昔から、空を飛ぶ夢を見る。
見上げれば星空だが、眼下に広がるのも星空。星空に挟まれて飛ぶ、不思議な夢。
視線の先には、巨大な羽虫がけたたましい音を立てながら飛び、そいつが吊り下げた箱の中に、自分が追い求める物がある。
だから翼ある生き物になっていた自分はそれを必死に追った。翼を動かし、風を切って……。
(兄弟! 今助ける!!)
そう、捕えられた兄弟を救うために……。
* * *
「……」
聞こえてきた鐘の音で目を覚ましたアレキサンドライトがゆっくりと目を開けると、そこは自分の部屋だった。
どうやら、月人の資料を纏めていたらそのまま眠ってしまったらしい。
「またあの夢かあ……」
欠伸をしながら、アレキは一人ごちた。
昔から時折、同じ夢を見るのだ。空を飛び、さらわれた兄弟を助けようとする夢。
クリソベリルがいなくなってからは、特に何度も。
「さっきの鐘は六回、全員その場で待機の合図……ならもうちょっと寝ちゃっても……」
晴れない眠気のままにもう一度横になり毛布を被ろうとするアレキだが、その時大きな音がして、ダイヤとボルツが部屋の外に立っていた。二人とも剣を構えている。
「アレキ!?」
「え、ボルツにダイヤ? 何してるの?」
「待て、
ボルツがこちらを見とめるやギョッとして叫んだ瞬間、六本の腕を持つ大きな月人みたいな物が突っ込んできて、二人が飛び退くのが見えた。
「なぜ同じ方向に逃げる!」
「ボルツが僕の行く方にいるの!!」
遠のく二人の声を追って六本腕は轟音を立てながら走っていった。
「は、え?」
状況を飲み込めずにいると、今度はフォスがやってきた。手足をごっつくして、やっぱり剣を構えていた。
「アレキ! ダイヤとボルツ見なかった! ついでに六本腕の変なのも一緒だったと思うんだけど!!」
「あ、あっち!」
「ありがと……!!」
その瞬間、白い影が突っ込んできてフォスの姿が消えた。
「アレキは先生を起こしてー!」
そういう声を残して。
* * *
事の経緯はこうである。
二重の黒点から現れた二体の月人と戦っていたフォスとボルツだが、いったん学校まで退避し、六度の鐘で全員にその場で待機するよう指示。自分たちで戦いながらお昼寝中の金剛先生を起こしにいくことにした……全部、ボルツの考えた作戦である。
だがここで問題が生じた……。
先生お昼寝シフトで全員外に出ているとボルツは考えていたが、実際には残っている者がいたのだ。
ボルツの兄、パートナーを解消されて傷心のダイヤである。
それに気付いた二人が名残惜し気に帯剣していたダイヤと合流したのだが、ここでさらに問題が発生した。
「ダイヤ、お前は先生を呼びにいけ。月人の相手は僕たちがする」
「僕は、足手まといだって言うの……?」
「…………そうだ」
ボルツの一言にダイヤが拳をきつく握りしめていると、月人たちが現れた。
そして止める間もなくダイヤが月人と戦いはじめると、二人は戦いながらも言い争いを始め、今に至る。
「なんだ今の動きは! あんなに敵に接近して潰されたいのか!!」
「潰されなかったからいいでしょ! ボルツだってかなり危なかったじゃない!」
「僕の強度なら耐えられるが、ダイヤだとそうもいかないだろう!! そんなことも分からないのか!!」
「耐えられないから、避けに徹してるんだよ!!」
「ねえ君ら、状況分かってる!?」
フォスが古代のにんげんが言う所の仁王像に似た姿の強面月人と取っ組み合いながら、思わず叫ぶ。
言い争いながらも六本腕の攻撃をかわし、さらには僅かな隙に攻撃までしているダイヤモンド兄弟。ダイヤもボルツに比べれば劣ってしまうと言うだけで、十二分に強い。
心なしか月人たちも面食らっているような気配すらする。
「兄弟喧嘩なら後にしてよ! って言うか何で僕がツッコミ入れてんの!? 何で僕が振り回されてんの!? いつもなら、逆じゃない!!」
