からくさ   作:エタリオウ

13 / 23
 約一ヶ月ぶりの投稿になりました。就活も無事終わりましたので、これからは執筆に専念できるかと思います。ついでに初投稿です。


ブルータス

 石のように冷たい床の上で、粛々と座禅を組んでいた。

 秋はいつの間にやら過ぎ去って、窓からは寒々しい北風が吹き込んでくる。吐く息は冬の空気に雪化粧され、天晴れなほど白く浮かび上がった。嗚呼、寒い。

 

「思い出す修行、か」

 

 自分の声が木霊する。

 わざわざ俺がこんなクッソ寒い床に座っているのは、日課としている修行のためだった。師匠はこれを、過去を再体験する修行と称していたっけな。

 

 日課としていると大きくいっても、つい最近まで俺はこの修行を疎かにしていた。

 今だからこそ白状するが、師匠の屋敷に住み込みだったときにはこの修行中、黙想していると見せかけて眠りこけていたくらいだ。

 

 転機となったのは、あの宴会の夜。

 あれ以来、恩人のことを割り切って考えることができるようになったからか、過去を思い返すのに抵抗がなくなった。霊夢にはマジ感謝だな。

 

「ふぅー……」

 

 再び息をついて、過去に思いを馳せる。

 目を閉じれば、たちまち現在と過去の境界が曖昧になってゆく。さながら走馬灯のように、パラパラと懐かしい風景が頭の中を駆けめぐった。

 

 やはり俺の人生、くだらない事が大半だ。

 師匠に拳骨を食らわせられたことや、文さんに真冬の川に突き落とされたこと。けっこう昔のことも憶えてるもんだなぁ、と懐かしく思う。

 

 そんな中、ひと際ぼんやりとした記憶があった。

 

 遠い、遠い過去。

 雲の中に立っているかのようにそのすべてが朧気で、気まぐれに形を成している。

 モヤがかって、この場所がどこであるかも分からないはずなのに、誰かが佇んでいた。

 

 やはりその何者かも、水気たっぷりの絵の具で塗りたくられたように滲んでいて、判然としない。ぬっぺふほふ、或いはのっぺらぼうかと思ったが、体躯は少女のそれだ。

 

 なんだ、この記憶は。

 抽象的過ぎて、なにも分からない。俺は本当に、この過去を体験したというのだろうか。ひと月前の朝飯の方がまだ憶えているぞ。

 

 考えを巡らせているうちに、のっぺらぼうが、何かをこちらに手渡してくる。

 

 その手に載っていたのは、小ぶりの白詰草。その押し花だった。特に珍しくもないはずなのに、それだけはやけに色鮮やかに、そして明瞭に瞳を射す。

 これは――、

 

「あの――」

「……ハッ!」

 

 不意に掛けられたその声が呼び水となって、のっぺらぼうは風にさらわれ塵となって消え去った。意識が現実へと引っ張り上げられる。

 目蓋を開けば、眩しいくらいの銀色が視界に飛び込んだ。

 

「え? あ、咲夜さん? なんで?」

「あ、どうも」

 

 膝をつきこちらを覗き込んでいたのは、紅魔館のメイド長である()()()少女、十六夜咲夜さんだった。

 

 彼女との初対面は宴会の夜。レミリアとフランの付き人としてやってきたところだ。

 最初こそ生の人間だときょどったものだが、なんてことはない。彼女も霊夢と同じ、超人だったのだから。

 

「いやなんでいるんですか、咲夜さん」

 

 なんだかデジャブを感じる。

 おかしいな、ここって俺の家だよなと心配になって辺りを見渡すが、あの名月を家の中で振ったら出来てしまった天井の傷、紛うことなく我が家だ。

 

「ああ、どうやって禍津神さんの家の場所を知ったか、ですか? それはですね、僭越ながら宴の夜、後をつけさせていただきました」

「ブルータス、お前もか」

 

 なぜか誇らしげに語る咲夜さんに、思わずツッコんでしまう。いや、文さんといい、あの日の俺ちょっとつけられすぎじゃない?

