孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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※原作未アニメ化部分の軽いネタバレ注意


宝石は正しい世界の夢を見る

 遥かな未来。

 この星に六度流星が墜ち、六度欠け、六つの月が生まれた。

 

 やがてこの星に唯一残った脆弱な陸地に、生きた宝石たちが現れた。

 彼らは月より襲い来る謎の敵、月人と戦いながら寄り添って生きていた。

 

 その中にあって薄荷色(はっかいろ)の宝石、フォスフォフィライトは浮いた存在だった。

 

 まず、脆い。

 硬度は僅かに三半。ふとしたことで欠け、転べば砕ける。

 

 次に、不器用。

 とにかく取り柄らしい物がなく、その癖口先だけはいっちょ前。

 

 それだけだ。

 他には何も……何も、ない。

 

 

「フォース! いるんだろー!」

「ううん……」

 

 草原で横になっていたフォスフォフィライトは、自分を呼ぶ声に目を覚ました。

 ゆっくりと上体を起こすと、赤い髪のモルガナイトが呆れたようにこちらを見ていた。

 

「先生が呼んでるぞ」

「いったいなんだろう……?」

 

 答えたところで、ハテと首を傾げる。

 前にもこんなことがあった気がする。あの時は確か……。

 

「あの時……って、どの時?」

「おい、早くいけよ」

「ああ……うん」

 

「お前に背負わせる物は難しく、考えあぐねていたのだ。特異な体質に加え堅牢無比の不器用の地層……そして頭の中に響く声のせいで集中を欠きやすい気質」

 

 フォスから報告を受けた金剛先生は、颯爽と法衣を風になびかせながら、そう言った。

 

「何をやらせても相応しい役割を見つけることは出来なかった」

 

 淡々とした言葉に、後を走るフォスはがっくりとしてしまう。

 宝石たちは皆、一つか二つは得意な分野がありそれを仕事とすることで寄り添って生きている。

 言い換えればそれは、仕事が出来なければ仲間の一員として認められないということでもある……とフォスは解釈していた。

 だから仕事がしたい。なにか得意なことを見つけたい。自らの価値を証明したい。皆に認めてほしい。

 

 ……そこで『それでもいい』と言ってくれる()()はおらず、故にフォスの鬱屈とした感情は、ただただ蓄積していくばかりだった。

 

「俺は月人が、俺をさらってくれるのを待っているんだ」

 

 月明かりの下、赤い宝石シンシャはそう言った。

 それに対する約束はついに果たされることはなかった。

 

「フォスよ、許せ……」

 

 月人が落としたナメクジ……アドミラビリスの王を自称する、ウェントリコススは自らの過ちを悔いて二度とフォスと会うことはなかった。

 

 まったくもってフォスフォフィライトという宝石のやることは空回りばかりだった。

 

  *  *  *

 

「ああ、まったくなんだって言うんだ……」

 

 学校の通路を歩きながらイエローは珍しく不機嫌を隠しもせずに呟いた。

 冬を超えてあの大陸とやらを冒険してみようと言うことになり、その準備に追われていた矢先のある夜のこと。

 酷い……それこそ吐き気がするような、酷い夢を見て飛び起きれば窓の外から赤い光が差し込んでいた。

 月の光ではある。だがこんな赤い色の月は初めてで、インクルージョンが騒いでいるような奇妙な感覚に陥った。

 誰かをそれとなく起こそうとすれば、誰も起きない。しかも内何名かは酷くうなされていた。

 こういう時頼りになりそうなジェードやユーク、ルチル、金剛先生もだ。

 

 こうなると逆に何故自分だけが起きたのか……。

 

「よう、お前も起きたのか」

「!」

 

 不意に聞こえた声にそちらを向いて目を見開いた。

 ボリュームのあるオレンジがかった赤い髪に悪戯っぽい笑みを浮かべた表情。そして開かれた服の前から覗く、穴だらけの胴体。

 

