「先生、集まりました」
「ああ、ありがとう」
教卓のある広間に、宝石たちがほぼ全員集められていた。
議長のジェードと書記のユークレース、ルチルを始めとした内勤組はもちろんのこと、ボルツら外回り組、さらにはシンシャも部屋の端で柱に身を隠すように立っている。
フォスもまた、クロに会うべく海に行く準備をしていたところで、ここに呼び出された。
見回りをはじめ、それぞれの仕事を中断してまで集合させるとは、そんなに重要な話なのだろうか?
「オブシディアンの姿が見えないようだが?」
「おぶしーでしたら、昨日徹夜したせいで、まだ寝ています。起こそうとしたのですが……」
「いや、それならばいい。寝かせておいてあげなさい」
武器製造担当の宝石は、ここのところ夜なべして何事かに打ち込んでおり、その疲れが出たようだ。
「みんな、一度静かに! 先生からお話しがあるそうだ!」
「今日は皆に、大切な話がある……ゴジラのことだ」
ガヤガヤとしている一同をジェードが鎮めると、金剛先生は静かに口を開いた。
その言葉に皆がざわつき、フォスは目を見開くが、金剛先生は一拍置いてから続けた。
「ゴジラの出現以降、皆不安に思っていることだろう……だがそれは我々だけの話ではない。月人もまた、ゴジラを強く恐れている」
一瞬、フォスと目が合った金剛先生だが、すぐに目を逸らした。
「……故に、月人がゴジラを滅ぼそうと動いている」
「な!?」
「月人とゴジラの戦いは、かつてない激しい物になるだろう。その間、我々は巻き込まれぬよう学校に籠ることとする」
驚愕と不安で顔を歪める宝石たちを見回し、金剛先生は穏やかに言った。
「大丈夫だ。私が皆を守る」
「先生!」
だがそれに待ったをかける者がいた。
全員の視線が、その薄荷色の髪に集まる。
「なんで、月人がク……ゴジラを攻撃すると分かるんですか!」
「フォス、先生が話されている最中だぞ!」
ジェードがそれを咎めるが、その疑問は当然皆の中にもあった。
だがイエローダイヤモンドやアレキサンドライトら年長組、ユークレースやルチルなど聡い者はそれが金剛先生と月人の間にある何らかの繋がりに理由があるのだと察していた。
先生がそれを明かすことがないことも分かっていたし、明かさない方がいいだろうということも理解していた。
だが……。
「……それは」
だが金剛先生は、しばし躊躇したあと、何かを振り切るように言葉を絞り出した。
「それは、友人に教えてもらったのだ」
「え? ご、御友人ですか?」
ジェードが目を丸くするが、年長者たちの驚愕はそれ以上だった。
てっきりまた「秘密だ」とでもして終わりだろう。そう思っていたのだ。
「そうだ。そしてその友人は……月人だ」
今度こそ、全員が絶句した。
「彼は月でも高い地位にいて、ゴジラ攻撃の計画にも関与しているという」
「ま、待ってください! それでは先生は、月人と……!?」
「彼が月にいることは知っていた。だが話したのは、随分と久し振りのことだ。それもほとんど一方的に向こうの要件を伝えてきただけで、月人が普段我々にしていることについて、話すことはできなかった」
宝石たちの間に動揺が広がっていく。
もともと先生と月人の間になんらかの秘密があることはほとんどの者が気付いていた。だがこうして本人から明言されると、その衝撃は大きかった。
「そして彼はこうも言っていた。我々が今回のことに手を出さないなら、月人は今後数百年に渡り我々を攻撃しない、と……」
今度こそ、全員が息を飲んだ。
その内容はもちろんだが、それはつまり月人が取引を持ち掛け、先生がそれを飲んだということだ。
「我々を動揺させ、油断を誘う作戦では? 僕たちを一か所に集めて、一網打尽にする計画もしれません」
そこで冷静さを保っていたのがボルツだ。
彼は普段と変わらぬ様子で先生を見つめていたが、握りこぶしが震えていることにダイヤモンドは気付いていた。
だが先生はゆっくりと首を横に振った。
「いや、それはない。月人にとってもゴジラが脅威なのは、確かだ。それに彼は少なくとも嘘は言わない人物だ……嘘は、な」
「随分と……その月人を信用されているのですね」
どこか含みのある言葉に対するアレキサンドライトの声には微かな不信と、そんな感情を抱く自分への嫌悪が込められていた。
「そうだな。私にとって彼は、唯一無二の友だと言っていい」
懐かし気な声は、しかしすぐに厳しい物に代わった。
