からくさ   作:エタリオウ

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 お久しぶりです。春雪異変、書き終えました! 全六話となります。これから毎日投稿するので初投稿です。


Snowing Spring
ダークライ


「――おらあっ!」

 

 雄叫びの後、どさっ、と重たい音が鳴る。

 スコップを壁に立て掛けて、ふう、いい仕事したぜ……と俺は額の汗を拭った。

 

「いやあ、悪いね。雪掻きなんてしてもらっちゃって」

「あっ、霖之助さん」

 

 カランカラン、とドアベルを鳴らして、白髪の眼鏡をかけた男性――森近霖之助さんが出てきた。

 その手には白い柱が立つ湯飲みがあり、ちょうど体が冷えてきていた俺は、ありがたくそれを受け取った。

 

 温かいお茶で一息ついてから、辺りを見渡す。

 

 一面が白く染まった、銀幕の世界。

 どこもかしこもが雪に白く覆われてしまい、本来の色を失っている。そこら中に見える木々なんか雪が積もって、まるで巨大なカリフラワーが並んでるかのようだ。

 

「霖之助さんは半分は人間だからな。俺はお人好しなんだ」

「お人好しは人間に優しくする者のことではなく、その人自身の人格のことなんだが……っと、ここまで半分人間で良かったと思うことはないよ」

 

 そんな真冬の光景が広がるなか、俺は行きつけの道具屋――香霖堂の雪下ろしを手伝っていた。霖之助さんはその店主で、俺の数少ない同性の知り合いである。

 

 ちなみに、自分の家の雪下ろしは億劫でやっていない。自分のことなど二の次にする、自己犠牲の精神だよね。国なんかあてにしちゃダメよ、おぉん。

 天井がミシミシと悲鳴を上げていたが、頑張れできるできる絶対できる! やれる気持ちの問題だ頑張れそこだ! そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! と、応援してきたので、大丈夫だろうきっと。

 

「それにしても……」

 

 霖之助さんの視線が降り積もった雪どもに移る。

 言いたいことは分かる。分かるだけに、俺は何とも言えない表情をした。

 

「とても皐月に入ったとは思えないな、これは」

 

 そう、それに尽きるのだ。

 真冬の光景だと俺は称したが、今や暦は皐月へ突入している。例年ならば、とっくのとうに桜が美しい花を咲かせる頃合いだった。

 

 そりゃあ多少は冬が長引くことだってあるだろうが、こうも寒さが弱まる気配を見せないのは明らかにおかしい。

 詰まるところ、これは――。

 

「異変だよなぁ、やっぱり」

「おや、珍しいね。いつもなら、人間を困らせるなど許せん! とか言って飛び出していくのに」

「それがなぁ……」

 

 そうしたいのは山々なんだが、と口ごもる。

 

 冬が長引けば農作物に影響が出るだろうし、単純に寒さだけ取っても、人間にはやはり厳しいものがある。

 俺がなんとかしたいと考えるのは自然な流れだった。

 

「実はもう調べてみたんだ。卯月の頃にはすでにおかしいと思ってな?」

「それにしてはずいぶんと歯切れが悪いじゃないか」

「うぅん……それが、誰がどう起こしているのかさっぱりなんだ」

 

 妖精らに話を聞いてみたり、情報といえばの文さんを訪ねてみたりしたが、皆一様に心当たりがないと言う。

 そもそも幻想郷から春を奪う手立てが分からない以上、犯人を絞るのは困難だった。

 

 過去や未来の災いを覗く――人呼んで禍センサーはひっきりなしに反応しているというのに。もう幾度となく、ドス黒い桜の姿が脳裏を掠めていた。

 よほど、それが不幸を招くということだろう。俺の中で、焦燥が生まれつつあった。

 

「霖之助さんは心当たりない? 春を奪えそうなヤツ」

「春を奪う、か。いや、想像もつかないな」

 

 あの知識人の霖之助さんすらお手上げとなると、本格的に打つ手なしになる。

 

 いったい誰が、何のために、幻想郷から春を奪ったというのか。鍵はあの真っ黒な桜にあると思うのだが、それすらも何処にあるのだか分からない。

 俺がうーむ……と呻っていると、ふいに霖之助さんが、

 

「あっ、そういえば」

 

 と、何かを思い出したかのような声を上げた。

 

「やっぱりなんかあった?」

「ああ、そういえばこの前、森の人形遣いが訪ねてきたんだ。春度はないかってね」

「春度ぉ?」

 