 

「まあいいや。とりあえず、苗字で呼ぶのはよしてくれないか? 厨二病ぽくって、あんまり好きじゃないんだ」

「……砕過という名前も、十分厨二くさいと思いますが?」

「黙れ」

 

 それは言ってはならないことだ。

 

「……承知しました。それでは砕過さん、と」

「おうよ」

 

 頬をやや赤くして、咲夜さんは口にした。

 

 鉄の仮面とはいかないまでも、咲夜さんはあまり感情が表に出るタイプではない、と思う。

 そんな彼女が、ただ男の名前を呼ぶだけで俯いている姿に、言い慣れてないんだなあ、と変な初々しさを感じる。数瞬前の怒りも引っ込むというもんだ。

 

「今日お尋ねしたのは、折り入ってお頼みしたいことがありまして」

 

 コホンと可愛らしい咳払いを一つ、改まって咲夜さんは話し始めた。

 あの完璧で瀟洒な――嫌味ではない――咲夜さんが、わざわざ家に訪れるまでの頼み事。いったいどんな悩みなんだと、聞く耳に力が入る。

 

「実はかくかくしかじかで……」

「なるほどぉ」

 

 時間にして、一刻(二時間)ほど。

 長々と、モジモジと、時間を操れるくせして時間がないだとか、そんな言い訳じみた言葉を咲夜さんは並べていたが、要約すると彼女の悩みは――

 

「――つまり、フランと仲良くなりたい、と」

「……はい、恥ずかしながら。妹様が一番楽しげにおられるのは、砕過さんと一緒の時かな、と」

 

 流石に一番かどうかはわからないが、自惚れでなければ、俺はフランから慕われている方だと思う。咲夜さんの頼みとあれば、二人の仲人(なこうど)となることは吝かではなかった。

 

「よしっ、俺に任せろ!」

「おお、なにか策がおありですか」

「ああ!」

 

 俺は自信ありと得意げな顔をして、その名案を口にする。

 

「ずばり、『泣いた赤鬼』作戦だ!」

 

 


 

 

 泣いた赤鬼という話は、あまりに有名だ。といっても、俺は師匠に読み聞かされて初めて知ったのだけど。

 

 あらすじは確か、

 とある山に人間が好きな赤鬼が住んでいて、彼らの仲を取り持つために、友人のピンク髪の鬼がひと肌脱ぐという物語。

 ピンク髪の鬼は人里で暴れまわり、それを赤鬼が止めて人々を助ける。これによりめでたく赤鬼は人間と仲良くなれたが、ピンク髪の鬼は、

 

『私とこのまま付き合っていると、貴方も悪い鬼だと思われかねない。私は旅に出ることにしたわ。でも安心して。どこにいようとも、私は貴方の友人だから』

 

 と書置きを残して旅立ってしまうのだ。それを読んだ赤鬼は、ピンク髪の鬼の優しさに何度も何度も涙を流したという。

 まったく、泣ける話だぜ……!

 

「本当にやるのですか……?」

 

 俺が頭の中で作戦を確認していると、横にいる咲夜さんが、不安そうな声を小さく漏らした。ちらりと、柱の陰から廊下を盗み見る。

 そこには分厚い本を片手に軽やかな足取りで歩く、少女の後ろ姿。あの揺れ動く七色の羽は、間違いなくフランだ。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 心配させまいと、力強く答える。

 いざ、と腹を括って、柱の陰から躍り出た。

 

「おーい、ふらふらのフラーン!」

「あれ、サイカ?」

 

 別にふらふらでもないが思いつきで名前を呼べば、フランが金色の髪を揺らしてこちらに振り向いた。無垢な瞳が俺を射抜く。途端に、不安が襲ってくる。

 作戦のためとはいえ、俺はこれから、フランに嫌われるようなことを言わなければならないからだ。

 

 足が竦んだ。不意に床が抜けてしまったかのような錯覚に陥る。

 惑い、葛藤の末に、俺は両目を瞑って――、

 

「フランのプリン食べちゃったぁぁああああああああああああっ!」

「ぇええ!?」

 

 いきなり紅魔館に上がり込んで、いきなりプリンを掻き込んだやつがいるらしい。顧みると、とんでもない変質者な気がするぜ!