「無論、
そう言って、金剛先生は宝石たちに向かって頭を下げた。
見慣れぬ姿に宝石たちが呆気に取られるなか、いち早くジェードが先生に声をかけた。
「先生……どうかお顔を上げてください。先生が我々のことを想ってくれているのは、皆分かっています」
「そうですよ! ゴジラがいなくなるなら、それにこしたことはないですって!」
「その上、月人が襲ってこなくなるなら、良いことずくめじゃあないですか!」
モルガと青いショートヘアの宝石、ベニトアイトも口々に言う。
他の者たちもそうだそうだと頷くが、ボルツやルチル、アレキは苦い顔をし、イエローやユークはこの状況に最も傷ついているだろう宝石に視線をやった。
言うまでもなく、そっとその場を離れようとするフォスである。
「待てフォス。何処へ行くつもりだ?」
「……決まってるだろ。クロに知らせてくる。クロの奴、話しかけても無視するんだ。直接会って教えないと」
それをシンシャが腕を掴んで止めるが、返ってきた声は酷くぶっきらぼうだった。
仲間たちがゴジラ……クロがいなくなることを望んでいると見せつけられて、自分の中の感情を整理できていないようだった。
「落ち着け、今行っても足手まといになるだけだ。クロの力なら、この程度の危機がなんてことない、だろう?」
「…………」
シンシャの言うことはもっともだ。本人が自分の言葉を疑っている様子がなければ、だが。
その瞬間、頭の中に声が聞こえた。
『地上だ!』『戻ってきた!』『帰れる……帰れるんだ!』『先生、みんな……!』
「!!」
喜ぶ声がいくつも重なっている。
だがそれも一瞬のことだった。
赤い影と黄色い目のヴィジョンが一瞬過り、次いで飛び込んできたのは、悲鳴だった。
『嫌だぁぁ!』『痛い、痛いぃ!!』『助けて! 助けて、誰か!!』『そんな、ここまで来て……!』
苦痛、混乱、恐怖……そして絶望。
それすらも断末魔の悲鳴を残して一つ、また一つと消えていく。
「あ、あ、あ……ああああああ!!」
叫び声を上げて、フォスはその場で頭を抱えて膝を突いた。
ビクリとしたシンシャを始め、全員がなんだなんだと注目する。
「フォス!?」
「お、おい、どうしたんだ……?」
「何事ですか!」
シンシャが躊躇いながらもフォスを助け起こそうとし、ジェードとルチルが駆けてくる。
「フォス、何が……!」
「分からない……でも何か、恐ろしいことが起こってる……!」
小声でシンシャに問われ、フォスは混乱した様子で呻いた。
金剛先生も歩み寄ろうとした時、遠くから咆哮が聞こえた。
フォスにとっても宝石たちにとっても忘れ得ぬ声……ゴジラの声だ。
空気と共に学校が揺れると全員が身を震わせ、表情を凍らせた。
「クロ……!」
「始まってしまったか」
金剛先生が呟くと、また学校が揺れた。
海の方向の空が青に輝き、断続的に爆発音が聞こえる。
「先生……!」
「皆、こちらへ」
宝石たちは、腕を広げた金剛先生の傍に集まった。
地肌がぶつからないように注意しながら、不安そうに身を寄せ合う。
フォスとシンシャはその輪から外れて立ち尽くしていた。
「…………」
いつもと違う。何かがおかしい。そうフォスは感じ取っていた。
聞きなれた友の声に、いつもと違う緊迫感がある。そして微かにだが、別の何かの鳴き声が混じっている。
やがて爆発音が途切れ、ゴジラの声も聞こえなくなった。
「お、終わったのか?」
「今回は、なんか長かった……」
ジェードとベニトアイトがホッとした瞬間、海の方向に強い光が見えた。
「ッ!」
「フォス!」
駆けだしたフォスは、シンシャの制止を振り切って前庭池の前に出た。
遥か彼方に、光の柱が立っている。
クロの熱線に似ているが、どちらかというと……。
「日の光? でもあんなに強い?」
光をエネルギー源にするからこそ、その異質さを理解できた。
「フォス、待て!」
そこにシンシャが追いかけてきた。
金剛先生や宝石たちも一塊になってやってくる。
「あれは何らかの方法で、太陽の光が驚異的に集束されているのだろう」
金剛先生は、自分で感じた疑問の答えを脳内から引っ張り出したような声で言った。
やがて光の柱が消えると、僅かな間、静寂が訪れた。そして次にやってきたのは、恐ろしい鳴き声だった。
「ひッ!」
「な、なによこれ……!」
ゴジラの声ではない。