 聞き慣れないワードに、思わずオウム返しをしてしまう。アルコールじゃないんだから、春に度合いもないだろうに。

 

「おかしいだろう? その時はうちには置いてませんよ、と答えたら帰っていったんだけど」

 

 確かにおかしく、そして怪しい。

 春度――それはまさに、極小の春のことではないか。それを集めることで、幻想郷から春を奪っているのではないか。目的こそ知れないが、そう予想するのは容易だった。

 

「霖之助さん。その人形遣いというのは?」

「えぇっと、確か名前は――」

 

 


 

 

「私がアリス・マーガトロイドだけど、貴方たちは?」

 

 扉を叩くなり、アリスと名乗る金髪の人形遣いは困惑した顔をして出てきた。

 無理もない。見知らぬ四人組が――もしかしたら他の三人は知り合いなのかもしれないが、とりあえず俺は初対面――そこには立っていたのだから。誰だって気圧(けお)される。

 

「知ってると思うが、霧雨魔理沙だぜ」帽子のツバを触りながら、魔理沙ちゃんが。

「知らないと思うけど、博麗霊夢よ」いつも通りの気だるそうな調子で、霊夢が。

「紅魔館に仕えるメイド、十六夜咲夜です」端然としたお辞儀とともに、咲夜さんが。

「ナイストゥーミートゥー、禍津神砕過だ」皆の個性的な自己紹介に押されて、俺が。

 

 霖之助さんから話を聞いて俺がアリス邸に辿(たど)り着いた時、すでにその前には見知った三人の影があった。

 

 訳を聞くと、どうやら異変にいち早く気づいた魔理沙ちゃんが、未だ炬燵(こたつ)で丸くなっていた霊夢を説得してきたらしい。

 初め霊夢は面倒だと渋ったが、魔理沙ちゃんがこのままじゃ人間が困るぞ、と切り出すと、やっと重たい腰を上げたそうだ。やっぱり霊夢も人間のことが好きなんだな!

 一方、咲夜さんはというと、そろそろ紅魔館の燃料が尽きそうなので冬を終わらせに来たらしい。

 

 てんでんが異変の黒幕を追ってアリス邸に集ったのは、まったくの偶然である。

 

「ご丁寧にどうも。それで? 雁首(がんくび)をそろえて何の用かしら?」

 

 大人数に囲まれて、アリスはその人形のような顔を不愉快そうに歪める。眼光を鋭くして、透き通った蒼色の瞳がこちらを射抜いた。

 そんな剣呑な雰囲気に臆した様子もなく、魔理沙ちゃんが力強く一歩踏み出す。

 

「お前が今回の黒幕だろ? 証拠はすでに挙がってるんだぜ!」

「あら、いきなり来て結構な言い分ね。それに今回のって何のことよ」

「ふふん、惚けやがって。この長ったらしい冬のことだよ」

 

 魔理沙ちゃんは今にも雪が降ってきそうな曇天を仰いで言う。俺もつられて空を見上げると、ひらりはらりと花びらが舞っているのに気がついた。

 

 薄紅色の、小さな花びらに過ぎない。しかし、それはあまりに異質だった。

 

「ああ、これね。言っておくけど、私は関係ないわよ? それとも、確たる証拠でもあるのかしら?」

 

 あくまでも白を切るアリスに、魔理沙ちゃんは宙を舞っていた()()()()()を指先に留めて、口元をニヤリと綻ばせた。

 

「証拠はこの花びらさ。おかしいと思わないか? どこにも桜なんて咲いちゃいないのに。砕過ちゃんから聞いた話だが、春度って言うらしいな、これ」

 

 そしてアリスが春度を集めているのを私が見たってわけだ、と魔理沙ちゃんは話を締める。想像より遥かに論理だった魔理沙ちゃんの説明に、おおっ、と間抜けな声を思わず上げてしまった。

 

 流石のアリスも飄々とした態度を崩して、うっ、と苦しげな声を漏らす。

 

「……それは魔法の研究に使えそうと思ったからよ。幻想郷から春を遠ざけるほどに春度を集めているのは、また別の人」

「犯人はみんなそう言うんだぜ! あとは弾幕で話を聞こうか!」

「いいわ。貴方は所詮、魔道具を扱う程度の人間。その力は、私の足元にも及ばない!」

 

 そんなこんなで魔理沙ちゃんとアリスの弾幕勝負が勃発したが、俺には、ほんの少しだけおかしいなと感じたことがあった。

 それは、アリスが春度を求めて香霖堂を訪ねた時のこと。霖之助さんがないと答えただけで、アリスは大人しく帰っていったそうだ。

 

