孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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壊れた機械は我欲を持つ

 それはまだ冬が開ける前のこと……。

 流氷も疎らになり始めたおりのある夜、フォスと金剛先生は二人で海岸を歩いていた。

 照明クラゲの入った桶を抱えたフォスに先導され、金剛先生は夜風に僧衣をなびかせる。

 

「こっちです、先生!」

「そう急がせるな。フォスよ」

 

 二人は接岸した流氷の上に乗る。

 月人の姿を模していない、()()()氷の塊だ。

 

 金剛先生が乗ると、フォスは海面を覗き込み、手を振った。

 すると、氷はゆっくりと動き出した。だが二人に慌てる様子はない。

 

「それにしても、先生がこんなこと言い出すなんて、思いませんでしたよ!」

「……そうだな。私自身、意外に思っているよ」

 

 楽しそうなフォスに対し、金剛先生は何処か緊張した面持ちだった。

 やがて二人を乗せた氷はいくらか沖で止まる。

 そして海の中から影が姿を現した。それは薄紅色の女性と黒い痩身の男性、ウェントリコススとアクレアツスだ。

 

「どうじゃった、乗り心地の方は?」

「悪くなかった!」

「そこは良かったと言ってほしいの」

「動かしたのは僕ですけどね」

 

 フォスと親し気に言葉を交わしていたウェントリコススは、弟の言葉を無視して金剛先生に一礼する。

 

「こんばんは。良い夜ですな、金剛殿」

「こんばんは、ウェントリコスス王。ええ、良い夜です」

 

 一礼で返すと、アクレアツスは何処か気に食わなそうに触手を姉の腰に回した。

 

「月が見えぬ夜なら、殊更に良い夜でしたな」

「おい、アクレアツス……」

「はは、それはまあ、確かに」

 

 二人の境遇を思って金剛先生は苦い笑いを返す。

 

「さてと……クロ、いるんでしょ?」

 

 フォスが声をかけると海面が波立ち、黒い影が顔を見せた。

 文字通り、顔だけを覗かせたクロ……ゴジラである。

 アドミラビリス姉弟の顔に緊張が浮かぶなか、金剛先生は一歩踏み出して頭を下げた。

 

「クロ殿。本日は無理を言って、まことに申し訳ない」

 

 クロはその一例に鼻息を一つ鳴らした。

 フォスはちょうどクロと金剛先生の間に立ち、首を傾げる。

 

「やっぱり驚きですよ。クロと話してみたい、なんて」

 

 この場に金剛先生がやってきたのは、この黒い王と一度話をするためだ。

 浜の近くでは宝石たちにいらぬ刺激を与えてしまうとして、流氷を船替わりに、アドミラビリスに頼んでここまで運んでもらった。

 夜なのは、月人の襲撃が無いのと、アンタークにも秘密にするためだ。もちろん、フォスは通訳である。

 

「それで何から話しますか?」

「マイペースじゃの、お主」

 

 怪獣王と宝石の指導者の間にある、ある種の緊迫感など毛ほども感じていない様子のフォスに、ウェントリコススがツッコミを入れる。

 

「クロ殿、まずは先日の件、重ねてお礼のほどを……」

「あ、前置きはいい、みたいなことを言ってます」

「……では、単刀直入に」

 

 話の腰を折られた金剛先生は、顔だけでも自分の何倍もある怪獣を見上げた。

 

「あなたに、我々を害する意思はないのか?」

「……ない、と言っています」

 

 低く唸る声をフォスが訳す。

 

「それは真か。あなたの一族は、かつて『にんげん』を大層憎んだと聞く。そして宝石は『にんげん』の最後の末裔……遺恨があっても無理なからぬことでは?」

「…………」

 

 ウェントリコススがゴクリと唾を飲む。

 にんげんの末裔なのは、彼らアドミラビリスも同じだからだ。

 クロの唸り声は、不機嫌さをはらんでいた。

 

「父……あー、父って分かります?」

「分かる」

「なら、父はにんげんを憎んでいたが、自分は憎んでいない、と」

「そうか……安心したよ」

 

