白妙の髪の毛は灯篭の光を反射して、刃物のような銀色を帯びていた。ちょうど、少女が二振りの銀色を低く構える。
長刀と、短刀だ。
魂を吸い込むが如き、研ぎ澄まされた白刃。曇りなき刀身は、今から自分が斬られるかのように思わせて底冷えする。
「白玉楼の庭師、魂魄妖夢と申します」
「肩書きは特にないけど、禍津神砕過だ」
俺は内心、ホッとしていた。
失礼かもしれないが、いや確実に失礼だけど、彼女の名前が俺と負けず劣らずで厨二臭かったからだ。遠慮なく名乗りを上げることができる。
そんな俺の胸の内を知ってか知らでか、妖夢という小柄な庭師は、不愉快そうに眉を顰めた。
「悪趣味な太刀ですね、それにしても。なんでもかんでも大きければ良いわけじゃないんですよ、胸と同じで」
妖夢は寂しい胸を抱き寄せて、親の仇のように吐き捨てる。
別に考えを読まれたわけではないらしいが、彼女が相当に気にしているだろう地雷を、名月が勝手に踏み抜いてしまったようだ。
「気を悪くしてしまったのならすまない。だけど、あんまりコイツのことはディスらないでやってくれないか? こんな
紐を解いて、名月を背から外す。抜刀まではしない。峰を肩に置いて担いだ。
「成る程、貴方も一角の剣士ということですね。失礼しました、悪趣味と言ったのは詫びましょう」
少女は律儀に頭を下げてみせる。
竹を割ったような、快い性格をしていると思う。気立てが良く、曲がったことを嫌う。きっと彼女が振るう刃は、どこまでも真っ直ぐなのだろう。
「ですがいずれにせよ、私の楼観剣の敵ではありません」
「えっとぉ……どっちが楼観剣?」
「……長い方です。短いのは、白楼剣」
バツが悪くなったのか、妖夢の頬に赤が差す。場の雰囲気を引き締めるために、コホンと、まったく締まらない可愛らしい咳払いをした。
「貴方、流派はどちらですか?」
話を逸らすようにして、そんなみょんな問いを投げかけられた。り、流派……?
我流と言いかけるが、そうではないだろう。俺にはちゃんと、剣を授けてくれた師がいるのだから。
たとえばフランとの戦いで見せた、刀の振りに合わせて掌底や蹴りを打ち込み、斬撃に勢いを上乗せしたりする独特な剣技が、それに当たる。
だからこそ俺はなんと言うべきか、頭を悩ませた。
「そ、そうだなぁ……華仙流、かな?」
果たして勝手に師の名前を語ってもいいものだろうか。そんな躊躇いに煽られて、語尾が疑問形になってしまった。
しかし、言い得て妙だ。華仙流、なかなか様になっていると思わないだろうか?
「ふむ。聞いたことはありませんが、格好いい響きですね……。私の流派なんて――」
そのとき、彼女の
空気が張り詰める。妖夢のまとう雰囲気が一変した。
「おじいちゃん流ですよっ!」
「いや知らねーよ!」
――来る。
背筋が凍るような直感がそう告げて、俺は咄嗟に名月を横に振った。直後、ガンッ、と痺れに似た衝撃が腕を突き抜ける。
「……抜かないんですか? そのかけがえのないっていう片割れを」
妖夢は一瞬のうちに間合いを詰めて、刀と刀がきちきちと苦しげな声を漏らす、鍔迫り合いの状況に
なかなか押し返せない。見かけによらず、この子すっごい力強いんですけどぉ……!
そんなふうに冷や汗をかいている内心とは裏腹に、皮肉にも聞こえる妖夢の問いに俺は鼻を鳴らす。可能な限りの不敵な笑みを浮かべてやった。
「抜かせてみせるんだな!」
「上等です……っ!」
本心を打ち明けるのならば、自分の剣技に自信がなく、もし抜き身の名月で彼女の柔肌に傷をつけてしまった時が恐ろしかっただけである。
ぐっ、と片足を大きく、妖夢が後ろに退かせる。
体が沈み込む。体重を掛けれるようになり、一見有利になったかのように思えた。
だが違う。
妖夢は左足を退かせるとともに、交差させていた楼観剣を引いた。つまり、今鍔迫り合いを繰り広げているのは、名月と白楼剣だけだった。
「はアァっ!」
楼観剣が翻り、
マズい、非常にマズい。後はアレが踏み込まれるだけで、鋭い刺突が俺の心臓を穿つことだろう。
この至近距離、俺にそれを避ける手立てはない。
「名月すまんッ!」
この切羽詰まった状況で、おちおち考えていられる余裕はなかった。名月に軽い謝罪と、重たい蹴りをぶち込む。
名月を手放し、その反動で後ろに跳びのいた。反対に妖夢は渾身の蹴りの衝撃が伝わり、思ったよりも踏み込めていない。
これが作用・反作用の法則よぉ!
