孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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月人は声を上げられない

 いつだったか、王子がこぼしていた。

 我々はクズだ、誰からの祈りも受けられなかった敗残者なのだと。

 ……違う、と言いたかった。でも言えなかった。

 

  *  *  *

 

「やっぱりお前か」

 

 ジャガーJを改修した鎧に身を包んだ傷ありの月人は、眼下の薄荷色の宝石が自分を一目で認識したことに、我知らず笑みを浮かべていた。わざわざ傷と同じ位置にペイントを入れてもらった甲斐があった。

 フォスフォフィライト、今や王子を悩ます最大の要因にして、自分の中の何かを焦がす宝石。あいつを倒すために、自分はここにいる。

 

――来 イ。

「いいよ。相手になってやる!!」

 

 両腕両脚を太く強靭な物に変化させ、フォスフォフィライトが飛び掛かってくる。

 それを背中や踵からジェット噴射で躱し、剣を両腕で防御する。

 合成ダイヤモンドでコーティングされた装甲は、フォスフォフィライトの剛腕が振るう剣を易々と弾いた。

 だがそれは奴にとっても想定内のようだった。

 

「言葉が通じるんだろう? だったら答えろ! なんでお前たちは僕らを襲う? さらった仲間たちをどうした?」

 

 奴の質問に答える義理は……ない。今日の目的はそれではない。

 仮面の口元がちょうど口を開けるように上下に開き、内部に隠された機構……メーサー砲が露わになる。

 

「ッ!」

 

 身の危険を感じたのか飛び退くフォスフォフィライトに向け、メーサー砲をお見舞いしてやる。

 所詮は不意打ち用も兼ねた牽制用兵装、大した威力はないが、奴を引きはがすことはできた。

 

「クロの真似のつもりか!?」

 

 フォスフォフィライトだが、驚くのはまだ早い。

 両腕に仕込まれたアンカーを発射し、奴の手足にからめる。

 

「こんな物!」

 

 引き千切ろうとするフォスフォフィライトだが、この特殊ワイヤーは奴の怪力でもビクともしない。

 ならばとワイヤーを引き自分ごと振り回そうとするが、こちらも背中や踵からのジェット噴射で後ろに跳び、それを防ぐ。

 膠着状態になるが、それこそがこちらの狙いだ。

 

「!?」

 

 雲が外側から内側に向けてめくれるようにして窄まっていく。

 上に跳んで逃げようとするフォスフォフィライトだが、こちらも逃がすワケにはいかない。ワイヤーをあらん限りの力で引っ張る。

 

「このまま僕を月に連れていくつもりか!?」

 

 その通り。だがその前に砕かせてもらう。

 雲が完全に閉じると仕込まれた宝石爆弾が起動しフォスフォフィライトをバラバラに砕く。そういう仕掛けだ。

 フォスフォフィライトは抵抗を止めて静かになる……諦めた? まさか、そんなはずがない!

 

「はあ……ああああああ!!」

 

 叫び声と同時にフォスフォフィライトの両腕両脚、そのワイヤーが食い込んでできた亀裂から光が迸った。青白いエネルギーが爆発し、ワイヤーが千切れ飛ぶ。

 なんだ、今のは!?

 

「ッ!」

 

 だがフォスフォフィライトは即座に雲を蹴って飛び、閉じ切ろうとする雲の隙間から外に飛び出た。こちらもジェット噴射でそれを追う。

 

 両者が雲を飛び出すと同時に、宝石爆弾が爆発を起こす。

 だがそのことに気を取られている余裕はなかった。

 首を回してフォスフォフィライトを探せば、奴は海に浮かぶ流氷の上に着地していた。

 

「ここは、海か? いつの間に……」

 

 そう流氷だ。ここは宝石たちの暮らす丘からいくらか離れた、そしてゴジラやアドミラビリスが住処にしている海域から丘を挟んでちょうど真反対の位置だ。

 奴らの介入を防ぐため、フォスフォフィライトが乗ると同時に、こうして移動していたのだ。

 

 今年は早めに訪れた流氷は、かなり大きく、そして頑丈そうだった。その上に降り立ち、薄荷色の宝石を睨む。

 

 正直、こうなる予感はしていた。

 あの宝石は、きっとこちらの策を上回ってくるだろうと。

 両腕の爪を矢のように飛ばす『フィンガーミサイル』をお見舞いしてやる。これは宝石爆弾の技術の応用で、着弾と同時に爆発する。

 

