孤独な神は薄荷色の夢を見る   作:投稿参謀

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※今回、二話連続での更新となっています。
 前回『世界の摂理は希望を拒む』をお読みになっていない方は、先にそちらをお読みになること
 をお勧めします。


『怪獣』は摂理を打ち砕く

 氷の壁に開いた小さな穴から、フォスはアンタークが砕かれるのを見ていた。

 一瞬、本当に一瞬走るのが遅くなったのも見えた。

 

「アンターク!!」

 

 月人に聞こえるかも知れない、という危機感など毛筋ほども感じず、フォスは叫ぶ。

 出口を塞ぐ氷に体当たりをするが、ビクともせず逆に自分がひび割れる。

 

「どうして、どうして、どうして!! どうしてこんなことになったんだよ!!」

 

 慟哭するが、それに応える者はいない……否。

 

――感じる。感じるぞ、お前の怒りを!

 

 小さな横穴の中に、声が……否、唸り声と咆哮の連続とも言うべき音が響いた。

 現実に聞こえるのではない、いつかと同じように流氷が思念を反射しているのだ。フォスの奥深くに潜む、ゴジラの同族の思念を。

 

――怒れ、怒れ!! 憎いだろう? 恨めしいだろう? 呪わましいだろう? それで良いのだ!! その怒りが、お前に力を与える!!

 

 その思念を、フォスは拒まなかった。

 

「本当に、力をくれるの? 強く、なれるの?」

 

――無論! 怒りによって戦い、敵を滅するは、我が種族の業! お前もそこから逃れることは、決してできぬ!!

 

 氷の壁に、地獄のような業火に包まれた骨だけのゴジラの姿が映る。

 その像に向け、フォスは静かに頷き、そのままうつむいた。

 

「……分かった」

 

 自分が戦闘に向いてないことなんて嫌と言うほど、わからされた。クロや金剛はこれをきっと望まない。

 でも今は、それが必要だった。

 

――では何に怒る? あの月の亡霊どもか? 

 

「ああ、月人たちは大嫌いだ……!」

 

――お前を愛さず、内心では疎むばかりの石ころどもか?

 

「みんなに認めてもらえないのは、もちろん辛いよ」

 

――ならば……。

 

「でも! 一番怒ってるのは、僕自身に対してだ!!」

 

 フォスは顔を上げ、咆えた。

 脆くて非力で、クロやみんなに頼ってばかりの自分が憎い!

 臆病で月人が仲間を連れ去ろうと言うのに、何もできない自分が恨めしい! 

 何の取り柄もなくて、みんなを失望させてばかりで期待すらしてもらえない、シンシャを夜から連れ出すこともできない、そんな自分が呪わしい!! 

 それはフォスがずっと心の奥底に抱えていた、激しく強い怒りだった。

 

「だから! 力を寄越せ! 自分を、みんなを守れる、アンタークを救える力を! しのごの言ってないで、今すぐに!!」

 

――……良き怒りだ。

 

 僅かな間押し黙っていた亡霊ゴジラの声は、僅かに、ほんの僅かに柔らかく優しいものに変化していた。

 

――ならば、若き同胞よ。お前の、その怒りに応えよう!!

 

 フォスの両腕の断面が盛り上がり、メキメキと音を立てて質量を増やしていく。死なぬが肉の生き物のように自ら傷を癒す力はない宝石では有り得ないことだ。

 当然だ、フォスは普通の宝石ではないのだから。最強の名をほしいままにした種族の最後の末裔なのだから。

 

「ぐ、があああ!!」

 

 痛みに絶叫するフォスだが、その間にも傷の宝石は増殖を続け、ついに腕を形作る。

 だがそれは失った細腕とは違う、もっと太く、力強く、黒みがかった緑の岩のような表皮に覆われていた。指は四本で、先端が爪のように鋭く尖っている。

 当然、重量も増大しているが、それを支える両脚もまた同様に変化していた。靴を突き破って四本の爪が飛び出し、腕と同じように岩のような質感へと変ずる。

 

――だが忘れるな! その怒りを! その怒りの根幹を!! 忘れれば、貴様は忌まわしい人間どもにも劣る存在と成り果てると知れ!!

