ゴジラの出現からややたって、宝石たちは以前と変わらぬ営みを続けているように見えた。
しかし、それも表面上のことでやはり変わってしまったこともある。
まず、海の様子を気にする者が増え、海への見張りが立つことになった。
硬度十、靭性最上位、金剛以外では最強の宝石であるカーボナイトことボルツは自身の内に湧き上がった恐れと苦闘している。
武器製造担当のオブシディアンは、自らの作品に自信を失くしかけていた。
……本来、宝石に『死』という概念はない。
鉱石の身体に寿命や老いはなく、光で全ての活動エネルギーを賄えるので飢えもない。
身体が欠けても生命活動を停止することはなく、例え粉にされてもある程度集めて固めれば復活できる。
月人に攫われた宝石たちでさえ、十分なパーツが集まれば元に戻るとまではいかずとも、復活できると考えられている。
繰り返しになるが、宝石に『死』という概念は
しかしゴジラの力を持ってすれば、体内のインクルージョンごと宝石を消滅させるなど容易いことだ。これは金剛も認めている。
だからあの獣の声を聴いたとき、宝石たちは知識としては知っていても何処か遠かった自身の完全なる消滅……死が、すぐ後ろに現れたような感覚に陥った。
どれだけ超越的であろうと生物が当然備える本能、死への恐怖が不意に現れたのだ。
今やゴジラは、ある意味では月人をも凌ぐ脅威として宝石たちから見られていた。
一方、月人の矢に砕かれ失われた足をアドミラビリスのアクレアツスから詫びとして進呈された彼の殻の一部で補い、無事に歩けるようになったフォスフォフィライトはと言うと……。
「……というような大冒険でありました」
「……馬鹿か、お前は。……馬鹿だったな、お前は!」
「ひど!?」
シンシャの呆れ果てた様子に、発光クラゲ入りの桶を抱えたフォスはわざとらしくショックを受けた。
夜中の見張り……現在は月人ではなく、ゴジラに対する見張りの仕事の休憩中、海での出来事を改めて説明したらこうなった。
ちなみにこのクラゲ、発光量がとても多い個体であり、宝石を夜に活動させるには十分な光を放っていた。端的に言うと、眩しいくらいだった。
「そんな見え見えの罠に引っ掛かる奴があるか! 馬鹿としか言いようがないだろうが!」
「はい。おっしゃる通りで……」
「みんなに黙って勝手に行動して心配をかけて割れて帰ってきて! この考えなし!!」
「はい、帰す言葉もございません。先生にもジェードにもクロにもたんまり叱られました。申し訳ございません、はい……」
シンシャの剣幕に、フォスは自然と地べたに正座して深々と頭を下げる。
本人も後になって自分のしでかしたことの馬鹿さが分かったらしい。実際、金剛には修復された体がもう一度砕けるほどの勢いで怒られ、クロことゴジラもその無謀には口を酸っぱくして叱られ、今後何かする時はまず自分なり他の宝石なりに相談するようにと約束させられた。
シンシャはそんな硬度三半を見下ろし、息を吐いた。その視線はフォスの太ももの中ほどから下、黒と白の縞模様になっている部分に注がれている。
「しかも、そんなにされてあのナメクジを許したのか」
「あ、うん。王様も弟さんのためだったし……いや、この脚もすごい調子がいいしさ」
立ち上がったフォスは片足を上げて軽く振る。
この足の性能は素晴らしく、フォスは今や最年長にして最速の宝石イエローダイヤモンドに近づくほどの速度を手に入れた。
「記憶は? 何か忘れていることは?」
「うーん、今んとこは分かんないかなあ?」
宝石たちは体内のインクルージョンが記憶を保有しており、身体の一部分が欠損するとそこに宿っていたインクルージョンの保有していた記憶も失われる。
だが失った当人がそのことを自覚するのは困難だ。何を忘れたのかが、まず分からない。
とりあえず
「それで? クロのことはみんなには言ってないんだな?」
