とある魔術の留年生(仮)   作:ブッシュ

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サバカレーをもう一度 その4

 ダイヤノイド50~70階、いわゆる上層階とよばれるエリア。名のある高級ホテルや安くとも億は下らぬ分譲マンションが軒を連ね、観光・小売に重点が置かれている中層階までとは趣を異にしたプライベートな居住空間。とはいえここを利用するVIP、とりわけ学園都市の闇…暗部にとってここは、その厳重な防犯体制と単純な硬度で言えば文字通りダイヤに匹敵する堅牢な建築構造、資材で守られた要塞あるいは金庫などの利用で知られている。

 そして元統括理事直轄部隊アイテムの構成員であったフランス人形のような少女、フレンダ=セイヴェルン。彼女も御多分に漏れずそんな理由で購入を決めた一人なのであった。

 

「はぁ…まずった訳よ」

 

 フレンダがかつて購入した分譲マンションのとある一室。本来は広々としたゆとり空間がウリだったに違いないその部屋はうず高く積まれた箱、箱、箱。荷物のグランドキャニオンの様相を呈したその場所に彼女は頭を抱えながらうずくまっていた。

 

「あんな中坊に喧嘩売るような真似するとか大人げないにも程がある!…上条にも迷惑掛けちゃったし」

 

 僅か10分前の自分の行いがフレンダの羞恥心と罪悪感を刺激し、フレンダはその場で駄々っ子のようにその場でジタバタと両手両足を振り回す。

 

「なんで最初に目が合った時に『お、久しぶりな訳よ!』って言わなかったかな……私。てかてか結局アイツだって声かけてくれてもいいじゃない!気が利かないったらありゃしないッ!友達とせっかく再会したってのになんであんなカリカリする必要があるって訳よ?馬鹿じゃないの?」

 

 自分で言っておきながら、言った後に猛烈な自己嫌悪が込み上げてくる。

 

「て、結局私が一番の馬鹿だって訳よ。こんなん弓箭がぼっちとかコミュ障だって笑えないじゃん」

 

 こんな責任転嫁も上条や麦野でも傍にがいれば、突っ込みを入れてくれたんだろうか?それとも慰めてくれたのだろうか?と1人自嘲し、フレンダは改めて部屋を見回すと、あちこちに積み上がった箱の配置が自分の記憶とどこか違うことに違和感を覚えるが、先刻の上条との会話を思い出して違和感は即座に解消された。

 

「ああ、上条と浜面が入ったんだっけ?全く乙女の寝所にずかずかと入り込むなんてあいつらはどうかしてるんじゃないの?ったくもう…結局荒らすだけ荒らして、片付けていかないとかむかつくって訳よ」

 

 ひとしきり文句を言うとフレンダはむくりと立ち上がり、もう渡す予定の無くなった友人たちへの贈り物を元の配置に並べだした。こんな行為に一つの意味も無いと知りながら、それでも乱雑に置かれたそれらを打ち捨てておく気にはどうしてもならなかったのだ。

 

「お、これは絹旗に渡すつもりだったヤツ!見たい見たいって言ってたから買ってやったけど、結局月面から来襲したナチス残党が三つ首の巨大鮫と戦うって、何をどうしたらこんなイカレた脚本で一本撮ろうと思ったの?どう考えても時間泥棒必至のクソ映画な訳よ!絹旗も絹旗で何でこんなもんに惹かれるんだか。お、こっちは…」

 

 興がのってしまったのであろうか?フレンダは次々と別の箱を開けだす。割と手間がかかる片づけや模様替えをしてる最中に一度は訪れるアレである。

 

「そうそう!青髪ピアスはなんかアレのやり過ぎと寝不足で最近げっそりしてるって言ってたから、ハブ酒なんて買ってみたんだっけ?女の子の前でデリカシーの欠片も無い奴だった訳よ。」

 

「にゃははは、滝壺のプレゼントはジャージってそのままじゃん!結局もうちょっと捻れって訳よ!私!」

 

「あれ?秋川へは伊達眼鏡買ったんだけ?あ、そうそうあの子、地味な自分変えたいっていっつも愚痴ってたから、じゃあまずは見た目からでもどう?って贈ろうとしたんだったわ…懐かしいなぁ」

