それは、不意に目覚めた。
海を震わし、空を震わし、星をも震わす咆哮を聞いたからだ。
例え真空の宇宙空間を隔てようとも、その声を聞き逃すはずがなかった。
それは、数億年の永きに渡り待ち続けていたのだ……復讐の時を。
* * *
「少し情報を整理しよう……先日出現した、あの生き物」
「
「……ゴジラについて」
どこか無味乾燥な部屋で、二人の男がテーブルを挟んでいた。
一人は背が高くスーツを着た無感情な美丈夫。
もう一人はそれより少し背の低く、白衣を着て顎髭を生やした男。
だが二人ともその肌も髪も衣服も異様に白く、まるで煙の塊のように見える。
「資料を見つけるのに苦労した。なにせ流星が落ちるより前の物だ……奇跡的に、写しが残されていた」
そう言って、白衣の男はテーブルの上に置いた本を広げた。
「先日確認された
「……バルバタ、そんなことが有り得るのか?」
バルバタなる白衣の男の言葉に、背の高い方が疑問を発した。汗一つかいていない無表情な顔に、僅かに疲れが見えた。
「そもそも、あんな巨大な生き物が今まで発見されなかったのは何故だ?」
「先日、ある海底火山の噴火が確認された。その時はよくある自然現象かと思ったが……」
バルバタは深く息を吐いた。自分の中の常識や理性と戦っているような顔だった。
「資料によれば、ゴジラジュニアと呼ばれていたこの個体は、当時の地球で最も深い海の底、マリアナ海溝で休眠していたらしい。これ仮説だが、ゴジラ……
「そんな馬鹿な……」
「だから言ったろう、仮説だ。ありそうなことを並べただけだ」
バルバタの言葉は、到底不可能なことの連続で驚くより先に呆れが来る。
問題はそんな呆れた仮説への反証がないことだ。
「あの後、ゴジラは?」
「フォスフォフィライトを浜に送り届けた後、沖にある海溝で休眠状態に入ったようだ」
男はいよいよ頭痛を堪えるようにこめかみに指を当てた。
「…………」
「それでどうするんだ、エクメア?」
「その名前で呼ぶのは止めてくれ……恥ずかしい」
エクメアと呼ばれた背の高い男は物憂げに目を瞑った。
あのゴジラなる怪物がフォスフォフィライトを……延いては宝石たちを守護するつもりなら、事態はややこしいことになる。
フォスフォフィライトに対し、エクメアは以前から目を付け、監視していた。自分たち、月に漂着した人間の魂の成れの果て、その悲願を達成する協力者として。
脆く、愚鈍で、取り柄もなく、しかし承認欲求と現状を変えようという意思を抱えている、あの薄荷色の宝石は協力者として最適だった。
時折そこにいない誰かと会話していることも把握していたが、それは認めてくれる相手を求めて作り出したイマジナリーフレンドの類だと思っていた。
だがもし、本当にゴジラとフォスフォフィライトに繋がりがあるとすれば、協力してもらうのは困難になるだろう。
それを確かめるためにも、あと何回かの接触は必要だろうが……。
「どうしろと言うんだ? 星を削る流星に殺せぬ生き物を、我々が殺せると?」
「……殺せはしないが、死を待つことはできる」
バルバタはパラパラと資料をめくった。
「生き物が生き物である限り、活動にはエネルギー源が必要だ。宝石たちなら光、アドミラビリスなら砂と水、そしてゴジラは核エネルギーだ。……どうやらあれの体内には核分裂炉に似た器官が備わっているらしい」
「……核。我らが遠き祖の愚かな所業の一つ、星を焼き毒をまき散らす炎か」
「そうだ。あれと同種の個体は、よく核施設を襲撃して物理的に核物質を喰っていたという」
「なんともダイナミックな話だ」
「だが現在あの星にそんな物は残っていない。あるとすれば天然ウランだが、それも限られる。つまりやがてはゴジラも活動限界を迎える……はずだ」
仮死状態であるならエネルギーはほとんど使う必要もなかっただろうが、今はそうもいかないだろう。いかな怪獣王も飢えには勝てない……おそらくは。
「つまり、あれが飢え死にするまで現状維持に徹するのが一番確実な策、ということか」
「そうなる」
大きく息を吐き、エクメアは立ち上がって窓から外を見た。
窓の外には直線的な文様のような都市が広がり、その向こうに銀色に輝く月の大地が、そして星の瞬く空に浮かんだ青い星、地球が見えた。
「分かった、それでいこう。忌々しい話だが時間だけは無限にある」
ゴジラを何とか利用することも考えたが、上策とは思えなかった。あんな不確定要素の塊みたいな存在はいなくなってくれるのが一番いい。
悲願達成のための計画は、残念ながら次の機会に見送ろう。
街を見渡すエクメアは、ふとその一角に目を止めた。
「あれは?」
「ん? ……ああ、あれか」
