からくさ   作:エタリオウ

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 今回は霊夢視点です。魔理沙との話がばっさりカットされたので初投稿。


アルコール

 ふーっと疲れを吐き出すように息をつく。体は淡い痺れを感じていて、疲労はピークに違いない。

 変な鴉天狗に絡まれて質問攻めされるわ、アイツは魔理沙が連れていっちゃうわ。まったく、とんだひどい目に遭った。

 

 もう今日は、ひとり酒としゃれ込んでしまおう。

 思い立って、酒瓶を片手にふわりと浮き上がる。そのまま神社の屋根に飛び乗った。

 

 カタン、と瓦屋根が音を鳴らす。そこで、先客がいることに気づいた。

 

「あんた……魔理沙はどうしたの?」

 

 禍が、影のように佇んでいた。

 闇夜に紛れる、黒の着流し。風が吹くたび耳のあたりで揺れる髪もまた、漆のような黒色。

 目を凝らさなければ気づかないほどに、その存在は夜に溶け込んでいる。

 

 おかしい。夕暮れ会ったときの彼は、こんな雰囲気であっただろうか。もう少しお茶らけていて、人間味があった気がしてならない。

 

 そう――さながら今、一匹の妖と対峙しているような感覚。もとより彼は禍という妖怪なので、おかしな話なのだが。

 

「酔いつぶれたから、布団を敷いて寝かせてきた」

「ああー……」

 

 すやすやと気持ちよさそうに眠りこける友の姿が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 

 魔理沙は酒が入ると、より饒舌になる口だ。そして、生来の語り癖。

 語れば語る分、口の中は渇く。いつの間にか飲みすぎていて、魔理沙が潰れてしまうということは今までも結構あった。

 

 そのとき、はたと思った。

 酒は人の本性を暴くという。魔理沙の饒舌も、その類いだろう。

 

 だとしたら――今のコイツの、この態度は、禍津神砕過という妖怪の本性というのだろうか。存外に性根は真面目らしい。

 誰も知らない彼の本性を私だけが知れた気がして、少しだけ、嬉しく思う。

 

「あのさ」

 

 らしくなく静かな彼の隣に座り込んで、話を切り出す。

 

「聞きたかったんだけど、なんであんたは異変解決なんてしようとしたの?」

 

 幻想郷では、異変解決は博麗の巫女の仕事だ。

 そこに他の妖怪が出張ってくることは滅多になく、おおよそ自分たちの利害が関係している時くらいのものだろう。

 しかし、この禍という妖怪に、あの異変解決による利があったとは思えない。

 

 ――ある一点を除いては。

 

「人間が、困っていたからな」

「そう……」

 

 予想通りの答えが返ってくる。

 先ほど、魔理沙との会話で見せた翳りある表情を思い出して、私はそれ以上踏み込むことができない。ただ短く、相槌を打つだけだ。

 

 沈黙が訪れた。

 微かに聞こえてくる喧騒は夏虫のさざめきに濁されて、下で行われている酒宴が、どこか遠くの出来事のように感じられる。

 今この瞬間は、たった二人だけで杯を交わしているかのようだった。

 

 ちらりと、彼の方を盗み見る。

 静かに、星空を仰いでいた。異変の夜が満月だったので、今宵浮かぶのは欠けた月。そんな楕円を神妙な面持ちで眺めては、時折酒を啜る。

 それが、風流に感じて。絵になる男だと思った。

 

「……あの異変の中で、少しだけ昔を思い出した」

 

 そんな心地の良い一時を、禍が動かす。

 その語りは、まるで独り言を呟くように。盃に視線を落として、ぽつりぽつりとたどたどしく彼は話し始めた。

 

 なぜそれを私に語ろうとしたのかは分からない。

 二人っきりだから話しやすいのかもしれないし、あるいは、酒のせいかもしれない。しかし、なんだか彼に頼られている気がして、自然と聞く耳に力が入る。

 

「俺には生き方を示してくれた恩人がいた。本当に、今でも感謝している人なんだ」

 

 彼の語気の強めた言い方に、その恩人とやらへの強い感謝の念が伝わってくる。夕暮れこぼしていた『人間に救われていた妖怪』とは、そういう意味だったのだろう。

 

 しかし、何故だ。

 それを語る彼の顔が、悲痛に染まっているのは。そしてあのとき見せた、過去に対する翳りある表情は。

 

 まさか、この話の結末は――、

 

「だけど、あの人は死んだ。流行り病だったらしい」

 

 彼の口調は、至って淡々としたものだった。

 

 しかし、本当はずっとずっと、悔やんできたのだろう。それこそ、淡々と語り上げようと努めなければ、耐えきれないほどに。

 

「あの人を殺したのはきっと――いいや、確実に俺の能力だ」

 

 濁すことなく、彼は言い切った。

 過去の災いを扱いきれなかった自分を呪うがごとく、痛々しいほどに唇を噛みしめながら。盃を持つ手が震えて、水面に波紋が立った。

 

「それからというもの、あの人のことを思い出すのが辛いんだ。忘れたいって、思っちまうほどに」

 

 やり切れない胸の内を、彼は嘆く。盃の中の波紋が荒立った。

 

 だから彼は、あまり過去を語りたがらない。

 語れば語るほど、忘れたいくらいに辛い出来事を思い出してしまうから。異変の中で昔を思い出したというのも、やんごとなき事情があったのだろう。

 

「そんなのダメよ!」

 

 気づけば、声を出していた。遮るものがないからか、いやにそれが響く。

 

 できることなら、彼の苦しみを和らげてあげたいと思う。これ以上、悲痛な思いに苛まれないでほしいと切に思う。けれど、過去に背を向けちゃいけない。

 