「もちろん、完っ璧に誤魔化しておきました! ふっふっふ、ちょろいもんさ!」
「……先生やユークあたりは気付いてるだろうな」
どや顔で胸を張るフォスだが、シンシャは冷静だった。
他の者がなあなあで済ませるとしても、頭のいいユークレースやルチル、観察力のある年長者のイエローダイヤモンド、そして金剛にこの頭三半のガバガバな誤魔化しが通じるはずもない。
それでも彼らは他の者に言いふらすような真似はしないだろう。
「そのクロは、今どうしてるんだ」
「沖で寝てる。お腹がすかないように、出来るだけ動かないようにしてるんだって」
「この浜に住む生き物も、大きいやつほどたくさん食べる。だったら、クロはとんでもない量の食料が必要なんだろうな」
「はー、やっぱりシンシャは物知りだねえ」
感心してフォスは口を開けた。
シンシャはプイと顔をそむけたが、内心ではやはり不安だった。
大量の食糧なんて、もうこの星にはない。
六度の隕石衝突で痩せ細ったこの星に、生き物を育むだけの力はないのだ。ならば、行きつく先は飢え死にだ。
「あ、そうそうクロと言えばさ。昔は呉爾羅って呼ばれてたんだって。先生が言ってた」
数日前の朝礼で、金剛は宝石たちにクロことゴジラの成り立ちを説明してくれた。
にんげんの創った恐ろしい火と毒で、にんげんよりもさらに古代の獣の生き残りが変異したのがそうである、と。
故に、ゴジラはにんげんの罪と業の化身であり、その力を恐れたにんげんは彼を嵐や地震にも似た天災に準えたのだと。
にんげんは何度となくゴジラを倒そうとしたが、ただの一度を除いて徒労に終わったのだと。
「酷い話だ。……勝手だな、にんげんって奴らは」
シンシャは自分の肩を抱いて、身を震わせた。
自分たちの創った武器の被害者を、恐れ敵として傷つける。
なんて身勝手な連中だろうか。
そんな奴らの、最後の末裔が自分たち宝石か。
フォスが聞いたアドミラビリスに伝わる伝説。
にんげんが骨と肉と魂に分れたというのが、何処まで本当かは分からない。
だが、この伝説に真実が含まれているのなら、宝石たちの不俱戴天の仇である月人たちもまた、にんげんの残滓ということになる。
多くの宝石たちを攫い、常に薄ら笑いを浮かべた、あいつらも。
なるほど、連中は一番にんげんらしいのかもしれない。
「そんな奴らの子孫なのか、俺たちも」
「んー、まあ確かにね。でもそこまで捨てたもんでもないんじゃないかなーって」
フォスは月明りの下、微笑んだ。
「そりゃあ僕だってにんげんはなんて酷い奴らなんだろう、って思ったよ。でもさ、クロの記憶のにんげんたちは、みんな必死だったんだよ」
確かにゴジラは人の罪の化身であり、その歴史はそのまま罪の物語と言える。
だが同時にそれは、死を賭して天災に挑み、あるいは天災を鎮めようとする人間たちの歴史でもある。
ある男性は、友の仇を討つために父を狙っていたが、クロにとっては良き友だった。
ある男性は、翼竜に乗った愉快な男だったが、勇敢に戦った。
クロの記憶に強く刻まれた彼らは、勇敢な戦士だった。
ある女性は、クロを子供として愛し、守ろうとしてくれた。
ある女性は、クロと父を引き合わせ、最後まで想ってくれた。
クロの記憶に強く刻まれた彼女たちは、優しい人たちだった。
「にんげんはさ、馬鹿でどうしようもないけど……それでも、きっと大切な誰かのために、誇りや信念のために、戦える生き物だったんだよ」
「…………」
「だからさ、その遠い遠い子孫な僕たちも、きっとそうなんだと思うんだ……そう考えたら、ちょっとだけ誇らしく思えない?」
「……楽観的というか、お前は甘すぎるよ」
星明りとクラゲの光に照らされて腕を広げるフォスに、シンシャはつっけんどんな声を返した。
彼にしてみれば、フォスの考えは何処か危うく思えた。
同時に、フォスが遠くに行ってしまいそうに思えて、妙に不安になった。
(フォス! フォス、今ちょっと良いか?)
