「アン……ク、…ンターク」
誰かに呼ばれる声がして、アンタークチサイトはゆっくり目を開けると、薄荷色が飛び込んできた。
「フォス……?」
「アンターク、よかった!」
「こ、こは……学校、か?」
フォスに助け起こされると、そこは学校の医務室だった。
意識を失う前の最後の記憶は、月人に体を砕かれたことだ。
「そうだ、月人は!」
「月人はもう霧散した」
いつだって自分を落ち着かせてくれる声に、そちらを向けば、僧衣の男性が安堵した様子で立っていた。
「金剛先生!」
「目が覚めたようだな、アンターク」
「はい……そうか、先生が助けてくれたんですね」
だが金剛は曖昧な笑みを浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。
「それでは誰が……誰か他の宝石が起きたのですか?」
「アンタークチサイト。お前を助けたのは、そこにいるフォスフォフィライトだ」
「え……フォスが!?」
何を言われたのか理解できず、フォスの顔を見れば、相変わらずの能天気そうな笑顔だった。
「え、しかし……どうやって!?」
「それは……」
「それは?」
金剛先生は、自分の口に人差し指を当てた。
「内緒」
「内緒、ですか。……それなら、仕方ない」
アンタークは、基本的に先生の言う事なら何でも聞く子だった。きっと自分には想像もつかない深謀遠慮があるのだろう。
それにしても。
「ふっふ~ん。感謝してよ……なんて、冗談だよ! 無事で本当によかった……」
「……お前、本当にフォスか?」
おどけて見せるフォスに、アンタークは何処か違和感を覚えた。
姿も声も態度も記憶にある彼と寸分たがわない。だが、何かある種の迫力と言うか、そういう物が目の前の相手から感じられた気がした。それに……。
「フォス、それはなんだ?」
「なんだって……え?」
アンタークに指摘されて、フォスはようやく、自分の目から透明な液体が流れ出ていることに気が付いた。
後から後から溢れてくる。
「なんだこれ、とまらない……!」
「……それは、古代生物の欠陥のような物だ。悲しい時、そして嬉しい時に、溢れ出てしまうことがある」
「そうなんですか。……それじゃあ今は、嬉しくて出ているんですね」
「そうだな……」
遠い目をして金剛先生が頷くと、フォスは笑顔で液体を拭った。
何故だか、本気で自分の生還を喜んでくれているのだと分かり、アンタークは胸の内が暖かくなるのを感じた。
「にしてもアンターク、酷いよ! こんな可愛い宝石、二人といないでしょ!」
「……すまん、訂正する。やっぱりお前はフォスだな」
阿呆なことを言い出す姿に、呆れると同時に安心する。こいつは自分が知る相手なのだと。
「そう言えばフォスお前、腕が……!?」
と、アンタークの肩にヌメヌメとした変な感触があった。
見れば、薄桃色の大きなナメクジと、気の抜ける顔をした黒いタコのような生き物が背中にへばりついていた。
「な、なんだこれ、気持ち悪い!」
「ちょっと、王様に弟さん、何やって……え? 美形だから助けたお返しに触らせろ? 美味しそうでつい? いや、もうちょっと空気読んでよ二人とも。なんかその姿だとキャラ違わない?」
何故だかナマモノ二匹と会話が成立しているらしいフォスだが、アンタークはそれどころではなかった。
ただ触られているだけならプニプニブヨブヨした感触で済んだだろうが、黒い方には舐め回されているのだ。薄桃の方もどさくさに紛れてペロペロしている。
さすがにこうなると嫌悪感が酷い。
「フォス、フォス! 取ってくれ!!」
「あ~、ちょっと待ってね……」
「待ちなさい、フォス。お前はアンタークより高硬度なのだから、気を付けて……」
金剛先生に注意されつつウミウシとタコに手を伸ばすが、何かに……アンタークを修復するのに使い、片付け忘れていた道具……につまずいて、前に転びそうになる。
『あ』
宝石は、素手で触れ合うと硬度の低い方が割れてしまう。
フォスフォフィライトは硬度三半。アンタークチサイトは硬度三。
当然、転んだフォスに素手で触れられたアンタークは、憐れ割れてしまう、はずだったが。
「む」
「あれ?」
「わ、割れて……ない?」
フォスの手がアンタークの腕に触れているにも関わらず、お互いにヒビ一つ入っていなかった。
その後、金剛先生に触れて確かめてみたが、この新たに生えてきた腕は、宝石に触ってもお互いに大丈夫らしい。
だが調子に乗った結果、強めにパンチしたら腕越しに伝わった衝撃のせいで胴体の方がピシッときた、というオチが付いたのだった。
* * *
その後、アンタークとフォスは冬の仕事に戻り、住処から離れすぎて縮んでしまっていたアドミラビリスたちも海に帰った。クロはまた深い眠りについた。
フォスの腕は力も器用さも増しており、仕事を十分にこなすことができるようになっていた。
