完全生命体デストロイア。
恐るべき怪物となった彼等も、もともとは先カンブリア時代と呼ばれる酸素が存在しなかった時代の、ありふれた微生物だった。
それが環境の変化と共に仮死状態に追いやられ、永い時を地中深くに閉じ込められていた。そのままこの世の終わりまで眠っているはずだった彼等を呼び覚ましたのは、人間であり、ある意味ではゴジラだった。
フォスフォフィライトの中に宿る初代ゴジラ。人智を超えたその怪物を葬り去るために、人間は恐ろしい化学物質を使った。
極限まで収縮された酸素が原子と原子の間に入り込むことで、酸素諸共あらゆる物質を破壊する酸素破壊剤……オキシジェン・デストロイヤーである。
見事ゴジラを死に至らしめたその薬品は、しかし周囲の酸素を悉く破壊し、一時的に先カンブリア時代と同じ無酸素状態を作り出した。
……そして、その場所の地下深くで眠っていた微生物を呼び起こし、オキシジェン・デストロイヤーの力を与えたのだ。
初代ゴジラを殺した力によって蘇ったデストロイア。
そのデストロイアによって一度は殺されたゴジラジュニアことクロ。
かつて激しく争った彼等は、それだけではなく人間の業を通じて深く繋がっている。
だから、この再会は必然で、再戦は宿命なのだ。
* * *
ついに完全体としての力を取り戻したデストロイアは翼を広げ大きく咆哮した。
あらゆる生命、あらゆる存在を恐れおののかせる力が、その声にはあった。
それに応えるかのようにゴジラもまた咆哮を上げる。
永い時を経て再会した両者だが、当然その間にあるのは敵意だけだ。
しばし睨みあった両者だが、先に動いたのはデストロイアだった。
顔の周りに稲妻のような光が走り、口から極限まで濃度が高まったオキシジェンデストロイヤー・レイが紫色の光線として発射される。その威力は集合体や飛翔体のそれとは比較にならない。
クロは姿勢を低くしつつ前に踏み出してそれを躱し、素早く相手の懐に潜り込んだ。
そのまま体当たりをして、相手を怯ませる。と言うのは簡単だが何せ数万tもある巨体での一撃だ。その衝撃たるや計り知れない。
だがデストロイアは海底に足を踏ん張ってそれに耐え、両腕の爪でクロの皮膚を切り裂く。
ならばとクロもまた剛腕を振るい、尻尾で殴打した。
両者の肉が抉れ、体液が飛び散り、熱線と光線と飛び交う。
100mを超える大怪獣同士の激突は、その余波だけで大気が震え、海が時化のように波打つ。そこにさらに絶大な破壊力を持った熱線と光線が飛び交うのだから、天変地異さながらだ。
それは緩やかな死を待つばかりのこの星には似つかわしくない、あまりに激しい戦いだった。
「なんて戦いだ……!」
船の艦橋でバルバタは呻いた。
月人の行う『戦争』とは名ばかりの一方的な狩りとは違う、お互いに明確な殺意を持っての激闘に圧倒される。
剥き出しの命の削り合い、それは月人には無い物だ。
一方でエクメアは冷たい目をしていた。
「ジョウハリ・システムに不具合は?」
「え? あ、はい! システムに異常はありません!!」
「よろしい。ならば私の合図でいつでも動かせるように準備を」
ジョウハリ・システム。
それは大気圏外に用意した大鏡によって太陽光を集光し、巨大な熱エネルギーを生み出す物だ。
すでに製造方法が確立されている合成宝石製大鏡を流用することで短い帰還で用意することができた。その上、爆弾や火と違って周辺環境への影響も最小限で済む。
「デストロイアに、ゴジラを倒す前に負けてもらっては困るからな……」
エクメアにとって、ゴジラもデストロイアも無に還るという目的を阻む厄介者に過ぎない。
戦い合って共倒れする分にはいいが、確実にゴジラだけは葬ってもらわねば。
皮肉なことに、その敵意の強さは彼が疎む『厄介者』たちに劣っていなかった。
その間にも二大怪獣の戦いは続く。
翼を羽ばたかせていったん距離を取ったデストロイアが頭を振ると、なんと額の角が伸びた。
そのまま叩きつけるようにして縦に角を振る。クロが体を転がすようにして避けると、角は氷山と海を叩き斬った。
一瞬海が割れ、海底にまで深々と亀裂ができる。
「あれは……?」
「原子構造をいったん分解することで角を伸ばしているのか! おそらく原子構造の間に酸素を入り込ませるオキシジェン・デストロイヤーの応用! それを軸にしてオキシジェン・デストロイヤーをウォーターカッターのように噴射することで恐ろしい威力を発揮しているんだ!!」
「バルバタ?」