「ん~? あれ、王様?」
(そうじゃ可愛い可愛いウェントリコススじゃ!)
「なんだ、例のウミウシからか」
シンシャがやや呆れたような調子でフォスを見た。
フォスを飲み込んだ影響か、ウェントリコススはこうして思念で会話できるようになっていた。
騙した申し訳なさからフォスと距離を置こうとしていた彼女だが、当のフォスが遠隔で話せることに気付くや積極的に声をかけ、その目論みは露と消えた。
今では逆に彼女の方から通信してくることも多い。
「……あとでいい? 今僕、シンシャと一緒にいるんだけど」
(なんじゃデートか! 夜の浜辺でしけこんどるのか! 色気づきおって、このこの! わしにも金剛殿を紹介せい!)
「切るね」
(ああん、いけず~!)
「……で、なにさ」
(うむ、そうそう、アクレアツスがやった足の調子はどうかと思っての)
「みんなそれ聞くねー。うん、それなら大丈夫。前より調子がいいくらい」
(それならば良かった。弟も心配しておったからな)
安堵したような声にフォスも頷くが、シンシャは厳しい顔をしていた。彼にウェントリコススの声は聞こえないが、フォスの言葉から会話の内容を察したようだ。
「足のことか。……おおかた足の調子が悪ければクロに酷い目に合わされると心配してるんだろう」
「ちょっとシンシャ~、そういう言い方はないんじゃないの?」
「あのウミウシに伝えとけ。俺はそこの三半と違って、お前を許したワケじゃないんだってな」
「あ~、はいはい」
ツンとした顔のシンシャに言われた通りのことを伝えると、ウェントリリコスの罪悪感と悲しさが入り混じった感情が伝わってきた。
(うむ。まあクロ殿のことも無いとは言えんな。この償いは一生をかけてするつもりじゃ。おまえたちに比べれば瞬く間の我が生なれど、できる限りはな)
「もう、王もシンシャも重いってば!」
「お前が頭も何も軽すぎるんだよ!!」
思わず怒るシンシャにケラケラと笑っていたフォスだが、ふと空に目をやれば無数の光が舞っているのが見えた。
よくよく見れば、その光は蛾とも蝶とも付かぬ虫の群れだった。
無数の虫たちは、キラキラと金色の光を放ちながら、海や浜の上を飛んでいく……。
「うわ~、きれー! なにあれ!!」
「ああ……時々見るな。どこから来るのやら、ああして群れで海の向こうから飛んできては、また海の彼方に去っていくんだ」
驚くフォスにシンシャは何処か冷めた調子で言うが、毒液が震えているあたり、内心では感動しているらしい。ある意味わかりやすい。
「王様も見てるー?」
(うむ、見えておる。発光妖精の群れは、いつ見ても何とも明媚なことよな……)
「ハッコウヨウセイ?」
(我らはそう呼んでおる。発光妖精の現れる所、命が育まれると言い伝えられる。まさに吉兆ぞ)
「ふ~ん」
(あ、信じておらんな)
と、群れからはぐれたのか一匹がフォスとシンシャの前でヒラヒラと舞う。
こうして近くで見ると、黄色と赤と黒の鮮やかな色合いの翅に目玉のような模様があり、金色の鱗粉を纏っていることが分かった。
「おっと!」
フォスは首から紐で吊り下げたメモ板とペンを手に取り、急いで光る虫をスケッチする。もともと絵が上手いとはお世辞にも言えないうえ、動き回る虫相手なのでよく分からない象形画のようなもんが描けた。
「……博物誌、凍結されたんじゃなかったか?」
「そうなんだけどねー、せっかくだからさー、再開させてもらったんだよねー。苦労したんだよー、先生におねだりすんの」
へたくそな蝶の絵の下に、宝石の言葉でハッコウヨウセイと書いておく。説明はシンシャと王の受け売りで要領を得ないが、まあとにかくフォスの博物誌の1ページだ。
「発光妖精、ね……」
シンシャはゆらゆらと銀色の毒液を揺らしながら月を見上げている。その横顔は何処か寂しげで、まだ孤独が滲んでいた。
夜空と、海と、発光妖精の群れと、揺れる銀色の液体と、そしてシンシャ。
王の話の真偽はどうあれ、フォスから見て、その光景は確かに美しかった。
(ああー、なんやラブ臭がするのう! えーのう、青春じゃのう! のうのう!)