フォスフォフィライト、心からの叫びであった。
ボルツが六本腕の爪を剣で受け止めながら、兄に怒鳴る。
「何故こんな時に限って言う事を聞かない!!」
「僕は! 足手まといなんかじゃない!! ボルツに守られてばかりじゃない!!」
ダイヤは叫びながらも、ボルツが抑えている腕の一本を斬り落とした。
ほんの僅かでもボルツに隙ができればダイヤがカバーし、ダイヤが危機になればボルツが助ける。
こんな時だと言うのに二人の連携の精度はどんどんと上がっていくのが見て取れる……フォスにそんな余裕はないが。
掌底、裏拳、肘打ち、膝蹴り、回し蹴り……強面月人の繰り出す打撃は、手足で防御しても硬度三半の胴体や頭部に衝撃を伝え、ダメージを与えてくる。
いまだ砕けないのは、フォス自身無自覚に高速で自己修復しているからに他ならない。
「ちっ! おい、グズ!!」
「なんだよ、拗らせブラコン!!」
「替われ!!」
「へ?」
言うやボルツは六本腕から離れ、フォスの襟首を掴んでそちらに投げると、自身は強面月人に相対した。
「こいつはお前では相性が悪い!」
「! 分かった!」
ボルツは敵の戦術を見抜いて、的確に相手を替えたのだ。
言葉を交わさずともその戦術眼に、ダイヤは余計に唇を嚙む。
「ボルツの言うことはいつだって正しい……嫌になるわ!」
ダイヤはフォスの援護を受けながら、六本腕と戦い続ける。
襲い掛かる六本腕の拳を両腕で受け止め、フォスは呻いた。
「なんつー馬鹿力……!」
それを受け止められるフォスも大概だが、本人に自覚はない。
「フォス、そのまま止めて……!」
ダイヤはそのまま敵の背後に回ろうとするが、別の腕が彼の身体を捕えた。
直撃は避けたものの、剣が手の中から弾かれ左腕が折れる。
「ッ!」
「ダイヤ!!」
「まだまだあ!!」
ダイヤは折れた左腕を右手で掴み、それを武器にして六本腕に斬りかかる。しかしそんな付け焼刃が通じるほど甘い相手ではなく。また別の腕がダイヤの身体を掴んで床に叩き付けた。
「だ、ダイ……」
「兄ちゃあああぁぁん!!」
ボルツが、絶叫するのが聞こえた。
「邪魔だ!!」
強面を蹴り飛ばしたボルツが、こっちに走ってくる。
フォスの目の前に、ダイヤの身体の一部がキラキラと舞う。
あの冬の日の、アンタークのように。
「よくもダイヤを……ぐぁあああああ!!」
フォスの中で怒りが燃え上がり、咆哮と共にこれまで拮抗していた六本腕を押し返す。
七つの目をギョッと見開いた月人に、フォスは怒涛のように斬りかかる。
残された腕の爪で全ての斬撃を防御する月人だが、フォスの怪力のせいか気圧されているのか巨体を後退りさせる。
それでも反撃に転じようとした六本腕だったが……。
「おりゃああああ!!」
両の腕を失い砕けかけのダイヤが、裂帛の気迫と共に自分の腕の断面を刃として、月人の脳天から股間までを切り裂いた。
だがそこで、ダイヤは右脚が折れて床に倒れた。
「ダイヤ!」
「兄ちゃん、か……久しぶりに聞いたな」
腕の変化を解いたフォスに助け起こされたダイヤは、朦朧とする意識の中で懐かし気に微笑んでいた。
かつては、自分を慕い、後ろをついてくるばかりだったボルツ。
いつからか追い抜かされ、自分が追うことになったボルツ。
自分を見下ろし、厳しい顔をするボルツ……。
いつからだろうか、強く硬い弟に対し、綺麗な
「なんで、あんな無茶をした……! 砕けてまで戦うなんて、馬鹿のすることだ!!」
「ボルツ、そんな言い方……!」
「ふふふ、別れてよかった……」
こんな時まで厳しいボルツにフォスが顔をしかめ、ダイヤが苦笑する。
「遠くにいるボルツは大事に見える……」
「僕は!」
だがボルツの顔は苦しげに歪んでいた。
「僕は、兄ちゃんに遠くにいってほしくない……!
