孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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煙水晶は人知れず救われていた

 それはクロことゴジラが目覚めるよりも前のこと。

 アドミラビリスの王が降ってくるよりも前のこと。

 

「…………」

 

 雨が降るある日、ゴースト・クォーツは図書室の椅子に腰かけていた。

 だが手は震え、目の焦点が合っていない。

 

「…………」

(おい、しっかりしろ)

 

 『もう一人』の声が聞こえるが、頭の中のそれすら遠くに聞こえた。

 雨と風の音ばかりが、大きく聞こえる。

 

 『もう一人』が夢の中から持ち帰った情報。

 それは彼が因果によって結ばれているという月の王子から聞き出した月で……月で、宝石たちがどんな目に遭っているか。

 

(気持ちは……分かる。よく、分かる。でも落ち着け)

「落ち着け?」

 

 フラフラと立ち上がったゴーストは、そのまま歩き始めた。

 

「ラピスやみんなが()()()()に合わされて……それで落ち着け?」

 

 ピシピシと体にヒビが入っていく。

 彼の管理する長期休養所に並べられた棺のような箱には、月にさらわれた宝石たちが眠っている。正確には月人が取りこぼした宝石の一部、そして()()()()()宝石の欠片たちが。

 そこは宝石たちにとって淡い希望の場所だ。いつか、仲間たちを取り戻せるという儚い望みが籠った場所だ。

 だがその希望も、文字通り塵と消えた。

 

(おい! あいつらも言ってたろう、宝石たちは死んではいないって!!)

「死んで、ないだけでしょう……二度と戻れないなら、死んでいるのよりも酷い」

 

 ずっと見守ってくれたモスラとバトラの言葉さえ、もはや慰めにはならない。

 本棚の影に隠れたその身体に何匹もの黒い発光妖精が停まり、まるで死に装束のように見えた。

 

「もういい……もう、どうでもいい」

 

 疲れた。

 届かない祈りになど意味はない。このまま消えてしまいたい。

 自分の首を掴み、力を籠める。

 首が嫌な音を立てて、軋んでいく。

 

(お、おい……!!)

 

 慌てたように金と黒の発光妖精の群れがやってくるが、現実世界のゴーストに影響を及ぼすことはできない。

 この頃のモスラとバトラは、まだ力を取り戻しておらず、朧気な影のような物に過ぎなかった。

 

「ごめんね、みんな……」

 

 ゆっくりと目を瞑り、ついに首が折れようとした時だ。

 

「おーい、ゴーストー。いるー?」

 

 能天気な声が聞こえた。

 

「いないのかな? おーい、ゴーストー」

 

 薄荷色の末っ子、フォスフォフィライトの声だった。

 半ば反射的に、ゴーストはヨロヨロと声の方に向かう。

 図書室の入口に戻れば、やはりフォスがいた。そのまま気配を消し、彼の後ろに立つ。

 

「ゴーストー……」

「なにか御用?」

「うぉわあああ!?」

 

 凄くビックリした様子の彼に、こちらも顔には出さないが少し驚いてしまう。

 なにが驚くってフォスが自分の声で少しピシッてることだ。

 

「はー、はー……お、脅かさないでよ!」

「ごめんなさい。つい、ね。それで御用は?」

 

 先ほどまで自分を砕こうとしていたことをおくびにも出さず、ゴーストは微笑んだ。ワザワザ来てくれた者を怖がらせることもないだろう。

 

「ええとさ、色々と本が読みたいんだ。この浜のことが分かるやつ」

「へー」

 

 あまり交流のない相手だが、聞く所によると、妄想のお友達と話す癖があり、あまり勉強熱心な宝石ではないらしい。それがどういう風の吹きまわしか。

 

「それで、どんな本がお好み?」

「えっと……うん、そうだね」

 

 考え込む様子のフォスは、ややあって頷いた。

 どうも噂の頭の中にいる友達と話しているようだ。皆が気味悪がっていた。

 

(……それは僕も同じか)

 

 自分の中にいる『もう一人』のことはラピスや金剛先生たちは知っているが、二体の巨大蛾については話していなかった。

 

「できるだけ、簡単なのでお願いします」

「そうね、それじゃあ、生まれて三年目向けの物を……」

「さ、三年目ね。うん、ぼ、僕は良いんだけど、クロには、ね……」

 

