かった。

 正直、ここまで強いとはフィンも想定していない。彼が知るのは生前の病弱なアルフィアだ。

 

(……楽しかった、か。どうして私はそんなことを……。あれほどまでオラリオに失望していたというのに……)

 

 【アストレア・ファミリア】と戦い、全力を出して負けた。悔いも無い。――その筈だったのに蘇った。

 色々と疑問点が残るが今の自分は割と気分が良いらしい。

 後進が全ての責任を持つのだから今更自分が出張る必要も無い。これは単なる気まぐれだ。そう思う事にした。

 

「……どうしたの、皆?」

 

 整備に出していた武器を取りに行っていた金髪金眼の少女剣士が疲労困憊の【ロキ・ファミリア】を一瞥して疑問を抱いた。

 遅すぎる登場に思わずため息が漏れるフィン。しかし、叱るわけにはいかない。

 アルフィアの出現は予定外の事だから。

 それと、彼女の側には白髪(はくはつ)の少年冒険者ベル・クラネルが居た。

 お待たせしました、と言おうと思ったら呻き声の様な、悲痛な声が聞こえて何も言えなくなった。

 

「ちょっとした訓練だよ。それにしても随分と時間がかかったね、アイズ」

(……あの娘がアイズか……。随分と大きくなった。おそらく実力も上がっているだろう)

 

 腰に細身の剣を()いたアイズ・ヴァレンシュタインは元凶とも思える不審な人物に顔を向け、静かに鞘から剣を抜いた。

 目の前に居る謎の存在の気配に覚えがある。けれども、咄嗟の事だったので正体については浮かばなかった。

 

「……貴女、どこかで会った事がある……」

「大きくなったな、小娘」

 

 声を聴いた瞬間にアイズは駆け出していた。この人は敵だ。殺さなければ、という強い思いを抱いた。

 フィンも止める間もなく彼女の突進を許してしまった。

 

(……迷いのない鋭い動き。……だが、私の方が強いせいか、お前の動きはよく見える)

 

 必殺の一閃を浴びせるもアルフィアは軽く剣をいなした。それだけで斬撃が簡単に逸らされた。

 舌打ちしつつ追撃の斬撃を繰り出すも全て受け流された。

 静かな佇まいのまま攻撃を無効化される事は早々に経験が無い。こんなことが出来る相手はアイズの知る限り団長のフィンかかつて相対した敵だけだ。

 

(この娘もレベル6か……。七年という期間から考えれば早い成長速度だ。……それに武器の扱いも上手くなった)

 

 モンスター相手であれば充分に戦力となる。けれども上級冒険者相手だとまた話しが変わってくる。

 未熟者とはもう呼べない。彼女の成長に思わずアルフィアは微笑して喜んだ。

 彼女こそ自分達が待ち望んだ英雄に相応しい冒険者だ。そう思えた人間(ヒューマン)だ。その成長を無視できる筈が無い。

 

          

 

 アイズの神速とも評される斬撃を涼しい顔で捌き切るアステルを見たベル・クラネルはただただ驚いた。

 唐突に突進したアイズにも驚いたけれど――

 

(こ、攻撃が全然見えない。あと、【ロキ・ファミリア】の皆さんが止まってる……。ティオネさんの顔が酷い事に)

 

 次々と気付く一大事に少年の顔色はどんどん悪い方に青くなる。

 自分が来ない内に何があったのか、想像するのがとても怖かった。

 

(……フィンまで怪我してる。この人、相当強いんだ……。でも、他のみんなは怪我して、ない……? 無差別ってわけじゃないんだ)

 

 アイズは攻撃を繰り出しつつ状況を把握していく。

 相手からの攻撃が無いからこそ出来たが、思考が少し混乱した。

 遠征に赴く筈だった【ファミリア】と目の前の敵との間に何があったのか。

 

「馴れ合いで冒険者は強くならん。……少なくとも私は命を削って手にした。お前はどうだ? 今の強さを手に入れるのにどれだけの時間をかけた? 【ステイタス】の伸びが悪い事に悩んだりした口だろう?」

「ど、どうしてそれを」

 

 目つきを鋭くして剣を繰り出す。全く有効打が与えられない。

 装備しているガントレットのせいか、と疑った。

 

(……今のは……どれに対しての疑問だ? 寡黙な奴が急に喋ると私も困る)

「……私、もっと強くなりたい。今のままじゃダメって事は……分かってる」

(……素直。アイズさん、物凄く素直だ)

(……以前の荒々しさが……無くなっている? 剣を持つ貴様は全てを切り裂く剣そのものになろうとしていたのではなかったのか?)

 

 三者三様の疑念と苦悩が場に満ちた。

 ただ、ベルは二人を止めに入る余地を見つけられなくて困惑した。周りの団員達も静かに見守っているので迂闊に声をかけると怒られそうな気がした。

 

「強くなる方法は簡単だ」

「えっ?」

 

 突進しようとしたアイズが急停止する。渇望していた方法の前で油断を見せる事にアルフィアはつい怒鳴りそうになったがやめた。

 このまま戦闘を続けるのは不毛だし、少年も来ている。早めに面倒ごとを解決するのが急務だと判断した。

 

「強い冒険者をたくさん殺せ。……そこの娘にも言ったが……。それが一番の早道だ。……お前にそれが出来るか?」

「……ぼ、冒険者をたくさん殺す……」

「暗黒期のオラリオではそこかしこで殺し合いがあった。病人の私でさえレベル7になれた程、あの頃は()()()()()()()()

 

 一つ呼吸を整え、落ち着いた口調でアイズに語る。

 冒険者は【ランクアップ】すると全能感によって優越に浸る傾向にある。特にレベル5以降になると弱者を甚振(いたぶ)るような者が出始める。

 闇派閥(イヴィルス)に所属する多く冒険者はそういう手合いで、悪事に手を染めるのも不思議ではない。力を手にした者の多くはそういう傾向に陥りやすい。

 そうなれば治安維持のための戦いが始まるのも自然である。

 

「現実問題として簡単かどうかは実力がものをいう。弱者が強者を殺す時、確かに己の中で偉業の達成に似た感覚を得やすいのは事実だ。私の【ファミリア】で殺人の経験が無い者など珍しい部類と言える」

 