「パパラチア!? なんで……!」

「どうやらちょっと厄介なことになってるらしくてな。俺が起こされた」

 

 ニヤリと笑うパパラチア・サファイアの身体の空洞には、虫の繭のような物が詰まっていた。

 

  *  *  *

 

 アンタークチサイト、ゴーストクォーツ、モルガナイト、ゴーシェナイト……多くの仲間を失って。

 ついにはあれほど慕っていた金剛先生に疑心を向け。

 月人のいいように操られ。

 カンゴームにも見捨てられ。

 

 だがその記憶も一万年の時間と共に薄れていく。

 それはきっと救いで……。

 

 頭痛がする。

 銀色の翼、赤い魚のような生き物、棘だらけの背中の生き物、炎を纏った巨大な生き物の骨、そして黒い黒い、夜の闇すら霞むほどの漆黒の影が次々と頭をよぎり、消えていった。

 

  *  *  *

 

「ええと、つまりこれは月人の仕業ってことか?」

 

 廊下を歩きながら、イエローは先を歩くパパラチアに確認した。

 愛刀を手に颯爽と歩くパパラチアの足取りはしっかりしているが、曰く彼が目覚めたのは発光妖精の主たちの力を借りた一種の裏技であるらしい。

 

「ちょっと違う。正確にはギドラとやらが月人を利用してやらせてる。月その物を増幅器にして催眠光線を地上に降り注がせてるんだとさ」

「ギドラ」

 

 その名を口にしたとき、イエローの胸の内に引っ掛かりを感じた。身に宿るインクルージョンが微かに震えた気がした。

 だがすぐに今はそんなことは重要ではないと切り替える。

 

「それでみんなを起こすにはどうすればいいんだ?」

「わからん」

「わからん、って……」

 

 あまりと言えばあまりな返答に呆気に取られてしまう。

 だが当のパパラチアは泰然と微笑んでいた。

 

「ま、俺らが何かしなくても、みんなその内に自分で起きてくるさ」

「いやそんな馬鹿な……」

「ゔあ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!」

 

 と、学校を揺るがすほどの叫び声が響いた。

 慌ててその声の主……アレキサンドライトの部屋に駆け込めば、月人マニアの宝石が仁王立ちしていた。

 真っ赤に変色した髪が逆立ち、まるで燃えているかのようだ。

 

「あ、アレキ……」

「ふざけんな! ふざけんな!! 許すですって!? あれだけ兄弟たちを傷つけた月人をもう憎めないですって!!」

 

 地団太を踏み、机をひっくり返し、天を仰いで咆える。

 

「なによりも……フォスに! フォス一人に!! 全部押し付けて自分はお料理三昧!? ふざけるのも大概にしろ!!」

 

 叫びはいつしか慟哭にも似た声になっていた。

 

「アレキ」

「……ッ!」

 

 叫びの切れ間に声をかけると、アレキは振り向いた。

 髪は赤いままだが、会話はできるようだ。

 

「イエロー……!」

「落ち着いたか?」

「……ええ、あんたの顔を見たらなんとか」

 

 そう言って深く息を吐くと、ゆっくりと髪の色が赤から緑に戻っていく。

 なんとか怒りを心の内側に押し込めたようだ。

 

「酷い夢を見たわ。こっちの決意とか尊厳とか粉々に踏み躙られて、でも妙にリアリティがある。そんな夢を」

「……ああ俺もだ。全部全部あの末っ子に押し付けてゆっくり腐ってくような夢を見た」

 

 イエローは眉を顰めて拳を握り締めた。それを見てアレキも何かを察したようだ。

 

「どうやらアタシたちが見た夢は同じ内容らしいわね」

「そうみたいだ」

 

 となると他の皆もあの夢を見ているのか。

 一万年の退廃の中で享楽に耽る、あの夢を。

 

「よう、アレキ!」

 

 遅れてやってきたパパラチアを見て、アレキは目をしばたかせた。

 

