孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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亡霊は冬に叫ぶ

 雪が浜の景色を白く染め上げるころ、宝石たちは冬眠する。

 光をエネルギー源とする彼らにとって、空が分厚い雲で覆われ日が出ないことの多い冬の間は、食料が常に足りないようなものだ。

 幸いにして月人もまた雲間から太陽が覗かない日は姿を見せない。

 

 問題は当然ゴジラなのだが、あの獣は寒さに弱くこの冬の間は眠っているはずだ、と金剛は言った。

 実際、フォスは当のクロから冬の間はさらに深い眠りにつくことを聞いていた。

 アドミラビリスたちも海を覆う流氷が危険なため、海面には近づかないとのことだ。

 

「先生、それでも必ずゴジラがこないとは言えないのでは……いえ、先生のお言葉を疑うわけではないのですが……」

「私とアンタークチサイトに任せておきなさい。何かあればすぐに起こすから」

 

 冬眠の準備を進めながらも不安げな宝石たちの議長、緑の宝石ジェードを宥める金剛の顔はどこか懐かし気だった。

 

「先生?」

「なに、昔はこうして皆を眠らせるのも一苦労だったと思ってな。特にジェードは寂しいから眠りにつくまでいっしょにいてほしいと……」

「ああー! いえ、ちゃんと眠ります、はい!!」

 

 後ろで結んだ緑色の髪を揺らし、ジェードは居住まいを正す。真ん中分けの髪が白と青の二色に染まっている書記のユークレースはクスクスと笑っていた。

 

「さあ、寝るぞー!」

「フォスは冬眠好きだよねー」

「お前、いつも最後まで寝てるもんな」

 

 張り切って休もうというフォスを、ゴーシェとモルガがからかう。

 フォスは、冬が好きだった。冬眠の間は夢の中でクロとたっぷり話ができるからだ。特に今年はクロとの距離が近いし、ひょっとしたらウェントリコススも夢に現れるかもしれないこともあって楽しみだった。

 

「フォス」

 

 と、そこに声をかける石がいた。

 他と違い白衣を着て何処か気だるげな表情の、短い赤と金の髪のルチルだ。

 医務担当の宝石である彼は、しょっちゅう割れるフォスとは良く顔を合わせる。

 

「なーにルチル?」

「例年通り、シンシャに寝具を持って行ってあげてください。ここで寝るように言ったのですが、断られてしまって」

「あー……それね」

 

 フォスは、罰が悪げに目を逸らした。

 他の者と離れて眠るシンシャに冬眠用の服などを持っていくのは、いつもならフォスの役目だ。だが哨戒任務の大失敗以降、なんとなしにシンシャとは顔を合わせたくなかった。

 

「おやおや、珍しい。喧嘩でもしましたか? 嫌なら私が行ってもいいですが?」

「…………」

「あー、今年はシンシャと会えるのもこれで最後でしょうねー」

「……行く」

 

 なにやらニヤニヤしているルチルから寝具をひったくるフォスを、周囲は生暖かい目で見ていた。ダイヤはそりゃあもう眼を輝かせてボルツをちょっと引かせていた。

 

 そんなワケで、冬眠に入る前に顔合わせをできたフォスとシンシャだが、特に変わったことはなかった。

 せいぜい、双方なんとなしに気まずい空気を漂わせつつ、「その、また春に」「ああ……春にな」「うん、お休みなさい」「……お休み」などと会話したくらいである。

 

 そして服飾担当の宝石レッドベリルが意地と根性で仕立てた、やたらとフリフリで凝りに凝ったデザインの寝間着に身を包み、宝石たちは春が来るまで眠りについた……はずだったのだが。

 

「何故か眠れず、こうしてお世話になっております……」

「まったく、いつもは最後まで寝ているくせにフラフラと……」

 

 普段は液状だが気温が下がると結晶化する特異体質の宝石、アンタークチサイトことアンタークは、頭痛を堪えるように凛々しい顔を歪め、白い髪を揺らした。

 彼はその寒ければ寒いほど強いと性質を生かし、他の者が冬眠している間の月人への警戒や雪かき、流氷割りなどの冬の仕事を担当していた。

 その隣を歩くフォスはどういうワケかこの冬まったく眠れず、金剛は仕方なしに冬の仕事の手伝いをさせることにしたのだった。

 

「どうせ今年も無為な一年だったのだろう? いまさら不安で眠れないか?」

「不安はともかく無為でもなかったさ。まあなんていうか、戦闘は向いてねえな、と言うことは死ぬほどよくわかりました」

 

