孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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燐葉石は孤独を嚙み締める

 王子なる月人の出現からいくらか経ち、気温が下がって池の水も凍り、海に流氷がやってきて、そろそろ空も雲に覆われつつある。

 冬の仕事担当のアンタークチサイトが固形化できる温度に微妙に至らないくらいの寒さが続くなか、宝石たちはあと少しの辛抱だと仕事に励んでいたが、この前のゴジラ出現もあり皆どこか浮足立っていた。

 

「そう、そこで仕上げです」

「は、はい……」

 

 そんな中、ダイヤモンドはルチルの指示を受けながら、割れた宝石を修復していた。欠片を綺麗に嵌め、糊は最小限で元の形に戻す。

 色々考えた末に彼は戦闘以外で自分の能力を生かす道を模索し、ルチルに師事することにしたのだった。

 ルチルの方も医療担当が自分だけという状態に思う所あったのか、この申し出を受け入れて今に至る。

 

「できた!」

「ふむ、上出来です。……ですが、このパーツの位置がコンマ3度ズレています。こちらは糊が0.01ミリ厚いですね」

「ええー! 厳しすぎない!?」

「本来、インクルージョンは気難しく保守的です。僅かなズレが、結果的に宝石の身体に変調をきたすこともあるのですよ」

 

 余りに細かい指摘にダイヤが悲鳴を上げるがルチルは冷酷に首を振った。

 

「私に教えを乞うからには、一切の甘えや妥協を捨てなさい。それができないなら、止めてしまいなさい」

 

 厳しい言葉と声色に、ダイヤは委縮してしまう。だがルチルはそこで表情を柔らかくした。

 

「……まあ、あなたは筋がよい。これに懲りず多くの失敗、試行錯誤を重ねながら腕を上げていけばいいのです」

「ルチル先生……は、はい!」

「さあ、ではもう一度やってみましょう」

 

 笑顔になったダイヤにこちらも微笑んだルチルは、()()()に顔を向けた。

 

「というワケでフォス、もう一度砕けてください」

「いやあの酷くない?」

 

 施術台に腰掛けたフォスは、顔を引きつらせていた。

 なにせ多少の損傷は勝手に治る自己再生能力のある身、医療の練習にはうってつけという理屈は分かる。分かるのだが本当にやるか普通?

 

「いいじゃないですか、これくらい安いもんでしょう?」

「ねえフォス、お願ーい!」

 

 ルチルは当然と言う顔で刃物をちらつかせ、ダイヤは可愛らしくお願いしつつ手には金槌とノミを持っている。なにこれ悪夢か。

 

「そうだ、僕ちょっと用事を思い出した! それじゃあ!」

「あ、ちょっとフォス!」

 

 フォスは素早く立ち上がり、ダイヤたちが止める間もなく走り去っていった。

 

「……ちょっと、いいか?」

 

 入れ替わるようにして医務室を覗いてくるのは周囲に毒液を漂わせた赤い髪の宝石だった。

 

「シンシャ、どうしました?」

「フォスを見なかったか?」

 

 あの戦いの後、シンシャは学校に顔を見せるようになった。他の者と距離はあり、おっかなびっくりという様子ではあるが、それでも自発的にやってくることに、皆驚くと同時に喜んだ。

 元は隣室のベニトアイトはバツが悪そうにしつつも何とか距離を詰めようとしていたし、ダイヤはもちろんのこと意外にもボルツが面倒見の良さを見せていた。ゴーストやオブシディアンとも話をしているようだ。

 

「ちょうど今、出ていきましたよ。すれ違いませんでした?」

「いや……」

「残念だったね。せっかく勇気を出したのに……頑張って! もう一押しよ!!」

「そういうんじゃないから」

 

 目をキラキラどころかビッカビカさせているダイヤに対し、シンシャは軽く息を吐く。そのムキになって否定しない反応が逆に何だかつまらなくて、ダイヤはむくれた。

 

「あの馬鹿、俺のこと避けてるんだ……あいつの様子はどうだった?」

「元気そうでしたよ。まるで以前に戻ったみたいです」

「そうか……」

「まあ空元気でしょうけど」

 

 ルチルの言う通り、フォスは表面上明るく振る舞っているが、見る者が見れば無理していると分かる。

 そしてその理由もまた、察せる者は察しているのだった。

 

 

 