「パパラチア?」

「一番手はお前か。ま、そうなるわな」

 

 余裕に満ちた笑みを浮かべるパパラチア。

 なんの偶然か宝石の中でも年長者ばかりが目覚めたことになる。

 

「いや偶然じゃないね。あの『夢』に納得がいかないって思いが強い奴から先に目覚めるんだ」

 

 イエローの思考を読んだかの如く、言葉を紡ぐパパラチアをアレキは睨む。

 

「……あの夢はなんなの?」

「あれは有り得たかもしれない可能性ってことらしい」

 

 パパラチアの声色は平静だった。

 

「ゴジラがいなかった世界。ギドラが来なかった世界。怪獣が最初からいない世界」

 

 胸の空洞を一撫ですると繭が一つ、崩れた。

 

「ある意味ではあっちの方が正しい形の世界だ」

「正しい? あれが? あんなクソッタレの……」

「落ち着け、アレキ」

 

 髪が再び赤く変色してゆくアレキを宥めながらも憤りはイエローも同じだった。

 流されるままだった夢の中の自分に、そして夢と同じ状況に置かれればまったく同じことになるだろう自分自身に二人は憤っていた。

 

「ッ!」

 

 不意に視線を感じた。

 ゴジラが現れた時のようにゾクリと背筋が凍るような、インクルージョンが今まで以上に警報を鳴らすようなそんな視線だ。

 

「……?」

「こっちを見てやがるな。……これがギドラか」

 

 スッと、パパラチアの目付きが剣呑な色を帯びた。

 そのままに視線を動かし窓の外を見る。

 

「さてと……つもる話はあるが、お二人さん。まずは連中の相手をしないとな」

「連中って……!」

 

 釣られて窓の外を見れば、赤く染まった夜空にいくつもの黒い染みができていた。

 月人襲来の予兆である黒点だ。

 

「そんな馬鹿な! 今は夜だぞ!!」

「これまでにないわね。何か特別な理由が……いえ、夢では月人が夜に来なかったことに大した理由はなかった。単になりふり構わなくなっただけか」

 

 冷たい声のアレキの髪や瞳が、再び赤く染まっていく。

 

「でもちょうどいいわ……たっぷりと憂さを晴らさせてもらう!!」

 

 長い髪を翼のようにはためかせ、剣を手に取りアレキが獰猛な笑みを浮かべた。

 パパラチアも剣をゆっくりと抜く。

 

「そういうワケだ。みんなが目を覚ますまでの間、誰かが月人の相手をしなきゃならない。本当なら俺一人でやるはずだったが……二人が目を覚ましてくれて、正直ありがたい」

 

 空の黒点はどんどんと増えていく。

 なるほど皆を眠らせて、その隙にさらおうと言う腹か。死ぬほどムカつく夢見心地で月へご招待とはいい趣味している。

 あの夢で自分たちは自ら月へと向かったが……。

 

「はあ……仕方がないな!」

 

 イエローも溜息を吐きつつも剣を抜く。

 自分はあの夢のように月に行くつもりはないし、仲間たちを行かせるつもりもない。

 

「お兄様がまとめて相手してやろうじゃないの!!」

 

 

 

 

 ……ああ、そうか。()()は混ざり物か。

 人間どもが我が細胞から作り出した紛い物……超ドラゴン怪獣キングギドラ。

 その細胞の一片があのイエローダイヤモンドに混入していたようだ。そのせいで我が力が僅かに及び難く、いち早く夢から醒めたか。 

 蛾どもの眷属は念入りに夢に浸らせたが、パパラチア・サファイアとラドンの末裔たるアレキサンドライトはともかくとしても思わぬ伏兵がいたものだ。

 ……まあよかろう。あの宝石、我に仇成すならばそれもまた是。

 

 さて、フォスフォフィライトよ。

 分かっているだろうが月人たちは正しい世界のようにお前が仏とやらに至ることを期待しているぞ。

 

 ……ふ、ふふふ。正しい世界、か。

 

 ああ、そうともさ。あれは正しい筋道なのだろうよ。完全なる無垢なのだろうよ。真なる合理なのだろうよ。

 だが我は正しさなど欲さぬ。

 無垢なる者などつまらぬ。

 合理など下らぬ。

 闘い、喰らわずして何が生命か。

 

 お前もそう思うだろう?