 それにフォスとしてはクロと対面できたし博物誌編纂の仕事ももらえたので、むしろ実りある一年だった。

 

「今更か……」

「それに……怒られない、ってことが意外と堪えるってことが分かった」

「……なるほど、まったく無為でもなかったらしい」

 

 呆れたような顔のアンタークだったが、硬度三半が淡々と放った言葉に、それを改めた。

 と、フォスは笑顔を浮かべた。まったくコロコロと表情の変わる宝石である。

 

「あとちょうどいいからさ。冬の間のこと、色々記録しとこうと思って。どんぐらい雪が降るのかとか、虫とかがどうしてるのかとか……」

「…………」

 

 首から紐で下げた書類板とペンを見せるフォスに対し、アンタークは目を丸くした。

 

「? アンタークちん、どうしたの?」

「いや……意外なくらいに真面目だな、と思って」

「ひど!? 僕だって、ちょっとくらいは進歩してるんだぜ!」

「どうだか……ああ、ところで先生がおっしゃっておられたゴジラとかいう獣のことだが……」

 

 アンタークは軽く息を吐いた後で話題を変える。

 冬以外は眠りについている彼がゴジラのことを知ったのは、当然ついさっきだった。

 バツが悪げに、フォスは視線を逸らす。

 

「ああ、それね」

「先生のお言葉を疑うワケではないが、にわかには信じがたいな。私たち宝石を消滅させうる存在とは」

「……その心配はいらないと思うけど」

 

 顎に手を当ててのアンタークの言葉に、フォスは聞こえないように小さく反論する。

 

「いずれにせよ、そんな獣が冬の間に暴れ、先生に迷惑をかけようと言うなら、討たねばならないだろうな」

「いやそれはちょっと、無謀じゃない? 先生でも勝てるかどうかって言ってたし」

 

 金剛が、全力を出せば自身もただではすまないだろうが、ゴジラに勝てる見込みはある、と言っていたのはフォスにとっては驚きだった。クロはその件に対し、多少ムッとした様子ながら否定も肯定もしなかった。

 

「先生が負けるものか」

 

 不満げなフォスの顔をどう受け取ったのか、アンタークは当然とばかりに言い切った。

 その信頼が、どこかクロに対する自分のそれと重なって見えて、フォスは親近感を抱いた。

 

「……うん、そうだね」

「当然だ」

「でもやっぱり、アンタークちんがク……ゴジラ倒すってのは無謀だと思う」

「かもしれん。だが私は僅かに硬度三。低硬度から勇気を取ったら、何もない……最悪、他の者が逃げる時間稼ぎくらいはできるさ」

 

  *  *  *

 

 こうして、フォスの冬の生活が始まった。

 

 擦れ合う時に轟音……甲高い悲鳴にしか聞こえなかった……を発する流氷を割ろうとすれば、逆に自分が割れた。アンターク曰く慣れとのことだ。

 

 学校の中にまで吹き込んでくる雪を掻き出し……この学校、窓にガラスなどなく雨も雪も容赦なく吹き込んでくる……自分が埋もれた。

 

 学校内の巡回では、宝石一同寝相が悪いことが分かった。フォスも相当に悪いらしい。

 

 これらの仕事を、フォスは意外なことに文句は言っても投げ出さず、ついでに本来の仕事である博物誌の方も何とか進めていた。

 

 ちょっとアンタークに見せたら「絵が下手」「文が纏まっていない」「私見、私情が多すぎ」「とにかく分かりにくい」と大変貴重な駄目だしをいただいた。ちくしょう。

 

 夜になって眠っている間は、クロと話す時間だ。

 クロは冬の地上のことを興味深げに聞いてくれた。特にアンタークと憎まれ口を言い合いながらも打ち解けてきていることが、嬉しいようだった。

 

「それにしても……」

 

 アンタークのようにダイナミックに砕くのは無理なので、ノコギリ状の剣でギコギコと氷を削ることになったフォスは、流氷を見上げて一人ごちる。

 

「気になるよね」

 

 この流氷、お盆のような本体から塔のような物が生えたような形状をしており、まるで雲に乗った月人のようなのだ。

 アンタークに曰く、海底の植物が氷に含まれていると、こういう形になるとのことだが……。

 

――ねえ、強くなりたいんでしょ?