隣に並んだバルバタも、それを見た。
数人の月人たちが、壁に描かれた図面に向けて祈りを捧げるようなポーズをとっている。周りが真っ白なのに対し、図面だけ金色なので妙に浮いている。
「最近、一部で流行っているようだ。ある日、高次元にいる存在から啓示を受けたと主張した者が現れた。曰く、高次元にいる超存在に自らを捧げることで救われる、と……一種の新興宗教だな」
「……この後におよんで、神に救いを求めるのか」
痛ましげに、エクメアの表情が歪んだ。
都合のいい神などいないことは、とっくの昔に実感しているだろうに。 それでも救いを求めるのは、人間の愚かさか。
いや、それも仕方がない。
食事、睡眠、排泄、魂だけの月人には必要ない人間としての生態を、それでも続けてしまう。無意味で、無駄なばかりの日々は、苦痛そのものだ。
永遠の倦怠の中で、想像上の神に縋ったとて、攻めることはできないだろう。
こんな日々を終わらせること。それが月人の悲願であり、エクメアの責任だった。
月人たちが祈る、
「ほとんどごっこ遊びみたいなものだ。そう重くとるな……それと、ゴジラについて気になることがある」
「なんだい?」
「歴史上、確認されたゴジラは、3体……4体とする箇所もあるが。ここらへんは正直酷く不明瞭で……とにかく、今問題になっている個体を除く個体は、全て人類を積極的に攻撃していた。資料の作成者に曰く……その理由は『怒り』らしい」
「怒り……?」
バルバタは頷いた。
「そうだ。核実験により住処を奪われた怒り、攻撃を受けたことへの怒り、そして同種を傷つけられたことへの怒り……つまり、復讐だ」
「…………」
「まあ、個人的な意見としては、この作成者の私情が多分に入った見解だと思う。どうも作成者はゴジラに対し酷く同情的なようだ。あの手の生き物が自己防衛や縄張り争い、同種の保護ならともかく、復讐とは……いや、あの生き物は我々の常識の外にいる。ひょっとしたら……どう思う?」
バルバタは月人と呼ばれる彼らの中で、特に科学的見地に優れた人物だった。
故にエクメアは薄く微笑んだ。
「私も君と同じ意見だよ」
怒り、憎しみ、恨み、それらを理由とした復讐は、最も人間的な感情だというのがエクメアの考えだった。
エクメアはバルバタの持つ資料に目をやった。資料の表紙に作成者の名前が印字されている。
三枝未希、と。
* * *
月人たちの都は、月の内部から染み出してくる鉱物と鉱油を使って作られている。
造形は凝っているが、色は白一色で何処か無味乾燥としていた。
その建物の一室で、一人の月人が膝を抱えて震えていた。
先日、アドミラビリスの王族アクレアツスを連れて地上に降りた者たちの一人だった。
海から立ち昇る青い光の柱、海面を割ったそびえる巨大な影、恐ろしい咆哮。
あの日のことを思い出すと震えが止まらない。だが何故止まらないのか分からない。
すでに死んでいるが故に、もう死ぬことがない月人は恐怖が薄い。薄いはずなのに。
自分だけではなく、あの日地上に降りた者たち全員が同じような症状に見舞われていた。
そしてもう一つ、忘れられないことがあった。
フォスフォフィライト。あの、薄荷色の宝石が、怪物に向けた安堵の表情。
あの場で、あの宝石だけが恐怖から解放されていた。
「地上へ……」
宝石たちを攻撃する時間が近づいている。
地上に降りれば、必然的にあの怪物と遭遇する危険性がある。
王子……エクメアは無理をしなくていいと言ってくれたが、それでも彼の役に立ちたいという想いと、フォスフォフィライトへのある種の興味が、その月人を駆り立ていた。
それが、かつて人間たちが抱いた、ゴジラへの狂おしいほどの執着と畏怖に関係があるのかは、この宇宙には存在しない神のみぞ知る。
* * *
「ちょっと!」
ある施設の、そのまた一室に、一人の月人が怒鳴り込んできた。
月に移住したアドミラビリス族の世話を担当している者の一人だ。
その部屋には巨大な球体が置かれている。
球体は透明な素材で構成され、内部には水が満たされていた。
「んー? どうしたの」
「どうしたのじゃないわよ! 水がなんかおかしいのよ!」
振り返ったこの場所を管理する月人に対し、世話役は怒りを露わにする。
地上で宝石たちを狩っている時と違い、表情豊かだった。
「アドミラビリスちゃんたちがみんなして、水が変な味がするって言ってるの! 舌がちょっとデロって溶けちゃった子もいるんだから! どうしてくれるのよ!!」
「そんなはずは……ああ、ちょっとまって」
管理人は手元の機材を操作して、首を傾げた。
「確かに、『えむおー』の濃度が上がってる。変だなー」