 マッドな宝石たちの魔の手から逃れたフォスは、何をするでもなく一人で長椅子に腰かけていた。

 その心内にあるのは、やはりクロのことだった。あれ以来、クロはフォスの思念を拒絶しており、考えを読みことができない。

 物心ついた時からクロはずっと一緒にいてくれた。離れていても、話をし、考えを聞き、時に叱ってくれた。だがフォスは今本当に独りだった。

 

「…………」

 

 浜まで送り届けてくれたアクレアツスは、いつになく険しい顔だった。

 

(どうやら僕たちは、クロ殿に甘えていたようだ。彼はあくまで(フォス)の味方。我ら一族のことは眼中にないのかもしれない)

 

 そうでないと、今のフォスに言うことはできなかった。

 

(それを否定するワケじゃあない。僕だって何より優先するのは姉上と息子だ。フォスフォフィライト、君たちには二心なく感謝しているが……悪いが、これからの付き合いは少し考えさせてくれ)

 

 あれ以来、心苦しくてウェントリコススとも話せていない。

 頭の中を様々な悩みが駆け巡る。クロのこと、王子とやらのこと……そしてガルーダのこと。

 顔を上げると、目の前に大きな塊があった。鈍色に光るそれは一見すると卵のようにも見える。

 

「ガルーダ、元気かい?」

 

 問えば、少しだけそれが震えた。

 ……ガルーダはあの後、()()なった。

 最初は小さかったが日を増すごとに大きくなり、ついに宝石よりも大きくなった。不気味がって近づかない者も多い。

 どうしてこうなったのか、いつまでこうなのか、それも分からない。もしもいつまでも戻らないなら……。

 

「お前も僕を置いていくのか……」

 

 思わず縋るような声が出て自嘲気味に笑ってしまった。

 クロやアクレアツスはともかく、シンシャとウェントリコススはこっちが避けているというのに、勝手なもんだ。

 じきにアンタークも目覚めるだろうと言うのに。

 

「アンターク……剣、大切にするって言ったのに……」

 

 戦いで壊れた剣は、オブシディアンに修繕を頼んだ。新調した方がいいと言われたが、無理を言って直してもらっている。

 アンターク本人は許してくれるかもしれないが、約束を破ることになったの事実が重くのしかかっていた。

 

「フォス、隣をいいか?」

「先生……」

 

 悩みが尽きずにいると、いつの間にか立っていた金剛先生が隣に腰かけた。

 

「随分色々と悩んでいるようだな」

「…………」

「だが一番はクロ殿のことだろう」

「!」

 

 顔を上げると、金剛先生は薄く微笑んでいた。

 

「お前は顔に出やすいからな」

「……かないませんね」

「話してはくれないか? 大丈夫だ、二人だけの秘密にしておこう」

「はは、先生も嘘が下手ですから、秘密にしておけるか不安だな」

「ほう、言うではないか」

 

 少しの間笑い合い、フォスはポツポツと語り出した。

 クロが仲間たちを巻き込んででも自分を助けようとしたこと。止めてほしかったのに、止めてくれなかったこと。あれ以来、クロの声が聞こえないこと……。

 先生は時折相槌を打ちながら、聞いてくれた。

 

「分からないんです。なんでクロがあんなことしたのか……そりゃあ、僕以外のみんなは、クロにとっては他人だけど、でも僕の仲間だって、言ってくれたのに……」

「……これは私の想像になるが」

 

 少し考えた後で、金剛先生はフォスの肩に手を置いた。

 

「クロ殿はきっと、敢えてお前を遠ざけようとしているのではないか?」

「え……?」

「クロ殿もまた、いつかは滅ぶ」

 

 無敵の力を持つクロが、最後の時を迎える。想像していなかったワケではない。

 飢えによって彼の力が抜けているのを、フォスも知っていた。だがその時が来るとしても、ずっと先のことのように思っていた。

 

「生命とは、いつかは終わりを迎える物だ。おそらくは、我らでさえも」

 

 期待と実感がない交ぜになった声で、先生は続ける。

 

「そして自分がそうなった後、残されたお前が孤独になってしまうことをクロ殿は何よりも恐れたのだと、私は思う」

 

 理解できないという顔のフォスに対し、金剛先生は淡く笑んだ。

 

「クロ殿は父君の死後、永い間……途方もなく永い間、孤独だった。それは想像を絶するような、言葉では言い表せないような苦痛だったに違いない」

 

 それはどこか、酷く重々しい実感の籠った声だった。

 

