υπηρχεω【完】   作:トラロック

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08 正義の使徒

 何の因果か【ファミリア】総出でモンスターとして現界してしまった。そのことについて早い段階から諦めがついたのは冒険者としての経験と心の強さがあったから。

 それでも『異常事態(イレギュラー)』に対して即座に平静になれたわけではない。

 もし、言葉を発する事が出来なければ互いに殺し合っていた。平和的な解決に至る可能性はおそらく無かっただろう。

 この点について、早期にそれぞれ声を――言葉を――出せたのは幸運であった。――それと長年の戦闘経験が無ければ攻撃の手を止められたかどうかも怪しい。

 

(……火炎石……。こんなことをするのは【ルドラ・ファミリア】のジュラ・ハルマー以外に覚えがないわ。階層的にも自爆要員って気もしない)

(……階層をここまで破壊したってことは……、アタシらは死んでからまだそれほど時間が経っていないってことか? そんなに即復活なんてありえるのかよ)

 

 上を目指す道を探しながら一〇匹のモンスターは右往左往した。合間に湧き水を飲みながら。

 破壊された階層はゆっくりと修復しており、元の姿を取り戻すのに今しばらくかかりそうだと推測する。

 

「……にしても……ここまで景気よく壊すとはな。誰か罠にかけられて潰れているかもしれねーな」

「……掘り出すのは無理そうね。……今の私達にはどうする事も出来ないけれど」

 

 瓦礫が行く手を遮っているが団長である彼女であれば壁面を登るのはそう難しくない。

 今の彼女達はモンスターだから。――といっても種族的に上がるのが困難な者が多い。

 元冒険者となる彼女達は暗黒期に活躍した【ファミリア】の眷族達だ。本当ならもう一人居なければならないが団長の捨て身によって生かされたらしく、この場には居なかった。

 かつて迷宮都市オラリオに正義の名のもとに活躍した【ファミリア】の名は――

 

 【アストレア・ファミリア】

 

 女性のみで構成された治安維持を担う武闘派集団だ。

 赤を司るモンスターこと団長アリーゼ・ローヴェル。

 副団長は極東から来たゴジョウノ・輝夜(かぐや)

 小人族(パルゥム)のライラ。狼人(ウェアウルフ)のネーゼ・ランケット。人間(ヒューマン)のマリュー・レアージュ、リャーナ・リーツ、ノイン・ユニック。ドワーフのアスタ・ノックス。アマゾネスのイスカ・ブラ。エルフのセルティ・スロア。

 これらに末っ子であるエルフのリュー・リオンを加えた十一人で構成されていた。

 

(モンスターの姿が見えないけれど、上でまた戦闘が続きそうね)

(修復まで休憩する?)

「……皆さん、口数が少なくなりましたね」

「……戦闘続きで疲れて来たからな」

 

 いつも団員を牽引してきたアリーゼでさえ荒い呼吸を繰り返し、辺りを警戒している。

 満足な武器も無く、空腹と痛みに耐えながら誰一人欠ける事なく突き進めたのは団長が適時指示を飛ばしていたお陰だ。

 慣れないモンスターの身体で自分達に出来ることは何かと僅かな時間の内に考察しながら。――それと彼女の勘の良さというか状況判断の速さも。

 

(モンスターなら天然武器(ネイチャーウェポン)が使える筈なのに……)

 

 元冒険者の感覚のせいか、それらしい鉱物とか掴んでも変化しなかった。それがまた心から余裕を奪う。

 だが、大規模な破壊のお陰か、新規のモンスターが生まれる気配がない。おそらく壊れている階層だけだとそれぞれ理解しながら、休憩できる者は壁際に身体を預けて一息つく。

 

「……一旦休憩しましょう。……武器無しの連戦は流石にきついわ」

「賛成」

 

 疲労困憊の団長の決断にそれぞれが首肯していく。

 比較的広めの空間で久方ぶりの休息をとると一部が睡魔を覚える。

 壁より生まれてから既に半日以上も戦い詰めだった。装備に余裕があればまだ少し進軍できたのだが――

 身を削る戦いを強いられ、さすがに楽しくダンジョン攻略などできないと思い知る。

 

(……各団員達の増強を図りながら一人も欠けることなく進む事自体は上手くいっている。けれども……、それも長くは続けられない)

 

 いくらモンスターの身体が頑強だとしても限界がある。なにより彼女達は他の冒険者からも狙われる危険を冒している。

 周りを警戒しながら自分達の安全を確保するのは想像以上の難題である。

 数分ほど沈黙し、周りの気配を探る。それぞれの耳には修復するダンジョンと水の流れる音が聞こえて来た。

 

          

 

 落ち着いたころを見計らい団員達の様子をそれぞれが眺め合う。

 元人類だった者がモンスターとして生まれ直した。そんな情報に彼女達は心当たりがない。

 何度も深層域まで行った経験にも無いものだ。

 

(……死ぬ覚悟をしても本当に死ぬのは怖くて痛い。その結果が今の私達の姿だというのかしら? でも、共通語(コイネー)を喋るモンスターなんて……)

「一人ずつ死因でも公表していくか?」

「……結構(むご)たらしく殺されたことは分かっているんで、勘弁してください」

「……リオンは全員の死に様を見たわけでしょう? 仲間の肉片とかかき集めていたりするのかな……」

(……仲間の死に酷く混乱したあの子は……心に大きな傷を作ったはず……。他の冒険者と違って意外と繊細だから……。最悪、引退していてもおかしくないわね)