「ボルツ……?」
「不安なんだ。兄ちゃんが、いなくなってしまったらって……あのゴジラの声を聞いてから、ずっと」
ゴジラ。
不死のはずの宝石たちに死をもたらせる、怪獣の王。
その声を聞いた時、ボルツの中に去来したのは、最愛の兄ダイヤモンドが消え去ってしまう恐怖だった。
取り戻せるかもしれないという、中途半端な希望が残される月にさらわれるのとは違い、絶対に戻ってこなくなる……否。月にさらわれるのも、二度と会えなくなるのは結局同じだ。
もともとボルツの中にあったその恐怖は、日を増すごとに膨らんでいく一方だった。
「だから、こんな無茶は二度としないでくれ! 僕は、兄ちゃんに、消えてほしくない……」
「ボルツ……」
ああ、この子はこんな顔をするのかと、ダイヤは思った。こんな弱々しくて、不安そうな……。
急にダイヤは今まで抱えていた嫉妬や劣等感が馬鹿らしくなってしまった。
最強でも、最優でも、ボルツはかつて自分を兄と慕ってきた彼のままなのだと、やっとわかった。
「そんな顔しないで……いつまでも甘えんぼさんね……」
クスクスと笑ってしまうダイヤに、ボルツは少し笑おうと努力したようだが、結局諦めて再び剣を構えた。
「フォスフォフィライト、ダイヤを連れて先生の所へ」
「え……!」
見れば、二つに分かれた六本腕の月人が、三本腕と三つ目の月人二体になっていた。ダイヤが斬り落とした腕も、より小型の月人に変化する。
「こいつらの相手は、僕が……頼む」
「! 分かった! ……無事でいてくれよ!」
自身を抱えてフォスが立ち上がると、ダイヤは声を上げた。
「ボルツ! 後で、後でゆっくり話そう……!」
その声を受けながらボルツはすっかり調子を取り戻し、月人たちを迎え撃った。
* * *
「ううう、先生を呼びにいけ、って言ったって……」
一方その頃、アレキサンドライトはおっかなびっくり上階を目指していた。
「アレキ!?」
そんな足取りなので、未だたどり着けないでいると、向こうからフォスが半壊したダイヤを抱えてやってくるのが見えた。
「フォス……ってダイヤ! どうしたの、いったい!?」
「話は後で! とにかく今は……!」
と、不意にフォスがアレキに向かってダイヤを押し付けた。
「え、ちょっとなにを……!?」
意図が分からず戸惑った次の瞬間には、フォスが月人が組み合っていた。
あの強面の月人だ。どうやらボルツの蹴りを喰らっても霧散していなかったらしい。
よりにもよって相性の悪い相手に組まれてしまった。
「アレキ、逃げ……!」
フォスが言った瞬間、強面月人の頭突きがその顔面に襲い掛かった。
自己修復が間に合わず顔の一部が砕け、意識が遠のきかける。
「ぐ、お……!」
「フォス!」
「あ、あ、あ……」
ダイヤが声をあげ、アレキが目を見開く。そこに映っているのは月人。アレキの仲間たちを、クリソベリルを、兄弟を奪い去った、憎き敵。
そして今またダイヤを傷つけ、末っ子のフォスを砕かんとしている。
「また……また、アタシから奪うというの? 兄弟を……!」
アレキはダイヤを床に丁寧に降ろすとユラリと立ち上がった。目の焦点が合っておらず、体が揺れている。
「そんなの、そんなの……!」
「あ、アレキ……?」
「そんなの、許さない……!!
フォスの問いに答えることなく、アレキの髪が、目が、色を変えていく。青緑から、鮮烈なまでの赤へと。
「う、おおおおおおお!!」
天を仰ぐように咆哮したアレキは、一足でフォスのすぐ背後まで近づくと、彼が腰に差したアンタークの剣を手に取る。
「ええ!?」
「おおおおお!!」
そしてそのまま、剣を振るって月人を斬る。
フォスと四つに組み合って動けなかった月人は、目を見開いたまま霧散した。
「あ、アレキ……ちゃん?」
「うおおおお!!」
フォスが声をかけるも、咆哮を上げたアレキはそのまま窓の外へと飛び出した。
「え、こんな高さから!?」
窓の外に顔を出して見上げれば、ボルツが六体にも分かれた月人と落ちながら戦っているのと、アレキが壁面を駆けあがっていくのが見えた。
長い髪を翼のように広げ、クロの記憶で見た『鳥』という生き物のように月人に踊りかかったアレキは、次々と月人を斬り伏せていく。月人の身体を飛び石替わりに宙を舞う姿は、まるで空を飛んでいるかのようだ。
だが比較的大きい月人の爪を防御して、ボルツともどもこちらに戻ってきた。
「うううう……」
「アレキ……月人を見たのか」
着地したボルツは、自分以上に慣れた様子で着地したアレキを見て、顔を引きつらせていた。彼らしくない顔だ。
「なにあれ、どうなってんの?」
「アレキは月人を見るとああなる……イカレた奴だ」
「君がそれ言う? ……いや、これについては同感かも」
フォスとボルツがそんな会話をしていると、大きめの月人のもとに散っていた月人の欠片が液体のようになって集合し、もとの見上げるような巨体に戻ってこちらに落ちてくる。
「もとに戻った! そんなのあり!?」
「ああ、これは……