 この言葉にフィン達は反論も否定もしなかった。ティオネ達も身に覚えがあるのか、黙っていた。

 それ以外の団員達は驚いていたが。

 そして、アイズは思い出す。かつてアルフィアを倒した時、一斉【ランクアップ】を成し遂げた【ファミリア】が存在していたことに。

 否定したくても出来ない結果がある。

 

「……【アストレア・ファミリア】……。けれど、そんな方法を私は取りたくない」

「一つの可能性を示唆しただけだ。実行するかどうかは冒険者次第だ。……お前が質問し、私は答えた。ただそれだけだ」

 

 遠くでリヴェリアがアイズの名前を呟く。

 殺人を許容する事は【ロキ・ファミリア】でもしない。ただ、犯罪者や他派閥の抗争において命を落とす結果があるのは誰もが知るところ。

 今のオラリオは厳格な規則の基に秩序が保たれている。

 

「……でも、モンスターなら……殺していいんだよね?」

「出来るものならやってみろ、小娘」

「あ、アステルさん。挑発しないでください」

 

 そこに厄介事に首を突っ込む少年が割って入った。

 一度ならず二度ならず三度ならず。おそらく四度と五度もあるのだろうな、とアルフィアは思ってため息をつく。

 こうまでお人好しなバカを見るのは【ゼウス・ファミリア】に居た最弱のサポーターを思い出させる。

 あれは覗きに全力を尽くしていたか、と嘆息した。

 

「とにかく駄目です。二人が戦うのは……なんか僕の勘というかなんというか、駄目な気がします」

「……君はいつも邪魔をするね。……前もそうだった。その前も……。いつも私から逃げていたクセに」

 

 口を尖らせたアイズが日頃の不満を言うと図星を突かれたベルは脂汗を流す。

 アルフィアも何となく想像がついた。そういう手合いに覚えがある、と頷いた。

 

「それとアステルってこの人の事?」

「え、ええ、そう聞きました」

「……この人はそんな名前じゃないよ。七年前、オラリオを荒らし回った元凶の一人、だよ……」

 

 左手でベルを掴み、アルフィアから引き離す。

 右手に握りこんだ(デスペレート)で牽制しながら相手の顔から目を逸らさず。敵意を少しずつ強めていく。

 これこそが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの今の姿だ。

 

「顔見知りに会う目的は達した。……もはや偽名も意味を持つまい。少年。こいつらの言う事は……真実だ。嘘をついたのは名前くらいだが……」

ええっ!? ……って、そういえばリューさんも幹部とか言ってましたね」

 

 指摘されても全く否定しなかった事を思い出す。言葉を濁していた様子も無かったような、とベルはダンジョンでの出来事も思い出す。

 アイズとリューの言葉が真実でもベルの中では善人だ。その気配も勘からも悪い人とは思えなかった。自分はそれを信じたかった。

 ただ、そう思い込みたいだけだ。真実、アステルの事をベルは何も知らない。

 

「……だが、七年も経っていれば私の様な木っ端冒険者の事を知る者など直接対峙した者以外に居るとも思えない。そこのアマゾネス達も知らない様子だったしな」

 

 姉の治療にあたっていたティオナは自分の事を言われている気がして何度も頷いた。

 他の団員も古参の者以外は首を傾げた。

 見た感じでは全体の三割強がアルフィアの存在を知っている様子だった。

 ティオネ達は七年前はオラリオに居なかった。だから知らなくて当たり前だと気づく。

 ベートは他の闇派閥(イヴィルス)討伐に就いていたので幹部の事は朧気にしか覚えていない。

 

「……そういえば僕がオラリオに来たの……、半年前でした」

「な……に?」

 

 レベル4だから何年か住んでいると思っていたアルフィアが驚いた。

 アイズも成長が早いな、と常々思っていたがベルがオラリオに来た時期までは想定していなかった。

 二人揃って複雑な顔でベルを見つめたまま黙ってしまった。

 七年前と言っていたのに半年前に来た冒険者がアイズ達の内情に関わるのは間違っている気がした。そして、物凄く気まずくなった。

 穴があったら入りたい、とはこのことだ。

 

          

 

 どれくらい沈黙していただろうか。

 ベルの言葉に静寂が広がる。それを見たフィンは心の内で笑った。出来る事なら声に出したいくらいに。

 さすがに表情までは取り繕えず、微笑に顔が歪んだ。

 

(アルフィアを驚かせるとは……。ベル・クラネル、やはりただ者ではないようだ)

(……あの人間(ヒューマン)が空気をぶち壊したのだけは理解できました)

(結構長く沈黙しておるの。世間を賑わせる【白兎の脚(ラビット・フット)】はいつも儂らを楽しませる)

(殺伐とした空気が音を立てて崩れていくのは分かったわ。さすがね、【白兎の脚(ラビット・フット)】)

 

 様々な想いを抱く【ロキ・ファミリア】をよそに当人(ベル)は申し訳なさで謝っていた。

 本気であまりの事に現実逃避したのはいつ以来か、と我に返ったアルフィアは苦笑を滲ませる。

 戦闘中だったアイズも驚きで止まっていたことに改めて驚く。

 

「さて、少年。目の前に敵が居る。お前ならどうする? 小娘のように切りかかるか?」

「……いえ、いきなりはちょっと……。でも、敵とも思えません」

「現場を知ればお前でもそうはいっていられない筈だ。あのエルフも口では正義を語っていたが仲間を失えば案外自分の主張など脆く崩れる」

 

 モンスターを倒す事が当たり前だったベルは異端児(ゼノス)と出会い、常識が変わった。根底から覆ったと言っても過言ではないくらいに。

 その観点から言えば側に居るアステルは本当は敵かもしれない。

 

(……他人の言葉だけで考え方を変えるのは言いくるめられることと一緒だ。それが嘘であった場合は騙されたことになる)

 

 当人が真実だ、と言ってもすんなりと信じられるほど素直なベルではない。――少し前なら信じていたかもしれないけれど。

 アイズの言葉を信じるのか。アステルの言葉を信じるのか。それとも――自分の感性を信じるのか。

 アイズと彼女は共に元凶はアステルだと認めている。ならば、それに従うのが自然な流れだ。

 自分一人だけ否定する意味がこの場には無い。敵は大枠でアステルだと言っている。

 でも――何に対して敵なのか。オラリオを混乱させたから。それともそうなるように見えない第三者に誘導されている、とは考えられないか。

 