 

 箱を開ける度にもう会うこともかなわない友人たちとの思い出が蘇る。

 

(暗部部隊同士の共食い、アイテムからの離反と麦野の血の制裁。そこから命からがら逃げ延びて地下に潜って足が付かないように野良犬みたいな生活の毎日…オペレーション=ハンドカフスで拘束された時はああこれで助かるって心底思ったっけ…)

 

 明日自分が生きることで精いっぱいで、友人たちはおろか妹のことすら想いを馳せることが無かった日々。そんな自分が彼女に、佐天に今さら友達面して薄情だなんて罵る資格なんて無いのかもしれない。

 それでもである。それでもまた会えたのだ。携帯の番号も消え、友人だなんて言えるような思い出もなくて、数百万人の人々が生活するこの街で細く儚い糸を手繰るようにフレンダ=セイヴェルンと佐天涙子は再び出会えた。だったら彼女がやるべき事なんだろうか?恥ずかしがって口ごもって素知らぬ顔をすることか?暗部でもお尋ね者になっている自分と一緒に居ても危ないと大人みたいな訳知り顔で友人を諭す事だろうか?

 

「結局私らしくなかった。そういう訳よ」

 

 言うが早いかフレンダは再度山積みになった箱を漁り出す。恥も外聞もなく。自分と佐天涙子との些細で僅かな思い出を必死に思い出そうとするかのように。

 

「見~つけたっ!って訳よ」

 

 フレンダが贈答品の山から掘り出したのは手のひらサイズで高さ15㎝にも満たない小さな小さな箱。

 まるで生涯をかけた大冒険の末に探し当てた宝物のようにのように、フレンダは両の手でそれを高々と掲げ、舞踏会のようにその場でクルクルとクルクルと回って…こける。派手にこける。

 

「ぐええええ、痛い!麦野のゲンコの次ぐらい痛い!って調子に乗り過ぎたわ…えへへ」

 

 側頭部を床で強打し、しばし悶絶するが、それでも彼女はこんな痛みなんかなんでもないと言わんばかりに綺麗に愉快に笑っていた。まるで小さい頃親から誕生日プレゼントを貰った子供のように。

 そんな風にしばし感傷に浸っていると室内に電子的な音がなり響く。たしかこの音は玄関の呼び鈴だった…分かるが早いかフレンダは跳ね起き、マンションのオーナー権限として各部屋ごとに設けられたダイヤノイド中の防犯システムの操作・チェックが可能な管理室へ急ぐ。

 

(この部屋の存在は麦野たちにしか知らせてないし…麦野たちアイテムはハンドカフスから逃げ切ったって話だし……私の裏切りへの粛清をまだ諦めてないって訳)

 

 玄関は厳重に二重扉となっていてダイヤノイドの構造的特徴と相まって、近代兵器を駆使しても抜くのは難しい難攻不落の要塞、ただしその頼もしい謳い文句が麦野のメルトダウナー相手に何分いや何秒持つのかはなはだ疑問。兎にも角にも脱出経路を頭で思い返しつつ足を速める。

 管理室の扉を開けるや否やいるはずのない訪問者の姿を探るため、嫌な冷たい汗が背中を伝うのも構わず、震える手で操作盤を弄り玄関前カメラの映像に切り替えると

 

「お~い!フレンダ!上条さんですよ!ここを開けてもらえませんかね?」

 

 おせっかいな馬鹿が一人。

 

「フレンダ、聞いてるか?」

 

 上条はご近所迷惑関係なく大声でこの部屋の主に呼びかける。

 

 

「フレンダ、俺が言うべき事じゃないなんて分かってるよ。それでも佐天と約束したんだよお前ともう一回会わせるって。あの馬鹿みたいに明るいアイツが泣いてんだよ。お前ともう一度話がしたいって。このままサヨナラなんて嫌だって。頼むよ、ここ開けてアイツと会って欲しいんだ。」

 