 

 そしてフォスは雄叫びを……あるいは産声を上げた。

 

「ぐおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 アンタークチサイトの欠片を回収した月人たちは、ゆったりと帰路に付こうとした。

 今回の成果はまあ上々。一人だけ不満そうな者もいたが、すでに雲に乗り込んだ。

 

「ぐおおおおおお!!」

 

 だが、最後に残った月人は突然轟いた雄叫びにギョッとした。

 見れば、岸に流れついた流氷が内側から砕け散り、舞い散る氷と霧の中に巨大な影が映っていた。

 

 だがそれはよく見れば、小さな何かの影が大きく見えたに過ぎなかった。ほのかに光る薄荷色に、あの宝石かと月人が目を見張る。

 

「おおおおお!!」

 

 だが月人の目に飛び込んできたのは、薄荷色の宝石ではなかった。

 華奢な胴体とアンバランスな太く強靭な四肢を持ち、怒りに燃える何かだった。

 

 まるで、小さな怪獣だ。

 

 雄叫びを上げて駆けだしたそれは、唖然とする月人を四本の爪の一撃のもとに霧散させた。

 そして雲に向かって大きく跳躍する。

 

 だが月人たちの矢が何本も何本も降り注ぎ、腕で防いだものの、失速して雲に飛び乗ることは叶わなかった。

 それが地響きを立てて着地すると、雲は動き出した。

 

 変化を遂げたフォスは、まるで墓標のように地面に刺さったアンタークの剣を手に取り、漲る力のままに走り出す。

 死に物狂いで足を動かし、以前と遜色ないスピードで走る。

 だが月人の雲は、少しずつ遠ざかっていく。

 

(新しい強い腕だ! 諦めないし、勇気もある!!)

 

 走っても走っても、小さくなっていく。

 

(なのに……どうして遠のくの!!)

 

 当たり前だ。

 救いなど存在しない。

 決意は常に裏目に出る。

 想いは届かない。

 勇気は報われない。

 それがこの世界だ。全ては因果のままに粛々と巡る無情こそが摂理であり、幾度となく繰り返されてきた日常なのだ。

 

――知ったことか。

 

 不意に、流氷が蒸発し月人の雲の眼前を凄まじい破壊力を秘めた青い光の柱が遮った。

 そして停止した雲の前に、海面から巨大な黒い影が姿を現す。

 

 あたかも、水平線の向こうから迫りくる雷雲のように。

 火山の噴火が吐き出す噴煙のように。

 あるいは、忌まわしいキノコ雲のように。

 

 そしてゴジラは咆哮した。大気を震わすそれは、この世の法則が砕け散る音にも似ていた。

 

――恐怖を乗り越え決断した勇気に世界が応えぬなら、己が応えよう。

――仲間のために戦う優しさに運命が報いぬなら、己が報いよう。

 

 何故ならゴジラは怪獣の王で、怪獣とは摂理を打ち砕き、日常を踏み潰す。そういう存在なのだから。

 

 ……ここで月人たちは二つのミスを犯した。

 一つは、ゴジラの出現に混乱し、雲の動きを僅かな間止めたこと。

 もう一つは、今しがた産声を上げた小さな怪獣のことを、甘く見ていたことだ。

 

 

 

 

「おおおおおお!!」

 

 フォスは崖に向かって全力で走る。

 アンタークを助けるために。クロが稼いでくれた時間を、無駄にしないために。

 それでもなお、本来ならフォスの跳躍を持ってしても月人の雲までは届かない……はずだった。

 だがすでに、希望は無いなどという条理は覆されている。

 

(跳べ、フォス!)

 

 走るフォスの頭に声が響いた。

 

(信じよ! その足ならば届く! いや、届かせてみせる!!)

 

 その声の言う通りに、そして言われずとも、フォスは崖の端から全力で跳躍した。

 飛距離が限界点に達するころ、眼下の流氷の合間から黒い何かが飛び出しフォスに肉薄し、黒い触手を何本も伸ばして、フォスの四肢に巻き付ける。

 

「やあ、骨の物よ。久しぶり……などという挨拶は後にしよう。飛ばすぞ!!」

 

 細くともしなやかで力強いその触手は、万力を込めてフォスを投擲した。

 まるで緑色の稲妻のように、フォスは月人の雲に向け一直線に飛んでいく。風圧で体がバラバラになりそうだが、構わず目標だけを睨む。

 

 混乱するばかりの月人たちの中で、たった一体の月人が……あの傷のある月人がハッと振り返り、他の月人たちに手振りで指示をして共に弓を引くのが見えた。

 月人たちの放った矢は正確にフォスに向かってきた。防御すれば、勢いが殺され届かぬかもしれない……。

 

 が、月人の矢は一瞬走った閃光のような何かによって消し飛ばされた。ゴジラやフォスの攻撃によるものではない。

 

 それが何かなど、今のフォスにはどうでもよかった。

 

「届けぇええええ!!」

 