 感情の読めない声だった。

 アクレアツスは目を鋭くして金剛先生を睨んでいた。

 

「ならば、月人のことは?」

「月人は……ええと、僕を虐めたから嫌いだ、みたいなことを」

「なるほど。やはり、クロ殿はお前のことを大切に思っているのだな」

 

 フッと先生の顔に笑みが浮かび、次いで表情を引き締める。

 

「ならば、貴方は我ら宝石を月人より守護してくださるのか?」

「それはもちろん……え?」

 

 頷こうとしたフォスだが、振り向いてクロを見上げた。

 

「ちょっとクロ、なに言ってんのさ!」

「フォス、クロ殿はなんとおっしゃったのだ」

「……宝石たちを、守る気はない、と。少なくとも、先生のようには……」

 

 予想していない答えではなかったのか、先生の表情は動かない。

 

「宝石たちは()()()()()()であって()()()()()ではない。甘えに応じる気はない、と……ごめんなさい、先生」

「いや、いいのだ。言われてみれば当然のことだな」

 

 ゴジラ、怪獣王の寵愛が自分たちに向くなど、余りにも都合のいい話だと、先生には分かっていたようだった。

 

「それはつまり、我らに対してもそう、ということだな?」

「……うん」

 

 ウェントリコススに問われて、フォスは申し訳なさそうに頷いた。

 だがこちらも予想していたようで、アドミラビリスの王は静かに頷いた。

 

「よい。こうしてクロ殿がいてくれるだけで、月人どもへの強力な牽制になろう」

「私としても、同じ腹積もりだ」

 

 この強大な怪獣王が現れる()()()()()()というだけで、月人を恐れさせることはできるはずだ。

 だが、フォスはそれでは不満なようだった。

 

「僕だってクロに頼り切りになるつもりはなかったけど、それでも……え?」

 

 だがクロの、唸り声だけでもそうと分かる優し気な響きに顔を上げる。

 

「ホント? ……うん」

「フォス」

「あ! フォスが望むなら、その時は助ける、と言ってます!」

「……マジでフォスには甘いのな」

 

 驚きと言うよりは、ちょっとだけ感心したようにウェントリコススが苦笑した。

 それに対し怒るほど、クロは狭量ではないようだ。

 

「……クロ殿。もう一つ、お聞きしてもよろしいか?」

 

 視線だけで、なんだ?と問うているのが分かった。

 金剛先生の顔は、今までよりも強張っているように見えた。

 

「フォスは、確かにあなたの同族なのだろう。だが同時に、やはり宝石でもある」

「先生?」

「ならば仮に、仮にフォスが()()()()()になったとして、同じように愛するのか?」

「金剛殿? 質問の意味が測りかねるが」

 

 アクレアツスが訝し気に見るが、金剛先生はただジッと黒い巨影を見上げていた。

 フォスとクロは、揃って首を傾げていた。

 

「無論、愛する。なんでそんな()()()()のことを?」

 

 それはフォスの口から発されたのに、まるでクロが言葉を発したように、フォス以外の全員が感じた。

 

「当たり前? しかし……言葉が過ぎることを承知でそれでも問うが、あなたがフォスを愛しているのは、同族だからでは……」

「それもまた無論、その通り」

「ならば……」

「だが、仮に(フォス)が同族でなくなったとしても、(フォス)であることに代わりはない……同族である、ということはきっかけに過ぎず自分(クロ)が愛しているのは(フォス)なのだから、どうして全生命、全存在を掛けて守ることを躊躇おうか」

 

 淡々と、ただ淡々とフォスは、そしてクロは言い切った。

 この考えは、同種とは言え直接の血の繋がりが無い父と、種族さえ違う母と兄弟を持ち、さらに幼少のみぎりに同種に近い存在でありながらも悪意に満ちた相手と出会った彼独自のものだった。

 もしも他のゴジラならば、異種の子供など気にも留めなかっただろう。

 

「何故そこまで……」

「億年の孤独を埋めてくれた。守る理由など、それだけで十分だ」

 

 それこそ、当然だとクロの目が語っていた。

 衝撃を受けたようによろめく金剛先生に、心配したようにウェントリコススが寄り添い、アクレアツスの目がより鋭くなる。

 