 全くどいつもこいつも本当に馬鹿な訳よ…そう呟くと、フレンダの人差し指が玄関の開錠スイッチを押そうとしたその刹那。

 先ほどよりも遥かに暴力的な音量の警戒アラームが鳴り響く。

 画面映像が自動で切り替わると10人前後はいるだろうか?品の無い身なりで凶器を振り回す10人前後の暴徒…恐らくはスキルアウトを映し出すと、彼らが行った罪状、状況が電子音声で読み上げられる。ダイヤノイド下層階のブランド品店から金品・現金の窃盗、逃走の為に幾人かへの傷害が行ったそうだ。

 

「結局この世界は救えない馬鹿が多すぎるって訳よ」

 

 フレンダは酷薄に彼らの行動を吐き捨てる。

 なるほど。確かにこの学園都市はいまだ能力の強弱で待遇が天と地ほども変わってしまう凶悪なヒエラルキー社会。ひょっとしたら彼らはその差別によって自身が夢見た未来を閉ざされたのかもしれない、譲れなかった尊厳が踏みにじられたのかもしれない。

 

「結局だからそれがどうしたのよ?」

 

 それをさも正義の御旗のように掲げて、自分よりもっと弱い誰かの金を奪って、誰かの命を奪う。そんな奴等に社会の誰が同情するというのだろうか?誰が力になろうと手を差し出してくれるって言うのか。

 結局のところスキルアウトの命運を断たせてしまったのは、彼らスキルアウト自身の蛮行に他ならない。画面の中の少年少女達はダイヤノイドが雇う私警に警備ロボ、そして駆けつけてきたアンチスキルに徐々に押し込まれていく。

 

「まあ結局、私もアンタ達と変わらないんだけど…」

 

フレンダは自分が暗部で行いを思い返し、自嘲めいた笑いを浮かべる。

落ち込みかかった気分を拭い再び画面に視線を向ける

 

「その上頭まで悪いんじゃほんと救えない。ダイヤノイドの警備システムをきっちり調べないからそんな杜撰な逃走劇になるってつうの。あ~あ、あんな奥に逃げちゃったら結局半包囲されておしまいって訳よ」

 

そこまで見ると勝負あった。とばかりにフレンダは画面から目を切らした。

こんなもんに夢中になってあんまり待たせるのも悪いと思い、上条を中に入れてやろうとスイッチを手をかける、そして何の気なしにフレンダはもう一度画面に目を向けると

 

「あっ…」

 

 

 

 

「あれ~本当にこの場所であってるんだよな。なんだか上条さん心配になってきましたよ。」

 

 佐天涙子たちの元を離れ滞空回線の情報でさっさとフレンダの位置を把握した、そこまでは良かったのだがその場所が問題であった。

 サンジェルマンの時とは違い防犯システムが十全に機能しているダイヤノイド上層階に侵入するために、普通の高校生上条当麻だけではいかんともしがたく、ショッピングを楽しんでいた御坂や食蜂に拝み倒して頼み込んでハッキング・洗脳で障害を取り除いて貰いなんとか上層階行きのエレバーターに上条1人をねじ込んだ、そこで待っていたのはまたセキュリティー。

 解除の為に御坂に連絡を取ろうにも防犯の一環なのだろうか携帯端末の電波は阻害されていて、かといって今さら下に戻る訳にもいかず八方ふさがりの為、運を天に任せ玄関備え付けのスピーカーに大声を張り上げている次第であった。

 

「すいません東西新聞です!新聞の勧誘に伺いましてって、俺は馬鹿か…」

 

 自分の行動の稚拙さにうんざりし俯いたその瞬間、あれほど頑なだった玄関は開け放たれ、そしてとんでもない力で上条は部屋に引きずり込まれる、勿論その実行者は

 

「フレンダ!お前」

「押し込み強盗してたスキルアウトにあの馬鹿…佐天が人質にされてるって訳よ。あいつ毎度毎度トラブルに巻き込まれて何やってんのよ!……上条、お願い!大事な友達が危ないの、あんたの力を私に貸して欲しいってわけよ」

 

少しも逡巡せずに上条当麻は同級生の頼みにこう答える。

 

「了解だよ…後輩!」


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