「王様……色々台無しだよ」
* * *
……正直なところ、フォスフォフィライトは調子に乗っていた。
クロが目覚めたこと、新しい足の調子が良いこと、王やシンシャとの語らいなどもあって、物事が好転しているのだと錯覚していた。
だから、海の見張りに人手を割かれて月人に対する見回りの人数が足りない、という話になった時、真っ先に名乗り出た。
イエローことイエローダイヤモンドも、医療担当の宝石ルチルも……そしてクロも……反対したが、そこを押しての参戦となった。
向いていないうえにすでに博物誌編纂の仕事があるのに、どうしてそんなに戦いたいのか、と問う金剛に「先生が大好きだから、助けたい」と正直に答えたら何故かイエローに笑われる一幕はあったものの、クロ含めてフォスの参戦をとりあえず認めてくれた。
まずはやれるだけ、思い切りやってみるといい。
クロは優しくも厳しく、そのようなことを伝えてくれた。
かくてフォスは剣を持ち、ウキウキで哨戒任務に当たった。
そして……。
「逃げてフォス……」
そして、このザマだ。
フォスの目の前では、自身のカバーのために組んでくれた双晶の宝石、アメシストのエイティ・フォーとサーティ・スリーが、月人に捕らえられていた。
紐の先についた四つに分かれる顎。としか形容しようのないそれはサファイアの牙を持ってアメシストたちを噛み砕かんとしている。
その光景を前に、フォスは恐怖で体を動かすことができなかった。
「フォス、走って……」
金剛先生を呼べと、そう言われているのは分かっているのに、足が動かない。
眼が赤く光り、一瞬クロに助けを求めることも考えたが、駄目だ。
あまりに強大なクロの力では、アメシストと、牙にされたサファイアまで消し飛ばしてしまう。
「どうして、フォス……? フォス……!」
その時、一体の月人……雑と呼ばれる文字通りの雑兵、大型の月人に侍る無個性なその他大勢がフォスに弓を引いた。
他の雑がアメシストに残らず斬り捨てられた中、『攻撃を躱す』という他にはほとんど見られない行動で難を逃れた一体だった。
「先生……いや、いやああああ!!」
悲鳴を上げて嚙み砕かれんとするアメシスト、無機質な笑みを浮かべて弓を構える月人……その光景を見た時、不意にフォスの頭にいくつかのことが瞬間的に浮かんだ。
まず最初に浮かんだのは、ウェントリコススから聞いた言い伝えだった。
宝石もアドミラビリスも、そして月人も、にんげんの末裔だという、あの言い伝え。
そして次に、クロの記憶にあった……にんげんたち。
大切な者を守るため、友の復讐のため、戦った勇敢な男たち。
種族を違っても、言葉が分からなくても、優しさを失わなかった女たち。
暖かさに満ちた、良き記憶……。
それに対し、現実はどうだ?