 

 何しろリューを除く全員が死んでしまったのだから。新たな団員を募集しているとも思えない。

 それぞれが残された末っ子リュー・リオンの姿を思い浮かべる。

 頭の固いエルフの少女。今頃どうしているのか、と。

 何故か私達はモンスターになったのよ、と笑顔で会えるわけもなく。それでも上を目指さなければならないのは自分達の(おこな)ってきた事を見定める――または見届ける――ためだ。

 生まれ()でたからには何らかの意思が関わっている。それが何かは分からないが黙ってまた死ぬわけにはいかない。

 生きているからには生き足掻かなくては。

 正義の使徒とは呼べない何かになり果てようとも。

 

「……リオンが無事かは分からねーが……。アタシらが最後に相手したあのモンスター……。結局のところどうなった?」

「私のスキルで爆散させた……筈よ。……例え生きていたとしてもある程度砕け散っているんじゃないかしら」

 

 生前最後に相手をしたモンスターの姿を思い浮かべられたのは極わずか。多くは一瞬の出来事だった。

 未知にして初見殺し。レベル4を多く抱えていた団員達を瞬殺する凶悪モンスター。

 もし、また現れたら勝てるか、と尋ねられたら無理と即答できる。

 

「リオンに会ったら慰めてやらねーと」

「……そうね。見たところ団員が全滅したのは確定事項だし……」

 

 静かな時間の中でとりとめのない話題を交わし、それぞれ静かに息をつく。

 既に五分経過した。気持ちも幾分か和らいだ。

 まず彼女達は改めて自分達の姿を眺めた。

 姿こそモンスターだが顔つきは割りと人間(ヒューマン)寄りになっている。

 ノインは半人半蛇(ラミア)

 セルティは有翼の歌人鳥(セイレーン)

 マリューは蠍が人型になったような半人半蠍(パビルサグ)

 イスカは青白い肌と額に赤い宝石が張り付いた竜女(ヴィーヴル)

 リャーナは半人半鳥(ハーピィ)

 アスタは山羊の頭部を持つ人型モンスターである獣蛮族(フォモール)

 ネーゼは元々が狼人(ウェアウルフ)だった為か、それとも単なる偶然か、狼頭人(ルー・ガルー)だった。

 桃色の髪の小人族(パルゥム)だったライラは赤い頭巾をまとう小鬼(ゴブリン)赤帽子(レッドキャップ)

 極東から来た少女輝夜は全身が影で出来たような人型モンスターの戦影(ウォーシャドウ)

 団長アリーゼは彼女の特徴ともいえる赤い髪の毛をそのままに、蜘蛛の下半身を持つ人蜘蛛(アラクネ)

 身体的特徴の多くに生前の名残がある。それと心無しか顔つきも。

 元々の種族の影響があるのか、と言われればおそらく否だ。ネーゼを除けば殆ど関係が無いと言えるモンスターばかりだから。

 

(女ばかりで忘れていたけれど……)

(……私達、素っ裸なのよね)

(ウンコとか出るのかしら?)

「……それでいくつか話題を棚上げしていたけどよー。絶対に騒ぎになるし、この先どうするよ」

 

 身体がモンスターになった。それだけでも彼女達にとって異常事態だという自覚はある。真っ先に思いつくのは今まで倒してきたモンスターとの付き合い方だ。これに関しては襲ってくるものは敵だと身体が反応して今に至る。仲間意識は――団員達以外――特段芽生えてこない。

 冒険者との邂逅についてもそれぞれ思い悩んでいた。モンスターの時と同じく戦闘は避けられない、と。

 だからといって黙って殺されてやるわけにはいかない。生きている限り足掻くのが元【アストレア・ファミリア】の矜持でもある。

 

「その時はその時よ。……それにしても私達と同じように喋るモンスターって他にも居るものなのかしら?」

「……今までの経験からも出会い自体が無かったから……、正直分からねーな」

 

 少なくとも元悪党の場合は仲良くでき無さそうだ、というのは仲間の共通認識だ。

 友好的な相手かどうかは――やはり出会ってから考えることになる。

 アリーゼは仲間の前で明るく振舞おうとしたがどうにも気分が乗らない。本人も少なからずモンスターの身となった事に衝撃を受けていた。何より脚が多い。背面に大きな袋状の器官がある。上半身を常に起こしていないと何だか千切れそうな気がする。

 様々な驚きを味わいつつ弱音を吐く暇もなく戦闘を続けていた。そろそろ本格的に泣きたくなってきた。

 

(……今更強がっても仕方ないけれど、仲間を不安にさせたくないのよね。……私はどうにも外面を良くしようとしてしまう。……この辺りの悪い癖は今まで通りのようね)

(……アリーゼの口数がいつもより少ねーな。こんな復活は想定外だから仕方ねーかもしれねーけど……)

(大人しい団長というのも珍しい光景ですね。見ていて微笑ましい)

(……こんなに疲れた顔をするアリーゼって見た事ないかも)

(元人間(ヒューマン)の面影があるからそう思えるだけで、実質化け物には変わらない)

 