「金剛殿!」

「孤独を、埋めた。そうか……」

「こちらからも問おう。お前はどうだ? お前はこの子を愛しているのか? 例え、宝石でなかったとしても」

 

 フォスの口を借りたクロの声は、いよいよ雷鳴にも似て低く轟いた。

 

「それは……」

「答えよ、宝石の指導者」

 

 言い淀む金剛を、ゴジラの目が睨んでいた。それはこの星の上の、そして月にいる『にんげん』の末裔たちが決して向けない、愛情も憎しみもない、ただ見定めるような目だった。

 

「……ああもう!」

 

 クロに口を貸していたフォスは突然頭を振った。

 それに驚いたのは、金剛先生たちだけだはなく、クロことゴジラ自身もだった。

 

「クロ、あんまり先生を脅かさないでよ! 僕はさ、先生とクロに仲良くなってほしくて通訳買って出たのにさ! そんなに睨んだら、先生だって怖がっちゃうじゃん!」

「いやフォス、お前な。なんかズレとらんか? ここはこう……もっと真面目に受け取るトコじゃろ?」

 

 子供っぽく怒るフォスによって、さっきまでの真面目な雰囲気が霧散してしまい、ウェントリコススがツッコミを入れる。

 

「だってさ、先生が僕らを愛してくれてることなんて、当然のことでしょう?」

「おおう、一片の疑問も持っておらんなこれ。さすがノビノビ育った系宝石」

 

 あまりにも堂々とした答えに、アドミラビリスの王は肩をすくめて息を吐く。それから弟ともどもまいったとばかりに笑んだ。

 一方で、金剛先生は目の前の薄荷色を半ば信じられないと言う顔で見た。

 

「フォス……」

「だって先生は僕らにとって……」

 

  *  *  *

 

「先生!」

 

 ハッと、金剛先生は他ならぬフォスの声で思い出から引き戻された。同時に鐘の音も聞こえる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 目の前で、フォスが心配そうにこちらを見ている。

 

「ああ、いや。すまない、少し眠気がな」

「大丈夫ですか、御無理をなさらない方が……」

「なに、お前に心配されるほど、耄碌はしていない」

 

 少し口元に笑みを浮かべて相手を安心させ、遠くの空を見上げる。

 

「それよりも、今はあれを何とかせねばな」

「はい」

 

 そこには青を背景に大きくなりゆく黒点があった。

 黒点が現れたのは学校から見て真東に当たるここだけではない。北東と南南東……同時に三か所もの場所に出現したのだ。

 三器同時の襲来は極めて稀であり、特にフォスが生まれてからは初めてだった。

 そこで金剛先生は、北東と南南東にいる雲をこの場におびき寄せ、まとめて掃う作戦に出た。安全を考慮した上で、もしも宝石の欠片が雲に搭載されていれば、逃がさずそれを取り戻すためだ。

 今はボルツとジルコンが南南東、最初に黒点を見つけたベニトアイトとダイヤ、そしてイエローダイヤモンドが北東の月人を引き付けているはずだ。

 

「フォス、三器同時の襲来について、知っていることは?」

「前にアレキから聞きました。一器を霧散させると、残りが流星の速さで逃げ出し……それを追った宝石は悉く戻らなかったと」

「そうだ。そうして三人が連れ去られた……下劣な罠だ」

 

 先生の問いに、フォスは淀みなく答えた。

 この場に彼がいるのは、その戦闘力以上に月人の狙いが自分にあるらしい、と言ったからだ。それを聞いた先生は、重々しく頷き、自分の傍にいるように命じたのだった。

 

「……酷い話だね」

 

 一方、何故かゴースト・クォーツが当然と言う顔でフォスの隣にいるのは、先生にとっても想定外だったが。

 どうやら、気配を消して最初からいたらしく気付いたのはついさっきだ。

 

「今日はひょっとしたら、ラピスが戻ってくるんじゃないかと思って。……命の、気配がするから」

 

 理由を問えば、そう言って得物である大鎌を手にゴーストは微笑んだ。

 先生からしても、彼の言う事は時々理解できない。

 