(……それはさすがに飛躍し過ぎだ。僕はアステルさんから何も教えてもらっていない。分かっていることは彼女がオラリオの敵だ、という事だけ。理由までは分からないけれど)

「迷い考える事は大事だ。何が真実かは……、見る側によって違って当たり前だ。……戦闘も終わったようだし、続きは歩きながらでも出来るだろう?」

「……はい」

「……で、小娘はどうする? これから遠征なのだろう?」

 

 アステルを見据えて小さく唸るアイズ。

 ベルが敵の側に居る限り迂闊に攻撃が出来ない。尚且つ、敵である筈のアルフィアから殺気が感じられない。

 フィン達も手出ししないようだし、このまま戦うと我儘娘と見られてしまう。

 

 ()()、敵を前に引き下がらなくてはならない。

 

 それにこれ以上の戦闘は周りへの被害拡大に繋がる。

 この場での決着は先の戦闘で難しい事を理解した。アルフィアは未だ高みに居る強敵だ。そう認識した。

 それでも――剣を構えて敵を見据える。

 

          

 

 アルフィアはベルを下がらせる。戦士が決意を秘めているのに応えないのは失礼である、と告げて。

 この場において場を制しているのはアルフィア。挑戦するのは第一級(レベル6)の高みに登ったばかりの【剣姫】アイズ。

 開始の合図は無い。ただ、一歩、剣士が動き、それを迎え撃つのは無手の【静寂】アルフィア。

 

(……先ほどより早く、鋭い)

(……最初に会った時と変わらない。……私は()()彼女に届かないの?)

 

 剣戟の全てを紙一重で避けられる。明らかに剣筋を見切られている。

 悔しい。全く届かない事に。自分がまだ弱い事に。

 【ステイタス】の伸びが悪い事に悩んでいたのは事実だ。だから、もっと強くなりたいと願った。

 だが、敵はそんな自分達よりも高い位置に居続けている。早く、早くと気が()く。

 

目覚めよ(テンペスト)

(……焦りが見えるな。向上心は人を育てる。それを持ち続ける限り……、お前達は決して弱くならない)

【エアリエル】

 

 風の付与魔法を身にまとい、突進するアイズ。

 先ほどよりも速く、鋭い剣捌きを繰り出すもアルフィアは同じように受けていく。

 他の者からは二人の攻防を肉眼で捉えるのが難しいほど。ついていけるのは第二級冒険者の上位者くらい。

 ベルも剣捌き自体は残像のようにしか見えない。

 

(……風に押される!? 単なる付与魔法ではないのか)

(届いてみせる。……いえ、乗り越えてみせる)

「……魂の平静(アタラクシア)

 

 身体に触れるアイズの魔法を無効化。しかし、それは気休めにしかならなかった。

 アルフィアはすぐに考えを切り替え、魔法を解除する。その瞬間、暴風に身体が晒され体勢が少しだけ崩れる。

 魔法職の彼女(アルフィア)は頑強な戦士の真似事は出来ても本職には(かな)わないと自覚している。

 気概だけで超越者を押し返そうとするアイズに対し――

 

「舐めるな小娘っ!」

「……ふぎゅ!」

 

 ()()()()()()()()アルフィアは突き出された剣を強く弾き、頭突きした。

 負けず嫌いなのはどちらも同じ。これは純然たる女同士の意地のぶつかり合いだ。

 可愛らしい呻きを漏らしたアイズは脳天から足腰まで振動が伝わり、一瞬意識も飛び、膝が折れる。

 いつもリヴェリアに殴られる痛みによく似ていた。どちらが強いのか、分からないがとにかく痛かった。

 思わず涙目になって一歩引き下がる。だが、ふらつく身体で後退した為、すぐに尻もちをついてしまった。

 

「……全く、なんて野蛮な戦い方だ。優雅さの欠片も無い」

「……ううっ」

「どうして私の敵は戦士系ばかりなんだ?」

「……魔法を無効化する君の相手が務まる魔法職は居ないと思うよ」

 

 と、遠くからフィンが言った。それにすぐ舌打ちするアルフィア。

 才能の権化。才禍の怪物と謳われたアルフィアは押しも押されぬ天才だった。フィンもその実力を否定しない。リヴェリアとガレスも同様に。

 前衛も務められる無敵砲台。そんな破格な冒険者は(るい)を見ないと断言できる。

 そんな彼女も敗北経験があるのだから信じられない。

 

「あ、アステルさん。頭突きなんかしたら危ないんじゃ……」

 

 と、ベルが心配そうに声をかけて来た。それにアステルはどうして、と聞き返した。

 今のアステルは竜女(ヴィーヴル)だから。額に宝石があり、それを失うと凶暴化するモンスターである。

 本来ならばそうなのだが――アステルの額に宝石は無い。そもそも、竜女(ヴィーヴル)なのかも怪しい。

 見えないだけで皮膚の下にあるかもしれない、とベルは思ったので心配になった。

 アルフィアは――それより額を割られて血を流すアイズを心配したらどうだ、と言った。

 強烈な頭突きを食らったアイズは――半ば脳震盪を起こしたように――覚束(おぼつか)ない足取りで未だ衝撃から立ち直れていない。額の出血の他に鼻血まで出している。

 剣を未だに握っているが目の焦点が合わず、敵がどこに居るのか分からなくなり必死に探そうとしていた。

 ベルが彼女に近づくと威嚇された。未だに戦意を失わない心意気は流石だと思うけれど、このままでは危険だと判断し、何とか羽交い絞めにしてみた。すると、激しく暴れる。

 

「アイズさん、僕です。声、聞こえていますか?」

「……ベル!? て、敵は何処? まだ近くに居る?」

 

 唸りながらベルに尋ねる。すぐ近くに居るのに分からない所から目が見えていない、と思った。どうしてなのか疑問に思うものの大丈夫です、と言い続けて安心させようとした。

 この時のアイズは強烈な眩暈(めまい)によって視界が利かない状態になっていた。

 レベル6の『力』で暴れるものだからベルも手加減せずに抑え込もうとした。しかし、相手の方が強かった。

 怪我を治療しないと危ないと言い続ける。その内、意識が不鮮明になりアイズは(くずお)れるように気を失った。

 