 しばし会話が途切れ、それぞれ胸の内で様々な思索に耽った。

 考えなければならない事は多い。それらにこれから対応しなければならないと思うと気が重い、と誰もが抱いた。

 現時点でモンスターだからといって自害する気は無く、他の冒険者に危害を加える気も無い。

 運がいいのか、特段の殺意を抱かず、生前の気持ちを維持している。それと同じモンスターに対して同情も覚えない。彼らとは仲間意識が無いから平気なのかもしれないが元【ファミリア】の仲は維持されていた。

 今も感じ方は生前と遜色ない。

 

          

 

 数分と経たずに最初に眠りについたのは団長のアリーゼだった。

 静かな寝息を立てている間、他の団員達はこっそりと周りの調査を始める。眠気を覚えた者には眠っていいと指示を出している。

 上を目指す為には瓦礫を無理矢理登る以外は修復を待つしかない。他のモンスターの気配もなく、生まれる様子も見られない今の時間を有効活用しなければならない。

 

「これ以上の落盤は無さそうだな」

「……煙の匂いからごく最近爆砕されたようね。こんなことを人為的に出来るものなの?」

 

 瓦礫で階層が埋まっているが冒険者が下敷きになっている可能性は否定できない。何より僅かばかりの血の匂いが残っていた。

 確実に戦闘の跡がある。

 

「単なるモンスター討伐でこんなことをする奴は普通は居ない。……居るとすれば【ルドラ・ファミリア】くらいだ。回収し損ねた火炎石から見てジュラか奴の仲間の仕業だろうさ」

「……生き残ったリオンに復讐でもしたのかしら?」

「リオンと決まったわけじゃねーが。相当根に持った相手に対する罠って線は濃厚だな。アタシもきっとそうする」

 

 竜女(ヴィーヴル)のイスカと半人半蛇(ラミア)のノインが瓦礫を少しずつ登っていく。空が飛べる種族である半人半鳥(ハーピィ)のリャーナと歌人鳥(セイレーン)のセルティは実のところまだ飛べていない。なので今の内にそれぞれモンスターとして出来ることを確かめたり、身体の調子を確かめていく。

 元々はそういう種族として生まれたわけではないので身体の感覚にズレが生じたままだ。

 腕を振るだけで空が飛べるほど人体は簡単に出来ていない。

 

(……常に空を飛ぶモンスターって相当体力を使うわよね)

(……下半身が蛇だと後ろの方で踏まれる恐れがあるし)

 

 単なる獣人系は目立った特殊能力が無い分把握は早かったけれど、それでもそれぞれ四苦八苦しながら活動を続けて来た。

 物理的な戦闘は既に問題ない。後は――何を目的とするかだ。

 単に地上に舞い戻るだけでは意味が無い。すぐにギルドに目を付けられて討伐されるのがオチだ。自分達でもそうする、と。

 だからといって黙って殺される気は全員の中には無い。

 

          

 

 アリーゼが目を覚ます頃には次の階層までの道筋を付けられた。と言っても次の二六階層も酷い有様だったけれど。

 まず団長を労い、それから全員で上を目指す。

 上へ行く程モンスターの強さが落ちるが現れる頻度は多い。まして今の彼女達には満足な武器が無い。怪我をしても癒すすべもない。

 魔法については使える事が分かっている。それでも乱用できるほどではない。

 

(素っ裸でモンスターの巣窟に挑むような無茶な行軍だから)

 

 それと敵はモンスター以外にも居る。

 見知らぬ冒険者との出会いが一つの節目ではないかと予想した。

 出来れば穏便に済ませたい。

 

「休憩終わり。私達には退路なんて無いんだから。行けるだけ行くしかないわ」

 

 団長の鶴の一声で全員の意志が決まった。

 意気揚々と瓦礫を登るアリーゼは速攻足を滑らせて落下しそうになり、そんな彼女を苦笑しながら仲間達が支え、上へと押し上げていく。

 見た目は大きい図体だが体重はかなり軽い。

 助け合いながら次の階層に行き、上への通路を探索する。

 次の階層にも火炎石が僅かばかり落ちていた。だが、冒険者の死体は見当たらない。血臭があるのに。

 全ての広間(ルーム)を探索するわけにはいかないので見落としがあるのは否めないが、それでもおかしいと思う。

 誰も居ないのは避難しているからだとしても死体の一つくらいはある気がしたので。

 

(……今更だけど、皆の動きがとても自然よねー)

(沢山の蜘蛛の脚とかどうやって動かしているんだろう)

「……蛇の方は膝を左右に揺する感じよ」

「上半身が這いつくばる形じゃなくて良かった。……何となくだけど元々の脚の感覚で動かせているわ」

 

 と、半人半蛇(ラミア)半人半蠍(パビルサグ)が感想を述べる。

 青白い肌を持つ竜女(ヴィーヴル)は額の宝石をしっかりと守っていた。こちらは最初から背中に翼があったが脚はアマゾネス時代と同じく二本。

 それほど悲観していないのは仲間が居るからだ、とそれぞれ思っていた。そうでなければ自害を検討していてもおかしくない、気がした。

 

「段々と見慣れて来たわね。昔からこの姿だったんじゃないかっていうくらい」

「元の姿に戻る方法はきっと無いぞ。……死に方が凄かったからな」

 

