「今のは……!」
学校の最上階にある本堂で瞑想していた金剛先生は、海の彼方から伸びる青い光の柱に気が付いた。間違いなく、ゴジラの熱線だ。
「先生!! 大変です。ゴジラが、ゴジラが現れました!!」
「ジェードか。ああ、見ていた」
血相を変えて駆け込んできた議長に金剛先生は一つ頷くと台座から立ち上がる。ゴジラが現れたと言うことは、フォスに危機が迫っているに違いない。
「すぐに鐘を鳴らし、全員を学校に帰還させなさい。私は様子を見に行ってくる」
「先生……!」
だが僧衣の裾を、ジェードが掴んだ。
不安げな顔は、彼らしくない。
「大丈夫、少し見てくるだけだ。皆を頼んだぞ」
「はい……」
歩み去る金剛先生の背を、ジェードと一匹の発光妖精が見つめていた……。
* * *
月人の放つ無数の矢がゴーストに襲い掛かろうとした時、海面から光の柱が昇るのが見えた。
「あれは……!」
(ゴジラの熱線か!!)
一瞬、月人たちの動きが停まる。彼らにしても、ゴジラの出現は予想外なのだろうか。
だがその熱線が何かに弾かれて反射されたように見えた。
全員その場で停止していたが、甲高い鳴き声を上げてガルーダが最初に動き、強面の顔に取りついて爪を立てる。
本来、強面月人の力なら翼竜を叩き潰すなど造作もないはずだ。
だがゴジラ一族から受け継いだ、その執念にも似た闘争心は、一方的な狩りしかしていこなかった強面……セミを気迫という面で大きく上回っていた。
小さくとも、幼くとも、ここにいるのは、怪獣なのだ。
(おい! よく分からないが今だ!!)
もう一人の叫びと共に、ゴーストも動く。
ガルーダが強面を引き付けている間に立像を斬るべく走るが、この時点に至ってようやく残りの雑たちも弓矢を放ってきた。
この際、多少のダメージは仕方ないと、最低限の矢を鎌で弾くにとどめ歩を進める。矢が手足をかすめ、表面が剥がれて内側……黒い水晶が一部露わになる。
「これで……終わり!!」
そしてそのまま、立像に向けて鎌を振るった。
立像は見事に真っ二つになり、次いで霧散……しない!
「新式!」
思えばここにいる月人の目的はフォスを孤立させるために他の宝石や金剛先生を足止めすること。ならば少しでも長く戦える新式を使うのは当然のことだった。
断面の穴からいくつもの宝石の欠片が飛び出してきた。
色とりどりのそれらが、しかし本物ではないことをゴーストは知っていた。
フォスを襲っている小型月人と同質のそれは、次々と爆発を起こしていく。
「あう!!」
咄嗟に飛び退いたものの、爆発はゴーストの身体を容赦なく削り、内側の黒い部分にまで傷を及ばせる。
「ッ!!」
さすがに損傷が大き過ぎ膝を突くと、視界の端に、二発目の熱線が跳ね返されるのが見えた。
あの鏡の前に、フォスたちも苦労しているようだ。……その理由も、ゴーストには分かっていた。
一方、セミはようやくガルーダの首根っこを掴んで引きはがしたが、なおも指に噛みつき食いちぎらんとする
ゴーストでは反応しきれない速度だ。
「ッ!!」
(……ったく。仕方、ないな!!)
