波立つ海に影が落ちる。
風のなか陽光を反射して翼を輝かせながら飛ぶのは、フォスの分身ガルーダだ。その背に乗るのは、赤い髪と銀色の毒液をきらめかせるシンシャである。
海上に何かを探して目を凝らしていたシンシャだが、やがて彼を乗せたガルーダが一鳴きした。
「! ガルーダ、なにか見つけたのか?」
ガルーダが飛ぶ先には、大きな流氷があった。相変わらず、月人の雲のような形をしている。
その月人でいえば立像の麓に、薄荷色の光が見えた。
「いた! あそこだ!」
海に落ちないように気を付けながら流氷の上に降り立てば、やはりフォスはそこにいた。その脇には黒いアドミラビリス、アクレアツスが影法師のように立っている。
銀翼竜の背から降りたシンシャがチラリと触手を揺らすアクレアツスを見れば、彼は優雅に一礼した。
「やあ、骨の者」
「…………ウェントリコススの弟だな」
「先の戦いでは、ゆっくり自己紹介する間もなかったね。……改めて、僕はアクレアツス。アドミラビリスが王弟にして、ウェントリコススの伴侶。そちらは?」
「シンシャだ。そっちのフォスの……あー、保護者みたいなもんだ」
「そうか、君が……お噂はかねがね」
挨拶もそこそこにフォスに近づくと、彼は力なく座り込んでいた。目は開いているのに光はなく、手足を投げ出した姿は、まるで壊れた人形のようにすら見える。
何があったか、など聞かない。
「フォス……」
「ずっとこの調子さ……それも仕方がない。大切なモノを失って、平気でいられる者などいない」
知っている。
相棒が、兄弟分が月にさらわれた時、宝石たちはみなこんな顔をしていた。
仲間といっしょに心の一部を奪われたかのような、無力感で心に穴が開いてしまったかのような顔。
その顔に手を添えると、目の下に液体が流れた痕があった。身体がゴジラになっていくことで、良いこともある。こうして硬度の違う者とも触れ合える、と言ったのはフォス自身だ。
(ああ、確かにそうだな……)
フォスの隣に腰掛け、肩を寄せる。こうして寄り添えるのは、良いことかもしれない。
すると、やっとフォスは顔をそちらに向けた。
「シンシャ……?」
「……僕は少し、周囲の様子を見てこよう。月人がいないとも限らない。ああ、でも帰る時は声をかけてくれ」
それだけ言うと、アクレアツスは二人に背を向ける。
「ただ一つだけ言わせてくれ、フォスフォフィライト。酷な話だろうが……君は、幸運だった」
「こう、うん?」
フォスは何を言っているのか理解できないようだった。
それはシンシャも同じだ。愛する者を失って、何が幸運だというのか。
「多くの者にとって、誰かとの死別は突然のことだ。準備する期間も、別れの言葉すらない。だが君は……そうじゃなかったはずだ」
背を向けたままのアクレアツスの声は、酷く切実な物だった。
……月に囚われていた時の彼等アドミラビリスは、正気を失わされていたという。ならば彼も、その間に誰かを失ったのだろうか?
疑問に答えることなく、アクレアツスは海に飛び込み、深くまで潜っていった。
「フォス……」
「シンシャ……結局、僕は賭けに負けたよ」
フォスは淡々と、一切の感情が抜け落ちた声で言った。
「え?」
「みんなに迷惑かけて、勝手に突っ走って……あげく、クロを助けることができなかった」
「…………」
淡々とした声に、少しずつ感情が混じっていく。悲しみ、怒り、嘆き、無力感……絶望。
「僕のやったことには、なんの意味もなかったんだ……! ごめん、ごめん、君は止めてくれたのに……!」
「フォス」
「僕には、何もできなかった! いつもそうだ、空回りしてばかりで……いっそ、僕なんか、いなければ良かったのかもしれない。そうすれば……」
何と声を掛ければいいのか。心が折れた相手を立ち直らせるには?
半端な慰めは、余計惨めな思いをさせるだけだ。だとしても……。
――ふがいのない……!!
ゾワリと、背筋が凍った。
寒さのせいではない。確かに今、声が、と言うよりは獣の唸るような音が聞こえた。
フォスが、ゆっくりと顔を上げて虚空を見つめる。ガルーダが飛び退いて、翼を大きく広げて威嚇するようなポーズを取った。
そこにはいつの間にか霧が立ち込め、それに巨大な影が映っていた。
例えるならば、それは骨だけのゴジラだ。だが、それだけではない。シンシャには骨ゴジラと重なるようにして、小さな人型が見えた。
背が高く、ルチルのように白衣を着て、そして右目がない…あれは誰だ? 骨ゴジラとその人型は、ほとんど一体化しているようにも見える。
「ああ、あんたか……」
――いつまで、いなくなった者を引き摺っている? そうして嘆いていれば満足か?