 談笑しつつ身体に違和感もなく、気が付けば二五階層に到着した。

 相変わらず破壊の痕跡があちこちにあるが冒険者の死体らしきものは見当たらない。一体ここで何があったのか、予測も困難な状態だ。

 次の階層への道を探していると上の方にモンスターが居る気配をアリーゼだけが感じた。

 団員の中で勘の鋭さは一番だと仲間からも自分でも思っている彼女は警戒を強めるように指示する。

 階層の崩壊もここより上には認められない。つまりモンスターが現れる可能性が高いということだ。

 

「……水棲モンスターじゃなくて良かった。今ならそう思えるけれど……。じゃあみんな、ここからまた戦闘が激しくなるわ。覚悟はいい?」

 

 アリーゼの言葉に残りの団員は(とき)の声を上げる。

 後戻りのできない戦いが再び始まる事を思いながら上を目指す。

 二四階層からモンスターの猛攻が始まったが幾分か弱い相手になっているので油断しなければ問題なく対処できる。ここまでそれぞれ充分な数の魔石を喰らってきた。階層主でも現れない限りそう易々とは倒されない自信もある。だが、それでも数の暴力に(まさ)るとは思わない。

 確実に。着実に勝利を重ねる。

 

          

 

 道中、やはりというか冒険者と出くわさない。出てくるのはモンスターばかり。

 数は多いのだが一斉攻撃という事は無く、進路上に居る分しか来ない。だから、余計な脇道にそれず必要最小限の戦闘を心掛けた。

 冒険者時代でも目的の階層を定めたら基本的に一直線に下ってきた。

 

(同じモンスターだからといって無視はしないのね。……それと発生頻度が意外と少ない?)

(……戦闘回数が少ないという事は無駄に体力を使わなくていい、ということ。結構楽をさせてもらってますが……。罠の可能性も捨てきれませんね)

(……崩落の跡が無いな。ここより上から冒険者が出てきそうだな)

 

 襲ってくるモンスターを倒し、落とす魔石は平等に食べていく。

 少しでも生存率を上げる為に。

 意識に変化が無いかは各自で確認しつつ。

 

(……凶暴化は起きていないけれど竜女(ヴィーヴル)の宝石はさすがに取ったら不味いわよね。肉体変化も今のところ意識してできないようだし。……毒液とかどうやって吐くのかしら?)

 

 もし毒液を吐くと口の周りが焼け爛れそうで怖いな、とアリーゼは思った。それと尻から糸を出すのがどうしても排泄物のような感じがして抵抗がある。

 モンスター達はそういう事を意識せずに行使してくる。ある意味では尊敬に値する、と評価した。

 

「……飛ぶの難しい」

「バッサバッサとしているだけで飛べると思ったのに……。みんなどうしているのかしら」

 

 元々備わっていない器官を動かすようなものだから各自困惑していた。

 攻撃する時は大きな翼で(はた)くのと脚の鉤爪を使うのだが格好がとても恥ずかしかった。歳若い女性が大股開きで足蹴にする、という方法が。

 全員全裸である事を踏まえてもモンスターとして生きるのは難しそう、というのがほぼ共通の感想になりつつあった。

 

「輝夜はその点どうなの? 全身影になっているけれど」

「どうもしませんよ。人間(ヒューマン)時代の感覚で動けます」

 

 独特の発音で仲間に感想を述べる。

 見た目が奇異だが行動に特段の違和感はない。ただし、モンスター特有の特殊能力のようなものは使えそうにない、と告げるところは他と一緒のようだ。

 光りの玉の様なものが顔にあるが視覚に異常は無いという。

 

「脚が増えたけれど動かし方は特に問題ないわね。ちゃんと全部の脚に意識を向けられるわ」

半人半蛇(ラミア)の長い尻尾もだいぶ慣れて来たけれど……。腰下より先はまだ上手く動かせられない。何というか立ち膝歩きしたまま元に戻れないような感じなんだけれど……」

「有翼モンスターは……、とにかく、羽ばたくだけで腕がだるいです。後、何気に肩も痛い……。それと飛ぼうとすると息苦しくなるわ」

 

 その点、人型モンスターであるネーゼ達は特に支障なく動けていた。ライラとアスタも。

 見た目こそ変わってしまったけれどそれぞれ命にかかわるような危機感が無いのは確認した。

 もし、水棲モンスターであれば呼吸困難や水の無いところでの活動に大きな問題を抱えていた筈だ。

 

          

 

 出来ない事を気にし過ぎると進行に支障をきたすので各々早々に諦めて前に進む。

 虫系モンスターの大軍を蹴散らしつつおよそ一日がかりで一八階層の安全階層(セーフティポイント)に到着した。

 既に朝日が昇る時刻なのか、階層内はうっすらと明るみ、緑豊かな世界が映し出されようとしていた。

 ダンジョンの中でも明るいのは全天を覆うように生えている水晶が輝くお陰だ。

 時刻によって明るさが変わり、地下に居ながら地上と遜色ない暮らしができる。多少、モンスターが徘徊しているが、彼らは他の階層から来ている。

 この階層からモンスターが湧く事は無い。

 

「……着いた……」

「まだ冒険者の姿が無いうちに移動しましょう。休むのはそれから」

「……お、おう」

 

 無理をおした強行軍で仲間達の身体はズタボロ。傷も満足に癒えぬまま来たので血の跡をどう消そうか迷うところだ。

 モンスターは魔石が砕けると灰に還る。それまでは生物と同じように出血する。

 怪我をした場合は自然治癒力で治ったり、魔道具(マジックアイテム)や魔法による癒しも通用する。

 