 目が泳ぎまくっている。

 

「……一年目にしておきましょう」

「そうして! いやー、僕は三年目でも余裕なんだけどね! クロがね!!」

 

 胸を張り、ついでに見栄を張りまくっている。

 自分の中にいる『もう一人』が呆れているのが分かった。

 

「それで、クロっていうのが、あなたの友達?」

「うん、大きくて、強くて、優しい友達さ!!」

 

 堂々と、フォスは言い切った。そこには葛藤や逡巡はない。

 彼にとって、それは疑いようもないことなのだ。

 その目が眩しくて、何だか目を背けたくなった。

 

 とにかく、こうしてフォスの勉強会が始まった。

 少しすれば、勉強しているのが実際にはクロなる相手ではなく、フォス自身であることが分かった。

 クロはフォスの集中力が薄れれば素早く彼の興味を引く部分を提示し、フォスの興味が脱線すれば敢えてそれを訂正せずにさらなる好奇心を引き出し、また自分が教えてもらっているという形にすることでフォスの自尊心を満たし、そしてそれらを忍耐強く繰り返していた。

 まったく、クロはこの移り気で集中力のない宝石にとって、素晴らしい教師だった。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 やがて日が暮れ始めた頃、フォスは本を閉じた。

 

「はー……僕、こんなに本読んだの初めてかも」

「ふふ、お友達は満足したかしら?」

「うん。大分ね」

 

 それは多分、フォスが少し賢くなったことに対してだろうと、ゴーストは思った。

 なんにせよ、最後の仕事としては上々だ。これで心置きなく、眠ることができる……。

 

 だが一瞬、本当に一瞬、フォスの背後に影が見えた。

 余りに巨大で、強く、影だけでもむせ返るほどの生命力に満ち、そして闇夜のように真っ黒だった。

 

「……!!」

 

―ゴジラ……!

―ゴジラ……!!

 

 二体の巨大蛾が、驚愕しながらも、その名を教えてくれた。

 

(まさか、これが……フォスの言ってる、クロ!?)

(こ、こんな奴が友達だと!?)

 

 モスラたちの影響で、その存在を感じ取ってしまったゴーストと『もう一人』は唖然とする。

 フォス越しに朧気な気配を感じているだけなのに、体内のインクルージョンが悲鳴を上げているような錯覚に陥る。

 

「ゴースト?」

「……!」

 

 だがその幻影は、フォスが声をかけると消えてなくなった。

 

「な、なに?」

「明日もまた来ていいかな?」

「……明日?」

「駄目かな?」

 

 自分では可愛いつもりで首を傾げるフォス。

 モスラたちは言う。この子を監視すべきだと。

 『もう一人』は言う。こいつには近づかない方がいいと。

 ゴーストはややあってから、そのどちらにも従わずに答えた。

 

「うん……待ってる」

 

 モスラたちの言うように四六時中監視するつもりも、『もう一人』の言うように避けるつもりもなかった。ただ、図書室管理の宝石として、彼と会うだけだ。

 それを最後に、今度こそ自分を終わらせるために。

 だが、次の次の日も、そのまた次の日も……フォスはやってきた。

 

  *  *  *

 

「それで、前回の襲撃についてだけど……」

 

 時は流れ、現在。

 真ん中で白と青に分れた髪、左右の目もそれと同色のユークレースは、アレキサンドライトの部屋を訪れていた。

 彼の仕事は書記であるが、同時に月人の出現の傾向を探り、それに合わせて見回りの計画を立てることもだった。

 

「アレキは、どう思う?」

 

 静かな声でたずねると、部屋の主であるアレキは深く息を吐いた。

 

「手ぬるいわ。とても本気だったとは思えない」

「久し振りの三器同時襲来なのに?」

 

 ユークレースの言葉は疑問形だが、本人も釈然としていないようだった。

 

「三器出すことまではいい。そこで黒く窄まる新形態の披露し、訝しんで近づいた宝石を連れ去る……っていうのも分かる。実際それでゴーストは連れていかれそうになった……でも」

「でも、フォスを捕まえるにしては、あんまりに不自然、かしら?」

 

 アレキが目を見開くと、ユークレースは余裕たっぷりに微笑んだ。

 

「……僕にも、それくらいは分かるよ」

「まあ、そりゃあそうよね」

 