それと同じぐらいに大きく、天地を震わすようだが、甲高い。同時にゴジラの物とは決定的に違う悍ましさがあった。
「まさか、ゴジラみたいなのがもう一匹!?」
「……!!」
「馬鹿な……!」
ベニトが愕然として言うと、彼の相棒のネプチュナイトが無表情のまま黒に近い濃紫の髪を揺らし、ボルツが目を見開いた。
彼等はみな、この声の主がゴジラ同様に自分たちに『死』をもたらしうる存在だと本能で感じ取っていた。
二種類の咆哮と爆発音はさっきよりも激しさを増し、何かと何かがぶつかり合うような音も聞こえる。時折、空に青と紫の二色の光が見えた。
「!!」
そしてフォスの頭の中に、映像が見えた。
刺々しい赤い甲殻に包まれた体。
巨大な翼と額の一本角。牙だらけの口。
そして憎悪に満ちて黄色く光る眼。
「クロが、クロが……戦ってる!」
「なに?」
「い、今までとはまるで違う! 月人なんか比べ物にならない、本当に恐ろしい敵と!!」
シンシャがギョッとしたあとで、他の宝石たちをチラリと見た。すでに事情を察している面々はともかく、他の宝石たちはゴジラと何者かの戦いに気を取られている。
一方のフォスはクロの苦痛を強く感じていた。
敵の一撃一撃が激痛と共にクロの命を削り、対してクロは動くたびにまるで種を搾るように力が抜けていく。
相手の攻撃が異常に強いのもあるが、クロ自身の命が、それを支えるエネルギーが圧倒的に足らないのだ。
クロが、フォスの親友が、死にかけている……!
「命、命の源……クロの命を支える……」
ブツブツと口の中で呟く。
ずっと空腹だったクロ。自分たちで言えばずっと光を得られなかったようなものだ。
そう、クロ……ゴジラ族のエネルギー源は核物質だが、自分は光。そして自分とクロは同族だ。
アレキの光線、自身のエネルギー放射、そしてさっきの光の柱……フォスの頭の中で、いくつかのピースが嵌っていく。それはフォス自身の能力と言うよりは、彼の奥底に潜む誰かが情報を整理してくれているかのようだった。
「それなら、僕の力をクロに分けることができれば……!」
陽光に翳した手を強く握り、フォスは決意した。
「フォス、待つんだ!」
「何処へ行こうっていうんです!」
だが駆けだそうとするフォスをジェードとルチルが止めた。モルガも声をかける。
「おいフォス、お前おかしいぞ!!」
「ごめん、行かせてくれ」
「何処へだよ! お前、状況分かってるのか! ゴジラともう一匹の化物が戦ってるんだぞ! お前独りの行動でみんなが迷惑するんだ、いい加減わかれよ!!」
「フォス、今回はいくらなんでも我儘が過ぎるよ」
モルガの相棒のゴーシェも険しい顔で咎めた。
ベニトやウォーターメロン・トルマリンも、ヘミモルファイトも咎めるように、あるいは困ったようにこちらを見ていた。
「……ごめん、それでも」
「それでも、なんだよ? こんな時に勝手する理由があるってのか!?」
勝気なモルガの声は、酷く震えていた。
その後ろに立つ宝石たちの目にあるには困惑、不安、恐怖……そういった感情だ。ボルツでさえ、剣を持つ手が震えていた。
「
少しの間、一同の間に緊迫した空気が流れ、その間にも聞こえてくる戦いの音は激しさを増していく。時折混ざる流氷が割れる悲鳴のような音さえも、かき消されるほどだ。
フォスは少しの間押し黙った後で、深く息を吐いてから口を開いた。
「友達を、助けにいくんだ」
「友達って……」
「ずっと昔から僕のことを見守ってくれた、たった一人の親友……クロを」
「そいつはお前の頭の中のお友達だろうが! 何を馬鹿な……」
思わず怒鳴りつけそうになったモルガは、しかしフォスの強い視線に圧倒されて押し黙った。あるいはそれは、薄荷色の目の奥に別の
「そうだよモルガ……クロは、ゴジラなんだ」
一瞬、場がシンと静まり返った。
最初に苦笑いを浮かべたのは、ジェードだった。
「は、ははは……フォス、さすがにそれは出来の悪い冗談だ。きっと混乱してるんだな、ルチル、フォスを診てやって……ルチル?」
だがルチルは押し黙るばかりだった。
イエローも、アレキも、ユークでさえも。
いつものようにフォスに呆れたり、からかったりはしない。
「ユーク? イエローにアレキも、どうして何も言わないんだ? 誰か……誰か冗談だと言ってくれ!」
ジェードは自分が状況に取り残されていることを察し、叫んだ。だがフォスは続ける。
「それだけじゃない。海に行った時も、冬にアンタークがさらわれそうになった時も、この前も、何度も何度もクロは僕を助けてくれた。だから……」