(……喋るのが好きなアリーゼの口数もここまで減るとはね。そろそろ本格的に休ませないと身体がもたないかもな)

 

 先頭を行く団長の足取りは頼りなく、何度かよろけた。

 根拠のない元気を振り撒いていた彼女もモンスター化した事で想像以上の精神的、肉体的負担を強いられているのかもしれない、と輝夜達が思っていた矢先――

 森に向かう途中で冒険者の一団を見つけてしまった。

 見晴らしがよい場所なので――当然のように――相手方もこちら側には気づいた筈だ。

 

(……ここまで見つからなかったのに……)

(今から走っても追いつかれるんじゃないか。……アタシら相当疲れているし)

(……アリーゼは意識が混濁しているのか? フラフラしながら歩いているぞ)

 

 まだ気持ち的に余裕がある仲間が人蜘蛛(アラクネ)のアリーゼを守るように移動し、逃げ道を探す。だが、何処を向いても隠れられそうなところが見つからない。

 最悪、戦闘も止む無し、と覚悟を決めるころ――一人の団員が見知った顔を発見する。

 

「……あれって……もしかして【ロキ・ファミリア】?」

「……一番出会いたくない【ファミリア】じゃねーか。今のアタシらはモンスターだぜ。見逃してくれるとは……」

 

 事情を話せば許してくれる。そんな甘い相手ではないのはライラだけではなく輝夜もネーゼも知っている。

 暗黒期を生き抜いた強豪派閥である【ロキ・ファミリア】に慈悲は無い、と言い切ってもいいくらいモンスターに対する対応は苛烈だ。当然それは【アストレア・ファミリア】も同様。ゆえによく理解していた。

 戦闘は悪手。だからといって逃走も無意味。

 モンスターとなった自分達に許される手段は黙って殺される事くらいだ。

 

「結果が分かっているなら……。(むし)ろ……、堂々としてようぜ」

 

 ライラの言葉に他の団員達は諦めに似た吐息をつく。

 否定する者は居ない。誰もが同じ考えに至ったからだ。例外は意識が混濁し始めたアリーゼくらい。

 度重なる危機にスキルを使いまくった弊害が今になって襲い掛かっているようで、もうすぐ睡魔に負けてしまうと予想していた。

 

「渦中に飛び込むより休めるところを探そう。ここに居る奴ら(リヴィラ)に見つかるよりマシだ」

「それでいいな、みんな?」

「いいよー」

「……水浴びしたい……。後、お腹も空いた。味気ない魔石はしばらく遠慮したいわ」

 

 意思決定がなされた為、ライラ達は立ち止まらずに移動する事を決めた。

 何があろうと慌てず、堂々と。毅然とした態度で。

 それから程なくアリーゼは(くずお)れるように眠りについた。身体が大きいので持って運ぶことが出来るのは元ドワーフにして獣蛮族(フォモール)となったアスタが適任だ。

 ただ、人蜘蛛(アラクネ)の正しい運び方が分からない。一先ず仰向けにしたり、横抱きに出来ないか悩む。

 本当は急がなくてはならないが、急がなくてもいいぞ、という仲間達の意見を貰った。

 

「……寝小便か……」

 

 水を各々大量に飲んできたせいか、人蜘蛛(アラクネ)の下半身から景気よく小水が零れ落ちる。

 元の身体と違って把握できていない器官がまだあった。その弊害は他の仲間達にも言える。

 汚らしいモンスターに相応しい、と口には出さないが我慢する事をやめて移動を開始する。

 

          

 

 一九階層への進路上にモンスターの一団を発見したのは半人半鳥(ハーピィ)のリャーナが言った通り【ロキ・ファミリア】の斥候だった。

 彼らはすぐさま野営地に向かい、幹部達に報告する。

 地上での戦闘の後、数日かけて中継地点の一つ(リヴィラ)に到着し、鋭気を養っていたところに不穏な報告が入った。

 強大なクリーチャー、アルフィアから受けた怪我がまだ完全に癒えたわけではないが【剣姫】達の戦闘に支障はない。

 

(……親指からの警告は来ていない。……とするとまた『異端児(ゼノス)』絡みか? 彼らとの接敵で僕らの警戒態勢も随分と変化したような気がするな)

 

 あまり深入りすると団員達の士気にかかわる予感はするけれど、安易な暴力行為を許容することもまた出来ない。

 モンスターは現在、固まって移動しており、冒険者に気付いても大人しくしているという。

 

(……数は一〇体ほど。……アルフィアの一件からすると【アストレア・ファミリア】という線もあるな。特に赤い人蜘蛛(アラクネ)が居た、というのが……。ダンジョンから生まれるのは僕達が知るモンスターだ。だが、あの怪人(クリーチャー)レヴィスは人型だった。あれも何らかのモンスターという線も捨てきれないが……。仮に人型であってもモンスターはモンスターだ)

(……二度ある事は三度ある、だったか?)