 溜息をついたアレキは後頭部をかく。

 この頭のいい宝石が、フォスの脳内友達のクロと、ゴジラの関係に気付かないはずがないのだ。そしてそうなれば、月人の狙いもおのずと見えてくる。

 

「月人がフォスを狙っているとすると、まず邪魔になるのは金剛先生よね」

「次に、他の宝石たち。だから普通ならフォスが一人でいる時を狙うはず。……でもそうしなかった」

「偶然、ということは考えられない? ……うん、僕もそうじゃないのは分かってる。向こうだって三器同時に襲撃すれば、金剛先生が動くことが分からないほど、お粗末な頭じゃないはず」

「となると、考えられるのは……」

「こっちの動きを探るための様子見、とか?」

 

 会話の最後に割り込んできたのは、アレキでもユークでもなかった。

 二人が視線を向けると、いつの間にか鮮やかな黄色に輝くオカッパ頭の宝石、最年長のイエローダイヤモンドが部屋の出入り口に立っていた。

 

「よう。お兄様もお話しに混ぜてくんない?」

「イエロー……」

「心配すんなって! ……フォスのことはまあ、何と無しに察してる」

 

 にこやかだったイエローは、しかし不意に表情を引き締めた。垂れ目に、強い意思が浮かんでいる。

 歴戦を感じさせるゾッとするような顔だった。アレキとユークは、顔を見合わせ、彼にも話しに加わってもらうことにした。

 この最年長は、最年長らしからぬ軽い性格だが、しかし非常に仲間想いなのだ。

 

「様子見、と言ったわね」

「そ、大量に戦力を送り込んだら、こっちがどう動くか。金剛先生はどうするか。そしてフォスがどういう風に考え、動き、戦うか」

 

 アレキの問いに、イエローは頷いた。

 そんな風に持って回った……遥か昔のにんげんの言葉で言うなら戦略的な動きを月人が見せるのは、彼らの知る限りほとんど初めてだった。

 原因は分かっている……ゴジラだ。あの怪獣は、宝石たちだけでなく月人側にも変化をもたらしているらしい。

 ユークは顎に手を当てて少し考える。

 

「少し整理してみましょう。まず月人の狙いはフォス。これに間違いはないんだよね?」

「多分」

 

 アレキが頷くのを待ってから、ユークは言葉を続けた。

 

「そして前々回の襲撃で月人はシロ……六本腕と強面を送り込んできた。その目的は、六本腕による陽動と、強面によるフォスへの集中攻撃。これは失敗に終わった」

 

 その言葉を、アレキが継ぐ。

 

「前回は三器同時襲撃による攻撃。宝石をさらうこと自体は失敗。でもこれが情報収集目的だとするならば、成功したことになるわ……」

 

 最後にイエローが締める。

 

「強大な個体での連携は他の宝石に邪魔され、大軍での襲撃は金剛先生が動くから論外。ある程度情報も集まって、次に打ってきそうな手は……」

 

 三人は顔を見合わせたが、それは余り良い表情ではなかった。

 正攻法で駄目なら搦め手で、というのはいかにもありそうな話だ。

 

「なあ、今のフォスは相当に強い。そう簡単に砕かれたりはしないはずだ」

「第一、あいつだってヤバければ助けを呼ぶわ。最悪の場合、ゴジラが出張ってくる。それは向こうも分かっているはず」

 

 イエローとアレキは確認するように考えを口にした。

 実際にはゴジラを動かし枯死を早めることも月人の狙いに含まれていたが、彼らにはそれを知る由もなかった。

 

「だから、月人はフォスが最も冷静さを失う瞬間を狙うはず。十分に力を発揮させず、ゴジラや金剛先生、他の皆に助けを呼ぶ、という選択肢を取れなくするために」

 

 ユークの言葉を最後に、三人の間には痛いほどの沈黙が流れた。

 お馬鹿だが優しく、仲間想いの末っ子が冷静さを失うほどに激昂する瞬間。それは前回の襲撃で向こうも知ったはず。

 ゴーストを助けるために、駆けだした彼を見て。

 

「……仮にこの推論が正しいとして、じゃあ誰を狙うかって話だ」

「理屈の上では誰だっていいはずよ。フォスは誰が傷ついたって、絶対に怒るわ。それでも最大の効果を期待するならフォスと仲が良い奴でしょうね……」

「それに狙い易い宝石がいいはずよ。例えば孤立しているとか……」

 