 

(それに、この声だ……)

 

 氷を割っていると、不意に聞こえてくる声。ささやくような、フォスよりも小さい子供のような声。

 アンタークは、単に言葉に聞こえる音だと言った。

 金剛は、流氷が聞く者の不安を反射しているのだと言った。

 クロは、酷く警戒し耳を貸すなと言っていた。

 

――強い腕がほしいんでしょ? だったら、分かるよね。足だって結局良くなった。

 

 だが確かにそれはフォスの抱えた不安だった。

 先日、アンタークはフォスの行動力を認めつつもこう言ったのだ。せめて、腕がもっと強ければと……。

 もちろんそれは、実際に腕を付け替えてほしい、と言う意味では断じてないが、フォスの劣等感を刺激する言葉だった。

 

――誰かいい方法を知ってるよ。悪くはならない。

(無視無視……)

――変わらないと、勇気がないと。いつまでも、守ってはもらえないよ。

(…………)

――早くしないと、月人にみんな連れていかれちゃうよ。シンシャだって、いつかは。

(シンシャ……)

――だかラ……!

 

 声を聞いているうちにだんだんボーっとしてきたフォスだったが、急に声のトーンが変わった。

 いままでの囁くような声ではない。もっと深く、力強く、恐ろしい声……いや、声とも言い難い、咆哮と唸り声の連続に。

 だがフォスには不思議と、その意味が分かった。

 

――(いか)れ! 敵を許すな! 苦痛を忘れるな! 力は、怒りより生ずるのだ! 怒れ!!

 

 そう、叫んでいた。

 

「怒り……」

 

――そうだ怒りだ! 己の痛み、苦しみ、悲しみを、怒りと変えるのだ!! 幼き同胞よ、それがお前を強くする!!

 

 フォスの目の前で流氷が砕け、その下から何かが現れた。

 それは巨大な動物の骨だった。全体の姿といい特徴的な背びれといい、クロの……ゴジラの同種に見えた。

 だがこの骨は地獄のような業火に包まれ、火が消えたかと思うと泡のような物に包まれ、それらを交互に繰り返していた。

 頭蓋の虚ろな目の奥には、しかし絶えず身を苛む途方もない苦痛と、それが生む底知れない怒りと怨念が見えた、気がした。

 骨のゴジラはゆっくりと前足の骨をフォスに向けて伸ばしてきた。まるで、こっちに来いとでも言うように。

 

 一瞬、そちらに向けて手を伸ばしかけた時、フォスは自分の真後ろに気配を感じた。

 間違えようもない、親友のクロの大きく頼もしい気配だ。実際にそこにいるワケではなく、フォスを介して思念を送ってきているのだ。

 

――最も旧き同胞よ、去れ。この小さき子は我らの種、その最後の末裔にして、汝が血脈を継いだ子息も同然。ならばこそ、我らの業にこの子を巻き込むな。

 

 フォス越しに二体のゴジラはしばし睨み合い、やがて骨ゴジラの方が溶けて流れるようにして消えていった。

 クロの方も、あれの言うことを真に受けるな、とだけ思念で告げ、去っていった。

 

「フォス? フォス!」

 

 アンタークに呼ばれてハッとなると、フォスは氷の上に座り込んでいた。

 

「どうした、ボーっとして? 海に落ちたら危険だぞ」

「……ああ、うん」

 

 自分の硬度三半の脆くて非力な、でも生まれ持った腕に視線を落とす。そこに宿るインクルージョンは、クロの同種に由来するらしい。

 もしも、もしも流氷が反射するのが不安だけではないとしたら、身内に潜む何かすらも反射して、音のみならず思念をも映し出したとしたら……。

 

「アンタークちん……」

「フォス?」

「僕、幽霊と会っちゃったよ……」

 

 

 

 

 

 

おまけ:荒ぶるダイヤさん

 

 冬の足音も聞こえてきたある日、夜も耽り宝石たちも多くが眠りにつくころのこと。

 

「ふふふ……」

 

 シンシャと同期の宝石、硬度十を誇るダイヤモンドは水を張った桶を前に笑みを浮かべていた。

 

「クラゲさん、クラゲさん……今日も色々、教えてね♡」

 

 桶に餌を落とすと、中のクラゲの光によって肩まで伸びた髪がキラキラと光り輝く。その姿は絵も言われず美しいのだが、表情は何やら悪だくみをしているようで、見ようによっては鍋で毒薬を煮込む魔女のようにも見えた。

 

「クラゲさん、クラゲさん。今日のフォスとシンシャの距離はどうだった?」

 

 ダイヤが問うと、クラゲの放つ光が強くなった。このクラゲ、フォスがシンシャと夜に話す時によく抱えている個体である。

 

「きゃー♡ 今日も甘酸っぱい距離感してるー!」

 

 ダイヤはこうして、夜な夜なこのクラゲからフォスとシンシャの関係を聞き出しているのだ。

 そうして二人の仲に一喜一憂するのが日課であり楽しみだった。

 