 

 団長フィン・ディムナの側に居る王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴは疲れた様なため息を漏らす。

 彼らは『異端児(ゼノス)』と(おぼ)しき個体を()()発見した時の想定をあまりしていなかった。

 詳しい事情もギルドが秘匿したまま。それでも、少なくない経験を得た以上は無視も出来ない。

 

「……もし、僕がモンスターになったら君たちはどうする? ……そう問いかけてられている気がする」

「……想定したくない問答だな。自らの境遇を呪い、自害する。そんな潔い決断はきっと下さないだろう」

「儂らとていずれ死ぬ。その後の事までは考えとらんかったな。……後学の為に奴らから色々と学んでおくか?」

 

 幹部の一人、ドワーフのガレス・ランドロックの言葉にフィンは苦笑を見せた後、若い幹部候補を呼ぶように指示を出す。すると数秒で一人のアマゾネスが駆け込んできた。少し後に彼女の妹と灰髪の狼人(ウェアウルフ)の少年と金髪金眼の少女【剣姫】が来た。

 彼らは包帯こそまだ巻いていたが怪我の大部分は既に癒えている。

 

「団員からの報告を既に聞いていると思うが……。新手の『異端児(ゼノス)』だと思われる。……というか彼らも『異端児(ゼノス)』という単語に覚えがないかもしれないけれど」

「……戦闘になるんですか?」

「相手側次第だね。……ところでティオネ」

 

 にこやかな、苦笑を滲ませたフィンの問い掛けにアマゾネスの少女ティオネ・ヒリュテは即座にはいと元気よく返事をした。

 顔以外の怪我は無く、既に戦線に復帰している彼女にいやらしい質問をする事に多少の罪悪感を覚えた。だが、彼らの返答も今後の為だと思えば耐えられる。

 

「端的に言うけれど、僕が死んでモンスターとして復活したら……、君はどうする? こんな想定を今までしてこなかったから興味が出てね」

 

 いつもは即答に近い返事をするティオネが言葉に詰まった。

 妹のティオナと後ろで控えていた狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガ。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン達が小さく呻く。

 あり得ない事態ではない。既に現実に()()が目の前に現れている。

 

「凶暴なモンスターなら倒せばいい。深く考えなくて良かった。だけど、そういう考えが今後通用しなくなる時が来る。かといって全てのモンスターが安全だとは僕も思わないよ」

「【静寂】だから特別だった、とは私も思わないが……。判断基準を設けることは大切だ」

「……僕が小人族(パルゥム)以外になったら興味を無くすかい?」

「そんなことにはなりません。……団長の強さに惚れたので姿形、種族が変わろうと……。……私は団長についていきたいです」

 

 楽天的なティオナは仲良くなれればいいな、と答えた。

 ベートとアイズは無回答だった。フィンの予測ではモンスターとなっても敵なら殺す、かなと。

 質問した当人も安易に死ぬ気は無いが人生何が起きるかは分からない。だからこそ、自分の死に方くらいは選びたいと正直な気持ちを告げた。

 もし、モンスターとなったらきっと生き足掻くだろうね。それが(フィン)の言い分だ。

 

「僕はどんな手段でも使う男だ。綺麗ごとなんて言わない。浅ましい小人族(パルゥム)さ。……種族が変わってしまうと本来の目的が果たせないから改めて考えなければならないんだけど……。敵対した時、遠慮しては駄目だ。その時になったら僕はきっと君たちを殺そうと全力を出すと思う。だから君達も僕達の言葉に安易に惑わされず、行動してほしい」

「……はい」

 

 ベートは顔を逸らし、アイズは腰に佩いた剣に手を添える。

 それぞれから満足のいく答えが出るとは思わないが待っている余裕も無いので次に進むことにした。

 

「……改めて説明する。下層からモンスターの集団が現れた。もし、人語を介するなら……【アストレア・ファミリア】の可能性がある、と僕は予想している。あくまで僕の勘だ。ティオネ達やベートは噂くらいしか知らないだろうが……。アイズ、君に確認してきてほしい」

「……お前が行かないならラウル達に行かせる。……それとも顔見知りがモンスターだと怖気づくのか、お前でも」

 

 リヴェリアの言葉に眉根を寄せて不満を表すアイズ。

 確かにモンスターは全て殺す。またはモンスターのせいで誰かが泣くなら殺すと言った気がする。

 そんな自分に【アストレア・ファミリア】かどうかを確認して何の意味がある。モンスターならば殺すだけだ。

 気持ち的にはそうだが、本当に出来るのか不安もある。

 付き合いこそあまり無いが彼女達とは知らない仲ではない。特に(くだん)の【ファミリア】の生き残りであるリュー・リオンとは度々酒場で会うから。

 

(……あのエルフの仲間を私は殺せるの? 【静寂】はそもそもが敵だったから戦えたけれど……)

 

 目を瞑り、唸り声をあげて――とうとう腰に佩いていた細身の剣(デスペレート)を地面に向かって投げつけようとしたが(こら)え切り、リヴェリアに押し付ける。

 武器を持っていると不穏な事しか浮かばない。であれば無防備になればいい。

 モンスターを殺す武器を持っているから迷うのだ。そもそも自分は武器が無くても切れ味の鋭い(つるぎ)である。そう自分に言い聞かせる。

 

(ベル・クラネル以外にも彼女を変える存在が出来たようだ)

(……頑張れ、アイズ)

「……戦闘になっても良い。お前が思う通りに行動したらいい」

「……行ってきます」

 

 (きびす)を返すアイズにフィンは黙って見送った。

 残ったティオネ達には他の団員の見張りを頼んでおいた。それと食料などを調達するように、と。

 

          

 

 【静寂】から受けた傷を隠す為、アイズは額に包帯代わりとしてバンダナを巻いていた。相当強い一撃を貰ったために安物の回復薬(ポーション)だと傷跡が残ってしまう。けれども、あえて許容した。