 三人の頭に浮かんだのは、おそらく同じ宝石だった。

 フォスと特に仲が良く、その体質故に孤立している、あの深い朱色の宝石。

 

「だとしてもだ。シンシャを攻撃して……そう簡単にいくか? アイツの強さはみんな知ってるだろう」

 

 イエローの言う通り、シンシャの毒液は月人を容易く霧散させる。

 だがユークは首を横に振った。

 

「フォスが考え無しに突っ込む、っていう状況を作れさえすればいいんだよ。月人の狙いはあくまでフォスなんだから」

「……もっと恐ろしいのは」

 

 さらにアレキも顔をしかめていた。

 

「月人が、毒液の防御法を見つけていたら?」

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 その日、フォスは海を眺めていた。

 肩にはガルーダが乗り、頬ずりしている。

 その顎を撫でてやりながら、フォスは一人思いに耽っていた。

 フォスもまたアレキから、前回の襲撃の奇妙さを教えられていたからだ。

 難しいことを考えるのは苦手なフォスのこと、それがどういうことかは見当もつかない。

 

「大丈夫だよ、ガルーダ」

 

 眉間に皺が寄っているのを心配してキュルキュルと喉を鳴らすガルーダを安心させるように微笑んだ。

 抱え込むな、というパパラチアの言葉もまた、脳裏をよぎる。

 

「皆に一度、相談するか……」

「なにを?」

「うわあああ!?」

 

 急に真後ろに現れたゴーストに、フォスは驚いて変な声を上げた。ガルーダも驚いていた。

 

「ご、ゴースト! 脅かさないでよ!」

「ごめんごめん。それでさ、フォス」

 

 ゴーストはフォスの顔を覗き込んだ。

 

「僕と、組んでくれる?」

 

 最近、ゴーストはよくこの話をする。

 だがフォスを悩ませているのは、やはり月人が自分を狙っていることだった。

 結局ボルツとのコンビも解消してしまったし、どうしても足踏みしてしまう。

 

「僕を巻き込みたくないから、迷ってるの?」

「……よく分かるね」

「まあね。ねえ、巻き込むなんて、今更だよ」

「それは、そう……?」

 

 何だか、前にも似たような会話をした気がする。

 でもそれが何時だったのか、思い出せない。

 妙に引っ掛かる物を感じたフォスだったが、急にガルーダが甲高い鳴き声を上げ、現実に引き戻される。

 

「ゴースト!」

「うん……見えてる」

 

 二人が見上げる先では、青い空に黒点が広がっていく。

 かなり遠い位置だが、その下にあるのは虚の岬……すなわち。

 

「シンシャ!!」

 

 脇目も振らずフォスは駆けだした。

 その背中を見つめながら、ゴーストは少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「やっぱり……シンシャが一番、か」

 

 それから、金剛先生を呼ぶために身を翻した……。

 




どうも、夏バテと忙しさのダブルパンチで遅くなりました。
……ええ、最新話は読みましたよ。色々ショックでしたよ。
そしてこの小説では草原でフォスが起きる冒頭のシーンがああなっているワケで。何の因果なんでしょうね、本当に。

にしても怪獣プロレスが求められているのは理解していて、作者も求めているのになかなか辿り着けない。


今回のキャラ紹介

ユークレース
硬度:七半
靭性:不明
仕事:書記
愛称:ユーク

頭脳労働が得意な青と白の宝石。
おっとりした性格で、見回りの計画立案や天気予報などもしている。書記という仕事もあってジェードと共にいることが多い。
体は硬度に比べ壊れやすく、戦闘は不得手。
年長者の一人で頭脳派なだけあり、フォスの秘密も察していた。



イエローダイヤモンド
硬度:十
靭性:二級
仕事:見回り
愛称:イエロー

最年長にして最速の黄色い宝石。みんな大好きイエローお兄様。
宝石たちの中では最も長く生きており、大凡四千歳。
ダイヤモンド属だけあって戦闘力も高いが、特筆すべきは稲妻と見紛う俊足。
軽い性格と言動をしているが、今までに何人もの相棒を失っており、内面はどこか鬱屈としている。しかしとても仲間想いであり、他の宝石たちからも信頼されている。
伊達に長生きはしておらず、フォスとゴジラのことも察していた。
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