「痛い、痛いぃぃぃ!!」
「た、助け……て……」
月人の都市の一角。
そこには地獄絵図が広がっていた。
並んだベッドに寝かされ呻く雑たちの身体は焼け爛れていて、崩れては再生し、また焼け崩れ……それを際限なく繰り返していた。
普通なら月人は殺されても霧散するだけで再生する。痛みはあるが一瞬のことで再生した後には残らない。だが彼等は今や、終わりのない苦痛と熱さに苛まれていた。
彼等はみな、先日のフォスフォフィライト攻撃に参加し……ゴジラの熱線を受けた者たちだった。
「熱い、熱いよぅ……」
「こ、殺して、お願い殺して……!!」
「王子、王子ぃ……!」
伸ばした手がボロボロと崩れ落ち、声を上げれば体の内が焼かれる。
それをガラス越しに眺めるエクメアの表情は硬かった。
「詳しい原理は不明ですが、おそらく熱線のエネルギーと強烈な精神的ショックが彼等の身体機能に影響を与え、このような症状を引き起こしている物と考えられます」
医師、ではなく科学者の言葉は、酷く曖昧だった。
死なぬはずの月人にとって医師と言えば心をケアする精神科医を指し、怪我や病気に立ち向かう外科医や内科医はいない。この場所も、病院ではなくホテルを解放した物だ。
こんな状況は永い月人の歴史でも初めてのことだった。
「……彼等は治るのか?」
「再生と崩壊のサイクルが長くなっている傾向が見られます。時間が経てば、おそらくは……」
エクメアは無表情のままだったが、拳をきつく握りしめていた。
痛みを与えるなら、どうしていっそ消滅させてくれなかった。こんな中途半端な生き地獄に叩き落とされて、どうしろと言うのだ。
いずれにせよ、今取るべき手段は一つ。ゴジラが枯死するまでの間、地上との関わりを断つのだ。
何千年、何万年待つことになろうが構うものか。民を危険にさらすことに比べれば、あまりに軽い代償だ。
そう決意したエクメアが向かったのは、研究施設だった。
ここではバルバタが先日持ち帰ったフォスフォフィライトの欠片を調べていた。
「エクメア、どうか落ち着いて聞いてほしい」
対面した癖毛の科学者の顔には、いつにない苦渋が浮かんでいた。
「フォスフォフィライトの件だが……早急に、あの石を排除しなければならない」
バルバタが語ったのは驚くべきことだった。
あの薄荷色の宝石に内包されるインクルージョンは恐るべき生命力を持っていた。それこそ、条件が揃えば他の生命体、特に同種の宝石生命体を浸蝕し同化するほどに。
「そして浸食された生命体は、あの石……そしてゴジラの眷属とでも言うべき存在へと成り果てる……あんな風にな」
ガラスの向こうでは、数匹の生き物が別々の檻に入れられ暴れ狂っていた。
太さだけでも月人一人分はあるミミズのような者。何本もの足を持った昆虫めいた者。
姿は様々だが共通しているのは、剣を並べたような三列の背びれがあることだ。
頑丈に作られた檻を破らんばかりに体当たりを繰り返しているそれらを眺めながら、バルバタは首を横に振った。
「回収した宝石のサンプルにフォスフォフィライトの欠片の一部を移植してみたんだ。結果は御覧の通り……云わばフォスフォフィライトの
「…………」
「同様の処置を合成宝石にも施したが、そちらは何の結果も得られなかった。最悪なのは、こいつらは宝石同様、光からエネルギーを作り出せることだ」
ゴジラは核エネルギーを得られずいずれは飢えて死ぬ。だがフォスの欠片から生まれた分身は、光さえあれば生きていける。
「救いなのは、こいつらには『寿命』があるってことだろう。成長したのだから、老いもする……植物でさえな。ただし、それがどれだけの時間なのかは、現状では分からん」
もしも『条件』が揃えば、数え切れないフォスの分身が浜や海を満たし、生態系の主として地上に君臨する……そんな未来も有り得てしまう。
小さな
そうなれば、もはや金剛、あるいは別の誰かに祈ってもらうどころの話ではなくなってしまう……。
「宝石由来ではない、例えばアドミラビリスなどの生き物への影響は?」
「分からん。ゼロではないだろう」
「……殺せるのか、
「……それも分からん。だが少なくともこのまま放っておくことはできない。あの星がゴジラの星になってもいいってんなら別だが」
我知らず、エクメアは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
ゴジラが現れてから、何もかもが可笑しくなっていく。
倦怠と惰性に沈んでいた月人には恐怖と痛みが甦り、役立たずの宝石のはずのフォスフォフィライトは、生態系その物を脅かす『怪獣』と化した。