 再戦を決意しようとした時、敵の死が(もたら)された。――とても悔しい気持ちになったのは記憶に新しい。

 あれほどの強敵が魔石が砕けただけで灰に還ったなど、到底許容できるものではない。

 だからこそ今でも胸の内に怒りが渦巻いていた。ただし、それは――

 

 アルフィアがモンスターや『異端児(ゼノス)』だったから、ではない。

 

 モンスターはモンスターで憎いことに変わりはない。

 負けっぱなしで終わったことに腹を立てていた。

 レベル6に至った自分がまだ弱いと思い知らされてしまった。

 

(……モンスターに怒っているんじゃなくて敵に怒っている。……ちゃんと私は敵としてあの女の人を見ていた。……それは正常な事?)

 

 今までの経験からモンスターを執拗に狙う事で怒られる場面は多々あった。いつもいつも誰かしら邪魔をする。

 今回は障害となるベル・クラネルの姿は無い。そして、何故か愛剣(デスペレート)を置いてきてしまった。

 無手で敵と思われるモンスターに向かう自分――

 今までであればあり得なかった。だからこそ戸惑いを覚える。

 一八階層に来るまで倒せなかったモンスターは居ない。手加減もしていない。それなのに気持ちがとても揺らいでいる。

 

(誰かが悲しんだり傷ついたりすれば私はモンスターを殺す。……そのモンスターが私達のように悲しんだり傷ついた事で助けを求めるのならば私は……。ベルは……そんなモンスターを守る側に立っている。でも、だからといって全てのモンスターを守ろうとは思っていない)

 

 仲間の為ならベルは今でもモンスターを倒すらしい。直接見ていないが仲間の情報ではそういう事になっている。

 今の段階では答えは出せない。

 アイズの人生はモンスターへの復讐なのだから。それをすぐに覆す事は出来ない。

 

「……あれが……」

 

 進路上に(たむろ)している一団を発見する。確かにモンスターが身を寄せ合って大人しくしている。というか眠っているように見えた。

 冒険者が来ることを分かっていて。

 アイズが歩みを進めても相手側に変化は無い。迎撃態勢に入っているわけでもなく、赤い蜘蛛のモンスターを囲むように地面に座り込んでいた。

 武器を取ろうと手を伸ばすものの腰に剣は無い。

 

(……数は一〇。この辺りに出てくるモンスター以外も居る。同じ種族は居ないみたい)

 

 更に近づくと何匹かのモンスターがアイズに顔を向けた。

 雰囲気的に――確かに懐かしい気配がある――見覚えがある一団に思えた。それがとても不安を呼び起こす。

 モンスターと親しい雰囲気になる自分が怖い。だが、ベルは彼らと手を取り合った。

 眉根を寄せつつ危険か安全かの判断だけでもしなければならない。

 

(……赤い人蜘蛛(アラクネ)。眠っている? 他は戦影(ウォーシャドウ)赤帽子(レッドキャップ)。深層に出る狼頭人(ルー・ガルー)。それと獣蛮族(フォモール)……。凶暴な顔つきのモンスター達が疲れた表情を見せているし、敵意も無い……)

 

 怯えは無いものの嘲りも無い。疲労困憊でどことなく諦めているように見えた。

 ベルと共に居た『異端児(ゼノス)』達も表情は豊かだった。

 それと――

 

(おしっこ漏らしてる……。襲う一辺倒だったモンスターも出るんだね。……そうじゃない。ここまで来た彼らの目的を聞き出さないと……)

 

 顔つきに見覚えがない。というかモンスター寄りの姿のせいか、知り合いの印象が薄い。

 いつも倒してきたモンスターの顔にしか見えない。

 身体が違うから仕方が無いのかもしれないけれど、自分の記憶にある【アストレア・ファミリア】の団員の顔と重ならない。

 アルフィアの場合は声で思い出せた。顔つきの方は朧気ながら似ているような気がするだけで自信が無かった。

 彼らとは五年以上も会っていないから印象が薄れてきているのかもしれない。

 

          

 

 モンスター軍団は下手な抵抗を見せず、事の成り行きに任せる事にして大人しくすることで――アリーゼ以外が――意見が一致した。元より今以上の騒ぎになれば要らぬ争いと混乱が生じてしまう。

 そうであれば黙っている方が冒険者達に有利だ。

 身体はモンスターだが心は今も冒険者である。だからこそ彼らの迷惑になるような事にならなければそれでいいと判断した。

 そう思ってアリーゼの周りに腰を下ろし休憩がてら待っていると金髪の人間(ヒューマン)(おぼ)しき冒険者が一人で近づいてきた。武器の携帯は認められないが一応、警戒態勢を取っておく。

 

(……【ロキ・ファミリア】にあんな奴居たか?)

(雰囲気的には【剣姫】ちゃんよね? お姉さんって線は……確か、無い筈……)

(……待て待て。そもそもアタシらは死んですぐに復活したわけじゃないかもしれねー)

 

 戦闘続きで考察し損ねた事柄にライラは思い至る。

 自分達の最期の瞬間には多くの死体が二〇階層以下に転がっていた。――なのにその死体が見当たらない。

 階層の崩壊で復活が死後すぐだと勘違いしていなかったか、と自問する。

 もし、その想定がそもそも間違っていて――何年も経過していたとしたら。

 

 だからこそ、合点がいく。

 

 復活がそんなに早いはずがない事に。

 アリーゼを除くモンスター達の視線が美貌の冒険者に集まった。

 見られているアイズは相手側が何だか納得しているような優しい顔に見えた。雰囲気に嫌悪感は無い。

 なんと形容すればいいのか、温和なものと言えばいいのか。温かみがあるのは伝わった。

 

(……え!? ……え!? マジで【剣姫】ちゃん!?)