「ぐ、おおお!」

 

 もちろん、これだけで奴を完封できるなどとは思わない。爪を装填し、今度はこちらが背中や踵からジェット噴射で一気に接近し、爪を胴体に向けて振るう。

 

「ガッ……!」

 

 反撃しようとする奴の剣と爪を掻い潜り、こちらの攻撃を見事胴体に命中させる。だが、手応えがない。

 見れば、服の隙間から漏れ出た何かが胴体を覆おうとしている。

 

「いちいち服を破くワケにはいかないんだ。レッドベリルに怒られる」

 

 どうやら胴体も強化されているようだ。その上、表皮を直接硬化させるのではなく、鎧のように表面を覆わせるという技を覚えたということか。

 

 ……そうこなくては。

 

「お前と戦うのは、これで何度目だ? いい加減、うんざりだ」

 

 一端距離を取り合うと。フォスフォフィライトがこちらを睨みながら言った。

 ゴジラが初めて出現した時、アメシストの双晶の時、アンタークチサイトの時、そしてこの間の時。その全てを、自分は詳細に覚えている。

 闘う度に、強くなっていくフォスフォフィライトの姿を。その度に感じる悔しさを!

 

 この場でそれを晴らさせてみせる!!

 

「勝手なことをグチャグチャと……! 何が悔しさだ……!」

(……?)

 

 フォスフォフィライトの不意の呟きに首を傾げると、頭部に接続された制御システムから映像が脳内に流れ込んできた。

 悲しそうに微笑むイエローダイヤモンドが見えた。

 慟哭を上げながら床を叩くアレキサンドライトが見えた。

 砕かれたアンタークチサイトが見えた。

 

(なんだ、これは!?)

「僕たちを散々苦しめておいて……!!」

 

 ……ふと思い至った。この改修型ジャガーJに搭載されているDNAコンピューターにはフォスフォフィライトの欠片に含有されていたDNAパターンを使用されているという。

 まさか、それが関係している?

 

「消えろ、月人!!」

 

 斬撃と共に相手の憎悪が、怒りが、悲しみが、直接叩きつけられてくる。

 もとより魂しかない身は、それだけで千々に砕けそうになる。

 反撃を試みるも、自分でも分かるくらいに精彩を欠いている。

 

 フォスフォフィライトの目は、この傷を負った時と同じ目をしていた。

 あの日の、奴の言葉が、脳裏によみがえる。

 

『……お前たちが、にんげんなもんか!』

 

『にんげんなもんか! 勇敢さも、優しさも、なにも持っていない。奪って傷つけて笑ってばかりのお前らがにんげんの末裔だなんて、僕は認めない!!』

 

『にんげんなもんか! もしそうなら、お前らはにんげんの一番惨めで、みっともなくて、情けない部分だけが残ったんだ!!』

 

(違う!!)

「!!」

 

 脚をふんばり、フォスフォフィライトに向けて仮面を向け、メーサー砲を発射する。

 

「な……!?」

 

 怯んだ相手に向け爪を振るい、ミサイルを放つ。一撃一撃に、自分の意思を込めて。

 やっとわかった。何故、自分がこうまでフォスフォフィライトに拘るのか。それは奴が怪獣だからでも、顔に傷を付けられたからでもない。

 

 あの夕焼け時に聞いた言葉を否定するためだ

 

 ……自分たちは人間だ。残滓に過ぎないとしても、勇敢さも、優しさも、まだ我々の中には残っているんだ!! 我々はクズじゃない、クズじゃあないんだ!!

 例え、そうだとしても、王子は違う。王子だけは違う!!

 誰からも見捨てられた我々を救い、導いてくれた王子だけは、絶対に惨めでも、みっともなくも、情けなくもない!!

 

 だから、目の前の宝石のその言葉だけは、断じて認めるワケにはいかなかった。

 何度も何度も爪と剣がぶつかって火花が散り、爆発が起こる。

 

「そうか……」

 

 何度目かの衝突の後、フォスフォフィライトは不意に呟いた。

 怒りはあれど、これまでとは違う、何かに納得したような声だった。

 

「お前も、大切な相手のために戦っているんだな」

 

 また、映像が見えた。

 それは映像と言うよりはイメージに近かった。

 孤独を愛する男は、友の復讐のために。

 プテラノドンを愛する男は、大切な人を守るために。

 ……ゴジラ(クロ)を愛してくれた女たちは、クロ(ゴジラ)のために。

 戦い、叫び、足掻いていた。

 

