孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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世界の摂理は希望を拒む

 フォスの冬の仕事体験は、概ね順調に進んでいた。空に立ち込める雲は分厚く、まだ晴れそうにない……つまり月人の襲来もないと言うことだ。

 そのこともあって、今日は学校から離れた西の浜で流氷を砕くことにした。

 

「そう言えば、疑問に思ったことがある」

「なーに、アンタークちん? 藪から棒に」

 

 巨大な流氷を砕き一息ついているアンタークの言葉に、氷を割りながらフォスは聞き返した。流氷割りもそろそろ慣れたものだ。

 

「博物誌のことだ。お前は一度、博物誌編纂の仕事を凍結させられたのだろう?」

「あー……まあ、はい。色々やらかしまして……」

「だが金剛先生に懇願して再開させてもらったそうだな……何故そこまでして?」

 

 ある意味、アンタークの疑問はもっともだ。

 宝石たちにとって金剛先生の言葉は非常に重く、逆らうことは稀だ。そしてその稀な宝石がフォスだった。

 

「なんてーかさ。僕ってほら、硬度三半じゃん?」

 

 手を休めずに、フォスは呟くような声で言った。

 

「それを言うなら、私は三だ」

「いや、それ今は関係……なくもないけど。おまけに不器用で、自慢できることと言ったらこの可愛く凛々しいお顔くらいなワケですよ」

「そういうとこブレないな、お前」

「……そんな僕なんで、どんな仕事させるか先生もたいそう悩んだそうなんで」

 

 フォスの頭には、まだクロが目覚める前のいつかの草原でのことが浮かんでいた。

 

「悩んで悩んで、やっと見つけてくれた仕事なわけで、せっかくならできるトコまでやりたいじゃん?」

 

 これは、クロとの会話、そしてその記憶からかつての人間の社会を垣間見て、少しだけ広くなった視野だから得られた考えだった。もしもクロがおらず一人だけだったら、博物誌のことも地味だ面倒くさいと嫌がっていたかもしれない。

 

「…………その気持ちは、少し分かる」

「え? でもアンタークちん、器用だし頭良いし、多分戦っても強いんでしょ?」

「私はこういう体質だ。冬以外の時間は、基本的に役立たずだ」

 

 自嘲と言うよりは、どこか懐かしむようにアンタークは続けた。

 

「だからこそ、先生にいただいた冬の仕事を全力でやり遂げようと決めている」

「そっか……」

「しかし、まだまだ未熟だな。今もまた、学んだことがある……金剛先生以外の誰かと過ごす冬も、悪くはない」

「えへへ」

 

 二人して、何となしに笑い合う。

 ずっと金剛と二人きりで冬の仕事をこなしてきたアンタークにとっても、この薄荷色の後輩と過ごす冬は意外と新鮮だったらしい。

 

 低硬度の二人を祝福するかのように雲の切れ間から光が差し、銀白色と薄荷色の髪をキラキラと輝かせた。

 

 ……そう、光が差したのだ。

 

『ッ!!』

 

 二人はギョッと空を見上げた。

 雲の切れ間がだんだんと大きくなり青空が覗く。同時に、その青に黒い点が現れた。

 月人が現れる予兆、黒点だ。

 

「……フォス、先生を呼んで来い」

「アンタークは?」

「私はここで時間を稼ぐ。なに、慣れた相手だ……早く行け!!」

「ッ! 分かった、先生が来るまで無事でいてね!!」

 

 アンタークはゆっくりと腰のノコギリ剣を抜き、フォスは弾かれたように走り出した。今度は、恐怖で動けなくなるようなことはなかった。

 膨らみゆく黒点を見上げ、アンタークはふと微笑んだ。

 

「無事でいてね、か……」

 

 金剛先生以外の口からその言葉を聞くのは、久しぶりだった。

 やはり、誰かと共にいるのも悪くはない。

 

「そう頼まれては、仕方ないな!!」

 

 黒点の中から、弓や矛を手にした月人たちが現れる。薄ら笑いを浮かべた、白い人型の群れが。

 無数に飛来する矢を弾き、アンタークは月人に飛び掛かった……。

 

 

 

 

 フォスは走った。

 雪に覆われた海岸を、学校に向けて。

 きっと金剛先生も、急に晴れたことに気付いているはずだ……寝ているかもしれないが。

 

(アンターク、どうか無事で……!)