「そうかもしれんな」

 

 優しく撫でると、ゴーストは無邪気に笑った。

 この邪気のない無垢さが、金剛は好きだった。

 対して、チラリと見たフォスの横顔は造形こそ以前のままだが、冬を越す前とはまるで違ってみえた。足に次いで腕、そして中身までも、フォスは変化していく。

 新たな命を生み出す手段までも身に着け、いずれは何処に行きつくと言うのか……少なくとも金剛が()()()ではないだろう。

 

「どうしたんです、先生?」

「いや、なんでもない」

「内緒、ですか?」

「そんなところだ」

 

 何気ない先生とゴーストの会話を聞いて、フォスは苦い笑みを浮かべた。

 かつての無垢で無邪気なフォスなら、きっとしなかっただろう表情。

 ふと、金剛先生はここにいるのは本当にフォスなのかと疑問に思った。実際には、ゴジラの細胞に身も心も食い尽くされ、宝石の外観をしているだけなのではないかと……。

 

「いかんな」

「先生?」

「なんでもない。それよりも、二人とも来るぞ」

 

 思考を打ち切り、目の前で姿を現した月人を睨んだ。他の者たちが相手をしている雲もこちらに近づいてくる。

 だが月人は、現れるや否や……下部の雲で雑や立像の乗る上部を包み込むようにして小さく丸まり、そのまま動かなくなった。

 見回せば、ベニトたちの担当している雲が霧散し、ボルツが相手をしている雲は同じように丸くなっていた。

 

「……?」

「先生、これは? 逃げ去る、と聞いていましたが」

「わからん。初めて見る現象だ」

 

 三人して、目の前で何が起こっているのか理解できなかった。

 

「どうします? 斬りますか?」

「いや、手を出すな。何が起こるか見当もつかない」

「了解」

 

 とはいえ、このまま放っておくこともできない。

 

「フォス、こちらへ」

「はい」

 

 すぐ傍にフォスに呼び、ゴーストに聞こえないように小さく声をかける。

 

(いざと言う時、クロ殿は動けるか?)

(正直、難しいと思います。最近はクロ、どんどん眠りが深くなっているみたいで……)

 

 どうやら、獣の王の空腹は深刻なようだ。

 さて、どうしたものか、と考えていると……。

 

「先生」

 

 不意に、ゴーストの声がした。

 見れば丸まった雲の上に、彼が立っていた。

 

「中はブヨブヨで、誰もいないそうです。おかしいな、確かに生命の匂いが……」

「ゴースト、すぐにそこを離れなさい!」

 

 叫んだ瞬間、ゴーストのすぐ後ろの空に穴が開いた。

 そこから白い手……いや、糸の太い束が飛び出し、ゴーストを絡めとる。

 キチキチと嫌な音が聞こえる穴の奥には、いくつかの光があった。一定の規則的に並ぶそれは目、だろうか?

 

「え……?」

「ッ!」

 

 数瞬、金剛先生は迷った。

 隣には、おそるべき力を持ったゴジラがいる。この小さなゴジラが助けを呼べば、沖で眠る真なるゴジラがやってくるはずだ。

 そして怒りのままに力を振るえば、その余波ですら、この地は破壊し尽くされてしまうだろう。だが例えそうなっても、それは一つの救いと言える。

 少なくとも、自分はこの苦役から解放されるかもしれない……。

 

 次の瞬間にはその思考を振り払い、ゴーストを助けようとした時、脇を薄荷色の光が横切った。

 

「ゴースト!!」

 

 それは四肢を変化させ、全力で跳躍するフォスフォフィライトだった。

 雲の上に飛び乗り、穴から現れた月人たちを鎧袖一触とばかりに剣の一閃で霧散させ、糸を断ち切る。

 

「ゴースト、大丈夫!?」

「う、うん」

 

 倒れるゴーストを助け起こすフォスに、槍を手に一体の月人が襲い掛かるも、邪魔だとばかりに槍ごと斬り捨てられた。

 

「先生、今です!!」

「ッ!!」

 