 ……ゴジラよ。

 

  *  *  *

 

「私は初めからずっとひとりだったのです」

 

 終わりが近づく星で、一万年の時を過ごしたフォスフォフィライト……かつてそう呼ばれていた者は無数の月人、かつての同胞たちを前に穏やかな声で言った。

 

「この一万年と少しの間には、なにも無かったのです」

 

 苦痛も、迷いも、願いも、情も、失くした。

 それでこんなにも穏やかだ。

 

「無に至る。それが私とあなたがたの願い……やっと分かり合えましたね」

『ありがとう』

 

 彼らの言葉に、両の手を合わせようとして……。

 

「……ああ、やっぱりだめだ。()にはこの結末に至ることはできない」

 

 瞬間、それを止めた。

 白い体を内側から引き裂くように現れたのは薄荷色の宝石。

 

 フォスフォフィライトだった。

 

 世界が砕け散り、月人の群れも消え去る。

 

「これ以上の結末はきっと存在しない。でも……君たちのことを忘れないって、約束しちゃったからね」

 

 いつの間にか背後に立っていた巨大な赤い影……デストロイアに向けてフォスは微笑んだ。

 デストロイアは一瞬だけニヤリと悪魔のような顔を歪めると、闇に融けていった。

 残されたのは星のない夜さえ霞むほどの漆黒。フォスが好きな……何よりも思い出深い色。

 決して忘れることのない、愛情と友情の色。

 

「……クロ」

 

 終わらぬ戦いが待っていようとも。

 苦しみと悲しみに満ちていようとも。

 クロが父から受け継ぎ、また自分がクロから受け継いだ物をそう簡単には終わらせられない。

 

『フォス! フォース!』

 

 アドミラビリスの王、ウェントリコススのが何処からか聞こえてきた。

 

『なんかすっげー尊厳破壊な夢見たんじゃけど! これってやっぱり月人の仕業か!?』

「多分ね。僕はまだ夢の中かな? 今頃大変なことになってるだろうし、起きないと」

 

 やかましい声に、思わず安心してしまう。王様はやっぱりこうでないと。

 

『フォス』

「シンシャ」

 

 眷属であるガルーダを通してシンシャが静かに声をかけてくる。

 彼との約束も果たせていない……少なくともフォス視点では。

 

 周囲に銀翼のガルーダが、棘だらけのアンギラスが、赤い魚のようなアクアティリスが、そして骨だけの先々代のゴジラが現れた。フォスと同じゴジラの細胞を持った者たちが。

 彼らに向かって頷くと、全身に力を籠める。

 

 手足が、背丈が伸びていく。

 衣服諸共に体を黒みがかった緑色の皮膚が覆う。

 背ビレと尻尾も生えてきた。

 夢の中なのだから実際に肉体が変化しているワケでもなかろうが、まあ気合いの問題だ。

 

 

「さあ、行くぞ!」

 

 背ビレを発光させ、叫びと共に熱線を空に向かって吐き出す。

 青い光が闇を切り裂き、フォスの意識を急速に覚醒へと向かわせた……。




超々々々お久しぶりの更新です。生きてます!!

原作を完結まで読み進めてあれ意外に宝石の国という作品の結末は有り得ないと思った次第
しかし最終巻を改めて読んで、湧き上がった何かを文章にしたためました。
改めて、ここのフォスはあの結末には絶対に至れません。色んな意味で。

ちなみにイエローが超ドラゴン怪獣の方の因子持ちなのは、初期構想時から考えていたのですがそのままで行くかオミットするかどうか迷った末にこうなった次第。
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