 それはフォスフォフィライトが思い描く人間の、自分たちの遠い祖の姿だった。

 

 目の前の宝石はこれこそが人間だと、何かのために必死になって戦えるのが人間だと信じているのが伝わってきた。

 

「だけど、僕だって負けるワケにはいかない……! 先生や、みんなを傷つけさせはしない!」

 

 そしてその姿は、そのまま目の前の宝石に重なった。

 強い意思の籠った顔に、燃える目。岩のような宝石らしからぬ、その姿の、揺れる薄荷色の髪だけが輝いている。なんて綺麗だろう。

 仲間のために戦う在り方はきっと、彼がゴジラ自身から、そしてゴジラを通じて人間たちから学んだ物なのだ。

 

 ……だけど、宝石がそうであるように、自分だって人間の末裔のはずだ。

 フォスフォフィライトが信じる人間の美徳は、まだ自分の中にだってあるはずだ!

 まだ自分は戦える! 王子のために、祖である人間に恥じないために!!

 

「お互い、負けられない理由くらいあるってワケだ」

 

 ああ、そしてお互いに譲れない理由もある!

 

「いいさ、それなら全力で!」

 

 闘うだけだ!!

 

 何度目になるか分からない激突。

 鎧が砕け、宝石が飛び散り、刃が欠ける。

 だがそれは物理的な戦いというよりは、もはやお互いの意思をぶつけ合う精神の戦いに近かった。

 自分の中で何かが燃えているのを感じる。錆びついていた魂が、叫び声を上げている。

 

「おおおおおお!!」

『おおおおおおお!!』

 

 そしてフォスフォフィライトが剣を渾身の力を込めて振るおうとし、こちらは残弾と残りの全エネルギーを一斉発射しようとし時……それは聞こえた。

 あの、出撃時に聞き飽きるほどに聞いた笛や太鼓の音色が……。

 

『!?』

 

 二人そろって動きを止め、見上げれば、そこには白い装束に身を包んだ人物が空中に立っていた。

 金剛を刺激するための遠い遠い昔の宗教に登場する神仏を模した豪奢な衣装を纏い、額に第三の目を持つ、穏やかな笑みを浮かべた美丈夫。

 

「こいつは……?」

(王子……!)

「な……ぐ!!」

 

 王子が手を挙げると、フォスフォフィライトが氷の上に落下した。まるで強大な圧をかけられたように。

 念力めいた途轍もない力が薄荷色の宝石に圧し掛かり、その身体を潰さんとする。さっきまで自分と死力を尽くして戦っていたというのに、今は為す術もない。

 

「が、ああああ! ぐわあああ!!」

 

 ベキベキと嫌な音を立てるフォスフォフィライトを、自分は唖然として見ていた。

 

『よくやってくれた』

 

 そんな自分の肩に、王子が優しく手を置き、通信してきた。

 

『最初の策から逃れられた時はヒヤリとしたが……ここまで消耗させられれば十分に成功と言える』

 

 そうか、王子は自分が失敗した時に自らフォローするべく、地上に降りてきたに違いない。失敗時の保険を掛けるという合理性、そのために自ら動こうという本来なら尊敬すべき姿勢が、今は何故だか心に引っ掛かった。

 

「そ、そうか……!」

 

 王子の攻撃に晒されながらも、フォスフォフィライトは剣を杖に立ち上がり、闘志に満ちた目をこちらに向けてきた。

 全身にヒビが入ってなお、その目に諦めはない。

 

「お前が、月人の親玉か……! 僕たちの敵の、クズたちの……!」

 

 その言葉に対し、王子は笑顔を崩さず、フォスフォフィライトの傍にまで行って彼に笛のような物を当てる。

 

「確かに我々は所詮クズだ。憎むのももっともだ」

 

 そしてアッサリと薄荷色の宝石の言葉を認めた……認めて、しまった。

 通信は切っている。よくよく見れば笛からは管が伸びており、王子の喉元に繋がっていた。

 我らは地上では声を発せないので、喉に開いた穴から漏れる空気の音で意思疎通する。あの管が、王子の言葉をフォスフォフィライトに伝えているに違いない。

 その内容は、目を見開く彼の思念を通して自分にも伝わっているが、王子はそのことに気付いていない……。

 

「にんげんの、末裔なんだろう……お前たち、も!」

「そうだ。愚かで救いようのない人間という種族の、恥ずべき残滓が我々だ」

 