「変だなー、って……っていうかなによ、えむおー、って」
「えむおーは、この水に含まれてる化学物質だよ。生き物を大きくする働きがあって、だからアドミラビリスも大きくなるんだ。でも多すぎると身体を崩壊させちゃうの……知らなかったの?」
「知らなかった……」
「不勉強だなー、王子に怒られるよ」
「べ、別に知らなくても問題ないし」
誤魔化すように目を逸らす世話役に、管理人は苦笑する。
「その調子じゃあ、えむおーがどこから来るかも知らないよね」
「…………」
「じゃ、ついでにお勉強。えむおーはね、あの水槽の中にいる微生物が出してるんだよ」
そう言って、管理人は別の水槽を指差した。
水が貯えられている水槽よりも一回り小さいが、中で豆粒よりなお小さい無数の何かがせわしなく動き回っている。
「あの微生物は酸素が嫌いでね、だからあの水は酸素含有量がゼロで……」
「あーもう、そんなのいいから! とにかく替えの水をちょうだい! その、えむおーの濃度が低いの!!」
「はいはい」
言い合う月人たちは、微生物のいる水槽が不気味に泡立っていることに気付かなかった。
その大本となる微生物たちは、全体で一つの意識を共有しながら静かに時を待っていた。
一度は悪魔の如き強大な姿にまで進化を果たしながらも、あの怪物……ゴジラに敗れ、人類に敗れ、それでも微生物にまで退化しながらも生き延びた。
知能も知性も微生物相応にまで衰え、それでも彼らには一つの目的があった。そのために土中に潜り、息を潜め、流星衝突を耐え抜いた。
長い長い年月の末に、その目的意識も霧散しかけていたが、彼らの怨敵、ゴジラの声を聞いた時、やおら意志を取り戻した。
だが今の彼らにゴジラに対抗する力はない。力を与えてくれる高熱もない。だから、好機を待つのだ。
かつてあの青い星に酸素が存在しなかった時代から、人類の時代までの大凡数十億年の時を待ち、ゴジラに敗れてからまた数億年間待ち続けたのだ。
あと数年だろうが数千年だろうが瞬く間だ。
だから、彼らは待ちわびる。
再び力を得る時を。
破壊の悪魔……デストロイアと呼ばれた姿を取り戻す時を。
ゴジラへの、復讐の時を……!
* * *
……エクメアの考えによれば、復讐とは最も人間的な行いだ。
ならば、彼らは人間なのだろうか。
怒りを原動力に文字通り燃え尽きるまで戦い続けたゴジラは、人間なのだろうか。
微生物に堕ち、数十億年の時を経てまでも復讐を望むデストロイアは、人間なのだろうか……。
短いけど久々の更新です! 生きてます!
宝石の国の最新話を読んで、衝動的に書きました。
自分はエクメアや月人の動機は分かるし、仕方ない部分もあるし、否定はしない。
フォスの自業自得な部分も多分にあるし、金剛先生の苦しみはきっと想像を絶するのだろう。
この作品の世界線でも、なんやかんや最後には救われると思う。
それはそれとして、一度痛い目にはあうことを示唆させてもらったよ!!
続きは……不明。
以下、キャラ紹介。
エクメア
性別:男(外見上)
役職:王子
月人の指導者。
青年の姿を持ち、周りからは王子と呼ばれる。
冷静沈着だが天然ボケな部分あり、月人たちからは慕われている。
遠大な計画を立て実行に移す頭脳と、他者の本質を見抜く観察眼。冷酷な決定を下せる決断力に極めて強い責任感を持ち、月人の現状における指導者としては理想的な人物。
だが本人の資質か月人という種の性質か、『復讐が最も人間的な感情』と考え、月人としての現在に倦み切っているなど何処か歪みも散見する。
前述の通り、非常に優秀な人物だが、ゴジラ……そして怪獣たちに対する見積もりは砂糖菓子より甘い。
バルバタ
性別:男(外見上)
役職:科学者、技術者
月人の科学者。
顎髭に癖毛の、白衣の男性の姿をしている。
科学的見地においては月人で最も優れているといっても過言ではない人物。
故にエクメア以上にゴジラへの警戒心は強い。
月人たち
個体名を持たない、いわゆるモブ。
ゴジラへの恐怖に震える者、神に縋る者、変わらず過ごす者……ゴジラの覚醒により、彼ら彼女らの中には変化がおきつつある。
デストロイア(微小体)
体長:3mm~5mm
体重:0.5g
完全生命体。
自衛隊に撃ち落されたあと、一部が微小体にまで退化しながらも地中に逃げのび、生き続けていた。
生物を巨大化させるミクロオキシゲンの性質に目を付けた月人たちによって利用されているが、その状態でなお、集合意識を持ちゴジラへの復讐心に燃えている。
???
体長:??
体重:??
黄金の終焉。
高次元から宿敵ゴジラの気配を察知し、月人にちょっかいをかけている。