 そのままゴーストを抱えて雲から飛び降りるフォスの声に、金剛先生は我に返って雲と、穴の奥にいる何か……光る眼に向けて攻撃を放った。

 いくつのも光の筋が衝撃波を纏って雲に襲い掛かり、ただの一撃で雲は霧散させる。

 

「お見事です! さっすが先生!」

「いや、手応えがなかった。奥にいた方は逃がしたようだ」

「そうですか……それにしても」

 

 グッと拳を握る金剛先生の腕には、ヒビが入っていた。

 その意味するところを察し、フォスは目を見開く。

 

「先生それは……? まさか、自分の体を削って攻撃に?」

「見えた、のか。ああ、少し慌てててな。やり過ぎてしまった。皆が真似するといけないから、二人とも秘密にな」

『はい』

「……特にフォス、お前は絶対に真似しないように」

「はーい」

 

 苦笑して見せる先生だが、内心では自分の攻撃の正体を見極めたのだろうフォスに舌を巻く。

 彼の腕に抱かれたゴーストは、恐怖かそれ以外によるものか頬を紅潮させながら、微笑んだ。

 

「先生、ありがとうございました。つい……」

「ゴースト」

 

 だが、フォスの口から漏れた低い声にビクリと体を震わせた。

 

「どうしてあんな無謀なことを? 僕や先生が間に合わなかったら、どうする気だったの?」

「その、ごめんなさい……」

「フォス、それくらいにしておきなさい。それに無謀云々はお前も言えた義理ではないだろう」

「はい……」

 

 考え無しに突っ込んだためか、この言葉はフォスにも効いたようだった。

 二人してへこむフォスとゴーストを安心させるように、先生は意図して笑顔を作った。

 

「……とにかく、二人とも無事でよかった」

 

 微笑みながら、しかし一瞬迷った自分に自己嫌悪する。

 自分は一瞬、他の宝石たち全ての安全と、自分の都合を天秤にかけたのだ。

 

「…………」

「へへへ」

 

 だがフォスは、そんな金剛先生の内面など露知らず、今までとは違って嬉しそうに笑った。それは、金剛先生が良く知るフォスフォフィライトの笑顔そのままだった。

 

「どうしたの、フォス。なんだか嬉しそう」

「うん、やっぱり先生は優しいなあって!」

 

 その言葉が、金剛先生の心に軋むような痛みを与えているとは気付かずに、フォスは微笑む。

 

「やっぱり、先生は僕らにとって……」

 

 *  *  *

 

「先生は僕らにとって、『父』ですもん!」

 

 薄荷色の宝石が何を言ったのか、金剛含めウェントリコススやアクレアツスも、そしてクロも理解できなかった。

 

「父……父親、ということか? ……私が、か?」

「え、だってそうでしょう?」

 

 金剛先生の問いに、フォスは逆に首を傾げた。

 

「僕たちにこうして綺麗な顔をくれて、色々なことを教えてくれて、守ってくれる。そういう人のことを『父』って言うんでしょ?」

 

 それはクロの記憶から垣間見た、彼の父の在り方だった。先代ゴジラは人間を憎んだが、こと同族のことは直接血が繋がらずとも深く愛していた。

 その姿を、フォスは先生と重ねているのだった。

 

「ふ、ふふふ」

 

 堪えきれないとばかりに、アクレアツスは笑いだした。

 

「なるほどなるほど、それは確かに。金剛殿は宝石たちの父君、というワケですな!」

「ま、そうと言えなくもないか」

 

 弟の言葉に苦笑しつつもウェントリコススは頷いた。

 彼らにしても、フォスの言う父親像はしっくりくるものだった。正気を失いゆく中でも彼らの父がそうだったから。

 

「しかしフォスにとっての父親は、てっきりクロ殿かと思っておったが」

「クロだって父みたいなもんだよ。それとも父が二人いちゃいけないの?」

「いけない、と言うことはないな。むしろ、かように立派な父上が二人もいるおまえは、幸せ者じゃ」

「違いありませんな」

 

 フォスとアドミラビリスの姉弟は和やかに笑い合い、クロですらも苦笑いするような気配を見せる。

 

「父親、か……」

 