(……思わず()()()頭突きしてしまったが……。早めに治療すれば大丈夫だろう。それより私もケガ人なのだがな。……打撲だから心配されないのか)

 

 結構な痛みを感じた。モンスターの身となってあまり重い怪我をしなかったが――やはり生きている実感が無いと安心できない。

 白目を剥いて痙攣するアイズに団員達が近づいて怪我の治療が始まった。

 

          

 

 実質アルフィア一人で【ロキ・ファミリア】の幹部達を撃滅したことになった。

 当人は危害を加えるつもりは無かったが結果的にそうなってしまった。これは【勇者(ブレイバー)】の責任だと決めつけておく。

 強者の特権としてベルに額を撫でてくれ、とか冷たい水を持ってこいとか指示した。

 

(……よくよく考えればどうしてこんなことになったのか。……オラリオはいつも退屈させないな)

 

 甲斐甲斐しくベルに優しくしてもらっていると復活したベート達の姿が見えた。

 アルフィアにとって狼人(ウェアウルフ)に強烈な一撃を入れた事だけは悪いと感じた。あの時だけは手加減が出来ていなかった。

 いや、心配する必要は無い。弱い奴を叩きのめしただけだ、とも。

 それでも最終的には未来ある冒険者を死なせるのは心苦しい。あの少年(ベート)はまだまだ伸びる可能性がある。だから――

 

 無事でよかった。

 

 と、心から安心した。

 他人を心配する気持ちなど久方ぶりのような気がした。つい先日まで失望感に(さいな)まれ、他人の命など毛ほどにも気にならなかった。

 充分な覚悟をもって臨んだのだから後悔していない。するわけがない。恥じ入るものなど一欠片(かけら)も無い。

 

「……それにしても少年は本当に世話焼きだな。誰の影響だ?」

 

 近くの噴水で濡らしたハンカチを軽く絞り、それをアルフィアの額に当てる。

 冷たくて気持ちが良かった。

 

「……誰の、と言われると……。しいて言えば育ての親の祖父、でしょうか」

「……そうか。……どうして冒険者になろうと思った? 危険なダンジョンで仕事をするなど親なら許さない筈だ」

 

 どうしてか言葉が出る。

 相手の事情を詮索する事は冒険者にとって規則違反に近い。基本的に詮索しないのが暗黙の了解となっている。

 だが――落ち着いた雰囲気の中で自然と出てしまったし、取り消すつもりもない。

 

          

 

 両親の事は知らない。既に他界した後だと祖父から聞いた、とベルは素直に答えた。

 ならば、その祖父の教育が悪いのか、と怒りを募らせ敵として認定しておく。

 両親を知らず、他の兄妹もおらず。未知を求めて迷宮都市オラリオに単身やってきた。そして――今の主神と出会い【ファミリア】の一員となった。

 簡単な説明ながらもベルは言った。

 

(……祖父に育てられ、一人でここまで来た。……歳は今年で一四……。共通点がありすぎる。……クラネルとは育った村の村長の姓か……。……ありふれた理由としては合致するし納得もする)

 

 次いで聞こえたのは『物語』が好きだ、という部分。これにアルフィアが強く反応した。

 普段は閉じている目蓋を開けてベルを凝視する程に。

 (メーテリア)は病弱ゆえにたくさんの物語を読む機会がある。それだけならありふれているのだが、書物というのは高価なものだ。()()()()所有出来る程裕福な村民など居ない。

 それが出来る者は――自分の知る中では一人だけ。正確には一柱(ひとり)だ。

 彼の話しの中で『ゼウス』は出てこない。おそらく偽名を使っている。

 

(……もしや、少年は『幸運(発展アビリティ)』のスキルでも持っているのか?)

 

 あり得そうだが詮索する事はしなかった。

 仮に考えている事が全て真実であっても、それはそれと処理する。今更な話しであるし、彼の道は彼自身が決める事だ。過去の遺物がどうこう言う事ではない。

 これはただ――アルフィアが自己満足する為だけの会話だ。

 

(合点が行き過ぎて怖い。……本当に人生とは油断がならないものだ。幽冥を司る神(エレボス)の気紛れだな、これは。それ以外ではありえん。なら、他の者はどうなるんだ? 私だけが対象というのは不自然だぞ)

 

 空高くに居る筈の神々に抗議の念を送る。

 もうすぐ出て来るよ、と答えられても困るけれど。

 

「僕も質問していいですか?」

「……駄目だ」

「……ええっ」

 

 アステルは質問を断ってきたことが無かったので驚いた。そして、がっかりした。

 理由は分からないけれど甲斐甲斐しく世話をしたのに理不尽だ、みたいな気持ちが湧いた為だと予想する。

 

「……ふっ。冗談だ。……私だって冗談を言う権利はあると思うのだけれど」

「そ、そうですね。権利があります、はい」

「うむ。それで……、何が聞きたい? 小難しい事ではないだろう?」

「すみ……、ああ、いえ。えっと、アステル、というのが偽名なら本当のお名前は何というのでしょうか?」

「アルフィア・ストラディ。これでも古株の冒険者の中では有名人だぞ。二つ名は【静寂】という」

 

 胸の内でアルフィアの名前を呟く。

 ベルにとって初めて聞く名前だった。このオラリオに来てから一度も聞いたことのない冒険者の名前。そして、どんな物語にも出てきていないものだと推測する。

 聞き覚えがあれば大体わかる。ベルは祖父から読み聞かせられた物語の多くを今でも覚えているほどに記憶力にはある程度自信がある。その上でアルフィアという冒険者の名が出てこなかった。

 物語と違い、神様達の名前や【ファミリア】と構成員の全てを把握しているわけではない。

 そこはまだ勉強中であった。

 

闇派閥(イヴィルス)の幹部というのは?」

「本当。これは小難しいから省くぞ。もう終わった事だし、奴らとはもう何の関係も無い。……あえて言えば悪辣な神の口車に乗った。このオラリオに居る惰弱な冒険者を叩き直す為に、な。……最終的に私達は負けた、というところで話しは終わりだ」

(その神様に騙された? もしくは自ら進んで悪党になった……。どういう気持ちでそんな道を歩いたのか……。これはきっと()()()()()理解できない)

 