 

「すまん、でも新しいプリンを咲夜さんが――」

「まあいっか」

「えっ、いいの?」

 

 思いがけないフランの一言に、素っ頓狂な声を上げてしまった。無理もないだろう、人のプリンを勝手に食べるなんて、俺の世界じゃ島流しは当たり前だ。

 そんな俺の反応に、フランは苦笑して衝撃の事実を述べる。

 

「うん、だってあれ、元々サイカのために作ったんだもん」

「そういうことだったのか……」

 

 件のプリンの味を思い出して、俺はフランの手作りだったことに対して驚くよりも、だからかと腑に落ちる。

 ……あれはね、食べ物じゃなかったよ。

 

「風の便りで天狗がサイカに料理を振る舞ったって聞いたから、私も作ってみたの」

「便利だね風の便り」

 

 ホントになんで知ってるんだろう。まさかそんなことを文さんが記事にしたわけじゃあるまいし。

 

「それで……どうだった?」

 

 破壊力Aはあるだろう上目遣いで、フランが訊ねてくる。

 そんなつぶらな瞳を向けられて、素直に生臭かったですとは言えるはずもなく、俺は精一杯の誉め言葉を絞り出す。

 

「エキセントリックな味だったぜ」

 

 それだけでは事足りないほどに、エキセントリック過ぎたけど。

 

「よかったぁ……っ。砂糖と間違えて砂利をぶち込んじゃったから、心配してたの」

「やべえ」

 

 一安心というふうに胸を撫で下ろすフランに、俺は心の中でどうやったら間違えんねん、と覚束無い関西弁でツッコンでしまった。

 

 そして、それはフランの自覚しているところに過ぎない。つまり、実際はもっとやばかった。

 

 一口味わえばまず初めに、エグ味が舌を破壊してきた。あの強烈な生臭さ、何をトチ狂ったのか魚のすり身を混ぜたに違いない。

 カラメルソースは訳の分からない鉄臭さを放っていたし――というか、錆汁だよねアレ。どういうことだってばよ……。

 申し訳程度にサッパリとした後味がやってきたが、文さんと同じく、今が旬の柚子を隠し味に使ったってところかな? やかましいわ。

 

 食しているとき俺は、これって咲夜さんがフランに作ったものだよな。フランの好みエキセントリック過ぎひん? と驚愕していたが、なるほどそういうことだったのか。

 

「でもダメだよ? 勝手に他人の家のモノ食べちゃ」

「肝に銘じます」

 

 自主的に銘じるというよりも、あまりのテーストに心に焼き付いてしまったのだが。

 

「それより! フランはプリン食べたくないか?」

「んー、別にいいかな。あんまり甘いものって好きじゃないもの」

「マジかよ」

 

 強引に軌道修正を試みるも、フランの意外な好みに阻まれてしまう。まずい、出番まだですか……? みたいな、しょぼんとした瞳で咲夜さんが見つめてきている。

 

 どうする……? 一体どうすれば、フランと咲夜さんが仲良くなれる?

 

「あっ、咲夜!」

 

 『泣いた赤鬼』作戦が破綻してしまい、俺がずぶずぶと思考の底なし沼にハマっていたその時、不意にフランが名前を呼んだ。

 

「……おはようございます、妹様」

 

 柱の陰から、気まずそうな顔をした咲夜さんが出て来る。いや、『出て来た』というより、これじゃあまさに『ひきずり出された』という感じ…だよ〜〜。

 

 もはや為す術がない。でもよく考えたら、誰かと仲良くなるために作戦とか考えないよな。

 

「咲夜、これを読んでほしいの!」

 

 そんな今回の話を根本から覆すことを考えていると、フランが分厚い本を咲夜さんに手渡した。

 

 随分と年季が入っているようだが、保管状態が良いらしく目立った傷はない。黄ばんだ表紙に『そして誰もいなくなった』と、タイトルが記されていた。

 

 俺はそんな、フランから咲夜さんに歩み寄ってゆく姿を眺めて、愁眉を開いた。

 なんだ、フランも咲夜さんも、互いに仲良くなりたいと思っていた、相思相愛の仲だったんじゃないか、と。

 

「承知致しました、妹様」

 

 咲夜さんは朗らかな笑みを浮かべて、その本を受け取った。そんな顔ができるのだ、やっぱり咲夜さんは鉄の仮面などではないな、と改めて思う。

 

 またねサイカ〜、とフランが手を振り、咲夜さんも一礼をして大図書館へ向かっていく。俺はそれに手を振り返しながら、思う。

 今回、俺プリン食べただけじゃね?




 Snowing spring is coming soon……

 春雪異変は最後まで書き切って伏線を張ってから投稿したいので、次の更新はまた遅くなります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。