「なっ! かけがえのないと言っていたモノを蹴りますか普通!? 刀が泣いていますよ!」
「いや、多分喜んでると思う」
唾を飛ばして妖夢は批難してくるが、名月のことだし、きっと今頃は悦に浸っているところだろう。
彼女なら、俺が何をしでかしたって受け入れてくれそうな節があった。あまり深くは考えないでおこう。
「ほらこの通り、ちゃんと手の中に帰ってきてくれたしな?」
後ろに下がる以前より、あらかじめ掴んでおいた赤い紐を手繰り寄せる。
それは、装飾かなんなのか、名月の柄についているカッコいい紐。名月は大袈裟にピョンと宙を跳ねて、俺の手の内に収まった。
間合いの外側で、しばし睨み合いが続く。お互いが、今か今かと機を窺っていた。
「てゐやッ!」
「変わった掛け声ですね……っ!」
動いたのは、ほとんど同時。
妖夢の姿が掻き消えた。石畳が、まるで柔い新雪であるかのように抉れ、足跡が浮かび上がる。かなり足のサイズは小さい。
飛鳥のように風を裂き、虎の如く猛々しく地を駈ける。一つ足音が響いた頃には、すでに五つは踏み込んでいた。
剣が交差する。
雷鳴にも似た
「ずいぶんと頑丈な鞘ですね、まったく!」
悪態をつきながら、妖夢は白楼剣の剣先を名月に絡めるようにして、鮮やかに巻き落とす。
崩された。気づいた時には遅い。すでに妖夢は、右の手に握った楼観剣を振りかざしている。
「仙術で補強されているらしいんで、ね!」
神業と言っても差し支えない。
俺は楼観剣による大振りを、名月の柄でチョンと触れて軌道を逸らした。
危なかった。妖夢は最初、名月の大きさを悪趣味だと評したが、長くなければここまでは届かなかっただろう。
長刀が真横を通り過ぎる。命拾いした。
「うおっ、とと」
気が付けば、切っ先が眼前に迫っている。
一難去ってまた一難。
やはり二刀流とあってか、切り返しが速い。一太刀受け流せば、また次の一太刀が。そしてそれを受け流せば、今度は返し刀が俺の首を狙っている。
防戦一方だった。
止むことのない剣の嵐に、俺は名月の持ち手をも用いて弾き続ける。さながら、柄の両端に水かきがついた櫂を交互に動かす、舟人のようだった。
「ここいらで、流れを変えとかねーとなあッ!」
白楼剣の鍔元近くを狙い、名月を絡ませる。ただし、先ほど妖夢がやっていたものとは違い、下ではなく天へと剣を巻く。
一歩、強く踏み込む。腰を入れて、手首のスナップを名月に掛ける。
グルン、と不可思議な挙動を名月が描いた。
白楼剣と手を繋いで、陽気に踊っているかのようにも見える。
「――やりますね」
完璧に決まった巻き上げは、白楼剣を宙天高く舞い上がらせた。
まさかこうも見事に成功するとは思っていなかっただけに、やった本人さえ開いた口が塞がらない。
「よもや、巻き技を返されるとは思いもしませんでした。敵ながら天晴れです」
妖夢は目を輝かせて、今のは凄かったと賞賛してくれるが、それが偶然の産物だと知っている俺は若干後ろめたい気持ちになる。
もう一度は、とても出来る気がしなかった。
「そして、その大太刀――益々抜かせてやりたくなってきました」
楼観剣を、妖夢は正眼に構え直す。
剣気と言うのだろうか。
妖夢の纏う風格は一刀となって薄まるどころか、より鋭利に肌を撫でる。ふいに風が荒れだした。
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまり無い!」
「少しあるんかいっ!」
目にも止まらぬ速さで、妖夢は距離を詰めてきた。真っ直ぐに、彼女の性格を表したかのような、どこまでも真っ直ぐな唐竹が迫る。
それを俺は名月の反りを利かせて払い、斜めに切り返す。
妖夢がひらりと回った。紙一重で迫る名月をすり抜けて、遠心力が加わった横薙ぎを打ち込んでくる。