「あんたに言われる筋合いはないよ、いつまでも恨みを忘れられない亡霊め」
フォスは、シンシャがその会話を聞いていることに気付いていないようだった。
――なんのために、同胞がお前の命を救ったと……。
「放っておいてくれ! クロがどう思ったかなんて、もう分からないんだ!! 勝手に戦って、勝手に……いなくなって!!」
フォスが叫ぶと、痛いくらいの沈黙が降りた。
骨ゴジラの纏う霧が、怒りに呼応して炎に代わった。
――我が忠告にも関わらず、お前は人間以下の存在となったか。……よかろう。ならば、
骨のゴジラの姿は、今やハッキリと見えていた。
その牙が、フォスに迫ってくる。ガルーダが霧に飛び掛かろうとして、そのまま硬直した。
――眷属よ、少し静かにしておれ。
どうやら、あの骨ゴジラが何等かの方法でガルーダの身体の自由を奪ったようだ。……やっとシンシャは事態を理解できた。
この骨ゴジラは、フォスが以前に話していた自分の内側にいるクロの同族に違いない。
なぜ、自分にも見えているのかは分からないが、かつてフォスに力を与えたそれが流氷を介して再び現れたのだ。
――なに、貴様の身体、上手く使ってやる。あの月の絞りカスどもは、残らず喰い尽くしてくれわ。
心折れた末裔の身体を乗っ取って、現世に復活するために!!
「……すると僕はどうなる?」
――脆弱な精神は大海に落ちた一滴の色水のように、混ざって消え去るだろうよ……そうなれば、悲しみや苦しみも感じなくなる。
「それなら、それもいいや」
フォスは目を閉じ、身を差し出したように見えた。
骨のゴジラが薄荷色の宝石を丸のみにせんと迫る。あるいは、それは慈悲か。
ガルーダが必死にそれを止めようともがいているが、動けない……が。
「やめろ!!」
唯一、ゴジラの血脈を継がないシンシャは動くことができた。
骨ゴジラが動きを止め、フォスとガルーダが目を丸くする。
「シンシャ? っていうか、え、見えてるの!?」
「やめろ、こいつを消させはしない……!」
――ほう?
自身と同族の間に両腕を広げて立ち塞がった赤い宝石を見下ろし、どこか面白そうに骨のゴジラは喉を鳴らした。骨しかないのに、どうやって音を出しているのだろうか。
片目の男は、一つしかない目でこちらを見ていた。
――これは面白い。その存在が無意味な宝石を庇うか。
「フォスは、フォスは無意味なんかじゃない!!」
シンシャは咆える。
結局自分は、フォスが走り出すのも、ゴジラになっていくのも止められなかった。
この行為にだって意味があるのかわからない。でも、ここで引けば、きっとフォスを失う。
「フォスがいなかったら、アンタークチサイトは月にさらわれていたかもしれない! ガルーダだって生まれてこれなかった!!」
チラリと後ろを見れば、薄荷色の宝石の目は、未だ曇っていた。
「アンタークだって、クロや他の皆がいたから……」
「クロやアドミラビリスがどうしてアンタークを助けたと思う? ……お前がいたからだ!」
だんだんと、むかっ腹が立ってきた。
この元硬度三半は、自分が何をしてきたか、まったく理解できていないようだ。
「ゴーストも、ウェントリコススたちだって、お前が寄り添ってくれたから、救われたんだ! 俺だって……」
「え……」
「俺だって、お前がいなけりゃ今でも夜に籠って、誰かが手を引いてくれるのを待っていたに違いないんだ!! 最初に俺を夜から連れ出すって約束したのは、お前だろう、フォス!!」
「それは……結局、君は自分で夜から出たじゃないか」
「自分で!? 馬鹿も休み休み言えよ、この頭三半! 俺が誰のために昼に出たと思ってるんだ!」
いよいよ、シンシャは怒りの余り毒液を揺らした。ガルーダが呆れたように、首を横に振った。
「言ったろうが、お前が必要だって! だから、だから……いなくなったほうがいいなんて、言うなよ……!」
(月に行くなんて、言うなよ……!)