 そして、フォスの手の爪先は……月人の雲の、端に届いた。

 ここ至って傷在り以外の月人たちも、慌てて槍や矛で薄荷色の宝石を蹴落とさんとし……そのまま、雲の上にまで登ってきたフォスの剣の一振りで霧散した。

 傷あり月人は未だ混乱から回復しない同族から槍をふんだくると、自らの物と合わせ二槍流で持ってフォスに踊りかかった。

 

 未だ硬度三半の胴体と頭を狙って怒涛の勢いで繰り出される連続突きを、両腕で防御する。それだけで槍は砕け散って溶けるように消え去った。今度はフォスが攻撃する番だ。

 傷ありはすぐさま、周囲の月人が落とした槍を拾い相手の攻撃を防ごうとする。

 

「うッ……おおおおおおお!!」

 

 だが、一瞬のちにはフォスが雄叫びと共に放ったアンタークの剣での全力の横一閃に、槍もろとも両断されていた。背後の立像までもが真っ二つに斬り捨てられる。

 宙を舞う傷あり月人の半身は無念と悔しさの滲み出た形相でフォスを睨んだが、やがて霧散した。

 

 同時に雲が崩壊してフォスとアンタークは空中に投げ出され、宝石たちの身体がキラキラ光る雨のように冷たい海に向け落ちていく。

 

「ほい、キャッチ!」

 

 フォスの身体を、柔らかい何かの腕が優しく受け止めた。

 

「ふふふ、クロ殿が呼ぶので、急いで来てみれば……さてフォスよ。これでわしが犯した罪の償い、少しは果たすことができたか?」

「もうたっぷり。お釣りが出るくらいだよ……ありがとう、王様」

 

 その返しに、ゴジラが割った流氷の合間から出てきた薄桃色の女性……アドミラビリスの王、ウェントリコススはゆったりと微笑んだ。

 

「そうだ、アンターク!」

「心配はいらぬ。ほれ、アクレアツス。食うと戦うしか能のないのだから、こんな時くらい役にたて!」

「抜かりはありませんよ、姉上。……やあフォスフォフィライト。改めて、しばらくぶり。相変わらず美味しそうな西の浅瀬色をしているね」

 

 ウェントリコススの声に応えるようにフォスの視界に入ってきた膝から下が二股に分れた黒い長身痩躯の男性……ウェントリコススの弟にして先の騒動の一因でもあったアクレアツスは、その身体から生やした何本もの触手に銀白色に輝く欠片を巻き取っていた。腕には胴体を抱えている。

 

「ほら、君の友達は無事だ。欠片一つ、取りこぼしていない」

「弟さん……」

「君ほどじゃないが、何とも食欲をそそられる色合いだからね。見落とすワケがない」

「はは、ありがとう……」

 

 それはアンタークを救ってくれたこともそうだが、先ほど自分を投げてくれたことに対しての礼も含まれていた。

 アクレアツスは今や、敬意をもって一礼を返した。その価値がある相手だと確信していたからだ。

 

「クロも、また助けてくれたんだね。ありがとう」

 

 海を覆う氷の上に降ろしてもらったフォスは、親友の雄姿を見上げた。

 クロことゴジラはそれに応えるように咆哮する。

 

「しかしフォスよ。ずいぶんとゴッツイ腕になったなあ」

「その足は僕の殻だね? 中々面白い形にしたものだ」

「え? わ、うへえ!」

 

 改めて自分の手足を見下ろし、フォスは面食らう。

 こんな凄い手足では、皆にからかわれるのでは?

ズレた心配をしていると、引き締まるようにして手足が標準的な宝石のそれにまで変化した。表面の白粉まで完璧に再現されている。

 

「お、おおう……」

「凄いな、どうやったんじゃ?」

「いや、自分でもよく分かんない……なんにせよ、靴壊しちゃったしレッドベリルに怒られるなあ」

「心配するトコ、そこか?」

「なにさ、これは大問題だよ。……それに」

 

 フォスはアドミラビリスの姉弟と笑い合ったが、顔を別の方向に向けた。

 そこには、黒い法衣を着た男性の姿をした人物……流氷の上に金剛先生がどこか所在なさげに立っていた。

 

「フォス……」

「先生も、ありがとうございます。……さっきの、先生ですよね?」

「ああ、そうだ。月人の乗った方を狙ったのだが、ギリギリ届かぬ距離でな……」

「助かりました。あれのおかげで、アンタークを助けることができました」

 

 フォスを狙った月人たちの矢を消し飛ばしたのは、金剛の攻撃だったのだ。具体的に何をしたか分からないが、攻撃自体は何度も見てきたので間違いようがない。

 