「そんな、僕には先生やみんながいますし……」

「私たちの不徳と言うべきか、我々はクロ殿に信用されていないのだろうな」

「なんで……!」

「フォスよ、お前はクロ殿からにんげんのことについて、教わったそうだな。どう思った?」

 

 質問の意味が理解できないが、それでもフォスは正直に答える。

 あの、短い命を力強く駆け抜けていった人間たちのことを。

 

「それだけではないだろう?」

 

 だが金剛先生は、見透かすような目で薄荷色の宝石を見た。

 一瞬、言葉に詰まった後、フォスはオズオズと言葉にする。

 

「その……最初は、クロたちのことを虐めて酷い奴らだと……」

「そうだな。自分たちと違う物を恐れ、否定し、排斥する。それもまた、にんげんの一面だ。仮に我々の中ににんげんの美徳が残っているなら、悪徳もまた存在するのが道理」

 

 重々しく、金剛先生は頷いた。

 

「クロ殿はお前がゴジラとして排斥されるのではなく、宝石の輪に戻ることを望んだのだろう。全ては、お前のことを思いやるが故に」

「そんな……そんなの、勝手じゃないか!!」

 

 拳を強く握りしめる。

 こっちが何を望んでいるかも知らずに、そんなことをされても、こっちはどうすればいいのか分からない。

 

「全ては私の憶測だ。ひょっとしたら、本当に月人に対する怒りのみで、お前の意向を無視したのかもしれない……だがお前の知るクロ殿は、そんな相手か?」

「……違う」

 

 怒りに満ちた怪獣王。

 だがフォスにとってのゴジラは、あくまでもずっと一緒にいてくれた強く優しい親友のクロだった。それは決して自分の思い込みではないはずだ。

 

「だったら、クロ殿の想いを汲んで……」

「でも!」

 

 そこでフォスは勢いよく立ち上がった。

 目を丸くする金剛先生に向き直り、力強い表情を浮かべる。

 

「やっぱりムカつく!」

「む、ムカつくって……」

「だから、ちゃんとクロと話そうと思います! なんであんなことしたのか、僕がどう思ってるか、全部!」

 

 その言葉に面食らっていた金剛先生だが、やがて参ったとばかりに表情を柔らかくした。

 

「そう……そうだな。それが一番いいだろう」

「はい!」

「だが注意するように。遠慮がなさ過ぎて余計に話がこじれる、というのもお前ならありそうだ」

「酷いなー! 大丈夫ですって! ……先生、ありがとうございました」

 

 フォスは確かな足取りで去っていった。今度は空元気ではなさそうだ。

 金剛先生はどこか眩しそうな表情で、その背を見送った。

 

(思いやるが故に、か……)

 

 その考えが当たっているなら、それはあまりに深い愛情だ、と金剛先生は思考する。

 愛故に自分と同じ道を行かせまいとするゴジラに対し、自分はどうだろうか。

 かつて自分は、最初の宝石レッドダイヤモンドを見つけた時、彼の形を整え、自分と同じ視覚を与えた。だがそれは正しいことだったのだろうか。

 そして、もしも宝石たちの中に自分と()()になろうとする者が現れたなら……きっと自分は安堵と共にその者に自分の役目を押し付けてしまうだろう。

 ゴジラと自分、同じだけの時間を過ごしながら、なぜこうも違うのか。命ある者と作られた物の差だと言うのか。他者と自分を比較するなど無意味だと知っているが、しかしそれでも……!

 

『金剛……金剛……』

「?」

 

 独り懊悩していた先生だが、ふと聞こえた声に辺りを見回した。

 

『金剛……ここだ』

 

 その時、先生の顔の前に一匹の虫が降りてきた。

 丸い尾の先から糸を出して天井から吊り下がっており、体色は白地に金の縞模様。なにより八本の脚を持つそれは……。

 

「蜘蛛?」

 

 まさに、網状の巣を張る肉食の虫その物だ。

 だが蜘蛛は金剛の感覚からしても大分前に浜から姿を消した。この枯れた土地では餌となる他の虫が少なく淘汰されたからだ。

 それに今の声には聞き覚えがあった。

 

『金剛、久しぶりだな』

「その声は……まさか、エクメアか?」

 

 蜘蛛から聞こえる声はかつて自分を救うと約束してくれた古い友人の物だった。

 

