その日は、ガルーダの面倒はフォスが見ているので、シンシャは少し寂しく思っていた。
だからか、何と無しに岬から空を見上げていた。
そう言えば、以前はこうしていることが多かったと思い出す。……月人が、自分を月に連れて行ってくれるのではないかと思っていたのだと。
金剛先生ですら、仕事を与えてもらえなかった自分。毒液で何もかもを腐らせてしまう自分。そんな自分でも月でなら必要としてもらえるのではないかと。
「バカバカしい」
しかし、実際には月人ですら自分の前に現れたことはない……。
溜息をついてから、洞窟に戻ろうとした時だ。
空に、黒点が現れた。それも二重の。
周囲に宝石の姿はなく、自分だけだ。
「…………はっ!」
目を見開いたシンシャは、一瞬、笑ってしまいそうになった。
あれほど待ち望んでいた月人の襲来が、今は単なる脅威としか思えなかった。
フォスがいてくれるから。ガルーダがいてくれるから。
今の彼は、あの二人との時間に満たされる何かを感じていた。
「今更、月にはいけないな!」
空に現れたのは……部屋だった。
机と椅子のある部屋が空中に現れたのだ。奥にはカーテンの揺れる窓まである。
「何が出てきたか知らないが……そんなのに釣られると思ってるのか?」
いくらなんたって、怪しすぎる。どこぞの硬度三半ですら、ほいほいと入っていきはしないだろう。
様子を伺っていると、その部屋は急にしぼむようにして消えていく。
「…………」
シンシャは訝しみつつも、守りに入らず先手を打つべきだったかと思考した。
と、消えゆく雲から何かが飛び出てきた。
小さなそれは地面に落ち、コロコロと転がってくる。それから距離を取りつつよくよく見れば、それは小さな宝石の欠片だった。
拳ほどもない小さな赤い輝きは、ルビーのように見えた。
「…………」
シンシャは不用心にそれに近づいたりはしなかった。
しなかったが、それが不意に爆発したことには目を見張り、その間にさらにいくつもの宝石の欠片が足元に転がってくるのを許してしまった。
「ぐッ……!」
ルビー、サファイア、トパーズ、ブルーゾイサイト、ヘリオドール……今までにさらわれた宝石たちの欠片が次々と炸裂する。
咄嗟に毒液で幕を張って防御するが、細かい破片が膜を突き破ってくる。
悲しいかな硬度二の体は、小さな破片でさえヒビを入れるには十分だ。
「シンシャ!!」
そこへ、フォスが駆けてきた。
「シンシャ、大丈夫? ……これは? みんなの欠片?」
「フォス、か……待て!!」
だがフォスが現れた瞬間、地面に落ちた欠片がさらに爆発する。
咄嗟に両手足を強化して体を庇うも、胴体の一部に破片が突き刺さる。
「な、んだ、これ……!!」
疑問に思ったのもつかの間、空から手のひらに収まるほどの大きさの宝石の破片が無数に振ってくる。
「ッ!!」
シンシャは、咄嗟に大量の毒液を噴射し、自分諸共フォスをドーム状に包み込んだ。
次々と宝石の破片が爆発し、その破片が毒液の膜に突き刺さる。さっきよりも厚い膜は爆発を防いでくれた。
「しかし長くはもたない……フォス、無事か?」
「う、うん。これは……」
かつてフォスが話していた、アンタークが撃破したと言う新式月人が載せていた爆発するピンクフローライト。この破片はその同類だろう。
それに気付いたフォスは、怒りに顔を歪める。
「あいつら……! 仲間の身体をこんなことに……!!」
「今はこの場を切り抜けることに集中しろ」
「……分かった」
激昂しかけるフォスだが、冷静なシンシャの言葉に頭を冷やす。
だがそう言っている間にも爆発は続き、今にも幕が突き破られそうだ。
「このままじゃジリ貧だ……!」
「さっきゴーストと別れた。多分先生を呼んでくれると思う」
「なら、根競べか……!」
脇腹に突き刺さった破片を抜いてそこらへんに捨てたフォスの言葉に、シンシャは毒液をさらに放出する。
毒液を吐き出す姿を見られるのは、余り気分の良いものではなかったが、仕方がない。
フォスに毒液が掛らないように用心しながら、膜をさらに厚くしていく。
「ッ!」
「どうした?」
だが急に顔をしかめたフォスに問えば、薄荷色の宝石は怒りと困惑に顔を歪めていた。
「まずい……! ゴーストたちも襲われてる!!」
* * *
時間はいくらか遡る。
ゴーストは金剛先生に月人襲来を報告するために草原を走っていた。
だがふと気づくと、真横を銀色の影が飛んでいることに気が付いた。フォスの分身、ガルーダだ。
「ついてきちゃったの?」
ガルーダは甲高い声を上げた。
幼いにも関わらず、小翼竜は自分がいてはフォスとシンシャの足手まといになると察していたらしい。
(どこぞの硬度三半よりは身の程をわきまえてるな)