 真実を告げられたからとてベルに出来ることは何もない。

 あるとしても彼女の額にハンカチを当てるくらいだ。

 大人しくしている姿を見ている内に竜女(ウィーネ)の事を思い出す。今頃どうしているのか――

 ベル達は公園に備え付けられている椅子に座り、しばし気持ちを休めた。アルフィアは肉体と精神を。

 

「……向かってきたのはあいつらだ。少年は気にする必要は無いぞ。これは……あれだ。喧嘩両成敗というやつだ」

「は、はぁ……」

(意識すると緊張するな、この私でも……。そうか、この少年が……。私にとっては感動の対面だが彼はそうではない。全くの赤の他人……。私も家族らしい暮らしに覚えが無いから付き合い方が分からん。……親ならともに料理でも食べるのか。風呂に一緒に入るとか? それとも……、いやいや。世界の危機が迫っているのに呑気な暮らしなど……)

 

 何度か唸りながら物思いに耽る。何を考えても自分に相応しい結論が出てこない。

 急な復活も原因ではないか、と。

 ――そう。一度死んだ人間だ。彼にとって余計な真実はこの先の冒険に支障が出る。きっと出る。そうに決まっている。

 

「………」

 

 らしくない。そうアルフィアは自嘲気味に苦笑する。

 側に居るベルの顔をしばし見つめてみた。意識すると抱き着きたくなる。何せ妹が残した希望だ。愛さないわけにはいかない。

 愛する資格も無いのに――だから、結局手は出せなかった。思い切り抱きしめる事も。

 そして、これでいいと諦めに似た結論を出す。その代わりとして彼の興味を惹く話題を出してみる。

 どんな反応を示すのか。どんな顔をするのか。

 

 ベル・クラネルはどんな決断を下すのか。

 

 アルフィアにとっても興味があった。しかし、聞きたくない気持ちもある。これはそれほどのものだ。

 

「物語が好きなのだったな?」

「はい。殆どはお祖父ちゃんが作った創作物らしいんですが……」

(……ああ、私はそれを()()知っている。当人から嫌というほど聞かされたから魔法で何度も吹き飛ばしてやったほどだ。……当時の私は強くなる事と妹以外は全く興味が無かった)

 

 数分ほど沈黙し、長い吐息をつく。

 見上げれば薄曇りの空が見えた。こういう穏やかな天気だと死ぬにはいい日だ、と誰かが言っていた。

 地上に視線を戻し、ゆっくりと口を開く。

 

「ある大英雄がダンジョンの奥底に居る邪悪な竜を討伐する話しをしよう。……といっても大して知っているわけではないが……」

「ああ、英雄と竜の戦いは様々な物語に出てきますものね」

「そう。これは……、ありふれた竜退治ものだ。……だが」

 

 アルフィアは顔を『摩天楼(バベル)』にあるダンジョンへの入り口に向けた。

 ダンジョンの奥底に居る筈の竜を求めて大英雄が冒険の旅に出る。それ自体は本当にありふれた出だしだ。

 数々の冒険を経てついに最下層にたどり着くと――と、大幅に端折(はしょ)った。それでも構わず彼女は続ける。

 最下層には竜は居らず、宝箱が一つだけあった。英雄はそれを開けて財を手にする。

 ダンジョンを征服した証しの宝。彼は偉大な英雄として語り継がれる事になる。

 

「だが、そんな美談が本当にあると思うか? いや、ある訳が無い。罠があると疑うべきだ。浮かれている冒険者に理屈は通じない。……様々な理由があると思うが英雄は宝を手に入れた、のではなく手に入れてしまった、と思うべきだった」

 

 真っ当な宝である筈が無い。その証拠にそれは宝などではなく、邪悪な意思が用意した『呪い(カース)』の塊であった。

 それを手にした英雄は呪いに蝕まれ、邪悪の権化たる竜へと変貌する。竜退治に向かったのに自分自身が竜になってしまう。

 あまりの強さから英雄が竜に例えられる話しも無くは無い、と言いおいて。

 

「大英雄が竜になったら……、最強の敵が出来上がる。……その竜は長い年月をかけて世界中の悪意を吸収し、いつしか強力無比な『黒竜』へと進化した……」

 

 後は様々な物語で語られるような流れが作られた。ただし、どうして竜が存在したかは時代の変遷で失われてしまった。

 アルフィアがここでそれがもし創作ではなく史実であったらどうする、とベルに尋ねた。

 

「それが三大冒険者依頼(クエスト)の黒竜と同じなら……、倒すか話し合い……」

「人間性があるなら、対話も可能かもしれない。相手は神話の時代から存在する人外のモンスターだ。我々はそれを討伐しない限り安寧が来ない。敵はあらゆる悪意の塊だ。放置はできない」

「はい」

「……もし、その黒竜が大英雄と呼ばれるアルバート本人だったら……。物語好きなお前はそんな相手に武器を向けられるか? ちゃんと倒せるか? 世界を救う英雄になりたいと言えるか? 少年。私という証拠がある以上、そういう想定もしておくべきだ。……既にしているのかもしれないし、葛藤している最中かもしれないが……」

 

 はい、と小さく返事をするベル。

 確かに可能性の話しであれば彼も考えている最中だった。答えはまだ出ていないけれど。

 もし、という可能性について考えずにいられれば楽かもしれない。また、考えなかった事で何かを失う事もあり得る。

 自分は信用を犠牲にして竜女(ウィーネ)を救い、異端児(ゼノス)の信用を得た。

 信頼関係はこれから構築する予定だ。その上でダンジョン探索もこれまで通り続けると決めた。

 

「考えて答えを出す事は大事だ。即答しろとは私も言わん。次いでだ、もう一つ聞かせてやろう。お前がこれから歩む上で避けては通れない問題だと思うからな」

「はい。お願いします」

「うむ。……時代を経て黒竜討伐に向かう冒険者が現れる。最強の【ファミリア】による討伐任務だ。結果は全滅だが……。長い戦いの中で様々な事があった」

 

 二大【ファミリア】が台頭していた時代、深層域を攻略していたアルフィアは深層域で不思議なものを見つけた。

 多くの精霊達がモンスターに食われ、在り方を変えてしまった。今では生存本能だけで冒険者に襲い掛かる事が多い、と。

 そんな中で一つの――一人の『精霊』と出会った。それはまだ(けが)れを知らず、そこに居た。

 種族は『森精霊(ドライアド)』の上位種『上位森精霊(ハマドリュアス)』の一体と思われる。古代の精霊などと表されるものの一つ。

 彼らは特定の樹木に宿る精霊達だ。姿は人型が多く、限りなく人間(ヒューマン)と遜色が無い姿を持つ。

 