数回に渡って襲撃してきた月人も、こともなく撃退した。
やがて流氷も疎らになり、雪が溶けてその下から新芽が顔を見せ始める。
季節の移り変わりと共に生命が変化しゆく姿を、フォスは博物誌に納めることができたのだった。
そして……。
「それでは先生、私はそろそろ……」
「ああ、もうそんな時期か」
気温の上昇と共に、アンタークが結晶でいることが難しくなってきた。
服を脱いで白粉を落とし、学校の一室に置かれた専用の容器の中に入る。ここが彼の寝床だ。
「フォス、その剣はお前にやる」
「え、くれるの?」
「ああ。正直その形状ではノコギリとしての役割は果たさないからな。私の分を新調しておくよう、オブシディアンに伝えておいてくれ」
アンターク愛用の剣は、あの一件で大分欠けてしまい、細く波打つような形状になっていた。
「分かった。大事に使うよ」
「ああ……そうだ、フォス。あの時は助けてくれて、ありがとう」
「あれ、信じてくれるの?」
フォスが目を丸くする。
クロことゴジラのこともあり、当時の状況を細かく伝えてはいないため、半信半疑だと思っていたのに。
アンタークは徐々に形を失いながらも柔らかい笑みを浮かべた。
「先生がそうおっしゃるのだから、そうなのだろう。……それに何か言えない事情がお前にも、先生にもあることくらい察せる」
「そっか……」
「だから、次の冬に話してくれることを……期待する。それまで月に攫われてくれるなよ」
「うん。次の冬に……また」
「またな……先生も、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。アンターク」
* * *
青い星を取り巻く虚空に浮かぶ六つの月、その一つに月人たちの都市がある。
そこに住む者たちの表情はみな一様に明るく、不平不満の類など存在しない。
だが、その都市の一角で話し合う者たちは、逆に暗い顔をしていた。
「何故、君がここに呼ばれたか分かるかね?」
月人の指導者であるエクメア、技術者のバルバタ、それに優し気な顔を困ったように歪めた大柄な将軍のセミが、一人の月人を囲んでいた。
見た目上は女性で、カッチリとした服装に身を包み直立不動の姿勢を崩さない、その月人の顔には、右目から顎にかけて大きな傷があった。
「失敗の責任を追及するためです」
「ほう? では君の失敗とは?」
「対宝石のセオリーを無視し、独断専行に走ったことです」
「それもある……だがそれは些細なことだ」
椅子に腰かけたエクメアは、傷ありのキビキビとした答えを否定した。
「君の犯した失敗、それは宝石に情報を渡したことだ」
「私はそのような……」
「君がその傷をフォスフォフィライトに見せつけたために、宝石たちは霧散した個体と同一の個体が再度出現したことを知る。そうなれば彼らは我々が再生可能だと勘付き、我々に対する対応も変化する恐れがある」
淡々とした言葉に、傷ありの額に汗が浮かぶ。
「いいかい、情報は武器だ。どの情報を、どのタイミングで、どの宝石に、開示するか。それは慎重に決めなければならない。だが君の行いは、余計な情報を彼らに渡すことになった……申し開きはあるかい?」
「…………ありません。どのような罰でも受けます」
「罰、か」
額に手を当て、エクメアは感情の読めない声で呟いた。
これまで、軍属に対する罰らしい罰など月人の社会にはなかった。すでに罰なら嫌と言うほど受けているのだから。
「セミ、君はどう思う?」
「そう言われましても……」
困ったようにセミは首を傾げた。
高い戦闘力を持ち軍人たちのまとめ役である彼にしても、面倒見の良さから慕われるタイプで、恐怖や規律で部下を縛るタイプではない。
「それで何で、あんなことを?」
「…………」
セミはあからさまに話題を変え、傷ありの方を見た。
彼女は、まだ自分の傷を撫でていた。
「あの宝石に、言われたんです」
「何をだ?」
「我々は、人間の中でも最低の部分が残ったのだと」
「…………」
エクメアの顔が一瞬、ピクリと動いたのに気づかず、傷ありは続ける。
「それ以来、まるで熱せられた鉄の楔を打ち込まれたように……今もまだ、あの宝石の目が、顔が、声が、私の中の何かを焼き焦がしているのです」
声が徐々にある種の熱を帯びてきていることに、本人は気付いていないようだった。
「……これは重症ですね。カウンセリングを受けたほうがいい」
痛ましげなセミだが、エクメアは何を考えているのか分からない表情のままだった。
「君の処罰については、おいおい決定する。当面は、地上には行かないように……下がりたまえ」
「は……」
「今は、帰って休みなさい」
エクメアは立ち上がると、労わるように優しい声をだした。
ごく自然な仕草で傷ありの顔に触れる。
「この傷もなくしてしまった方が……」
「ッ!!」
だが次の瞬間、傷ありがその手を払いのけた。