名月はその長さ故に、小回りが利かない。今にも俺の身体を分かとうとしている楼観剣に、名月を挟み込むには時間が足りない。
不意に、詩を思い出した。
――吹く風も、雪もあられも咲く花も、勤むる技の工夫とはなる
師匠は詩歌を好んだ。
今のは、自然界のありとあらゆるものは時として気づきを人間に与えてくれるだろう、といった意の極意歌。
不思議と師匠は動物から懐かれる体質で、その屋敷には多彩なペットが入り浸っていた。
大鷲や雷獣に、まだ小さいながら龍の子供、さらに虎までもが仲良く暮らしていて、数え出してはキリがない。
つまり、俺の師は一人ではなかったのだ。
故に俺は、虎を摸す。
石畳に這うようにして、地面に深く沈み込む。妖夢の剣が頭上で虹を曳き、髪の毛が数本持っていかれた。
「喰らえ、髪の毛の恨みィ!」
名月を逆手に持ち替える。そこからは、ちょっとスケールの大きいペン回しだ。
手の上で名月を半回転。さらに全身をバネのようにして、伏せの状態から立ち上がる反発力を刀身に乗せる。
名月が勢いよく跳ねる。
持てる全てを込めた、渾身の一振りだった。奥義といっても過言ではない、文字通りの虎の巻。
妖夢は躱そうとしない。それどころか、楼観剣を軌道に置いた。
「……くぅッ!」
何度目か、剣が十文字に交差した。
鋭い反響が聴覚を引き裂く。電流に似た痺れが体の末端まで伝わる。さながら、打楽器にでもなった気分だった。
「オォんおおおーーッ!」
「はぁアアああーーッ!」
気迫は十分。
丹田に力を込め、肩を、背中を操る。それに妖夢は全身をねじり反らして、名月を受けた。
楼観剣と名月が擦れ合い、火の粉を散らす。
目を見開いた。名月が剣の上を弾む。
「っはぁ、はぁ…中々に、鋭い返しでした」
「……っ、マジかよ」
思わず、乾いた笑みがこぼれる。
確かに全身全霊を懸けた一振りを、妖夢は真正面から弾いてみせたのだ。
流石に彼女も余裕綽々とはいかず息を巻いているが、俺はもう力を使い果たし膝をついてしまった。
腕の痺れが続いている。もはや満足に剣を振ることは適うまい。
「ああーッ!」
「うおっ、急にどうしたよ?」
俺が敗北を認めようとした時、妖夢が声を上げた。なにやら楼観剣を見て、口を塞いでいる。
「私の楼観剣が、さ、錆びてる」
月光を受けて輝いていた楼観剣に見る影はなく、赤い錆びが刀身を這っていた。
そうだった。これまで名月と幾度となく切り結んだのだから、鞘越しとはいっても、その身に降りかかる災いは計り知れない。
むしろ、ポッキリと折れていない方が不思議だった。
「ど、どうしよう? 大切なおじいちゃんの形見なのにっ!」
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ!」
即答されてしまった。おじいちゃん流なんて、と嫌っていた割におじいちゃんっ子である。
「そのくらいの錆びなら、研げば元通りになると思う。知り合いの鍛冶師を紹介するからさ、元気出してくれよ」
「本当ですか……?」
「ああ、約束する」
涙目でこちらを見上げる妖夢に、俺は力強く頷いてみせる。
先程までの、あらゆることに対してニルアドミラリだった佇まいが嘘のように、コロコロと妖夢は表情を変える。あまりの変貌ぶりに、二重人格を疑うほどだ。
「よかったぁ……」
一安心といったふうに、妖夢は愁眉を開く。
もはや勝負をする雰囲気ではない。
これではどちらの勝ちか曖昧になってしまったな、と頭を掻いた。
だがそれすら、妖夢の顔を見ているとどうでもよく思えて――。
「――ッ!?」
「え?」
その時だった。濃密な死の気配が、階段の上から漂ってきたのは。身の毛がよだつ。ざわざわと、胸騒ぎがした。
ふと、霊夢の顔が頭を過ぎる。
「行こう、妖夢」
「はい! 幽々子様が危ないかもしれません!」
妖夢は東方キャラで四番目に好きです。