 だが金剛先生は只々呆然としていた……。

 

  *  *  *

 

「先生?」

 

 再び、金剛先生はフォスの声で思い出から引き戻された。

 フォスとゴーストは、並んでこちらを見上げている。

 

「どうされましたか? やはり、腕が……」

「ああ……大丈夫だ」

 

 割れかけた腕を僧衣で隠し、金剛先生は微笑んだ。

 

「それより、早く戻らねばな。皆を安心させてやるとしよう」

『はーい』

 

 手を上げて子供っぽく返事をする二人に、自然と笑みが大きくなる。

 

「……すまなかったな、二人とも」

 

 小さい呟きは、すでに学校に向けて歩きだした二人には届かなかった。

 

「父親、か」

 

 フォスは自分を父親と呼んだ。だとすれば、なんと至らぬ父親だろうか。

 あの一瞬、自分は二人のことよりも解放を望んでしまった。浅ましいことだ。

 ゴジラが無償の愛をフォスに注いでいるのに対し、自分の愛は孤独を恐れての、単なる欲では……。

 

(億年の孤独を埋めてくれた。守る理由など、それだけで十分だ)

 

 甦るのは、フォスの口を借りたクロの言葉だった。

 詳細は省くが、金剛もまたクロと同じだけの時間を孤独に過ごした……いや、いくらかは短いが誤差の範囲だろう。

 そういう意味では、あの怪獣は金剛の孤独を、向こうがそうとは欠片も思わずとも唯一共有している相手だった。

 

「そうだな……」

 

 誰にともなく、金剛は呟いた。

 最初は、同じ理由だったはずなのだ。

 同じ理由で、宝石たちを守り導いていたはずなのだ。

 だがいつしか、自分の境遇に苦痛を感じ、宝石が月に連れさらわれるのすら慣れはじめていた。

 悲しみはある、苦しみもある。だが、それが何度も繰り返されるうちに『いつものこと』と思うようになってしまった。

 なるほど、怪獣王に責められるワケだ、と自嘲すると同時に、ストンと自分の心のどこかが腑に落ちた。

 

(私はやはり、宝石たちを愛している……始まりが我欲だとしても、呉爾羅(ゴジラ)とは違う形だとしても。それでも、確かに)

 

「先生ー! 早くー!」

 

 フォスが振り返って手を振っていた。

 そのすぐ先にはゴーストが首を傾げ、さらに向こうからダイヤやボルツたちが駆けてくる。

 

「ああ、すぐに行く」

 

 彼らのもとに歩みながら、金剛先生は思った。

 

(怪獣よ。怪獣の王よ。願わくば、いつか自分に終焉という救いをもたらしてほしい。だがその時には、この美しい宝石生命体たちにどうか平和な未来を……)

 

 風を受けて颯爽と歩く金剛先生……正式名称を金剛大慈悲晶地蔵菩薩。

 かつて人間の手によって生み出された機械の内に、そんな欲望が芽生え始めていた。父親とは、子供の幸せを願うものだから。

 

 そこに宝石と怪獣の狭間に立つフォスフォフィライトの幸せが含まれていることが、良いことなのか、悪いことなのか。

 その答えはきっと、彼を作り出した人間にもわからないだろう……。

 




フォス
割と相手によって無意識に態度変えてる系の宝石。
クロや先生のことは『保護者』と思っているので甘えますし生意気を言いますし、シンシャやゴーストは『守るべき相手』として見ているので、男の子っぽい面が強く出ています。

クロ
今回表明したスタンスは、あくまで冬時点でのもの。今はアレキにラドン細胞があることが分かって、宝石守護のモチベーションがちょっと上がってます。

金剛先生
原作とはちょっと違う意味で宝石たちに情が湧いています。

ウェントリコスス&アクレアツス
実はアクレアツスも先生への好感度は割と高めだけど、終始先生に塩対応なのは姉への愛>>越えられない壁>>>先生への好意だから。

ゴースト
命の匂い、気配を感じ取れる。
今回、感じ取ったのは……?

穴の奥にいた物
前に出番をなかったことにされたが、やっと出番がやってきました。
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