エクメアもバルバタもセミも、当の傷あり本人ですらも、何が起こったか分からないという顔になった。
「ち、ちが……! 王子、これは……」
「そうか、やっぱりか」
エクメアは肩を大きく落とし、溜息を吐いた。
「セクハラだったよなあ、今の……」
そして傷ありが退室したあとで、バルバタはまだガックリとしているエクメアに声をかけた。
「それでゴジラの件だが……おい、いい加減立ち直れ」
「セクハラ上司はなあ……」
「……続けるぞ。金剛が、ゴジラに接触した」
エクメアが顔を上げた時、すでにその表情は怜悧さを取り戻していた。
「これは想定されていた中で最悪のパターンと言っていい。金剛自身もすでに気付いたはずだ……ゴジラが、自分を終わらせられる。その可能性に」
「そんな……! あの機械は、外部からの攻撃では破壊不可能なのでは……」
ギョッとしているセミの疑問に、バルバタは苦悩したように頭を振った。
「計算上はな。だがゴジラの破壊力ならば、あるいは……」
「つまり確証はないと」
「どうやって検証しろと? 誰か行ってあの怪物に聞いてくるか? 世界最硬の六方晶ダイヤモンド製の機械を壊せますか、って」
エクメアが確認すると、バルバタは肩をすくめた。
「幸い金剛は自壊できないようプログラムされている。自らを破壊する可能性があるゴジラを積極的に攻撃はしないだろう。またゴジラは宝石たちを保護対象として見ているようだから、金剛と敵対する可能性は低い」
ゴジラが宝石を守ろうとしていることは、フォスフォフィライトの危機に現れたことから明らかだ。
奴の熱線ならば月人の船が偽装幕を解くや片っ端から撃墜することも可能なのにそうしないのも、ゴジラには船が合成宝石搭載型、宝石たちが言うところの新式かそうでないかの判別がつかないからだろう。
「今は、まだな」
今後は分からない。予測もできないと言外に語っていることは、皆にも分かった。
「あの怪物が枯死するのに、どれくらいかかる?」
「分からん。明日か、万年先か……我々はゴジラについて、あまりにも無知だ」
残されていた資料も、数億年前の、それも作成者の私情が含まれた物だ。今現在のゴジラに何処まで対応しているか分からない。
「あれは生身の動物だ。そして生命は変化していくものだ。完璧なデータが、ある日全く無駄になるということもある」
「せわしないものだ。変化、変容……果てに待つのは、結局は破滅だと言うのに」
無感情な声に何処か憐れむような響きを滲ませながら、エクメアは息を吐いた。
生きて、戦って、栄えて、死んで、何になる。
生命の営み、人類の文明、それに何の意味があった。
最後に残ったのは僅かな陸地と苦しみ続ける人間の成れの果てだけではないか。
バルバタは、本題を切り出した。
「とにかく、そこで俺はゴジラについて知るために、奴への接触と体組織のサンプル採集を提案する」
「……セミ」
「ご命令とあらば……ただ、あの怪物と遭遇した兵士は、みな精神の均衡を欠いてしまうようで……ほとんどが配置換えや長期休養を申請してします」
「ならば無しだ」
将軍の言葉に二つ返事で頷くエクメアに、バルバタはヤレヤレと苦笑した。
「だろうな……そこで第二案。と言うか俺としてはこっちが本命だ」
ニヤリと、どこか今までとは違う熱を持った笑みを浮かべるバルバタの背後で、何かが動いた。
それは複数対の目と、八本の手足を持っていて、月人たちより遥かに大きい。
「ゴジラと最初に接触し、今や自己再生、形態変化、身体能力の大幅な強化、などなど宝石の範疇に収まらない能力を持つ……フォスフォフィライトの体組織を手に入れる」
そこまで言われて、エクメアは思考を回す。
フォスフォフィライトの危機にはゴジラが現れる。ゴジラが活動すれば、それだけエネルギーを消費し、枯死する日も近くなる。
現れずに体組織を得られたなら、それはそれで良し。
倒すのではなく、あくまで欠片の一つを手に入れればいいのだから、ゴジラへの刺激は最小限に止められる。
最悪、本当にゴジラが怒り狂ったとしても月までは攻撃できない。
今は情報が欲しい……億年の倦怠で、もはやあの星で知らぬことなど無いはずだったのに、因果なことだ。
そこまで考え、エクメアは頷いた。
「いいだろう」
最近、ネタを求めてゴジラS.Pを再見しててふと、
これマジで金剛先生のプロトタイプ、ジェットジャガーなのでは?
というトンチキな感想が浮かびました(金剛先生が突如巨大化したりはしない)
第一話書いた頃は、ゴジラS.P放送前だったんです。
月人の場面が多いのは「ゴジラが出た! どうしよう!」ってワチャワチャやれるのがこいつらしかいないので……。
続きは……早めに。
以下、キャラ紹介
セミ
性別:男性(外見上)
役職:将軍
月人の将軍。
穏やかな顔つきの大柄な男性の姿をしている。面倒見がよい性格。
戦闘時には仁王を思わせる姿になり、個人としての戦闘能力は非常に高い。