 自分を変えてくれた恩人を忘れるなど、きっとそれが、一番悲しいことだから。

 

「あんたが本当にその人に恩を感じてるなら、忘れちゃダメ。忘れない限り、あんたが憶えている限り、その人はあんたの中で生きるんだから」

 

 過去から目を逸らし、今を先送りにする者に、未来はやってこない。どんなに辛くても、それと向き合って乗り越えなくちゃ、前に進めない。

 

「……そうだな」

 

 深々と彼は頷く。

 ほんの短い言の葉に、彼の様々な思いが幾十にも重なっている気がした。

 

「俺はまた、恩人を手にかけるところだった」

 

 その物言いは、自分を戒めるように。

 

「それが俺にできる、唯一の恩返しだってのにな」

 

 言い切って、彼はぐいっと酒を呷る。ぷはぁ、と気持ち良さげな息を漏らした。

 

 記憶に残し続けるというのはひどく辛い、茨の道だ。きっと彼はこれからも、どこかで恩人のことを思い出しては顔に影を落とすのだろう。

 しかし――、

 

「ありがとな、霊夢。おかげで大切なことに気づけた」

 

 屈託のない笑みを、彼は見せた。作り笑いなどではない、切れ長の目を細めた曇りのない笑み。

 

「……別に」

 

 思わず、ぶっきらぼうに答えてしまう。

 

 振り返ると、自分が自分じゃないみたいに、さっきの私は熱が入りすぎていた。まるで私がこいつに入れ込んでいるようじゃないかと、途端に顔が熱くなってくる。

 

 案外、私も酒に煽られていたのかもしれない。

 

「そうだ、お礼を兼ねて酌をするよ。宴会の準備もやってくれたんだろ?」

「そう言うんなら、最初っから準備も手伝ってほしかったわね」

「悪かったって。次からは手伝うよ」

 

 あまり悪びれた様子もなく、彼は詫びる。

 でも本当に、彼は次の宴会の準備を手伝うのだろう。昔っから、こいつは信じられないくらいにお人好しなのだから。

 

「あっ、そういえば酒瓶しか持ってきてないんだった」

「ラッパ飲みする気だったのかよ……。じゃあ、俺のを使っとけ」

 

 呆れた様子の彼が、赤い盃を手渡してくる。

 こっちは優雅にひとり酒を嗜むつもりだったのだから、仕方がないだろう。むしろ、なんでこんな重苦しい話に付き合わされてんだ。

 

「異変解決、そして宴会準備。ついでに、俺の昔話……もろもろお疲れ様」

「ん、苦しゅうない」

 

 なみなみと盃に酒が注がれて、ぷんとした香気が鼻をつく。

 誰かにこうして労ってもらうのも、もう随分と久しぶりな気がする。くすぐったいようなこの感覚は、意外に悪くない。

 

 盃をあげて、ちょっと中の茨模様を見てから、ぐびりと口を付けた。

 

 さらりとしていて、コクはない。こぢんまりとした、いつもの安酒の味だった。だがこれくらいが身の丈に合っている気がして、丁度いい。

 口当たりにとげがなく、胃の中に小さな小さな太陽が生まれて、あたたかく照らしているような、そんな酔い。疲れがゆっくりと溶けていく。

 うん、誰かに酌してもらうのも、存外悪くない。

 

 あれ? そういえば、これって――、

 

「ッ、ぶふぉっ!」

「うおっ、いきなりどうした!」

 

 大切なことを思い出して、せき込んでしまう。

 

「これっ、この盃って!」

 

 顔がみるみる赤くなっていくのが、自分でもわかる。湯気が湧き出そうってくらいのこの体の熱さは、アルコールのせいではない。

 この赤い盃は、紛うことなく先ほどまで彼が使っていたものだ。

 

 これって、もしかしなくても間接キ――

 

「ああ、そうか。大丈夫、俺が口を付けたところは反対側にして渡したから」

「そういう問題じゃないわよっ!」

「んだよ、潔癖症だなあ」

 

 なんだか意識しているのは私だけな気がして、いたく晴れがましい気持ちになる。思わず、声を荒げて照れ隠しをしてしまった。

 

「ったく……」

 

 鼓動は速く、いまだ落ち着かない。

 口直しにと盃を噛んで、ちびりと少しずつ酒を啜る。大きめの盃で顔を半分隠しながら、ジトーっとした視線を彼に送った。

 

「おぉ~~い! サイカぁ~~っ!」

 

 そんな時、少女の声が聞こえた。

 神社の下から手を振っている彼女はたしか――レミリアの妹の、フランだったか? 彼にとても懐いていたことを憶えている。

 

「どうやら、夜行性のお嬢さんたちが来たらしいな」

 

 彼が立ち上がって、服についた埃を払う。二人っきりの酒宴は、これにてお開きらしい。

 

「今日はありがとな、霊夢。また機会があったら、今度は霊夢の昔話を聞かせてくれよ」

「ええ、またいつか」

 

 じゃ、と言って、彼は瓦を蹴って跳び去る。

 

 一人っきりになり、静寂が訪れた。耳朶を打つのは、夏虫のさざめきだけ。釈然としないが、ほんの少しだけ寂しさがある。

 

 楕円の月を仰いで、彼がしていたように酒を啜った。

 

「私の話なんて、つまらないと思うけど――」

 

 夜はふける。彼の後ろ姿は、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「やっぱ、私のことは忘れちゃったのかな……」

 

 そんな譫言は誰にも届かず、闇夜に消えた。

 

 彼とのまたの機会は、永遠と続く夜のあとに。




 主人公の名前の由来は、零砕の過ち・過去を砕くって感じです。禍津神はカッコよかったから。
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