(すっげー美人さんになってるー!)

(……あー、何となく面影あるわー)

 

 思い至った仲間達が喜びの声を上げ、それに驚くアイズ。

 表情を表せられない輝夜も見違えるようなアイズの姿に何度か頷いていた。

 

(……静かにしろ、アリーゼが起きちまう)

(そうだった)

「……えと、私の言葉、分かりますか?」

 

 と、アイズから声をかけた。

 モンスターである『異端児(ゼノス)』と言葉を交わした経験が役に立つとは――彼女(アイズ)も思わなかった。

 話しかけられた方は互いに顔を見合わせた後、一匹のモンスターが前に進み出る。そうするとアイズが警戒の為に一歩下がった。

 

「……ああ、分かるぜ。こっちは疲労困憊で戦闘の意思は無い。煮るなり焼くなり、そちらに任せようと思っていたところだ」

 

 流暢に喋る赤帽子(レッドキャップ)の言葉にアイズは思わず呻く。だが、声に聞き覚えが無い。というか印象が薄くなっているので思い出せなかった。

 【アストレア・ファミリア】の団員達との面識はある。だが、親しく話すほどの仲ではなく、会話を交わした記憶が残っているのは――おそらくリュー・リオンくらいだ。次が団長のアリーゼ・ローヴェル。後はどうしても思い出せない。

 発色の良い赤い色の長髪の団長はとても元気で快活な女性で印象が強く残っている。

 

「……それで? 喋るモンスターを目の前にしてお前はどうする? アタシらもこんな姿になって混乱してんだけど……」

 

 そう言葉をかけるとアイズはしばし唸った。

 前例をいくつか見てきたとはいえ未だに頭では理解が追い付かない。多くはどうして、という疑問だ。――だが、それは相手も同じ。

 もし、逆の立場であれば自分は無害だと主張して信じてもらえるのか、と考えれば否だと即答できる。

 モンスターを倒すのが冒険者の仕事だ。それを急に変えることが出来るのは――ベルのようなお人好しくらいだ。そして、自分はそこまでのことが出来ない。

 

「……そういえば、その赤いモンスターはどうしたの?」

「疲れて寝ている。……出来ればこのまま寝かせてやりたい」

 

 改めてモンスター達を観察すると身体中傷だらけだった。お漏らしを除けばどれも眠そうな顔になっている。いや、三匹ほど途中で寝てしまった。

 武装したモンスターである『異端児(ゼノス)』と違い、このモンスター達は武装していなかった。だが、共通語(コイネー)を使っている。

 アルフィアと同じく別の場所で生まれたモンスターだと推測する。それも元冒険者の記憶を持った――

 アイズは唸りつつあれこれと考えを巡らせ、右往左往する。戦闘以外で頭を使う事が無かった彼女は煙りが出るほど悩み抜いた。

 都合の悪い壁にぶつかる度にベルならどうすると自問する。

 そう。ベル・クラネルなら平和的な解答を導き出す。あの子はとても優しいから。だが、自分は彼の様な選択を選べない事も理解していた。

 

 【静寂】という分かりやすい敵対者ではなかった場合の正しい答えは――

 

 更に唸ってみたものの正しい答えとやらは出てくる気配がない。

 項垂(うなだ)れるアイズの様子を見て物騒な結論に至るんだろうな、とライラ以下が絶望感に浸り始める。それでも彼女が頑張って導き出した答えなら――もはやここで終わってもいいかな、と思わないでもない。

 せめてリュー・リオンが今頃どうしているかだけでも教えてくれれば無駄な抵抗をしないと約束できる。

 ライラ達が諦めに似た感想を抱き、身体から力を抜く頃、答えが出ない事に苛立ったアイズの身体から暴風の様な魔力が発生し、モンスターの何匹かが後ろ側に転がされた。

 金色の瞳を黒く染めつつ彼女は唸り声を大きくする。

 

(……勝手に暴走状態になってんぞ)

(……ああ、やっぱり【剣姫】ちゃんだわ。この感じ懐かしい)

(前に会った時よりも強い気がする。……レベルいくつかしら?)

 

 一般的な冒険者であれば【剣姫】の今の状況を目の当たりにすれば恐れ(おのの)く。

 モンスター達の反応は違った。

 正反対と言っても過言ではないくらいに。楽し気に彼女を眺めていた。

 強者と触れ合う機会が多かったライラ達からすれば【猛者(おうじゃ)】を目の前にしても余裕を持った態度で臨める。――それが例え秒殺の憂き目に遭うとしても。

 

「そちらも私達の様なモンスターと接敵してきた経験があるようですね」

 

 輝夜の言葉に吹き荒れていた暴風が消し飛んだ。そして、アイズは図星を突かれて呻きながら軽く仰け反る。

 分かりやすい反応に輝夜は思わず苦笑した。

 見た目は成長しても中身はまだ子供のようだ、と。

 

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