「我々が見つけた精霊は『アリア』……」

「……アリア?」

 

 アリアとはある種の樹木の事だ、とアルフィアは言った。特定の人名ではなく樹木の名称、または区別するために暫定的に付けられた名前だったのかもしれない。

 とにかく、その精霊アリアは好奇心旺盛な存在で団員達も気を許し、知識を与えた。ある者は書物を。ある者は自分の事を教えて交流を図った。

 黒竜討伐前の話しになるが、とアルフィアは呟いだ。

 

「それと……英雄アルバートが抉り取ったと言われる黒竜の眼球を発見した」

 

 見つけた眼球をどうするのか、それと精霊について団員達で議論が交わされた。

 眼球は長い年月経過したにもかかわらず腐敗せず、おどろおどろしい気配を振り撒いており、手を出す事に躊躇いを覚えさせるほど。事実、モンスターはその眼球に決して近寄ろうとはしなかった。

 そんな得体の知れない物体(眼球)に好奇心旺盛な精霊はなんとか清めようとしていたらしい。

 己の血を与えてみたり。たたでさえ穢れている素材だ。興味を覚えた団員達もいつしか協力するようになった。難攻不落の黒竜攻略の糸口を探っていた時期でもあったので何でもやってみようという雰囲気が広がった。

 

「精霊だけでは結果が芳しくなく、団員の血も与えてみるようになった。……そして、それは変化を(もたら)した。まるで人間(ヒューマン)と精霊の間に子供が出たような……。真実がどうであれ、黒竜の目は小さな赤子に変化した」

 

 異種族が結ばれて子供が生まれる話しもベルは知っている。多くは創作だ。現実的にはあり得ないと言われている。

 だが、何らかの条件が重なり、人間の様な子供が生まれても不思議はない。

 現に仲間のヴェルフ・クロッゾという赤毛の青年は精霊の血を引いている。だから、頭ごなしに否定はしない。

 

「……人伝(ひとづて)に聞いたものだから真実がどうであったのかは分からん。……が、後でその子は『アイズ』と名付けられ、深層域で生活するようになった」

「!?」

 

 母親(精霊)がその場から移動できないから父親役の団員が度々訪れて面倒を見るようになった。

 そして、ある時を境にアイズと両親が別れる事態に陥った。

 推測だが、と言いおいて後に深層攻略に訪れた【ロキ・ファミリア】が引き取る事を決めて今に至る。

 アルフィア達が引き取らなかったのは――それが出来ない状況に陥ったからだ。

 アイズにとって父親は名も知らぬ英雄。きっとアルバートのような存在だったのでは、と。

 後に彼の名を引き継ごうとして上手く発音できなかった事から今の名前に落ち着いてしまった、とアルフィアは言った。もちろん、これも推測だが、と続ける。

 

「お前がどんな判断をするのかは自由だ。これは単なる物語の一説にすぎない。あの小娘については正直、どうでもいいと思っている。見どころがあれば良し。そうでなければ気に留めないだけだ」

 

 逼迫していた事情から役に立つか、立たないかが判断基準となっていた。

 アルフィアの興味はアイズよりも妹の子だけ。後の事は眼中にない。

 とにかく、誰かが偉業を成し遂げてくれればいい。だからこそ後進に道を譲った。それがアイズになってもベルになっても一向に構わない。

 今でもそのこだわりに変わりはない。

 

          

 

 つまらない話しをして時間を潰したな、と言いながら観光に行こうか、とアルフィアは言った。

 様々な事柄で頭の中が混乱気味になったが今すぐ何か答えを出さなければならない事態ではない。そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

 真実はそれぞれの受け方で変わるものだ、と彼女は言った。ベルもそうですね、と返す。

 

「……もし、【剣姫】がお前の腹違いの姉だったらどうする? 父親が誰か分からない場合の真実とやらもまた多くの創作物にはある筈だ」

「……うっ」

 

 年齢的にアイズがベルの妹というのはあり得ない。それくらいはアルフィアも承知している。

 血を分け与えた団員がもし、(ベル)の父親であれば血縁者という事も充分にあり得る。あと、彼女の知るベルの父親は抹殺対象に入る程のろくでなしである。――その情報を彼に伝える気は全く無い。

 別にアイズの()()()()がアルバートだ、とは言っていない。

 彼女(アイズ)の姿形の殆どは母親役の精霊に似ている。ベルと同じく目は父親たる黒竜かアルバートのものを受け継いでいるのかもしれない。金眼だったかどうかはアルフィアの記憶には無いけれど。

 

(あの時見せた憎悪は果たして()()()()だったのか……。姪の可能性は……、さすがに飛躍し過ぎだな。誰かの血縁というだけ……。後は少年の(たくま)しい想像力に委ねよう)

(……アイズさんがお姉さんなら僕と付き合う事は出来ない。だって、姉弟だから……。ってなってしまう。でも、家族になれるから……、別にいいのか? どっちみち一緒に居られるわけだし)

 

 うーん、と唸りつつ悩みだす多感な少年ベル・クラネル。

 想像する事が好きで、好きな女の子の事ばかり考える。今は色恋なのか憧れの先輩冒険者なのか分からなくなっているけれど。

 アルフィアもアイズについて多くを知っているわけではない。分かるのは――誰かが深層域に迷い込んだ金髪金眼の女児の世話をしていた事だけ。

 当時は自分の事しか考えられず、他人に気を割く余裕が無かった。

 

(真実を確かめるかどうかは少年次第だ)

 

 レベル4の冒険者に与えられるのはここまでだ。

 アルフィアは椅子から腰を浮かせ、腹が減った露店を案内しろ、とベルに言う。

 一気に情報を脳内に入れた為に混乱気味であった少年はすぐさま思考を切り替えた。気になる話題を早々に忘れる事は無いけれど新たな興味が胸の内で湧き起こる。

 アイズのこと。ダンジョンのこと。黒竜のこと。精霊のこと。英雄のこと。

 

 これからのこと。

 