 

 一人残した同族のことを思いながら、フォスフォフィライトは薄荷色の残光を残し走る。

 ……だが、その眼前の空に黒い点が浮かんでいた。

 

「黒点……!」

 

 まるで……いや正しくフォスの行く手を阻むように、黒点は大きくなっていく。

 迂回するか? 否、それではきっと間に合わない。

 

(突っ切る! 今の僕の足なら、きっとできる!!)

 

 黒点はまだ大きく成り切っていないし、月人の(ぞう)は最初に弓矢で攻撃してくる。

 雨あられと降り注ぐそれは、だが質より数で狙いが甘い……はずだ。

 

 フォスは速度をゆるめず、そのまま黒点の下を潜り抜けた……瞬間。

 

「ッ!」

 

 右腕が二の腕の中ほどから砕けた。

 

(なに、が……?)

 

 バランスを崩し雪の上に転んだフォスが、残った腕で何とか体を起こして振り返ると、そこに一体の雑が槍を手に立っていた。

 

 フォスからは見えなかったが、この雑は黒点から姿を現すや否や、他の者たちが弓矢を構えるなか真下を走り抜けた薄荷色の残光めがけ槍を手に飛び掛かったのだ。

 

 その雑の顔にはお決まりの薄ら笑いがなく、口元は真一文字に結ばれていた。

 自身の顔を手で撫でると、右目から顎にかけて大きな傷が浮かび上がる。

 

 思い出されるのは、苦い初陣の記憶だ。

 双晶アメシストの危機に動けなかった自分。結局意味のない攻撃しかできなかった自分。

 そして、そんな意味のない自分の攻撃が当たった月人……。

 

「お前、あの時の……!」

 

 気付いたか、とでも言いたげに雑は目つきを鋭くした。そこにはいつもの月人とは違う、もっと明確な敵意が込められていた。

 槍を構えるその肩越しに、雲の上の月人たちがオロオロしているのも見えた。どうやら、月人たちにとってもこの雑の行動は想定外のようだ。

 

「ッ!」

 

 傷がある月人なんて聞いたことない。それ以前に、どうして霧散したはずの月人がこうして現れた? 月人は、こんな感情を見せるものなのか?

 混乱しつつも、しかしフォスは優先順位を間違えなかった。

 

(アンターク!)

 

 仲間が一人戦っている。早く、早く金剛先生に報せなくては。

 その一念でフォスは立ち上がって走ろうとするが、その背に向けて、傷ありの月人は容赦なく槍の一撃を叩き込もうとした……その時、両者の間に何処からか握りこぶしほどの大きさの桃色に輝く宝石製の球体が投げ込まれ、次の瞬間には大きな音を立てて爆発した。

 

「ピンクフローライト、すまない……」

 

 そんな小さな呟きは、爆音にかき消された。

 傷あり月人は身を守るために飛び退きつつも槍を投げる。

 そして煙が晴れた時、そこにはフォスフォフィライトの姿はなかった。

 

 投げた槍が砕いた、左腕以外には。

 

 

 

「……今の、なに?」

「さっきの月人が新式でな。積んでいたんだ。どういう仕組みか、爆発する。霧散しなかったから一つくすねて来たのが功を奏した」

「はは、一人で一器倒したんだ。凄いや」

 

 両腕を失ったフォスは、アンタークに肩を貸されて海岸線を歩いていた。

 そのアンタークの身体は、すでにあちこちひび割れていて、彼の戦いの激しさを物語っていた。

 

「酷い割れ具合だね」

「お前こそ……」

 

 アンタークは言葉を失った。

 これだけのインクルージョンを失っては、記憶の欠如は免れないだろう。

 

「……何か忘れていることはないか?」

「わかんないや」

「だろうな」

 

 二人が歩いているのは崖になった岬だった。

 

 ここは緒の浜。宝石たちの生まれる場所だ。

 

 逃げるためとはいえ、学校とは反対方向に走ってしまったようだ。

 

 アンタークは、岸に流れてついた流氷に横穴があるのを見つけ、そこに入る。このまま割れかけ二人で外を歩き続けるよりは、敵に見つかりにくいはずだ。

 横穴の奥の氷壁にフォスを座らせ、アンタークは外の様子を伺う。

 

「ごめん、アンターク。結局、先生に報せられなかった……」

「そうだな。これから二人で報せよう」

 

