「それでえ、御坂さんはあの人に何をあげようとしてたのか、そのへんのことを隠ぺい力を発揮せずに教えてくれないかしらあ?すいません、アイスティーおかわりなんだゾ!」
そう問いかけるのは蜂蜜色の髪をした少女。
表面いっぱいにしずく浮かべ茶褐色の液体で満たされたグラスを傾け、喉を鳴らしながら内容物を嚥下していく様が下品だな。と思いつつも疲労と渇きには勝てぬと構わず飲み干したのはつい先刻、それでも足りぬと店員にアゲインを要求する。
「いやーそれがなかなか。選ぶもの選ぶもの黒子たちに否定されて…つかあんたそんな喉から膀胱に直通しそうなもんよくがぶがぶ飲めるわね」
そう言う御坂美琴もオレンジジュースを飲み干し、グラスに残った氷をガジガジとシロクマのように齧っている真っ最中。この二人が天下のお嬢様学校のツートップだというだから諸兄の思い描くお嬢様像が如何に儚い幻想か知れようというものである
「うるさいわねえ、そうやってえすぐ下ネタにつなげるのは止めてくれないかしらあ。そ・れ・に!周りの意見はどうでもいいわよお。私は御坂さんが彼に何をあげたいのか聞かせて欲しいって言ってるんだゾ?」
「…わ」
「え?ごめんさいもう一回言ってもらえないかしら」
「だから指輪…」
快活な御坂らしくもなく蚊の鳴くような自信なさげに告げる。心なしか彼女の頬も朱を帯び、指先どうしをこねくり出している
「……」
その答えに対し沈黙を保ち真剣な眼差しで御坂を見つめる食蜂
そしてそれに耐えきれなくなった御坂は
「分かってるわよ…彼女でもないのに指輪はない…ないのよね」
「すっごい素敵じゃない!いいわよお、指輪!シルバー?プラチナ?ホワイトゴールドも素敵だわあ!それよりも御坂さんやるじゃないの、あなたの事だからてっきりファンシーグッズでも送るのかと思ってたわあ」
「そ、そうかしら?そうよね?変じゃないわよね?指輪。いいわよねやっぱり女の子の夢じゃないそういうの!ほんというとこっちから渡すよりも貰う方が…」
「そうよねえ…指輪の内側にお互いの名前掘ったりしてとか乙女力が昂るわあ」
「食蜂あんた分かってるじゃない!私もそれいいなって思ってハワイでキューピッドアローに立ち寄ったときに作ってもらった事あるの、ほらほらこれ見てよ!ペアリング!可愛いでしょ!」
胸元から対となったタグリングをシルバーの鎖で結わえネックレス状にしたものを取り出し、対面に座る食蜂に事細かく説明しだす脳内ピンクのビリビリ少女。
不意に現れた望外の同意者を得たことによって友人たちの忠告はどこへやらと飛んでしまった様子である。
「あーあ御坂さんに指輪は先越されちゃったしい。私は何をあげようかしらあ。上条さんが今何を欲しいのか知識力を発揮して私に教えてもらえないかしら、御坂さん」
その御坂の様子がおかしかったのか、それとも羨ましかったのかどこか遠くを見るように目を細めそして軽く笑った。
きっと自分も目の前の少女のように素直に恋の事で悩みたかったのかもしれない。
かつて自分が選んだ選択を後悔したことはない。きっと自分は何度同じ場面を繰り替えしても、瀕死のあの少年を救いたいと能力を使う事を選ぶだろう。
それでも。それでもである。感情の部分が割り切れない。どうして自分は今の御坂美琴の立場のいないのかとどうしようもなくタールのように粘ついた感情が幾許か溢れてしまう。心理掌握(メンタルアウト)を持つ食蜂であっても自分の感情はままならないのだ。
そんな色んな感情がないまぜになった表情を浮かべていると
「おー御坂にキラキラ中学生!こんなとこで奇遇じゃねーか!やっぱりお嬢様は違いますなーダイヤノイドでお買い物ですかあ」
悩みの種のバカが現れた。
「アンタどうして…」
「か、上条さん!いったい全体何がどうしてこんな高級ショッピング街にあなたが現れたりするのかしら?出会えたのは嬉しいけれどそれはそれとして、もうちょっと前兆みたいなものが欲しいんだゾ?というかキラキラ中学生って私のことですかあ?それはちょっとどうかなって…」
御坂の疑問を遮り蜂蜜色の少女は自身の動揺を悟らせぬようにまくしたてるが、それが逆効果だと気づけない普段の彼女であればありえないような混乱を露呈させる。
「ありゃ?気に食わなかったか?お前の髪の色とか持ってる雰囲気がゴージャスだな思って、これしかないって上条さんは思ったんです」
「あんた、私のビリビリといいあだ名のセンスが壊滅的ね…」
「嫌ってわけじゃないんですよお?でもそのもうちょっと手心というか…あらあらあら?でもあなたは髪の色がキラキラしてるって思ってくれてるのよねえ、えへへ」
「理解者、この小娘が喜んでるのはあくまで特例中の特例だぞ?理解者の私が聞いても貴様のセンスは最悪に近い。てかなんでこいつ喜んでるんだ?怖っ」
放電してるからビリビリ、容姿や装飾品に金色が多いからキラキラ。
御坂やオティヌスの言うように客観的に見て上条当麻の言語センスは下の下。どう好意的に見ても中学生女子に付けるそれではないのだが、キラキラと呼ばれて喜ぶ食蜂。
これには一つのわけがある。
「あなたの記憶・認識力もちょっとずつ良くなってきてるのね」
「え?なんのことだ?」
「ううん、なんでもないのよお。いつものように忘れなさいな」
2年前の夏に上条当麻の脳は一つの瑕疵を帯びた。
ある事件で受けた傷の治療行為として食蜂操祈が行使した能力の余波により、脳細胞は押しつぶされ彼は「食蜂操祈」に関する記憶を失い、また彼女に対する認識・記憶の阻害といった後遺症を残した。
そしてその一年後に再び上条と食蜂の運命は交差し、数多の奇跡と奇蹟と軌跡を経て上条当麻の脳は現在の医療技術ではありえないような回復を遂げたのであった。
それが認識と記憶の一部回復。上条当麻は以前のように視線を切らしただけでキラキラ中学生に対し初対面のような態度をとることはなくなった。これは飛躍的な進歩といえるであろう
それでも取り戻せなかったこともある
「キラキラってあだ名は嫌いじゃないわあ、それでも覚えていて欲しい。私の名前は食蜂。食蜂操祈。忘れないでね」
「ああ食蜂か、今度からはそう呼ぶようにするよ」
何度繰り返したやり取りだろうか?恐らく今度もこの約束は果たされないのであろう。
上条当麻は奇跡的な予後を見せているがそれでもいまだに食蜂操祈と目の前のキラキラ少女を関連付けては覚えられない。2年前の記憶に至っては思い出す気配すら見えない。それでも
「うん。ありがとう。きっと…いつかきっとそうしてね」
それでも彼女は奇跡を諦めない。
挫折は何度もあった。全てを諦め記憶的な死を望んたこともあった。ウィンザー城では安易な希望に飛びついてしまったことがあった。
それでもそのたびに彼女は立ち上がった。そして彼女は挑み続ける。不条理だと嘆くだけの悲劇のヒロインはもう必要ない…またいつか上条当麻が自分を思い出し自分の名前を呼んでくれるその日まで
「あのー私もいるんだけどなー」
「おい茶髪の小娘、こういうときに割って入るのはいい女のやることじゃないのさ」