 二人が歩き出す場面をもし――古くから付き合いのある者が見ればなんと評するのか。

 アルフィアは今はモンスターであるから何とも表現しにくいが。もし、生前の姿であれば、と仮定しよう。

 灰髪の女性を紳士的な態度で迎える白髪(はくはつ)の少年。

 双子である彼女の(メーテリア)とは容姿も似通っている。であれば――今だけは親子と見る事は出来ないだろうか。

 ――いや、それは詮無い事か。

 片や【静寂】のアルフィア。片や【白兎の脚(ラビット・フッド)】のベル・クラネル。

 あまりにも違い過ぎる。であれば、これは幻だ。

 お母さん、僕冒険者になったんだよ、と言えば――母親ならば、こう答える。

 今すぐ辞めなさい、と。黒竜すら裸足で逃げ出す伝説の竜の如き憤怒の形相で。

 英雄を求めているのは(アルフィア)(メーテリア)は健やかな人生を望んでいた。だから、それは絶対にありえないし、あってはならない。

 そうでなければアルフィアは彼に会う事は無い、と誓ったりはしない。

 

「僕がお世話になっているヘスティア様です」

「……ベル君。君は()()騒動の種を持ってきたのかい? しかも、こっちの子は堂々と歩いているし。何なんだい、……この王者の雰囲気をまとうモンスター君は」

 

 オラリオ名物の『ジャガ丸くん』を売っている店に案内されたアルフィアは小さく驚いた。――小さくて頼りない、と。

 様々な神と対峙してきたがヘスティアは初見だった。紹介されて思わず頭を下げる。

 ベルがお世話になっている神だからこそ――すぐに元の様相を取り繕う。

 黒い髪を左右でまとめ、破廉恥極まる薄着。ベルを(たぶら)かす悪神の(たぐい)かと勘ぐってしまった。

 

「………」

 

 何か言わなければ、と思ったが不思議と何も出てこなかった。

 ベルを眷族にして色々と言いたい事があった気がするのに。ヘスティアの純真無垢な顔を見ているとどうでもよくなってきた。

 呆れたからではない。安心した、が近い。――女神の恰好(かっこう)以外は。

 

「神様。ジャガ丸くんを一つください」

「あいよー」

 

 アルフィアの味の好みが分からなかったので塩味にした。それを購入し、彼女に渡す。

 少し戸惑っていたが一口噛り付く。

 出来たてで熱かったがモンスターの身体のお陰か、食べ物を取り落とす事態には至らなかった。

 温かみがある食べ物に心がとても落ち着くのを感じる。

 

「……ああ、美味い。とても美味だ」

 

 生前も食べた経験はあるが今ほど美味いと感じたことは無い。

 殺伐とした時代を過ごしてきて忘れてしまった感覚が目の前にある。それを理解した。

 かつては仲間達と。今は見知らぬ神と少年と共に。

 胸の奥で何かがヒビ割れる。良心の呵責を感じるほど人間が出来ていないアルフィアはすぐに理解した。

 この()()()()()一時(ひととき)が永遠に続くわけがない、と。

 

(……なんのデメリットも無いなどあり得る訳が無かった。概ね満足だ。これ以上は欲張りすぎだろう)

 

 それに見る者を見て、言いたいことは言った。

 もし、時代が違えば自分は幸せになれたのか、と聞かれれば否だ。その時は隣りに少年の姿は無い。あるのは最愛の妹ただ一人だけ。それが正しい結末だ。そうでなければならない。

 目蓋を開き、今一度ベル・クラネルを見据える。

 

「……ベル・クラネル」

「は、はい?」

 

 ずっと少年と言われてきたので改めて名前で呼ばれると緊張する。

 玲瓏たる声。神秘的な佇まい。自然と背筋が真っ直ぐになる。側に居るヘスティアも思わず口を噤むほどの存在感を彼女はまとっていた。

 

「健やかに過ごせ。……それがお前をこの世に生み出した者達の願いだ。英雄になろうと構わないが……。なるからには逃げだすなよ。これはお前の物語だ」

「はい」

 

 そう返事をした後、アルフィアの胸が大きくヒビ割れる。しかし、彼女は笑顔を湛えたまま。

 彼女が持つ付与魔法【静寂の園(シレンティウム・エデン)】は体内を蝕む呪い(カース)によって発現する。いわば肉体の悲鳴だ。

 癒える事のないダメージによって外敵の魔法効果を相殺していく。

 復活したアルフィアは病気にこそ罹患していなかったが代替として魔石が傷ついた。それが限界に来た。

 

(もう少し長く居たい、と願うのは烏滸(おこ)がましいか。……いや、ここまでで充分だ)

「……ああ、それから神ヘスティア」

「な、なんだい。死にかけのモンスター君」

「ベル・クラネルは私の家族だ。英雄になる前に死なせるようなことがあれば許さん。ゼウス共々葬ってやるからな」

 

 今まで以上の冷たい殺気をヘスティアにぶつける。

 ゼウス、という単語にベルは首を傾げる。神の名として知っているがヘスティアとの関係が分からなかった。

 そして、ヘスティアはゼウスと聞いて嫌な顔を表す。天界での彼の噂は酷いものが多い。それを急に思い出した。

 

「わ、分かっているよ。あんな変態糞爺と一緒に葬られてたまるか」

「その言葉、信じるぞ。……この寄り道もまた有意義であった」

(……家族として名前を呼んでほしかった気持ちも……。未練がましいのは()()()ないか。()が良ければ……またどこかで会えるだろう……。私の可愛い甥っ子(ベル・クラネル)よ……)

 

 ベルの前に現れた【静寂】のアルフィアと名乗るモンスターは呆気なく灰へと還り、大きな魔石を一つ残していった。

 魔石そのものが傷つけば灰しか残らない。それ(魔石)が残ったという事は元々はもっと大きく、無事な欠片だけになった、と考えられる。

 ドロップアイテムは無い。身に着けていた装備品以外は綺麗さっぱりと崩れ去った。

 ベルとヘスティアはしばらく無言で佇み、そして――訳も分からず泣いた。慟哭することなく静かに。

 

          

 