「じゃあクラゲさん、クラゲさん、今日もあの二人は仲良しだったかしら?」

 

 だが次の質問にクラゲの光具合がやや悪くなる。

 

「むむむ、これは……なにかあの二人の間によからぬことが?」

 

 クラゲは、点滅するように光る。

 

「この光り方は……まさか、誰かがあの二人の間に入ったっていうの? 石の間に挟まるのは大罪だぞ!」

 

 誰だ、そんな無粋な真似をするのは。

 一番ありそうなのは図書室管理のゴースト・クォーツだ。あの子はなんだかフォスと距離が近い。

 あるいは、なんだかんだとフォスとシンシャを気にかけているルチルか。

 それとも、大穴でかつてシンシャと隣部屋だったベニトアイトか。

 三角関係も面白……もとい微笑ましいが、ここはフォスとシンシャの仲を尊重したい。

 思案に暮れるダイヤだが、クラゲは心配するな、とでも言いたげに強く光る。

 

「こ、この輝きは……まさか! シンシャが我知らずヤキモチを!?」

 

 クラゲは光った。めっちゃ光った。

 

きぃやぁーーー♡

 

 自分の肩を抱き寄せ、ダイヤは体を揺らす……と、書くと可愛らしいが、実際には古代に存在したロックシンガーの如くハイスピードで体を前後に振り、部屋が震えるほどの奇声を発していた。

 

 ああ、見たい!

 あのシンシャが、ツンツンした態度でフォスにキツイことを言うけど、普段が普段なので通じなくて落ち込むのが見たい!

 後で自分の物言いを後悔し、一人ションボリしているのが見たい!

 しかしそんなことには気づきもしないフォスに普段通りグイグイ迫られて、真っ赤になっちゃうのが見たい!

 見たい、見たい、見たーい!!

 

「でも駄目よ、ダイヤ! 二人の仲はこうして遠くから見守るって決めたじゃないの!! ダイヤモンド属は辛抱が肝心よ! ……うー、でもやっぱり見たーい!」

 

 草木も眠る丑三つ時、キャーキャーと声を上げながら、ダイヤは一人もだえるのだった……その声がフォスや他の宝石には丸聞こえだと気付かずに。

 

「イエロー、ボルツ。君たちの兄弟だろ? どうしてあんなになるまで放っておいたんだ……」

「面目次第もない……」

「…………」

 




連載にしました。
金剛先生VSゴジラは、金剛先生が半壊覚悟、諸々の縛り無しなら初見殺しでワンチャン、というイメージ。
ただし二戦目以降はゴジラが対応策なり新能力なりを編み出し、勝率がグッと下がる。
そして仮に勝てたとしても、そこには身内を殺された薄荷色のゴジラ族が残される。

おまけは……なんか書けて、話にねじ込めなくて、でも没にするのも惜しいので。

続きは……書けるうちは。


以下、キャラ紹介

アンタークチサイト
硬度:三
靭性:不明
仕事:冬の見回り、冬の日常業務
愛称:アンターク、アンタークちん

冬にのみ活動する白い宝石。
普段は液体で低温でのみ結晶化する特異体質の宝石で、その体質を生かし他の宝石が冬眠している間の諸々を担当している。
器用かつ優秀で、クールな軍人めいた性格だが、金剛先生大好き。
『低硬度から勇気を取ったら何もない』という信念を持つ。



初代ゴジラ
身長:50m
体重:2万t
備考:上記はいずれも生前の数値

始まりの怪獣。
もはや説明不要、核実験によって住処を追われ怒りのままに大都市東京を蹂躙した荒ぶる破壊者。
芹沢博士が開発したオキシジェンデストロイヤーによって絶命するも、一かけらの骨が残り、それが後にフォスに宿るGインクルージョンの素となった。
厳密な正体に関しては不明な点が多く、後の同族たちのように突然変異体と明言されていない。
いずれにせよ、その思念は未だインクルージョンに留まっている……のだが今回出てきたのは、単にフォスに対する自分なりの助言のつもりだったりする。




ダイヤモンド
硬度:十
靭性:七半(推定値)
仕事:見回り
愛称:ダイヤ

女性的な輝ける宝石。
無性の宝石の中にあっては女性寄りの精神構造をしており、フォスやシンシャのことも気に掛ける優しい性格。
だが弟のボルツに対しては愛情と強い劣等感、対抗意識の入り混じった複雑な感情を抱く。
一方で恋愛話に目がなく、最近の注目はもっぱらフォスとシンシャ。

始めてのまともな出番がこれで本当にごめんなさい。
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