「理屈の上ではあらゆる物質を両断しうる! いやしかし原子間に酸素の入り込む隙間のない物質、例えば金剛を構成する六方晶ダイヤモンドならばあるいは……」
「バルバタ……?」
これこそが、デストロイアの必殺技、ヴァリアブルスライサーである。
バルバタの解説の通り、食らえばクロと言えど一たまりもない。
横薙ぎの二撃目が来る前に熱線で振りかぶった頭を狙い打って怯ませ、その隙に再び相手の懐に飛び込む。
そのまま相手の首筋に噛みつくが、デストロイアもまたクロの首に牙を突き立てた。
お互いに首を食い千切らんと顎に力を入れ、取っ組み合うようにして硬直状態になった……のも一瞬のこと。口から熱線と光線を吐き、爆発と衝撃で互いに後ろに吹き飛んだ。
「相打ちか!?」
「いや……」
巨体が海に倒れ、大きな波が起こる。
クロは大きなダメージを負いつつも立ち上がったが、デストロイアの姿はない。
首を回して敵を探していると、その首を何かが掴んだ。デストロイアの尻尾の先端にある鋏だ。
翼を広げて空を飛ぶデストロイアによってクロの巨体が引き摺り回わされ、集合体の時の意趣返しとばかりに氷山に何度もぶつけられる。体重1万tをそうするのだから、とんでもないパワーだ。
連続して流氷が割れる悲鳴のような音が鳴り、衝撃がクロの身体を襲った。それでも口から吐く熱線で相手の翼を撃ち、拘束を解かせた。
だが立ち上がろうとすると、デストロイアが上空から光線を撃ってきた。
降り注ぐオキシジェンデストロイヤー・レイは、あるいは父以上の頑丈さを持つクロの肉体を容赦なく崩壊させていく。
未だ耐えているのは、数億年と言う永い年月でクロが自分で思っている以上に強靭な生命力を得たからだ。
だがそれも、ただでさえ弱っている身では時間の問題だろう。
敵が弱っているとみたデストロイアは、海上に降り立ち再びヴァリアブルスライサーを振るってクロの身体を両断してやろうとした。
断頭台よろしく必殺の刃がクロに迫る。
だがクロはカッと目を見開き、渾身の熱線を刃に叩き込んだ。
爆音と共に角が砕け、デストロイアは驚愕に目を見開きながら大きくのけぞった。
「カウンターだとぉ!? そうか、原子間の結合を解いているということは、同時に脆くもなっていると言うことか!!」
「ノリが可笑しいぞ、バルバタ……」
その瞬間、クロはもう一度強烈な熱線をデストロイアに向けて放つ。
だがデストロイアは粒子状に体を変化させ、いくつもの影に分裂することで熱線を躱して見せた。
「分裂した!?」
「そういうのもありなのか……」
いくつもの影……集合体をそのまま小さくしたような姿になったデストロイアの群れは、クロの身体に群がっていく。
触腕を振るい、牙を突き立て、オキシジェン・デストロイヤーを吹きかけてくるそれらを剛腕で引きはがす。だが、小型デストロイアの群れは次々とクロに取りついてきて、きりがない。
――仕方ない!
クロは背ビレを強く光らせ、熱線を発射……しない!
代わりにあたかもクロ自身が爆発したかのように、エネルギーが衝撃波を伴って全身から放出された。
それによって小デストロイアの群れは弾き飛ばされ、ある者は消し飛ばされた。
体内放射。
熱線のエネルギーを敢えて逆流させ全身の皮膚から放出する、いわば熱線の応用技だ。だが同時に今のクロにとっては消耗の激しい奥の手でもあった。
戦いのダメージもあってゼエゼエと荒く息をするクロだが、デストロイアもまた大きく傷ついていた。
再合体しようとしているが、一部を吹き飛ばされたからか、時間がかかっている。
クロは痛み疲れた体に鞭打って力を振り絞り、止めを刺そうとする。
「ジョウハリ・システム。起動」
次の瞬間、またしても光の柱が落ちてきた。
高熱がデストロイアに力を与え、再生を促していた。
ギョッとするクロの前で、デストロイアが立ち上がる。
撃たれた翼も、折れた角も、完全に元通りになっていた。
デストロイアに卑怯などという概念はなく、誇りなどという言葉は知らない。
ただ、回復したことを、そして自分が絶対有利に立ったことだけを喜んでいた。
――このままではまずい!
デストロイアに力を与えている存在を察知したクロは、まずはそれを潰すべきかと空を見上げる。
だが、そんなことを敵が許すはずもなかった。
デストロイアの胸にある甲殻が展開し、牙の並んだ巨大な口のようになる。その牙の間にとてつもないエネルギーが充填されていく。
――ッ! しまっ……!