 アンタークはそう言うが、フォスは自分が情けなくて仕方なかった。

 全力で走ったのに、また何の役にも立てなかった。

 悔しさに顔を歪めるフォスに、アンタークは笑いかけた。

 

「フォス。私は正直、最初はお前のことなどどうでもよかったんだ。先生が言うから、お前の世話をしていただけ」

 

 ああ、やっぱりか、とフォスは苦笑する。

 みんなそうだ。本当は自分のことをお荷物だと思っている。

 

「だがほんの少しだけ、もしも……もしも、次の冬を金剛先生と、他の誰かと過ごせるなら、それがお前であっとほしいと、今はそう思う」

「先生とは、絶対に一緒がいいんだね……」

「ああ、そこは外せない」

 

 柔らかく笑んだアンタークだが、表情を引き締めて外を見る。

 少し向こうに、月人の雲が見えた。どうやら、こちらを探しているようだ。

 

「フォス、お前はここにいろ」

「アンターク……?」

「私が敵を引き付ける。どんな形であれ、月人が姿を消すまで隠れているんだ」

「アンターク……!」

 

 それは、つまり月人が倒されるか、あるいはアンタークが連れ去られるか、ということか。

 

「駄目だ、そんなこと! そんなにヒビだらけなのに!」

「さっきの爆発で先生もこちらに気付いたかもしれない。きっと大丈夫だ」

 

 そんな上手くいくワケない、とフォスは口にできなかった。

 

「言っただろう? 低硬度から勇気を取ったら、何もないと」

「駄目だ、駄目だ駄目だ! それは勇気じゃなくて無謀だ!!」

 

 止めようとするが、引き留めるための腕はすでにフォスにはなかった。

 それでも立ち上がって縋りつこうとするが、アンタークはフォスを横穴の奥に突き飛ばした。

 

「先生が寂しくないように、冬を頼む」

 

 それだけ言って、アンタークは駆けだした。

 

「アンター……!」

 

 当然追いすがろうとするフォスだが、その瞬間頭上の氷が崩れてきて出口を塞いでしまう。

 幸い、というべきか潰されずに済んだが、これでは出ていくこともできない。

 

「なんで!?」

 

 何の前ぶれもなかった。もちろん、月人やアンタークの仕業でもない。

 クロに助けを求めても、ここから彼のいる海の底までは距離があり過ぎる。

 まるで、世界の摂理が『諦めろ。これが運命だ』と囁いているかのようだった。

 

 

 

 雪の上を走るアンタークだが、すぐに月人に見つかった。

 銀白色の身体と白い服が雪景色に溶け込んでいるはずなのに、目敏いことだ。だが、むしろ好都合。

 無数の矢をよけ、弾き、逃げるように走る。少しでもフォスから遠ざけるために。

 すでに体は傷だらけ。剣も大分欠けてしまい、もとのノコギリ剣の面影はない。

 

(そうだ、ついてこい!)

 

 一瞬、チラリと後ろを伺った時、流氷の横穴が塞がっているのが見えた。見えてしまった。

 

「フォ……!」

 

 足の動きを緩めたのは、僅かに一瞬。落とした速さはほんの少し。

 だがそれが致命傷となった。

 

(ああ、しくじったな……)

 

 無数の矢がアンタークの身体に突き刺さり、フォスフォフィライトよりなお脆い硬度三の身体を砕いた。

 

(金剛先生、どうか、フォスを、見つけて…やっ……て……)

 

 そんな思考を最後に、頭部が砕かれたアンタークの意識は闇に飲まれた。

 

 もしも、もう少しアンタークがフォスに心を許していなかったら。

 低硬度なりに足掻く姿を自分と重ねて友情を感じていなかったら。

 先生に頼まれたから面倒を見る、という関係性のままだったら。

 

 こんなことには、きっとならなかっただろう……。

 

 

 

 ……氷に覆われた海面の遥か下、海の底も底で黒い何かが目を覚ました。

 同族(フォス)の危機を、そして慟哭を察知したゴジラは、目を開けて浮上を開始した。

 




前回を更新した時の自分「たくさんの人に読んでもらえたら嬉しいな」
翌日の自分「え、待って待って、なにこれ怖い怖い」

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仕方ねえ、連続投稿だ!(単に長くなったので分割しただけ)
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