無機質に、冷酷に、アメシストを……フォスの仲間を連れ去ろうとしているこれが……
次の瞬間、フォスは弾かれたように動いた。
逃げるでなく、避けるでなく、瑪瑙の足の脚力でもって、ただ一跳びで月人の乗る雲に飛び乗った。
月人の放った矢が右腕をかすめ、それだけで呆気なく腕が砕ける。
構わずそのまま剣を抜き、雄叫びと共に月人に向かって突っ込む。
月人はいつの間にやら弓を槍に持ち替え、フォスの剣を受け止めた。
他の宝石たちの斬撃なら容易く槍ごと両断せしめるところ、それが叶わぬのは片腕のみだからか硬度三半の非力さ故か。
剣に体重を乗せ瑪瑙の足で思い切り踏ん張るが、それだけで全身がミシミシと音を立てながらひび割れていく。
ひび割れながら、叫ぶ。
「……お前たちが、にんげんなもんか!」
月人が、宝石たちと会話したという記録はない。会話できるのか、そもそも宝石たちの言葉を理解できるのかさえ分からない。
それでも、身内に湧き上がった情動のままに叫ぶ。
「にんげんなもんか! 勇敢さも、優しさも、なにも持っていない。奪って傷つけて笑ってばかりのお前らがにんげんの末裔だなんて、僕は認めない!!」
顔の白粉が落ち、口元が大きく裂けるように割れ、まるで牙を剥き出しているかのようだ。目は恐怖によって赤く光っているが、同時に怒りに燃え上がっていた……あの日のゴジラのように。
槍の柄に、剣の刃が徐々に食い込んでいく。
「にんげんなもんか! もしそうなら、お前らはにんげんの一番惨めで、みっともなくて、情けない部分だけが残ったんだ!!」
月人の表情が崩れた。
笑みが消えて、白目のみだった目玉が裏返って黒目が現れる。その顔に名を付けるならば……恐怖。
「うああああああッ!!」
槍の柄が両断され、剣の刃が恐怖に凍り付いた月人の顔に届いた。
……その瞬間、限界を迎えて全身が砕け、フォスは意識を失った。
* * *
そして次に目を覚ました時、全ては片付いていた。
駆け付けたボルツによってアメシストとフォスは助けだされ、月人は金剛によって霧散させられた。
結局、フォスの攻撃には意味なんてなかった。時間稼ぎにすらならなかった。
ボルツには「無謀は無能のすることだ」と冷たい口調で言われた。
まったくその通りだ。否定しようがない。
ルチルに直してもらい無事に完治したアメシストたちには「僕らに油断があった」と逆に謝られた。
いっそ、攻めてもらったほうが楽だった。
金剛はただ、怒るでもなく哨戒任務を解くことを伝えてきた。
失望、されたのだろうか。それとも最初から期待などしていなかったのか。
シンシャとは顔を合わすことができなかった。
こんな情けない姿を、彼に見せるのは嫌だった。
「情けない……」
修復を終え、部屋を抜け出し夜の草原を走るフォスの頭の中に、そうだな、とクロの声が響いた。
足を止めたフォスは砂浜の近くに座り込んで、自分の足を撫でる。
「……ははは、やっぱりクロでもそう思うんだ」
新しく速い足を得て、調子に乗っていた。
心のどこかでクロの力を己の力とはき違えていた。
あの場で最適な行いは金剛を呼ぶことだったはずなのに、それができなかった。
クロの思念に叱責され、フォスの思考は沈んでいく。
「……やっぱり僕は駄目だ。新しい足になっても上手くいかない。ただ、みんなの役に……ううん、みんなに認めてもらいたかっただけなのに」
それだけではない。
フォスは、クロの記憶で見た人間たちのようになりたかったのだ。勇敢で、優しい何かになりたかったのだ。
それがどれだけ分不相応かは身に染みた。
だけど、とクロの思念は続けた。
「……?」
仲間を助けるために動けたのは、立派だった。……頑張ったな。
「……違うんだ。僕はただ、あの時怒ってたんだ。あいつらが、あんまりにも……ああ、上手く言葉にできないや」
それでも、動けたのは事実だ。
クロの幼い頃の記憶が流れ込んできた。様々な脅威に怯えて父や母に助けを求めるばかりのクロ。小さくて、何だか可愛らしい。