「やめてよ、そういう言い方」
辛辣な『もう一人』の物言いにムッとするが、すぐにガルーダの甲高い鳴き声にハッとなる。
前方の空に、黒点が現れたからだ。
(……いつもより念入りなことだ)
もともと、シンシャのいる虚の岬は浜の南端に位置し学校から離れている。そこを襲い、さらに岬と学校の間にもう一器配置して、フォスたちを他の宝石から分断しようという魂胆だろう。
「逃げるのは無理、か」
すでに黒点から現れた月人は、こちらに向けて弓矢を構えていた。
無数に飛んでくる矢を愛用の大鎌で弾き、相手の隙を伺う。
(耐えろよ、いずれ隙はできる)
「分かってる。でも、なんて密度……!」
もう一人の声に応じつつ鎌を振るうが、弾いても弾いても矢が飛んできて、手足をかすめる。
このままでは遠からず受けきれなくなって粉々にされてしまう。
「ねえ、もし僕が砕かれたら、フォスを……!」
(悪いが俺はあの馬鹿の面倒を見るなんて御免だ。生き残れ)
「まったく、言ってくれて……!!」
その時、甲高い鳴き声と共に銀色の影が月人に襲い掛かった。ガルーダだ。
小翼竜は指先から鋭い爪を露わにし、雑の顔を切り裂く。
霧散されるには至らないものの、本来、眼下の宝石を射ることには慣れていても飛び回る相手との戦いなど経験していないのだろう雑たちを混乱させるくらいはできた。
「敵の連携が崩れた!」
(フォスよりも使えるな、あいつ)
この機を逃さず、ゴーストは高く跳んで雲に飛び乗ると、大鎌を振るい、雑を切り伏せ立像に向かっていく。
周囲の雑が槍を手に向かってくるが、ガルーダが爪を振い、牙を立ててその邪魔をしてくれた。
幼く小さくとも、彼は最強生物の因子を受け継ぐ立派な戦士だった。
「これで……おしまい!!」
そして立像に向け鎌を振りかぶった時、ガルーダがさらに警戒を促すように鳴いた。
ハッとなって飛び退くと、そこに鉄アレイ型の鈍器が叩き付けられた。
「……!」
風圧だけで、体の表面が震える。
そこに立っていたのは、ゴーストの三倍は背丈のある月人だった。
鎧を着ているかのような筋骨隆々とした体躯に、凄まじい強面だ。
「こいつは……」
(ボルツたちが言ってた奴だな。だが聞いていたよりもデカいぞ)
フォスよりも大きい程度だったという話だが、別個体なのか、前は本気を出していなかっただけか……いずれにせよ、難敵には違いない。
うなりを上げて迫る強面が手に持った鉄アレイをよけ、鎌を振るうも容易く武器で防がれる。そればかりか、鎌の重さを物ともせずに弾き飛ばされる。
体勢を立て直して雲の上に着地したゴーストだが、すでに他の月人たちが弓矢をこちらに向けていた。
(まずいな)
「うん、かなり」
無数の矢が、ゴーストに襲い掛かった……。
* * *
ガルーダの見ている物を朧気に感じ取ったフォスは焦っていた。
今すぐにでもゴーストを助けにいきたいが、この状況では……。
「まずいな。本当にゴーストが襲われたなら、先生たちが気付くのも遅れるぞ」
シンシャは毒液を放出し続けているが、途切れない爆発にドームがどんどんと薄くなっていく。
「フォス、こうなったらクロに動いてもらえるか?」
「………うん、頼んでみ……?」
少しだけ悩んだ末にクロにSOSを飛ばそうとした時、視界の端に薄荷色の光が映った。
最初の爆発で欠けた自分の欠片だ。
自分の欠片が、一人でに動いている。
いやよくよく見れば、それは何か小さな物に抱えられていた。三角形で細い手足が生え、まん丸な目玉まで付いた姿は、まるで落書きのようだ。
そいつがフォスの欠片を掲げ、そそくさと毒液ドームから逃げ出そうとしているのだ。
だがフォスの目を引いたのは、そいつがフォスの欠片を持っていたこと……ではなく、シンシャの欠片を避けて歩いていることだった。まるで汚い物に触れまいとするかのように、近づかないようにしている……。
「…………」
グシャリ、とフォスは無言でそいつを叩き潰した。
それが何かなどどうでもよかった。ただ、腹立たしかった。
シンシャが一瞬それを見て、悲しそうな諦めたような目をしたのを見たから。
「……クロ」
そして改めて、最強の味方である怪獣王に思念を飛ばす。
クロはすでにフォスの危機を察知し、この近海にまで浮上していた。
彼の視界を通して、虚の岬の上空に月人の雲が陣取っているのが見えた。こちらからは手が出しようのない高度から、爆発する宝石をばら撒いている。姑息な連中だ。
「やっちゃって!!」
そして、怪獣王は海面を割って姿を現すと、背びれを光らせた。
体内のエネルギーが口腔に集まり、一拍置いてから口から熱線として吐き出される。
青い熱線は狙い違わず、月人の雲に命中……だが!