そしてこれまで以上に太く強烈な破壊光線が発射され、クロの身体に命中した。
とてつもない爆発が起こり、悲鳴を上げるクロの身体が数百メートルに渡って後ろに吹き飛ばされる。
大波と地響きを起こしながら倒れたクロを見て、デストロイアは嘲笑うかのように大きく咆えた。
これは言うなればウルティメイト・オキシジェンデストロイヤー・レイとで呼ぶべきデストロイア最大の攻撃である。
クロの父との戦いでは日の目を見ることのなかったそれが、クロに対して振るわれたのだ。
「ゴジラ、推定ダメージ甚大! 生命反応が低下しています!」
「よし、いいぞ……冷凍兵器もいつでも撃てるようにしておいてくれ」
「了解!」
全身を焼け爛れさせつつも、クロはまだ絶命に至っていなかった。
なんとか動こうともがくが、体に力が入らない。命が尽きていくのを感じる。
――駄目だ! 立たなくては、戦わなくては……!
なけなしの精神力で身に力を入れようとするが、そこにヴァリアブルスライサーが襲い掛った。
斬撃がクロの四肢を、首を、体を切り刻み、血が噴き出す。何度も何度も何度も……。
「何故だ? 何故、一思いに止めを刺さない?」
それを観察していたエクメアは、凄惨な光景に顔をしかめながらも疑問を口にした。
すでに勝負は決した。後は命を奪ってそれで終わりのはずだ。そもそもヴァリアブルスライサーは本来ならゴジラの肉体を両断するほどの威力があるはず。
だが映像に映るデストロイアは、ワザと攻撃の威力を下げてゴジラを嬲っていた。そしてその鳴き声と歪んだ顔が示すことは一つだった。
「笑ってやがる……! ゴジラを甚振ることを楽しんでるんだ……!」
バルバタは体の震えを隠し切れずに呟いた。
他の月人たちも、目を逸らす者、口元を押さえる者、仕事に徹しながらも瞳が揺れている者、皆一様にその残酷さに恐怖している。
同時に、『自分たちはゴジラ以上のもっと恐ろしい怪物を解き放ってしまったのでは?』という不安が込み上げてくるのを止めることができなかった。
「王子、冷凍兵器の使用を……」
「許可できない」
「しかし……」
「ゴジラが絶命するまで、そのまま待機だ」
嬲られながらも、クロはまだ諦めていなかった。
――負けるわけには……!
もはやこの敵の中には、生物の本能を遥かに超えた憎悪と悪意しかない。
こいつを野放しにすれば、やがて確実にフォスやその仲間たちに襲い掛るだろう。
それだけは……それだけは絶対に許してはならない!
だが、その決意に反し、体は動かず痛みだけが積み重なって、やがてそれすら感じなくなっていく。
その代わりに脳裏に過るのは、フォスと出会った時のことだった。
* * *
……かつて、彼がまだ『クロ』と呼ばれるよりも遥か昔、この星にまだ人間が満ちていたころ。
目ぼしい敵は異星から来た妙な連中も含めて全て倒し、親しかった人間も全て土に還った。残っているのは自分を恐れ憎む人間ばかり。
なにより世界の何処にも自分の仲間がいないと言う事実が突き刺さった。
己の中の破壊衝動から逃げるようにして海の底深くに潜り、眠りについてからどれくらい経ったか。
僅かに覚醒した意識は、星の状況が大きく変わり、自身が地の底深くに押し込められたことを察知した。
――知ったことか。
もはや、この世界に興味などない。
だが無限の眠りも、彼の心を癒すことはできなかった。
父の背を、母の声を、家族の温もりを知っているからこそ、心の奥底に根付いた孤独は耐え難い苦痛だった。
――独りは嫌だ……。
つまるところ、彼は寂しかったのだ。ずっとずっと寂しかったのだ。
『…………』
そんなある時、どこか遠く遠くに気配を感じた。
朧気に姿が見える。
薄荷色に輝く影は、人間のようだが、人間ではない。なによりも、その気配は……。
半信半疑ながらも、徐々に思念を飛ばす手段を模索する。かつてエスパーの『三枝未希』と親しかった経験が役立ってくれた。
そして地上が冬になり相手が深い眠りについた時、語りかけた。
『君は、誰……?』
それは薄荷色の髪の人型だった。
子供のように見えるが、少年でも少女でもない。
そしてお互いの思念が結びついた時、確信した。
この存在は、自分の同族だと。
――ああ……!