奇しくもその言葉は、かつてフォスがシンシャに掛けた言葉に似ていた。
何の力も無かった言葉。でもシンシャにとっては、必要だった言葉。
「シンシャ……」
「クロだって、お前の友達だってそうだ。ずっと独りぼっちだったアイツが、お前がいたことでどれだけ救われたか……お前が一番、わかってるだろう」
「わかって、る」
やっとフォスは顔を上げた。その目じりに、涙を溜めて。
「でも、でも……僕はクロに、生きていてほしかった……生きてて、ほしかったんだ!」
「そうだな……俺だって、そうだ。お前に生きていてほしいんだ」
自然に彼の背中に腕を回し、抱きしめる。
ああ、確かに。毒液も硬度も気にせずに触れられるのは、悪くない。
「うん、うん……ごめん」
「大丈夫だ、大丈夫……俺が傍にいるから。だから、今は泣いてもいいから」
「うん……ありがとう」
涙を流すフォスの背をさすっていると、ガルーダが翼で身体を包んでくれた。
寒くないようにか、毒液が散らないようにか、いずれにしても優しい子だ。
――くくく……。
それを見下ろしていたクロの同族は、すっかり忘れられているにも関わらず愉快そうに喉を鳴らした。
――なるほど、貴様はさしずめ同胞の傍に咲く赤き花か……これは愉快なり。若き同胞よ、貴様は最初から独りでなどなかったのだ。
その声は、微かに、ほんの微かに柔らかくなっていた。
――なにより、貴様の中にはまだ死した同胞がおる。
「僕の、中に……?」
――応よ。貴様の心に、記憶にな。気休めと、下らぬと、ほざく者には言わせておけ。そ奴らには所詮理解できぬことよ。同胞よ、ゆめ、それを忘れるでないぞ……。
それだけ言うと、霧と共に最も古いゴジラは消えていく。
同時に薄れていく片目の男が微笑んだように見えたのは、果たして気のせいか。
「僕の心に、クロが……」
霧の晴れた海を眺めながら、フォスが呟いた。
彼の胸中に、黒い怪獣との、そして彼から受け取った思い出が込み上げていることが、シンシャにも理解できた。
死してなお、記憶として誰かの中に残る。
確かにそれは、気休めなんだろうとシンシャは思った。死んだ者は、生き返らない。永遠に消えてなくなる、ただそれだけだ。
でも、きっとその『気休め』が生きていく者には重要なのだろう。
……ひょっとして、クロの同胞はフォスに発破をかけるために現れたのだろうか?
グッと、何かを決意したように拳を握る。今度は何を考えているやら。
「……やれやれ、どういうことになったんだ?」
しばらくすると、海の中からアクレアツスが顔を見せた。
彼は、フォスの顔を見て驚いていた。
「まるで別人じゃないか。どういう魔法を使ったんだい?」
「ちょっとした、な」
シンシャは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「ちょっとした、ね。なるほど、なるほど……」
なにやら合点が行った様子の王弟は、腕を組んで微笑み返した。残念ながら、彼の考えていることと実際に起こったことには大きな剥離がありそうだ。
「さて、元気も出たところで、そろそろ帰ろうか。これからのことについても話さないと……!!」
その時、海が震えた。
下から突き上げるような揺れが流氷を襲い、波が高くなっていく。
魚の群れが水面下を逃げるように泳ぎ、ガルーダが甲高く鳴いて危険を知らせてきた。
「これは!?」
「まさか、また何かの怪獣が!?」
「いや、違う……! これは……すぐにこの場を離れるんだ!!」
アクレアツスが声を上げた時、不意にとてつもない轟音と共に彼方の海面が吹き飛んだ。
とてつもない量の水蒸気が爆発的に立ち昇り、ついで炎と黒煙が上がる。
何だかわからないが、とんでもないことが起きていると悟った一同は、ガルーダに乗って空に退避した。
「海底火山の、噴火だ……! 言い伝えで聞いてはいたが、僕も実際に見たのは初めてだ……」
黒煙と火の弾から逃げていると、アクレアツスが呆然と呟いた。
「クロ……」
そして何よりもフォスを驚かせたのは、噴火したのはクロが身を投じた火山だったことだった……。
……この日、宝石たちの暮らす丘は、この星に残された最後の陸地ではなくなった。
海底火山の噴火と共に、海底が隆起し島が生まれたからだった。島は時間の経過と共にどんどんと大きくなっていく。
黒々とした新たな大地。今は岩と泥ばかりの不毛の地だが、いずれは緑が芽吹くだろう。
――だが最後に……せめて、君に贈り物をしたい。
そうゴジラの末裔は同族に語った。
これが、残される同族とその仲間たちへの、彼の贈り物だったのだ……。
アフタヌーン発売に合わせて更新しようかとも思ったけど、我慢できなかったので更新しました。
キャラ紹介、のような何か。
片目の男
身長:??
体重:??
性別:男性
仕事:科学者
怪獣王ゴジラ、その最初にして最強の敵。
フォスのインクルージョンに、初代のゴジラのそれに混ざる形で思念として留まっていた。
初代ゴジラに主導権を譲る形で眠っていたが、今回はデストロイアの影響を感じ取り、表層に出てきた。
あくまで残留思念であって、魂ではない。魂は祈りを受けて輪廻に還った。
初代様がやたら人間臭かったり、フォスの知能が原作より上がってる気がするのは、彼の影響。