「きゃあ~、金剛様~♡ ……んん、お久しぶりです、金剛殿。この姿でお目にかかるのは初めてとなりますが、わしはアドミラビリスの王、ウェントリコススです」

「ふ~ん、貴方が金剛先生。なるほど、お強いようだ……申し遅れましたが、僕はアクレアツス。アドミラビリスの王弟にして、こちらのウェントリコススの伴侶」

 

 金剛の姿に黄色い悲鳴を上げたウェントリコススだったが、すぐに取り繕う。一方、アクレアツスは飄々とした態度を崩さないが、同時に何だか面白くなさげに姉の前に進み出た。

 

「ウェントリコスス王、再びお目にかかれて光栄の至りです。そしてアクレアツス殿、お初にお目にかかります。そして……」

 

 面食らった金剛先生だったが、すぐに落ち着いて一礼し、彼らの後ろにそびえる影を見上げた。

 

呉爾羅(ゴジラ)……やっとお会いできましたな。獣の王、荒ぶる神よ」

「え、あ! これは違くてですね、先生! ただちょっとそこでバッタリ……!」

「フォス、よいのだ。私は、お前とクロ……呉爾羅王の関係に気付いていた」

「え、ええ!?」

「色々と話したいことはあるが、まずは……」

 

 慌てて誤魔化そうとするフォスをたしなめ、金剛は再び頭を下げた。

 

「偉大なる獣の王よ、フォスフォフィライトとアンタークチサイトを救っていただき、感謝いたします」

 

 金剛を見下ろし、ゴジラはいつもより小さく唸った。

 

「フォス、呉爾羅王はなんと……?」

「ああと、そのゴジラ王とかカミっていうのはいらない、みたいな感じのことを」

「では何とお呼びすれば?」

「クロ、でいいそうです。気に入っているからって」

 

 ゴジラを見上げたフォスは彼の発する威嚇するような唸り声に苦笑する。

 

「……もう、クロってば」

「どうした? 私は何かクロ殿の機嫌を損なうようなことをしたのか?」

「ほら、先生が前にクロに勝てると思う、って言ったの気にしてるんですよ。負けず嫌いだから」

「! い、いやあれは宝石たちを安心させるための方便で……!」

「分かってますって! ねークロ!」

 

 らしくもなく動揺した様子の金剛に、フォスは快活に笑い、アドミラビリスたちも苦笑する。

 クロもまた、微笑むような仕草を見せ、薄荷色の同族の奥深くにいるクロの同族も、満足気だった。

 

 これはフォスフォフィライトの勝利だった。

 フォスの一歩を踏み出す勇気が。

 仲間を想う優しさが。

 自分の無力さへの怒りが。

 クロやアドミラビリス、金剛先生との繋がりが。

 

 その全てが重なって掴み取ることができた、この星から失われて久しかった、輝かしい勝利だった。

 




前回とは違う意味で、読者様の反応が怖い回。


何故ゴジラなのか、何故怪獣なのか。
その理由を書いた話……のような気がします。
フォスの扱いは、受け入れてもらえるかとても不安です。純真無垢で可愛いフォスのままでも良いじゃないかと、自分ですら思うんですから。


続きは……頭の中には、あります。


以下、キャラ紹介。

フォスフォフィライト(第二形態)
身長:約1.8m(推定値)
体重:約300㎏(推定値)
異名:小さな怪獣

薄荷色の宝石怪獣。
怒りに呼応して体内のGインクルージョンが活性化し、両腕を再生強化したフォスの戦闘形態。
ゴジラのそれを思わせる形状の両腕は怪力かつ月人の手持ち武器程度では破壊不可能だが重量も相応に増えた。しかし両脚も同様に強化されたため以前と変わらぬ速さで動ける。
胴体部は未だ硬度三半のまま強化されていないため、ここが弱点となる。
戦闘時以外は強化前の標準的な姿に戻ることができる(あくまで見た目上は)
なお、いわゆる素フォスを第0形態、アゲートの足を得たフォスを第一形態とカウントしている。
ゴジラで言えば、ベビーがリトルになったくらいの位置で、つまりまだ変身を残している。

どこぞの怪獣大好きア〇ネちゃんの理屈ではないが、この小説における怪獣とは摂理と日常を
破壊する者であり、ならばこの二次のフォスもまた、ある意味『怪獣』なのである。




初代ゴジラ
とりあえず、フォスのことが気に入った模様。
でも宝石やアドミラビリス族のことは人間由来なこともあって、故あらば殲滅したいと思っている。
もちろん、月人は論外。

さすがに流氷などの条件が揃わないと、ホイホイと表に出てくることはできない。
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