この時の気持ちを、言葉で表現することなど不可能だ。
仲間がまだいたのだと。自分は独りではなかったのだと。それだけでどれだけ救われただろうか。
涙が込み上げ、マグマに溶けて消えた。
『ねえ、ちょっと聞いてる?』
打ち震える彼に、薄荷色の同族のヴィジョンは首を傾げていた。
幼い同族にすまない、と謝り、何者かを問うた。
『僕? 僕はフォスフォフィライト! みんなはフォスって呼ぶよ! 宝石の中じゃあ、ちょっとしたもんなんだ!』
フォスフォフィライト……あるいはフォスは、自らを『宝石』なる存在だと名乗った。
『それで、君は?』
問い返されて、ふと気づいた。
自分は何と名乗るべきなのか。
父と自分の間に固有名詞は必要なかった。
ベビー、リトル、ジュニア……そしてゴジラ。それらは人間が自分に付けた呼び方だ。気に入っていたが、今の自分とは何かが違う気がする……。
『ひょっとして名前がないの? じゃあ、僕が付けてあげるよ!』
フォスは幼い仕草で言った。
こちらの返事を待たずに、顎に手を当てて考え出す。
『えっとー……』
随分と悩み、そろそろ大丈夫かと声を掛けようとした頃、フォスは勢いよく顔を上げた。
『そうだ、決めた。君の名前は……』
その時の、フォスの笑顔を今でも覚えている。
『クロ! 真っ黒だから、クロだ!』
安直な、実に子供っぽい名前。
だがこの瞬間、彼は『クロ』になったのだ。
人間から恐れられる怪物でも、孤独な種族最後の生き残りでもない。フォスフォフィライトの無二の親友、強く、優しく、賢い『クロ』に……。
* * *
薄れかけた意識を覚醒させたのは、これまで以上の激痛だった。
デストロイアが翼を集合体時の肩の触腕と同じ形状に変化させ、クロの肩に突き刺したのだ。
叫び声をあげ、反撃しようとするがそれより早く反対側の肩も貫かれる。
そのまま無理矢理立たせられるかのように、体を持ち上げられた。
ちょうど真正面に来る形になった相手の顔に熱線を撃とうとするが、これも長く伸びた尻尾の鋏に喉を締め付けられて敵わない。
口から血の混じった泡を吹き出す自分を、デストロイアは悦楽に満ちた顔で眺めていた。
そしていよいよ止めとばかりに胸の甲殻を開いた。牙の間にエネルギーが満ちていく。
――フォス。
目を瞑るクロの頭にあったのは、もはや薄荷色の同族のことだけだった。
――どうか、幸せに……!
「クローーーーッ!!」
その時、声が聞こえた。
思念と、現実とで同時に。
――ああ……来てしまったのか。
幻聴などではない。
その声を、クロが聞き間違えるはずがない。
「クロ! 今助けに行く!!」
フォスフォフィライト。
クロの親友の、心優しき薄荷色の宝石が、こちらに向かってきていた……。
今回のタイトル、もっといいのがあるのではないかと思いつつ、まったく思いつきませんでした。
今月の宝石の国は休載……残念なような、色んな意味でちょっとホッとしたような……。
次回は宝石側がここに至るまでの話になる予定。そっちを先に出す予定でしたが、諸事情から次回に持ち越し。
年内の更新は、ちょっと無理かもしれません。
キャラ紹介、その他。
デストロイア(完全体)
体長:230m
体高:120m
翼長:210m
体重:8万t
異名:完全生命体
デストロイアが月人の援護を受けて、進化成長した姿。しかしこれが成長し切った姿というワケではない。
ゴジラ族に近い二足歩行のシルエットになり、悪魔の如き恐ろしい姿をしている。ゴジラをも超える巨体ながらも背中の翼で飛行可能。
絶大な戦闘力を誇り、さらに威力が高まった口から吐く『オキシジェンデストロイヤー・レイ』、額の角を伸ばして敵を斬りつける『ヴァリアブルスライサー』などの他、隠し技的な能力として集合体を小型化したような中間体に分裂して敵を攻撃することもできる。
さらに翼を集合体時の肩の触手のような形にして相手を突き刺す、胸の甲殻から発射する超威力の『ウルティメイト・オキシジェンデストロイヤー・レイ』などの新たな技もある。
その性格は極めて狂暴かつ残忍、そして悪辣。もはやその精神にあるのはゴジラ族への歪み切った復讐心のみである。
ウルティメイト・オキシジェンデストロイヤー・レイは原作で没になった胴体の口っぽい所を開いて撃つ極太ビーム、通称腹ビームが元ネタ。
エクメア
自身もまた『怪獣』になりかけていることに気付いていない。
バルバタ
科学者としての好奇心と、初めて見た怪獣プロレスでなんかテンションが上がっている。
フォス
ずっと助けられてきた。
だから、助けにきた。