雲が一瞬輝いたかと思うと、熱線がクロの顔に戻ってきた。
ダメージはないものの、フォス共々これには驚いた。
見れば、月人の雲の正面に巨大な鏡が浮かんでいるではないか。雲を完全に隠してしまうほどに大きいそれは、もちろんただの鏡であるはがない。
表面の輝きはダイヤモンド属のそれだ。ダイヤの欠片をびっしりと敷き詰めた、大鏡なのだ。
「な……!!」
「どうした!?」
「鏡、みたいなも物でクロの熱線をはじき返した!! ……多分、ダイヤモンド属を使った奴だ!!」
「ダイヤの……鏡だと!? だが……!!」
そうしている間にも、爆発は続く。
ついに幕の一部が破られると、あの小さな月人?が雪崩れ込んできた。丸、三角、四角、様々な形の小月人たちはシンシャに構わずフォスに群がってくる。
クロの熱線を見れば、宝石たちも異常事態に気付くはず。それは月人たちも承知で、即効で片を付けにきたのだろう。
「しまっ……!」
いったん憑りつかれてしまえば、シンシャにはどうしようもない。手で払うには硬度二の身体は脆く、毒液はフォスを穢してしまう……。
* * *
一方で、大鏡に守られた上空の雲に乗った月人たちは余裕に満ちて……とはいかなかった。
鏡が熱線に対してどれほどの防御力を発揮できるかは未知数だったし、正直に言えばゴジラが撃ってくること自体が予想外だった。
この鏡は科学者のバルバタが古い資料から見つけた『スーパーX2』なる何かに搭載されていたと言う兵器を、不完全ながらも再現した物だ。
月人たちの感覚からすれば、馬鹿げているとしか言いようのない物だが、上手く機能してくれた。
「…………」
多くの者がホッとしてから宝石爆弾とそれに紛れた丸や三角の小さい月人……分子構造パズルゲームの駒の変異体をばら撒く。それは高高度からの爆撃だ。
リスクを負わず、相手を一方的に攻撃できる良い手だ。後は金剛が来る前にパズルがフォスフォフィライトの欠片を持ち帰るなり、完全に砕いてしまうなりすれば、この憂鬱な任務も終わりである。
これで念のために用意した
なにせ
雑たちは、いつも通りの笑みを取り戻して宝石爆弾をばら撒く。
だが一体の雑は、無表情を崩さずにいた。
「…………」
その視線は、遥か眼下の毒液のドームを睨みつけていた。ドームの中にいるフォスフォフィライトが、そして沖にいるゴジラが、こんな簡単に終わるとは思えなかった。
「…………」
この雑は前回の三器による威力偵察にも参加していたのだがゴースト・クォーツを狙った所でアッサリとフォスフォフィライトに斬り捨てられた。
他の雑たちと同じように、まったくいつも通りに、まるでついでのように。
そのことが、彼女の内に激烈な悔しさと怒りを生んでいた。
奴の存在が自分に刻まれたのと同じように、自分のことを奴に刻み込んでやりたいという、強い欲求……執着が生まれていたが、同時に月への帰属意識と王子への忠誠心でそれを押さえつけていた。
ギリリと奥歯を強く噛むと、その顔には右目から顎にかけて、大きな傷が浮かび上がった……。
お待たせしました。
やっと出ましたファイヤーミラー風超兵器(名称不明)
そして考えても考えても、某蜘蛛が余計になるので、蜘蛛の出番はなくなりました!!
キャラ紹介
分子構造パズルゲーム
役職:なし
性別:なし
月人が対フォス用に送り込んできた小さな何か。
宝石の欠片に擬態し、その爆発と共に正体を現す。小さな体を生かして素早く動き、宝石の欠片を奪うという戦法を取る。
その正体は分子構造パズルゲームなる遊具の駒が変異したもの……完全人工物でAI搭載でもなさそうなのに月人化してるという、色々とよく分からん奴。
欠片一つでも確実に奪えればいい、という今回の作戦にはうってつけ。
傷ありの月人
無に還るという月人全体の大目標とは別に、個人的にフォスに執着する月人。
怪獣になる、ゴジラに近づくということは、こういう奴を引き寄せるということでもある。