「待て待て待て! なんでゴジラがお前を助けるんだ! おかしいだろ!!」
たまらず声を上げたのは、常識人のベニトアイトだった。
だがフォスは何処か悲しそうに微笑んだ。それはこれから起こることを予感しているからだろう。
「おかしくないよ……僕はクロの同族なんだって。先生も知っていることだよ」
腕を強化して見せると、ベニトは一歩後退った。見慣れたはずの仲間の影が、何故だか巨大な怪物に見える。
彼等の中のインクルージョンが目の前の相手に恐怖を感じていた。
「せ、先生?」
「…………そうだ。フォスは何等かの形でゴジラの一族の因子を持っている」
縋るように宝石たちが先生を見るが、彼等の指導者はややあってから重々しく頷いた。
自分を見る目が心配から困惑と恐怖に代わっていくことを少し寂しく思いながらも、フォスは身を翻そうとした。
「そういうワケだから。じゃあ行って……」
「待ちなさい、フォス」
だがそれを金剛先生が引き留めた。
「……先生? あ、ひょっとして例の友達から僕を止めるように言われたんですか?」
「いや違う」
敢えて明るく言うフォスに、金剛先生は首を横に振った。
「私が言われたのは、
「!」
「友達の最後くらい見せてやれとか、色々とお為ごかしをしていたが……ようするに、この機にクロ殿の同族であるお前を始末しようということだろう。行けばかつてない規模の月人が待ち構えているはずだ」
金剛先生の声は平坦で、感情を感じさせない……というよりも感情を排そうとしているのが分かるものだった。
「それでもなお、行くつもりか?」
自分の意思で行くのなら、ということは、自分の意思で留まるなら、それも良しということだ。
「ここに留まるなら、私はお前のことも宝石の一員として全力で守り抜くつもりだ。だが……お前が学校を一歩出た瞬間、その後に起こること全て、私や他の者には関係のないことだ」
「先生!」
「そんな、そんなのって……!!」
ここに至って、宝石たちは非難するような声を上げた。それではまるで、フォスと引き換えに平和を得る……生贄に差し出すようなものだ。
恐れは感じる。それでもまだ宝石たちは、フォスを自分たちの仲間として見ていた。
「ゴジラとその敵の戦いに巻き込まれて、お前たちを守り切る自信は、私にもない。一人の勝手のために他の全員を危険にさらすワケにはいかん」
冷静に……そうであろうと努めて先生は言った。
「お前たちのことを愛している。だからこそ私にはお前たち全員を守る責任があるのだ……もう一度聞く。それでも、行くのか?」
いつしか金剛先生の声には断固たる意志が宿っていた。だが意思を曲げられないのはフォスも同じだった。
こうしている間にもクロに危機が迫っているのを感じる。
僅かな間すら惜しく、それでも問答に応じているのは、ある種のケジメだった。
「はい。それでも、クロを助けたいんです」
「……そうか」
金剛先生は、その答えが返ってくると確信していたようだった。
フォスフォフィライトと金剛大慈悲晶地蔵菩薩。強い意思を持った視線が交錯する。
壊れた機械の目にあったのは、慈しみか、一抹の寂しさか、微かな喜びか。
「ならば、気を付けて行きなさい」
「行ってきます」
そのまま短い挨拶を交わし、フォスは身を翻した。
だがここでフォスは、説得すべき最後の相手がすぐ傍にいたことを意識から外していた。無意識に彼が自分を止めわけないと思っていたのかもしれない。
「シンシャ……!」
「行かせないぞ、フォス……!!」
目の前に広がったのは、深い赤色の髪と銀色の壁だった。
この話、途中まで書いてたけど仲間や金剛先生の……そしてシンシャの制止を振り切ってまでもクロを助けに向かう、という展開に説得力を持たせるためにこの順番に。
結果、新年早々グダってる話に。次回もグダるよ!!
キャラ紹介
ジェード
硬度:七
靭性:一級
仕事:議長
体も頭も硬い緑の宝石。
宝石たちの中ではまとめ役である議長を務めている。
非常に責任感が強く生真面目で、先生の信任も厚く、他の宝石からもなんだかんだ信頼されている。
書記のユークとは特に仲が良く、フォスのことも気にかけている。
しかし生真面目故に頭が硬い部分があり、フォスとクロの関係に今回まで気づいていなかった。
原作では数少ないフォスを思いやってくれるキャラクター……だった。