剣をアレキに取られたので爪を構えるフォスだが、ボルツの視線はアレキの方に向いていた。
「ふー! ふー! ふー……!」
アレキは月人に飛び掛からずに、その場で力を溜めるような仕草をする。両の拳を握り床に踏ん張ると、髪が翼のように翻りながら強く発光し、オレンジ色の電撃のようなエネルギーを纏う。
「やはり
「え、どうし……」
「しのごの言うな! 時間がない!!」
「は、はい!!」
いつになく必死なボルツの剣幕に押され、フォスは駆けだしてダイヤを抱き上げる。
月人は月人で異様な物を感じ取ったらしく、窓の縁に組み付き中に入ってこようとする。
「ふうぅぅ……びぎゅあぁおおおおおおぉぉッ!!」
だがその瞬間、アレキが一際甲高い、かつてこの星に存在した鳥の声にも似た絶叫を上げると同時に、その口から赤紫色の光が飛び出した。
ゴジラの熱線にも似た光線となったそれは、一直線に六本腕の月人に命中。一瞬のちに爆発を起こして月人の巨体を粉々に吹き飛ばした。
「……え、なに今の?」
月人の細かい欠片が辺りに散らばり、爆発の煙だか霧散した月人だかが立ち込めるなか、床にダイヤを庇って伏せていたフォスはまさかの展開に面食らう。そのダイヤも意識を失いかけながらも目を白黒させていた。
同じく伏せていたボルツは、口から煙を上げて動かなくなったアレキを見て首を横に振る。
「前にも月人を見たアレキが、あれを使ったことがあった。見ての通りの威力だが危うく小火を起こしかけた。だからアレキは、クリソベリルのこともあって先生から月人と戦うことを禁じられたんだ……」
アレキは、やがて力尽きたように目をつむり、パッタリと床に倒れた。
「ルチルに曰く、インクルージョンが生成したエネルギーを飛ばしているのだそうだが……一発撃つと、体内の全エネルギーを使い果たしてしまい、この通りだ。しばらくは起きない」
「はあ……」
なおこの熱線、当時の宝石たちがこぞって真似しようとするも誰一人できなかった曰く付きの技である。
意識を失い色が赤から青緑に戻ってもまだ口から煙を吐いているアレキを見て、フォスは只々圧倒されるばかりだった。
だが不意に、クロの声がした。
――そうか、そこにいてくれたか……兄弟よ。
「……そっか」
その意味を理解し、フォスはアレキの傍に屈みこんだ。口元には小さく笑みが浮かんでいる。
「アレキも……僕と似た感じか」
その呟きは、幸か不幸かダイヤとボルツには聞こえなかった。
この後、粉々にされながらも再生を果たした六本腕の月人について、まだ一騒動あるワケだが、それはまた後に語るとしよう。
* * *
アレキサンドライトは夢を見ていた。
あの日、ゴジラが現れた日の夢。
恐怖の奥底に、安堵を感じた時の夢。
(……ああ、良かった。無事だったんだ)
フォスフォフィライトがそうであるように、アレキサンドライトのインクルージョンにも人間由来ではない別の生物の細胞が混ざっていた。
と言ってもフォスに対するゴジラのような強い影響力はなく、あくまでも断片的な記憶を夢に見る程度だ。それでも影響はあり、アレキの兄弟に対する思いを強くし、月人を見て赤くなった時は影響が顕著になる。
かつて、卵だった自分の隣に托卵された卵から生まれたゴジラの幼体……後のクロを己の兄弟だと思い込み、ただひたすらに追い求めた怪獣。
プテラノドンと呼ばれる人間よりもさらに古代の生き物が変異した、その怪獣は、一度は倒れても赤く色を変えて蘇り何処までもクロを守ろうとし、命を散らした。
その名をラドン。あるいはファイヤーラドンという。
血の繋がりはない、種族さえ違う、それでもクロの兄弟だった、赤き翼竜である……。
前回更新後、やっぱりシロ出したいとなり、こうなった次第。
フワモコシロちゃんは、守られたのだ……。
分かりづらいけど強面月人はセミ。
続きは……原作の次回の内容次第。
以下、キャラ紹介
アレキサンドライト
硬度:八半
靭性:不明
仕事:月人に関する情報収集、提供
愛称:アレキ、アレキさん、アレキちゃん(本人はアレキちゃんがお気に入り)
月人マニアの変色する宝石
かつて相棒であるクリソベリルを月人にさらわれたため、新鮮な憎しみを忘れないために月人の研究を続ける変り者の宝石。
月人を見ると色が青緑から赤に変色し理性を失う特異体質。
その正体はフォスがそうであるようにインクルージョンにラドンの細胞(VSメカゴジラで粉化した物の一部)が混入した宝石。
フォスのように同種認定されるほどの強い影響は受けておらず、記憶を断片的に受け継いだ程度だが、赤くなると影響が強くなる。この状態では本能のままに戦うものの空中戦においては無類の強さを発揮し、インクルージョンが生成したエネルギーを熱線として吐き出すことができるようになる(が、一発で全身のエネルギーを使い切ってしまう諸刃の剣。威力は万が一宝石に直撃してもバラバラになるくらい=死なない程度)
いやほら、ラドンは茶色から赤くなるし、アレキサンドライトは青緑から赤くなるし……。
さすがにラドンにはならない……多分。