「なぜそんな姿に?」

『これは私の声を伝える端末だ。本体は遠い場所にいる』

「いずれにせよ、本当にエクメアなら再会できて嬉しい。君は最後に会ってからどうしていたんだ? なぜ、姿を見せなかった?」

『……旧交を温めたいのは私もだが、今は時間がない、手短に説明するからよく聞いてくれ』

 

 だがエクメアを名乗る蜘蛛は、金剛の質問にまったく答えずに要件を切り出した。

 

『我々は、ゴジラを抹殺する』

 

  *  *  *

 

 宝石たちの丘からゴジラの眠る海溝を挟んで、さらに離れた海域。宝石たちの丘の近海に比べるとまだ流氷が疎らなここの上空に、二重の黒点が現れた

 それはやがて大きくなり、そして月人が姿を現すが、雲に乗った月人たちの顔にいつもの笑顔はなく、雅な音楽もない。

 雲には月人の他に、身動きができないようにワイヤーで縛られた金属質の肌を持った生き物たち……フォスフォフィライトの欠片と、月の宝石から生まれてきたセルヴァムたち、そして並々と水を湛えた大きな容器が載せられていた。

 月人たちは皆して顔を見合わせ、恐怖に顔を歪めながらも先端に火が灯った長い棒、かつてウェントリコススを脅しアクレアツスを傷つけるために使ったそれで、セルヴァムたちを次々と海に突き落としていく。

 流氷の合間から海中に潜り込んだセルヴァムたちは、ワイヤーを仲間同士で嚙み千切って自由を得ると、その身体に宿る微かな記憶に従い、宝石の国……自分たちの生まれ故郷へ向かって泳ぎ始めた。

 

 セルヴァムたちが泳ぎ去るのを確認した月人たちは、次に容器の水に棒の先端をつける。火は消えたが熱が水に伝わり、すぐさま煮立って、ゴボゴボと泡立つ。

 ガタガタと不自然に揺れる容器を、月人たちは急いで雲から下に落とした。

 

 容器は海面に到達するより前に内側からはじけ飛び、そこから現れたいくつもの影が海に音を立てて着水するや()()を求めて泳ぎ始める。

 長く伸びた首と先端に鋏のある尾をうねらせ、赤い甲殻に包まれた何本もの節足がある姿は、まるで怪物だ。

 一体だけでも容器より大きいのに、それが何体もいる。

 

 運悪く泳ぐのに適していない形態のため海中で四苦八苦していたセルヴァムに、怪物の群れはまるで一個の生命体のように統率された動きで襲いかかった。

 節足の鋭い先端を突き刺し、牙だらけの口の内側に隠されたもう一つの顎でかぶりつく。

 為す術もなくセルヴァムは引き裂かれ、食い千切られ、怪物たちの吐く毒液……ミクロオキシゲンによって溶かされ、やがてその身に宿すインクルージョンまでもが完全に息絶えた。

 

 最後尾にいた仲間の悲鳴を聞き異変に気付いたセルヴァムたちは、必死になって泳ぐが、食い散らかした獲物が持っていた遺伝情報とエネルギーを吸収し、さらに力を得た怪物たち……完全生命体デストロイア、その幼体の群れは、ゴジラの一族への果て無い恨みを歓喜に変えて、彼らを追い立てるのだった……。

 




いよいよお待ちかねの怪獣プロレスの時間が近づいてまいりました。
ところで私、原作の金剛先生、冬を超えたあたりのフォスとの親子感が好きだった……好きだったんですよ。


キャラ紹介、他。

デストロイア(幼体)
全長 :2m
体重 :350㎏
必殺技:ミクロオキシゲン
異名 :完全生命体

ついに戻ってきた悪魔。
微小体が熱を得て異常進化した姿。
赤い甲殻に包まれたカニかサソリのような姿をしており、口の内側にはもう一つの顎を持ち、これで獲物の遺伝情報やエネルギーを吸い取る。
この状態ですでに宝石製のセルヴァムの身体を容易く引き裂く戦闘能力を持ち、口から吐く粒子状の高濃度ミクロオキシゲンはインクルージョンをも死に至らしめる。
極めて狂暴だが、特にG細胞を持つ生物に対して異常な攻撃性を見せ、優先的に襲う。

色々あって(詳細は次回以降)月人によりゴジラ抹殺のために送り込まれた。
もちろんゴジラを倒した後、デストロイアを無力化する算段あってのことだが……。


ガルーダ
繭のような形態になった。
フォス達が知る由もないが、この形態はイレギュラーな物。
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