変化は望んでいた。だがそれはこんな急激で制御不能な形ではなかった。
さておき、バルバタに指示を出し研究施設を出たエクメアは、その足で兵の詰め所までやってきた。
「それでフォスフォフィライトを
居並ぶ兵に対し、連れてくる、という言葉をエクメアは避けた。
チラリと脇に控えるセミを見れば、彼は冷や汗をかいていた。
「地上に降りたい者は?」
その問いに答える者はいなかった。
いつもなら、笑顔でわれ先にと手を挙げるはずの彼女たちの顔に、今は躊躇いと恐怖が浮かんでいた。
予想していなかった事態ではなかった。ゴジラに撃たれた者たちの件はすでに都中に広まっている。
「セミ、君は?」
「ご、ご命令とあれば……」
セミですら、気が進まない様子だった。彼の脳裏には、あの小さな翼竜ガルーダの闘争心に満ちた目が焼き付いていた。月人が持たぬ敵を何がなんでも倒してやるという、その意志が恐怖を呼び起こしていた。
エクメアは彼等を傷つけない言葉を慎重に選んで口を開いた。
「分かった。ならば……」
「王子」
だがそこに割り込む者がいた。
全員の視線が集中する。声を発した兵の顔には、右目から顎にかけて大きな傷があった。
これもまた、予想できていたことだ。
「君か」
「フォスフォフィライト討伐の任、どうか私にご命じください」
跪いて頭を垂れる傷あり月人の目は、しかし強い決意があった。
先日の作戦を成功させた立役者である彼女だが、結果的に仲間を見捨てて生き延びた形になったことに強い自責の念を感じているのだろう。
だがそれだけではなく、彼女の内には歓喜もまた存在していることが、エクメアには分かった。
「いいだろう。君に任せる」
「! あ、ありがとうございます!」
事実、傷あり月人が顔を上げた時、そこにあったのは満面の笑みだった。
反対にエクメアの心は暗く沈んでいた。彼女がそこまであの宝石に執着する理由が、まったく分からなかった。
いずれにせよ、早くフォスフォフィライトを片付けてしまいたい。
その上でゴジラが枯死し、あの……小さな鳥のような生き物を消せば、それで万事解決だ。
旧世界の遺物が齎した混沌は晴れ、ようやく無に還るための努力に戻ることができるだろう……。
* * *
一方、バルバタは自身が発案したフォスフォフィライトの破壊のために
前回の戦いで意外な活躍を見せた機動戦闘服ジャガーJに、あらん限りの武装を取り付けていく。もっとも数万年に渡り宝石やアドミラビリスと以外は戦ったことなどない彼等のこと、かつて人間がゴジラや他の怪獣と相対した時のような恐ろしい兵器は用意できない。
何とか探し出した資料によれば、旧人類はゴジラを倒すことに並々ならぬ熱意を燃やしていたようで、舌を巻く。
ともあれ、バルバタは合成宝石製の武器……宝石爆弾と大鏡に使われた技術を突き詰めるような武装と、そのために増えた重量をカバーするための仕掛けを鎧に施していたのだが、ここで問題が発生した。
これらの機能を既存のDNAコンピューターでは処理し切れないのである。と言うよりも鎧があまりにも古すぎてDNAの情報が劣化しているのだ。
「さて、困った」
解決方法は単純、新鮮なDNAを使って作り直せばいい。幸いにしてそれくらいの技術ならある。
だが何のDNAを使おうか。それは劣化や欠損のない、健全な状態の物が好ましい。
遺伝子云々はすでに失って久しい月人は論外。
アドミラビリスは様々な理由から遺伝子その物が劣化気味。
宝石……のインクルージョンが最適ではあるが。
「…………」
その時、バルバタの目に映ったのは、今まさに月人全体を悩ます問題の根源。その一つ。
自分自身、種々の苦悩はありながらも狂おしい科学的興味を感じている存在。
永い間停滞し、もはや未知など無いと思われた世界に突如現れたとびっきりのイレギュラーだ。エクメアには黙っているが科学者として興奮するな、というのが無理な話だった。
それはガラスケースに収められた小さな薄荷色の宝石。
……フォスフォフィライトの、欠片だった。
* * *
(むう、そのようなことが起こっておったとは)
月の見える夜のこと。
岬の端に腰かけたフォスフォフィライトは、クラゲの灯を頼りにウェントリコススと通信をしていた。
(力になれず、すまぬのう……)
「仕方ないよ……子供、生まれたんでしょう?」
そう、ウェントリコススは弟であるアクレアツスとの間に子供を授かっていた。それゆえにここの所は動けなかったのである。
「…………」
(……フォスよ。何か悩み事か?)