この頃の自分に比べれば、フォスは立派だ、と言いたいようだった。
「……へへ、クロにもこんな頃があったんだね」
不器用極まる慰めに、フォスの口元に笑みが浮かんだ。
それは実際にクロの慰めが効いた、と言うよりはクロが慰めてくれたのだから、落ち込んでばかりはいられない、というような感情だった。
「よっし! 明日から博物誌、頑張りますか!」
夜空を見れば、冬の訪れを告げるように雪が降り始めていた。
* * *
霧散した月人たちだが、別に消滅したワケではない。
彼らは普通に月にある自分たちの都市に帰り着き、再生を果たしていた。
「はあー、今日は上手くいかなかったねー」
「アメシスト、ほしかったんだけどなー」
「双晶は珍しいもんねー」
結っている髪を解き、天女の如き服装も一瞬でラフな物に変え、普通に……むしろ軽い調子で喋る。
これ以上死なない彼らにとって、失敗や敗北は悔しくはあっても強く心に刻むほどのものではない。すぐに切り替え、次に備えるだけだ。
だが、そんな中にあって一人の月人は違った。
髪も解かず服も変えず、自分の顔の右半分を手で押さえていた。笑顔はなく、むっつりと考え込んでいるように見える。
「ねえ、どうしたの?」
「なーに、その顔?」
「新しいお洒落?」
「……ほうっておいて」
かしましい同僚たちに冷たく返し、その月人は黒い空に浮かぶ青い星を見上げた。
手を外せば、右目から顎にかけて大きな傷が、まるで涙の痕のように走っている。傷などすぐに再生するはずなのに、その月人には傷が……フォスフォフィライトが砕ける寸前に付けた傷が残っていた。
痛覚など薄くなっているはずなのに、それはジクジクと疼く。
(にんげんなもんか!!)
(勇敢さも、優しさも、なにも持っていない。奪って傷つけて笑ってばかりのお前らがにんげんの末裔だなんて、僕は認めない!!)
(お前らはにんげんの一番惨めで、みっともなくて、情けない部分だけが残ったんだ!!)
「フォスフォフィライト……!」
ある種の熱を帯びた声で、その名を口にして空に向かって手を伸ばす。
ゴジラへの恐怖を堪えて出陣した、その名もなき月人の胸の内を、あの薄荷色の影が、怒りに燃える目が、言葉が、ジリジリと焦がしていた。
さて、一つの事実がある。
それは、ゴジラは人間を惹き付けるということだ。
ゴジラに挑んだ者たち、ゴジラを慈しんだ者たち。みな、結局のところゴジラに魅せられていたのだ。
ならば、その細胞を継いだ宝石もまた……。
フォスシンは、ありまぁす!
鉄は熱いうちに打て、話題とモチベはあるうちに書け、ということで更新です。
ゴジラ大暴れさせたいけど、大暴れすると余波だけで宝石の国が壊滅しかねない……!
次回は……やっぱり不明。
キャラ紹介
にんげんたち
身長:様々
体重:様々
人種:主に日本人
仕事:Gフォース、他
ベビーゴジラ母、エスパーお姉さん、プテラノドン大好き恐竜坊や、MOGERAパイロット組……みなゴジラジュニアの記憶に刻まれた、良き人々。
彼らは人間の中でも色んな意味で上澄み中の上澄みだが、ゴジラジュニアにとって、そしてフォスにとっては彼らこそが『にんげん』である。
アメシスト・エイティ・フォー&アメシスト・サーティ・スリー
硬度:七
靭性:七半(推定値)
仕事:見回り
愛称:エイティ、サーティ
双晶(双子)の紫の宝石。
おっとりしているが双晶ならではの息の合ったコンビネーションを得意とする武闘派。フォスに対して良い所を見せようとするなど、意外とノリがいい。
ゴジラで双子だが、その役目は別の宝石が担う予定。申し訳ない。
月人
恐怖を得た、痛みを得た、他の者にはない傷を、すなわち個性を得た……。
クラゲ
発光するクラゲの一匹。
ダイヤモンドと仲良し。
フォスとシンシャの距離が近いとよく光る。
フォスとシンシャの間に誰か挟まってくるとやや光らなくなる
フォスとシンシャの間に甘酸っぱい空気が流れるとめっちゃ光る。
原作を読むと死ぬ。