 王子にとって、当たり前のことだがフォスフォフィライトは自分たちを害する異物に過ぎなかった。こうして言葉を掛けるのは、せめてもの哀れみであり、奴を確実にここで砕くという決意の表れなのだろう。

 

「僕の、知る、にんげんは! 勇気も、優しさも、持っていた! お前たち、とは、違う!」

「違わない。その勇気やら優しさも、結局は間違っていた。だからこうなったんだ」

 

 疲れたように、王子は息を吐く。

 その仕草に、何故か心が抉られたような気分がした。

 

「君がいると世界が乱れていく。申し訳ないが、ここで消えてくれ。どうか、頼む」

 

 絞り出すように言う王子はひび割れていくフォスフォフィライトの頬を撫でた。

 

「可哀そうに。旧世界の遺物に侵されたばかりに、このような歪な姿に成り果てて……性急な進化に疲れただろう? もう休むといい」

「大きな、お世話だ、この野郎……! 勝手に、憐れむな……!!」

 

 哀れみに満ちた目を向ける王子と、体が砕けかけてもまだギラギラとした目で王子を睨むフォスフォフィライト。

 自分は王子のため、世界への脅威を取り除くために戦った。それが果たされようとしているのに、胸の内には痛みが広がるばかりだった。

 言いたかった。我々はクズではないと。

 

 だけど今は、そう声を上げる理由を、見つけることができなかった……。

 




今回のタイトル正式に決まる前は、フォスVSメカフォスでした。

原作99話の感想も含め、私は凡俗なので承認欲求も、愛されたいという願いも、金剛先生が宝石に手足や視界を与えたことも、否定できないです。
そしてなにより人間って奴を全否定はできない。特にゴジラシリーズの、時に生き足掻き、時に使命に徹し、時に自己犠牲に殉じた、彼ら彼女らのことは。
おそらくそれが原作『宝石の国』への最大のアンチ要素なんじゃないかと思ってます。

……でも例の彼(?)とは、この世界線のフォスも友達になれると思う。


キャラ紹介、他。

改修型ジャガーJ
身長    :2.1m
体重    :300㎏
正式名称  :38式機動戦闘服ジャガー日本式『対フォスフォフィライト仕様』
外装    :スペースチタニウム、合成ダイアモンドミラーコーティング
制御システム:DNAコンピューター(フォスフォフィライトのDNAを使用)
武装    :口部メーサー砲
       フィンガーミサイル
       ワイヤーアンカー

ジャガーJを対フォス用に改修した新兵器。装着者は変わらず傷ありの月人。
装甲に合成ダイヤモンドのコーティングが施されており、防御力は格段に上がっている。また口部に不意打ち用も兼ねた牽制用のメーサー砲、腕部には敵を拘束するためのワイヤーアンカー、格闘兵装も兼ねたフィンガーミサイルが装備されている。
反面重量が増しているが、各部に備えたスラスターからのジェット噴射により機敏な動きを可能としている。
本来は遠距離攻撃を持たないフォス対策として飛び道具を多く持つが、傷あり月人は構わず接近戦をしている。それでも強化フォスとも互角以上に戦える高い戦闘力を持つが、制御のためのDNAコンピューターにフォスの欠片に含有されていたインクルージョンのDNAパターンを使用したため、装着するとフォスと思念のやり取りができるようになるという欠陥があった。

なおバルバタ的にフィンガーミサイルはツッコミ待ちのネタ武装(爆発物で殴る)だったが、誰もツッコミを入れなかったため、そのままになったという経緯がある。



エクメア
フライング降臨した王子様。
本人的には部下が失敗した時のフォロー&他の月人を危険にさらすくらいなら自分で&どっちが勝つか分からないから確実に勝つために割って入った、というつもり。
フォスのことも本気で憐れんでいる。



フォス
全身ではなく体の一部からエネルギーを放出する技(射程ゼロ)と(レッドベリルに怒られるのが嫌で)服の上に鎧のような外皮を形成する技を編み出した。
ちょっと月人を見直しかけ、他のゴジラ族が持たない『敵への敬意』に近い物を得るも、ごらんの有様だよ!
最後の問答も『ひょっとしてこいつも傷あり月人みたいな(許せないけど自分にも理解できる)価値観なのでは?』という疑問と期待から。



傷あり月人
自分たちはクズじゃない。クズじゃないんだ……。誰かそうだと言ってくれ……。
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