顎に手を当て座り込んだフォスの脳裏に、ウェントリコススの声が響く。
実際、前の戦いで起こった数多の疑問が頭の中で渦巻いていた。
ゴーストの語った、取り返した宝石が偽物であるということと、何故それを彼が知っていたのか。
あの時、確かに月人が
そして自分がついに全身を薄皮に覆われてしまったこと。
何よりも……。
(なんじゃ、シンシャと喧嘩でもしたんか?)
「…………」
(え、マジで喧嘩したんか!?)
「まあ、ちょっとね……」
あの戦い以来、フォスとシンシャは会話していなかった。
以前にした約束を破ってあまりに無茶を重ねたフォスに対し、シンシャはとても怒っていた。そして同時に悲しんでいた。
それが分かるからこそ、どう話していいのか分からない。
「………それよりさ。子供の顔、見せてよ」
(あ、話を逸らしたな。……ま、よい)
ウェントリコススとしても、フォスの悩みの深さを察したのか、深くは追及しなかった。
フォスが深く目を瞑ると、前と違って声だけでなく視界もアドミラビリスの王と共有することができた。それは自分が宝石から離れている証だろうか?
海で暮らすアドミラビリス族の目には、暗い海の底も明るく美しく見えた。海底にある谷間の、その壁面に穿たれた洞穴が彼等の住まいだ。
アクレアツスは狩りに出掛けているらしい。父として、また夫として段々頼もしくなっているとはウェントリコススの弁だ。
さて、彼女の視界には自分の腕に抱かれて眠る、小さな我が子が映っていた。
すやすやと眠るその子はまだ人型ではなく、どちらかと言うと魚のようにも見えた。体色は母と同じ紅色だが、父の影響か色が濃い。
尾に当たる部分が長く、先端がヒレのようになっていた。
「これが……子供」
(ふっふっふ、可愛かろう? 今は眠っておるが、元気な男の子じゃ)
小さな命の姿に、フォスの胸の内に言い知れぬ感情が湧き上がってきた。ガルーダが生まれた時と、同じ感覚だ。
(……正直なところ不安だったが、健康に産まれてくれて、本当によかった)
フォスは知らぬ話だが、姉弟の間に子供を作るのはリスクが伴う。ともすれば、何等かの障害を抱えた子になってもおかしくはなかった。
事実、この子は他のアドミラビリスにはない特徴を持っていた。普通なら人型でない時は体の外に持つはずの殻が、常時体内に収まっているのだ。
今のところ、それは健康を害することはないようだ。
ウェントリコススの子が目を開けた。そしてすぐに泣き出す。
(ああ、すまぬなフォス。どうやらお腹がすいたようじゃ……)
「ふふふ。いいよ」
(さて、父上は遅いのう。帰ってくるまで、しばし辛抱してくれ)
子供をあやすウェントリコススの声は、いつもよりも柔らかかった。
その甲斐あってか、子供は泣くのを止めると、母の手を抜け出してその周りをゆったりと泳いだ。
そうすると、手足に当たる部分がヒレのようになっているのが分かる。
「あ、そう言えば、その子の名前は?」
(うむ。この子の名はな……)
泳ぐ幼い子の背中には……小さな背びれが三列に並んでいた。
(アクアティリス。……海に生きる王族としての、栄えある名じゃ!)
アドミラビリスの希望の子、アクアティリス。
古い言葉で『水生の』を意味する名を持つ子は、母が取り込んだフォスフォフィライトのインクルージョン、それに宿るゴジラの遺伝子に強く影響を受け……あくまで影響を受けただけで、正真正銘ウェントリコススとアクレアツスの子である……姉弟の間に生まれたことによるリスクも、アドミラビリスの種自体の遺伝子の劣化も克服した。
遠い未来、アクアティリスが
この小説の副題、頑張れエクメアさんでも良い気がしてきました。
キャラ紹介
セルヴァム
形態:様々
身長:様々
体重:様々
月人が実験としてフォスの欠片を宝石のサンプルに移植した結果生まれてきたフォスの眷属たち。
共通して背中に三列の背びれがある。
実験に使用した宝石は月製の合成ではない地上由来の物、つまり……。
アクアティリス
性別:男
愛称:アクア
好物:マグロ(の遠い子孫にあたる魚)
ウェントリコススとアクレアツスの子供。
その名はラテン語で『水生の』を意味し、体色は母より濃い目の赤。
本来アドミラビリスなら体外にあるべき殻を体内に脊椎として備え、魚類もしくは魚竜に近い姿をしている。
母がかつて取り込んだフォスのインクルージョンの影響を強く受けており、近親相〇のリスクも遺伝的な劣化も克服した『超』健康優良児。影響を受けてるだけで別にフォスの子なワケではない。
遠い未来の五代目候補の一人。
名前、外見の元ネタはSP版ゴジラの第零形態。