 幻想郷から春を奪った犯人にしては、ずいぶん物分かりが良くないかな、と。

 

「ところで、魔理沙ちゃんって人間だったんだな」

「知らなかったの?」

「ああ、魔法使いっていうから、てっきり種族もそれなのかと。やべえ、生の人間だぜ。サインもらおうかな?」

「……私のサインもいる?」

「いらない」

 

 なぜか霊夢に思いっきり足を踏んずけられた。咲夜さんもやれやれと言わんばかりに頭を抱えているが、なぜなんだ……。

 

 


 

 

「いやぁ、アリスは犯人じゃなかったぜ」

 

 てへへ、と快活に笑う魔理沙ちゃんの表情からは、微塵も罪悪感が見て取れない。まあ、アリスも弾幕勝負を純粋に楽しんでいたようだし、誰も悲しまないならオッケーか。

 

 詳しい描写は省かせてもらうが、魔理沙ちゃんvsアリスvsダークライの弾幕勝負は、魔理沙ちゃんの勝利に終わった。

 簡単に説明すると、星屑がきらきらーっとなって、人形がシュパパっと動き、ビームがぶおぉんと焼き払った。だいたいそんな感じ。

 

「だが重要なことがわかったぜ!」

「重要なこと?」

 

 聞き返すと、魔理沙ちゃんは指を天に向ける。天空の城でもあるのだろうかと疑問に思ったが、いやはや雲しか見えない。

 

「黒幕は空の向こうにいる!」

 

 言い放ち、花びらがそこから落ちてくるからな、と小さく付け足す。果たして、アリスを倒した意味はあったのだろうか。

 

「空の向こう、ねえ。確かあっちには冥界があったかしら」

「冥界、ですか。これまた奇妙な場所に繋がりましたね」

「まあまあ、考えるのは飛びながらにして、とりあえず行ってみようぜ」

 

 それを合図に魔理沙ちゃんは竹箒に(またが)り、霊夢は特に何もせず、咲夜さんはマジカル☆さくやちゃんスターを周りに出して、各々(おのおの)がふわりと地面から浮き上がる。

 しかし、未だ地に足のついた者が一人いた。

 

「あれ? どうしたんだ砕過ちゃん?」

 

 三人の目がこちらを向く。俺の足は地面が恋しいのか、一ミリたりとも浮いていない。

 

「……実は俺、空が飛べないんだ。飛ぼうとして妖力を使うと、何故か能力まで引き出されちまって、もれなく災いがついてくる」

 

 言いながらいたたまれない気持ちになって、頬をかく。

 

 名月を使い、いくら災いを抑えられるようになったって、ついぞ空を飛ぶことは適わなかった。

 俺には立派な脚がついているので、今まではあまり気にしてこなかったのだが、冥界が空の向こうとなれば話は別である。

 

「そうだったのか……」

 

 魔理沙ちゃんは同情の眼差しを浮かべて、それから、「あっ!」と名案を思いついたとばかりの大音声を上げた。猫のような笑みを浮かべる。

 

「それなら霊夢と手をつないで行けばいいんじゃないかっ? 霊夢の能力なら、砕過ちゃん一人を浮かすことくらいわけないだろ!」

 

 しかし、次の瞬間、鼓膜が破れるかの如く風鳴りが耳朶(じだ)を打った。

 あまりの風圧に、魔法の森が揺らぐ。キノコが胞子をまき散らして、風に一瞬の色をつけた。

 

「は、はやい……!」

「俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

 俺でも見逃したのだけど。

 気づいた時には、忽然と霊夢の姿が消えていた。影すら追えなかったんだが、どんだけ手をつなぐのが嫌だったんだよ……。

 

「んー、悪いな砕過ちゃん。私の箒は一人乗りなんだ。異変は私たちがパパっと解決してくるからさ、のんびり待っててくれよ」

「私も失礼します。紅茶でも飲んで、ごゆるりとなさっていてください」

 

 魔理沙ちゃんと咲夜さんの姿が、空の彼方に消えてゆく。時間を止めたのだろう、気づけば紅茶が手元に用意されていた。

 アリスがポンと肩に手をあててくる。

 俺は泣きたくなるのを我慢して、香霖堂に戻ることにした。

 道中、温かい紅茶がやけに心に染みた。やっぱ(つれ)ぇわ。




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