その瞬間、無数の影がゴーストとセミの間に割り込んだ。金色の燐光を放つそれは、発光妖精の群れだ。無数の発光妖精が月人たちに纏わりつき、彼等の視界を塞ぐ。
ゴーストの眼前で発光妖精は人型に集まり、やがて一つの像を作り上げる。
「急げ! 俺にできるのは目くらまし程度だ!!」
「十分!!」
それが『もう一人』の声だと気付いたゴーストはすぐに鎌を振りかぶる。
だがセミがそれでもなお、発光妖精の群れを振り払い、ゴーストに向かおうとして……首筋をガルーダに噛まれた。
セミはギョッとそれを見た。小翼竜の体には亀裂が入り、体液を流している。だがこの小さな生き物は痛みを顧みず、僅かな時間を稼ぐために敵に牙を突き立てることを選んだのだ。
だがその行為以上に自分を睨む爛々と燃える赤い目が、セミを恐怖に陥れた。
「いい加減に……終わって!!」
そしてついにゴーストが立像を縦に叩き斬ると、ようやく月人は雲諸共霧散していったのだった。
ガルーダはセミが霧散しきるまで、顎の力を弱めることはなかった。
「ッ!」
地面に落ちたゴーストがよろよろと立ち上がると、発光妖精の群れが集まってきた。次いでガルーダが地面に降り立ち、心配げに鳴き声を上げた。
(おい、平気か? なワケないか)
「当たり前。それよりも……」
見上げると、またしても海の彼方から熱線が打ち上がり、また反射された。
ゴーストは顔を歪めると『もう一人』に問う。
「先生は?」
(こっちに向かってるようだな。だが到着にはもう少しかかりそうだ)
発光妖精を通じて先生の動きを察知した『もう一人』の答えに、ゴーストはさらに顔を焦燥に歪めると、不安げなガルーダの傍に屈みこんだ。
「ねえ、
だが声をかけたのは、小翼竜ではなくその本体に当たる薄荷色の宝石に対してだった。フォスとゴジラは同じ細胞を持っているからお互いに相手の意思を感じ取れる。ならば、フォスとガルーダでも同じことが可能なのではないか?
これは一種の賭けだ。自分はすでに満身創痍、金剛先生は間に合うか分からない。今できるのはゴジラの細胞の力に賭けることだけだ。
「もし聞こえてたら、これから僕の言うことを信じてほしい……」
それを語ることは、ゴーストにとっても葛藤があった。
「月人が持ってくる宝石は……」
(おい!)
「……偽物なの」
『もう一人』の非難する声を無視して、ゴーストは知っていることを伝えた。生命と密接な関係を持つモスラたちと繋がっている自分がずっと前から知っていたことを。
長期休養所に安置された宝石の欠片、それからは命の気配がしない。月人が何等かの手段で作った命を持たぬ宝石なのだと。
それを伝えると、小首をかしげていたガルーダは不意にビクリと体を震わせた。どうやら、フォスに伝わったようだ。
フォスの怒りと嘆きを感じ取って怯える小翼竜を抱き上げ、空を見上げるとまたしても熱線が飛んでいった。だが傍目にも先ほどよりも強大な破壊力があるのが分かるほど強烈だった。
ゴジラは今までフォスの仲間である宝石を壊さぬように力を抑えていたのだろう。
一発目が反射されたが、間髪入れずに二発目……そして三発目に至って、熱線は何物にも阻まれず空の彼方に伸び、そして消えていった。
それは熱線を反射し切れずに、月人の雲が消し飛んだことを意味していた。
だがゴーストの表情は晴れず、むしろ険しさを増していた。
「ゴースト、無事か?」
そこへ、僧衣を風にたなびかせた金剛先生がやってきた。
「先生……はい、今回も何とか」
「すまないな。出遅れたようだ」
傷だらけのゴーストとガルーダを見て申し訳なさそうにする金剛先生の前に発光妖精の群れが降りてくる。
朧気に人の形をとるそれは、しかし不機嫌そうに口をへの字に曲げているのが分かった。
「お前は……」
「こうして直接話すのは初めてですね」
それがぶっきらぼうに声を発すると、金剛先生はゴーストの手足のひび割れから露出した黒水晶を見た。
「そうか、ゴーストの中のもう一人、か……」
「ええ。名前もいただけない、ゴーストのオマケです」
「こら、そういうこと言わない!」
あんまりな言いぐさの『もう一人』をゴーストが咎めるが、当の先生は苦笑していた。
どのような技でゴーストの内部にいる彼がこうして出現しているのかは分からないが、とにかくこうして話せたことは嬉しいようだった。
「そうだな。思えば名無しのままで済ませていたのも私の不徳。後でお前にも名前を贈ろう………ふむ。黒水晶、いや煙水晶か」
「先生。申し訳ありませんが、その件は後で」
不満げな『もう一人』には悪いが、ゴーストは鋭く制止した。
ずっと感じているのだ。以前三器同時襲来の時にも感じた命の気配。だがそれが良い物とは、今のゴーストには思えなかった。
「まだ、終わっていません。フォスに危機が迫っています」
短いけど、構成の都合上更新。
次はフォスたち側の話です。
続きは……近日中には、なんとか。
『もう一人』
発光妖精を介して一時なら実体化できる。
ただしあくまで蛾の集合体なので、できるのは目くらまし程度。
やっと名前が貰えそう。