 涙を(ぬぐ)い、しばらく黙祷を捧げていたベルは魔石を持って【ロキ・ファミリア】の下に向かいアルフィアの最期を伝えた。

 勝ち逃げされた事にベート達は苛立ったが本来はあり得ない邂逅だ。そして、改めて上位者の力を見せつけられ、敗北を味わった。

 彼らが本来相手にするのはアルフィア達を敗北に追い込んだ正真正銘の怪物だ。この程度ではないと知っただけでも彼らにとって得るものがあった筈だ。

 残った魔石をフィンは受け取らずベルに委ねた。大切に保管するより換金した方がいいよ、と告げて。

 それと後で貸したガントレットを返すように、と。

 

「【経験値(エクセリア)】代わりだと思って貰っておくといい。君達もいずれ僕達の後から来るんだろ? もっといい装備で固めないと」

「はい」

 

 そう返事をした後、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインを探した。

 既にケガから復帰しており、額に包帯を巻いた状態で装備を確認していた。

 ベルからアルフィアの消滅を聞いて一瞬だけ口を尖らせ不機嫌な様子を見せ、すぐにいつもの無表情な顔に戻った。機嫌を損ねた、と彼は内心でひやひやした。

 彼の前ではいつもの無表情とは様子が変わる。彼女にしてみればベルから報告を受けた後、少しだけ嬉しそうにした。それが思いのほか顔に出なかっだけで不機嫌に受け取られてしまった。

 アルフィアから腹違いの姉という()()()の話しを聞いて、つい親近感が湧いてしまったが――それはあくまで例えであり真実ではない。そう思うと残念でならない、とベルは軽くため息をつく。

 

(話しの全てが真実だ、とは言わなかったけれど……。聞いてみようかな)

「あ、あのアイズさん」

「……なに?」

「アス……アルフィアさんから聞いたんですが……『アリア』ってアイズさんの……家族……なんですか?」

 

 敵の名前を聞いたアイズの機嫌が悪くなったがすぐに治まった。どうやら彼女の名前はあまり出してはいけないようだと心のメモに記載する。

 元の表情に戻ってからアイズはそうだよ、と言った。

 

「私のお母さんの名前。お父さんの名前は……難しくて覚えられなかった。多分ヴァレンシュタインっていう人だったと思う」

(傭兵王ヴァルトシュテイン。英雄の系譜を受け継ぐアイズさん。だけど、それはとても……、出来過ぎている?)

 

 冒険者に登録した時のアイズの年齢は八歳と言われている。多少、舌っ足らずで口が回らなかった事もありえる。

 アリアは確かに実在し、彼女は肯定した。そうなると腹違いの姉という線も期待を持ってしまう。だが――

 父親については強い人という印象以外あまり覚えていないそうだ。

 黒竜と戦って散ってしまった、と悲しそうな顔で。

 ここで長居すると他の団員からの殺気で殺されそうな気配を感じたのでアイズに改めて一礼してベルは退散した。

 そして、お互いの冒険を始める。

 

          

 

 神の気紛れがもし、一つだけではなかったら――

 下界に騒乱を撒き散らす悪神ならばありえないことではない。

 例えば二七階層辺りのとある広間(ルーム)の壁に亀裂が走り、モンスターが生まれる。それ自体は何の不思議もない。

 違いがあるとすれば――意思疎通が出来ない筈の彼ら(モンスター)共通語(コイネー)を使う。

 

「あいたー。……ふぁ……随分と眠っていたような……」

 

 可愛らしい女性の声の後で亀裂が走る音は()()()()続いた。

 咄嗟に飛び退ろうとしたが様子がおかしい。何がと言われれば身体だ。人間(ヒューマン)とは似ても似つかない。

 それに驚く間もなく新たなモンスターが壁から生まれ出る。

 全部で一〇体。一様に驚き、互いを敵だと認識して戦闘態勢に入る。しかし、それぞれの声を聴いて疑問を抱いた。

 

「……これは参ったわね。いくら私が強くて賢くて美しい美少女だったとはいえ、これは無い無い。まるでモンスターだなんて……」

「事実から顔を背けんじゃねーよ。立派な化け物だよ、アタシらは」

「……ところで末っ子の姿が見えしませんな」

「んー。リオンは生き残ったわよ。私が守り切った、筈だもの」

「ちっ。運のいい奴め」

 

 一〇体のモンスターは姿形こそバラバラだが名乗り合って正体を確認し、しばし沈黙ののち悲鳴に似た驚愕の声を上げた。聞きようによっては勝鬨(かちどき)に近い。

 そして、今に至る。

 完全にモンスターの姿というわけではなく生前の面影がある程度強く出ている。

 

「もしかしなくても、あの【白髪鬼(ヴェンデッタ)】もモンスターとして再誕している可能性はあらしませんの?」

「見つけたら退治すればいいだけよ。それよりこれからどうしよう。このまま地上に上がるのは不味いわよね。あと、全裸だし」

「……全裸。もう少し人型に近かったらあぶねー。でも、なんか勿体ねー」

 

 今後の事など色々と問題が山積し始めた。

 思い悩むモンスターの中で赤色を司るリーダー格の女性は鶴の一言のように宣言する。

 地上へ行こう、と。数々の障害が待ち受けていても私達ならへーきへーきと能天気に、高らかに、自信満々に言い切った。

 かつて【アストレア・ファミリア】として活躍していた彼女達の復活はオラリオに何を(もたら)すのか。

 赤い彼女は言う。

 

「生きているなら冒険しましょう。正義の(つるぎ)と翼に誓って。……モンスターだけどね。大丈夫。私達なら何とかなるなる。フフーン」

「……この格好だと締まらねーな。というか何のモンスターだ、アタシら?」

 

 いつもの姿ではないので決めセリフもバラバラ。それでも彼女達は苦笑した。

 生まれ堕ちた事には意味があると信じて。

 

「普通に考えて他の冒険者に討伐されるんじゃね?」

「なら、倒されないように特訓しましょう。さあ、みんな現状把握して、生き残って。リオンを見つけるわよ。……たぶん、地上に居ると思うわ」

「……アストレア様が見たらさすがに卒倒すんじゃねーかな」

「……でも、こうして生まれちゃったし……」

「黙って殺されたくないから頑張る」

「……そうなるわな」

「自然の摂理」

 

 モンスターとなって気後れすることなく明るく振舞う元団長。その空元気ともいえる原動力は何処から湧いてくるのか。

 他の元団員も驚きつつ自然と笑みがこぼれていく。

 そして、自然とまとまりができ、一つの目的の下に行動を開始する。

 

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